【吉本ばななの炎上問題】長年のファンだから言いたいこと。(vol.1)

【吉本ばななの炎上問題】長年のファンだから言いたいこと。(vol.1)

記事
コラム
(⭐小説のネタバレを含むので、読む人はご注意ください。)

わたしが初めて吉本ばななさんの本を読んだのは20代半ばくらいのとき。

「アムリタ」というタイトルの小説で、主人公の自殺した妹の名前がわたしと同じだったので、なんとなく親近感を覚えて読み始めた。

同時期に発売された、「N.P」「キッチン」「TUGUMI」にはじまり、近年の作品「吹上奇譚」シリーズまで全て読んでいる、れっきとした吉本ばななファンである。

でも、わたしは吉本ばななファンであることを、ずっと隠してきた。

それは、多くの人が小説を読んだとき、彼女の本質にたどり着く前にあらゆる偏見にぶち当たってしまい、差別を生むことが原因だった。

例えば、スピリチュアル要素が非常に高いこと。

「彼女について」や「花のベットで昼寝して」などが顕著なのだが、黒魔術と白魔術が本当に存在する世界線だったり、引き寄せの法則が物質的に作用する物語だったり、

「作者の頭の中は一体どうなっているんだろう?」
「スピっていてヤバい奴。」

という懸念を生みやすい。

小説だけなたまだしも、エッセイ本や対談本で「引き寄せの法則」「見えないものの力」についても真剣に語っている。

だから、本棚に彼女の本が並んでいると、どうしても「そっち系」に見えてしまう。

だから嫌だった。

彼女の本当の魅力はそんなところじゃないからだ。



わたしには鬱病の既往がある。

特に重症だった20代後半~30歳くらいの時期。

酷いときは毎日薬をのみ、それでも布団から出られず、カーテンも閉めっぱなし、服も着替えられずお風呂にも入れず、ご飯も食べられない。

もちろんテレビも見られない、ニュースも怖くて読めない。

本当に何も無かったし、何もできなかった。

そんなときにかろうじて出来たこと。

それが、吉本ばななの小説を読むことだった。

知らない人が多いかもしれないけど、彼女の小説はどれも「癒し」がテーマになっている。

傷ついた主人公(あるいは登場人物)が、大きな傷を負って、それを自然の力や人のぬくもりによって癒されていく過程を描いていることがほとんどだ。

自然の描写だったり、登場人物の内面の描写が、読む人によっては「大袈裟」と感じるかもしれない。

でも、布団の中でしか生きられないとき、心の中で自然の豊かさを想像すること。

苦しい心もちを、言語化してなんとか形あるものにしてくれること。

それは、ドン底にいるとき、確かに心の支えになってくれた。

スピだろうがペテンだろうがそんなのどうでも良かった。



note炎上の件について触れるまえに、彼女の本質についてもうひとつ語りたい。

それは、文章の魔力について。

「はいはい、出ましたスピリチュアル」って言いたいでしょう?

でも、違う。
これはロジックのお話し。

心が病んでいるとき=脳の動きが正常でないときに、ニュースの記事は1行も頭に入らないのに、なぜ彼女の小説だけは、カラカラの心がごくごく水を飲むようにスラスラと読めたのか。

そのカラクリは、彼女の文章の「圧倒的なシンプルさ」にある。

ばななさんご自身、あるインタビューで「英訳された時に、海外の人にもストレートに伝わりやすいような描写(言葉選び)にしている」という旨を語っている。

だからこそ、彼女の文章には、脳を疲れさせる余計な修飾語や、ギチギチに詰まった難しい表現が見受けられない。

難しい漢字をあえて使わず、ひらがなを多く交え、まるで呼吸をするかのように自然なリズムで言葉が紡がれている。

その本を読んでいると、だんだんとガチガチになっていた脳の緊張が、緩やかに解けていくのが分かった。

言い換えるなら、それまで張り詰めていた「交感神経」が、一気に「副交感神経」へと切り替わっていくような感覚。

脳に負担をかけない優しいリズムでありながら、表現されているのは「人間の生と死」、そして「圧倒的な孤独」。

だからこそ、どん底にいるわたしにとって、彼女の文章は「ただの娯楽」ではなく、生きるための「命綱」そのものになっていたのだと思う。

そしてもう一つのカラクリ。

カーテンを閉め切った暗い部屋、布団の中から一歩も出られない状態のはずなのに、彼女の小説を読んでいると、なぜか自分の五感の「感度」がじわじわと上がっていくことに気づく。

物語に出てくるみずみずしい緑の匂いや、頬をなでる夜風の冷たさを想像すると、まるで本物がそこにあるかのようにリアルに流れ込んでくる気がした。

麻痺していたはず感覚が、文章の力によってそっと呼び覚まされていく。

ばななさん自身、自分の文章のことを「読者を癒やす魔法」と表現しているが、それは決して大袈裟な比喩ではないと思う。

どん底にいて、感覚が麻痺してしまった人間の五感を、文章の力でそっと開き、世界と調和させていく。

それこそが、彼女の持つ本物の「魔法」なのだと、わたしは思う。




「傷ついた人に徹底的に寄り添う小説の世界」で救われてきたひとりの人間として、今回の炎上についてまず言いたいことがある。

「彼女の紡ぐ『小説』の世界と、今回の『note(ブログ)』のスタンスは、最初から全くの別物である」ということ。

知らない人が多いと思うけど、彼女は、10年以上前から有料でnoteを続けている。

かくいう私も、最初は毎月お金を払って読んでいる「課金勢」の一人だった。

しかし、そこにあったのは小説の美しい魔法ではなく、ドロドロとした実名公開の剥き出しの日常。

私はその生々しさに疲れてしまい、途中で課金を辞めた過去がある。

つまり、彼女の「ブログ」と「小説」のスタンスの違いは、今に始まったことではない。

今、SNSで「ばななさんがこんな酷いことを言うなんてショック」「幻滅した」と騒ぎ立てているのは、厳しい言い方をすれば、彼女の表面しか見てこなかった「にわか」の人たちばかり。

昔からのファンや、彼女の本質を知る人間からすれば、今回の件は「さして驚くようなこと」ではないと思う。

吉本ばななという人は、私たちが思っている以上に、とてつもなく賢く、そして強いはず。

そんな人が、炎上することを想定せずに、あんなブログをアップするわけが無い・・・。

では、どういう心理であのブログをアップしたのか。

長くなってしまったので、次の記事(vol.2)で、私なりの考察と本音をお話ししたいと思う。

今日も読んでくれてありがとう。

(vol.2へ続く)
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