「はじめて、ちゃんと息ができた日」

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コラム

私は「すごい人になりたい」と思っていたわけではありませんでし
ただ、「家のことがバレたら終わる」と思っていたのです。

誰かに笑われたり、見下されたり、避けられたり──
そんな目に遭うのが怖くて、「優秀な人間」を演じるしかありませんでした。
それが、私なりの“身を守る方法”だったのです。



 ☁️ ゴミ屋敷に住んでいた、という事実


私の家は、いわゆる“ゴミ屋敷”でした。
他人にはとても見せられない、カオスの中で暮らしていたんです。

学校では「しっかり者」「ちゃんとしてる子」と言われていましたが、
内心はずっと、「バレたら終わりだ」と、毎日が綱渡りのようでした。

学校でも笑われないように、嫌われないように、
本音や弱さを押し殺して、「優等生」を演じ続けていました。



🗡️ 優秀であることは、盾だった


私は目立ちたかったのではなく、
「安全にその場にいられる方法」が、“できる子でいること”だったのです。

良い成績を取り、礼儀正しくして、人の役に立って──
「この子は攻撃しちゃいけない」と思ってもらうことが、
私にとって唯一の自己防衛でした。



 🌧️ 自分を守るための仮面が、苦しくなった


でも、ずっと“優等生の仮面”をかぶって生きていると、
本当の自分がどこにいるのか、だんだんわからなくなってきます。

疲れても、泣いても、限界でも、
「ちゃんとした人」でいなきゃいけない。
誰かに「え、そんな家なの?」と言われたら、
その瞬間、すべてが崩れてしまいそうで怖かったんです。


 🌱 「優等生じゃなくても、生きてていい」と思えた瞬間


今でも、完全に抜け出せたとは言えません。
「ちゃんとしていないと嫌われるかも」という不安は、ふと湧いてきます。

でも最近、ようやくこう思えるようになりました。
たとえ全てが完璧にできいなくても、うまくいかなくても、
「人としてダメ」なわけじゃないって。

誰かに完璧だと思われなくても、
私は生きていていい。ここにいていいんです。


🌼 最後に


「ちゃんとしてないと、見捨てられる」
「本当の私が知られたら、きっと嫌われる」
──そんなふうに思っていた私へ、今ならこう伝えたいです。

“あなたは、何もできなくてもとても尊くて、素晴らしい存在。
生きづらさを抱えながら必死に生きてきたんだよ、偉いね。”

演じてきたことも、すべてサバイバルだったんです。

完璧じゃない自分に、少しずつ優しくなれるようになってきて、
ようやく本当の意味で「自分の人生」を生き始められるような気がしています。



必要な方にこの思いが届きますように🕊️
ご相談はいつでもお待ちしています。




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