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2022/05/17 複雑性PTSDとハラスメント

昨今のニュースを見ていると、「パム」はげんなりします。「パワハラ/炎上/中傷/嫌がらせ/ストーカー/殺人/モラハラ/DV/セクハラ/児童虐待」うんざりです。「パム」はそのような事をしている人に問いたい。 「それをしているあなたをあなたが誇りに思えますか?」そのような「攻撃」を「生き甲斐」にする人は、 ・自己愛性パーソナリティ障害(NPD) ・境界性パーソナリティ障害(ボーダー) ・反社会性パーソナリティ障害(サイコパス/ソシオパス) ・ダークトライアド(NPD+サイコパス+マキャベリズム)を発症しており、発症する前段階で「複雑性PTSD」を発症しています。この「複雑性PTSD」が「アダルトチルドレン」と言う「毒親の子」です。しかし、「戦争/犯罪/社会の価値観激変/貧困化」等でも「複雑性PTSD」は発症します。更に、「パンデミック」でも「複雑性PTSD」は発症します。つまり、「生死の境目の生活を続ける事」が「複雑性PTSD」を発症する契機となるのです。「パム」は「東日本大震災」以降の「日本人」が「被災地にボランティアに行く事」を好ましく思っていました。しかし、その思いは、「新型コロナウィルス」の「パンデミック」で崩壊しました。2020年には「自粛警察」が問題視されました。他にも「利己的な犯罪」を多数目にしました。また、「助け合いの精神」で動かない「日本人」が表面化しました。むしろ「政権与党/野党」がこの「助け合い」を率先したのが目立ちました。今は「自粛生活」はほぼ無くなりましたが、「2020/04~2022/03」まで断続的に続いた「緊急事態宣言/蔓延防止等重点措置」で、「ストレ
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どうしてこんなに生きづらいの?

その苦しさ、“あなたのせい”じゃないかもしれません。「人間関係がしんどい」「感情がうまくコントロールできない」「普通に生きてるだけなのに、なぜか毎日が苦しい」そんなふうに感じたこと、ありませんか?実はそれ、心の奥深くにある“幼い頃の経験”が関係しているかもしれません。🌱生きづらさには“理由”があります子どもの頃、こんなふうに感じたことはありませんか?・親の顔色を常にうかがっていた・「こうしたい」が言えなかった・いつも怒鳴り声がしていた・頑張っても認めてもらえなかった・「私なんて…」が口ぐせだったこういった体験は、大人になった今も、無意識の中に深く残り、人間関係や自己肯定感、安心感などに影響を与えることがあります。🕊️「私がおかしいんじゃないんだ」と気づけたとき、心は少し軽くなる“生きづらさ”を感じる人の多くが、「自分が弱いから」「性格の問題」と思って、自分を責めてしまいがちです。でも、それはあなたに問題があるのではなく、そうせざるを得なかった環境があっただけなんです。たとえば、🔸 感情を表すことが危険だった🔸 人に甘えることを知らなかった🔸 いつも緊張して、リラックスすることができなかったそんな状態が長く続くと、「安心」「信頼」「自分を大切にする」という感覚を持つことがとても難しくなります。🌼過去を見つめることで、今が少しずつ変わっていく私自身も、機能不全家庭で育ち、長い間「なんでこんなにしんどいんだろう」と悩んできました。でも、過去をゆっくり振り返りながら、小さな頃の自分に寄り添っていくことで、少しずつ「これは私のせいじゃなかった」と理解し、今の自分の人生を生きる力を取り戻し
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機能不全家族で育った私が、あなたの話を聞きたいと思った理由。

はじめまして。自己紹介をご覧いただきありがとうございます。私はココナラを中心に、毒親・機能不全家族育ちの方へ、電話相談を行っています。今回は、どうして私がこの活動を始めたのか、そしてどんな想いで、あなたのお話を聞きたいと思っているのかをお話ししていきます。🏠 家は「安心できる場所」ではありませんでした。私はいわゆる「機能不全家族」と呼ばれる家庭で育ちました。家の中は荒れ果て、ゴミが積み上がり、生活音のない静かな空間に、ピリピリとした緊張感だけが漂っていました。両親は不仲で、毎日のように怒鳴り合い。異父兄妹との距離感も複雑で、暴力的な言動や感情の爆発も日常茶飯事でした。いつも親の機嫌をうかがい、「怒られないように」「嫌われないように」と感情を押し殺して過ごしていた私は、気づけば「自分が何を感じているか」さえ、分からなくなっていました。🌧 大人になっても終わらなかった「生きづらさ」家を出て、自分の人生が始まるはずだったのに…。初めてできた恋人との関係で、自分が普通の恋愛が出来ないことに気づき、私はとてもショックを受けました。「どうしてこんなに不安なんだろう」「どうしてちゃんと愛されている気がしないんだろう」そう思いながらも、誰かに頼るのは怖くて、「誰にも迷惑をかけちゃいけない」「私なんて…」と自分を責めていました。新卒で入った会社は1年目で休職し、その後すぐに退職。その後も新たな職場へ幾度か転職しましたが、どこも続かずすぐに辞めました。家族から解放され、自由になったと思った人生は想像よりもずっと不自由で、私は何をするにも人の顔色を伺い、そのせいで何もかもを中途半端に投げだす人生を送
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忘れたことにした“あの記憶”

〜過去回想が心の癒しになる理由〜「もう終わったことなのに、なんで昔のことを思い出さなきゃいけないの?」過去の話を振り返ることに、抵抗を感じる方も少なくありません。でも実は、子どもの頃に感じていたこと・我慢してきたことに目を向けることは、今の生きづらさや心の苦しさをやわらげていく、大切なプロセスなんです。☁️ 私たちは“あの頃”のまま、今を生きている小さい頃に「本当は怖かった」「寂しかった」「苦しかった」のに、それを感じることすら許されなかった。そんな環境で育つと、当時の感情が置き去りになったまま、大人になっても心に影響を与えます。・人に嫌われるのが怖い・なぜかいつも緊張している・自分の気持ちがよくわからない・誰かの機嫌に振り回されてしまうこうした“今の悩み”の根っこには、幼い頃に感じたけれど抑え込んだ感情が潜んでいることが多いんです。🌱 「当時の自分に会いにいく」ことで、心は癒される私が提供している電話相談では、お話を聴きながら、やさしく過去をたどっていくお手伝いをしています。無理に思い出させることはしません。でも、「そのとき、どう感じてた?」と少しずつ心の中を探っていくと、置き去りになっていた感情や、小さな自分の声がふと浮かんでくることがあります。「本当は、ずっと誰かに気づいてほしかった」「助けを求めたかったけど、諦めてた」「がんばってたんだなって思えた」そうした気づきが、少しずつ心を癒し、今の自分をやさしく抱きしめる力になります。🌼 癒しは“いまここ”から始められる過去は変えられません。でも、その時の自分の気持ちに寄り添ってあげることは、今からでもできます。それは、自分を取
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PTSDはどれくらいの人が治療しているのだろう?

過去にとても大きなショックを受けることがあると、それがトラウマになって後々まで残ってしまうことがあります。このトラウマのことをPTSDというのですが、日本ではこの治療をしてる人が少ないというデータがあります。データでは、日本では、海外よりもPTSD症状の重い人が多いのですが、ほとんどの人が治療を受けていないという状況です。PTSDの治療法は、大きく3つの方法があり、研究により、効果が証明されています。ご自身の状態が気になる方は、精神科やクリニックを訪ねてみて下さい。ーーーーーーーーーーーーーー告知僕も精神福祉、カウンセラーの視点から、様々な話を伺わせていただいています。気になる方は、気軽にメッセージを下さいませ。
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初めまして、サトウチハルです

私がなぜおしゃべりのサービスを提供するのか?それは安心感を育てるためです。そんで、安心感が育った人は他の人にも自分にも優しく接することができるようになると考えています。苦手な人からは距離を置けるようになるし、(自分を大切にできるということ)気になる人に話しかけられるようになるよ。そのベースには、やっぱり安心感が育っていることが条件なのではないかと思う。自己肯定感をあげよう!、、、という謳い文句が流行りましたが、私はうまくいきませんでした。なぜならそれを一人でやっていたからだと思います。自己肯定感や安心感って人との関わりの中で育まれるものなんじゃないかとサトウは思います。それは身近な人でもいいし、難しい時はサトウのビデオチャットサービスを利用して欲しいなあ、、、なんて思っています。失敗することもあると思うけど、私はチャレンジを決して笑ったり否定したりはしないようにしているよ。それには私も黒い過去があるわけですよ。自己啓発を謳ったコミュニティにいたけれど失敗すると叩いたり笑い物にしたり、酷かった。そんな環境でチャレンジなんかできるわけないんですよ。まずは肯定されて、安心感が育って、チャレンジして…という流れがあるんではないかなと私は思います。人がチャレンジできるのは安全基地があってこそなんですよ。だからこそ私は安心感を育てる関係づくりに力を注ぎたい、と思っています。どうぞよろしく。
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苦手な人物事を平気にするシャーマン秘儀教えます ☆心の帰る場所・空の境地に至る向かう所敵無しの技法☆

最近、仕事・プライベートにおける嫌な相手、苦手な相手に対して対処する方法などあるでしょうかというご質問が増えています。その場から逃げられる、仕事ならば辞めたり部署を変更したりなど出来ればいいのでしょうがなかなかそうもいかず困っている方も多く見受けられます。この秘儀はそういった避けられない人間関係によって過剰なストレスを抱え、苦しんでいる方に向けた苦手な相手に対して耐性をつけてしまう⇒相手に対して平気になり相手の態度や環境ごと変えてしまうというかなり都合のいい秘儀です。元はシャーマンが生み出した技法であり苦手な相手だけでなく、苦手な食べ物、トラウマとなっている過去の事象をこの秘儀で全部消してしまうために門外不出の技法でプロのセラピストやごく一部の人間だけが学べる秘術でした。仕事での関係ではなく家族や友人、夫婦やご近所づきあいなど様々な場面でこの秘儀を使いストレスをストレスと感じない自分になる(今までの自分を破壊する)ことで向かうところ敵なしのような心休まるあなたが本当に出合いたかった場所が見つかることでしょう。シャーマンはこの心の拠り所・境地ををザナドゥ(桃源郷)と表現していました。現代を生き抜いていく対処法をあなたに是非学んでいただきたいと思っています。こちらは祝詞やマントラでなく技法の提供になります。難しいものではなく技自体はシンプルですのでどなたでも気負うことなく取り組んでいただけるものとなっています。ただし特定の人・もの・ことに対してトラウマがひどい場合技を行う最初のうちは拒否反応が強く出る場合がありますので私共の指導に従いながら行うようにしてください。
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#3|私(inikita)について|性被害について

inikitaです。 これは、サービスを受けようか迷っており、サービス提供者の私がどんな人なのか知りたいなと思った方に向けて、私自身について書くブログです。 今回は#1でも触れた【性被害】について詳しくお話しします。 【性被害】私は父・兄・習い事の先生から性被害を受けました。 父は3回、兄は数えきれないほど、習い事の先生は1回です。 始まりは私が小学6年生、兄が中学2年生の頃。寝ているときに兄からレイプ(生で挿入まで)をされました。私は寝たふりをしていました。痛い、驚き、怖い、自分が起きていることを兄にばれてはいけない、という4つの気持ちが心を占めていました。その後しつこく、寝ている時を狙って兄から胸を揉まれたり、膣に指をいれられたりするようになりましたが、大体その動きで目覚め、咳払いしたり寝ぼけた感じの声を出したり寝返りを打とうとしたりして、その行為を辞めさせようとしました。また、家族で車で移動していて寝ているとき、再度その行為をされました。兄からの性被害は中学1年生か2年生まで続き、中学3年生、高校2年生にも数回、兄が大学生で兄に彼女がいる時にも続きました。父からの性被害も小学6年生の頃、寝ている時を狙ってでした。1回目は胸を揉まれ、2.3回目は体をぴったりとくっつけられ、後ろから膣に指を入れられました。胸を揉まれた時は戸惑い、ばれちゃいけないという気持ち。膣に指を入れられたときは苛立ち、早く終わらないかなという気持ちが占めていました。習い事の先生も小学6年生でした。習い事で通っていた教室の老人の男性の先生に「指導してあげるよ」と言われ、他の生徒がいる中で「おっぱい大きいね
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#1|私(inikita)について|セクシュアルマイノリティ|DV|性被害|自傷行為|病気

はじめまして。inikitaです。これは、サービスを受けようか迷っており、サービス提供者の私がどんな人なのか知りたいなと思った方に向けて、私自身について書くブログです。今回は【プロフィール】【学歴】【職歴】【セクシュアリティ】【DV】【性被害】【自傷行為】【病気の発症から現在】の項目でお話ししたいと思います。【プロフィール】名前 inikita性別 女年齢 30代前半性格 ISFP。真面目。こうと決めたらこう。素直。物事を考える。   嘘はつかない。愛情深い。家族 父・母・兄・弟・パートナーセクシュアリティ クエスチョニング病気 双極性障害・複雑性PTSD【学歴】小中と地元の学校に通い、高校も地元の高校に推薦で進学しましたが、高校に馴染めず、1週間で不登校となり、当時の恋人のいる京都の家に2ヵ月ほど家出をしました。帰宅した後は高校を辞め、通信制高校に転校します。高校卒業後はデザイン系の専門学校に通い、卒業しました。【職歴】転職の多い人生ですが、主に掃除の仕事をメインにやってきました。一人親方をしていた時期もあります。現在はB型作業所に通っています。【セクシュアリティについて】私は自身が女性という生物学的な認識はしているが、女性か男性かと問われたらどちらでもないと答えるクエスチョニングです。私は小さいころから自分の性について悩んできました。なんで自分は男じゃないんだろうという強い違和感があり、ずっと男になりたいと思っていた小学生でした。ランドセルの色が性別で決められていたり、喪服でスカートを履かなくてはいけなくて、号泣したり。ようやく開き直れてきたのは20代前半の頃です。自分は自
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「普通の家族って何?」

私の家では、よく怒鳴り声が響いていました。父と母の喧嘩は日常茶飯事。泣き叫ぶ声やドアの音に、私はいつもびくびくしていた。かといって、私に関心が向けられるわけでもなく。何をしてもあまり反応がなくて、「ちゃんと見て」と思う反面、下手に注目されると怒りの矛先になりそうで、いつも気配を消すようにして生きていた気がします。だから、友達の家に遊びに行ったときのことは衝撃でした。夕飯の時間になると、家族みんなが自然にテーブルを囲み、「今日どうだった?」「疲れてない?」って言葉が飛び交う。誰も怒っていないし、誰かが話している時にちゃんと耳を傾けている。そんなの、私は見たことがありませんでした。 🌱 自分の“普通”が揺らいだ日「うちって、ちょっと変なのかな?」そう思ったのは、その日が初めてだったかもしれません。今までは、喧嘩が絶えない家も、放っておかれるのも、「まあ、そういうもんでしょ」と思っていた。親にかまってほしいなんて思うこと自体がワガママだとすら感じていました。でも本当は、気づかないふりをしていただけだった。「家って、こんなに安心できる場所にもなるんだ」そう知った瞬間、自分がどれだけ緊張して生きていたかに気づきました。 ☁️ “普通の家庭”なんて、どこにもない。でも…もちろん、完璧な家庭なんてない。どんな家にもいろんな事情があることは、大人になった今ならわかります。だけど、「怒鳴り声がない」とか、「安心して会話ができる」とか、「感情をぶつけられない」とか、そういう“最低限の安全”があるかどうかは、とても大きい。私が育った家では、それがなかった。だから今、私の中で「安心できる関係とは何か?
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「親を悪く言っちゃいけない」——そう思って苦しくなっていませんか?

親への“モヤモヤした感情”を抱えてしまうあなたへ。「親のこと、嫌いだと思っちゃダメだよね…」「親にも苦労があったんだし…」「育ててくれたんだから、文句言うなんて最低だよね…」そんなふうに、“親へのネガティブな感情”を抱いた自分を責めてしまったことはありませんか?でもね、もしあなたが今、「なんでこんなに苦しいんだろう」と感じているのなら、その感情は抑えつけるべきものではなく、ちゃんと見てあげるべき“心の声”かもしれません。🕊️ 親を嫌いになるのが怖いのは、自然なこと私たちは、どんなに辛いことをされても、心のどこかで「親に認められたい」「親から愛されたい」と願っています。特に、子どもの頃に🔸無視されたり🔸否定ばかりされたり🔸怒鳴られたりそんな体験があると、親に対して「怒り」や「悲しみ」を感じて当然なのに、「親を悪く思うなんて、自分が間違ってるのかも」と、自分の感情を押し殺してしまうことがよくあります。💭 親を責めること=“親不孝”ではありませんここで、ひとつ大切なことをお伝えさせてください。「親を悪く思うこと」と「親を責めること」は、同じではありません。あなたがもし、「悲しかった」「怖かった」「本当は、甘えたかった」そう思ったとしても、それは**あなたの中に確かに存在している“正直な感情”**です。それを認めることは、親への仕返しではなく、自分を大切に扱い直すことなんです。🌱 苦しみの正体がわかると、心はゆっくりほぐれていく私自身、親にされたことを思い出すたびに、「でも親も大変だったから…」と自分の気持ちを飲み込んできました。でも本当は、「怖かった」「つらかった」「さみしかった」そ
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#2|私(inikita)について|DVについて

inikitaです。 これは、サービスを受けようか迷っており、サービス提供者の私がどんな人なのか知りたいなと思った方に向けて、私自身について書くブログです。今回は前回#1でも触れた【DV】について詳しくお話しします。【DV】小学校高学年、父がいつも帰ってこなくなり、いるかいないか分からない状態になりました。実際には、父は中国人の女性と不倫関係にありました。(はっきりと知った訳ではないが、なんとなく感づいた。高校生ぐらいに確認したら当たっていた) そして大体その頃に父から母へのDVが始まりました。 父が母に対して殴る蹴る等、暴行を加えるのを兄弟3人でかばうことで、投げてきた拳や物が私たちに当たったりしていました。 大体父がお酒を飲んだ時(ほぼ毎日・夜・夜中)に家に来て、暴れていました。 ある時、夜寝ていて、周りの叫び声と物音で目が覚め「あ、また始まった」と気づいてはいましたが怖くてしばらく布団から出られませんでした。しかし、最終的には母を守らなくてはいけないと部屋の外に出ました。DVの内容としては・ガラスを割る(食器棚)・冷蔵庫をぼこぼこに殴る・木製の大きいダイニングテーブルを真っ二つに割る・鳥かごを投げる・包丁で皆を追っかけまわす(この時「殺される」と感じた)・棚の中身全部を出す・壁に全部穴をあけていく・逃げようとすると玄関にたって逃げれないようにするなどがありました。このような行動をしているので父は手が血まみれで、結果壁や床・部屋の隣の階段が血まみれになり、床には物やガラスの破片などが散乱していました。この片付けも父ではなく、母と私たち兄弟がやっていました。一通り暴れ終わると
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「はじめて、ちゃんと息ができた日」

私は「すごい人になりたい」と思っていたわけではありませんでしただ、「家のことがバレたら終わる」と思っていたのです。誰かに笑われたり、見下されたり、避けられたり──そんな目に遭うのが怖くて、「優秀な人間」を演じるしかありませんでした。それが、私なりの“身を守る方法”だったのです。 ☁️ ゴミ屋敷に住んでいた、という事実私の家は、いわゆる“ゴミ屋敷”でした。他人にはとても見せられない、カオスの中で暮らしていたんです。学校では「しっかり者」「ちゃんとしてる子」と言われていましたが、内心はずっと、「バレたら終わりだ」と、毎日が綱渡りのようでした。学校でも笑われないように、嫌われないように、本音や弱さを押し殺して、「優等生」を演じ続けていました。🗡️ 優秀であることは、盾だった私は目立ちたかったのではなく、「安全にその場にいられる方法」が、“できる子でいること”だったのです。良い成績を取り、礼儀正しくして、人の役に立って──「この子は攻撃しちゃいけない」と思ってもらうことが、私にとって唯一の自己防衛でした。 🌧️ 自分を守るための仮面が、苦しくなったでも、ずっと“優等生の仮面”をかぶって生きていると、本当の自分がどこにいるのか、だんだんわからなくなってきます。疲れても、泣いても、限界でも、「ちゃんとした人」でいなきゃいけない。誰かに「え、そんな家なの?」と言われたら、その瞬間、すべてが崩れてしまいそうで怖かったんです。 🌱 「優等生じゃなくても、生きてていい」と思えた瞬間今でも、完全に抜け出せたとは言えません。「ちゃんとしていないと嫌われるかも」という不安は、ふと湧いてきます。でも最近、
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複雑なトラウマを癒すインナーチャイルドヒーリング

みなさんこんにちは!みすずと申します(。-∀-。)アメブロからこちらのブログにお引越ししていこうと思います!よろしくお願いします^^*****ココナラではインナーチャイルドヒーリングをしている方をサポートしていきたいと思いますなぜなら、私も10年以上インナーチャイルドを癒し続けているからです色々な経験、テクニックや失敗談などもこのブログで話していけたらいいなと思います!*****それでは少し自己紹介として私の話をさせてください人生波瀾万丈でこんな人生歩んでる人他にいるの!?と思うくらい。大変なことばかりでした(^^;;何がどう大変だったのか、というのも結局勉強していくことで「私、こんな状況だったんだ💦」と気づいていけますね。私の実家は、私以外の人が全員鈍感タイプであることがとても大きな試練でした。とにかく他者の感情に影響を受けたりということが苦手なタイプですね。私が楽しくて笑っていても、全く何も感じていない、というのが肌でわかります。共感力のある人であれば、目の前の人が笑っていれば多少なりとも自分も笑えるものです。赤ちゃんは共感してもらうことで自分の感情に名前がついていることを知って学んでいきますよね。それが一切ない家庭だったのです。何かできなくても、心に寄り添ってもらえることはなく「良いか悪いか」の判断のみ。または、親の思い通りの結果じゃなかったら恥として周りの大人に笑い話にされる・・・言い出したらキリがないのでここまでにします。笑そのような家庭で育ったため、「自分の感情を感じる」ということが一切できないまま大人になってしまいました。自分自身に共感する能力が育たなかったんです
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