絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む
有料ブログの投稿方法はこちら

すべてのカテゴリ

57 件中 1 - 57 件表示
カバー画像

これまでの37年間を振り返ってみて思う事②

 さて、これまでは小学校時代~高校時代までのエピソードをざっくりと進めてきましたが、前回までのポイントとしては、昔から親に言われ続けてきた勉強に対する思いが、本人の意思で勉強をやっているのではなく、他人(親に)によって動かされたもので、そこに人一倍強い承認欲求が生まれました。親や親せきに喜んでもらいたいから勉強をする、ということですね。ですが、勘違いしないでほしいのが、承認欲求を否定するつもりもありません。人間は多かれ少なかれ、他人から認めてもらいたいという欲求が機能として備わっているからです。勿論、親にだって喜ばれたい気持ちは子供ながら誰にだってあったりします。  ただ、僕の場合、勉強以外にも、何か行動をするにしても、親の判断を仰いだり、前回の高校の部活の話もそうでしたが、自分の意思で決めきれず、結局知人がいるというだけでバスケ部を選んだわけです。他の人と比べ、何をするにしても、絶えず、人の視線や言動を気にしながら親の判断を基準として、生活していたわけです。そういう人間が陥いりがちな危ない思考パターンが、「何とかなるやろ」です。  確かに人生はなんとなかります!僕も今現在、からだの調子は抜群にいいし、日常生活も満足しております。(実際になんとかなったわけです)。ただ、当時高校を卒業した当時の僕は親の判断で浪人を決め、その後は国立の工学部に進学しました。 自分の人生なのに、自分で建てた人生設計ではなく、あくまで親が設計したレールの上に乗っかり学生時代を過ごしていました。「単位は落とすなよ」とか「就職に有利な資格をとれ」など。 あながち間違った設計ではないのかもしれませんが、肝心
0
カバー画像

【人生論】見えない何かと戦っている上司 部下を承認できない

【質問】上司が、人を褒めたことを見たことがありません。いつも目に見えない何かと戦っている人ですが、なぜそのようになるのでしょうか?【結論】人を承認できる人は、自分を承認できる人です。【健康の処方箋】✅1)人を承認するには、自分を承認すること人を承認できない人は、自分を承認できていません。自分を承認できなくて、承認欲求を満たすことができないために、他人を攻撃したり、他人から承認をもらおうとします。しかし、自分の心のバケツの穴は、まず、自分の承認で穴を塞がなくてはいけません。どんなに他人が承認をしても、穴のあいた心のバケツは、承認で満たされることはありません。✅2)自分を承認するにはどうすればいい?過去の出来事に区切りをつける必要があります。幼少期の頃、大切な人から認めて欲しかったけれど、認めてもらえなかった過去です。例えば、両親から「認めて欲しかった、愛して欲しかった」と言う過去の自分です。この場合、過去の自分と対峙する必要がありますが、両親は必要ありません。両親は、その時の知識で最善を尽くしていたでしょう。必要なのは、過去の自分と対峙すること。「あのとき幼い私は、本当は、褒めてもらいたかった、大切にしてもらいたかった、愛して欲しかった」「私は、私を褒めてあげる、大切にしてあげる、愛してあげる」「ずっと忘れていてごめん」✅3)自分を許すとは?最後の「ずっと忘れていてごめん」が、自分を許すと言うことです。自分らしく生きて良いという許可を出すと言うこと。この作業を「過去に区切りをつける」と言います。過去を変えることはできませんが、過去の解釈は、変えることができます。人は、自分が選択し
0
カバー画像

これまでの37年間を振り返ってみて思う事①

皆さん、今夏如何お過ごしでしょうか?ココナラでの記事更新は約半年ぶりになります。前回までは心の健康の秘訣・維持について、書かさせて頂きましたが、ここまで更新が遅くなったのは、web作成の為のHTML、CSSについてずっと勉強しておりました。(いままでの生活リズムや食生活は記事で紹介した内容を今でも実践しています。おかげさまで、体調はかなり安定した状態で記事を書いております。まさに継続は力なりです!) さて、何故、今になってwebサイトの作成に興味をもったかといいますと、ココナラで記事を書いていて、もっとあれこれ自由にデザインできたらいいなぁという思いと、視覚的なモノづくりを一から始めてみたかったからです。WordPressも以前は使用しておりましたが、(また、Youtube用の動画をPower directorという専用ソフトで編集もしておりました)自由にコ-ディングができるwebサイトを作成してみたいと思いました私が学んできたHTML、CSSはまだ人には言えないくらいの初歩的なことばかりですが、備忘録も兼ねて、後々紹介したいと思います。他人からの承認欲求の始まり話がそれましたが、本題である、これまでの37年間について小学校時代から振り返ってみたいと思います。(ホント、チラシの裏にでも書いてろ、と言われるような、どうでもいい&個人的には恥ずかしい内容ですが。。)まずは家族構成ですが、祖母(父方の母)、父、母、兄そして私の5人家族で、家庭環境はといいますと、父、母ともに勉強において”勉強面において”スパルタ的でした。小学校の頃は家から帰ってくるなり、「宿題は?」と言われることは日
0
カバー画像

【人生論】承認欲求の強い上司が意地悪をする 我慢か? 転職か?

【質問】承認欲求の強い上司から、意地悪をされます。周りの同僚は、上司を上手に褒めるので、意地悪をされませんが、私は、みんなのように、思ってもいないことを言えません。会社を辞めて転職するのは、逃げるような気がしますし、転職しても同じような人がまた現れるように思えます。このまま我慢するべきでしょうか?【結論】痛覚があるうちに転職しましょう。心の仕組みを理解し、腹落ちさせれば、出会う人は変わります。✅逃げても良いと自分に許可する「逃げたら負ける気がする」は、頑張り屋さんに多い回答です。人生は、勝ちも負けもありません。現在の状況から逃げても良いのです。健全に自分を追い込んで効果的に努力することは、良いですが、勝ち負けに執着し、病気になるまで自分を追い込んではいけません。逃げても良いと自分に許可をしましょう。幼い頃、大人たちから「逃げたら負けだ」という価値観を刷り込まれています。その価値観は、本当に必要な価値観でしょうか?一度、立ち止まって自分に聞いてあげましょう。✅出会う人が変わる嫌な状況から逃げても、また同じような人と出会うのは、原因を理解していないからです。心の仕組みは、シンプルです。承認欲求が強い上司は、自己肯定感が低いので、自分を承認することができないために、他人からの承認をエネルギーにして生きています。例えると砂漠の砂に水をかけるようなものです。どれだけ他人から、承認を貰っても、上司の欲求の器は、永遠に満たされることは、ありません。満たしてくれない周りの人間に感情をぶつけて、満たして欲しいとさらに欲求してくるでしょう。自分の感情を他人に処理してもらうことも欲求します。そのよう
0
カバー画像

【褒められたい症候群】

症状: 「自分を認めて欲しい」「特別な存在と思われたい」といった承認欲求が強く、自分に自信がない。また、自分で自分を認められず、不安を解消する為に誰かの承認が欲しいと無意識に思っている。 人は精神的に成長するにつれて「take」よりも「give」に充足感を覚えるものだが、愛情といった精神的なものを充分に与えられてこなかった為、大人になっても「take」を過剰に求めてしまう傾向がある。 でもね・・・褒める人って、相手を喜ばせて自分の思い通りにしようとしてるって知ってた?\(//∇//)\ 処方箋: 「人にどう思われるか」他人の評価を気にするな。 自分が納得いけば満足だし、褒められても一切お金にはならない。 馬鹿にされてもお金をくれる人についていく方がよっぽど幸せだ。どうぞお大事に。
0
カバー画像

承認欲求とは?②

こんにちは。 いつもありがとうございます。 峰川 みゆうです。 https://coconala.com/users/2475897先日、「承認欲求とは?」という記事で 「他者承認」と「自己承認」について お話をさせていただきました。 前回の続きになりますが、 「他者承認」「自己承認」が 偏っていたり、強すぎたりすると どんなことが起こってくるのか、 ということについて 今日はお話できればと思います。 まず、 他者承認欲求は、自己承認欲求よりも 「低次の欲求」といわれています。 どういうことかというと、 他者から「あるがままの自分」を受け入れて もらえて初めて、「自分で自分を認めたい」 という、自己承認欲求が生まれてくる ということですね。 他者承認欲求が強すぎるとどうなるの?他者承認欲求を満たそうとすることは、自分のことを認めてもらえるかどうかを 「他者の感じ方に依存している」と いうことになりますよね。 ということは、自分の中では これでもか!という程頑張ったとしても、 他者がそれを認めてくれなければ、 評価してもらえないということになります。 他者承認欲求を満たそうとすると、 他者から認めてもらうために 本当の気持ちを出せずに飲み込んだり、 自分の心や時間を犠牲にしたりしてしまう ことも考えられますよね。 こういったことから、一般的に 低次の他者承認だけに捉われず、 高次の自己承認へ移行することが必要だ といわれています。 自己承認欲求が強すぎるとどうなるの? 自己承認は、自分の存在価値を 他者に依存することなく 承認欲求を満たすことができますよね。 しかし、 自己承認欲
0
カバー画像

承認欲求とは?

こんにちは。いつもありがとうございます。 峰川 みゆうです。 https://coconala.com/users/2475897今日は、「承認欲求」について 触れてみたいと思います。 承認欲求とは?? 「他者から認められたい、自分を価値ある 存在として認めたい」という願望 などとよく表記されていますよね。 承認欲求は大きく分けて ①他者承認 ②自己承認 の2つに分けられるといわれています。 ①他者承認とは =「他人から認められたいという欲求」 他者から注目をされたり、尊敬されたり、 良い評価を受けたりしたりすると、 満たされる欲求です。 ②自己承認とは =「自分を自分で認めたいという欲求」 例えば、わたしは私のままで大丈夫、とか 私は価値ある人間だ、とか そんな風に思えることが、自己承認です。 承認欲求は誰もが持っている自然な欲求 承認欲求が全くゼロという人はいません。承認欲求が「強い」か「弱い」かという 違いは、人によって様々ですよ^^と いうことですね。 そのうえで、「他者承認」「自己承認」が 偏っていたり、強すぎたりすると どんなことが起こってくるのか、 ということですが、少し長くなりそうなので、これはまた次回 お話させていただきます。 それでは、今晩も 穏やかな時間をお過ごしくださいませ。
0
カバー画像

残念「あの人の事、この人もこう言っていたんだけど~」

最近知り合った女性のことです。仕事ではないのですがある作業を一緒にやることになりました。愛想よく親切です。私は初心者なのですが困ったら助けてくれます。困る前にも気を付けるところを気を利かせてアドバイスしてくれます。誰にでも同じ態度です。でも、日にちが経つにつれ、他人のことをあれこれ私に言うようになりました。おそらく私という人間に慣れてきたからつい話したくなったのでしょう。悪口というほどいやらしくもない、告げ口というほど濃い内容でもない。私だけに言うのなら、私は口外はしないので聞いてるだけでいいのですが。他の人にも言っているようで「あの人の事をこの人に話したらこう言っていたけど」「この人もこう思っているんだけど」と言う。つまり、彼女の話しを今聞いている私が何か反応したらそれを他人に話されるわけです。面倒くさ~~い😥彼女はあれこれ人の噂をしたい性分でありながら自分を悪者にしたくないのでしょうか。他人にも言わせて道連れに?道連れではなく共有?そもそも人から聞いた話はしても良いという考え方?もうこれが彼女のスタンスになっているから、毎度ニコニコ話している。彼女は自分で頭が良く人柄もよい人間と自負しているのは見受けられる。自分は正当、的確、基準。自分と違う性質の他人の思想行動が目に付くのでしょう。目に付いたことを誰かと共有しやはり自分が正当、的確、基準だと認識したいのでしょう。もう一回言っていいですか。。。面倒くさ~~い😥承認欲求が強すぎ。彼女と話すときは厳重注意。彼女、お顔立ちもよくスタイルもよくここを直せばパーフェクトなのに。残念。。。
0
カバー画像

承認欲求の使い方

ほとんど一般用語化している「承認欲求」。あまりいいイメージとしては使われないような気がします。自分の承認欲求を持て余している、とか、他人の承認欲求に振り回される、などのようなときに聞きますね。欲求ですから、打ち消したり押さえつけようとしても多分無理です。一時的に成功しても、ぶり返しが来るでしょう。打ち消すことが出来ないなら、いっそ有効活用しては如何でしょうか。①そもそも「承認欲求」とは?心理学者のA.マズローが唱えた「欲求階層説」の中のステップの一つです。1.    他者から認められたい、名声・賞賛を得たい2.    自立性を確立したい、自己尊重、スキルや知識の獲得が両方含まれています。生きていくために最低限必要な「生理的欲求」、身の安全を確保するための「安全の欲求」、集団に所属することで安心感を得る「所属の欲求」の3つが満たされた次に現れるのが「承認欲求」です。②なぜ「やっかい」なのか元々備わっている欲求ですから、理性や知性で抑え込むことは難しいと考えたほうがいいでしょう。人によって強弱がありますから、他人と比べて承認欲求が強かったとしても、それは自分の個性です。悪いことではありません。ただ、「何でもいいから周囲から認められたい!」と思ってしまうと、叶えられず辛くなります。「承認されたい」とは、名声や賞賛を得たいことなのであれば、名声や賞賛に値する何かを持っている、または成し遂げている・成し遂げようとしている状態にならなくてはいけません。抑えることも打ち消すことも出来ないなら、有効活用する、というのはどうでしょうか。何かの集団の中にあって、他のメンバーから、役に立つ存在だと認
0
カバー画像

まずは相手の承認欲求をとことん満たす

お互いに主張したい意見があるとき、自分と相手のどちらから話す方が良いと思いますか?答えは、相手です。①それは、主張したい意見を持っている時、しかも相手が目の前にいれば尚更、人は、自分の意見をどう言おうか、どうやったら納得してもらえるかを考えることで頭の中がいっぱいです。つまり、この時、人は、相手の意見を聞くキャパが少ない状態と言えます。②一方で、自分の意見を言い切った後は、頭の中がすっきりした状態になります。大勢の人の前で話すときの”話す前の状態”と”話した後の状態”に似ています。話した後の方が心に余裕ができます。③それに加えて、自分の意見を最後までしっかり聞いてくれて、「そうだよね」「わかるよ」などと頷いてくれると、人は、その相手に好感を持ちます。どうでしょうか。相手の承認欲求をとことん満たしてからこちらの意見を言う方が、圧倒的に有利ですよね。更に、こちら側は、相手が大事にしているポイントを理解した上で、相手に受け入れられそうな表現にアレンジして自分の意見を伝えることができます。つまり、話す前に話し方の作戦が立てられます。まずは相手の承認欲求をとことん満たす。その方が、相手も嬉しいし、自分も嬉しいのです。最後まで読んでいただきありがとうございます。このことから、少しでも新たな気づきや考える上でのヒントに繋がることがありましたら幸いです。
0
カバー画像

「怒り」の秘密

あなたは最近怒りましたか? 「喜怒哀楽」と言われるくらい、怒りというのは身近な感情ですよね。 でもその一方で、「怒る」というのはとてもエネルギーが必要です。 怒った後にとてつもなく疲れを感じたり、「あぁ、またイライラしてしまった」と落ち込んでしまったり...。 感情の後処理がとても大変なのが、この“怒り”というもの。 今日はそんな怒りについてのお話です。 自分は少し怒りっぽいかも…という方、いつも怒っているあの人の心を知りたい方は、良かったら読んでみて下さい。 それでは 「怒り」のしくみを一緒に見ていきましょう! ◆「怒り」の根底にあるもの “怒り” の根底にあるものは、 「分かってもらえなかった」「受け入れてもらえなかった」という【悲しみの感情】です。 ●相手に自分のミスを指摘されて怒る (相手に否定されたような気持ち。自分を受け入れてもらえなかった...) ●子供が言うことを聞いてくれなくて怒る (何で言うことを分かってくれないの...) ●注文したメニューと違うものが来て、店員さんに怒る (何でちゃんと言った通りにしてくれないの...) いずれも「分かって欲しい」「受け入れて欲しい」「自分の思うようにして欲しい」という期待が叶わなかった時です。 期待通りにならない=悲しい・残念。 つまり「怒る」という感情の根底には、必ず「悲しい」という感情が隠れているのです。 ◆2つの違いとは? 例えば、飲食店で注文したメニューと違うものが来た時。 「頼んだのはこれじゃないのになぁ...」と残念に思い、店員さんに「これじゃないんですけど...」と伝えられる人もいれば、中には「何で頼んだも
0
カバー画像

承認欲求について知っておくべきこと【2】

以前書いた「承認欲求について知っておくべきこと」の記事が、とても有難いことに思った以上の反響がありました。(本当にありがとうございます!) 実はこの記事、文字数の関係で削った部分があったため、いつか続編という形で書きたいなと思っていました。 今回はこの「承認欲求」を、前回とはまた違う角度から考えてみたいと思います。 ◆「欲」の対義語って何? 初めにちょっとだけ、前回の内容のおさらいです。 承認欲求の【欲求】とは?・欲→自分の欲 。周りに対してこうして欲しい、こうなって欲しいを・求→相手に求めること。自分の欲しいものを相手から貰おうとするイメージ承認欲求のルーツは赤ちゃんの頃にあり、赤ちゃんは “生きるため” に泣いて、親に “生” への承認欲求を満たしてもらう。赤ちゃんにとって承認欲求は不可欠で、本能的に必要なもの。そして本来は大人になるにつれて、少しづつ不要になっていくもの。承認欲求自体は基本的にみんなが持っているものですが、その持っている承認欲求の大きさや強さは人それぞれです。 問題なのは、承認欲求が強く生きづらさなどの心理的困難をもたらしてしまう状態です。 ここでひとつ質問です。 「“欲”の対義語は何?」と聞かれたら、皆さんはどんな言葉をイメージするでしょうか? もしかしたら “無欲” という言葉をイメージする方もいらっしゃるかもしれません。もちろん、無欲も正解ですね。 ですが、承認欲求のしくみを考える時は “愛” を対義語にして考えると、とても分かりやすいのです。 ◆“欲” について考えてみる なぜ欲の対義語を“愛”で考えると分かりやすいのか。 それは、欲が「相手に“
0
カバー画像

落胆した時、できるだけ早く気持ちを立て直す為の〇〇の教え

こんにちは。心のエステ・サロン、かきぎ りかです。ご訪問くださってありがとうございます。今日はヨガの教えの一つである「知足」ということについてお伝えしようと思います。2月末に軍事侵攻が始まって以来、テレビやネットニュースではロシアとウクライナの戦争のことが連日、取り上げられていますね。私は勿論、政治や経済の専門ではありませんので、ロシアが何故、軍事侵攻を始めたのか?といったことについて色々な専門家の意見がある中、自分なりの見解を持っているわけではありませんしどの専門家の見解が正しいのか判断する知識もありません。ただ単純に人は何故、これほどまでに富や権力に固執するんだろう?と疑問に思うだけです。そこでふと思い出したのがヨガの教えにある『知足』という言葉でした。読んで字のごとく『足るを知る』。つまり、『今、すでに自分に与えられているものや自分が一所懸命働いて手に入れたもの以上のものを欲するべからず』ということです。ましてや人のものを力づくで奪うなんて論外ですね。人のものを強奪し、国を奪い取る、といったような極端な行動はさておき、「人からすごいと言われたい」「一目置かれたい」といった虚栄心や承認欲求は誰しも少なからずあるのではないでしょうか?そしてこのような虚栄心や承認欲求が強くなりすぎると、社会的地位や特定の人物、物に執着する心が芽生えます。執着するから苦しくなるし、執着するから自尊心が傷つく。こんな時こそ、”自分に必要なこと以上のものは手に入ることはない”と考えれば、「足るを知る」のはそれほど難しいことではないはずです。「適材適所」という言葉もありますが、そもそも自分の器対以上の
0
カバー画像

・奢る人、奢られる人。勝敗は?

お食事後のお会計時。「ここは私が払っときますので」「いやいや、半分だしますって」何という不毛な時間。もともと、割勘って決めている友人同士ならば、それはそれでいいんですけれども。いちいち、「ここは私が払っときますので」って、せっかく提案してくださっている方に、「いやぁ、半分出しますって」って…。こういった場面って多いですよね。「ここは私が払っときますので」って言葉には、内心、相手の方は、「イタい出費だなぁ」、「でも、年上だから格好つけときたいなぁ」とか、思っていたりするかも?…なんて考えてしまいますよね。あなただって、思い当たるふしがありせんか?思ったことがない人は、言い方は悪いですけど、金銭感覚を見直すべきだと思いますよ。笑相手が、内心どう思っていようが、奢ってくれるって方には、全身全霊を込めて、感謝の気持ちを伝えればいいんです。アクセル全開です!満面の笑顔で、大袈裟に、「ありがとうございますっ!」と一礼!私なんて、お小遣いがピンチな時などは、「助かりましたー!」とまで付け加えるちゃいますね。笑何で素直に受けた方がいいのかを、具体的に説明しますね。スバリ!奢った方に「承認欲求」を満たしてあげれるからです。他人から感謝されると、「何ていいことをしたんだろう。。。」と思います。物理的な金銭的な損よりも、精神的に満たされたが、損得勘定としては上回るんですね。ですので、相手に貸しを作ったとか、いちいち大袈裟に考えちゃたりする人もいますが、そこは、楽観的に素直に受け入れるべきですよ。相手の財布に対して、あなたは、十分以上に相手の頭の中に貸しは返しているんだから。↑他の記事もよろしければ。
0
カバー画像

メンタル疾患の裏にあるもの

メンタルの病気には必ずと言っていいほど、家庭環境と関係しています。 もちろん、家庭環境だけではなく、幼少期の体験だったり、 他の体験、自分の体質なども相互に作用しているのですが 今回は私の経験を踏まえて、このことをシェアしていきたいと思います。過干渉な母親私の場合は、母親(父親)といじめの体験でしたがその1つは母親でした。 母親は過干渉で心配性で、いわゆる「毒親」でした。 何をするにも監視されていて 「ああしなさい、こうしなさい」といつも管理されていた気がします。 例えば、学校のテストが100点ならすばらしい、で80点ならまだまだね、と。 中学時代に成績が伸びないと、勝手に塾を変えられて それで成績が伸びないと、何でもっと頑張らないの!!? といつも圧力かけられて、ものすごくつらかった気がします。親から認められないと、顔色を窺うようになる私は買ってきた服についても、何かその服微妙よねと、言われたりして否定されたような気がして、憂鬱になったり、自己嫌悪になったことがありました。なぜかというと、母親からの評価にいつもビクビクしていたからです。 その結果、「母親が気に入るような、母親に否定されない服」を、選ぶようになっていました。 服を買ってきたら、母親に服を見せて、「それいいね」と言われるとホッと安堵するのです。服を見せる時は、とても緊張しました。そして、クローゼットにある服を一通り見て思ったことは 「これは母親の好みの服ばかりだ」と気づきました。条件付きの愛自分は「ありのままの自分」として認められていなかったと思います。 ・成績が素晴らしかったら、認める ・いい子だったら、
0
カバー画像

世界一わかりやすい「自己肯定感」

昔、パニック障害とうつ状態でどうしようもなかった時。 「自分には自己肯定感が足りないから、今こうなっているんだ」と、自分なりに推測をしていました。こんなに生き辛いのは自己肯定感が低いからだと思っていたわけです。 そして、何とかしてその自己肯定感とやらを高めたいと思い、ネットや本などで自己肯定感について調べてみたのですが「何かいまいちピンと来ないかも…」というのが正直な感想でした。 “ありのままの自分を愛す” とか “自分の存在価値を認める” と言われても、当時の病み病みの自分には何だか良く分からなかったのです。 ・・・そんな経験から、今の自分にできること。 「自己肯定感とは何か?」「自己肯定感を高めるためにはどうすれば良いのか?」ということを、なるべくシンプルに分かりやすく伝えることができるのではないか?と思いました。 「情報が多すぎて、実は自己肯定感のことよく分かっていないかも…」という方や、自己肯定感についてもう少し理解を深めたい方、自己肯定感を高めたいと思っている方にぜひ読んでいただければと思います。◆自己肯定感の低さの原因以前の記事「承認欲求について知っておくべきこと」に、こんなことを書きました。成長と共に、アイデンティティへの承認欲求に変化していく子ども。 自分は自分のままで良いんだ、自分は他者や社会から認められているんだという感覚です。幼少期に親から自分の好きなこと、好きなものを「すごいね!」「それ良いね~!」と褒めてもらえたり、自分がやってみたいことを「良いね、やってごらん!」「きっとできるよ!」と認めてもらえた経験。このようなコミュニケーションから、子どもは自
0
カバー画像

お話を聴くってスゴイことなんだ!

久し振りに頭痛が出てちょっとブルーなタチバナシ❀です。今日は病院の歯科室に勤務していた時のお話しです。 新卒気分も抜けない新人時代🔰業務をこなすのがやっとの毎日を送っておりました。そんなある時受付で異変発生!何やら大声で患者さんと先輩歯科衛生士とがやり取りしている様子…。 緊張感が伝わってきます。 思わず聞き耳を立てました。 途切れ途切れに聞こえてくる内容を要約するとご高齢の女性の患者さんがクレームでしょうか? お怒りの様子で大声を出してました。 先輩の歯科衛生士はそれに負けじと応戦してました。(笑) すると患者さんはますますヒートアップして 機関銃の如くまくしたてています。 現場はかなり険悪な雰囲気に・・ その女性患者さんは治療中もずーっとブツブツ不満を口にしていました。 その日は帰るまでお怒りモードでした。 この一件で女性患者さんは要注意人物のレッテルを貼られた様です。 毎回同様の攻防が繰り返され、(笑) 治療も思うように進みません。。。 そして遂に私が担当する順番が回ってきました。 いつもの様に女性患者さんはずーっと不満を訴えてます。 他のスタッフは忙しいのを理由に聞く耳も持って無いので女性患者さんの訴えは完全スルー無理やり治療に持って行きますが私は直ぐに処置しようとせずにお話しを聴くことにしました。私にはある確信がありました。 そうすることによって女性患者さんはスムーズに治療させてくれると。 私は一人っ子でシングルマザーの母親に育てられてました。 母親が仕事で不在の時はいつも一人ぼっちです。 ただ年の近い従兄弟たちが多くよく皆を束ねて遊んでいました。 年長のガキ大将でし
0
カバー画像

承認欲求について知っておくべきこと

「こんなに頑張っているのに、認めてくれない」 「こんなに苦労している姿を、誰も見てくれない」 「どんなに頑張っても、自分は頑張っていると心から思えない」 こんな感情が無かったらどんなに楽なんだろう、と思ったことはありませんか? この厄介な感情の正体、それは承認欲求。 悲しみ・怒り・不安など、時に様々な心理的困難をもたらす承認欲求について、今日はちょっと深掘りしてみたいと思います。 ◆承認欲求のはじまり赤ちゃんに承認欲求は不可欠。けれど本来は大人になるにつれて不要になっていくもの。そもそも承認欲求における【欲求】って何でしょうか? 欲→自分の欲 。周りに対してこうして欲しい、こうなって欲しいを 求→相手に求めること。自分の欲しいものを相手から貰おうとするイメージ。 それを踏まえて、今の自分の承認欲求のルーツを辿ってみましょう。 承認欲求の始まりは生まれて間もなく。赤ちゃんの頃です。 抱っこして!おむつ替えて!おなかすいたよー!眠いからゆらゆらして! こっちを見てよ!かまってよー! 赤ちゃんは親が自分の欲求を満たしてくれるまで、泣いて訴え続けます。そして欲求が満たされると、安心して眠りにつくのです。 赤ちゃんにとって、親からこれらの欲求を満たしてもらえることは “生”を意味します。逆に親にこれらを満たしてもらえないことは、死を意味します。 承認欲求が無ければ、命を繋いで生きていけないのです。 承認欲求が無いと生きていけない。赤ちゃんにとって承認欲求は、本能的に必要なものなのです。 そんな赤ちゃんも1歳、2歳、3歳…と成長していくと、 「この時間になればご飯を食べられる」 「こうすれ
0
カバー画像

もっと○○してほしかった!?よだけんが両親に求めていたものとは

おっはよ~ございま~すメンタルトレーナーよだけんで~す今日はあんまり温かくならないみたいだけどみんな風邪ひかないようにね~さぁさぁきょうはちょっとよだけんのお話をするからね~個人的なお話だと思ってよんでみてくださいな~--------------------------よだけんはいまはメンタルトレーナーのお仕事を自分でやっているんだよ~よく言われる言い方だと心理カウンセラーってやつだねブログの文章からは想像ができないかもしれないけどね(o^―^o)悩みを聞いて解決したり目標を達成したい人をメンタルからサポートしたり日々こころと向き合うお仕事をしているよ~ん♪なぜこの仕事をしようかと思ったかというとそれにはいろいろな理由があるんだけどいちばんの理由は両親のことが大きかったんだよだけんの両親はねあまり褒めてくれる人ではなかったんだ昭和を絵にかいたような考えが強かったからさもっとがんばれ弱音を吐くんじゃない親の言うことは聞きなさいそんな感じの人だからさ褒めたり認めたりっていうのはなかったんだよねもちろん褒めてくれた時もあったと思うけどそんなの記憶に残らないくらい褒められていない認めてくれないそんな気持ちが強かったんだよねだから自分の努力とか価値観とかたいせつなものが認めてもらえてこなかったからずっとどこかで苦しい気持ちを感じていたんだよねもっと褒めてほしかったもって認めてほしかった両親には今でも時々思ったりするんだけどねでもそんなよだけんにも頼ってくれる後輩とか多くはないけど好きになってくれる女の子がいたりしたんだ(モテモテじゃなかったけどね)そのおかげで「じぶんを認めてもらえた」っ
0
カバー画像

マズローの5段階欲求説 承認欲求

「保健室まるみ」です。ココナラで電話相談とテキストでの相談をやってます。今日はマズローの5段階欲求説の4段階目「承認欲求」です。「承認欲求」って言葉、最近では日常会話に出てきたりしますよね。承認欲求にはA「他者から価値を認められたい」とB「自分で自分を認めたい」の2つがあるらしいです。でも、日常会話での「承認欲求」はAだけを意味していますよね。Aは「他者からの評価」なので、*評判*信望(信用と人望)*地位や名誉*重視されることそういったものを求める気持ちだと思います。対してBは「自己の自己に対する評価」なんですが、それも承認欲求に含まれるんだー、と私は意外に思いました。*能力への自信*強さや達成(自分は強くなっている、目標を達成できている)*独立や自由(自分の力で生活できている、自分の判断で自由に生きられている)*自尊心とも言える様な気持ちそういったものを求める気持ち。その両方を人は求める様にプログラミングされているんですね。そしてこの承認欲求が満たされると「自分は世の中で役に立つ存在だ」という感情が湧いてくるそうです。確かに。逆に満たされないと、焦燥感や劣等感、無力感などの感情が現れてくるそうです。確かに。この承認欲求。アドラー心理学では、良くないこととされている印象です。そこを書き出すとまた長くなるので、今日はマズローの承認欲求について私の考えを最後に書かせて頂きます。承認欲求が私の中には確実にあって、0にはならないと思っているので、そこは降参しています。褒められたら嬉しいし、褒められなかったら悲しいです。実際他者評価を気にすることによって頑張って来られた事も多いですしね。
0
カバー画像

【リーダー】ほめ方、叱り方…   3年4年生編

こんにちは。きんちゃんです。今後、YouTubeなどでもいろいろな情報をお届けしていこうと思っています。主に体験学習を中心とした豆知識などを配信予定です。考え方、プロの見解、プログラム紹介、技術、テクニック、健康管理など…まだ、企画を練っている段階なので、また情報を整理しながら撮影していくところからのスタートですが…応援よろしくお願いします。体験学習は、情報量が非常に多く、視覚優位、集中力散漫、学力が低い子ども達にも非常に有効です。また、学習を通して、マインド形成を行えるのも強みのひとつ。通常は、スポーツなどをしていると自然についていくことが期待されるものですが、そうした成長も魅力のひとつと言えます。今回は、ほめ方叱り方… 中学年(3、4年生)の話をしていきたいと思っています。<< 3年生、4年生のほめ方、叱り方とその効果 >>いつも、お伝えしていますが、まずは背景、状況、立場などを把握した上で、関わっていくことをお勧めしております。3年生とは、4年生とは…統計的な話になり、極端な言い回しもありますが、概要をとらえるという情報として、活用してもらえたらと思います。< 背景 >この学年になると、個人の能力の差がすごくはっきりとしていく時期とも言え、「4年生なのに…こんなこともできない」逆に「3年生なのに…これがわかるんやね」など、学年での縛りができにくい年齢でもあります。それは、単に意識の差が大きいと思っています。「もう、下には2学年も年下ができて、しっかりしていかないと!!」「高学年の人たちもいてるし、まだまだ好きなことをしていこう」など簡単にいうとこうした意識の差が、そのまま
0
カバー画像

【保護者】小学3年生くらいから…変化する男の子

どうも、きんちゃんです。今日は、最近よくある相談や質問から…「最近…あまり話してくれなくなって…」「反抗期かな…」その大半が…3年生、4年生…なんです。そこには…理由があります。簡単に思春期など…と片付けてしまうといろんな信号を見逃してみまうかもしれません。いくつかの理由もありますが、多くの子ども達と関わっているとやっぱり3年生くらいから変わってくる兆しがあります。その大きな理由として…【自我の形成からの承認欲求】だと感じています。はじめのうちは自分自身ですら感じていない程度の感覚だと思います。それが、日に日に「自分はできる。何かよくわかった気になる」…「自分はよくわかっているのに、わかってくれない」「うまくできないのは、〇〇のせいで自分のせいじゃない。僕はわかってるし、できる」…こうした種の感情が強くなっていくように思います。勉強もこれまでと違い、少し難しくなっていく頃…たくさんのストレスと心の成長と、気持ちの整理が追い付かない状態になってきます。そして、自分を子ども扱いする親との距離を取り始めたり…自分より弱い立場の生き物(小動物、虫、お年寄り、立場の弱い大人、自分よりも劣っていると思う友達など)に攻撃的に関わるようになったり…チャンスがあれば、優位を取ろうとするようになります…「あれ、最近なんか変わった?」直感的に感じる保護者の方もいるようです。しかし、見方を変えれば、これ自体は発達段階において正常といえる行為であり、順調に成長していると言えます。こうした行動は、自身の芽生え始めた承認欲求の飢えを満たそうとしています。その正体がわからず、試行錯誤しながら、そのもやもやした
0
カバー画像

承認欲求が悪者扱いされるワケ

昨今よく悪い意味で耳にすることが増えた「承認欲求」。しかしこれ、本来は心理学者マズローが唱えた「欲求階層説」の中の、ステップの一つにすぎません。なぜ、持っているとだめなもの、のように思われるのでしょうか。承認欲求の中身は2つ本来、承認欲求には①他者から認められたい、名声・賞賛を得たい②自立性を確立したい、自己尊重、スキルや知識の獲得が両方含まれています。それが、①ばかりがクローズアップされてしまった結果のように思います。他者からの承認は「ご褒美」に過ぎない「人から認められたい」「褒められたい」「尊ばれたい」と思うのは自然なこと。しかしこれは「ご褒美」にすぎません。他者からの称賛が欲しいのに、「私を褒めて」「認めて」「すごいでしょ!」「私が一番!」を繰り返し過ぎた結果、批判を集めてしまうという逆効果に陥ってしまいます。本末転倒ですね。承認欲求自体は悪いものではない「仮の称賛」を得ても承認欲求は満たされません。不満だけが残ります。しかし、それは「承認欲求」そのものが悪いことではないのです。「自立性」「スキルの獲得」「自己尊重」を目指し、他者からの承認はその結果に過ぎないと知っていれば、周囲から批判を受けるような振る舞いに繋がることはないはずです。承認欲求の上位には「自己実現欲求」が待っています。本来の承認欲求に正面から取り組んで、次の「自己実現欲求」へ進みたいですね。
0
カバー画像

怒りを感じるときは過去の怒りに目を向ける必要がある

創作の源泉は怒りだ。理解されないこと、怒りのはけ口にされたこと、大事にされないこと。私の中に溜まった澱(おり)が私にブログを書かせる。胸の中にモヤモヤとどす黒いものがあるとき、私は文章で表現したくなる。平穏なときは書きたい欲求がない。文章を書くときはじっくり考えてから取り掛かることもあるし、今日みたいに直前まで何も考えていなかったのに突発的にブログを書き始めるときもある。文章を書くことが私にとってストレス発散なのだ。カラオケや旅行と一緒。私は文章を書くと、自分の気づいていない感情と向き合える。アートセラピーや音楽セラピーと似た効果を得ているのだろう。いつか、怒り以外の感情で文章を書ける日が来るのだろうか。文章が書けなくなってもいいから怒りの感情をそろそろ手放したい。もう怒りを感じながら生きるのが苦しいのだ。だが、怒りの感情にはきちんと向き合う必要がある。子どもの頃からずっと自分の感情を抑え込んできた。一度怒りをきちんと向き合わないことにはこの感情は消えてくれそうにない。さっさと過去の怒りの感情に向き合い怒りを手放すことにしよう。怒りの感情は確かに発奮材料にはなるが、それ以外の感情で行動した方が自分も周りも幸せにできるのだろう。
0
カバー画像

承認欲求との付き合い方

「あなたは誰を愛してもいいし、誰に愛されても構わないのよ」映画シャインの劇中で占い師の女性(のちの奥さん)が主人公のピアニストに告げた台詞です。彼は父親の絶対的な権威に逆らえずピアノだけしか弾けない大人にまっすぐねじ曲がって成長しました。普通のことが全くできず、吃音でコミュニケーションもままならず、べったりくっついて離れない彼でしたが彼女は彼のホロスコープを観て結婚を決めました。彼の生い立ちを受け入れた上で彼女は常に彼にそうメッセージを送っていたそうです。シャインの話は特殊ですが、成長の過程で権威者との固着と承認欲求が複雑に絡み合うことは誰しもが経験することだと思います。(私もそうでした)どうやって個人が固着と承認欲求を別物として扱えるようになるか?考えました。参考になったのは笑顔で何万人のファンと握手をするアイドルの存在でした。彼女たちはファンを選びません。「かわいい」と声援を飛ばしてくれたり総選挙で票を入れてくれればそれで満足できるわけです。時折り承認欲求を抱えていることに罪悪感を抱える方がいらっしゃいますが、それはどうかな?と思います。承認欲求自体は誰にでもあるものです。認められたい衝動を才能を伸ばす起爆剤にするのが健康的な付き合い方だと思います。ですから承認欲求は不特定多数に認められたい欲求に変換しておいた方が扱いやすいのかもしれません。特定の誰かに固着するのは悪いこととは思えませんが、相手に望まれない場合ややこしい問題の原因になります。行きすぎればストーカーとかかまってちゃんと認識されるからです。(悪いことではないですが本人は社会生活を営む上で不利な立場に追いやられる
0
カバー画像

100%負ける喧嘩で戦わない!負けるが価値『恐怖心』との付き合い方 [和オポノポノ]

みつのところにご相談にいらっしゃる方は、アスリート級の悩みを抱えていらっしゃる方がほとんどです。そしてその悩みの根本にはあるのは『恐怖心』。昨今のウィルス問題で、スーパーからトイレットペーパーやティッシュが消えたのも、得体のしれないものへの恐怖心の現れですよね。 今日は、この恐怖心はどこからくるのか?どう向き合えばよいのか?についてお話します。
0
カバー画像

わかってもらいたい、理解されたい、必要とされたい

わかってもらいたい、理解されたい、必要とされたい、こうした気持ちは、誰にでもあると思います。 でも、眠れない、食べ物の味がしない、いつも身体がだるい、など、 身心に不調をきたすほど苦しいなら、なんとかしなければなりませんよね? 実は、わかってもらえない、理解されない、必要とされない、といった気持ちは、脳の「大脳基底核」という場所で生じています。これは脳の深いところにあって、この場所の疾患によって、痛みの症状が出ることもあります。さらに、大脳基底核は、生存本能や防衛本能にも関係していますので、つまり、わかってもらえず、必要とされないということは、社会的な存在として、危機的な状況にあるということです。だから、必要とされていないと感じると、つらいんです。脳がそうした仕組みになっているのだから、つらくて苦しくて当然です。この、「自分に存在価値を感じられるか否か」という問題は、お金よりも健康よりも、なによりも大切だったりします。じゃあ、どうしたらいい? 認めてもらうために、相手に合わせる?奴隷のように? それはそれで苦しいですよ。それに、他人軸で生きる人は、他者にコントロールされやすくもなります。私はそうした状態を「愛情乞食」と呼んでいます。さて、ここまでで気付かれたでしょうか。わかってほしい、理解してほしい、必要としてほしい...これらは全て、他人に求めている感情です。わかってください、理解してください、私を必要としてください、と、他人に要求しているんです。もう、それ、やめましょう。 あなたが自分で自分をわかってあげて、理解してあげて、そして、あなた自身があなたを必要とするんです。それ
0
カバー画像

【不愉快にさせる「いいね!」のリクエスト】

このブログは、作成の仕方や内容そのものがまずい上に、毎日更新していることもあって「いいね!」は殆どつかない。特に、4月30日のブログで変革宣言してからその傾向が顕著になっている。だからと言って、特に、無理に「いいね!」を求める気持ちはない。このブログには「いいね!」リクエスト機能もないし、あっても使う気にはならない。そんな性格ゆえに、Facebookで「いいね!」リクエストされることを私は非常に嫌っているし、リクエストされて「いいね!」したことなど一度もない。そんなことをされなくてもいいと思えばするし、そういう判断はあくまで自分の意思によってのみ行う。「いいね!」リクエストは、自分のFacebookへの強い承認欲求でR。言い換えれば、自身の承認欲求や自己顕示欲を満たすための「他者からの愛」を求めるもので、強過ぎると人間関係や健全な社会生活に支障をきたすものだ。現に、私のように「いいね!」リクエストされて不快に感じる者もいる。他者がどう思おうと、自分が何一つ恥じることなどない誇れるものを書き、それをしっかりと認識できていれば、Facebookに「いいね!」がつかなくてもそれで充分適切な自己評価ができる。本物の誇りをもって「自分自身による愛」が得られ、自分で承認欲求が満たせるのだ。承認欲求を満たすために自分の価値を認めてくれる「他者からの愛」を強く求め過ぎることは、他者から評価されたいという虚栄心を表しており、本物の誇りや適切な自己評価にはつながらない。それなのに、Facebookで「いいね!」リクエストするという行為は私に言わせれば厚かましくて見苦しい。自分が世に恥じないFace
0
カバー画像

悲しきかなマウンティング

マウンティング・・・類人猿が相手よりも自分の地位が優位であると示す行為。対人関係においてのマウンティングは、相手よりも自分の能力・地位が優れている、そう威圧的にアピールすることに加え、相手を貶(けな)す発言や態度をとることもあります。何度もターゲットにされるとたまったものではありません。威圧的に見下されると自尊心も傷付きます。マウンティングによって悩まされる方に、今回のブログをお届けします。最後に対処法をご提示します^^では、ちょっとここで、マウントする人の心理を覗いてみましょう。まず見えるのは、自己顕示欲。自分が優れている存在である事、上位にいる存在である事、それらを認めさせたい気持ちがとても強くあります。次に高い競争心。勝ちにこだわる心理が見えます。人生は勝たなければ意味がない、と考えてしまう傾向も強い。向上心も強いので、頑張り屋さんでもあります。もう少し奥深くを見てみましょう。そこには恐怖心が見られます。「認めさせなければ、自分は駄目な人間だと思われる。」そうなれば誰にも相手にされず惨めになる、という恐怖心。人は皆、序列を重んじて生きているのだ、そんな認識の歪みがそう思わせています。こうやって見てみると、なかなか本人も大変そうですね。悪意が本質であると思われがちな『マウンティング』。実は自分の地位を守るための必死の行動でもあります。類人猿がそうであるように。承認欲求が人一倍強く、心に余裕がない状態であると、マウントを取りたくなるようです。その内心は悲しい状態でもありますね。もしもあなたがマウントを取られて、嫌な気持ちを強いられているならば、淡々とした態度で接することも良い
0
カバー画像

【過剰な自己愛が誰かを病ませている!!】

どんな自分であっても「自分は自分でいい」と認められるのが自己愛であり、これは、そのまま自己肯定感とイコールであると言える。子供の頃からの親との関わりの中で自己肯定感を高められていないと自己愛の欠落に大きく影響するが、それはそれだけ、子供の頃からの環境によって形成された考え方を変えるのは大変だということで、それだけに自己肯定感を高めるには本人の意識が相当に必要で、現状の自分や失敗する自分を受け入れ、気持ちのリフレッシュやポジティブな言動を心がけることが求められる。それだけではなく、心の健康が損なわれない環境に身を置くことも大切でR。嘗て私は、チーム全員で移動する時に置き去りにされたり、「仕事しているフリをしている」と陰口を叩かれたり、自分の歓迎会だけ未開催だったり、自分が席にいるのに自分あての電話に勝手に対応されて事後報告もないことに抗議して逆恨みされたり(しかも、相手は、社労士の資格を持つ職場の労災担当でR)、という職場環境の中に身を置いていた。こんなことが常態化していては、自己肯定感が高まらないのも当たり前田のクラッカー。こんな職場環境に対する不満は、自分の存在や仕事への強い承認欲求であり、私は、これらのことに関する承認欲求が強過ぎたため、加えて、周囲の私への他己愛が弱過ぎたため、僅か数名の同僚との人間関係をしくじり、社会生活にも影響を及ぼしてしまった。歓迎会の件は、人となりを知ることができる絶好のコミュニケーションの機会を持とうとしなかった、電話対応の件は、自分の存在を無視された、という欲求不満がその後数年間強く残り、消えることはなく、周囲から受けた逆恨みと確執で私は疲れ果
0
カバー画像

【体験談】帰ってきた本家Mちゃん!『Mちゃん、アスリートジプシー脱出までの道のり』

久しぶりにMちゃんが帰ってきました!Mちゃんとは、みつのブログ経由でホオポノポノについて質問をくださった方で、度々動画に出演していただく等協力してもらっています。ご相談いただいた当初は超アスリート級スピリチュアル・ジプシーだった彼女も、今ではすっかりジプシーを卒業しています。Mちゃんはいかにしてジプシーから脱出できたのか?ご本人の口から語ってもらいました。かなり深イイ話です!
0
カバー画像

【プレゼント、催促待ってする私】

 人は、危機に直面したり、痛みや葛藤を  感じると、自分を守るための防衛反応が  働く。これを「防衛機制」というのだが、  13の「防衛機制」の中から第9回目の  今日は「反動形成」の話をしたいと思う。 ────────────────────  この「反動形成」とは、「無意識に抑圧  されている強い衝動に対して、正反対の  傾向や行動を表す無意識的な心の働き」。  私にそんな経験はないが、好きな相手に  イジワルする、なんて、やったことある  方もおられるのじゃ、あ~りませんか? ────────────────────  私は、好きな相手にイジワルするような  ことはなかったが、自己肯定感の低さ故、  相手の気持ちに気づかないふりをしたり、  つれなくしたりが常だった。クリスマス  プレゼントも、本当はあげたくて仕方が  ないのに知らんふりして、クリスマスが  終わってから、そのことを「寂しかった」  と言われてやっと買うという始末だった。 ────────────────────  当時の私は、彼女とも以前から親しくは  していたが、本命の女性に酷いやり方で  袖にされたこともあり、その時点で好き  になる相手を間違えていたことには気が  ついていた(彼女の良さに触れ、彼女を  好きになれば良かったと思っていた)が、  あの女性がダメですぐこの女性、という  のは、女性に対して失礼だと思っており、  考えないようにしていたのだが、彼女の  方が自分に想いを寄せているとは思いも  寄らぬことで、その想いを受け入れたい  という抑圧している強い衝動の出し方が  分からずにいた
0
カバー画像

誰かのためになりたいという気持ち

お受けする相談の中でよくおっしゃる言葉です。「人のためになる仕事がしたい」「人の役に立ちたい」多くの方が多かれ少なかれ持っている感情ですね(^^)また、それ自体は素晴らしい事。自分のモチベも上がったり。でもそんな前向きな志でお、時々立ち止まって自分を客観視する事も必要かもしれません。それは、過剰な承認欲求に駆られていないか?相手はホントに求めている事か?相手のためと言いつつ、自分のためになってないか? ナド。時に自分の心を痛めつけてしまう事もあり得る事。また、他人に求められる事がやりがいではなく、実際には自分が他者を求めている位、すり減っている状態もあり得ますね。時々、自分を客観視してみる事オススメです。また、謙虚さも忘れない事も大切ですね☆
0
カバー画像

ホオポノポノの原点「フナの教え」 今この瞬間にある莫大なパワーを使う!「フナ7つの宣言」④

こんにちは、みつです。 今日は、ハワイの秘法「フナの教え」 7つの宣言の4つ目「力は今この瞬間にある」についてお話します。 ※初めてこれを読んだ方は、3話前からご覧ください。 今日の動画は、短いですが、内容はかなり難しいと思います。 言っていることは簡単なのですが・・・実行が難しいテーマです。よく言われる「今ここ」のお話ですが・・・・ 実際、みなさんの中のどれ位が、「今ここ」に生きておられるでしょうか?それを実現していただくために、和ポノの「あいさつ」をご紹介したり、動画やブログで色々語っているですけどね。 なんの武器も持たず出来る人は、なかなかいないのではないかと思います。☆彡 みんな、チャンネル登録してね(๑・ิω・ิ)ノ今この瞬間に生きることが出来たら・・・ 人に与えられている莫大なパワーを使うことができますよ、というお話をしています。 ぜひ、引き続きこの↓ 「フナの教え」シリーズを何度も読んで・動画を観て、腑に落としてくださいね。ワクワク。最後までお読みただき、ありがとうございます。 みつのブログを最後までお読みいただいたあなたを・・・愛を込めてクリーニングさせていただきます。 また記事関するご質問はコメント欄からお気軽に♪ 「和多志は愛に生きます。 和多志たちと 和多志たちの家族、親戚、先祖が、永遠に平和とともにありますように。」 「終わり 愛の祈り」 「はい、和多志たちは、今、ここにいます。ワクワク♪」 「ごめんね」「ゆるします」 「愛しあいます」「ありがとう」
0
カバー画像

競争をやめてみる

私達、人間の本来の姿は 競争ではなく 【共存すること】 争うことは 自分を守るため だから、他人と競争してしまう。 ・勤めている会社や職業のこと ・お金持ちかそうでないか ・住んでるところや暮らしなど あらゆるところで他人と比較し 追い越し、追い越されしながら競争しようとしてしまいがちです。 なにかに向かって努力することは必要だし とても大事なことです。 ただ、努力しても思う結果が出ない時人は誰かを陥れようとしてしまいます。 妬みや、嫉妬といった感情が芽生え 常に自分を守ることで