モラハラパートナーもブラック企業も根っこは同じ!「他人の支配」から抜け出して自由になる法則

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本日も、ご覧いただきまして
誠にありがとうございます。
エネルギーオーラセラピストの
RYOKOです。


突然ですが、あなたは
【自分の人生のハンドルを、
 自分の手でしっかり握れている】
と感じられていますでしょうか?


あるいはその逆で、
【自分の人生や感情が、誰かや何かに
 コントロール(支配)されている】
と感じることはありませんか?


「親の敷いたレールに沿って生きるしかない」
「トラウマや過去にずっと縛られて、苦しい」
「相手と別れたいのに罪悪感で離れられない」
「会社や上司の顔色ばかり気にしてしまう」


こんな風に、
「自分が我慢すればいいんだ」
とご自身を抑え込み、


あなたらしく、
のびのびと息をすることに
困難を感じてはいませんか?


今回の記事は、
そんな風に
見えない鎖で縛られているけれど
本当は、


「誰かの感情に振り回されるのはもう嫌だ!」
「自分の人生の主導権を取り戻して、
 自分らしく、自由に生きていきたい!」


と、心の奥底で切望しているあなたへ
お届けしたい内容となっております。


タイトルにピンと来て、
この記事を開いてくださったあなたが
「自分の人生を生きる喜び」
満たされる状態になるために。


どうすればその【目に見えない支配】から
抜け出すことができるのか、
私自身の、過去の経験も交えて、
お伝えしていこうと思います。


あなたの心を軽くする、
何かのヒントになればうれしいです🕊️

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◆目に見えない支配・縛りの中でもがいていた頃



「自分の人生のハンドルを、
 自分の手でしっかりと握れている」


今でこそ、この実感が日々あり、
「私」を思いっきり生きている!✨
と、心地よく生きる喜びを
感じられていますが、


実は、過去の私は全く違ったのです。


目に見えない様々な縛りや妨害を受け、
「自由」を切望しながらも、
ギリギリの精神状態で生きていました。


「自分の存在は愛されていない。
愛される価値などない存在なのだ」


そんな絶望感に支配され、
常に「消えたい」と思っていたのです。
そう思わざるを得ない環境が、
家庭内で作られていました。


何かのせいにするのは
個人的にあまり好きではないのですが、
「事実として受け入れ、認めること」で
解放と癒しが進んでいったのも確かです。


「この環境ならそりゃ、誰でもそうなる!」
と、暗黒時代を生き抜いた自分に対して
誰よりも自分自身が
味方でいられるようになったからこそ、


今こうして振り返ることができます。


ですが、当時はあまりにも辛い環境で、
「消えられれば楽になれるのに…」
「でも消えられないから、生きるしかない」
と、何度も繰り返し思って生きていました。


「生きたくても
 生きられない人もいるから
 感謝しないといけない」


という世間の正論が、
私の心を更に抉っていました。
(生きることに感謝したくなるような
 環境などではありませんでした)


それでもその暗闇の中で、
「乗り越えられない試練は与えられない」
「生きている限り、希望はある」という
人生の真理も、経験から学びました。


家庭環境の影響から、
「自分の感情を無くさないと生きられない」
というサバイバル状態で生きてきた私は、
アイデンティティをほぼ失っていました。


「本当の私はどこ? 誰か助けて」
と天の助けを切望していたのを、
今でも鮮明に覚えています。


特に、中学生の頃が
一番苦しかったですね。


以前のブログ記事でも
書かせていただいているのですが、
たくさんの絶望や闇を、
家庭環境の中で見て、経験してきました。


そのまま高校に進学すると、
恋愛というものを
経験することになります。


そして、この恋愛の中から、
私自身の数々の「縛り」が
浮き彫りになっていくのでした。

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◆愛に飢えていた高校生が陥った「依存と支配」



「ありのままの自分」を
肯定される感覚を得られてないまま
16歳、高校進学の年齢を迎えました。


頭では考えないようにしていましたが
常に「健全な愛」を渇望していました。
ですが、望んでも叶わない現実を
身近で数々体験してしまっていた為、


健全で純粋な愛は、周りには求められない。
求めても、どうにもならない。
だったら自分で、切り開くんだ。
明るい未来を、信じるんだ。


心がボロボロに傷ついたまま、
そう言い聞かせて、
必死に生きていました。


今の私が、当時の私に声を掛けられるなら
「あなたはもう充分に頑張ってるから、
 自分を癒すことに目を向けていいんだよ」
と伝えたいです。


だけどそんな風に、
親身になってくれそうな人は
周囲に誰もいませんでした。


自分を癒すことなど1ミリも
考えてなかった状態で過ごしていた時、
ある年上の男性(一回り以上年上の大人)と
出会いました。


当時は大人男性の魅力に引き込まれて
親密な関係となったのですが、後に
複数の女性と
関係を持っていた事が判明したのです。


おかしいなとは感じていました。


会う場所は、新幹線で向かう必要があり
交通費は自分で稼いだバイト代で出し、
都合よく扱われている感覚がありました。


これも今思うと、私も自分の都合で
相手を扱っていたところがあったのです。


その男性に、
私が6歳の頃に失踪した父親の雰囲気を
重ねていたからです。


「父親の愛情の代わりを求めていたんだ」
無意識の行動に気付いて悲しくなり、
この不健全な繋がりは良くないと判断して
男性に連絡するのを止め、縁は切れました。


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その後、高校3年生の歳に
同級生の男の子と付き合い始めましたが、
ここでもまた、激しい感情の嵐に巻き込まれ、
身も心も深く傷つけられる経験をしました。


私の些細な行動で彼が激昂し、
暴力を振るうような人でした。
「もう付き合えない、別れよう」と言うと、
彼は「別れないでくれ」と泣きつきました。


今の私なら
「知らねー!私はもう嫌!無理!!💢」
となりますが、当時は違いました。


私の中で、
【ありのままの自分が愛されていない】
という無価値観がこびりついていたので、


「こんな私でも必要としてくれている」と
その無価値観が満たされる感覚を得てしまい
泣きついた彼の想いを、
受け入れてしまったのでした。


また、彼の家庭環境が私と似ていて、
彼のお父さんは他の女性と不倫して
家を出てしまっており、彼の
怒りや空虚感に、共鳴してしまったのです。


その上、当時の私は
無自覚ながらエンパス体質でしたので、
彼が暴力を振るいながら、奥底で愛を
渇望する叫びをキャッチしてしまいました。


別れる=見捨てることに罪悪感が湧き、
彼が不安定になりまた暴力を振るっても
自分から別れを切り出すことが
その後もずっとできずにいました。


付き合っていても楽しくなく、
ただ寂しさを埋め合っているだけの
虚しさが、いつも付きまとっていました。


1年経ち、彼に他に好きな女性が出来て
お別れをすることができましたが、
これらの経験から
たくさんの事に気付かされました。




◆闇の体験から得られた真理。恋愛と「家庭環境」の深い繋がり



ここまでお読みくださった皆さまの中には
ご自身と重なるように感じられた方も
いらっしゃるかもしれません。


高校生と言ったら
青春を楽しみ、満喫していけばいいのに
当時の私には、それはできませんでした。


数々の、心を抉られる体験や、
自分には愛される価値がない、
との思い込みに支配されており、
もがいて生きていたからです。


この支配がなければ、
「自分は愛されて存在している」
と言う実感が根付いていれば、


子供時代も存分に楽しめていたはずです。

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恋愛は、家族の次に親密な関係となるため
「家庭環境がどんな質のものだったか」は
恋愛や、その後の結婚生活にも
直結していきます。


もし、今
苦しい恋愛をしている、
と自覚がある方は、


ご自身、もしくは
お相手が育ってきた環境を見直して、
癒していく事に
意識を向けていただけたらと願っています。


負のスパイラルと思える流れも、
「自分の過去を癒すんだ」と決意すれば
必ず、変えていけるからです。


私は高校生時代からの苦い恋愛経験を経て、
自分の生い立ちや家族と向き合いました。
そして後に、やはり負の連鎖が
起こっていたことが分かったのです。


東日本大震災の半年前、
父親と26年ぶりに再会しました。
ドラマのような感動的なものでした。


父からたくさん話を聞けたのですが、


父の父親、つまり私の祖父は
近所の女性と恋に落ち、結果的に
祖母と離婚したのですが、
父と祖父は、かなり喧嘩をしたそうです。


社会人になり、母と恋に落ちて
結婚をしたそうですが、
既婚者になったら途端にモテ始めて
社内の女性たちと浮気をしてしまったと。


父もまた、両親の不安定なエネルギーから
同じ過ちをしてしまったんだと感じましたが
父の場合は、祖父の様に本気ではなく
調子に乗ってやらかした、と言う感じでした。


しかし、この調子に乗っていたことで
私たちの家庭が崩れてしまったのでした。


父が浮気女性を車の助手席に乗せて運転中
大変な事故を起こしてしまい、
その相手との間で1000万という借金を
背負う羽目になりました。


母にも隠したまま、夜も仕事に出て
借金を返そうとしたようですが、
ついに家にも催促の電話が来てバレてしまい


母と話し合った結果、母から
「失踪した事にしといて」と言われ、
父が突然、家を出ることとなり
そのまま離婚が成立してしまったとのこと。


借金は全て父が持っていき、
後に完済したそうです。


父は、離れている間も
私たち家族のことをずっと想っていて、
会いたいと願いながらも
二度と会えない、と諦めていたようです。


父がいない間、母の、父に対する
怒りや失望、悲しみ、絶望、空虚感、
その激しい闇のエネルギーに
長年触れて来たので、


父の血が入っている私たちのことさえも
憎く、恨むような感情も感じていました。


だけど、私の中では
父の愛情深さが記憶と感覚に残っていて、
会って話を聞けば、私たち家族の心の傷が
癒されるのではないか、と直感したのです。


「一族の中にある、悪い流れを変えるんだ」
20代後半になった私は、その決意のもとに
勇気を出して、父へ連絡を入れましたが
この時、父は感慨深い様子で言いました。


「お前のおかげで、光が差したみたいだ」

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空白の26年を
取り戻すかのように過ごした、
情が深い父との時間の中で私は
「健全な親の愛」を受けることができ、


私の中での、無価値観の支配は癒され、
【自分の人生を、
 自分でコントロールしていく】
そんなフェーズに入っていきました。


負の連鎖を断ち切りたくて、
変えていきたくて、幸せでいたくて
勇気を出して向き合って来ましたが、
本当に良かったと思っています。



◆基本的信頼感は、何歳からでも育てていける



基本的信頼感とは、
アメリカの心理学者
エリク・エリクソンが提唱した


「自分は愛されており、
 世界は安全で信頼できる場所だ」
と感じる心の土台のことを言います。


6歳で父がいなくなってからの私には
この基本的信頼感が、
全くありませんでした。


心を抉りながら生きるしかできなかった、
生きづらい人生でした。


でも、
20代半ばで生まれた甥っ子たちに触れて、
私の中から、無償の愛が湧いて
止まらなくなっていくのを感じました。


この子たちには、
私と同じ、生き辛い思いは絶対にさせない。
この子たちの基本的信頼感を、
守っていかなければ。


そう決意して
父との再会へとつながったわけですが、
結果的に、私自身の基本的信頼感の回復にも
つながっていきました。


絶望的な家庭環境を生き抜いて、
今も苦しみを感じている皆さまも、
どうか、ご自身の人生を
諦めないでください。


基本的信頼感は、何歳からでも取り戻せるし
その中で生き抜いたあなたの残りの人生は、
あなたらしくのびのびと生きて
癒されながら過ごすだけの価値があります。


「自分を癒す」と決意すれば、
そうなる情報や出会いに対して
あなたがキャッチしやすい状態を創れて
その積み重ねが、癒される状況を生み出せます。

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その決意が、お一人では難しい時は
私の方でも、お力になれるセッションを
ご用意しています。


ありのままの自分を愛せるよう
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あなたがどうしたら心地よく過ごせるか、
そのために、お力になれることが
私の最大の喜びです。


あなたが「自分を思いっきり生きる」
そんな日々を過ごせるよう、
祈りながら、お話させていただきます。


お気軽に、お問合せください。
お待ちしています。


エネルギーオーラセラピスト・ヒーラー
RYOKO
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