#3|私(inikita)について|性被害について

記事
コラム
inikitaです。
これは、サービスを受けようか迷っており、サービス提供者の私がどんな人なのか知りたいなと思った方に向けて、私自身について書くブログです。
今回は#1でも触れた【性被害】について詳しくお話しします。

【性被害】
私は父・兄・習い事の先生から性被害を受けました。
父は3回、兄は数えきれないほど、習い事の先生は1回です。

始まりは私が小学6年生、兄が中学2年生の頃。寝ているときに兄からレイプ(生で挿入まで)をされました。私は寝たふりをしていました。
痛い、驚き、怖い、自分が起きていることを兄にばれてはいけない、という4つの気持ちが心を占めていました。

その後しつこく、寝ている時を狙って兄から胸を揉まれたり、膣に指をいれられたりするようになりましたが、大体その動きで目覚め、咳払いしたり寝ぼけた感じの声を出したり寝返りを打とうとしたりして、その行為を辞めさせようとしました。

また、家族で車で移動していて寝ているとき、再度その行為をされました。

兄からの性被害は中学1年生か2年生まで続き、中学3年生、高校2年生にも数回、兄が大学生で兄に彼女がいる時にも続きました。

父からの性被害も小学6年生の頃、寝ている時を狙ってでした。
1回目は胸を揉まれ、2.3回目は体をぴったりとくっつけられ、後ろから膣に指を入れられました。
胸を揉まれた時は戸惑い、ばれちゃいけないという気持ち。膣に指を入れられたときは苛立ち、早く終わらないかなという気持ちが占めていました。

習い事の先生も小学6年生でした。
習い事で通っていた教室の老人の男性の先生に「指導してあげるよ」と言われ、他の生徒がいる中で「おっぱい大きいね」と言われながら胸を揉まれました。
この時どのような感情だったかは覚えていませんが、気持ち悪い、二度と行くかという感情ははっきりしています。
帰り際に普段は見送りも名前も呼ばれることも無いのに、その時は出口まで見送られ「〇〇、またおいでよ」と言われました。その後は一回もその教室には行っていません。

このことについて乗り越えることは出来ていますが、忘れることがどうしてもできていません。
許していないが、怒ってもいない。今どのように思っているかと言われるとわからないが正しいです。
普段は父ともたまに会う兄とも会話が出来ますし、なんともありませんが、ふとした時に思い出して無感情になり、無感情なのに涙が出てくることがあります。

親族の誰も事実を知らないまま、自分の中で蓋をして一生を生きていくことに辛さを感じる時も多々ありました。しかしパートナーの助言もあり、優しい雰囲気のある父方の叔母に打ち明けることを決めました。

母に言えていないのは、あの家庭環境の中で一番頑張っていた母を悲しませたくないという気持ちと、言ったとしてもその事実を疑われること(それによって傷つくこと)を恐れているからです。実際言う一歩手前(ずっと言えなくて黙っていたことがある。父・兄・習い事の先生が関係している)まで言ったことはありますが、その時も「〇〇(私)は妄想を作りあげるところがある」や一番言われたくない言葉である「お兄ちゃんがそんなことするかなあ」と言われたり、「いつまでもそれに囚われていても仕方ない。忘れる努力をしないといけない」と言われたのもあって、「言ったってどうせ」という気持ちが増幅し、言う気持ちが薄れています。

性被害を受けた人として同じ性被害者の方に思うのは、あなたは何も悪くない。悪いのは加害者。という気持ちです。事実を知られたくないと思っている人もいると思います。自分の中で消化できるならそれでいいかもしれません。しかし話したことによって救われることもあるのも事実です。

私は家庭環境やセクシャルマイノリティによって、長い間生きづらさを抱えていました。
しかしこれまでの人生の中で、同じような背景を持つ人と話せた時の安心感は、何よりも心を支えてくれました。
一人じゃない、自分を責めない、言いやすいのは第三者です。
私はそうやって心を軽くしてきました。
だからこそ、今度は私が「安心して話せる場所」を作りたいと思い、サービスを出品しました。
気になった方はどうぞご気軽にご相談下さい。あなたの歩みに寄り添います。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら