自分の萌えは誰かの萎え。逆カプ・地雷カプを見るたびに目にする言葉は実は逆効果だった件
こんにちは、ほうりです。以前、地雷カプや逆カプに対しての怒りに振り回されていた方法についての生地を書きましたが、そのことについてもう少し掘り下げていこうかなと思います。二次創作をやっている人たちの誰しもが一度は聞いたことがあるフレーズ。『自分の萌えは誰かの萎え』『自分の萎えは誰かの萌え』ふんわりとですが何となく暗に言いたいことは伝わってくるのではないでしょうか?自分はA×Bが好きだけど、B×Aや、C×A←Bは地雷である。でも圧倒的にB×AやC×A←Bを好きな人は多い。そんな感じだけど、自分の苦手なものを好きだという人に対して干渉せず、自分の好きなカプを愛でてましょうみたいな感じです。その意見はもっともです。だけど私はそのフレーズを上手く呑み込めずに30年あまりの月日を逆カプ・地雷カプ憎しに費やしてきました。「じゃあその地雷や逆カプを嫌いだし見るのも嫌だし腹が立つっていう気持ちも持っちゃいけないの?」初めて同人と言う存在を知り目にしたのが、今でいうところの闇鍋のような同人アンソロジーで、その中で見るのも嫌だったりするカップリングが氾濫するなんてこともザラにありました。でもその中でもちろん上記の言葉を口に出している人はおらず、みんながみんな好きなカップリングを愛でているのを見て、それができない私は一体なんなんだろう、狭量すぎないかという自己嫌悪に陥りながら、それでも嫌いなカップリングをスルーしながら好きなカップリングを愛でようと努力してきました。しかしマインドコーチングを学んだ今、これらの行動はただ単純に順番を間違えていただけということに気づいたんですよね。というわけで本題です。最
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