子供を自分の所有物として扱う、毒親の体験談

子供を自分の所有物として扱う、毒親の体験談

記事
コラム
私は機能不全家族育ちで、毒親からの虐待を受けて育ちました。結果として16歳で摂食障害双極性障害になり、長い闘病生活を送っていましたが、今は回復し二人の息子と夫と幸せに暮らしています。

そして2025年1月に毒親と絶縁して、毒親から解放されて今は新たな第二の人生がスタートしたような気持ちです。


前回の記事で、毒親は「自分の子供は自分の所有物」という考えが強いというお話をしました。
毒親は、親は子供の上に常にいる存在で、子供は親の支配下。
親に口答えする、反抗するなどという行為はもってのほか、許される行為ではなく、いつも親の言うことに従わなければならない、そのような考えをしている場合が多いような気がしますが。
これでは、まるで子供は親の奴隷です。今回はそのことについて、私の体験談を交えてお話したいと思います。

自分の思い通りにいかないと、爆発する父親


父親は、私の子供の頃はアル中で、酒を飲むと特によくキレる事がありました。(飲んでいない時でもそう言う事はありましたが)自分の気に入らない事があると、物を壊したり、投げたり、怒鳴り散らしたり、暴力を振るったりしました。昭和で言う、ちゃぶ台をひっくり返す頑固親父の最上級みたいな感じでしょうか。
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キレる内容は本当に他愛のないことでした。夫婦喧嘩だったり、子供に対して気に入らないことがあったりした時にそれが起こる事が多かったです。

ある時、遊園地に行こうということになり、高速を使って車で移動していました。父親は、開園時間と同時に入園したいと思っていたようですが、時間配分がうまくいかず、開演時間に間に合わなくなってしまいました。

すると、そのことに対して耐えられなかった父親は、急に運転をしながらキレ始めて、怒鳴りながら高速道路の真ん中で何度も連打してガンガンブレーキを踏み、車体が何度も大きく跳ね上がりました。
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私は小学4年生くらいでしたが、その時の恐怖は今でも忘れません。事故にならなかったのが幸いでしたが、その時の状況や安全かどうかなどを考える余裕もなく、自分の感情を抑えることができないんだなぁと感じました。子供を守るという考えもどこかに行ってしまっているんだと思います。子供の気持ちや意見などはおかまいなしに、自分の感情のままにやりたい放題してしまう。そんな親に振り回される子供は、親の所有物的存在なんだなぁと感じます。

子供のお年玉も親のもの


我が家は皆親族と縁を切っている家系なので、親戚付き合いはあまりありません。そのために、お年玉もそこまで量は多くなかったのですが、それでも貰えるとワクワクしました。

しかし、お年玉をもらうと「お母さんが預かってあげるから貸しなさい」と言われ、私は反抗もできずに母親にそのまま渡してしまっていました。しかし、弟はお金にものすごく執着があり、要領もよかったので、母親には決して渡さず自分のものにして使っていました。
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お年玉を使って何を買おうか、何をしようか考えるのはとても楽しいものでした。そして、いざ買うものが決まって母親に「お年玉を使いたいからくれる?」と聞いたら、「何言ってんの?そんなもんとっくに全部使ったわよ」と言われたのです。

私はものすごく悲しみ、ショックを受けました。そんな私に母親は謝りもせず、さも当たり前だというような感覚でした。

弟は「だから僕はお母さんにお金を渡さなかったんだよ。お姉ちゃんはバカだね。」と言っていました。

このように、毒親は子供を自分の所有物だと思っているので、そのように子供のお金を勝手に使うことも当たり前で、日常的なことなのでした。

子供は私の所有物、私の物は私の物、子供の物も私の物。

それが毒親の当たり前の感覚でした。

幼稚園の頃から、朝ご飯を親の分まで自分で作っていた話


我が家には朝ご飯をきちんと食べるという習慣があまりありませんでした。
父親は一日一食で、お酒を飲むことをとにかく楽しみに生きていたので、夜ご飯に全ての情熱を注いでおり、お腹を空かせてご飯とお酒を大量に夜の一食で摂取していました。

その為、朝と昼は殆ど食べませんでした。母親は、昼ご飯は食べますが、朝ご飯は食べません。
その為、幼稚園の頃から平日は食パンを私が弟の分と二人分トースターに入れて焼いて、お皿に乗せて出すというのがお決まりでした。
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菓子パンが買ってあれば、それをそのまま食べて行っていました。牛乳などの飲み物は母親が嫌いで家にあったことがなかったので、お茶か水をコップに入れました。

そんな感じだったので、家でちゃんとした朝ご飯というものは作ってもらうことは殆ど無かったです。

お弁当だったので、お弁当は作らなければいけない為母親は、それだけで手一杯だったのだと思います。お弁当に関しても色々なお話があるのでまた今度お話したいと思います。

休日は、母親は12時まで起きてこなかったので、幼稚園の頃から私がフライパンでソーセージと卵を焼き、トースターで食パンを焼いて弟に食べさせていました。母親の分も一緒にいつも作っておいていました。(12時に起きるので、昼ご飯になります)
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しかし、12時頃に起きてきた母親は、いつも私のご飯を食べるなり、「焦げてる」「冷たい」「美味しくない」などと文句を言いました。いつも起きた後は特に不機嫌で恐い顔をしていました。

母親が起きてきた時の機嫌を伺うのが日課で、いつも恐くてドキドキしていて、母親がずっと起きなければ良いのにとよく思いました。

作った物に対して、ありがとうとお礼を言われたり、褒めてもらったことは一度もありません。

父親が土日いる時は、時々朝ご飯を作ってくれました。父親はキレやすくアル中でしたが、優しい時は優しい人でした。そのギャップが凄まじかったです。

このように、子供が一生懸命やったことに対しても褒めることはおろか、否定的な言葉や辛い言葉ばかりかけてくるのがうちの毒親でした。

大人同士だったらどうでしょうか。関係性にもよりますが、何か作ってもらったり、何かをやってもらったりしたら、お礼を言いますよね。「ご飯を作ってありがとう。美味しいよ」そんな言葉をかけるのではないでしょうか。

しかし、うちの毒親はこのように子供に対して、お礼も言わなければ、褒めることもなく、嫌な言葉を吐き捨てます。それは、自分の所有物であるから、そういう事は必要ないと感じていたのかもしれません。子供の気持ちなど、考えたことも無かったのかもしれません。

私は、子供がお腹に宿った時から、子供は一人の大事な尊重すべき人間で、他の大人と一緒で対等だと思って接しています。

子供だから、年下だから、そんな事は関係ありません。子供は一人の立派な人間として、大人と対等に接するべきだと私は感じます。

それは、毒親からされた経験があったから特に、自分の子供や仕事など(保育士を13年してきました)他の場所で子供と接する時に気をつけていることです。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

私は子育てや毒親に関して、相談や愚痴聞きをしています↓




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