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ゆとり教育が招いた社会問題と子どもたちの問題

廉清生織のブログの部屋へようこそ今回は「ゆとり教育」について改めてどんな点が問題だったのか?深堀りしていきたいと思います「ゆとり教育」の旗振り役として1990年代後半に活躍したのは当時の文部省の官僚だった寺脇研氏でした。 当時問題視されていた「いじめ」問題に対して「偏差値教育」と寺脇氏が呼んでいたのです。子供を画一的な指標で見るような教育が「いじめ」の原因であるとしていました。寺脇氏の主張を見ると「〈偏差値教育〉の追放」というところに目を奪われがちですが・・寺脇氏はそれ以外にもPTAの改革・生活科教育や職業教育など多岐にわたっています。ただただ「学習内容の削減」やスローガン的な「偏差値の追放」などは教育界や経済界を中心に反発を生み出しました西村和雄氏は戸瀬信之氏らと共に『分数ができない大学生』(東洋経済新報社/ちくま文庫)などを刊行し現代の大学そして若者においていかに学力の低下が深刻化し・それが国力をそぎ落とすものであるかを盛んに述べました。まず寺脇氏ですが2000年代終わりにかけて自分の言動の正当性を主張する書籍を相次いで出しています。 例えば・・・ほとんどが自分に近しい主張の人との対談で構成された『格差時代を生き抜く教育』(ユビキタ・スタジオ・2006年)や『それでもゆとり教育は間違っていない』(扶桑社、2007年)そして自身へのバッシング・さらには社会学者などによる格差社会論に対して反論を試みた『さらばゆとり教育』『百マス計算でバカになる』(共に光文社ペーパーバックス)を出し・その後は官僚論を刊行し(『官僚批判』(講談社、2008年)『文部科学省』(中公新書ラクレ、201
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きょうざい工房ツツミのブログ はじめました

 初めまして!きょうざい工房ツツミです。 今日からブログを書いていこうと思います。 気ままに書いていきますので、よろしくお願いします。 まず最初にツツミの自己紹介から始めたいと思います。  <基本データ>   徳島出身 30代    専門分野:理科教育、化学   好きなもの:米、におい、柔道 ツツミは理系大学を卒業したのち、故郷の徳島県で10年間、中学校理科の教員として勤めました。  先生にもいろいろなタイプの方がおり、  *授業が得意な先生  *生徒指導が得意な先生  *部活が得意な先生 などいらっしゃると思うのですが、ツツミは授業が好きな教員でした。 ただ、理科の授業ばかりやっていたわけではなく、 10年間の教員生活の中でいろいろな生徒、先生、保護者との出会いがあり、学級経営や人権学習、道徳にも面白みを感じるようになりました。 また、これらの経験から得た知見を部活動にも生かし、理想のチーム作りへと邁進していました。 充実した生活でしたが、納得のいかない異動や人間関係、あまりの多忙に押しつぶされて、退職の道を選びました。ですが、今でも理科教育についての関心は失われていません!   *忙しい先生方を少しでもサポートしたい!  *今までとは違った形で理科教育に携わりたい!  *学校と外部との連携を図り先生の負担を減らすシステム作りをしたい!  という気持ちでココナラを始めました。 これから、教員時代のエピソードや退職に至った経緯などをブログに書いていければと思います。 よろしければ読んでいただければと思います。
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それ、教育のチャンスでは?

みなさん、こんにちは。あなたのこころの秘密基地、Shuureiです。なんだかじめじめとした空気がただよってくる午後。梅雨ですねぇ。昨日、張りきって干した洗濯物が雨でびしょびしょになりました・・・。わかります?このやりきれなさ(涙)やった仕事が振り出しに戻るどころか、余計な手間がついてくるという。家事ってこんなことばかりですよね。洗った洗濯物はすぐに汚れて戻ってくる。作ったお料理はすぐに食べられてなくなる。きれいに掃き清めた玄関も、すぐに砂だらけ・・・でも、考え方を変えると幸せいっぱいの仕事になったりもします。洗った洗濯物は気持ちよく着てもらえる。作ったお料理はみんなのお腹を満たしてあげられる。きれいな玄関でみんなを迎えられる。そこにはたくさんの喜びが隠れていたりするんですよね。さぁ、今日も一日・・・もう夕方ですが、あと少し頑張っていきましょう♪さて、今回は子供が話してくれた悲しいお話。今では多くの公立の小中学校に設置されている支援クラス。そこには、様々な障害を抱えたお子さんが在籍しています。でも、学校によってそのカラーはまちまちで、良くも悪くも担当の先生次第なクラス運営となっていると思います。その知的クラス(知的発達に遅れがある子のクラス)でたまに見かけるのが、怒りを覚えるくらい残念な先生。自分のいらだちを暴言に変えて子供たちにぶつけているんです。そんな先生が抱える児童・生徒は、大方が柔和なタイプで、ひどい言葉や乱暴な命令によって傷つけられてもなにもいいません。親の訴えかけがあっても、クラス担当が変わることがないまま6年間が過ぎた例を私はみてきました。そんな中、ある日こんなでき
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学級経営「スローカーブ」習得のススメ

「担任はどんな先生なの❓」「優しいけど,怒ったら怖いかなぁ」このやりとり,よく耳にします。「怒ると怖い」言葉にすれば,恐怖で支配しているように感じてしまいますが,一定の「恐怖」を上手くコントロールすることも,学級を経営する上で必要なものなのです。(♯恐怖を与えることが必要と言っているわけではありません☝️💦断じてありませんよぉ〜🥹)🟦清廉潔白だけでは上手くいかない⁉️「恐怖による支配」では,学級経営はまず成り立ちません。それは学級崩壊と同じくらい子ども達の成長が止まっているヤバい状態です。ですが「恐怖で支配する」ことと「恐怖」というカードを上手く使うことは,全く性質が異なるものです。まだまだ発達段階の途中にいる子どもの集団を,より良い集団に育成するには,このカードをどう使うかがかなり重要なポイントになります。(♯あ,もちろんこれは,超サイヤ人になれないクリリンたちにとっての話なので,悟空やベジータみたいに先生は必要ない話でーす🥴笑)🟦「恐怖」のカードは「スローカーブ」みたいなもの「恐怖」というカードを「持っている」ことを子ども達に認識してもらうことが必要で,実際に使う(子ども達に恐怖を与える)必要はありません。たまに勘違いして,自分の怖さを学級全体に植え付けるために,不適切な行動をした子どもに対して威圧的な言動を取ったり,あえて聞こえるように怒鳴ったりする先生を見かけますが,それは絶対に違います。自分に自信がなくて,子ども達にナメられることを恐れる人に,多いです。実際に投げなくても,スローカーブを投げることができることを,子ども達がなんとなく感じ取ってもらえればそれでいいわけで
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先生の気持ち、生徒の気持ち

学校で相談員をするようになって もうすぐ1年。この1年 たくさん初めての経験をさせていただきました。もう すべての生徒さんが愛おしい 学校で働くことが決まった時 生徒さんがありのままを出せる場所にしたいというのがありました ありがたいことに 「家族には話せない・・・」 「先生には話せない・・・」 といいながら 私に話してくれるようになり ここの目標は 達成できているように感じています 最近ひさしぶりにどう対応したらよいか 悩むことがありました 先生は 教える立場だから ごもっともなことを生徒に伝える 生徒さんは そのこともわかっている わかっているけど できない・・・ それが できないのがよけいに辛い・・・。 私と先生で話していた時 先生のある一言で なんだか・・・ 相談員としての役割が できていないような気持ちになりました 相談室って そんなふうに思っていたんだ先生・・・ おちこむ私・・・。 カウンセラー仲間や 信頼できる先生の友達に 話を聞いてもらっているうちに 「あ~良かったんじゃん私。大丈夫!」 と思えるようになり 心が解きほぐされていきました それと同時に 学校や先生の気持ちや思いを もっと知りたいと思いました 先生は何に困るのか どうゆう思いでいるのか 今まで 正直、生徒さんよりの気持ちでした 「なんで学校はわかってくれないの」 「常識的にはそうだけど、そこじゃないんだよ」 生徒さんに偏っていて 学校や先生の気持ちをわかろうと しなかったのですよね 無意識に・・・ 学校は敵・・・ わかってくれない・・・ みたいな 相談員としてのもう一つの役割 先生と生徒さんの気持ち
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【教師】一貫性のあるプログラムにするための4つのポイント

兵庫県には、小学校5年生で4泊5日の学校行事があります。そこには、なんと外部から参加するリーダー(指導員・補助指導員)と呼ばれる大学生やその道のプロの人が関わることができる制度がります。 この制度のすごいところは、何よりも学級経営の大きなインパクトになることです。その影響力、破壊力は本当にすごいんです!! その想いを受け継いで、またリーダーを目指す人、先生を目指すきかっけになった人、大人になってからも忘れない思い出の存在。 その存在が大きいからこそ、憧れ、頑張り、悔い、達成感いろんな感情が大きく生まれ、行動や発言につながっていく。 リーダーや友達と4泊5日過ごす思い出もすごくいいんですが、 それ以上にすごいのは【長期宿泊を通して、子ども達にとっては人生最大級の葛藤が起きること!!】にあると思っています。 ステキな出会は人生を変える。ステキな気づきは価値観が変わる。 どうも、きんちゃんです。今回は、コロナ禍で学校行事の予定がコロコロ変わって大変な先生のためのパンポイントアドバイス編■■ 一貫性を持たせた自然学校にするために4つのポイント ■■2021年夏休みも終わり、2学期が始まろうとしています。自然学校も4泊5日から、今年も日帰りや、1泊、最大でも2泊の学校になってきました。そして、それにちなんでこれまで、下見やいろんな資料をもとに作ってきたプログラムを一旦忘れて、作り直すという作業が待っているのです。しかし、この考え方があれば、短くなっても同じ考え方なのでそんなに大変な作業ではなくなるはずです。さらに言えば、この考え方は他の授業や、行事にもあてはまるので、ぜひ一般化して活用し
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学校でも家庭でも時間を守る

他のクラスの様子を見ていると 休み時間なのにまだ授業をしている 給食のスタートが遅い 妙に下校が遅い などということに気が付くことがあります そういう先生に限って, 熱心なのになかなか学級経営がうまくいっていない, 子供が落ち着かない傾向があります。 また,研究授業などを見に行く機会もあるのですが,時々,授業を延長している先生を見かけます。 話し合いが盛り上がってしまった。 予定のところまで進まなかった。 などという理由があるのかと思います。 結論を言います。 授業の延長は,学級崩壊の原因の一つです。 クラスの子供たちは,授業が楽しくても時計は気にしています。 早く終わんないかな… また延長… 遊びに行きたいな… はじめは先生に気を使って,黙っていますが徐々に態度に表します。 絶対に授業を延長すべきではありません。きりが悪くても切りましょう。 研究授業でも,そこでやめましょう。 終わらなかったのは,計画が悪いか,授業の進め方が悪かったわけなのです。 45分間で勝負すべきです。 時間を守らない先生が「時間を守りましょう」 などといっても,聞くわけがありません。 徐々に信頼を失っていきます。 学級崩壊への入り口が見えてきます。 仮に,授業を1分延長してしまったとします。 授業開始を1分遅らせることを宣言し,きちんとあやまりましょう。 「授業がのびてしまってごめんなさい。次の授業は〇〇分から始めます。」 タイマーをまわして,休み時間の確保を明らかにするのもいいでしょう。 時間を守るということを大事にしている先生のクラスの子供たちは,時間を守ります。 もし遅刻をしても,きちんとあやまる
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HSC

先日、HSPについてブログ投稿をしたのですが、今日は、HSCについてブログを投稿してみようと思いますHighly Sensitive Child(ハイリー・センシティブ・チャイルド)の略称になります繊細さんの子供バージョンの話ですね人一倍敏感な子どもこういった気質を持っていると学校での活動は負担が大きく、疲れやすいことが多いですこれは、怠けているのではなく気質なんですね学校のカリキュラムは私から見るとちょっと休むと遅れてしまうイメージで子どもが休むことを想定していないなぁと感じていますまた、今は特にコロナで学級閉鎖なんてなると、すぐに授業数も足りなくなってしまいますよねだから、先生もそこを見越して授業を進めるから大変だよなぁってだから、先生も休みを取りにくいだろうなぁなんて、一人考えていました大人だって、有給休暇、リフレッシュ休暇、働き方改革って休みがあるのに気質的にHSCを持っている子どもたちは特によく頑張っているだろうなぁと思います何を隠そう私こそ、HSP気質であり、HSC気質を持った子供だっただろうなと振り返って思います周りが難なくできることがなかなかできなかったり、体力がなかったり少食だったりなんでだろう?と、自分の繊細さに気付く前の子供時代は謎でした(笑)でも、この気質に気付けたら、納得です(^^♪気質に合った生活に少しずつシフトして『わたし』らしい日常を選んでいきたいですね♡
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「 学校の勉強がなんの役に立つの? 」

「世界を理解する頭づくり」です。 この記事で言いたいこと、終了です(笑) 創作物の感想を提供サービス「第一読舎」です! あとは持論の掘り下げですので、お時間と興味のある方はお進みください。<読んでほしい方>○勉強に意味を感じない高校生の皆さん(オタク寄りな方は特に)○お子さんに勉強の意味をわかってもらいたくて悩まれているお家の方ご参考となれば幸いです。「 自己紹介と、あの質問 」 まずは自己紹介。 私こと第一読舎のひとり、アンディはエンタメ系の出版社に勤務していました。 その経験を活かし、ついこの間まで、マンガの専門学校とその附属高校で先生をしていたのです。 「業界の動き」「本の仕組み」「メディアの違い」「物語の作り方」「取材テクニック」などなどを教える編集講師でした(キリッ)。  よおし我が生徒たちよ! 一緒にバリバリデビューしような! と思っていたら……得意な部分だけ担当するわけにも行かず。 クリエーターを目指す高校生たちの、担任の先生もしていました。 色々書いてしまいましたが「漫画に強い学校の先生」をしていた、とご記憶ください。 そんなこんなで、本格的に学校の先生なるとは夢にも思わなかった元編集・記者ライターの私ですが、生徒からすれば先生は先生。大人として、先生として、質問がくれば応えなければならない! 着任から程なく、やはり伝統的なあの質問がきました(笑) 「学校の勉強がなんの役に立つんですか?  社会で使ってるの、見たことないですけれど」 質問に見せかけて勉強したくないという八つ当たりが大半なのですが、なかには本当に疑問で聞いてくる子もいるんです。 先生になってみて、
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エモーショナルメンター#84

今日のマインドセットは、 【学校教育=奴隷教育!】です。僕はビジネスの世界に入って ますます日本の学校教育は 『奴隷教育』だと感じます。 奴隷教育ってどういう意味ですか? っていうと、 同じ時間に同じことをさせる。 1つの枠にはめようとする教育。 これを僕は「奴隷教育」と定義してます。 これって極端に言うと、 軍隊の教育と同じなんですね。 生徒が勉強したい科目を選べないのって 不思議じゃないですか? 今日は英語だけを勉強したいから 1日中英語を勉強する日があっても いいじゃないですか。 英語とか特に 学年で学習する内容を決める必要ないですよね。 1年生が3年生の勉強したっていいわけですし、 その逆があってももちろんいいと思います。 でも、なぜか学校教育って 型にはめようとしますよね。 机に向かって全員に同じことを 同じように教える。 これは、世界で活躍できる人、 自分の力で人生を歩める人を育てる教育とは ほど遠いと思ってます。 せめて、家庭内では、 今の学校教育のような奴隷教育はやめて欲しいです。 極端な話、僕は大学に行く目的がないなら、 勉強という勉強は不要だと思っています。 それよりも、 【五感を刺激してあげること】 これが子供のためになると僕は思ってます。 あなたはどう思いますか?  
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【学校問題】ランドセルに「しゅくだいをする」

こんばんわ、ヴォイドです。とある市立小学校の男性教諭(33)の「懲戒処分」が話題になっています。男児の頬をつねったり・・・。頭を小突いたり・・・。ランドセルに宿題を促す紙を貼ったりしたとして、大阪市教育委員会は、9月30日付けで「懲戒処分」したとの事です。ランドセルに「しゅくだいをする」などと書いた紙をテープで貼り付け、そのまま帰宅させたりしていたそうです。男児の保護者から男性教諭の行為を記した手紙を受け取り、事実関係を確認。その後の調査で複数の問題行動が発覚した。令和の時代に、よくやりますね・・・。余罪も、たっぷりあるでしょうし、キッチリ調査してもらいたいです。まぁ、その対応をするのは、立派な大人たちですからね。「懲戒処分」の貼り紙をくっつけたりは、誰もしませんから安心ですよ。
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「当たり前」のメガネをかけ替えると、学校は奇跡に満ちていた

~「スクールカウンセラーの小さな気づき」シリーズ~ ある日、出会った小さな気づき今回は、スクールカウンセラーの現場で 気づいたことを紹介してみたいと思います。 スクールカウンセラーとして勤務していたある日、 私は小さな「気づき」に出会いました。 その日は、新入生歓迎遠足。 部活動紹介が行われていました。 ステージに向かって学年ごとに座る生徒たち。 各部活動の発表は、思った以上に長時間にわたりました。 私は、後ろの方からその様子を見ていました。 各部代表の生徒たちがそれぞれに趣向を凝らして、 部活動紹介を行っていました。 生徒たちは、前を向いて静かに話を聞いています。 発表が終わると、拍手を送る姿も見られました。 その様子を見て、 私は思わず近くにいたA先生に声をかけました。 「すごいですね。  長時間の話をしっかり聞いて、拍手も送って。  発表している生徒を勇気づけていますね。」 すると、 先生Aは少し驚いた表情をして言いました。 「え?!そうなんですか……」 そして少し沈黙のあと、こう続けました。 「そういう視点で見られているんですね。  話を聞くのは当たり前だと思っていたので、  気づきませんでした。  ましてや、すごいなんて思いもしませんでした。」 「当たり前のメガネ」に気づいた瞬間 私はこの言葉を聞いて、「ハッ」としました。 私たちは、 いつの間にか「当たり前のメガネ」をかけて、 物事を見ているのかもしれません。 「ちゃんと話を聞くのは当たり前」 「静かにするのは当たり前」 「拍手するのは当たり前」 でも、それは本当に「当たり前」なのでしょうか。 長時間、前を向いて話を
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中高生の保護者様へ:お子様が英語を伸ばせない理由

こんにちは。「おかさん先生」です。【プロフィール】私はこれまで、医学部専門塾や大手予備校で英語を指導してきました。ビジネス英語を使った海外での実務経験もあり、中学生から医学部志望の高校生、さらには社会人まで、300名以上の方を指導してきました。現在、ココナラで英語個別指導を行っておりますが、多くの保護者の方から「うちの子、何年やっても英語ができるようにならないんです」といったお悩みをいただきます。その原因は、単に「やる気がない」「努力が足りない」というような単純な話ではありません。むしろ、「英語ができないような環境と学習法で、やらされてきた」からです。今回は、英語が伸び悩むお子様に共通する4つの原因についてお話しし、それに対する正しい対策もご紹介します。1)そもそも日本語がわかっていない英語ができない理由の一つに、「日本語文法の理解不足」があります。これを言うとまさかという顔をされます。英語を学ぶ際、「文法用語」「構文」「品詞」「修飾」の知識は避けて通れません。しかし、中学生の多くがこうした概念を日本語で理解できていないのが現状です。たとえば、中学レベルですが、自動詞と他動詞、副詞と形容詞、部分修飾と全体修飾の違いを明確に日本語で説明できますか?実は、これは私自身の経験でもあります。中学生の頃、私は国語の点数が低く、「品詞の違いなんて全然わからない」という状態でした。そのため、英語の参考書や授業の解説を読んでも、まるで意味がわからず、丸暗記だけで乗り切ろうとしていたのです。日本語がわからなければ、英語を理解することもできません。これは大前提です。2)圧倒的に単語力が足りない次に
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道徳は時に邪魔をする

わたしたちは学校生活の中で、たくさんのことを学びます。「人に優しくしなさい」「協調性を持ちなさい」「決まりを守りましょう」などなど、社会生活の上で役に立つことを教えてくれます。ですが、ときにこの教えが自分を押さえつけてることにもなってしまいます。例えば、ワガママばっかり言っている人がいます。「周りの人のことを考えなさい」「人の気持ちを考えなさい」と言う教えを忠実に守ろうとすると、このような人をみるとムカつくようにできています。自分はまがまま言わずに我慢している。でもこの人は周り関係なく、自分勝手にまがままを言って、周りも仕方なくそれに付き合っている。結果、この人のまがままはいつも通ってしまう。そして、マガママを言ったこの人が得をして、我慢をしているわたしは損をしている。こうなると、このマガママな人に対して、怒りが湧いてきます。許せない、という気持ちになってくるでしょう。そのようなときの解決策は、自分を解放してあげることが第1です。真面目な人は「許せない、ムカつく」という気持ちすら抑え込もうとします。「こんなこと考えてはダメだ」でも、これも自分から出てきた感情です。自分の1部を否定するということは、自分の一部を抑え込んでいるということです。こんなこと考えても良い、思っても良い、と自分に許可を出してあげること。そうやって受け入れてあげると、「こんなこと考えている自分はダメな人間だ」という枠を外すことができます。赤ちゃんは自分の感情を抑え込みません。嬉しかったら笑い、悲しかったら泣き、身体全身で表現して発散します。そうすることでメンタル面で健康を保っています。赤ちゃんが鬱ってきいたこ
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私はまじめに話してるんです!

私、担任していた生徒に叱られたことがあります。私は当時、中学校の学級担任をしており、その時は初めての中学校3年生の進路指導を控えていました。わからないことばかり。生徒たちの一生に関わるようなことに、自分が関わることの重厚・・・。そこから私は、大学卒業と同時に辞めていたタバコにもう一度手を出してしまいました。とは言え、24歳でしたから、法的には全く問題がありません。進路指導が本格化してくる11月のある土曜日のこと、担任していたある女子生徒から「先生、今日の放課後お時間ありますか?お話があるんです」と言われました。彼女はまじめで、いろいろなことによく気が付き、級友から頼りにされるタイプです。私は、若くて浅はかでしたから「何の話だろう。生徒の初恋の人なんてそんな話になったら…」などと馬鹿な想像をしておりました。そして放課後…開口一番彼女は私にこう言いました。「先生、タバコ吸ってますよね?」「大学を卒業して先生になったときに、タバコはやめた。私たちにそう言いましたよね?」彼女は真顔です。面くらった私は、ここはごまかすしかないと思い「すいません。すいません、タバコは吸いました。なんちゃって」と言ってみました。すると、彼女は、ほほを紅潮させ、机を叩いて、こう言いました。「私は真面目に話してるんです!」・・・・彼女の真剣さに、私は謝りました。そして初めての進路指導でプレッシャーがかかっていること、忙しくて、ついタバコに手を伸ばしてしまったことなどを正直に話したのです。それ以来、私はタバコを吸っていません。ちなみに、その彼女は私の結婚式で心あたたまるスピーチをしてくれました。あ、その日の話はな
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3月3日 挨拶は先手必勝で開運体質に

おはようございます。3月が訪れ、出会いと別れの季節が到来しました。春の風が吹き抜け、新たな人間関係の扉が開かれることでしょう。この時期は卒業式や入学式、離任式や就任式、就社式など、多くの節目があります。新たな環境での出会いや、これまでのつながりの変化が期待される中、積極的なエネルギーをもって前進しましょう。変化に臆せず、ポジティブなエネルギーを持って接することが大切です。この時期には期待と不安が入り混じり、自分らしさを大切に輝きたいと願う人も多いでしょう。関係が新しく始まる場面でも、過去の経験を活かし、前向きなステップを踏んでいきましょう。新しい環境への適応では、緊張感によって身を引いてしまうことがあります。そんなときこそ、立場に関係なく積極的に挨拶を心がけることが大切です。明るく元気な挨拶は緊張を和らげ、相手に好印象を与えます。挨拶は人間関係の基本であり、尊重の表れでもあります。率直で心温まる挨拶は心を通わせ、友好的な関係を築く助けになります。挨拶の際には笑顔と明るい声、そして自分をしっかりと立てる姿勢が重要です。自然な笑顔、聞き取りやすい声、背筋を伸ばした姿勢は、自信と誠実さを伝えます。これらの要素が揃うことで相手に好印象を与え、円滑なコミュニケーションが可能となります。自信を持って相手と向き合い、良い関係を築いていきましょう。最後に、自分を知ることは大切なステップです。性格、才能、適性など、自分を理解する手段として占いも一つの方法です。未来の流れや自分の特性を知ることで、より良い人間関係を築くヒントが見つかるかもしれません。ただし、占いは参考程度に留め、新たな視点を提供す
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「学級崩壊へのカウントダウン」のカウントダウンを阻止せよ!

学級崩壊の「予兆」が何なのか。表現しにくいのですが短い言葉にすると,先生が感じる「あ,なんかヤバい,上手くいってないかも・・・」なのです。具体的どういうこと!?と問われると,一言で答えるのはちとムズイ。とにかく,担任が不吉な違和感や不安を感じたら予兆です。そしてここに大きな個人差があるので厄介なんです,この問題は。予兆を感じたら・・・あれ!?おかしい。なんかヤバいかも⁉️そんな不安を感じたら,どうするべきなのかを考えます。ですが,こうすれば絶対大丈夫!残念ながら(というか当たり前だけれど)そーんな都合のいいものなんてありゃしません!あったらみんなそれやって,学級崩壊を防ぐことができているし,もう令和です。存在していればすでにシェアされ尽くされているでしょう!笑 なので,逆を考えます。そう,予兆を感じたら「絶対にしてはいけない事」‼️は存在します。予兆を感じたら絶対にしてはいけない行動。それは・・・1 現実逃避(そんな事ない,ないに決まってる‼️)何年か担任をもったキャリアがあり,上手くいった経験があり自分の学級経営に少し自信がると,どうしても目を逸らしてしまいがちなんです。自分に限ってそんなことはないに決まっている。何より学級を経営できていない自分を認めたくない。そんな思考になってしまい,改善できるものもできなくなってしまうという悪循環に陥ってしまいます。2  事実をごまかす(学級が上手くいってないことを隠す‼️)これは,現実逃避より危険です。ヤバいことは自分が一番わかっているのですが,隠して上手くいっているように振る舞っていると,じわりじわりと自分で自分の首を絞めてしまいます
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『NieR Automata』から考える、学校・不登校・これからの教育

ひとつ、変わった小話をしてみたいと思います。 あなたは『NieR:Automata』という物語を知っているでしょうか。『NieR:Automata』は、2017年にPlayStation 4向けに発売されたゲームソフトです。のちに他のプラットフォームにも展開され、世界中で数百万本を超える大ヒットを記録しました。 一部始終、どこか陰うつな雰囲気が漂うこの物語が、なぜこれほど多くの人の心をつかんだのでしょうか。私はその理由を考えていくうちに、この物語には、ある現代的な社会問題が投影されているのではないかと思うようになりました。その問題点とは何か、物語の概要とともに紹介してみたいと思います。 ゲームの題名にもなっている「オートマタ」とは、日本語で「自動人形」のことです。わかりやすく言えば、人工知能を搭載したアンドロイドのような存在です。 『NieR:Automata』の世界では、人類のために戦うアンドロイドたちが登場します。彼らは兵器として作られた存在でありながら、やがて感情のようなものを抱き、自分の存在意義に葛藤していきます。そして物語が進むにつれて、彼らが信じていたものや、自分たちの役割そのものが揺らいでいきます。 兵器として生み出されたアンドロイドであるからこそ、感情が芽生えても、それをどのように扱えばよいのかがわかりません。喜び、悲しみ、怒り、孤独、不安。そうした感情を適切に受け止めたり、表現したり、他者と分かち合ったりすることがうまくできないのです。アンドロイドたちは感情に苦しみ、生きる意味を問い続け、やがて自我そのものを大きく揺さぶられていきます。 私は、この「自我が揺ら
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教員を辞めた今、挑戦していること

こんにちは。とはるめと申します。最近左目がしょっちゅうゴロゴロしていて不快感がずっとあります。なんだろ、花粉かな、、と思っていたらまつ毛が下まぶたの裏側に潜んでいたので頑張って取り出しました。やっとこの不快感から解放される!と思っていたのにまだゴロゴロします。私の左目には何が潜んでいるのでしょう、、さて、以前わたしは中高一貫校の教員を務めさせていただいていたのですが、現在はその職を辞しております。HRや授業はとても楽しかったのですが無限の業務量で毎日が自転車操業、その日の授業準備ができていない中、不登校の生徒が保健室登校してきてくれたので会いに行く。でも授業の準備が終わってない、、ああ、保護者から電話だ、、なんてことは毎日のようにありました。不登校の子が来てくれたり、保護者が頼ってきてくれたりすることはとても嬉しいことなのですが、それでも早朝から登校指導して日中は授業をして放課後は受験指導に部活動で夜は翌日の授業準備なんて毎日を過ごしていると、さすがに体力が持ちませんでした。学校を辞めたあとは、美しい図書館で働きました。美しい図書館で働くのがちょっとした夢だったので、司書の資格も欲しいなーと思っていました。ちょうどそのときコロナが流行し始めたこともあり、授業もオンラインのものに切り替わったので、あり余る時間で資格の勉強を始めました。ただ、次の職場では司書として勤務していたのではなく図書館内に設置されていた「青少年の居場所づくり事業」のスタッフとして勤務していました。せっかく司書の資格を取ったのに、それを使わない部署で働くことになろうとは。ただ、あくまでわたしの夢は美しい図書館で
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誰のための卒業文集なのか。

こんにちは、Nanaです。小学6年生の娘が卒業文集を書き、それを提出したところ、先生から見て少しネガティブな表現があったようで、それを訂正されていました。それ以外にも訂正されている箇所がかなりあり、「ここはこう書き直して」「ここの文章はいらない」などと、赤ペンで訂正された箇所がたくさんありました。私も一緒に学校に行った時に、「お家で訂正して書き直して、清書に書いてください」と言われたので、その通りにしていたのですが、清書を書いている時、娘はかなりイライラしているようでした。そして娘が言った言葉は「これは私の文章じゃない。こんな文集いらない。」と言ったのです。私はハッとしました。最初の下書きを書いた時は、考えながらも自分の言葉で、自分の想いや感情を込めて書いた文章だったはずです。それが例え、大人から見たら「こうした方が見やすい」とか「表現の仕方がこっちの方が見栄えが良いから」とか、色んな意見があったとしても、訂正して書き直したらそれはもう自分の言葉ではないのです。もちろん本人がそれで納得して書き直しすのであれば良いのですが、娘は全く納得せず、かなり不満があるようだったので私は「自分が納得しない文章は書かなくて良いよ」と言いました。納得しない文章が卒業文集に載っても、嬉しくないと思います。もう清書を提出しないといけない時期なのですが、先生に言って、元の下書きのまま清書にするのか、娘が納得しなくても訂正された文章で提出するのか。これから先生に相談するので、まだどうなるかわかりませんが、私が今回の件で思ったことはこの卒業文集って、誰のために作ってるんだろう?ということです。子供達が自分
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新任教諭(初任者)の退職、公立校で相次ぐのニュースから考える

 6月の中頃の「新任教諭の退職、公立校で相次ぐ 精神的な不調、東京では理由の4割」という記事を見ました。   教員採用数が全国最多の東京都では、2022年度に正規採用した公立の小中高校、特別支援学校などの新任教諭2429人のうち108人が今年3月までに辞職。全体の4・4%で、割合は過去10年間で最高だったといいます。  20年度の総務省の地方公務員給与実態調査では、退職した25歳未満の一般行政職員は全体の2%程度といいます。かなりの高倍率だと分かります。  また、続いて「公立学校の教員に正規採用されたのに、1年以内に辞めるケースが増えている。教員の長時間労働の問題が解消されないなか、教育現場で新人を支援する態勢が不十分なことが背景にあるとみられる。精神疾患が退職理由の事例も目立ち、文部科学省は教員のメンタル面の支援に乗り出した。」と続きます。   新任教諭、4月に残業100時間 「教育実習と想像以上のギャップ」新任教諭は担任にしない、心理士と必ず面談…退職防止へ各地で支援策というものでした。• 朝日新聞デジタル6月20日の記事から   皆様は、このニュースをどう見ますか。現場での対応を考えてみたいと思います。  ここでは、私が校長として学校経営を担った現場での対応について述べさせていただきます。  初任者には、主幹教諭か教務主任を指導教官に当てます。校長、教頭も1日1度は教室訪問します。   課題がある児童の対応は原則、学年主任も一緒に対応、3クラス以上なら学年全体での対応も行います。  必要に応じ主幹教諭か教務主任も対応。教頭が対応することも想定。特に、保護者対応が必要なケー
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5年後に後悔しない!成長する教師であるために,必要な思考法!

思考法①「精神と時の部屋理論」学級経営や学習指導,生徒指導など,どんな時でも「自身の軸がブレることなく最善の判断ができる,良い状態を維持することを最優先しよう‼️」という考え方です。(♯ドラゴンボールで,悟空がセルゲーム前に教えてくれたヤツです!) 良い学級を作りたい,良い授業がしたいと思うのは素晴らしい事です(♯そこは大前提‼️)しかし,どちらも必ず明確な根拠があって成立すること,知識や技術が伴っていないと,背伸びをしても自分が今持っている以上の結果は出せないことを自覚する必要があります。教育にラッキーパンチはない‼️(♯もっと早く知りたかった・・・背伸びし続けた若手時代を嘆く。周りにすごい先生がいると,自分もイケてる感出したくなっちゃう!) それならば,瞬発力ではなく,持久力。短期的ではなく,長期的。一時的に10の力を出そうとするのではなく,常に8の力を出し続ける状態をキープすることに力を入れる。全体の質が上がれば,自ずと一つ一つの判断の質も少しずつ上がるはず‼️仕事中も日常も,どんな些細な行動にも自分の判断基準を明確にする習慣を作る。何気ない判断も学びの場に変えながら,貪欲に学び続けている状態でいる。それが,5年後10年後の自分に繋がっていくはずです!思考法②「クリリン理論」20点を叩き出すことをはじめから目指さず,長期的に平均80点を取り続けることを目標とする考え方です。えっ⁉️手を抜いてええんですか⁉️そういう意味ではなくて,「80点でいい」ではなくて,「長期的に平均80点」目指すということ80点でいい・・・・と聞くと,手を抜いている感じがするので,言葉を変えます。「
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教育を通して、大切にしていること

きんちゃんです。今回は、ちょっとしたつぶやきを…普段から、自分自身が社会教育・学校教育に携わり、常に子ども達に伝えていきたい想いについて若い頃は、【たのしい!!】だけで、いろんなところ、いろんなキャンプに参加してきました。グループリーダーがやっぱり好きで、いろんな子ども達と関わること、一緒に何かをやっていくこと、いつも本気で子ども達と向き合っていたと思います。そして、ほどほど時が経ち、今ではそうした若手を育成する立場に…でも、それはそれですごくやりがいがあり楽しいです。しかし、仕事でやっていくには楽しいだけでは通用しません。何を目指して、どんなスタイルで、何をしていくのかを明確にしていくことが求められます。これは、フリーで仕事をされている人も同じかと思います。会計士、コンサル、司法書士、旅行会社などフリーでされていて得意な分野があり、どんな方法が主で、どんなことができるのか明確になっていないと、クライアントさんも見つかりません。年々できることも増え、考え方も成熟して少しずつは変わっていくこともありますが、概ね方向は変わっていません。  【 目指している未来 】子ども達が楽しく、本気で頑張れる社会を目指すそのためには、子ども時代を楽しく、本気で頑張る経験で溢れさせる必要があります。学校叱り、家庭叱り、余暇叱り…まずは、自分ができる【楽しく、本気で頑張れる場所】を作り、【楽しく、本気で頑張れる自分】であること。世界平和などと言いたいところですが、最終的にはそこにつながればいいと思っていますが、何よりも足元をしっかりと固めていく。子ども達が元気な国は、将来安泰だと思っています。コロナ
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教師としてのやりがいと、働き方改革

担任業務、部活動指導、分掌や委員会、保護者対応、ICT活用準備、地域との連携、研修会。授業準備以外にも数多くある学校の先生の仕事のせいで、授業準備も終わっていないのに定時を過ぎ、まだまだ仕事は山積み、なんて日は珍しくないでしょう。でも、そんな毎日に、心をぎゅっと鷲掴みにされるようで同時に優しく抱きしめられるような、そんな温かな幸せを感じる瞬間があります。生徒と、心でつながった瞬間です。それが起こるのは、一生懸命生徒の話に耳を傾け、決して否定せずに受容し、学校のためでも親のためでもないその子にとっての一番いい方法を考え続けた後かもしれませんし、自分に反抗してくる生徒に心折れそうになりつつも、自分のことよりその生徒の幸せを願い、自分を奮い立たせてまた立ち向かった後かもしれませんし、1対40としての担任ではなく、1対1×40という考えでひとりひとりを愛し、同時に団体や仲間としてのクラスをも厳しく優しく愛しぬいた後かもしれません。 そんな努力の末に心でつながることができたら、私たち教師はその証拠として、素晴らしい瞬間を感じることができま普段から様々な場面から生徒の表情を見て、その子のことを理解して、ひとりの人間としてしっかり接してきたからこそ感じる、その子の心の扉が開く瞬間。それまで、「だれも分かってくれない」「どうせ大人は良い子が好き」などという思いで閉ざされていたその子の心の氷が解け、本来のあるべき自分としてそこに存在していたその子自身が、「やっと見つけてくれた」と泣いて喜ぶように甘えを見せ始める瞬間。それは、大人や環境がその子に強いてきた「重荷」を、やっとおろしてあげたということ
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母が「守る側」に立つまで

息子は、もともとおとなしい子だった。背が高く、成績も悪くない。先生からも、真面目だと言われていた。親から見れば、手のかからない子だった。だから母親は、気づくのが遅れた。息子が学校でからかわれていたこと。笑って受け流しているように見えて、本当は傷ついていたこと。「大丈夫」と言いながら、気持ちを押し殺していたこと。15歳のころ、息子は外へ出られなくなった。最初は、母親も何とか学校へ戻そうとした。声をかけた。説得した。励ました。けれど、息子はどんどん閉じていった。家庭の中には、重い空気が流れた。何年も、出口が見えなかった。母親は、自分を責めた。「私がもっと早く気づいていれば」「仕事ばかりで、この子の変化を見落としたのではないか」「この子の人生を壊してしまったのではないか」その後、息子は医療や支援につながった。時間はかかった。すぐに劇的な変化があったわけではない。けれど、少しずつ、家の中に穏やかな時間が戻っていった。息子は、以前より笑うようになった。母を気づかう言葉をかけるようにもなった。外から見れば、まだ社会復帰とは言えないかもしれない。でも母親にとっては、息子が笑うだけで十分に大きな回復だった。不登校やひきこもりの親は、どうしても「元に戻すこと」を目標にしがちだ。学校へ戻す。働かせる。普通の生活に戻す。もちろん、それも大切な願いだ。けれど、私は思う。まず必要なのは、子どもが生きていていいと思えることだ。家の中で笑えること。安心して食卓に座れること。親に少しでも本音を見せられること。そこからしか、次の一歩は始まらない。親は、子どもを無理に動かす人でなくていい。時には、世界から子どもを
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メンサって実際どんな集団なの? ―知的好奇心を安心して出せる、大人の居場所―

メンサという名前を聞くと、少し特別な集団のように感じる人もいるかもしれません。「すごく頭のいい人たちの集まり?」「IQを自慢する場所?」「普通の人とは違う世界?」そんなイメージを持たれることもあります。しかし、実際のメンサは、もっと自然で、人間らしい場所です。メンサは、知能検査などで上位2%の成績を示した人が入会できる国際的な団体です。JAPAN MENSAの公式サイトでも、メンサは上位2%のIQを持つ人たちが参加する国際グループであり、会員同士の知的交流の場を提供していると説明されています。また、Mensa Internationalも、入会には適切に管理された知能検査で一般人口の上位2%に入るスコアが必要だとしています。では、メンサの価値は「IQが高いこと」だけにあるのでしょうか。私は、そうではないと思います。本当の価値は、知的好奇心を遠慮なく出せることにあります。世の中では、深く考えすぎる人は「理屈っぽい」と言われることがあります。難しい話題が好きな人は「変わっている」と見られることがあります。一つのテーマを掘り下げたい人は、周囲と話が合わず、孤独を感じることもあります。メンサは、そうした人たちが「自分の知的な関心を隠さなくてもよい場所」になり得ます。もちろん、会員全員が学者のように難しい話ばかりしているわけではありません。趣味の集まり、食事会、ゲーム、ボードゲーム、ビジネス交流、勉強会、雑談など、活動は多様です。JAPAN MENSAの公式サイトにも、ボルダリング、ボードゲーム、ビジネス交流会、同好会など、さまざまな会員向け行事が掲載されています。つまり、メンサは「賢さ
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学校に行けないお子さんへ。「この子に合った学び方」を一緒に探します

お子さんが学校に行けなくなると、保護者の方は深い不安を抱えます。このままで大丈夫なのか。勉強は遅れないのか。将来、困ってしまうのではないか。自分の関わり方が間違っていたのではないか。そんなふうに、ご自身を責めてしまう方も少なくありません。けれど、私はまずお伝えしたいのです。不登校は、お子さんの未来が閉ざされたという意味ではありません。子どもには、本来、自分の中に伸びようとする力があります。ただ、その力が出るためには、安心できる環境と、信頼できる大人の存在が必要です。無理に机に向かわせることだけが教育ではありません。心が疲れているときには、まず安心を取り戻すこと。生活の中で小さな役割を持つこと。「できた」「わかった」「話せた」という小さな成功を積み重ねること。そこから、子どもの学ぶ力は少しずつ戻っていきます。私は、勉強だけを見るのではなく、お子さんの心、生活、興味、得意なことを大切にしながら関わります。国語の一文を読むことも、好きな物語について話すことも、生活の中で考える力を育てることも、すべて大切な学びです。お子さんを無理に変えようとはしません。けれど、あきらめもしません。今のお子さんに合った一歩を見つけ、少しずつ自信を取り戻せるように支えていきます。学校に行けない日があっても、お子さんの価値は変わりません。その子に合った学び方は、必ずあります。保護者の方が一人で抱え込まなくていいように。お子さんがもう一度、「自分にもできるかもしれない」と思えるように。その道を、私が一緒に探します。
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あなたの HERO

毎日、長い時間を子供と過ごす学級担任は、ともすると「自分が気に入らない行動」に目が行きがちになります。いきおい、「指摘」や「注意」する「指導」が増え、「ほめる」という「指導」が足りなくなります。私たちも人間ですから、仕方がない面もあります。けれども、私たちは「先生」です。「教え育てるプロ」となることを志してその職を選びました。目立った「善行」はしていなくとも、毎日、当たり前のことを当たり前に繰り返して、あなたのクラスに通っている子はたくさんいます。私たちはその普通の子たちを「見つけ」「認め」て「声をかけ」、「ぼくは、私は認められている」「先生は見てくれている」と実感させねばなりません。授業中「普通に」学習に取組めている子の脇を素通りせず、「やっているね」「そこまで進めたんだね」と声をかけてはどうでしょう。「いいね」「素晴らしい」「よくできたね」は、ほめることではなく「評価」として子どもに伝わります。「ほめること」は「認めること」に近いです。今日ちょっと「ほめて」見ませんか。
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最高の「上司の心得」 6か条

部下を徹底的に好きになる 解決するより、やる気にさせる 部下を信じ、自分が変わる 動じない、いつでもそばにいる 自らの生き方で感動を与える あらゆる困難を出番に変える=========-まとめ- 人を育てる者に「信念」がなければ、人を導くことはできない。 人は、好きでもない相手のことを育てることは、難しい。 だから、相手のことを好きになる!と最初から決めてしまおう。 好きな相手には、何だってできる。 相手を楽にしたいと思うあまり、何でもやってしまう人がいる。 それは、相手が自ら変わっていく力を逆に奪っているといえる。 相手が、依存してしまう。相手をやる気にさせるのが、人を育てる者の本当の仕事なのだ。 相手のことを信じることで、自らの力で相手は成長していく。 相手を信じられない自分を恥じ、自分が変わる努力が必要である。 人は、動じない人に人望を寄せる。 想定外のことが起きても、相手を守る!という強い意志をもち、 いつもそばにいることで、相手は心から安心することができる。 人を育てる者は、あらゆる困難を自分の出番に変える気概をもつ。 その晴れ晴れとした生き方が、相手に感動を与え、相手を動かす。 壁に貼って覚えておこう!
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今の時代こそ、「熱い心」と「強い想い」のある教育を

今の時代こそ、「熱い心」と「強い想い」のある教育を ―本当に大切なことは何ですか?―学校はサービス業ではありません。 心を育み、人の成長に関わる大切な「学び舎」です。 単にモノを売ったり、サービスを提供する場所ではなく、人生を豊かに幸せに生きるために通う母校です。 「欲しいモノ」や「心地よいサービス」を「買う」のではなく、きついこと、つらいこと、苦手なこと、嫌なことを失敗や試行錯誤しながらがんばって乗り越え、友人や恩師と共に自分自身が成長していく場なのです。 学校を間違った方向に導こうとしている大人、その方向性に便乗している大人、「何かおかしい」と思いながら気づかないフリをしている大人、「時代だから」と流されている大人、そんな中で私たちはきちんと子どもたちのことを考えていきませんか? 一緒にがんばりましょう! 人生は学びと心と時間が大事 心のわかる教育アドバイザー 岩下敦哉
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このタイトルは難しい

他人に頼らせない。もっと頑張らなきゃ。努力しなくちゃ。辛くてもだれにも相談させない。行政も政治も困っている人の話は聞かないで金持ちからお話を聞いて政策課題とする。選挙資金恵んでくれるから。貧乏人はめんどくさいから。弱音を吐くな。努力しろ。いい点数取っていい大学へ入れ。生活保護申請してきた30代母と1歳児の子供のいる親子に、死ねといった自治体もあったそうだ。私が生きているのはなんか社会に対して申し訳ない。国も自治体も困窮している人にそう思わせて逃げ場を断っているそれは明治の初めからの学校教育、国の政策、自治体運営がそうだったので、いじめは増長するし行政は棄民だし、この国は国民の方を相変わらず向いていない。あらゆる場面で政府に頼らせない棄民政策。貧乏だったり、歯車になれなかったり、社会から脱落したやつはどしどし棄民していく。今度のワクチンだって、就職氷河期のひとには55歳くらいで死ぬ謎の薬がワクチンとしてすり替えられているかもしれない。55歳でコンビニや期間工で退職しても次の仕事がないので国は先手を打って朝寝床で冷たくなっているようにしている。2000万人くらいがいなくなっても中国から優秀な若者を2000万人入れれば済む話だよねと。おんなじことが言える満州に移民させて、ソ連が攻めてきたら真っ先に満鉄と官僚と軍人は逃げて国民を置いてきた。上場会社で給料1千万くらいの人がリストラされて住民税150万円位の請求が来たが、やいのやいの今すぐ払えと言ってくる。住民よりも税収が大事。そんで、75歳のぼけ爺さんあいてにプログラミングを教える事業を嬉々として年間60億円くらい出している某自治体。そ
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2022年はじまりました~‼ 初仕事・・・☘

2022年1月5日(水)皆様! 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今年のお正月は…ほとんど外に出かけることもなく、家族とずーと家にこもりでのんびりとしたお正月でした。 (^^♪さて、そうそうのんびりしてはいられない・・・(・・;)明日と明後日は、12月から1ヶ月勤務した小学校の出勤日。でも、まだ子供達は冬休み中だし、先生方もほとんど休暇‼私の場合、休みの調整で6日・7日は出勤になりました・・・(~_~;)(そのあたりの仕組みは…???ちょっと謎…⁉)7日(金)で私の1ヶ月の小学校での仕事はいよいよ終了です。(2日間 9:00~15:00まではツライわ~・・・^_^;)・・・正月休みを楽しんでいたら、もう1月5日 (◎_◎;)・・・ようやく腰を上げ、昨日からたまっていた楽譜作り開始しました~‼(スミマセン・・・写真が逆さまですm(__)m)昨年勤務していた小学校で、音楽専科でお世話になった先生からの依頼♪♪~「10才のありがとう」という曲を、連弾用にして欲しい~とのことで、昨日・今日と久しぶりにアレンジ頑張ったー ♡♡(昨年の卒業式に入場・退場・校歌をアレンジして2人で連弾しました~‼)あと、マーチングバンド部のアレンジもやらなければ・・・(-"-;A ...アセアセ来週からは、フリーに戻ります!!いよいよ、スクールカウンセラー募集が始まるかな・・・。2021年は、全国で悲しいいじめの事件がいろいろ起こってしまったし、相変わらず、学校や教育委員会は波風を立てないように隠蔽しているところが多いようだし・・・(~_~;)※今回経験した支援学級・1昨年経験した
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本来は学校が教えるべきこと、など

コロナのせいにしている人がテレビに出ていました。教育の格差が・・・という感じでした。内容を少し見ました。すると、その人の子は、家で「ゲームばかりしている」、だから教育格差が開く、という主張をしていました。私は呆れました。この人、コロナの検査ではなく、脳の検査を受けたほうが良いと感じました。学校に行かないから、ゲームをしているんだ、学校が悪い、という主張が出る脳の構造を解明することが、必要と思いました。教育とは、学び方を教えること、です。学ぶことは、強制されることではありません。学びたいから学ぶ、べきです。その学びたいと思ったときに、無駄を減らし、効率よく学べるように「手助け」をすることが、本来の学校の仕事と私は考えます。ゲームしているかどうか、は本人の「出来」の問題です。教育の格差ではありません。時間をゲームに充てた、というだけです。同じ時間を「自ら学ぶかどうか」の差、です。これは格差ではありません。努力と学ぶ姿勢の差、です。遺伝の影響が少なくとも半数はあります。すると、この子の姿は親の姿とも言えます。自分が「アホ」であることを、テレビで伝えていることと同義です。恥ずかしくないのでしょうか。学校で教わる、という姿勢を改めろ、ということもコロナの教えと思います。テキストも、今は電子化が可能です。タブレット等で余裕で閲覧できます。持ち運ぶことが教育や学ぶことではありません。むしろ複数の端末を設置したほうが、効率が良いと思います。教科書の費用の大幅な削減が可能です。物理的には紙が減ります。不要になってきます。同じ時間に一律に下手な授業を受けることは、私は苦痛でした。いちいち言われなく
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中学生なのに、手をつないできた夜

―混乱期の“甘え直し”をどう受け止めるか―夜の11時過ぎ。母親が台所の電気を消そうとしたとき、中学2年の息子が階段を降りてきた。髪はぼさぼさ。目は赤い。昼間はほとんど部屋から出てこなかった。話しかけても返事はない。学校のことを聞くと、壁を向く。ときには「うるさい」と怒鳴る。そんな息子が、その夜は黙って母親の横に立った。「どうしたの?」母親が聞くと、息子は答えなかった。ただ、右手を伸ばしてきた。母親は一瞬、意味が分からなかった。次の瞬間、息子は母親の手を握った。小さいころのように。幼稚園の帰り道のように。熱を出した夜のように。母親は戸惑った。もう中学生なのに。背も自分より高くなりかけているのに。昼間はあんなに反抗的なのに。どう受け止めればいいのか分からなかった。「何? 怖いの?」そう言いそうになって、やめた。息子は、ただ手を握ったまま立っている。母親は、何も聞かずにその手を握り返した。しばらくして、息子は小さな声で言った。「寝るまで、いて」母親の胸が痛んだ。不登校になってから、息子は変わってしまったと思っていた。部屋にこもる。風呂に入らない。ゲームばかりする。暴言を吐く。親を避ける。でも、本当は変わったのではなかったのかもしれない。壊れそうになった心が、必死に安心を探していたのかもしれない。その夜、母親は息子の部屋の前に座った。中に入るのは嫌がった。でも、ドアを少し開けたままにしてほしいと言った。息子は布団にもぐり、母親に背中を向けた。「まだいる?」何度も聞いた。「いるよ」母親はそのたびに答えた。30分ほどして、息子は眠った。翌朝、息子はまた不機嫌だった。手をつないだことなど、な
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非認知能力って何?

非認知能力とは、テストの点数や偏差値のように数字では測りにくいけれど、子どもが生きていくうえでとても大切になる力のことです。 たとえば、最後までやってみる力。 失敗しても立ち直る力。 自分の気持ちを整える力。 人と協力する力。 相手の気持ちを想像する力。 自分で考えて行動する力。 困ったときに助けを求める力。 こうした力は、国語や算数の点数のように、すぐに結果として見えるものではありません。 しかし、子どもが学び続けたり、人と関わったり、自分の人生を前に進めたりするうえで、土台になる力です。 この非認知能力は、今、さまざまな教育の場で重視されています。 たとえば文部科学省の学習指導要領では、「生きる力」という考え方が大切にされています。 学校で学んだことが、子どもの将来や社会での生活につながるように、知識だけでなく、思考力、判断力、表現力、そして学びに向かう力を育てることが示されています。 また、幼児教育でも、遊びや生活を通して「生きる力の基礎」を育てることが重視されています。幼稚園教育要領では、幼稚園生活を通して、義務教育以降の土台となる力を育てることが示されています。 さらに、OECDも「社会情動的スキル」として、自己コントロール、ストレスへの耐性、協力性、社交性、好奇心などを重視しています。これらは、健康、幸福感、学業成績、仕事での成果にも関係する力として扱われています。 つまり、非認知能力は一部の教育者だけが言っている流行語ではありません。 日本の学校教育、幼児教育、国際的な教育研究の中でも、これからの子どもたちに必要な力として注目されているのです。 ただし、ここで大切
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教育相談のご案内

お子様の不登校、学習の遅れ、学校との関わり方、親子関係に悩んでいる方へ。「学校へ戻した方がよいのか」「今は休ませた方がよいのか」「勉強の遅れをどう取り戻せばよいのか」「親として、どんな言葉をかければよいのか」「学校とどのように連携すればよいのか」このような悩みは、ご家庭だけで抱え込むほど苦しくなっていきます。けれど、どのご家庭にも、そのご家庭なりの事情があります。どの子にも、その子なりの感じ方、苦しさ、強み、回復の順番があります。大切なのは、無理に結論を急ぐことではなく、お子様の状態を丁寧に見立て、その子に合った学び方、人との関わり方、学校との距離感を一緒に考えていくことです。教育相談では、お子様やご家庭を責めることはありません。今起きていることを一つずつ整理し、お子様の心の状態、学習状況、学校との関係、家庭での関わり方を踏まえながら、これからの一歩を一緒に考えていきます。学校をどう活用するか。学校以外の学びをどう整えるか。親御様がどのように声をかけ、どのように見守ればよいか。必要に応じて、さらに深くお話を伺いながら、具体的に助言いたします。お子様がもう一度、自分らしく学び、人とつながり、少しずつ明るい未来へ向かっていけるように。一人で抱え込まず、どうぞお気軽にご相談ください。
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大人ができることは、子どもを急がせず、動き出せる環境を整えること

不登校や学校不適応の相談で、保護者の方が最も苦しむのは、「このままで大丈夫なのか」という不安です。朝起きない。勉強しない。部屋から出ない。ゲームばかりしている。話しかけても返事が少ない。そうした姿を毎日見ていると、親として焦るのは当然です。何とかしなければと思うほど、声をかける回数が増え、親子の関係が苦しくなってしまうこともあります。しかし、子どもが動けないときに必要なのは、急がせることではなく、回復の順番を見極めることです。心が疲れ切っている子に、いきなり登校や勉強を求めても、かえって動けなくなることがあります。まずは安心、安全、睡眠、食事、生活リズム、親子の会話。こうした土台が少しずつ整って初めて、学習や登校について現実的に考えられるようになります。内田伸子先生の教育論から学べる大切な点は、子どもは大人の思い通りに操作して育てる存在ではないということです。子どもには子どもの感じ方、考え方、発達の筋道があります。大人の役割は、子どもを力で動かすことではなく、子どもが自分で動き出せる環境を整え、必要なところで支えることです。不登校支援でも同じです。「明日から学校へ行きなさい」と迫るより、「今日は少し外の空気を吸ってみよう」「先生に伝える言葉を一緒に考えよう」「好きなことを少し学びにつなげてみよう」と、小さな行動に分けていく方が現実的です。子どもが自分で選んだ感覚を持てることが大切です。自分で選んだ一歩は、小さくても次につながります。保護者の方だけで抱え込む必要はありません。親子だからこそ、感情が近すぎて難しいこともあります。第三者が入ることで、子どもが本音を話せたり、親御さんの
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AIの時代に、なぜ子どもの「感情」が大切になるのか

AIの時代になると、人間に求められる力は大きく変わっていきます。調べる、まとめる、比べる、文章を整える。こうした作業の多くは、すでにAIが高い水準で助けてくれるようになりました。だからこそ、これからの教育で大切になるのは、ただ早く正解を出す力ではなく、「その知識を何のために使うのか」「目の前の人とどう関わるのか」「自分の心をどう扱うのか」という、人間らしい力なのだと思います。『NieR』のアンドロイドたちは、任務を果たす力を持ちながら、感情の扱いに戸惑います。怒り、悲しみ、愛情、孤独。そうしたものが自分の中に生まれたとき、それをどう受け止めればよいのか分からず、苦しんでいきます。これは、現代の子どもたちの姿とも重なります。便利な道具や情報に囲まれながらも、自分の気持ちをうまく言葉にできず、誰にも伝えられないまま苦しんでいる子は少なくありません。不登校の子どもたちの中にも、「学校が嫌い」という一言では説明できない複雑な気持ちを抱えている子がいます。本当は行きたい。でも怖い。本当は友達がほしい。でも傷つきたくない。本当は頑張りたい。でも体が動かない。その揺れを、大人が「甘え」「怠け」「わがまま」と決めつけてしまうと、子どもはますます自分の気持ちを閉じ込めてしまいます。大切なのは、まずその子の感情を否定しないことです。登校するかどうかの結論を急ぐ前に、「何が苦しかったのか」「どんな場面で心が重くなったのか」「本当はどうしたいと思っているのか」を一緒に探していくことが必要です。感情は、邪魔なものではありません。子どもが自分を理解するための大切な手がかりです。AIがどれほど発達しても、子
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占ってみた 学校教育から部活動の場はなくなるか

こんにちは南仙台の父です。少子化だけでなく、労働環境の変化など社会が大きく変わる中で学校教育の場も変化が生じています。近年は部活動の見直しなどもあって外部に委託する流れも出ています。また、指導の行き過ぎやいじめの問題など、部活動内部の環境体質にも問題が生じています。教員志望者数も減る中で辞めていく教員も多く、未資格者による授業の実態まで進んできました。そもそもの部外活動である部活動についても地域クラブへの移行を目指す動きもある中で、学校教育から部活動の場がなくなってしまうのかを占ってみました。写真は鑑定の結果となります。左側が結果、右側が環境条件となります。まず結果ですが節制のカードの逆位置が出ています。節制のカードの逆位置は浪費や消耗、無神経や思いやりのなさといった意味があります。現実的にこれまでの日本の教育システムの中で機能されていた部活動の仕組みを維持することが困難なことを意味します。また、教育体制自体も揺らぐ中で少子化による学校経営の問題は公私立に関わらず出ています。特に地方では少子化が一気に進むことになり、経営の立ちいかない学校もさらに増えていきます。また、地方にあえて籍を置く教員数も激減する形になり、部活動はおろか学校を維持することも困難な状況に入ります。部活動というよりも学校を維持することをどう考えるかに問題が先に行ってしまうため、部活動は学校の命運とともに尽きる形になります。また、部活動のそもそもの在り方や指導や内部体質の問題もある中で、今のやり方を維持することも難しく、学校とは切り離した形での運営に移行せざるを得ないのが実態です。すぐにすべてがなくなるというこ
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物事の本質に迫ろう

『荀子』勧学篇に「高山に登らざれば,天の高きを知らず。深谿幽谷に臨まざれば、地の厚きを知らず」という言葉があります。 今回は、「何故学ぶのか」ということを確認してみます。  よく学校での勉強を「実社会では役に立たない」と軽視することがあります。確かに教科の内容そのものが社会生活の役に立つということは、少ないでしょう。しかし、我々は生きて行く上で常に「判断」を求められています。正しい判断を下し続けることによって、より豊かな社会生活を送ることができるはずです。この「判断」の基となるのが「知識」とその「使い方」ということになります。受験科目であるかどうかに関らず、学校で学ぶ内容は大切なものばかりです。どの教科でも本質迫ろうとする気迫を持って授業に臨んで学習して下さい。知らないことはわからないのであって、その世界のことを理解することはできません。視野を広げて初めて見える世界のあることを忘れずに日々を送って下さい。  
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頭で分かっているだけでは習得できないこと

学校の勉強はとにかく知識を増やすこと。覚えることです。その習慣ができているので、学校では、たくさん知識を覚えた方がテストもできるし、いわゆる「できる人」になります。ですが、世の中には知識だけあってもダメなこともあります。例えばスポーツで、どんなに良いフォームやうまい技を頭で知っていても、それを体現できなければ習得できません。人間関係においても「こうすれば人に好かれる」というノウハウを知っていても実際に話かけなければ人間関係は向上しないでしょう。お金でも「こうすれば儲かる」と分かっていても腰が重たくなります。わたしたちは学校の教育の過程で「知識を増やすこと」に重点をおきすぎて、頭で分かっていることで良し、とするクセがあります。以前、とある社長さんがわたしの講演を最前列でうなずきながら聞いてくれていました。終わった後に「社長さんはわたしの話、もう知っているんじゃないですか?」と聞くと「分かったつもりで分かってないのが人間です。知識を腑に落とすまで、それを実践できるまでは分かったとはいえません。」と教えてくれました。知識を増やすことも重要です。それをなるべく体感に落とし込むまでやってみてください。そうすれば、本当の意味で習得できるはずです。
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学校の今と昔

昭和生まれの私子ども時代は学校の先生の存在は絶対だったいたずらをすれば 廊下に立たされたし 忘れ物をすれば 長い物差しでお尻をたたかれた親の言うことを聞かなければ「学校の先生に言うよ!」と言われ子ども心に怯えたのもである学校の先生が自己肯定のために恐怖で子どもたちを 押さえつけていたのではなく 子どもは「先生の言うことが正しい」と思っていたし保護者も先生を信頼していたからだ白黒写真の学年記念写真にはまだまだ未熟な幼い同級生が時にすごく恐ろしかった担任の先生と笑顔で並んでいるあの時代は若い教師でも全部の先生方が信頼すべき先生であったやんちゃ坊主だった隣のAくんも今は立派な会社経営者になっている当時の教育は良く言えば「社会性を身につける教育」が中心で子どもたちの個性は重要視されず共通の価値観を持つように指導された小学校の時の担任の先生がテストの平均点を発表するときに「Aくんを除くと65点」「Aくんを入れると60点」などと、今では考えられないような発言もしていたそんな発言をする教師も担任に持ってもらいたい№1だったし差別的な扱いをされていたAくんでさえその教師が大好きだったしその子の親でさえも子どもの事から、家庭の事までなんでも相談していた先生と保護者の中に絶大な信頼関係があったのだ今は価値観はそれぞれ個々のものとなり「個性」の方が重要視され学校は教育を提供する「サービス業」になってしまった職員室では電話にペコペコ頭を下げる教師の姿もよく目撃するようになった
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【閲覧注意】学校の先生の裏側(教科編)【ブラック】

こんにちは。とはるめです。この名に意味はありません。わたしは以前、私立中高一貫校で学校の先生をやっていました。ちなみに母校だったので、恩師が先輩ということもざらにありました。教科は国語。中1の読解から、高3の漢文まで、なんでもやっていました。担当クラスの決め方はいたってシンプル。年度末に教科会議があります。そこで、来年度担当したいクラスの希望を出し合って調整していきます。(あくまでうちの学校のやり方です)先にも申し上げた通り、わたしの勤務していた学校は私立の学校だったので、学校を移るということはありません。なので、長みたいな人がもうゴロゴロいらっしゃるわけです。その人たちが、「高1の古典やりたいなあ」なんて言ったらもう……従わざるを得ません。わたしだって……高1の古典やりたかったよっ……!!(教えるのが簡単なので)そうやって、ずっと若手だったわたしは、残り物をありがたくいただいていました。その残り物というのも、大体は高3の現代文。受験対策をしなければならないから、高度な文章を解説できるようにしなければならない上に、推薦を狙っている生徒たちの小論文指導も漏れなくついてきます。細部に至るまでの授業準備や膨大な小論文添削で、業務量は他の追随を許しません。そうやって、何年も高3の現代文を持たされt、失礼、持たせていただいたために、どうやら現代文を読むコツや、小論文を書くコツを的確に把握していきました。「なるほど、受験生といえど、現代文わかってないな?わかってないのにわかったような顔してんな?」といった具合。そこからはすごかった。高校時代の恩師(同じ国語科)に、「とはるめさんは、高3現代
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教育で悩んでいる方へ こどもを放っておいても大丈夫です

つきはです。新学期になり不安と期待で過ごされている方もいらっしゃると思います。もしかしたら、学校に行きたくないお子さんがいる方や学校は行っているけれどもっと教育に力を入れたい方がいらっしゃるかもしれません。今日はそんな方に、こどもに対して親ができることを書きます♪例えばもしお子さんが不登校になったら…どうしますか?何も言わず放っておける方は少ないと思います。何かしら悩まれる方が多いと思いますが、そんな方は、なぜ学校に行ったほうがいいのか考えてみて下さい。教育やしつけをする理由はなんですか?ご自分に聞いてみて下さい。こどもの将来のために、とか周りがやっているからとかでしょうか。宇宙の法則的には良い気分が真実です。その理由は、良い気分ですか?周りの目が気になって…とか自分みたいにならないように、あの人みたいにならないように。未来の不安は、考えようとすれば無限に出てきますね。不安から言っていることや行動することは不安な世界観の中に入っていくことなので不安な現実になっていきます。また、こどももそんな親を見ています。まだ言葉を全部は理解できない年でも感情は伝わっています。なぜ、これをするのが大事なのか、を理解して行動しているのではなく親の顔色を見て行動していませんか。小さい子はそれでコントロールできるかもしれません。でも、大きくなってくると怒りや反発心が出てくるかもしれません。実は、怒りは「自分に力がない」と思っているより良い状態です。何かに対して怒ることは「これはイヤだ」と分かっているということです。そこから本当はどうしたいのか、お子さん自身が気づいていけたらいいですね。お子さん自身が
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学校を休ませたほうがいいチェックリスト

子どもが「学校に行きたくない」と言ったとき、親は迷います。本当に休ませていいのか。少し頑張らせた方がいいのか。このまま不登校になってしまうのではないか。甘やかしにならないか。その迷いは、とても自然なものです。けれど、子どもの心や体に明らかなサインが出ている場合、無理に登校させることで状態が悪化してしまうことがあります。大切なのは、「行かせるか、休ませるか」を親の不安だけで決めないことです。子どもの様子を具体的に見て、休ませる必要があるのか、親子で話す段階なのか、早めに支援につなぐべきなのかを考えることが大切です。以下のチェックリストを、子どものSOSに気づくための目安として使ってみてください。1つでも当てはまったら、休ませましょう以下の項目に一つでも当てはまる場合は、まず学校を休ませることを考えてよい段階です。子どもの心身がかなり疲れている可能性があります。週1回以上、身体の不調を訴えるなどして、保健室など教室以外の場所を利用している登校時間が近づくと、頭痛・腹痛・吐き気など、身体的な症状を訴える身体的な不調や病気が毎月起こっている不安を訴えたり、「死にたい」「消えたい」などと話したりするなかなか寝つけなかったり、夜中に何度も目が覚めたりする特に、「死にたい」「消えたい」という言葉が出ている場合は、単なる登校しぶりとして扱ってはいけません。子どもがかなり追い詰められている可能性があります。この段階では、登校を促すよりも、まず安全確保と休養が優先です。必要に応じて、学校、スクールカウンセラー、医療機関、専門相談機関につなぐことも考えてください。1つでも当てはまったら、休ませたほう
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「学校へ行かせない」と決めることが、支援の始まりになることもある

不登校の子どもに対して、親はどうしても迷います。今日は学校に行かせた方がいいのか。休ませた方がいいのか。少しだけでも行かせるべきなのか。保健室登校ならできるのか。欠席が増えたらどうなるのか。勉強は遅れないのか。この迷いは、親として当然です。学校は大切な場所です。行けるなら行ってほしい。友だちと会ってほしい。勉強してほしい。普通の生活に戻ってほしい。そう願うのは自然なことです。けれど、不登校の子どもが明らかに限界を迎えているとき、親が「無理に学校へ行かせない」と覚悟を決めることが、結果的に支援をしやすくすることがあります。なぜなら、毎朝の「行くか、行かないか」の判断そのものが、子どもにも親にも大きな負担になるからです。朝になる。子どもの顔色を見る。体調を聞く。行けそうか探る。子どもは不安になる。親も焦る。学校の時間が迫る。空気が張りつめる。そして、結局行けない。この繰り返しは、親子の心をすり減らします。子どもにとっては、毎朝「自分は今日もできなかった」と確認する時間になります。親にとっては、毎朝「今日も仕事に行けないかもしれない」と追い詰められる時間になります。こうした日々が続くと、子どもの体調はさらに悪化し、親の心も壊れていきます。だから、ある段階では「今は学校へ行かせることを目標にしない」と決めることが必要です。これは、学校を否定することではありません。一生行かせないと決めることでもありません。今は回復を優先する、という判断です。この覚悟が決まると、家庭の空気が変わることがあります。朝の緊張が少し減る。子どもが「今日も行けなかった」と自分を責める時間が減る。親も、毎朝の判断に
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自分を責める親たち

不登校になると、子どもが苦しみます。それは間違いありません。でも同時に、親も深く苦しみます。不登校の家庭では、親の気分の落ち込みや孤独感が強くなることがあります。体調を崩す人もいます。精神科を受診する人もいます。仕事を続けられなくなる人もいます。中には、「死にたい」と感じてしまうほど追い詰められる人もいます。これは、決して大げさな話ではありません。子どもが学校に行けなくなると、親の毎日は大きく変わります。朝が怖くなる。今日は行けるのか。また泣くのか。また学校に電話しなければならないのか。仕事はどうするのか。勉強はどうなるのか。将来はどうなるのか。親の頭の中は、常に不安でいっぱいになります。しかも、その不安を誰にも言えないことがあります。親族に話せば、「甘やかしている」と言われるかもしれない。学校に話せば、「家庭の問題」と思われるかもしれない。職場に話せば、「仕事に支障がある人」と見られるかもしれない。友人に話しても、分かってもらえないかもしれない。そうして、親は孤立していきます。不登校の苦しさの一つは、家庭の中で完結してしまいやすいことです。外から見ると、ただ子どもが家にいるだけに見えます。しかし家の中では、親子の会話が減り、空気が重くなり、将来への不安が積み重なっています。親は、何度も自分を責めます。育て方が悪かったのか。もっと早く気づけばよかったのか。厳しすぎたのか。甘すぎたのか。仕事を優先しすぎたのか。学校選びを間違えたのか。この自責の感情は、とても重いものです。しかも、不登校の回復には時間がかかります。今日安心したと思っても、明日はまた不安定になる。少し外に出られたと思
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小学校低学年の不登校は、なぜ家庭に深刻な影響を与えるのか

―「まだ小さいからこそ」親は離れられない―小学校低学年で不登校が始まると、家庭への影響は非常に大きくなります。それは、子どもがまだ小さいからです。小学校1年生や2年生の子どもは、心も体もまだ発達の途中です。自分の気持ちを言葉にする力も十分ではありません。体調の変化を正確に伝えることも難しい。一人で長時間留守番することにも、不安があります。だから、子どもが学校に行けなくなったとき、親はそばにいる必要に迫られます。朝、子どもが泣く。お腹が痛いと言う。ランドセルを背負えない。玄関で動けなくなる。親は、その場で判断しなければなりません。今日は休ませるのか。学校に連絡するのか。仕事を休むのか。遅刻して出勤するのか。誰かに預けるのか。この判断が、毎朝続きます。しかも、不登校の初期は、見通しが立ちません。明日は行けるかもしれない。来週は行けるかもしれない。少し休めば戻れるかもしれない。そう思うからこそ、親は大きな決断ができません。しかし、その状態が数週間、数か月と続くと、親の生活は確実に削られていきます。仕事に集中できない。職場に迷惑をかけている気がする。休みの連絡を入れるたびに申し訳なくなる。収入が減る。上司や同僚に説明しづらい。そのうち、親自身の気力も落ちていきます。子どもを責めたいわけではない。でも、生活が回らない。仕事を失うかもしれない。家計が苦しくなるかもしれない。そうした不安が積み重なると、親の心も限界に近づいていきます。低学年の不登校が深刻なのは、子どもの問題と親の生活問題が、ほとんど同時に起きるからです。子どもは学校に行けず苦しんでいる。親は仕事に行けず苦しんでいる。家庭の中
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不登校が親の生活まで揺さぶる現実

不登校というと、多くの人はまず子どものことを考えます。学校に行けない子ども。朝になると体調を崩す子ども。教室に入れない子ども。家で過ごす時間が増えていく子ども。もちろん、中心にいるのは子どもです。けれど、不登校の影響は、子どもだけにとどまりません。親の生活も、静かに、しかし大きく変わっていきます。特に小学校低学年の不登校では、その影響は深刻です。中学生や高校生であれば、一定時間、子どもが一人で家にいることができる場合もあります。けれど、小学校1年生、2年生、3年生くらいの子どもが学校に行けなくなった場合、親は簡単には家を空けられません。朝、子どもが「行けない」と言う。親は仕事に行く時間が迫っている。でも、低学年の子を一人で留守番させるのは不安です。体調が悪くなったらどうするのか。泣き出したらどうするのか。外に出てしまったらどうするのか。食事はどうするのか。火や鍵の管理は大丈夫なのか。そう考えると、仕事に行くこと自体が難しくなっていきます。共働き家庭では、どちらが休むのかという問題が出てきます。母親が休むのか。父親が休むのか。祖父母に頼れるのか。在宅勤務にできるのか。職場にどこまで事情を話すのか。その調整だけでも、親は大きなストレスを抱えます。ひとり親家庭であれば、問題はさらに重くなります。仕事を休めば収入に直結します。しかし、子どもを一人にはできない。家計と子どもの安全の間で、親は追い詰められていきます。不登校は、単に「学校に行かない」という出来事ではありません。家庭の働き方、収入、親の心身、きょうだい関係、夫婦関係にまで影響する出来事です。だから私は、不登校支援を考えるとき、
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いじめは小学校低学年でも起きている

―「小さい子だから大丈夫」と思わないこと―いじめというと、多くの人は中学生や高校生を思い浮かべるかもしれません。思春期の人間関係。部活動。SNS。受験のストレス。そうしたものが重なって、いじめが起きる。たしかに、それも現実です。しかし、今は小学校低学年の段階でも、いじめや仲間はずれが深刻な問題になっています。しかも、それは昔のような分かりやすいけんかだけではありません。無視する。仲間に入れない。持ち物を隠す。悪口を言う。遊びの中で特定の子だけを外す。失敗した子を笑う。こうした陰湿な行為が、小さな子どもの世界でも起きています。特に低学年のいじめは、大人から見えにくいという問題があります。まだ幼いから大丈夫。子ども同士のちょっとしたトラブルだろう。すぐに忘れるだろう。そう思われてしまいやすいのです。けれど、子どもの傷つきは、大人が思うより深いことがあります。たとえば、運動会のリレーで走るのが遅かった。発表でうまく話せなかった。遊びのルールをうまく理解できなかった。みんなと少し違う反応をした。そうした小さな出来事をきっかけに、からかわれたり、仲間から外されたりすることがあります。大人から見れば「そんなことで」と思うかもしれません。でも、子どもにとって学校は世界の大部分です。その世界の中で居場所を失うことは、とても大きな苦しみです。学校で笑われる。休み時間に一人になる。グループに入れてもらえない。近づくと嫌な顔をされる。それが毎日続けば、子どもは学校へ行く力を失っていきます。朝になるとお腹が痛くなる。頭が痛くなる。泣き出す。玄関で動けなくなる。それは、単なる登校しぶりではなく、心が危険
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君は決して悪くない

―責めるより先に、その子の心を守ること―不登校になった子は、自分を責めています。大人が思っている以上に、責めています。「みんなは学校に行っているのに」「自分だけできない」「親に迷惑をかけている」「このまま将来がなくなるかもしれない」そんな不安を、子どもは口に出さなくても抱えています。だから、親がさらに責めてしまうと、子どもの逃げ場はなくなります。「いつまで休むの」「勉強どうするの」「将来どうするの」「このままだと大変なことになるよ」どれも、親としては心配だから出る言葉です。でも、子どもにとっては、その言葉が重すぎることがあります。本人だって分かっているのです。学校に行った方がいいこと。勉強した方がいいこと。昼夜逆転を直した方がいいこと。このままではまずいかもしれないこと。それでも動けないから、苦しいのです。不登校の子に必要なのは、まず安心です。「学校に行けなくても、あなたの価値は変わらない」「今は休んでもいい」「一緒に考えよう」「あなたを責めるために聞いているんじゃないよ」そういう言葉が、子どもの心を少しずつ守ります。もちろん、ただ放っておけばいいわけではありません。生活リズムが大きく崩れているなら、少しずつ整える必要があります。不安や抑うつが強いなら、専門家の力も必要です。学びが止まっているなら、その子に合った学び直しの方法を探す必要があります。でも、それは「責めて動かす」こととは違います。支えることです。伴走することです。不登校になった子は、人生から脱落したわけではありません。今いる場所で、もう一度自分を立て直している途中です。学校に戻る子もいるでしょう。フリースクールに通
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玄関で止まったスニーカー

―「行けない理由がわからない」子の朝―朝7時42分。靴箱の前で、彼はスニーカーを履いたまま動かなくなった。母親は、最初それを「迷っているだけ」だと思った。「遅れるよ」そう声をかけると、彼は小さくうなずいた。けれど、立ち上がらない。ランドセルは背負っている。制服も着ている。宿題も入っている。昨日の夜には「明日は行く」と言っていた。だから母親は、あと一押しだと思った。「行けば大丈夫だよ」その瞬間、彼の顔色が変わった。手が震え、呼吸が浅くなり、ぽろぽろと涙が落ちた。「なんで泣くの?」母親が聞くと、彼は首を振った。「わからない」その言葉に、母親は苛立った。理由がわからないなら、どうしたらいいのか分からない。いじめなのか。先生なのか。勉強なのか。友だちなのか。どれか言ってくれれば、対処できるのに。けれど、彼の中にも答えはなかった。ただ、学校へ向かう朝になると、体が固まる。頭が痛くなる。お腹が痛くなる。行きたい気持ちがないわけではない。でも、行こうとすると何かが詰まる。母親はその日、初めてこう言った。「今日は、休もうか」彼は驚いたように母親を見た。責められると思っていたのかもしれない。母親は続けた。「理由は、今わからなくてもいいよ」その一言で、彼は玄関に座り込んだまま、しばらく泣いた。学校を休んだからといって、すぐ元気になったわけではない。翌朝もまた、頭が痛いと言った。数日後には、学校の話をするだけで黙り込んだ。でも、母親は少しだけ分かった。これはサボりではない。この子の体が、もう限界だと知らせているのかもしれない。それから母親は、朝の言葉を変えた。「行ける?」ではなく、「今日は体、どう?
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小学校高学年で不登校になった子の再出発

小学校5年生のころ、彼女は学校へ行けなくなった。理由は、一つではなかった。友だちとの関係がうまくいかない。夜遅くまでゲームをして、生活リズムが崩れる。思春期に入り、心と体の変化についていけない。本人にも、はっきり説明できなかった。ただ、朝になると学校へ向かう力が出ない。気づけば、一日の大半を家の中で過ごすようになった。ゲームをする。動画を見る。またゲームをする。眠る。起きる。同じことを繰り返す。外から見ると、楽しんでいるように見えたかもしれない。けれど本人にとって、その日々は明るいものではなかった。ゲームをしていても、心から楽しいわけではない。動画を見ていても、見終わったあとに空しさが残る。「自分は何をしているんだろう」そう思っても、動けない。そんなある日、ネット上の友人にすすめられて、彼女は一つの漫画を読んだ。そこには、困難に追い込まれた登場人物たちがいた。逃げたいほどつらい状況の中で、傷つきながらも、少しずつ前へ進んでいく人たちがいた。彼女は、その物語に引き込まれた。登場人物たちは、最初から強かったわけではない。弱くて、迷って、失敗して、それでも誰かと出会い、少しずつ変わっていった。読み終えたあと、彼女の中で何かが変わった。自分の悩みが小さく見えた、というより、「こんな自分でも、まだ物語の途中なのかもしれない」そう思えたのだ。やがて、彼女は少しずつ学校へ行くようになった。毎日ではない。完璧でもない。でも、陰っていた毎日に、細い光が差し込んだ。私は、不登校中のゲームや漫画や動画を、すべて悪いものだとは思わない。もちろん、生活が壊れるほど依存してしまうなら支えが必要だ。でも、と
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高3の秋、努力していた子が動けなくなった日

高校3年生の春。彼女の机には、参考書が積まれていた。英単語帳。数学の問題集。赤い付箋だらけの過去問。模試の判定表。志望校のパンフレット。誰が見ても、頑張っている受験生だった。でも、本人の中では、何かが少しずつ崩れていた。眠れない夜が増えた。電車の中で息苦しくなることがあった。学校へ向かう途中で、体が重くなる日があった。それでも彼女は、自分に言い聞かせた。「みんな頑張っている」「私だけ休めない」「ここで止まったら終わる」ある日、学校から帰ってきた彼女は、自分の部屋に入った。机の上には、いつものように参考書が並んでいた。その瞬間だった。胸の奥で、ぷつんと何かが切れた。「もう無理だ」そう思った。それ以降、彼女は学校に行けなくなった。努力してきた分だけ、崩れたときの痛みは大きかった。「こんなに頑張ってきたのに」「どうして最後までできなかったのか」「自分は弱い人間なのではないか」家にいても休まらなかった。外へ出られないのに、部屋にいても責められている気がした。その彼女に転機をくれたのは、一人の大人だった。無理に励ますのではなく、まず「つらかったね」と受け止めてくれた。その人は、あるとき彼女に静かに伝えた。幸せは、人より上に立つことだけではない。今できていること、今少し楽になったことに気づくことも、幸せにつながるのだと。彼女はその言葉で、初めて自分の足元を見た。眠れる日があること。もう一度勉強したいと思える瞬間があること。話を聞いてくれる人がいること。不登校になった子に、すぐ「将来どうするの」と聞きたくなる大人は多い。けれど、未来を考える力は、安心の上にしか戻ってこない。私は、頑張っていた
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中学2年から始まった、長い沈黙

彼女は、幼いころから「誰か」と比べられていた。同じ年頃の親戚。同じ学校の友人。よくできる子。うまく振る舞える子。大人に悪意があったわけではない。けれど、子どもにとって比較は、少しずつ心の奥に積もっていく。「そのままの自分でいていい」そう思えないまま、彼女は私立の学校へ進んだ。教室には、独特の空気があった。誰と一緒にいるか。何を言ってはいけないか。どんな表情でいれば浮かないか。それを読み続ける毎日は、彼女にとって勉強以上に疲れるものだった。最初は、ただ居心地が悪かった。次に、友だちの輪に入れなくなった。そして中学2年のある日、学校へ行けなくなった。それから、時間は部屋の中で止まった。家族以外と話すことはほとんどなくなった。外へ出ることもなくなった。何かが怖い、というより、怖さを感じる力すら鈍っていった。ただ、日が昇り、日が沈む。カレンダーだけが進んでいく。長い年月のあと、彼女は少しずつ専門家とつながった。心の不安に名前がつき、母親も家族会で学び始めた。急かさない人。否定しない人。「今のあなたのままで、ここにいていい」と言ってくれる人。そうした人たちとの関わりの中で、彼女の中に、ほんの少しずつ「生きていてもいい」という感覚が戻ってきた。やがて通信制で学び直し、美術への思いも再び動き出した。不登校やひきこもりは、怠けではない。自分を守るために、世界から身を引くしかなかった結果であることがある。だから私は思う。子どもが動けなくなったとき、大人が最初にすべきことは、原因探しよりも、比較をやめることだ。「なぜあの子みたいにできないの」ではなく、「あなたは、あなたのままで大丈夫」その言葉が、
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不登校の事例②

―「大丈夫」と笑っていた子が、ある日動けなくなった―高校1年の秋。彼女は、突然学校に行けなくなった。それまで、周囲からは「明るい子」と言われていた。友だちもいた。部活にも入っていた。成績も悪くなかった。家では、母親に学校の話をよくしていた。「今日、先生がさ」「友だちと帰りにコンビニ寄った」「文化祭、ちょっと面倒だけど楽しみ」そんな普通の日々が続いていた。しかし、母親はあとから気づく。娘の「普通」は、少しずつ削れていた。朝、洗面所に立つ時間が長くなった。制服を着たまま、鏡の前で固まる日が増えた。夜になると、スマホを見ながら表情が消えていた。「何かあった?」母親が聞くと、娘は笑った。「別に。大丈夫」その「大丈夫」は、助けを求める言葉だったのかもしれない。ある月曜日。娘は玄関で靴を履いたまま動かなくなった。母親が声をかける。「どうしたの?」娘は答えない。ただ、呼吸が浅くなり、手が震えていた。しばらくして、ぽつりと言った。「行けない」それから、娘の生活はリビングのソファを中心に回るようになった。自分の部屋には行かない。家族がいるリビングで、毛布にくるまって眠る。昼間はうつろな目でテレビを見ている。夜になると少し元気になる。深夜に急に話し出すこともあった。「私、何が悪かったのかな」「みんな普通に行ってるのに」「私だけ止まってる感じがする」母親は答えられなかった。励ましたい。でも、励ますと傷つける気がした。休ませたい。でも、休ませるほど戻れなくなる気がした。学校から電話が来るたびに、母親の胸は締めつけられた。「本人はどう言っていますか」「今後の見通しはありますか」「課題だけでも提出できます
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不登校の事例

―学校に行けなくなった中学2年生の、止まった時間―朝の7時15分。母親は、いつものように階段の下から声をかける。「起きてる?」返事はない。もう一度、少しだけ大きな声で呼ぶ。「今日、どうする?」それでも返事はない。ドアの向こうから聞こえるのは、スマホの通知音と、かすかなゲームの効果音だけだった。中学2年生の春から、彼は学校に行けなくなった。最初は腹痛だった。次に頭痛。そのうち、制服に袖を通すだけで顔色が変わるようになった。「なんで行けないの?」母親が聞いても、本人は答えられなかった。ただ、布団をかぶって小さく言った。「分からない」その「分からない」に、家族は何度も傷ついた。理由があるなら対応できる。いじめなら学校に言える。先生との関係なら話し合える。でも、本人にも分からない。だから、家の中の空気だけが少しずつ重くなっていった。父親は最初、厳しく言った。「逃げていたら何も変わらないぞ」母親も最初は励ました。「今日は保健室だけでも行ってみよう」「一時間だけでもいいから」しかし、そのたびに彼は朝になると動けなくなった。行くと言った翌朝ほど、体調は悪くなった。玄関まで行って、靴を履いたまま座り込んだこともある。やがて、家族は学校の話をしなくなった。彼の部屋のカーテンは、昼になっても閉まったままだった。机の上には、開かれない教科書。床には、ペットボトル、菓子の袋、脱いだ服。ベッドの横には、充電器につながれたスマホ。部屋の中だけで、生活が完結していた。昼に眠り、夕方に起きる。夜中にゲームをする。朝方に少しだけ眠る。風呂に入らない日が増えた。歯磨きもしない。食事は、母親がドアの前に置いた。食べ
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高IQのピークは小6?

ギフテッド児の中には、小学生のころに非常に高い知的能力を示す子がいます。特に小学校高学年ごろには、理解の速さ、記憶力、推論力が際立つことがあります。その一方で、「小6くらいを境に、思ったほど伸びなくなった」と感じる保護者もいます。これは、子どもの才能が消えたということではありません。むしろ、ここから必要になる力が変わってくるのです。幼いころは、流動性知能が目立ちやすい時期です。新しい問題を見て、すぐに法則を見抜く。少ない説明で理解する。パターンを直感的につかむ。こうした力です。けれど、成長するにつれて必要になるのは、知識や経験を使って判断する力です。これは結晶性知能です。学んだことを活用する。経験から考える。失敗を次に生かす。専門的な知識を積み上げる。社会や人間関係の中で考える。この力は、自然に勝手に育つものではありません。だからこそ、小学校高学年から中学生にかけての時期がとても大切です。この時期に、学習習慣を持つこと。苦手なことにも少し挑戦すること。友だちや仲間と協同作業をすること。幅広い教科を学ぶこと。これらが、将来の知性を支える土台になります。私は、ギフテッド児にとって小6前後は「才能のゴール」ではなく、「才能の育て方が変わる時期」だと考えています。ここで必要なのは、焦りではありません。「最近伸びていない」と責めることでもありません。その子のひらめきを、経験と学習習慣につなげていくことです。保護者の方は、子どもの成長曲線が一直線でないことに不安を感じるかもしれません。でも、才能はいつも右肩上がりに伸びるわけではありません。一度止まって見える時期は、次の段階へ進む準備かもし
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興味のあることだけでは、才能は成熟しない

ギフテッドの子は、興味のあることには驚くほど集中します。図鑑を何時間も読む。好きな分野を深く調べる。パズルや数式に没頭する。一つのテーマについて、大人以上に詳しくなる。その姿は、本当に素晴らしいものです。しかし、注意したいこともあります。興味のあることだけを続けていても、才能は十分に成熟しないことがあります。なぜなら、大人になって必要になる力は、好きな分野だけの知識ではないからです。新しい場面に出会ったとき、過去の経験を思い出す。似たパターンを見つける。いま何をすべきか判断する。人と協力しながら、現実の問題に向き合う。こうした力は、幅広い経験から育ちます。小学生のうちは、IQの高さや理解の速さで目立つことがあります。でも、年齢が上がるにつれて、経験の少なさが弱点になることがあります。好きなことは詳しい。でも、苦手なことには手をつけない。得意分野では輝く。でも、知らない世界には入ろうとしない。それでは、才能が広がりにくくなります。私は、ギフテッド児には「好きなことを伸ばすこと」と同じくらい、「知らない世界に触れること」が必要だと考えています。もちろん、無理に何でも平均的にさせる必要はありません。ただ、少し苦手なことにも挑戦する。新しい教科に触れる。仲間と何かを作る。自分と違う考えを持つ人と話す。こうした経験が、知性を成熟させます。保護者の方は、子どもが苦手を嫌がると不安になるかもしれません。でも、責める必要はありません。「少しだけやってみよう」「一緒に工夫してみよう」「できることを増やしていこう」そう声をかけながら、世界を少しずつ広げていくことが大切です。才能は、好きなことの中で
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【教育相談・ギフテッド不登校相談のご案内】

ある子は、学校に行けなくなってから、毎日ゲームばかりしているように見えました。お母さんは、何度も思ったそうです。「このままで大丈夫なのかな」「私の育て方が悪かったのかな」「ゲームを取り上げた方がいいのかな」でも、その子が本当に失っていたのは、勉強する力ではありませんでした。「自分は、もう期待されていない」「学校に行けない自分には、価値がない」「どうせ話しても、わかってもらえない」そんな気持ちでした。ある日、その子に好きなゲームの話を聞くと、目の色が少し変わりました。キャラクターの役割。世界観の設定。戦略の組み立て。なぜその場面でその判断をしたのか。話しているうちに、その子の中にあった思考力、分析力、物語を読み解く力が、少しずつ見えてきました。学校に行けないから、学ぶ力がないわけではありません。机に向かえないから、考える力がないわけでもありません。ただ、その子の才能につながる入口が、まだ見つかっていなかっただけかもしれません。不登校、ギフテッド、2E、発達特性、先生との関係、学校とのミスマッチ。子どもが苦しんでいるとき、保護者の方もまた、深く傷ついています。「もっと厳しくすべきなのか」「休ませていいのか」「学校にどう伝えればいいのか」「この子の将来は大丈夫なのか」その不安を、家庭だけで抱え込む必要はありません。私は、お子さんを無理に型にはめるのではなく、その子の特性、興味、才能、苦しさを丁寧に見つめながら、その子に合った学び方と関わり方を一緒に考えていきます。学校に戻ることだけがゴールではありません。お子さんがもう一度、「自分はダメじゃない」「自分にもできることがある」「自分の好
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