それ、教育のチャンスでは?

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みなさん、こんにちは。
あなたのこころの秘密基地、Shuureiです。

なんだかじめじめとした空気がただよってくる午後。
梅雨ですねぇ。
昨日、張りきって干した洗濯物が雨でびしょびしょになりました・・・。
わかります?このやりきれなさ(涙)
やった仕事が振り出しに戻るどころか、余計な手間がついてくるという。

家事ってこんなことばかりですよね。
洗った洗濯物はすぐに汚れて戻ってくる。
作ったお料理はすぐに食べられてなくなる。
きれいに掃き清めた玄関も、すぐに砂だらけ・・・

でも、考え方を変えると幸せいっぱいの仕事になったりもします。
洗った洗濯物は気持ちよく着てもらえる。
作ったお料理はみんなのお腹を満たしてあげられる。
きれいな玄関でみんなを迎えられる。
そこにはたくさんの喜びが隠れていたりするんですよね。

さぁ、今日も一日・・・もう夕方ですが、あと少し頑張っていきましょう♪



さて、今回は子供が話してくれた悲しいお話。

今では多くの公立の小中学校に設置されている支援クラス。
そこには、様々な障害を抱えたお子さんが在籍しています。
でも、学校によってそのカラーはまちまちで、良くも悪くも担当の先生次第なクラス運営となっていると思います。

その知的クラス(知的発達に遅れがある子のクラス)でたまに見かけるのが、怒りを覚えるくらい残念な先生。
自分のいらだちを暴言に変えて子供たちにぶつけているんです。
そんな先生が抱える児童・生徒は、大方が柔和なタイプで、ひどい言葉や乱暴な命令によって傷つけられてもなにもいいません。
親の訴えかけがあっても、クラス担当が変わることがないまま6年間が過ぎた例を私はみてきました。

そんな中、ある日こんなできごとがあったようです。
支援クラスに在籍している子供が部分的に参加する通常クラスを交流級と呼んだりします。
今回はこの交流級で起きたこと。

委員会や校外学習などのとりまとめ役を決める学活の授業。
この日は、後に開催される校内イベントの代表委員を決めていたそうです。
こういった話し合いは、小学校の高学年くらいから子供たちを中心に、先生は見学していることが多いんです。
学級委員が司会をして、立候補を募ります。
でも、なかなか出ないんですね、立候補。
だって、結構時間は取られるし面倒な仕事だったりするんですよね。
このときも、やはり立候補者はいなかったそうです。
クジにするのか、推薦を募るのか、みんながどうするどうするとざわついていたとき、

「じゃあ、ぼくがやるよ」

と、手をあげた子がいました。
支援クラスの子供です。
とたん、時が止まったように一瞬教室が静かになり、次の瞬間にはどこからともなく、

「やばいよやばいよ、だれかやれよ、お前やれ」

などという、非情で無責任な声が連鎖するようにあふれ、その後はじゃんけんで代表委員が決まったそうです。

娘はこの話の最後にいいました。

お母さん、こんなのおかしくない?
その子の気持ちはどうなるの?
でも、私はなにもいえなかった・・

見ていた担任の先生もなにもおっしゃることはなく、この授業はこれで終わったそうです。

ここには、たくさんの問題とたくさんの学びのチャンスがあったと思います。
たとえば、

世の中の理不尽さ
切なさ
他人への配慮
自己犠牲のこころ
集団での立ち位置
正義の采配の振り方
集団心理 etc…

そしてなにより、支援クラスが存在することによる子供たちのメリット

それは、情操教育のチャンスが非常に多いことだと思います。
クラスのみんながやりたくないといった仕事を、やるといった子供の気持ちをみんなで考えること。
たとえその子にできる仕事ではなかったとしても、どうすればよかったのか。
これが、集団でしかできない、とりあげるべき教育なんじゃないかと思うんです。

なにも発言されなかった担任の先生の思いはわかりません。
私が思うほど重要なことではなかったのか。
単に時間がなかったのか。

でも、教育の現場に無知なひとりのお母さんは、行くべき場所を失ってしまった支援クラスの子の社会奉仕の心と、この教育のチャンスをもったいないと思ったのでした。

もし、あなたのお子さんがこの話を持ってきたら、あなたならどうしますか?



今日も最後まで読んでくださりありがとうございました♪
あなたのこれからが、心穏やかでありますように☆
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