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ゆとり教育が招いた社会問題と子どもたちの問題

廉清生織のブログの部屋へようこそ今回は「ゆとり教育」について改めてどんな点が問題だったのか?深堀りしていきたいと思います「ゆとり教育」の旗振り役として1990年代後半に活躍したのは当時の文部省の官僚だった寺脇研氏でした。 当時問題視されていた「いじめ」問題に対して「偏差値教育」と寺脇氏が呼んでいたのです。子供を画一的な指標で見るような教育が「いじめ」の原因であるとしていました。寺脇氏の主張を見ると「〈偏差値教育〉の追放」というところに目を奪われがちですが・・寺脇氏はそれ以外にもPTAの改革・生活科教育や職業教育など多岐にわたっています。ただただ「学習内容の削減」やスローガン的な「偏差値の追放」などは教育界や経済界を中心に反発を生み出しました西村和雄氏は戸瀬信之氏らと共に『分数ができない大学生』(東洋経済新報社/ちくま文庫)などを刊行し現代の大学そして若者においていかに学力の低下が深刻化し・それが国力をそぎ落とすものであるかを盛んに述べました。まず寺脇氏ですが2000年代終わりにかけて自分の言動の正当性を主張する書籍を相次いで出しています。 例えば・・・ほとんどが自分に近しい主張の人との対談で構成された『格差時代を生き抜く教育』(ユビキタ・スタジオ・2006年)や『それでもゆとり教育は間違っていない』(扶桑社、2007年)そして自身へのバッシング・さらには社会学者などによる格差社会論に対して反論を試みた『さらばゆとり教育』『百マス計算でバカになる』(共に光文社ペーパーバックス)を出し・その後は官僚論を刊行し(『官僚批判』(講談社、2008年)『文部科学省』(中公新書ラクレ、201
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きょうざい工房ツツミのブログ はじめました

 初めまして!きょうざい工房ツツミです。 今日からブログを書いていこうと思います。 気ままに書いていきますので、よろしくお願いします。 まず最初にツツミの自己紹介から始めたいと思います。  <基本データ>   徳島出身 30代    専門分野:理科教育、化学   好きなもの:米、におい、柔道 ツツミは理系大学を卒業したのち、故郷の徳島県で10年間、中学校理科の教員として勤めました。  先生にもいろいろなタイプの方がおり、  *授業が得意な先生  *生徒指導が得意な先生  *部活が得意な先生 などいらっしゃると思うのですが、ツツミは授業が好きな教員でした。 ただ、理科の授業ばかりやっていたわけではなく、 10年間の教員生活の中でいろいろな生徒、先生、保護者との出会いがあり、学級経営や人権学習、道徳にも面白みを感じるようになりました。 また、これらの経験から得た知見を部活動にも生かし、理想のチーム作りへと邁進していました。 充実した生活でしたが、納得のいかない異動や人間関係、あまりの多忙に押しつぶされて、退職の道を選びました。ですが、今でも理科教育についての関心は失われていません!   *忙しい先生方を少しでもサポートしたい!  *今までとは違った形で理科教育に携わりたい!  *学校と外部との連携を図り先生の負担を減らすシステム作りをしたい!  という気持ちでココナラを始めました。 これから、教員時代のエピソードや退職に至った経緯などをブログに書いていければと思います。 よろしければ読んでいただければと思います。
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それ、教育のチャンスでは?

みなさん、こんにちは。あなたのこころの秘密基地、Shuureiです。なんだかじめじめとした空気がただよってくる午後。梅雨ですねぇ。昨日、張りきって干した洗濯物が雨でびしょびしょになりました・・・。わかります?このやりきれなさ(涙)やった仕事が振り出しに戻るどころか、余計な手間がついてくるという。家事ってこんなことばかりですよね。洗った洗濯物はすぐに汚れて戻ってくる。作ったお料理はすぐに食べられてなくなる。きれいに掃き清めた玄関も、すぐに砂だらけ・・・でも、考え方を変えると幸せいっぱいの仕事になったりもします。洗った洗濯物は気持ちよく着てもらえる。作ったお料理はみんなのお腹を満たしてあげられる。きれいな玄関でみんなを迎えられる。そこにはたくさんの喜びが隠れていたりするんですよね。さぁ、今日も一日・・・もう夕方ですが、あと少し頑張っていきましょう♪さて、今回は子供が話してくれた悲しいお話。今では多くの公立の小中学校に設置されている支援クラス。そこには、様々な障害を抱えたお子さんが在籍しています。でも、学校によってそのカラーはまちまちで、良くも悪くも担当の先生次第なクラス運営となっていると思います。その知的クラス(知的発達に遅れがある子のクラス)でたまに見かけるのが、怒りを覚えるくらい残念な先生。自分のいらだちを暴言に変えて子供たちにぶつけているんです。そんな先生が抱える児童・生徒は、大方が柔和なタイプで、ひどい言葉や乱暴な命令によって傷つけられてもなにもいいません。親の訴えかけがあっても、クラス担当が変わることがないまま6年間が過ぎた例を私はみてきました。そんな中、ある日こんなでき
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学級経営「スローカーブ」習得のススメ

「担任はどんな先生なの❓」「優しいけど,怒ったら怖いかなぁ」このやりとり,よく耳にします。「怒ると怖い」言葉にすれば,恐怖で支配しているように感じてしまいますが,一定の「恐怖」を上手くコントロールすることも,学級を経営する上で必要なものなのです。(♯恐怖を与えることが必要と言っているわけではありません☝️💦断じてありませんよぉ〜🥹)🟦清廉潔白だけでは上手くいかない⁉️「恐怖による支配」では,学級経営はまず成り立ちません。それは学級崩壊と同じくらい子ども達の成長が止まっているヤバい状態です。ですが「恐怖で支配する」ことと「恐怖」というカードを上手く使うことは,全く性質が異なるものです。まだまだ発達段階の途中にいる子どもの集団を,より良い集団に育成するには,このカードをどう使うかがかなり重要なポイントになります。(♯あ,もちろんこれは,超サイヤ人になれないクリリンたちにとっての話なので,悟空やベジータみたいに先生は必要ない話でーす🥴笑)🟦「恐怖」のカードは「スローカーブ」みたいなもの「恐怖」というカードを「持っている」ことを子ども達に認識してもらうことが必要で,実際に使う(子ども達に恐怖を与える)必要はありません。たまに勘違いして,自分の怖さを学級全体に植え付けるために,不適切な行動をした子どもに対して威圧的な言動を取ったり,あえて聞こえるように怒鳴ったりする先生を見かけますが,それは絶対に違います。自分に自信がなくて,子ども達にナメられることを恐れる人に,多いです。実際に投げなくても,スローカーブを投げることができることを,子ども達がなんとなく感じ取ってもらえればそれでいいわけで
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先生の気持ち、生徒の気持ち

学校で相談員をするようになって もうすぐ1年。この1年 たくさん初めての経験をさせていただきました。もう すべての生徒さんが愛おしい 学校で働くことが決まった時 生徒さんがありのままを出せる場所にしたいというのがありました ありがたいことに 「家族には話せない・・・」 「先生には話せない・・・」 といいながら 私に話してくれるようになり ここの目標は 達成できているように感じています 最近ひさしぶりにどう対応したらよいか 悩むことがありました 先生は 教える立場だから ごもっともなことを生徒に伝える 生徒さんは そのこともわかっている わかっているけど できない・・・ それが できないのがよけいに辛い・・・。 私と先生で話していた時 先生のある一言で なんだか・・・ 相談員としての役割が できていないような気持ちになりました 相談室って そんなふうに思っていたんだ先生・・・ おちこむ私・・・。 カウンセラー仲間や 信頼できる先生の友達に 話を聞いてもらっているうちに 「あ~良かったんじゃん私。大丈夫!」 と思えるようになり 心が解きほぐされていきました それと同時に 学校や先生の気持ちや思いを もっと知りたいと思いました 先生は何に困るのか どうゆう思いでいるのか 今まで 正直、生徒さんよりの気持ちでした 「なんで学校はわかってくれないの」 「常識的にはそうだけど、そこじゃないんだよ」 生徒さんに偏っていて 学校や先生の気持ちをわかろうと しなかったのですよね 無意識に・・・ 学校は敵・・・ わかってくれない・・・ みたいな 相談員としてのもう一つの役割 先生と生徒さんの気持ち
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【教師】一貫性のあるプログラムにするための4つのポイント

兵庫県には、小学校5年生で4泊5日の学校行事があります。そこには、なんと外部から参加するリーダー(指導員・補助指導員)と呼ばれる大学生やその道のプロの人が関わることができる制度がります。 この制度のすごいところは、何よりも学級経営の大きなインパクトになることです。その影響力、破壊力は本当にすごいんです!! その想いを受け継いで、またリーダーを目指す人、先生を目指すきかっけになった人、大人になってからも忘れない思い出の存在。 その存在が大きいからこそ、憧れ、頑張り、悔い、達成感いろんな感情が大きく生まれ、行動や発言につながっていく。 リーダーや友達と4泊5日過ごす思い出もすごくいいんですが、 それ以上にすごいのは【長期宿泊を通して、子ども達にとっては人生最大級の葛藤が起きること!!】にあると思っています。 ステキな出会は人生を変える。ステキな気づきは価値観が変わる。 どうも、きんちゃんです。今回は、コロナ禍で学校行事の予定がコロコロ変わって大変な先生のためのパンポイントアドバイス編■■ 一貫性を持たせた自然学校にするために4つのポイント ■■2021年夏休みも終わり、2学期が始まろうとしています。自然学校も4泊5日から、今年も日帰りや、1泊、最大でも2泊の学校になってきました。そして、それにちなんでこれまで、下見やいろんな資料をもとに作ってきたプログラムを一旦忘れて、作り直すという作業が待っているのです。しかし、この考え方があれば、短くなっても同じ考え方なのでそんなに大変な作業ではなくなるはずです。さらに言えば、この考え方は他の授業や、行事にもあてはまるので、ぜひ一般化して活用し
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学校でも家庭でも時間を守る

他のクラスの様子を見ていると 休み時間なのにまだ授業をしている 給食のスタートが遅い 妙に下校が遅い などということに気が付くことがあります そういう先生に限って, 熱心なのになかなか学級経営がうまくいっていない, 子供が落ち着かない傾向があります。 また,研究授業などを見に行く機会もあるのですが,時々,授業を延長している先生を見かけます。 話し合いが盛り上がってしまった。 予定のところまで進まなかった。 などという理由があるのかと思います。 結論を言います。 授業の延長は,学級崩壊の原因の一つです。 クラスの子供たちは,授業が楽しくても時計は気にしています。 早く終わんないかな… また延長… 遊びに行きたいな… はじめは先生に気を使って,黙っていますが徐々に態度に表します。 絶対に授業を延長すべきではありません。きりが悪くても切りましょう。 研究授業でも,そこでやめましょう。 終わらなかったのは,計画が悪いか,授業の進め方が悪かったわけなのです。 45分間で勝負すべきです。 時間を守らない先生が「時間を守りましょう」 などといっても,聞くわけがありません。 徐々に信頼を失っていきます。 学級崩壊への入り口が見えてきます。 仮に,授業を1分延長してしまったとします。 授業開始を1分遅らせることを宣言し,きちんとあやまりましょう。 「授業がのびてしまってごめんなさい。次の授業は〇〇分から始めます。」 タイマーをまわして,休み時間の確保を明らかにするのもいいでしょう。 時間を守るということを大事にしている先生のクラスの子供たちは,時間を守ります。 もし遅刻をしても,きちんとあやまる
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HSC

先日、HSPについてブログ投稿をしたのですが、今日は、HSCについてブログを投稿してみようと思いますHighly Sensitive Child(ハイリー・センシティブ・チャイルド)の略称になります繊細さんの子供バージョンの話ですね人一倍敏感な子どもこういった気質を持っていると学校での活動は負担が大きく、疲れやすいことが多いですこれは、怠けているのではなく気質なんですね学校のカリキュラムは私から見るとちょっと休むと遅れてしまうイメージで子どもが休むことを想定していないなぁと感じていますまた、今は特にコロナで学級閉鎖なんてなると、すぐに授業数も足りなくなってしまいますよねだから、先生もそこを見越して授業を進めるから大変だよなぁってだから、先生も休みを取りにくいだろうなぁなんて、一人考えていました大人だって、有給休暇、リフレッシュ休暇、働き方改革って休みがあるのに気質的にHSCを持っている子どもたちは特によく頑張っているだろうなぁと思います何を隠そう私こそ、HSP気質であり、HSC気質を持った子供だっただろうなと振り返って思います周りが難なくできることがなかなかできなかったり、体力がなかったり少食だったりなんでだろう?と、自分の繊細さに気付く前の子供時代は謎でした(笑)でも、この気質に気付けたら、納得です(^^♪気質に合った生活に少しずつシフトして『わたし』らしい日常を選んでいきたいですね♡
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「 学校の勉強がなんの役に立つの? 」

「世界を理解する頭づくり」です。 この記事で言いたいこと、終了です(笑) 創作物の感想を提供サービス「第一読舎」です! あとは持論の掘り下げですので、お時間と興味のある方はお進みください。<読んでほしい方>○勉強に意味を感じない高校生の皆さん(オタク寄りな方は特に)○お子さんに勉強の意味をわかってもらいたくて悩まれているお家の方ご参考となれば幸いです。「 自己紹介と、あの質問 」 まずは自己紹介。 私こと第一読舎のひとり、アンディはエンタメ系の出版社に勤務していました。 その経験を活かし、ついこの間まで、マンガの専門学校とその附属高校で先生をしていたのです。 「業界の動き」「本の仕組み」「メディアの違い」「物語の作り方」「取材テクニック」などなどを教える編集講師でした(キリッ)。  よおし我が生徒たちよ! 一緒にバリバリデビューしような! と思っていたら……得意な部分だけ担当するわけにも行かず。 クリエーターを目指す高校生たちの、担任の先生もしていました。 色々書いてしまいましたが「漫画に強い学校の先生」をしていた、とご記憶ください。 そんなこんなで、本格的に学校の先生なるとは夢にも思わなかった元編集・記者ライターの私ですが、生徒からすれば先生は先生。大人として、先生として、質問がくれば応えなければならない! 着任から程なく、やはり伝統的なあの質問がきました(笑) 「学校の勉強がなんの役に立つんですか?  社会で使ってるの、見たことないですけれど」 質問に見せかけて勉強したくないという八つ当たりが大半なのですが、なかには本当に疑問で聞いてくる子もいるんです。 先生になってみて、
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エモーショナルメンター#84

今日のマインドセットは、 【学校教育=奴隷教育!】です。僕はビジネスの世界に入って ますます日本の学校教育は 『奴隷教育』だと感じます。 奴隷教育ってどういう意味ですか? っていうと、 同じ時間に同じことをさせる。 1つの枠にはめようとする教育。 これを僕は「奴隷教育」と定義してます。 これって極端に言うと、 軍隊の教育と同じなんですね。 生徒が勉強したい科目を選べないのって 不思議じゃないですか? 今日は英語だけを勉強したいから 1日中英語を勉強する日があっても いいじゃないですか。 英語とか特に 学年で学習する内容を決める必要ないですよね。 1年生が3年生の勉強したっていいわけですし、 その逆があってももちろんいいと思います。 でも、なぜか学校教育って 型にはめようとしますよね。 机に向かって全員に同じことを 同じように教える。 これは、世界で活躍できる人、 自分の力で人生を歩める人を育てる教育とは ほど遠いと思ってます。 せめて、家庭内では、 今の学校教育のような奴隷教育はやめて欲しいです。 極端な話、僕は大学に行く目的がないなら、 勉強という勉強は不要だと思っています。 それよりも、 【五感を刺激してあげること】 これが子供のためになると僕は思ってます。 あなたはどう思いますか?  
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【学校問題】ランドセルに「しゅくだいをする」

こんばんわ、ヴォイドです。とある市立小学校の男性教諭(33)の「懲戒処分」が話題になっています。男児の頬をつねったり・・・。頭を小突いたり・・・。ランドセルに宿題を促す紙を貼ったりしたとして、大阪市教育委員会は、9月30日付けで「懲戒処分」したとの事です。ランドセルに「しゅくだいをする」などと書いた紙をテープで貼り付け、そのまま帰宅させたりしていたそうです。男児の保護者から男性教諭の行為を記した手紙を受け取り、事実関係を確認。その後の調査で複数の問題行動が発覚した。令和の時代に、よくやりますね・・・。余罪も、たっぷりあるでしょうし、キッチリ調査してもらいたいです。まぁ、その対応をするのは、立派な大人たちですからね。「懲戒処分」の貼り紙をくっつけたりは、誰もしませんから安心ですよ。
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「当たり前」のメガネをかけ替えると、学校は奇跡に満ちていた

~「スクールカウンセラーの小さな気づき」シリーズ~ ある日、出会った小さな気づき今回は、スクールカウンセラーの現場で 気づいたことを紹介してみたいと思います。 スクールカウンセラーとして勤務していたある日、 私は小さな「気づき」に出会いました。 その日は、新入生歓迎遠足。 部活動紹介が行われていました。 ステージに向かって学年ごとに座る生徒たち。 各部活動の発表は、思った以上に長時間にわたりました。 私は、後ろの方からその様子を見ていました。 各部代表の生徒たちがそれぞれに趣向を凝らして、 部活動紹介を行っていました。 生徒たちは、前を向いて静かに話を聞いています。 発表が終わると、拍手を送る姿も見られました。 その様子を見て、 私は思わず近くにいたA先生に声をかけました。 「すごいですね。  長時間の話をしっかり聞いて、拍手も送って。  発表している生徒を勇気づけていますね。」 すると、 先生Aは少し驚いた表情をして言いました。 「え?!そうなんですか……」 そして少し沈黙のあと、こう続けました。 「そういう視点で見られているんですね。  話を聞くのは当たり前だと思っていたので、  気づきませんでした。  ましてや、すごいなんて思いもしませんでした。」 「当たり前のメガネ」に気づいた瞬間 私はこの言葉を聞いて、「ハッ」としました。 私たちは、 いつの間にか「当たり前のメガネ」をかけて、 物事を見ているのかもしれません。 「ちゃんと話を聞くのは当たり前」 「静かにするのは当たり前」 「拍手するのは当たり前」 でも、それは本当に「当たり前」なのでしょうか。 長時間、前を向いて話を
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中高生の保護者様へ:お子様が英語を伸ばせない理由

こんにちは。「おかさん先生」です。【プロフィール】私はこれまで、医学部専門塾や大手予備校で英語を指導してきました。ビジネス英語を使った海外での実務経験もあり、中学生から医学部志望の高校生、さらには社会人まで、300名以上の方を指導してきました。現在、ココナラで英語個別指導を行っておりますが、多くの保護者の方から「うちの子、何年やっても英語ができるようにならないんです」といったお悩みをいただきます。その原因は、単に「やる気がない」「努力が足りない」というような単純な話ではありません。むしろ、「英語ができないような環境と学習法で、やらされてきた」からです。今回は、英語が伸び悩むお子様に共通する4つの原因についてお話しし、それに対する正しい対策もご紹介します。1)そもそも日本語がわかっていない英語ができない理由の一つに、「日本語文法の理解不足」があります。これを言うとまさかという顔をされます。英語を学ぶ際、「文法用語」「構文」「品詞」「修飾」の知識は避けて通れません。しかし、中学生の多くがこうした概念を日本語で理解できていないのが現状です。たとえば、中学レベルですが、自動詞と他動詞、副詞と形容詞、部分修飾と全体修飾の違いを明確に日本語で説明できますか?実は、これは私自身の経験でもあります。中学生の頃、私は国語の点数が低く、「品詞の違いなんて全然わからない」という状態でした。そのため、英語の参考書や授業の解説を読んでも、まるで意味がわからず、丸暗記だけで乗り切ろうとしていたのです。日本語がわからなければ、英語を理解することもできません。これは大前提です。2)圧倒的に単語力が足りない次に
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道徳は時に邪魔をする

わたしたちは学校生活の中で、たくさんのことを学びます。「人に優しくしなさい」「協調性を持ちなさい」「決まりを守りましょう」などなど、社会生活の上で役に立つことを教えてくれます。ですが、ときにこの教えが自分を押さえつけてることにもなってしまいます。例えば、ワガママばっかり言っている人がいます。「周りの人のことを考えなさい」「人の気持ちを考えなさい」と言う教えを忠実に守ろうとすると、このような人をみるとムカつくようにできています。自分はまがまま言わずに我慢している。でもこの人は周り関係なく、自分勝手にまがままを言って、周りも仕方なくそれに付き合っている。結果、この人のまがままはいつも通ってしまう。そして、マガママを言ったこの人が得をして、我慢をしているわたしは損をしている。こうなると、このマガママな人に対して、怒りが湧いてきます。許せない、という気持ちになってくるでしょう。そのようなときの解決策は、自分を解放してあげることが第1です。真面目な人は「許せない、ムカつく」という気持ちすら抑え込もうとします。「こんなこと考えてはダメだ」でも、これも自分から出てきた感情です。自分の1部を否定するということは、自分の一部を抑え込んでいるということです。こんなこと考えても良い、思っても良い、と自分に許可を出してあげること。そうやって受け入れてあげると、「こんなこと考えている自分はダメな人間だ」という枠を外すことができます。赤ちゃんは自分の感情を抑え込みません。嬉しかったら笑い、悲しかったら泣き、身体全身で表現して発散します。そうすることでメンタル面で健康を保っています。赤ちゃんが鬱ってきいたこ
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私はまじめに話してるんです!

私、担任していた生徒に叱られたことがあります。私は当時、中学校の学級担任をしており、その時は初めての中学校3年生の進路指導を控えていました。わからないことばかり。生徒たちの一生に関わるようなことに、自分が関わることの重厚・・・。そこから私は、大学卒業と同時に辞めていたタバコにもう一度手を出してしまいました。とは言え、24歳でしたから、法的には全く問題がありません。進路指導が本格化してくる11月のある土曜日のこと、担任していたある女子生徒から「先生、今日の放課後お時間ありますか?お話があるんです」と言われました。彼女はまじめで、いろいろなことによく気が付き、級友から頼りにされるタイプです。私は、若くて浅はかでしたから「何の話だろう。生徒の初恋の人なんてそんな話になったら…」などと馬鹿な想像をしておりました。そして放課後…開口一番彼女は私にこう言いました。「先生、タバコ吸ってますよね?」「大学を卒業して先生になったときに、タバコはやめた。私たちにそう言いましたよね?」彼女は真顔です。面くらった私は、ここはごまかすしかないと思い「すいません。すいません、タバコは吸いました。なんちゃって」と言ってみました。すると、彼女は、ほほを紅潮させ、机を叩いて、こう言いました。「私は真面目に話してるんです!」・・・・彼女の真剣さに、私は謝りました。そして初めての進路指導でプレッシャーがかかっていること、忙しくて、ついタバコに手を伸ばしてしまったことなどを正直に話したのです。それ以来、私はタバコを吸っていません。ちなみに、その彼女は私の結婚式で心あたたまるスピーチをしてくれました。あ、その日の話はな
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3月3日 挨拶は先手必勝で開運体質に

おはようございます。3月が訪れ、出会いと別れの季節が到来しました。春の風が吹き抜け、新たな人間関係の扉が開かれることでしょう。この時期は卒業式や入学式、離任式や就任式、就社式など、多くの節目があります。新たな環境での出会いや、これまでのつながりの変化が期待される中、積極的なエネルギーをもって前進しましょう。変化に臆せず、ポジティブなエネルギーを持って接することが大切です。この時期には期待と不安が入り混じり、自分らしさを大切に輝きたいと願う人も多いでしょう。関係が新しく始まる場面でも、過去の経験を活かし、前向きなステップを踏んでいきましょう。新しい環境への適応では、緊張感によって身を引いてしまうことがあります。そんなときこそ、立場に関係なく積極的に挨拶を心がけることが大切です。明るく元気な挨拶は緊張を和らげ、相手に好印象を与えます。挨拶は人間関係の基本であり、尊重の表れでもあります。率直で心温まる挨拶は心を通わせ、友好的な関係を築く助けになります。挨拶の際には笑顔と明るい声、そして自分をしっかりと立てる姿勢が重要です。自然な笑顔、聞き取りやすい声、背筋を伸ばした姿勢は、自信と誠実さを伝えます。これらの要素が揃うことで相手に好印象を与え、円滑なコミュニケーションが可能となります。自信を持って相手と向き合い、良い関係を築いていきましょう。最後に、自分を知ることは大切なステップです。性格、才能、適性など、自分を理解する手段として占いも一つの方法です。未来の流れや自分の特性を知ることで、より良い人間関係を築くヒントが見つかるかもしれません。ただし、占いは参考程度に留め、新たな視点を提供す
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「学級崩壊へのカウントダウン」のカウントダウンを阻止せよ!

学級崩壊の「予兆」が何なのか。表現しにくいのですが短い言葉にすると,先生が感じる「あ,なんかヤバい,上手くいってないかも・・・」なのです。具体的どういうこと!?と問われると,一言で答えるのはちとムズイ。とにかく,担任が不吉な違和感や不安を感じたら予兆です。そしてここに大きな個人差があるので厄介なんです,この問題は。予兆を感じたら・・・あれ!?おかしい。なんかヤバいかも⁉️そんな不安を感じたら,どうするべきなのかを考えます。ですが,こうすれば絶対大丈夫!残念ながら(というか当たり前だけれど)そーんな都合のいいものなんてありゃしません!あったらみんなそれやって,学級崩壊を防ぐことができているし,もう令和です。存在していればすでにシェアされ尽くされているでしょう!笑 なので,逆を考えます。そう,予兆を感じたら「絶対にしてはいけない事」‼️は存在します。予兆を感じたら絶対にしてはいけない行動。それは・・・1 現実逃避(そんな事ない,ないに決まってる‼️)何年か担任をもったキャリアがあり,上手くいった経験があり自分の学級経営に少し自信がると,どうしても目を逸らしてしまいがちなんです。自分に限ってそんなことはないに決まっている。何より学級を経営できていない自分を認めたくない。そんな思考になってしまい,改善できるものもできなくなってしまうという悪循環に陥ってしまいます。2  事実をごまかす(学級が上手くいってないことを隠す‼️)これは,現実逃避より危険です。ヤバいことは自分が一番わかっているのですが,隠して上手くいっているように振る舞っていると,じわりじわりと自分で自分の首を絞めてしまいます
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教員を辞めた今、挑戦していること

こんにちは。とはるめと申します。最近左目がしょっちゅうゴロゴロしていて不快感がずっとあります。なんだろ、花粉かな、、と思っていたらまつ毛が下まぶたの裏側に潜んでいたので頑張って取り出しました。やっとこの不快感から解放される!と思っていたのにまだゴロゴロします。私の左目には何が潜んでいるのでしょう、、さて、以前わたしは中高一貫校の教員を務めさせていただいていたのですが、現在はその職を辞しております。HRや授業はとても楽しかったのですが無限の業務量で毎日が自転車操業、その日の授業準備ができていない中、不登校の生徒が保健室登校してきてくれたので会いに行く。でも授業の準備が終わってない、、ああ、保護者から電話だ、、なんてことは毎日のようにありました。不登校の子が来てくれたり、保護者が頼ってきてくれたりすることはとても嬉しいことなのですが、それでも早朝から登校指導して日中は授業をして放課後は受験指導に部活動で夜は翌日の授業準備なんて毎日を過ごしていると、さすがに体力が持ちませんでした。学校を辞めたあとは、美しい図書館で働きました。美しい図書館で働くのがちょっとした夢だったので、司書の資格も欲しいなーと思っていました。ちょうどそのときコロナが流行し始めたこともあり、授業もオンラインのものに切り替わったので、あり余る時間で資格の勉強を始めました。ただ、次の職場では司書として勤務していたのではなく図書館内に設置されていた「青少年の居場所づくり事業」のスタッフとして勤務していました。せっかく司書の資格を取ったのに、それを使わない部署で働くことになろうとは。ただ、あくまでわたしの夢は美しい図書館で
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誰のための卒業文集なのか。

こんにちは、Nanaです。小学6年生の娘が卒業文集を書き、それを提出したところ、先生から見て少しネガティブな表現があったようで、それを訂正されていました。それ以外にも訂正されている箇所がかなりあり、「ここはこう書き直して」「ここの文章はいらない」などと、赤ペンで訂正された箇所がたくさんありました。私も一緒に学校に行った時に、「お家で訂正して書き直して、清書に書いてください」と言われたので、その通りにしていたのですが、清書を書いている時、娘はかなりイライラしているようでした。そして娘が言った言葉は「これは私の文章じゃない。こんな文集いらない。」と言ったのです。私はハッとしました。最初の下書きを書いた時は、考えながらも自分の言葉で、自分の想いや感情を込めて書いた文章だったはずです。それが例え、大人から見たら「こうした方が見やすい」とか「表現の仕方がこっちの方が見栄えが良いから」とか、色んな意見があったとしても、訂正して書き直したらそれはもう自分の言葉ではないのです。もちろん本人がそれで納得して書き直しすのであれば良いのですが、娘は全く納得せず、かなり不満があるようだったので私は「自分が納得しない文章は書かなくて良いよ」と言いました。納得しない文章が卒業文集に載っても、嬉しくないと思います。もう清書を提出しないといけない時期なのですが、先生に言って、元の下書きのまま清書にするのか、娘が納得しなくても訂正された文章で提出するのか。これから先生に相談するので、まだどうなるかわかりませんが、私が今回の件で思ったことはこの卒業文集って、誰のために作ってるんだろう?ということです。子供達が自分
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新任教諭(初任者)の退職、公立校で相次ぐのニュースから考える

 6月の中頃の「新任教諭の退職、公立校で相次ぐ 精神的な不調、東京では理由の4割」という記事を見ました。   教員採用数が全国最多の東京都では、2022年度に正規採用した公立の小中高校、特別支援学校などの新任教諭2429人のうち108人が今年3月までに辞職。全体の4・4%で、割合は過去10年間で最高だったといいます。  20年度の総務省の地方公務員給与実態調査では、退職した25歳未満の一般行政職員は全体の2%程度といいます。かなりの高倍率だと分かります。  また、続いて「公立学校の教員に正規採用されたのに、1年以内に辞めるケースが増えている。教員の長時間労働の問題が解消されないなか、教育現場で新人を支援する態勢が不十分なことが背景にあるとみられる。精神疾患が退職理由の事例も目立ち、文部科学省は教員のメンタル面の支援に乗り出した。」と続きます。   新任教諭、4月に残業100時間 「教育実習と想像以上のギャップ」新任教諭は担任にしない、心理士と必ず面談…退職防止へ各地で支援策というものでした。• 朝日新聞デジタル6月20日の記事から   皆様は、このニュースをどう見ますか。現場での対応を考えてみたいと思います。  ここでは、私が校長として学校経営を担った現場での対応について述べさせていただきます。  初任者には、主幹教諭か教務主任を指導教官に当てます。校長、教頭も1日1度は教室訪問します。   課題がある児童の対応は原則、学年主任も一緒に対応、3クラス以上なら学年全体での対応も行います。  必要に応じ主幹教諭か教務主任も対応。教頭が対応することも想定。特に、保護者対応が必要なケー
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5年後に後悔しない!成長する教師であるために,必要な思考法!

思考法①「精神と時の部屋理論」学級経営や学習指導,生徒指導など,どんな時でも「自身の軸がブレることなく最善の判断ができる,良い状態を維持することを最優先しよう‼️」という考え方です。(♯ドラゴンボールで,悟空がセルゲーム前に教えてくれたヤツです!) 良い学級を作りたい,良い授業がしたいと思うのは素晴らしい事です(♯そこは大前提‼️)しかし,どちらも必ず明確な根拠があって成立すること,知識や技術が伴っていないと,背伸びをしても自分が今持っている以上の結果は出せないことを自覚する必要があります。教育にラッキーパンチはない‼️(♯もっと早く知りたかった・・・背伸びし続けた若手時代を嘆く。周りにすごい先生がいると,自分もイケてる感出したくなっちゃう!) それならば,瞬発力ではなく,持久力。短期的ではなく,長期的。一時的に10の力を出そうとするのではなく,常に8の力を出し続ける状態をキープすることに力を入れる。全体の質が上がれば,自ずと一つ一つの判断の質も少しずつ上がるはず‼️仕事中も日常も,どんな些細な行動にも自分の判断基準を明確にする習慣を作る。何気ない判断も学びの場に変えながら,貪欲に学び続けている状態でいる。それが,5年後10年後の自分に繋がっていくはずです!思考法②「クリリン理論」20点を叩き出すことをはじめから目指さず,長期的に平均80点を取り続けることを目標とする考え方です。えっ⁉️手を抜いてええんですか⁉️そういう意味ではなくて,「80点でいい」ではなくて,「長期的に平均80点」目指すということ80点でいい・・・・と聞くと,手を抜いている感じがするので,言葉を変えます。「
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教育を通して、大切にしていること

きんちゃんです。今回は、ちょっとしたつぶやきを…普段から、自分自身が社会教育・学校教育に携わり、常に子ども達に伝えていきたい想いについて若い頃は、【たのしい!!】だけで、いろんなところ、いろんなキャンプに参加してきました。グループリーダーがやっぱり好きで、いろんな子ども達と関わること、一緒に何かをやっていくこと、いつも本気で子ども達と向き合っていたと思います。そして、ほどほど時が経ち、今ではそうした若手を育成する立場に…でも、それはそれですごくやりがいがあり楽しいです。しかし、仕事でやっていくには楽しいだけでは通用しません。何を目指して、どんなスタイルで、何をしていくのかを明確にしていくことが求められます。これは、フリーで仕事をされている人も同じかと思います。会計士、コンサル、司法書士、旅行会社などフリーでされていて得意な分野があり、どんな方法が主で、どんなことができるのか明確になっていないと、クライアントさんも見つかりません。年々できることも増え、考え方も成熟して少しずつは変わっていくこともありますが、概ね方向は変わっていません。  【 目指している未来 】子ども達が楽しく、本気で頑張れる社会を目指すそのためには、子ども時代を楽しく、本気で頑張る経験で溢れさせる必要があります。学校叱り、家庭叱り、余暇叱り…まずは、自分ができる【楽しく、本気で頑張れる場所】を作り、【楽しく、本気で頑張れる自分】であること。世界平和などと言いたいところですが、最終的にはそこにつながればいいと思っていますが、何よりも足元をしっかりと固めていく。子ども達が元気な国は、将来安泰だと思っています。コロナ
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教師としてのやりがいと、働き方改革

担任業務、部活動指導、分掌や委員会、保護者対応、ICT活用準備、地域との連携、研修会。授業準備以外にも数多くある学校の先生の仕事のせいで、授業準備も終わっていないのに定時を過ぎ、まだまだ仕事は山積み、なんて日は珍しくないでしょう。でも、そんな毎日に、心をぎゅっと鷲掴みにされるようで同時に優しく抱きしめられるような、そんな温かな幸せを感じる瞬間があります。生徒と、心でつながった瞬間です。それが起こるのは、一生懸命生徒の話に耳を傾け、決して否定せずに受容し、学校のためでも親のためでもないその子にとっての一番いい方法を考え続けた後かもしれませんし、自分に反抗してくる生徒に心折れそうになりつつも、自分のことよりその生徒の幸せを願い、自分を奮い立たせてまた立ち向かった後かもしれませんし、1対40としての担任ではなく、1対1×40という考えでひとりひとりを愛し、同時に団体や仲間としてのクラスをも厳しく優しく愛しぬいた後かもしれません。 そんな努力の末に心でつながることができたら、私たち教師はその証拠として、素晴らしい瞬間を感じることができま普段から様々な場面から生徒の表情を見て、その子のことを理解して、ひとりの人間としてしっかり接してきたからこそ感じる、その子の心の扉が開く瞬間。それまで、「だれも分かってくれない」「どうせ大人は良い子が好き」などという思いで閉ざされていたその子の心の氷が解け、本来のあるべき自分としてそこに存在していたその子自身が、「やっと見つけてくれた」と泣いて喜ぶように甘えを見せ始める瞬間。それは、大人や環境がその子に強いてきた「重荷」を、やっとおろしてあげたということ
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あなたの HERO

毎日、長い時間を子供と過ごす学級担任は、ともすると「自分が気に入らない行動」に目が行きがちになります。いきおい、「指摘」や「注意」する「指導」が増え、「ほめる」という「指導」が足りなくなります。私たちも人間ですから、仕方がない面もあります。けれども、私たちは「先生」です。「教え育てるプロ」となることを志してその職を選びました。目立った「善行」はしていなくとも、毎日、当たり前のことを当たり前に繰り返して、あなたのクラスに通っている子はたくさんいます。私たちはその普通の子たちを「見つけ」「認め」て「声をかけ」、「ぼくは、私は認められている」「先生は見てくれている」と実感させねばなりません。授業中「普通に」学習に取組めている子の脇を素通りせず、「やっているね」「そこまで進めたんだね」と声をかけてはどうでしょう。「いいね」「素晴らしい」「よくできたね」は、ほめることではなく「評価」として子どもに伝わります。「ほめること」は「認めること」に近いです。今日ちょっと「ほめて」見ませんか。
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最高の「上司の心得」 6か条

部下を徹底的に好きになる 解決するより、やる気にさせる 部下を信じ、自分が変わる 動じない、いつでもそばにいる 自らの生き方で感動を与える あらゆる困難を出番に変える=========-まとめ- 人を育てる者に「信念」がなければ、人を導くことはできない。 人は、好きでもない相手のことを育てることは、難しい。 だから、相手のことを好きになる!と最初から決めてしまおう。 好きな相手には、何だってできる。 相手を楽にしたいと思うあまり、何でもやってしまう人がいる。 それは、相手が自ら変わっていく力を逆に奪っているといえる。 相手が、依存してしまう。相手をやる気にさせるのが、人を育てる者の本当の仕事なのだ。 相手のことを信じることで、自らの力で相手は成長していく。 相手を信じられない自分を恥じ、自分が変わる努力が必要である。 人は、動じない人に人望を寄せる。 想定外のことが起きても、相手を守る!という強い意志をもち、 いつもそばにいることで、相手は心から安心することができる。 人を育てる者は、あらゆる困難を自分の出番に変える気概をもつ。 その晴れ晴れとした生き方が、相手に感動を与え、相手を動かす。 壁に貼って覚えておこう!
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今の時代こそ、「熱い心」と「強い想い」のある教育を

今の時代こそ、「熱い心」と「強い想い」のある教育を ―本当に大切なことは何ですか?―学校はサービス業ではありません。 心を育み、人の成長に関わる大切な「学び舎」です。 単にモノを売ったり、サービスを提供する場所ではなく、人生を豊かに幸せに生きるために通う母校です。 「欲しいモノ」や「心地よいサービス」を「買う」のではなく、きついこと、つらいこと、苦手なこと、嫌なことを失敗や試行錯誤しながらがんばって乗り越え、友人や恩師と共に自分自身が成長していく場なのです。 学校を間違った方向に導こうとしている大人、その方向性に便乗している大人、「何かおかしい」と思いながら気づかないフリをしている大人、「時代だから」と流されている大人、そんな中で私たちはきちんと子どもたちのことを考えていきませんか? 一緒にがんばりましょう! 人生は学びと心と時間が大事 心のわかる教育アドバイザー 岩下敦哉
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このタイトルは難しい

他人に頼らせない。もっと頑張らなきゃ。努力しなくちゃ。辛くてもだれにも相談させない。行政も政治も困っている人の話は聞かないで金持ちからお話を聞いて政策課題とする。選挙資金恵んでくれるから。貧乏人はめんどくさいから。弱音を吐くな。努力しろ。いい点数取っていい大学へ入れ。生活保護申請してきた30代母と1歳児の子供のいる親子に、死ねといった自治体もあったそうだ。私が生きているのはなんか社会に対して申し訳ない。国も自治体も困窮している人にそう思わせて逃げ場を断っているそれは明治の初めからの学校教育、国の政策、自治体運営がそうだったので、いじめは増長するし行政は棄民だし、この国は国民の方を相変わらず向いていない。あらゆる場面で政府に頼らせない棄民政策。貧乏だったり、歯車になれなかったり、社会から脱落したやつはどしどし棄民していく。今度のワクチンだって、就職氷河期のひとには55歳くらいで死ぬ謎の薬がワクチンとしてすり替えられているかもしれない。55歳でコンビニや期間工で退職しても次の仕事がないので国は先手を打って朝寝床で冷たくなっているようにしている。2000万人くらいがいなくなっても中国から優秀な若者を2000万人入れれば済む話だよねと。おんなじことが言える満州に移民させて、ソ連が攻めてきたら真っ先に満鉄と官僚と軍人は逃げて国民を置いてきた。上場会社で給料1千万くらいの人がリストラされて住民税150万円位の請求が来たが、やいのやいの今すぐ払えと言ってくる。住民よりも税収が大事。そんで、75歳のぼけ爺さんあいてにプログラミングを教える事業を嬉々として年間60億円くらい出している某自治体。そ
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2022年はじまりました~‼ 初仕事・・・☘

2022年1月5日(水)皆様! 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今年のお正月は…ほとんど外に出かけることもなく、家族とずーと家にこもりでのんびりとしたお正月でした。 (^^♪さて、そうそうのんびりしてはいられない・・・(・・;)明日と明後日は、12月から1ヶ月勤務した小学校の出勤日。でも、まだ子供達は冬休み中だし、先生方もほとんど休暇‼私の場合、休みの調整で6日・7日は出勤になりました・・・(~_~;)(そのあたりの仕組みは…???ちょっと謎…⁉)7日(金)で私の1ヶ月の小学校での仕事はいよいよ終了です。(2日間 9:00~15:00まではツライわ~・・・^_^;)・・・正月休みを楽しんでいたら、もう1月5日 (◎_◎;)・・・ようやく腰を上げ、昨日からたまっていた楽譜作り開始しました~‼(スミマセン・・・写真が逆さまですm(__)m)昨年勤務していた小学校で、音楽専科でお世話になった先生からの依頼♪♪~「10才のありがとう」という曲を、連弾用にして欲しい~とのことで、昨日・今日と久しぶりにアレンジ頑張ったー ♡♡(昨年の卒業式に入場・退場・校歌をアレンジして2人で連弾しました~‼)あと、マーチングバンド部のアレンジもやらなければ・・・(-"-;A ...アセアセ来週からは、フリーに戻ります!!いよいよ、スクールカウンセラー募集が始まるかな・・・。2021年は、全国で悲しいいじめの事件がいろいろ起こってしまったし、相変わらず、学校や教育委員会は波風を立てないように隠蔽しているところが多いようだし・・・(~_~;)※今回経験した支援学級・1昨年経験した
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本来は学校が教えるべきこと、など

コロナのせいにしている人がテレビに出ていました。教育の格差が・・・という感じでした。内容を少し見ました。すると、その人の子は、家で「ゲームばかりしている」、だから教育格差が開く、という主張をしていました。私は呆れました。この人、コロナの検査ではなく、脳の検査を受けたほうが良いと感じました。学校に行かないから、ゲームをしているんだ、学校が悪い、という主張が出る脳の構造を解明することが、必要と思いました。教育とは、学び方を教えること、です。学ぶことは、強制されることではありません。学びたいから学ぶ、べきです。その学びたいと思ったときに、無駄を減らし、効率よく学べるように「手助け」をすることが、本来の学校の仕事と私は考えます。ゲームしているかどうか、は本人の「出来」の問題です。教育の格差ではありません。時間をゲームに充てた、というだけです。同じ時間を「自ら学ぶかどうか」の差、です。これは格差ではありません。努力と学ぶ姿勢の差、です。遺伝の影響が少なくとも半数はあります。すると、この子の姿は親の姿とも言えます。自分が「アホ」であることを、テレビで伝えていることと同義です。恥ずかしくないのでしょうか。学校で教わる、という姿勢を改めろ、ということもコロナの教えと思います。テキストも、今は電子化が可能です。タブレット等で余裕で閲覧できます。持ち運ぶことが教育や学ぶことではありません。むしろ複数の端末を設置したほうが、効率が良いと思います。教科書の費用の大幅な削減が可能です。物理的には紙が減ります。不要になってきます。同じ時間に一律に下手な授業を受けることは、私は苦痛でした。いちいち言われなく
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占ってみた 学校教育から部活動の場はなくなるか

こんにちは南仙台の父です。少子化だけでなく、労働環境の変化など社会が大きく変わる中で学校教育の場も変化が生じています。近年は部活動の見直しなどもあって外部に委託する流れも出ています。また、指導の行き過ぎやいじめの問題など、部活動内部の環境体質にも問題が生じています。教員志望者数も減る中で辞めていく教員も多く、未資格者による授業の実態まで進んできました。そもそもの部外活動である部活動についても地域クラブへの移行を目指す動きもある中で、学校教育から部活動の場がなくなってしまうのかを占ってみました。写真は鑑定の結果となります。左側が結果、右側が環境条件となります。まず結果ですが節制のカードの逆位置が出ています。節制のカードの逆位置は浪費や消耗、無神経や思いやりのなさといった意味があります。現実的にこれまでの日本の教育システムの中で機能されていた部活動の仕組みを維持することが困難なことを意味します。また、教育体制自体も揺らぐ中で少子化による学校経営の問題は公私立に関わらず出ています。特に地方では少子化が一気に進むことになり、経営の立ちいかない学校もさらに増えていきます。また、地方にあえて籍を置く教員数も激減する形になり、部活動はおろか学校を維持することも困難な状況に入ります。部活動というよりも学校を維持することをどう考えるかに問題が先に行ってしまうため、部活動は学校の命運とともに尽きる形になります。また、部活動のそもそもの在り方や指導や内部体質の問題もある中で、今のやり方を維持することも難しく、学校とは切り離した形での運営に移行せざるを得ないのが実態です。すぐにすべてがなくなるというこ
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物事の本質に迫ろう

『荀子』勧学篇に「高山に登らざれば,天の高きを知らず。深谿幽谷に臨まざれば、地の厚きを知らず」という言葉があります。 今回は、「何故学ぶのか」ということを確認してみます。  よく学校での勉強を「実社会では役に立たない」と軽視することがあります。確かに教科の内容そのものが社会生活の役に立つということは、少ないでしょう。しかし、我々は生きて行く上で常に「判断」を求められています。正しい判断を下し続けることによって、より豊かな社会生活を送ることができるはずです。この「判断」の基となるのが「知識」とその「使い方」ということになります。受験科目であるかどうかに関らず、学校で学ぶ内容は大切なものばかりです。どの教科でも本質迫ろうとする気迫を持って授業に臨んで学習して下さい。知らないことはわからないのであって、その世界のことを理解することはできません。視野を広げて初めて見える世界のあることを忘れずに日々を送って下さい。  
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頭で分かっているだけでは習得できないこと

学校の勉強はとにかく知識を増やすこと。覚えることです。その習慣ができているので、学校では、たくさん知識を覚えた方がテストもできるし、いわゆる「できる人」になります。ですが、世の中には知識だけあってもダメなこともあります。例えばスポーツで、どんなに良いフォームやうまい技を頭で知っていても、それを体現できなければ習得できません。人間関係においても「こうすれば人に好かれる」というノウハウを知っていても実際に話かけなければ人間関係は向上しないでしょう。お金でも「こうすれば儲かる」と分かっていても腰が重たくなります。わたしたちは学校の教育の過程で「知識を増やすこと」に重点をおきすぎて、頭で分かっていることで良し、とするクセがあります。以前、とある社長さんがわたしの講演を最前列でうなずきながら聞いてくれていました。終わった後に「社長さんはわたしの話、もう知っているんじゃないですか?」と聞くと「分かったつもりで分かってないのが人間です。知識を腑に落とすまで、それを実践できるまでは分かったとはいえません。」と教えてくれました。知識を増やすことも重要です。それをなるべく体感に落とし込むまでやってみてください。そうすれば、本当の意味で習得できるはずです。
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学校の今と昔

昭和生まれの私子ども時代は学校の先生の存在は絶対だったいたずらをすれば 廊下に立たされたし 忘れ物をすれば 長い物差しでお尻をたたかれた親の言うことを聞かなければ「学校の先生に言うよ!」と言われ子ども心に怯えたのもである学校の先生が自己肯定のために恐怖で子どもたちを 押さえつけていたのではなく 子どもは「先生の言うことが正しい」と思っていたし保護者も先生を信頼していたからだ白黒写真の学年記念写真にはまだまだ未熟な幼い同級生が時にすごく恐ろしかった担任の先生と笑顔で並んでいるあの時代は若い教師でも全部の先生方が信頼すべき先生であったやんちゃ坊主だった隣のAくんも今は立派な会社経営者になっている当時の教育は良く言えば「社会性を身につける教育」が中心で子どもたちの個性は重要視されず共通の価値観を持つように指導された小学校の時の担任の先生がテストの平均点を発表するときに「Aくんを除くと65点」「Aくんを入れると60点」などと、今では考えられないような発言もしていたそんな発言をする教師も担任に持ってもらいたい№1だったし差別的な扱いをされていたAくんでさえその教師が大好きだったしその子の親でさえも子どもの事から、家庭の事までなんでも相談していた先生と保護者の中に絶大な信頼関係があったのだ今は価値観はそれぞれ個々のものとなり「個性」の方が重要視され学校は教育を提供する「サービス業」になってしまった職員室では電話にペコペコ頭を下げる教師の姿もよく目撃するようになった
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【閲覧注意】学校の先生の裏側(教科編)【ブラック】

こんにちは。とはるめです。この名に意味はありません。わたしは以前、私立中高一貫校で学校の先生をやっていました。ちなみに母校だったので、恩師が先輩ということもざらにありました。教科は国語。中1の読解から、高3の漢文まで、なんでもやっていました。担当クラスの決め方はいたってシンプル。年度末に教科会議があります。そこで、来年度担当したいクラスの希望を出し合って調整していきます。(あくまでうちの学校のやり方です)先にも申し上げた通り、わたしの勤務していた学校は私立の学校だったので、学校を移るということはありません。なので、長みたいな人がもうゴロゴロいらっしゃるわけです。その人たちが、「高1の古典やりたいなあ」なんて言ったらもう……従わざるを得ません。わたしだって……高1の古典やりたかったよっ……!!(教えるのが簡単なので)そうやって、ずっと若手だったわたしは、残り物をありがたくいただいていました。その残り物というのも、大体は高3の現代文。受験対策をしなければならないから、高度な文章を解説できるようにしなければならない上に、推薦を狙っている生徒たちの小論文指導も漏れなくついてきます。細部に至るまでの授業準備や膨大な小論文添削で、業務量は他の追随を許しません。そうやって、何年も高3の現代文を持たされt、失礼、持たせていただいたために、どうやら現代文を読むコツや、小論文を書くコツを的確に把握していきました。「なるほど、受験生といえど、現代文わかってないな?わかってないのにわかったような顔してんな?」といった具合。そこからはすごかった。高校時代の恩師(同じ国語科)に、「とはるめさんは、高3現代
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教育で悩んでいる方へ こどもを放っておいても大丈夫です

つきはです。新学期になり不安と期待で過ごされている方もいらっしゃると思います。もしかしたら、学校に行きたくないお子さんがいる方や学校は行っているけれどもっと教育に力を入れたい方がいらっしゃるかもしれません。今日はそんな方に、こどもに対して親ができることを書きます♪例えばもしお子さんが不登校になったら…どうしますか?何も言わず放っておける方は少ないと思います。何かしら悩まれる方が多いと思いますが、そんな方は、なぜ学校に行ったほうがいいのか考えてみて下さい。教育やしつけをする理由はなんですか?ご自分に聞いてみて下さい。こどもの将来のために、とか周りがやっているからとかでしょうか。宇宙の法則的には良い気分が真実です。その理由は、良い気分ですか?周りの目が気になって…とか自分みたいにならないように、あの人みたいにならないように。未来の不安は、考えようとすれば無限に出てきますね。不安から言っていることや行動することは不安な世界観の中に入っていくことなので不安な現実になっていきます。また、こどももそんな親を見ています。まだ言葉を全部は理解できない年でも感情は伝わっています。なぜ、これをするのが大事なのか、を理解して行動しているのではなく親の顔色を見て行動していませんか。小さい子はそれでコントロールできるかもしれません。でも、大きくなってくると怒りや反発心が出てくるかもしれません。実は、怒りは「自分に力がない」と思っているより良い状態です。何かに対して怒ることは「これはイヤだ」と分かっているということです。そこから本当はどうしたいのか、お子さん自身が気づいていけたらいいですね。お子さん自身が
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「学年だよりに書いたのに…」「これって手紙出したよね?」

「学年だよりに書いたのに…」「これって手紙出したよね?」職員室でよく耳にしました。みなさんの学校でも「学級だより」「学年だより」「学校だより」を発行されていることでしょう。書いたはずのこと、読んでいてほしいことが伝わっていない。そんなことが多いのではないでしょうか?「見出し」しか読まれない?上:実際の放映画面※1      下:「おたより」に良く見られる見出し 上の図は、朝のニュース番組の画面です。上がその日に実際に放送された画面。下は学校や教育委員会からの文書に良く見られる言葉に変更してあります。上は見出しを読んだだけで、「何を」伝えるのかがわかるよう、文章や言葉が工夫されているのがわかります。読むか読まないかは一瞬できまる広告の父といわれる「D・オグルヴィ」(1911~1999英)によれば「見出しを読む人は、内容を読む人の5倍である」そうです。言い換えれば、「見出し」で、読むか読まないかが一瞬で判断されているということです。広告とは違って、学校からの「おたより」ですから、保護者のみなさんにはそのまま当てはまらないかもしれません。けれども、確実に伝えたいのなら「読んでもらえる」努力や「わかりやすくする」工夫が必要だと考えています。見出しをちょっと工夫して「伝わるおたより」にアップデート!「学年だよりに書いたのに…」「これって手紙出したよね?」もう終わりにしましょう。
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やさしい > ただしい

「子どもがけがをしました」「連絡帳にこんなことが書いてありました。どうしましょ。」「先生」には、時間や場所、経験や立場に関係なく、さまざまなことに瞬時に対応が求められます。そのために必要なのは「技術」や「知識」ではありません。「原理・原則」といえる一つのことだけです。「先生、けがをしました」「先生◇◇が横入りしました」〝先生、うちの子が不審者に追いかけられました。〝〝うちの子が昨日の帰り道に○○君に叩かれました。〝「先生!」「せんせい」「センセー」・・・子どもたちの訴えや、保護者からの報告や要望は、こちらの都合に関係なく、突然でさまざまです。その時に「なに」を「どう」対応すればよいのか、すべてのケースに対して、けがの時はこう、不審者の時はこうと「丸暗記」はできません。的確に判断し、対応しているベテランの先生たちも、すべてを覚えているわけではありません。このような時に私たちに求められているのは「正しさ」よりも「やさしさ」です。ご自身のお子さん、あるいは歳の離れた兄弟、また甥っ子、姪っ子が泣いていたら、まず何と声を掛けますか。「大丈夫」「どうしたの」という言葉が、考えなくとも出てきませんか。間違っても「訳を説明しなさい」「まず、クラスと名前を言いましょう」などという言葉は出てきませんよね。不審者にあったのなら「大丈夫か」「けがはしなかったか」とことばがでてくるはず。それから、「何があった。」「どこで、いつ」など、「先生」として聞かなければならないことは、その子を心配する気持ちがあれば、自然に出てくるものです。「心配」という言葉は、心を配ると書きます。縁があって同じ学校で過ごす子ども
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「PTA、父母会を理解しよう」①初心者編~PTA・父母会とは~

子供が保育園、幼稚園、小学校に上がると、待っているのは父母会そしてPTA。子供を持つ親ならば、誰もが通る道です。どんなことをするの?大変そう・・・。私にできるかしら?心配や不安が募りますね。心配や不安は、よく知らないから起きてくる感情です。どんなものかを知ることができれば心の準備ができたり、対策を考えることもできると思います。保護者の皆さんの不安やお悩みを少しでも解消できるようにブログを立ち上げました。また、すでにPTAの役員になっている方、改革を検討されている方もご参考になると思います。では、初心者編スタート!【1.PTAとは】①小学校、中学校、高校などにおいて、子供たちのために 学校ごとに保護者と教職員によって組織された団体です。②PTAとは P:父母 T:教師 A:団体 の略です。 児童は支援対象であり、PTA会員ではありません。③活動の目的は 父母などの保護者と教師が協力し 地域や学校での児童・生徒の成長と幸福のための 諸活動を行うことです。④組織の構成単位と自主性について 各学校単位に組織され、自主的に運営される、子供の教育のための 支援団体です。【2.父母会・保護者会】①保育園、幼稚園、児童館、スポーツ少年団、スポーツチーム(野球、バスケット、サッカーなど)、その他子供が集まる団体活動において、その団体に所属する子供の保護者によって組織されるのが父母会や保護者会です。PTAとの違いは、教員やコーチは含まれず、保護者のみで組織された団体のことです。②活動の目的は、所属する子供の保護者が団結して協力しあい子供の教育や学びのために諸活動を行うことです。【ポイント PTAも
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学校教育とは何か?

✅はじめに  皆さん、こんにちわ。合格サポーターの佐々英流(ササエル)です。今回は、『女王まりか』さんの記事に取り上げられていた疑問について、考えてみたいと思います。  『女王まりか』さんは、自ら女王を名乗っておられます。といっても、本当の女王ではありません。アラビア語で女王のことを、『まりか』というのです。ん、そもそも、名前が『女王』なんですね。  ササエルは、受験生に試験問題の解き方をお伝えするサポートをしています。ですが、試験問題を作問する側に回ったことはありません。その点、『女王まりか』さんは、理科の学校教材を校正されており、私とは異なる立場から、非常に有益な気づきを与えてくれる有難い方なのです。✅フェノールフタレイン溶液の色  その『女王まりか』さんが、記事の中で疑問として取り上げられてるのが、フェノーフタレイン溶液の色です。フェノーフタレイン溶液は、pH指示薬で、酸性、中性では無色ですが、アルカリ性で赤色に変色します。ですが、赤にも色々ありますね。リアルな色は、赤紫に近い色なんです。  そして、事件は、彼女が中学生の時におきました。『この指示薬が、変色した時の色が何色か』という問題に、『女王まりか』さんは、見た目の通りに『赤紫色』と書き、不正解扱いとなってしまったのです。  これに対し、彼女が先生に猛抗議したところ、帰ってきた言葉はこうでした。  「教科書色と実際の色は違う! 赤紫の方が現物に近くても、教科書に赤と書いてあったら赤なんだ!」                    『女王まりか』さんの記事より これは、実に興味深い言葉です。この言葉の意味を探ってみまし
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人は誰でも子供だったはずなのに。

人は誰でも子供だったはずなのに。大人になると、親になると、その頃の気持ちは忘れてしまうのか、それとも子供の頃の自分と比較して優劣をつけるのか、何で上から目線で価値観を押し付けるようになるんだろう。大人が大嫌いだった子供の頃。学校教育では周りと同じように、みんなと同じように勉強して、同じように成長していれば安心され、正しいとされる。少しでも周りと違う行動をすれば、右向け右で正される。こうあるべき。なのに、社会人になると、個人の意見を求められる。隣の人の意見と同じこと言っても採用されない。「君の意見は?」「秀でたものを求めてる」「周りの真似は必要ない」「既出してるアイディアは無意味」「差別化が大事」いや、そんな教育受けてないけど。周りと同じであれば親も先生も安心していたけど。自分なりの何かなんて必要ないと言われて育ってきたけど。社会に必要とされる人間としての教育とは?何も腑に落ちない大人の発言。それでいて「みんな違ってみんないい」とか。キレイごと以外のなにものでもない。じゃあ何で否定するの?周りと違うと何で不安に思われるの?私は自分の子には思う存分、個性を発揮してほしいと思って育ててます。もちろん協調性は大事。それは周りへの配慮だったり思いやりだったり。個性とはまた別の話だと思っています。周りと違う価値観だから間違っているとか、自分は変わっているんだとか、そんなこと思う必要なくて、むしろ素晴らしいもの。自分なりに色々なことを感じて、決めて、行動する。親として、自分の経験からアドバイスできることはたくさんする。でもそれは押し付けてはいけなくて、その上で、自分で考えて行動してほしい。周
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考えること・考えさせること

「人間は考える葦である」  私の大好きな言葉です。この言葉は、多くの方がご存じだと思います。17世紀のフランスの思想家パスカルの言葉や文章を集めた「パンセ」の中に出てくる言葉です。私の読んだ本の中には、この言葉について、次のようなことが書かれていました。 「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である」・「人間の尊厳のすべては、考えることのなかにある」・ 「考えが、人間の偉大さをつくる」  本当にそう思います。「考える」こと、そして「考える」習慣を付けることは、子どもを育てるうえで、とても重要なことだと思います。  自分が小学校の担任だったころ、子どもにもしょっちゅう「自分で考えなさい」ということを口癖のように言っていました。私のクラスの子どもたちが、お楽しみ会で、ジェスチャーゲームをやり、人差し指で、頭を2,3回たたく仕草をすると、全員が「〇〇先生!(私の名前)」といいました。それぐらいに度々そのポーズを子どもの前でしていました。  「今、何をする時間なのか」「自分のした行動が正しかったのか」「自分はどうするべきなのか」「なぜ、そう思うのか」自分で考えることを要求してきました。  今の子どもたちの弱い部分は、この部分だと感じています。物事をあまり深く考える習慣付けがされていません。今、学校教育の在り方が大きく変わり、自分で考える力の育成が叫ばれています。ですが、これは簡単に育つような力ではありません。また、自分一人だけで育っていくものでもありません。一緒に寄り添い、伴走者のように考えてくれる、話してくれる「特別な他者」が必要です。  
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先生!昼休みに、T君とS君が…

マーボ先生!昼休みに、T君とS君が、はじめは鬼ごっこを仲良く遊んでいたのですが、T君が一回タッチしても鬼にはならないんだよと言い出して、S君とM君がそんなの聞いてないといったので、T君がぶって、S君がそれでも他の大勢と一緒に言い続けたので、T君が泣いています。S君は目の下にけがをして保健室で泣いています。このように、報告を受けたことがあります。S君が、目の下(首よりも上のケガ)をしているのですが、最後まで聞かなければわかりません。この事例では、S君のけがの程度や処置を優先しなければなりません。けれども、この話し方では、重要な情報の伝達が最後になり、しかもぼやけてしまいます。では、どのように話せばよいのでしょうか。マーボ先生。ケガの報告です。今日、昼休みに、〇年〇組のS君が、目の下にケガをして、保健室で処置を受けています。出血、変形、変色は見られません。保護者には連絡済です。原因はM君に殴られたことのようです。鬼ごっこのルールで口論になったとのことです。この報告を受けている側は、・けがの報告であること・〇年〇組のS君が、目の下にケガをしていること・保健室で処置されていること・ケガの状況・保護者への連絡・原因・要因の順に把握することができます。 わかりやすく話をするには、聞き手の状況を想像してまず 「なんの話なのか」つぎに「いつ」「どこで」そして「誰が」「どうした」さらに「どう対応したのか」。 の順ではなすことが必要です。 何の話なのか分からないまま、じっと話を聞くのはつらいですよね。落語のように、「落ち」を期待して聞く場合でもない限り何の話なのか、はじめに聞き手に伝える必要があり
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学校でのできごと 「子供の宿題わすれ あなたなら どうする?」

学校でのできごと 「子供の宿題わすれ あなたなら どうする?」  一部創作したある学級のできごとです。 あなたが、その学級の子どもの母親(父親)だったらどう思いますか。同僚ならどう思いますか。 設定はこうです。 宿題の提出がない小学校1年生のA子さんがいました。 朝の学活の時間のことです。 担任は、宿題が出ていないA子さんのところに行き、机の中を探すように言います。 A子さんの机のボックスの一番下から宿題のプリントがでできました。 ここで質問です。 あなたなら何というでしょうか。 考えてみてください。 担任の先生は、「わざと机の一番下に入れたでしょう。そうでしょう」と言いました。 A子さんは無言です。 担任の先生は、「ずるはいけません」と言いました。 学級の児童全員が聞いていました。 さて、あなたの考えと、担任の先生が言った言葉は同じでしたか。違いましたか。 実は、似たようなできごとが現実にありました。保護者の方から、お子さんを通じて話がある場合もありましたし、教室訪問でたまたま出くわしたこともありました。   私だったら、どう話すかという問答集にしてみました。 私「A子さん。宿題が出ていないけどどうしましたか。」 A子「宿題のプリントがなかったのでできませんでした」 私「そうでしたか。もしかしたら机の中にわすれてしまったかもしれませんから、中を調べてみませんか」 A子「机の一番下にありました。」 私「よかったですね。その宿題どうしましょうか。」 A子「休み時間にやります」 私「それでは、先生も一緒に付き合いますね。」 私「(学級全員の子供たちにも向かって)A子さんは、宿題がで
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doing , having / Being

doing (行動)having (結果)ー------being (存在)存在とその行動やその結果は、別物なにがあったからなにができたからなにがあるからなにがないからなにができたからなにができなかったからではなくBeing(存在)にはなにも問題もなくなにも影響がないことを思い出してみましょう存在には命には優劣も評価もなにもないのです学校教育ではdoing(行動)having(結果)を求められます意識していないとBeing(存在)の部分っておろそかになりやすいところほっと一息つける余白を作ってみましょうね(^^♪
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ご縁に感謝

今日は少し肌寒かったような気がします。日差しもあまりありませんでしたし、午前中は風も少し強かったですからね。 さて、今日は午前中に子どもたちの買い物を済ませ、午後は楽しみにしていたNPO法人ROJE主催の五月祭教育フォーラム2022【学校教育だけでは終わらない〜日常に新たな学びを!〜】という東大の五月祭で開催されたフォーラムをオンラインで拝見させていただきました。 Twitterでフォローしていただいて知ったのですが、このご縁に感謝でした。本当に学ぶことの多いフォーラムでした。 また少しずつご紹介できればと思っております。 それではたっぷり充電して、来週に備えましょう。
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分数のわり算はなぜ逆数を考えるのか

よくある計算問題。 1/5÷3/2= 皆さんはどうやって計算しているだろうか? おそらくほとんどの方は =1/5×2/3 とわる数を逆数にしてかけ算の形にし、 その後、分母と分母・分子と分子をそれぞれかけ算する、というやり方でやっているのではないだろうか。 ではなぜ、わる方の分数を逆数にしてかけなければならないのか、納得のいく説明ができるだろうか? もう一度わり算の原点に戻ってみる。 小学校で使われている標準的な教科書にはわり算の単元の初めには大体このような問題が書いてある。 「クッキーが12個あります。3人で同じ数ずつ分けると、1人分は何個?」 これが12÷3というわり算への導入になっている。 この「○個のものを□人で分ける」という考え方が非常に重要。 これは「○個が□人分」というように解釈ができる。 出てくる答えは「1人分」ということだ。 これは分数のわり算であっても同様。 2÷1/3は「2個が1/3人分」であることを意味している。 2個が1/3人分でしかないのだから、1人分を出すには2を3倍する(3/3人分にする!)必要がある。  では、冒頭の1/5÷3/2はどういう解釈になるのか。 当然この言い回しに沿うと「1/5個が3/2人分で、その時の1人分は?」という表現になる。 たとえるなら、ホールケーキの1/5が3/2人前(1.5人前)になっているのだ。(巨大!) 1人分を出すにはまず、その1/5を3でわって『1/2人分』を出す。 その後2倍して初めて1人分が出てくるのだ。 3でわって2倍するというのは3/2の逆数をかけることに他ならない。 これを
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「普通」という言葉に潜む危険性

授業中によくある風景。 生徒「この問題が間違えてて、どこが間違っているかわからないんですけど~」 講師「どういうやり方で解いたの?」 生徒「普通にやりました」 講師 (絶句) ここで使われている「普通」という言葉。 これは実は非常に怖い言葉である。 生徒はかなり無意識にこの言葉を発しているようで、 「普通って何?」と更に聞き返すと、そこで初めて具体的な説明を考えるのである。  つまり、とりあえずの返答として「普通」という言葉を使っている。 どういう切っ掛けでどういうルートでこの言葉が本人の中に浸透していくのかは定かではないのだが、 この言葉の毒され具合は決して低くない。  「ヤバい」という言葉と同じ様な『ヤバさ』を感じるのであるが、「ヤバい」ほど危険性が認識されてはいないことが余計に問題を深刻化させている。  普段「正確に物事を説明する」といった事や「自分の考えや意思を齟齬の無いように伝達する」ということは あまり意識されることは無い。  大人・子供にかかわらず日常生活の中では、話し手・聞き手が双方に(多少の「ズレ」があるにしても)共通認識を持っているので、 「主語・述語」や「てにをは」に当たる部分を省略しても十分伝わってしまうのだ。 言葉の意味を拡大して使っているので、広がった言葉の意味の中に双方の認識が含まれてしまうためだ。 しかし、それを学習に中に持ち込んでしまうと非常なマイナスになってしまう。 「どのような基準(考え方)」で「何」を「どういう手順」でやったのかを意識できないと 定着は図れない。 「普通」という言葉でそれらすべてが誤魔化されてしま
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理科的リテラシーとは何か

あるネット記事でこのようなものを見つけた。【数学苦手あるある!】数学が苦手だった人にしかわからない11のこと1. 解説を見ても、計算式が省略されすぎていて理解できない2. サイン・コサイン・タンジェントはただの呪文3. 点Pはなぜ動くのか4. この問題は飛ばそう。この問題も。これは最後にやろう。で振り出しに戻る5. リンゴを用意するなら、人数分用意してほしい6. 同時に家を出ない兄弟7. 頑張って解いた問題の答えが、明らかに非現実的で心配になる8. 歩いていた人が途中で乗る自転車の出所が気になる9. ルートとか二次関数とか、大人になって使うことなどないだろうと思っていた10. 池の周りを走るという意味不明な行動11. 詰まるところ、どこがわからないのかわからない(外部リンク禁止なので、興味のある方は検索してみてください)これのすべてについて語ることはしないのだが、3・5・6・8・10は本質的には同じ。 数学や理科は理解しようとする論理のみに焦点を絞り、物事を単純化して理解することを常道とする。 点Pが動くかどうかはその問題でターゲットにしている論理とは直接関係ない。 速さの概念が理解できるか、わり算をするとはなにか、関数とは…等を理解することが重要で、目の前に現出している状態や環境はハッキリ言って「眼中にない」。 つまり、現実的かどうかについて議論することは全くもって無意味なのである。 ターゲットにしている事、それ一点のみが重要でそれが感覚的に理解できる(点Pが動くかどうかは大した問題ではないと割り切れる)ことこそいわゆる「理科的リテラシー」なのである。
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子供の未来社会を自立して生きる力を育む

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上手なテストの受け方

入試に限らず、テスト形式で行われるものは「当日に勉強をしてはならない」。 テストの受け方が下手な人の典型は、テスト会場に着いても参考書や単語帳などを見ている人だ。 大人になっても資格試験などでテストを受けることがあるが、そのダメな行動を取っている人のなんと多いことか。 上手なテストの受け方を指南されてこなかったのだろう。 テスト範囲が極々限られていて瞬発力勝負の暗記モノならいざ知らず、 ほとんどの場合は前日までの勉強で実力は決まってしまっているので、当日にあがいても無駄。 参考書などを見るのは自分の不安感を煽り、かえって実力が出せない状態に陥りがちだ。 (アスリートの試合当日の行動を考えてみれば良い。 当日に『トレーニング』をしているアスリートなど見たことないはず) 仮に当日の勉強で100の実力が101になったとして(ありえないが)、その実力が80%しか出せなければ結果は80.8。 100の実力を90%発揮できれば結果は90だ。どちらがいいかは明白。 だから当日は、実力ができる限り発揮できるようにリラックスするなど、気持ちを上げる方向にエネルギーを費やすべきだ。 (「コンビニでおいしそうなスイーツを買う」とか「テストが終わったら美味しいものを食べに行こう」とか!) どうしてもやりたければ、知っていること・できることの確認程度にとどめておく。ちょっと意地悪なものの見方だが、周りを眺めて『参考書を開いてる人たちは勉強が足りていなかったんだな』とでも思っておこう。
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【ツーブロック禁止?】ブラック校則が生まれる背景とは?

ご覧いただきありがとうございます。むー助です。更新がだいぶ空いてしまいましたー。。。これからもよろしければ見てやってください!今日は話題になっている、都立高校の一部で髪型をツーブロックにすることが禁止されていることから、最近話題の【ブラック校則】の中でも身だしなみに関する事を中心に現場目線から述べていきたいと思います。※この話題は、個人の考え方が大きく反映されます。 読む方によっては、気分を害されるかもしれません。 この記事もあくまで個人の考えとして読んでくださいね。ブラック校則の例と現状・髪型はツーブロック禁止(編み込み、お団子ヘア、ポニーテール禁止なども)・下着の色指定(白のみとか)・スカートの長さが決められているなどなど、調べれば調べる程出てきますね。ツーブロック禁止が話題になっていますが、禁止の理由について「その理由といたしましては、外見等が原因で 事件や事故に遭うケースなどがございますため、 生徒を守る趣旨から定めているものでございます。」と議会で答弁しています。色々批判はありますが、私はあくまで議会用の答えだと感じています。それでは、現場ではどのような背景でこのような校則が生まれたのか考えてみます。ブラック校則が生まれる背景・原因【1】校則が持つ難しさによるもの【2】「公(学校)」が「私(個人)」に   口を出さざるを得ない世の中であると考えます。それぞれ具体的に書いていきます。【1】校則の持つ難しさによるもの要するに「どこで線引きをするか」ということです。黒がOUTで白がOKとすると、間のグレーの部分でどこで線を引くかが問題になります。これ以上はOUTでこれ以下は
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授業にこだわらず、柔軟な教育を

 コロナ禍に学校でオンライン授業が始まりましたが、急ごしらえなこともあり、アクシデントが絶えないようです。PC環境が自宅で用意できないという話をメディアで耳にします。Twitter検索ランキングの上位に、教育関連システムのダウンが挙がった日もありました。  先週のフジテレビの番組で『爆笑問題』の太田光さんが「オンライン授業にこだわらず、より柔軟な教育のあり方を模索してもよいのではないか」と話されており、考えたことがあります。 英語の授業は生徒を指名して英文を訳させ、他の生徒がそれを聴いている運びが通常ですが、各生徒が訳した英文を教師が添削した方が、読解力は伸びます。 これには大がかりな装置を準備しなくても、郵送かメールアドレスに宿題を送り込めば済むことです。 学校現場でこうした取り組みが進まないなら、若根塾が国語の作文や読解教育の一翼を担わせていただきます。 漢文も得意なので、できる範囲で相談に乗ります。
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