保護課になんとか電話をし、大家さんからの許可がでたことを伝えた。
保護課担当の人は、「良かったですね、これは今住んでいるアパートの不備などではないので私たちが手伝える金銭的な援助はありませんが、訪問は引っ越しが完了して落ち着いたころに伺います」
と言ってくれた。
契約も終わり、引っ越し作業をどうするか、という問題が…。
友達もいない、頼れる人もいない。引っ越し業者は3人分だととても手が出せる金額ではなくなる…
それでなくても今のアパートの家賃と次の貸家の入居費用に結構掛かってしまう。
削れるのは、引っ越し作業のところだけ…。
小さいものは車でなんとか運んでいけるが、やはり冷蔵庫や洗濯機などは運べないだろう…
また…壁にぶち当たった…
どうしてこうも上手く行かないんだろう。
引っ越し業者のことは考えていなかったわけではない。
ただ、本当に引っ越しできるかどうかも予想できなかった。
しかし、その夜ちょっと前まで自宅で一緒にお酒を飲んでいた同級生から連絡がきた。
同級生が介護の仕事をすることになった、という連絡だった。その流れで私の様子を聞いてきたから、引っ越しすることを伝えた。
すると喜んでくれたが、引っ越し作業のことを言うと、
「なんだ!手伝うよ!車も私の叔父さんから借りれると思うし!」
と言ってくれたのだ
私はお願いしたいことを伝えた。
日にちは友達と叔父さんに合わせることにし、それまで自分で出来る範囲のことをすると伝えたが、
「何言ってるの!やめな~?重いだろうし人数結構あるんだから!叔父さんの車で一気に行った方がラクだよ」
と言ってくれた。
本当に有難かった。
なんだか一気に事が進んでしまって戸惑ってしまっている自分もいた…
だが、少し前が見えてきたので早速、貸家の大家さんへ入居するときのお金を振り込みに行った。
少しずつ寄せていたお金…
一気に無くなってしまうが、この選択しかない。
振り込んで大家さんに連絡した。
大家さんは近い内、鍵を渡してくれるということになった。
大家さんは保護課の担当者にも連絡をしたようで、保護課と大家さんが知ってくれている安心感はあった。
私には「身元引受人」がいない…強制的に「市役所」ということになるのだ
その関係もあっただろう
が、身内ではない「安心感」は本当に有難かった。
毒母が身元引受人になるなんて恐ろしくて…
この家も毒母に見つかったらどうしよう…
この家だけじゃない
ずっと「見つかったらどうしよう」という緊張感は抜けていなかった
毒母は、利用したいと思ったらどんな手段もいとわない
子どもを心配してるフリも平気でする
目当ては…「金」なのだ
もうその頃には毒母から離れて、もう10年は経つころだったがフラッシュバックは消えることはなかった
毒母に見つからないように
周りからいじめられないように
子どもたちが被害に遭わないように
ずっと身を隠して、息を潜めて生きてきた
いつまでこの生活を続ければいいのか
何度も何度も…もう数えきれないくらい
毒母がこの世からいなくなってくれ、とずっと思っていた