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すべてのブログから「#教養」タグの検索結果

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複雑な問題を解決するための力を身につける

廉清生織のブログの部屋へようこそリベラルアーツの教養により身につく力について思考力という観点から前回お話をさせていただきましたが今回はコンセプチュアルスキルとマインドセットについてお話をして参りますね。個人のキャリア形成において大きな強みとなる力を紹介していきますね1.テクニカルスキル テクニカルスキルは・・特定の職種や業界で必要とされる専門的な知識やスキルを指しています。これらは商品やサービスに関する知識・専門知識・業務スキルなどを含み・遂行する上で直接的に必要とされる能力です。これは専門教育や実務経験を通じて身に付けることができます。2.ヒューマンスキルヒューマンスキルは・・他者と効果的に協働し目標を達成するために必要な能力を指しています。リーダーシップ・コミュニケーション能力・プレゼンテーション能力・対人スキルなどが含まれます。 これらのスキルはチームワークやプロジェクト管理・顧客対応など様々な場面で活かすことができます。ヒューマンスキルは・・実践的な経験や研修を通じて向上させることができる能力です。3.コンセプチュアルスキルコンセプチュアルスキルは・・物事を広い視点から捉える能力を指しています。多面的な視野・柔軟性・受容性・好奇心・興味・多様性などが含まれます。 リベラルアーツ教育では・・文学・歴史・哲学・芸術など様々な分野の知識を学ぶことで・・コンセプチュアルスキルを養い教養を身に付けることができます。 このスキルは・・複雑な問題に対して創造的な解決策を見出すために不可欠であり変化の激しい現代社会において・・新たな価値を生み出すために重要な役割を果たすのです。4.マイ
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リベラルアーツとは?アイデンティティとリベラルアーツの必要性について

廉清生織のブログの部屋へようこそアイデンティティのお話をするうえで重要なキーワードとなるのがリベラルアーツですでは「リベラルアーツとは何なのか?」について話をしたいと思います。現代社会においてはAIやグローバル化の進展により単なる専門知識だけでは対応できない複雑な問題が増えていますね?そんな中…注目を集めているのが「リベラルアーツ(LIBERAL ARTS)」という学問体系です。 リベラルアーツとは・・自由になるための手段を意味するものであり哲学・文学・歴史・数学・自然科学など・・幅広い分野の知識を身につけることを目的としています。これは、まさに教養を身に付けるための理想的な方法といえるでしょう。 本記事ではリベラルアーツの意味や歴史的背景そして現代社会において教養を身に付けることが必要とされる理由や多角的な視点から物事を捉え・批判的に考える力を養うリベラルアーツ教育を通じて教養を身に付けることの重要性をここでは解説していきます。様々なご意見もあるとは思いますが参考になれば幸いです。リベラルアーツとは・・古代ギリシアや古代ローマで誕生した「自由人にふさわしい学芸」を意味する教育理念です。英語では  "liberal arts"・ラテン語では "artēs līberālēs" と表現され日本語では 「自由学芸」・「教養諸学」 学術的には「自由人の諸技術」とも呼ばれています。この概念は、教養を身に付けることの重要性を古くから認識していた証ともいえるでしょう。リベラルアーツの起源は・・古代ギリシア語の「テクネー」(技術知)および「エンキュクリオス・パイデイア」(円環的教養)にまで遡
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リベラルアーツを通じての教養が求められているのか?理由を探る

廉清生織のブログの部屋へようこそなぜリベラルアーツを通じて教養を身に付けることが今の時代に求められているのでしょうか?その理由を以下の4点から探って解説していきます。1. 複雑な問題を解決するための思考力 現代社会ではAIでは解決が難しい複雑な問題が増えています。 変化の激しいVUCAの時代においては世に溢れているフレームワークやビジネスモデルを使っても通用しないケースが多々あります。 専門分野の枠を超えた知識を結びつけ新たな解決策を生み出す力が求められます。リベラルアーツで培われる批判的思考力や創造力がイノベーションの源泉となるのです。2. 生涯学び続ける姿勢 技術の進歩により知識の陳腐化が加速しています。 一度身につけた知識だけでは変化に対応できないのです。 リベラルアーツは..自ら学ぶ姿勢や学び方そのものを身につける教育であり生涯にわたって教養を深める基礎となるのです。3. 真の教養を備えたリーダー グローバル化により多様な価値観を理解し尊重する姿勢が求められています。 幅広い知識に基づいた洞察力や判断力を持つリーダーが社会を導く存在となるのです。求められるリーダーでもあります。リベラルアーツは世界や人間について深く理解し真の教養を身につける学問と言っても過言ではないからです。4. 自由で自立した人格の形成 AI時代に求められるのは機械にはない人間らしさや創造性です。 自ら考え・判断し・行動する自由で自立した人格が重要になります。 リベラルアーツは・・古来より「自由人の学問」と呼ばれ主体的に生きる力を養い豊かな教養を身に付けることを可能にするのです。 このようにリベラルア
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教養とか理性とか大事

歩く雑学野郎とかバカにされていたが、実はそれは教養だった。シャンパン飲むにしても頼み方がある。二大商社のお歴々 辛口のシャンパンみながらフレンチのメニューを組み立てるとき、辛口でとかブランド名とかいったりするが、辛口が好きですが追っかけリキュールでさらに辛さを出すのは好みません。とか言う。大学2年までは教養で大学3年から学問となる。実は落語や講談は教養。私はあれで真田十勇士を学んだし太閤秀吉の講談もきいてへ―こんな人だったんだ。と理解して、津本陽を集めた。ローマ人の物語を読みながらメソポタミア神話とギリシア神話に拡大した。受検勉強はエスカレータ式でしたことがなかったが神話って、出るのかねえ?占星術は1985年までは全米の大学にはあったけどmicrosoftとapple社のmacが出てから消えたそうだ。今更振り返ると、大学受験そんな難しくはなく、センスと教養だった。早熟な人は10歳くらいでそういうのがわかるモノなんだよ。45歳になるまでいろいろバカにしておったけど本は読んだ今の作家は教養に厚みがない。受検勉強と教養を分けている奴等がいるけど一緒だと思う。明治文学とか教養と言われたら、幅は狭いがそうだと思うけど死ぬまで読まないだろう。売春置屋の片思いを避けに手伝わせて書いているとか頭が変になった男ばかりが文筆業やっている結局、どこも採用されなくて文筆業にしかなれなかったというのが正しいかもしれない。そういうのは商売にも向いていないおねいさんのお膝に手をのせられるお酒が出てくるクラブに先輩に連れて行ってもらうがたまに暴れるやつがいる。クラブとかラウンジって作ってもらった酒にもつまみに
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教養

乗馬も水泳も算数も読書も音楽も教養。娘に、散々馬鹿にされていたが自転車は乗れるし、水泳もできるスキーも滑れて3級のバッジテストも持っているスケートもできてピアノも弾けるし譜面も読めるさらに星占いのたしなみもあり、電磁気学の書物が好き全部教養でまとめられる。知らないことも多いが、知らないことを埋めるためにそういうピースを埋めるように友になる。逆に何にも知らない奴がいる。そういうのは、「君とは知り合いだが、友ではない」といって、そこからいじめが始まる。寅のこどもは、犬のこどもがどんなにほえようがうるさいだけだな苦手なことがある。TV,スポーツ、芸能、政治が苦手だし覚えなくてもいいと思っている。だから野球の話をされても???????だしJリーグとか言われてもわからない。ジャニーズと砂利ーズを聞き間違えてしまう。何とかいう昭和の歌手がラジオで流れて来てモーツアルトの音楽を同時にかけて歌の下手さを知ると小学校の時、自由研究でやってどやされたぶるいだ。20歳までの勉強は学問とは言わない。教養だと思う。で中学高校、カバンの芯を抜いてぺったんこにして通学していた人たちがいて、こいつら違う土人だと思った。さらし首みたいな詰襟とか袴みたいなズボンとか恥ずかしくて交わらなかった。体育の時間はくだらなすぎて木陰で物理の本を読んでいたら締め上げられたが、反省なんかしなかった。電磁気学から相対性理論に行きつくプロセスは芋虫が腸になっていく様の用で数学的に美しかったのだ。あんなのどうせ陸軍の2等兵の養成みたいなことするために体育やっているといったら授業に出なくていいとまで言われたのでお言葉に甘えて別のカリキ
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文化と教養

大学受験でいい点数とっても、教養のない奴がいる。ひろくいえば古文も数学も教養。キリスト教も仏教も教養だ。クラッシック音楽もワルツのダンスも教養。フラメンコも教養だ。面白いのは日本の進学校って教養とか道徳とか一切無視して共通一次の答練とかやっている。まあ、やってもいいけど教養のない馬鹿が出来上がる。サルが馬鹿を作った瞬間だ。このまえ、早稲田大学を中退して医者になった人の家をお邪魔したが図書館よりも蔵書とレコードが山積みだった。その昔、三井三菱のお歴々やらフランス支社の社長やったお歴々に教わったのはシャンパンとワインの飲み方だった。小娘は甘い癖のないピンクのsec、そこそこ場数を踏んでいる人にはBRUTという辛口。 純粋にシャンパンの香りを楽しみたい人と速く酔っぱらいたい人がいる。私は、extra brut。その時に追っかけリキュールが入っているシリーズがある。それを知っているだけでもてる。さてワインだがコンビニで売っているのはチリ産のカベルネソービニオンだが私はあえてシラーとメルローとピノノワールで樽詰めしたものが好き味も香りも複雑だから。飲みにくいとかいうのは飲んだことのない人このシラーとメルローとピノノワールの混合比率がわかるのも教養。シャンパンもワインも教養の塊だ。甥っ子2号はニューヨークの金融界にいて年収3千万くらいもらっているつい最近までFRBにいながら論文書いていた。その甥っ子にブルーノートクラブの遊び方を教えたレミーマルタンとシガー、ピアニストにチップ300ドル&赤ワイン一杯ごちそうしろと。そんな遊びをしていたらいつの間にかブルーノートのピアニストが甥っ子2号の彼女
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仕事の基本

仕事をするうえでの基本は掃除、整理、整頓、清潔、躾(しつけ)となります。5sと言われるものです。それができている人は仕事をきちんとしていて、信頼にも繋がります。また報・連・相も大切です。報告、連絡、相談のことです。仕事はきちんと正確にできている事が重要なので5sと報・連・相は必須になってきます。会社の規模が大きくなるほど必要になってきます。以下のことができていれば規律が正され、統率も取れるようになるでしょう。これができるかできないかで少しづつ差が出てきます。毎日の積み重ねが大きな差となって現れます。皆様が働きやすい会社になれますように!梅個性(大物):https://coconala.com/blogs/2722005/228651 松個性(城) :https://coconala.com/blogs/2722005/228889 桜個性(人) :https://coconala.com/blogs/2722005/228829 リズム意味 :https://coconala.com/blogs/2722005/215858 1000円クーポン:https://coconala.com/invite/B5QXX3
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ドラえもんの学習漫画シリーズ

みんな大好きドラえもん♪ もちろん、我が家の子ども達もドラえもんが大好きです^^ ドラえもんの本もたくさん出ていますが、私がおススメなのが、 学習まんがシリーズです! ドラえもんたちと楽しくお勉強できちゃいます。 国語、英語、算数、理科、社会、体育、音楽、図工と幅広くあります。 作文やパズル、辞書なども出ています。 なかでも我が家が好きなものが、「ワールドシリーズ」と呼ばれるものです。 科学ワールド、社会ワールド、探求ワールドなど、我が家には全巻揃っています♫ SDGsや仕事に関して、自然のことや発明、医療など面白い内容となっています。 教科にとらわれず、幅広く学べるところがいいですよね♪ 最近は、リベラルアーツという教養も大切な時代になっています。色々な本を読んで、身に着けたいですね♪子供から大人まで楽しめますので、ぜひ読んでみてください^^
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小学校教員は、「教養人」(*^^*)

明後日から、大型連休です💚ワクワク授業研究会や準備のことを書こうかなあと思っていましたが、心はもう連休です💚授業参観やPTA総会の準備でまだまだお忙しい方々もいらっしゃるでしょうごめんなさい(*^^*)まったりとした お話しをします(実は、まじめな話になります)小学校の教員ほど、「教養」を持っている必要があるなあということ💚だって、全教科指導するのですよ指導、教える、課題学習や探求学習を支援する・・・どんないい方であれ、「その道」をあらまし知っていることが求められるんですね「教育」のねらいのひとつに「文化の継承」がありますソクラテスやプラトーン以前から、人類が積み上げてきた「英知」を次の世代に伝えることです教員は、その英知を次の世代に手渡すという任務に就いています教養人なのですだから、過去のブログで、遊びましょう・・・旅をしましょう・・・博物館や○○館に行きましょう・・・研修しましょう・・・と、皆さんを煽ってきました( ´∀` )教員は、「何を見ても 聞いても やっても、研修です!」と、言い切ってきました💚(過去のブログも見てね)すべてが「教養獲得」への体験だからですだからね💚さあ、連休はあなた自身も遊んだり、まったりしたり、・・・楽しみましょうそれ自体が、教員としての研修です東北・北海道は、「世の中に 耐えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし」「ひさかたの光のどけき春の日に しず心なく花の散るらむ」関東以南は、「春すぎて 夏来にけらし 白妙の衣干すてふ 天の香具山」空気感を、さらっと先人の句に置き換えてみたり、今の気持ちを、ポップスにのせて歌ってみたり、休日の朝の光を浴
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価値ある人が身につけているものってなに?

それは教養だと思っています。知識、知恵、教養について。・知識=外から吸収した事実、一次情報・知恵=知識を自分の知見と組み合わせ活用・教養=知識に学問、芸術、文化、精神性などが調和されたもの自分に身についているのはどれだと思いますか?知恵でも十分価値がありますが、これから更に価値を増すのが教養と思います。「物知り」では価値を感じさせないウェルスダイナミクスの強みの見える化フレームワーク「内的価値」6つの要素のなかに「知識」があります。この条件として、「他人がお金を払ってでも知りたい情報」というのがあります。これはただものを知っているだけは少し足りない。その人の教養から生み出された独自の知見こそが、他人からすると宝のような輝きを放つのです。これこそがまさに強み。自分も周囲の人も豊かにする教養情報もその人独自の経験「味」がついたもの、また知見にこそ価値があると思っています。ジャンル問わず幅広い多くの学び、教養がその人の持つ知識の価値を豊かにするんです。専門性を深めることにも価値はありますが、これからは総合力とも言えるような知識が人から求められ、役に立つのではないでしょうか。
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教養論(1)

これからの時代は学校名よりも教養に重点を置かれる。60歳にして、一緒にいて恥ずかしい奴等がいる。えええ?そんなことすら知らないの??そんな奴等とは口もききたくない。この前もシャンパンを頼むときに、辛口でさらに辛口にするために追っかけリキュール入れない派で辛口の根拠は強い炭酸だと主張するとソムリエのおっさんタジタジしていた。うるさい。一食は一生を左右するのだ(パタリロ)連れていく女性も知的で教養溢れていると美人であるのが普通だラウンジ嬢とかキャバクラ嬢とか絶対に一緒に食事にいかないそういうのはそこらのオリジン弁当で唐揚げ弁当を買って控室で食ってろとシャンパン飲みながらメニューの進行を決めていく。ドキドキするほど楽しい。ここで頭の中身が丸わかりになってしまう。ドラマ、相棒の杉下右京は、おやじに言わせると、きざでかっこつけ兌とののしっていたが、いやいやいや、教養がまずあって、その上に確立した学問がなければ人間は人間ではなくなる。とりあえず学校行って、学校の間中ずっと麻雀して競馬してパチンコやって帰るというのは、それは地獄を這いずり回っている浮かばれない亡者。何の教養もなく受験テクニックだけで上り詰める感じ。こんな奴等とは食事もしたくないし、会話もしたくない。音楽の選定からやらせてくれると嬉しいなあ。食事の時は、モーツアルトのディヴィルティメントと決めている。更にワインの話になってピノノワールとエゾシカのステーキの組み合わせに行きついた。エゾシカはエレガントで柔らかく脂身のない筋肉質の肉質でベリー系のソースで味わうのと塩コショウで味わうのがうまい。ベリー系のソースとピノノワールはよく合
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ごはんのお供

いつもお外で外食してご接待されているが日曜日くらいは家で茶漬けでも・・・昨日はさつま揚げとたくあんと梅干と、油あげとわかめの味噌汁だっただが、ごはんのお供は娘との楽しい話題だった。しかも、カクミチオの11次元とか素粒子論とか神の数式とかヒッグス粒子とか大統一理論とか出てくるこっちへふれると相対性理論の事象の地平線の話とか大変楽しくご飯が進み、大したことのないおかずでも楽しくおいしかった。今日の出来事をつまんなそうに話すよりも物理や数学を話ながらご飯食うの楽しい。一人ぼっちなら、本を読みながら酒んで飯を食う一人飯はだいたい金融の歴史が多い。話し相手は高い教養の人がやはり必要だ。諸葛孔明の奥さんは不美人だったが教養はあったそうなのでこんな感じか。旦那さんの食後に付き合い、筆と紙で用兵の法を議論できる人っていて、多分あの奥さんはその部類だったと思う若い20代のころの理想のお嫁さんは美人のモデルさんような人がいいが40歳を過ぎてくると教養溢れた人がよい。しかも理系脳の人ある財閥会社のお歴々は、へとへとになって帰ってきたら奥さんがかすかな音でピアノの練習をしているのが理想だと説いていた水泳も、ピアノも、素粒子や数学も教養だ。泳げない、ピアノ弾けない、その学問は専攻ではないのでわからないという男も女もダメだとおもう。サメ学会に属してサメの生態とかもご飯のおかずになる。近頃一番楽しかったのはお天気おねいさんと会食して、コリオリのちからとか海底海流の話とか高気圧三段重ねとか話題にきちんとついて行けた。響くというか食いつかないおねいさんもいるそういうおねいさんは若くて美しい人でアナウンサー志望だ
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第13回 色と線だけで世界をつくる「デ・ステイル」

第13回 色と線だけで世界をつくる「デ・ステイル」20世紀初頭、ロシアで構成主義や抽象芸術が広がっていた頃、オランダでも新しい芸術を模索する動きが始まっていました。彼らが目指したのは、目の前にある自然や人物をそのまま描くことではありません。形、線、平面、そして色。それぞれを独立した造形要素として捉え、それだけで美しい世界をつくることでした。この芸術運動が「デ・ステイル」です。「描く」ことから「組み立てる」ことへそれまでの絵画では、風景や人物など、現実に存在するものをどのように描くかが大切にされてきました。しかし、デ・ステイルの芸術家たちは、そこから離れようとします。例えば、一本の線、一つの四角形、一つの色。それらにも、それ自体の美しさがあるのではないか。余計なものを少しずつ取り除き、最も基本的な造形要素だけで表現する。この考え方は、後のグラフィックデザインや建築、家具などにも大きな影響を与えることになります。一冊の雑誌から始まった運動1917年、オランダのライデンでテオ・ファン・ドゥースブルフが芸術雑誌『デ・ステイル』を創刊しました。『デ・ステイル』は単なる作品紹介の雑誌ではありませんでした。画家、建築家、彫刻家、デザイナーたちが、それまでの芸術とは異なる新しい考え方を発表し、議論するための場所でもあったのです。その中心人物の一人が、画家ピート・モンドリアンです。モンドリアンは、なぜ四角を描いたのかモンドリアンと聞けば、赤・青・黄などの色面と、黒い垂直線・水平線によって構成された絵画を思い浮かべる方も多いでしょう。一見すると、とても単純な絵に見えます。しかし、モンドリアンは最初
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第4回 ウィリアム・モリスが変えた「デザイン」という考え方

第4回 ウィリアム・モリスが変えた「デザイン」という考え方現代のデザインを語るうえで、決して外すことのできない人物がいます。それが、イギリスの芸術家、ウィリアム・モリスです。モリスは1834年にイギリスで生まれ、オックスフォード大学で学びました。1861年には「モリス商会」を設立し、美しい家具や壁紙、ステンドグラス、テキスタイルなどを制作します。さらに1888年には「アーツ・アンド・クラフツ展協会」の設立にも関わり、後のデザイン史に大きな足跡を残しました。機械化が進む社会への疑問モリスが生きた19世紀のイギリスは、産業革命によって社会が大きく変化していました。工場では大量生産が進み、それまで職人が一つひとつ手作業で作っていた製品も、機械によって効率よく生産されるようになります。大量生産によって、多くの人が製品を手に入れられるようになった一方で、モリスはその変化に強い疑問を抱きました。自然環境の破壊、単純作業を繰り返す労働者の苦しみ、そして装飾だけを真似た品質の低い製品が市場にあふれていることを、社会の大きな問題だと考えたのです。美しさと暮らしを取り戻したいモリスが目を向けたのは、中世のものづくりでした。当時の職人たちは、自分たちの技術に誇りを持ち、美しさと実用性を兼ね備えた製品を生み出していました。モリスは、芸術は美術館だけにあるものではなく、毎日の暮らしの中にあるべきだと考えます。家具や壁紙、カーテン、食器など、日常生活で使うものこそ、美しくあるべきだという考え方は、それまでの芸術観とは大きく異なるものでした。アーツ・アンド・クラフツ運動の始まり1888年に設立された「アーツ
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私に何ができるのかな?

いつもは20:00には家事が終わって、眠るまでの4時間はネットゲームしたり、ストレッチしたり、マンガ読んだり、本読んだり・・・。本日は急遽21:00まで家事だったので、焦った~。何しろ私は花も恥じらう57歳。当然機械音痴です。ココナラで自分がログインできているかどうかすらわからない。ココナラを薦めてくれた幼馴染に「お願い!1分だけ会話申し込んで!」とラインしようにも、時間が遅すぎる~。仕方ないので、サブに使っている楽天スマホで急遽登録し(なにしろゲームが好きなのでスマホは4台持ち、グーグルアカウントは20個くらい持ってる)、自分で自分にメッセージ。楽天さん「ログインできてるの?」DOCOMOさん「できてるみたいね~」かな~り残念な人になってました。で、タイトルの『私に何ができるだろうか?』晩御飯作りながら、毎度毎度、(主婦は365日、年間のお休みは1日もないなぁ。まあ、1日の実労働時間は4時間から10時間、平均して6~7時間だけど。通勤時間もないし、ある程度は自分の裁量で動くことができるし、まあ、家事はそんなに嫌いじゃないし)と思っています。好きでもないけど(笑)。で、ココナラのお仕事で家事代行を探してみたら、あらら、ない!ネットを通さずに直接の仕事の受発注はトラブルが多いだろうし、ややこしいだろうし、責任問題にもなる。ん~~、とお仕事一覧を見て、また、他の方の出品商品も拝見しました。お悩み相談、と一口に言っても、幅広い。夫婦関係、子育て、etc.私も結婚しているし、子どもはまだ高校2年生の女子で第二次反抗期なう。夫婦関係の悩みも教育の悩みも、答えなんてないっていうことをつくづ
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心にマイルドですきなSNS#64

こんばんは!楠木詩織です^^*今日は【見るものを選ぶを超えて心に優しいとおもうアプリ】なことを書いてみたいと思います^^。どうぞお付き合いくださいましたら嬉しいです♬SNSは見る回数に、見るものに常に選ばなくてはいけないな〜とこの頃もまた感じ最近またSNSのアプリを見る回数が減っている時期ではあり幸福度というか、平和度はやはりSNSを離れたときのほうが感じるなとまた感じます。見るブログなどは自分の感度で選べますがSNSはどうしても流れ弾的な感覚があります。でも…!わたしは教養が好きでSNSを使うところもあり…そんな中でおすすめのSNSはそんなに目新しいものでもないのですが【Pinterest】が、余計な感情を持ってくるような情報を連れてくるわけでもなく自分にあった情報が入ってきてSNS断ちしていても楽しめてとても好きなアプリです^^*。自身の【SNSの憂鬱】から思い出し感じたことを書いてみました^^2024・7・6楠木詩織でした*^^*
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「教養としてのヨーロッパ史について!」💜🎾🚴‍♀️😎😍

💜まずは、ローマ帝国です。「愛は全てに勝つ」「健全な肉体には健全な精神」「急がば回れ」これらのことわざが、古代ローマ人の言葉だったことをご存じでしょうか!ウェルギリウス、ユウェナリスの詩に出てきます。最後のことわざは、初代皇帝(エンペラー)アウグストゥスが好んだと言われています。他にも、西洋のことわざ、格言には古代ローマに起源をもつものがたくさんあります。西洋で教養と言えば、古典、ギリシャ・ローマに関する知識の事です。西洋文明の源流なのです。「ローマ式」が各地で大流行します。ローマ帝国は、地中海を中心に、ヨーロッパ、小アジア、中東、北アフリカまで支配を広げました。(各地に大帝国の遺跡が残っています。)トルコ:エフェソスの古代遺跡シリア:ボスラの古代劇場エジプト:コム・エル・ディッカの共同浴場イギリス:ハドリアヌスの長城スペイン:セゴビアの水道橋チュニジア:カルタゴの古代港(フォロ・ロマーノ)(ローマの中心地で政治経済の中心地でもあったローマ人の広場)帝国の心臓部です。神殿や議事堂、裁判所などがある広場に人々は集まりました。クーリア:元老院議事堂タブラリウム:公文書館アエラリウム:公金保管庫バシリカ:会堂トラヤヌス:市場フォロ・インペリアーリ(皇帝たちの広場)(神殿と教会)カストルとポルクスの神殿&ウェスタ神殿アントニヌス帝と皇妃ファウスティーナの神殿メリダのディアナ神殿パンテオン神殿サン・ピエトロ大聖堂(街道&水道)縦横無尽にはりめぐらされた2つの道。巨大な帝国を支えるのに欠かせない2大インフラストラクチャーが領土の隅々までくまなく建設されました。(街道)軍隊が素早く安全に移動
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栄養よりも”教養”がその人を作る

コンテンツの匠です。オックスフォード大学の研究で、「2030年、未来に求められる重要なスキル」が公表されています。1位:戦略的学習能力2位:心理学3位:社会的洞察力4位:社会学・人類学etc…私の率直な意見としては、✔ 戦略的学習能力って何なの?✔ えっ!?何のスキルなの?✔ 何か、難しそうなスキルだな…こんな感じです。確かに、頭の偉い大学の研究チームが発表したスキルなので、これからを生きていく上で、重要なスキルなのでしょう。が、「何のためにスキルを学ぶのか」の方が、もっと大切だったりします。===============そもそも、なぜ、スキルを磨く必要があるのか?===============それは、生きていく上で”問題”に直面した時、その壁をぶっ壊すため。そして、その自分の課題を見つめ直す上で必要なのが「教養」。なぜ教養が必要なのかというと、 問題を考える時には、「世界観」が必要だから。✔ この世界が、  自分にとってどんな場所なのか。✔ 自分と「この世」は、  どんな関係があるのか。世界観がなければ、それらを見極められません。だからこそ、情報を選別し教養を養っていく。この考え方、そのものが、スキルみたいなものです。 で、ここで、誤解してはいけないポイントがあります。それが、============「情報」と「知識」と「知恵」と「教養」は、まったく別物。============この要素。==============世の中にある情報の99%はなくても良いもの。==============こんな話を、あなたも、一度は聞いたことありませんか?自分にとって必要な情報は、せいぜい1%
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第22回 線が絡み合い、物語になる「ケルトの文様」

第22回 線が絡み合い、物語になる「ケルトの文様」複雑に絡み合いながら、どこまでも続いていく一本の線。動物の身体が植物へ変わり、植物が再び線となって別の形につながっていく。ケルトの装飾には、これまで見てきた幾何学文様や植物文様とはまた違った、不思議な生命感があります。「ケルト」と聞くと、アイルランドやイギリスを思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし古代のケルト系文化は、現在のフランス、ベルギー、ドイツ、オーストリアなど、ヨーロッパ大陸の広い地域にも存在していました。その後、特にアイルランドやブリテン島では、ケルト系の伝統とキリスト教文化が出会うことで、独特な装飾文化が育っていきます。異なる文化が出会うことで、新しいものが生まれるキリスト教が広がったからといって、それ以前の文化がすべて消えてしまったわけではありません。古くから伝わる物語や造形、自然観などは、新しい宗教文化と混ざり合いながら別の姿へと変化していきました。ケルト系の伝承と中世キリスト教文化が複雑に交わりながら発展していった物語の一つに、アーサー王伝説があります。アーサー王や円卓の騎士、聖杯などの物語には、長い時間をかけてさまざまな地域の伝承やキリスト教的な要素が重ねられていきました。デザインも同じです。ある文化が別の文化と出会ったとき、どちらか一方が完全になくなるとは限りません。異なるものが混ざり合うことで、それまでになかった新しい表現が生まれることがあります。一本の線がどこまでも続いていくケルト文様を代表するものの一つが「組紐文」です。何本もの紐が上下に交差しながら複雑につながり、始まりと終わりが分からないほど
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第21回 終わりなく広がる美しさ「イスラムの装飾とアラベスク」

第21回 終わりなく広がる美しさ「イスラムの装飾とアラベスク」これまで世界の文様をたどってきましたが、その中でもひときわ緻密で、数学的ともいえる美しさを持つのがイスラム美術の装飾です。モスクの壁や天井、タイル、写本、織物などを見ていると、幾何学模様や植物のつるがどこまでも続いていくような、不思議な感覚を覚えます。そこには単なる装飾を超えた、イスラム文化ならではの世界観が表れています。描かないことから生まれた美しさイスラム美術について、「人物や動物を描くことが禁止されている」と説明されることがあります。しかし、これは少し丁寧に見ておく必要があります。イスラム世界では、特に宗教的な空間において偶像崇拝を避ける考え方が重視され、人物や動物の表現が控えられてきました。一方で、すべての時代や地域、あらゆる美術において人物や動物の表現が一律に禁止されていたわけではありません。そのような文化的背景の中で、宗教建築や装飾では、幾何学文様や植物文様、そして美しい文字を用いた装飾が大きく発達していきました。何かを描けないことは、表現を狭めることのように思えるかもしれません。しかし、その制約があったからこそ、別の方向へ驚くほど豊かなデザインが発展したとも考えられます。数学から生まれる幾何学の美イスラム装飾を見て驚かされるのが、非常に複雑な幾何学文様です。円や正方形、星形、多角形などを規則的に組み合わせ、一つの形を繰り返していくことで、画面全体を埋め尽くすパターンがつくられます。一見すると複雑ですが、その背後には明確な規則があります。小さな一つの形が隣の形とつながり、さらにその隣へと続いていく。どこが
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第20回 文様はシルクロードを旅する「古代中国の装飾」

第20回 文様はシルクロードを旅する「古代中国の装飾」これまでエジプト、メソポタミア、ギリシャ、ローマと、さまざまな地域の装飾を見てきました。ここから舞台を東へ移して、中国の文様を見てみましょう。中国では紀元前2000年頃には初期王朝の時代を迎え、その後、青銅器文化が大きく発達していきます。そこには西洋とは異なる独特な文様が生まれる一方、時代が進むと東西の文化交流によって、遠く離れた地域の文様も取り入れられていきました。青銅器を埋め尽くす不思議な文様古代中国の青銅器を見ると、その表面を隙間なく覆う複雑な文様に驚かされます。入り組んだ幾何学的な線の中に、動物や怪獣を思わせる顔や身体が組み込まれ、どこからが動物で、どこからが模様なのか分からないほど一体化しています。こうした青銅器は、単なる日用品ではなく、祭祀や儀礼などにも用いられる重要な器物でした。そのため表面に施された動物文様も、単なる飾りではなく、当時の信仰や権威、儀礼などと深く関係していたと考えられています。正面からこちらを見る「怪獣」の顔古代中国の青銅器を代表する文様の一つが、「饕餮文(とうてつもん)」です。左右対称の大きな目や角などが表現され、正面からこちらを見つめる怪獣の顔のように見えます。しかし、その姿が実際に何を表していたのかについては、現在でもさまざまな説があります。興味深いのは、動物を写実的に描くのではなく、目、角、身体などの特徴を取り出し、幾何学的な線の中へ組み込んでいることです。現実の動物をそのまま描くのではなく、形を分解し、再構成することで、強い印象を持つ文様へと変えているのです。動物の文様も旅をする動物
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第19回 受け継ぎ、組み合わせ、広げていく「古代ローマの装飾」

第19回 受け継ぎ、組み合わせ、広げていく「古代ローマの装飾」前回ご紹介した古代ギリシャでは、アカンサスやメアンダー、唐草など、後世まで受け継がれるさまざまな文様が発達しました。そのギリシャ文化から大きな影響を受けながら、さらに壮大なスケールで装飾を発展させたのが古代ローマです。ローマは紀元前753年に建国されたと伝えられ、共和政を経て、紀元前27年にはアウグストゥスの時代を迎えます。やがて広大な領域を支配するローマ帝国へと発展し、建築や美術、そして装飾も各地へ広がっていきました。ギリシャの美しさを、さらに壮大にローマの人々は、ギリシャ文化から多くのものを学びました。建築では柱の形式を取り入れ、装飾ではアカンサスや唐草などの植物文様を受け継いでいます。しかし、それをそのまま真似しただけではありません。巨大な神殿や公共施設、浴場、邸宅など、建築が大規模で複雑になるにつれて、装飾もより豊かになっていきました。柱、壁、天井、床など、それぞれの場所に合わせて文様を組み合わせ、空間全体を飾るようになったのです。装飾が帝国とともに広がっていくローマ帝国の領域は、ヨーロッパだけでなく、北アフリカや西アジアにまで広がりました。それに伴って、建築技術や美術、装飾の様式も各地へ伝えられていきます。ここで興味深いのは、デザインが「人と一緒に移動する」ということです。ある地域で生まれた文様が別の文化へ伝わり、そこで新しいモチーフと出会い、さらに形を変えていく。前回まで見てきた文様の「旅」が、巨大な帝国の中でさらに大きな広がりを見せることになります。植物の中に人や動物が現れる「グロテスク文」ローマの装飾
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第18回 繰り返すことで美しくなる「古代ギリシャの文様」

第18回 繰り返すことで美しくなる「古代ギリシャの文様」前回ご紹介したメソポタミアでは、植物の姿が整理され、パルメットのような文様へと変化していきました。古代の人々が生み出した文様は、一つの地域だけにとどまりません。人や物の交流とともに別の土地へ伝わり、形を変えながら新しい装飾へと発展していきます。その長い歴史の中で、後世の装飾に大きな影響を与えたのが、古代ギリシャの文様です。陶器と建築に広がった装飾古代ギリシャ文明の背景には、それ以前にエーゲ海周辺で発展した青銅器時代の文化がありました。やがてギリシャでは、神殿などの建築や陶器を中心に、独特の装飾文化が発達していきます。古代ギリシャの壺を見てみると、人物や神話の場面だけでなく、その周囲にさまざまな模様が描かれていることに気づきます。直線、渦巻、植物、組紐のような形。それらが規則正しく繰り返され、器の縁や帯状の部分を飾っています。ここで重要になるのが「繰り返し」です。同じ形を繰り返すと「リズム」が生まれる一つの模様だけを見れば、とても単純な形かもしれません。しかし、その形を一定の間隔で並べてみると、そこに視覚的なリズムが生まれます。これは音楽にも少し似ています。同じ音やリズムが繰り返されることで、全体にまとまりや心地よさが生まれるように、装飾も形を繰り返すことで秩序のある美しさをつくることができます。現在のテキスタイルや壁紙、包装紙などに使われるパターンデザインにも、その考え方はそのまま生きています。どこまでも伸びていく「唐草文」ギリシャの植物装飾で重要なのが、つる草が連続して伸びていくような文様です。植物の茎やつるが曲線を描き
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第15回 大量生産が生んだ新しいデザイン「アメリカとインダストリアルデザイン」

第15回 大量生産が生んだ新しいデザイン「アメリカとインダストリアルデザイン」20世紀に入ると、デザインの新しい舞台としてアメリカが存在感を増していきます。ヨーロッパでは芸術と工芸、産業をどのように結びつけるかが模索されていました。一方、急速な経済成長を続けるアメリカでは、デザインそのものが産業を支えるビジネスとして発展していきました。現在につながる「インダストリアルデザイン」が大きく成長した背景には、大量生産と大量消費という、アメリカならではの社会の変化があったのです。空へ伸びる摩天楼当時のアメリカを象徴するデザインの一つが「摩天楼」です。ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルをはじめ、高層建築が次々と都市に建設されました。空へ向かって伸びる巨大な建築は、単に土地を効率よく使うためのものではなく、経済成長や技術の進歩、そしてアメリカの繁栄そのものを象徴する存在となっていきます。前回ご紹介したアール・デコの幾何学的な装飾も、こうした高層建築と結びつきました。アール・デコはヨーロッパからアメリカへ渡り、ニューヨークの都市景観を象徴するスタイルの一つへと発展していったのです。「速そうな形」が商品を魅力的にするもう一つ、アメリカのデザインを象徴するのが「流線型」です。もともと流線型は、空気や水の抵抗を減らすために考えられた合理的な形でした。自動車や鉄道、航空機など、高速で移動する乗り物にとっては、形そのものに機能的な意味があったのです。ところが、その滑らかな曲線は「速さ」「未来」「進歩」といったイメージを人々に与えるようになります。やがて流線型は、実際には空気抵抗を考える必要のない
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第14回 曲線から幾何学へ「アール・デコ」

第14回 曲線から幾何学へ「アール・デコ」1925年、フランスのパリで「現代産業装飾芸術国際博覧会」が開催されました。世界各国から建築、家具、工芸品、ファッションなどが集められ、新しい時代の暮らしを華やかに紹介した大規模な博覧会です。この博覧会は、後に「アール・デコ博覧会」とも呼ばれるようになります。そこで見られた洗練された装飾性を持つ芸術やデザインを象徴する言葉として広まったのが、「アール・デコ(Art Deco)」です。曲線から直線へ第5回でご紹介したアール・ヌーヴォーと、アール・デコ。この二つは名前が似ているため、混同されることがあります。しかし、作品を並べてみると、その違いはかなり明確です。アール・ヌーヴォーが植物のつるや花など、自然から生まれる優雅な曲線を好んだのに対し、アール・デコでは直線や円、三角形、菱形など、幾何学的な形が多く使われました。自然の形をそのまま装飾へ取り入れるのではなく、形を単純化し、規則的に組み合わせる。アール・ヌーヴォーからアール・デコへの変化を見ると、デザインが次第に現代的な造形へ向かっていく様子がよく分かります。さまざまな文化を取り込んだデザインアール・デコには、一つの明確な源流があるわけではありません。アール・ヌーヴォーの装飾性を受け継ぎながら、立体派、未来派、ロシア構成主義など、当時の新しい芸術運動からも影響を受けました。さらに、古代エジプトやアフリカ、アジアなど、さまざまな地域や時代の造形も取り入れられていきます。異なる文化や新しい芸術を自由に組み合わせながら、時代にふさわしい美しさへとつくり変えていく。その柔軟さも、アール・デコの魅
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第12回 革命が生んだデザイン「ロシア・アヴァンギャルド」

第12回 革命が生んだデザイン「ロシア・アヴァンギャルド」20世紀初頭のロシアでは、芸術の世界にも大きな変化が起こっていました。その中心にいたのが、ウラジーミル・タートリン、カジミール・マレーヴィッチ、アレクサンドル・ロトチェンコ、エル・リシツキーなど、後に「ロシア・アヴァンギャルド」と呼ばれる芸術家たちです。彼らが目指したのは、単に新しい絵画や美しい作品をつくることではありませんでした。1917年のロシア革命によって社会そのものが大きく変わる中、「新しい社会には、新しい芸術が必要だ」と考えたのです。芸術を、美術館から街へロシア・アヴァンギャルドの大きな特徴は、芸術を限られた人だけのものにしなかったことです。芸術家たちは絵画だけではなく、ポスターや雑誌、書籍の表紙、街路や劇場の装飾など、人々の生活に直接触れるさまざまな分野へ活動を広げていきました。特にポスターは、新しい政府の考え方や情報を多くの人へ伝える重要なメディアとなります。強い色彩、大胆な文字、斜めに走る線、写真と図形を組み合わせた構成など、ひと目で人を引きつける表現が数多く生み出されました。現在の広告やグラフィックデザインを見ても、その影響を感じることがあります。100年以上前の表現でありながら、今見ても驚くほど力強く、現代的です。「芸術家」から「社会をつくる人」へ彼らの関心は、ポスターや雑誌だけにとどまりませんでした。衣服、家具、食器などの実用品にもデザインの領域を広げ、芸術を人々の日常生活へ取り入れようとします。ここには、それまでの「芸術家」の姿とは異なる考え方があります。一点だけの高価な芸術作品をつくるのではなく
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第5回 世界を魅了した曲線美「アール・ヌーヴォー」

第5回 世界を魅了した曲線美「アール・ヌーヴォー」19世紀の終わり、人々は新しい時代の美しさを求めていました。産業革命によって大量生産が進み、便利な製品が次々と生まれる一方で、「もっと芸術性のある暮らしがしたい」という思いも広がっていたのです。そんな時代にヨーロッパ各地で花開いたのが、「アール・ヌーヴォー」です。フランス語で「新しい芸術」を意味するこの様式は、それまでの歴史様式を繰り返すのではなく、新しい時代にふさわしいデザインを生み出そうという挑戦でもありました。自然が最高のデザイナーだったアール・ヌーヴォーを象徴するのは、植物のつるや花びらを思わせる、やわらかな曲線です。当時のデザイナーたちは、自然の中にこそ本当の美しさがあると考えました。花や昆虫、樹木、水の流れなどを観察し、その姿を家具やガラス工芸、ポスター、建築など、さまざまなデザインに取り入れていきます。そのため、アール・ヌーヴォーの作品には、生命が伸びていくような躍動感が感じられます。ヨーロッパ中へ広がった新しい芸術アール・ヌーヴォーは、一つの国だけで生まれた様式ではありません。フランスでは「アール・ヌーヴォー」、イギリスでは「モダン・スタイル」、ドイツでは「ユーゲントシュティール」、イタリアでは「リバティ様式」、オーストリアでは「分離派様式」と呼ばれ、それぞれの国で独自の発展を遂げました。呼び方は違っても、「新しい時代の芸術をつくろう」という思いは共通していたのです。今も語り継がれる名作たちアール・ヌーヴォーを代表する作品は、今も世界中で見ることができます。パリ地下鉄の美しい入口をデザインしたエクトール・ギマール
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第1回 デザインとは何だろう

第1回 デザインとは何だろう「デザイン」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。おしゃれなポスター、美しい家具、洗練されたロゴ、あるいはセンスの良いファッション。きっと人それぞれに思い浮かべるものがあるでしょう。しかし、本当にデザインとは、それだけなのでしょうか。私は昔から、「当たり前」と言われていることに対して、「本当にそうなのだろうか」と立ち止まって考える癖がありました。デザインについても同じです。多くの人が「見た目をきれいにするもの」と考えていますが、私はそれだけではないと思っています。このブログでは、そんな「当たり前」を少しだけ違う角度から眺めながら、デザインというものを一緒に読み解いていきたいと思います。デザインは本当に必要なのか「デザインなんて、生きるためには必要ない。」そう言われれば、確かにその通りです。食べることや眠ることのように、デザインがなければ命に関わるというものではありません。では、本当に必要ないのでしょうか。私はそうは思いません。人は、ただ生きるだけでは満たされない生き物です。美しい景色に心を動かされ、音楽に励まされ、一冊の本に勇気をもらうことがあります。デザインもまた、人の心を豊かにするために存在しています。役に立つから価値があるのではありません。心を動かすから価値があるのです。生きるためには必要ない。それでも、人間らしく生きるためには欠かせない。それがデザインなのではないでしょうか。デザインという言葉のルーツ実は、「デザイン」という言葉そのものにも興味深い歴史があります。英語の「design」は、フランス語の「dessin(デッサン)」、イタ
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ミニマリストな生き方「本当に大切なもの」とは

どうもmiumiuです^^最近ネットフリックスで良いドキュメンタリーを見つけまして、読者の方々にご紹介したいなと思いました。↓↓「今求められるミニマリズム」" The Minimalists: Less is Now"でご検索して頂くとご覧になられると思います。基本的な内容としては、ミニマリスト活動を始動したジョシュアとライアンに密着したドキュメンタリーで、彼等がどの様にしてミニマリズムを身に付け、実施し、世界的に注目される様になったかを紹介しています。このドキュメンタリーを見た直後ミニマリズムに強く心を動かされ、早速物を捨てまくりました笑ミニマリズムというと、「ただ物を捨てまくる人」「貧乏人みたいな生活をする人」とネガティブなイメージがある様に見える人もいるかもしれません。でも私はそうは思いません。ミニマリズムって意外と哲学っぽくて、必要最低限な物を所持して、大切な人に集中する事でもっと濃密な生き方を手にできる気がするんです。「本当に大切なものは何か」が明確に見える様になる気がするんです。実体験の話ですが、私自身洋服を買うのが大好きです。好きすぎて、服を買う中毒、依存症といっても過言では無いです笑デパートで服を目にするとすぐに購入を検討して買っちゃったりオンラインで洋服をすぐに検索したり常に服を欲している状態でした。新しい服を買うとその場で購入欲が満たされてまた新たなものに目が行って…何だか今考えると埋めても埋めきれない無限の欲を自分で悪化させていた感じがします。ミニマリストのドキュメンタリーを見て早速服の戸棚を開けてみると暫く着ていない服でびっしり。「いつか着るだろう」とい
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金銭トラブルを未然に防ぐには

お金がからもうがからむまいが、誰でも金銭トラブルは避けたいものです。先日のセミナーでは40万円の高額のスクールを自称先生に勧められましたが、お話にもなりませんでした。こういうときはまず人の話を聞かない方がいいです。あなたが今日のセミナーで実際にどれだけできたのかが全てです。私は全然何もできなかったし取りかかることすらできませんでした。自称先生方のフォローも何もない中で40万円の高額スクールや5千円の二次会に出ようなどと思う人はまずいません。高校サッカーの選手にたとえるなら仮に私がフォワードだったとして今日の試合で全く何もできなかったのです。それも全国トップクラスの強豪校ではなくて、まあそれほど強くはない高校と試合して得点にからむどころかボールにもさわれていない。それも周りのサポートが充分あったにもかかわらず全く自分のプレーができなかったのです。そして試合の後にスカウトの人がやってきて親しげに話しかけて来たらあなたはどう思うでしょうか?いやいやオッサン。さっきの試合見てただろ?俺は全然何もできなかったじゃんとなるはずです。どうやらこのオッサンは今日の試合で活躍したうちのチームメイトと勘違いしているようです。このオッサンがかなりの節穴か、そそっかしいのかよくわかりませんが、とりあえずこのオッサンの言うことを額面通りに受け止める人はまずいないでしょう。なのでこういう時は人の言うことを決して真に受けないことです。見るからに素性が怪しいとまでは言いませんが今日の俺のダメダメなプレーを全く見ていないのか、それともうちのチームメイトと勘違いしているのかは定かではありませんが、こんな人の言うこ
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第17回 絵から記号へ、植物から文様へ「メソポタミアの装飾」

第17回 絵から記号へ、植物から文様へ「メソポタミアの装飾」前回ご紹介した古代エジプトでは、ヒエログリフやロータス文様など、文字や植物にさまざまな意味が込められていました。同じ頃、エジプトから東へ離れた地域でも、世界最古級の文明が発展していました。現在のイラク周辺、チグリス川とユーフラテス川の流域に栄えた「メソポタミア文明」です。二つの大河から生まれた文明メソポタミアでは、紀元前3000年頃には都市文明が大きく発展していました。「メソポタミア」という言葉には、「二つの川の間の土地」という意味があります。その二つの川が、チグリス川とユーフラテス川です。豊かな水は農業を支え、都市や国家を発展させました。シュメール、バビロニア、アッシリアなど、時代によってさまざまな国家や文化がこの地域に登場します。そして、都市や社会が複雑になれば、物の数や取引、税、法律などを記録する必要も生まれます。そこで重要な役割を果たしたのが「文字」でした。絵だった文字が、記号になっていく古代エジプトのヒエログリフを見ると、人や鳥、植物など、何が描かれているのか比較的想像しやすいものがあります。一方、メソポタミアで発達したのが「楔形文字(くさびがたもじ)」です。「クネイフォルム」とも呼ばれます。粘土板に葦などでつくられた筆記具を押しつけて書いたため、文字は小さな楔を組み合わせたような形になりました。初期の文字には具体的な物の姿を表したものもありましたが、長い時間をかけて次第に単純化され、抽象的な記号へと変化していきます。絵を描くことから、情報を伝えるための記号へ。これは、文字の歴史だけでなく、デザインを考えるう
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第11回 世界のデザインを変えた学校「バウハウス」

第11回 世界のデザインを変えた学校「バウハウス」「バウハウス」という名前を聞いたことがあるでしょうか。現在でも、家具や建築、グラフィックデザインなどの世界で頻繁に登場する名前です。しかしバウハウスは、特定のデザイン様式の名前ではありません。もともとは、1919年にドイツのヴァイマルで誕生した学校でした。そして、この学校が存在したのはわずか14年間です。それにもかかわらず、その思想は100年以上が過ぎた現在も、世界中のデザインに大きな影響を与え続けています。芸術と技術をもう一度ひとつにバウハウスを創設したのは、建築家ヴァルター・グロピウスです。ヴァイマルの美術学校と工芸学校の流れを統合し、新しい造形教育の場として国立バウハウスを設立しました。グロピウスが目指したのは、芸術と手工業、そして産業を新しい形で結びつけることでした。画家は絵だけを描き、建築家は建物だけを考える。それぞれを別々のものとして扱うのではなく、さまざまな造形分野が協力しながら、一つの生活環境をつくっていく。その中心に置かれたのが建築でした。グロピウスは創立時の宣言で、「あらゆる造形活動の究極目標は建築である」という考えを掲げています。デザインを「学ぶ方法」までデザインしたバウハウスが革新的だったのは、そこで生み出された作品だけではありません。デザイン教育そのものを変えたことも、大きな功績でした。学生たちは最初から専門分野だけを学ぶのではなく、色、形、素材など、造形の基本から学びました。その後、家具、金属、織物、タイポグラフィ、建築など、それぞれの専門分野へ進んでいきます。現在、美術大学やデザイン学校で当たり前の
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第7回 「芸術には自由を」ウィーン分離派とウィーン工房

第7回 「芸術には自由を」ウィーン分離派とウィーン工房19世紀の終わり、オーストリアの首都ウィーンでも、新しい芸術を求める動きが始まります。当時の芸術界は、伝統的な様式や古い価値観を重んじる風潮が強く、若い芸術家たちは自由な表現を発表する機会を十分に得ることができませんでした。そこで1897年、画家や建築家、デザイナーたちは新しい団体を結成します。それが「ウィーン分離派」です。「芸術には自由を」という理念ウィーン分離派が掲げた言葉があります。「時代には時代にふさわしい芸術を、芸術には自由を。」この言葉には、過去の様式をただ受け継ぐのではなく、新しい時代には新しい表現が必要だという強い思いが込められていました。初代代表には、画家グスタフ・クリムトが就任します。また、建築家ヨーゼフ・マリア・オルブリヒやヨーゼフ・ホフマンなど、多くの才能ある芸術家たちが参加し、それぞれの分野で新しいデザインを追求しました。曲線から直線へ当時ヨーロッパでは、植物を思わせる優雅な曲線が特徴のアール・ヌーヴォーが流行していました。しかし、ウィーン分離派の芸術家たちは、さらに新しい表現を模索していきます。特にヨーゼフ・ホフマンは、曲線よりも直線や正方形などの幾何学的な形を積極的に取り入れました。無駄な装飾を抑え、形そのものの美しさを生かしたデザインは、それまでの華やかな様式とは異なる新鮮な印象を与えました。その作風から、ホフマンは「四角形のホフマン」と呼ばれるようになります。ウィーン工房が目指したもの1903年、ホフマンは工芸家たちとともに「ウィーン工房」を設立します。家具や照明、食器、布地、ポスターなど、
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第6回 ドイツが生んだ新しいデザイン「ユーゲントシュティール」

第6回 ドイツが生んだ新しいデザイン「ユーゲントシュティール」アール・ヌーヴォーはヨーロッパ各地へ広がりましたが、それぞれの国で少しずつ異なる個性を育てていきました。その中でも、ドイツで独自の発展を遂げたのが「ユーゲントシュティール」です。「ユーゲント」とは、1896年にミュンヘンで創刊された芸術雑誌『ユーゲント』のことです。この雑誌が新しい芸術を積極的に紹介したことから、ドイツではアール・ヌーヴォーを「ユーゲントシュティール(青春様式)」と呼ぶようになりました。自然への憧れは同じだったユーゲントシュティールも、植物や自然をモチーフにした優美な曲線を特徴としていました。しかし、ドイツでは装飾を楽しむだけではなく、「これからの時代にふさわしいデザインとは何か」という視点も重視されるようになります。その考え方は、後のドイツデザインへとつながる大切な一歩となりました。芸術から産業へこの時代を代表する人物の一人が、彫刻家ヘルマン・オブリストです。植物が成長するような躍動感のある作品は、多くの芸術家に影響を与えました。もう一人忘れてはならないのが、ペーター・ベーレンスです。彼は建築だけでなく、工業製品やポスター、書体まで幅広くデザインし、芸術と産業を結び付けようとしました。今日では、企業のロゴや広告、製品デザインを統一して考える手法は当たり前になっていますが、その考え方を早くから実践した人物の一人として知られています。モダンデザインへの橋渡しユーゲントシュティールは、美しい装飾を楽しむだけの様式ではありませんでした。芸術を産業へ生かし、暮らしをより良くするためのデザインへ発展させようとい
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第3回 会社にも「性格」がある

第3回 会社にも「性格」がある私たちは初めて会った人に対して、「誠実そう」「親しみやすそう」「何となく信頼できそう」といった印象を抱きます。実は、企業やブランドに対しても同じような見方をしています。「あの会社は挑戦する企業だ。」「このブランドは上品なイメージがある。」「安心して買える会社だ。」こうした印象は、商品の性能だけで決まるものではありません。企業の考え方や姿勢、そしてそれを伝えるデザインによって、少しずつ形づくられていくものです。ブランドにも人柄があるブランドづくりには、「ブランドパーソナリティ」という考え方があります。少し難しい言葉ですが、簡単にいえば「ブランドの人柄」のことです。もし企業が一人の人間だったら、どんな性格でしょうか。誠実なのか、親しみやすいのか、それとも革新的なのか。こうしたイメージが明確になると、広告やホームページ、商品、店舗、接客まで、一貫した雰囲気をつくることができます。反対に、その人柄が曖昧だと、見るたびに印象が変わってしまい、お客様の記憶にも残りにくくなります。人は商品だけを選んでいるわけではない昔は、品質や価格が商品の大きな差別化要因でした。しかし今は、多くの商品が高い品質を持っています。そのため、人は品質だけではなく、「どんな会社がつくっているのか」という部分にも目を向けるようになりました。環境への取り組みに共感して商品を選ぶ人もいます。職人の技術や長い歴史に魅力を感じる人もいます。つまり私たちは、商品を買っているようで、その背景にある価値観や世界観にも共感しているのです。物語がブランドを育てる企業には、それぞれ歩んできた歴史があります。
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第2回 ブランドは、ロゴではなく約束である

第2回 ブランドは、ロゴではなく約束である「ブランド」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。Apple、無印良品、ユニクロ、トヨタ。あるいは、近所にあるお気に入りのお店かもしれません。では、なぜそのブランドが好きなのでしょう。品質が良いからでしょうか。デザインがおしゃれだからでしょうか。それも理由の一つですが、それだけでは説明できない何かがあります。「この会社なら安心できる。」「きっと期待を裏切らない。」そんな気持ちになった経験はありませんか。実は、その目には見えない安心感や信頼こそが、ブランドの正体です。ブランドとは、人の心の中にあるものブランドとは、ロゴやマークではありません。企業や商品、サービスに対して、多くの人が共通して抱く印象や信頼、期待の積み重ねです。つまりブランドとは、お客様の心の中に育っていく「目に見えない価値」と言えるでしょう。だからこそ、ブランドは企業が一方的につくるものではありません。企業が積み重ねてきた姿勢や約束を、お客様が信頼として受け止めたとき、初めてブランドになります。時間をかけて育まれるからこそ、本当のブランドには簡単には真似のできない価値が生まれるのです。デザインは、企業の想いを伝える言葉では、そのブランドを育てるために、デザインは何をしているのでしょうか。多くの人は、「見た目をきれいにするもの」と考えています。しかし、本来のデザインにはもっと大切な役割があります。それは、企業が大切にしている価値観や理念を、お客様に伝わる形へと変えることです。ホームページ、商品パッケージ、店舗、広告、SNS、名刺。お客様と接するすべての場面で同じ考え方
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勉強をして教養を身に付ける事は自分自身を守る事にも繋がります!

今回は、『大人になってからでも勉強をする事の大切さ』について、思うところをお話させて頂きます。上記のYouTube動画でもお話させて頂きましたので、よろしければそちらもご覧頂けますと大変有難いです。 勉強という言葉を聞きますと、机に向かって教科書や問題集などを開き、試験に向けて黙々と問題を解いていくようなイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれません。 確かにそれも勉強の一環である事は間違いありませんが、実際に勉強というのは必ずしも机に向かって問題を解く事だけを意味している訳ではなく、例えば本やネットなどを通じて自分で何かを調べて知識や情報を習得する事も含まれますし、実際に自分で経験をしてみて知見を広げる事も含まれると思います。 また、自分の知りたい事をその筋の詳しい人から教えてもらって知識や情報を習得する事も含まれますし、第三者と意見を交換した上で自分自身の知見を広げる事も含まれるでしょう。 つまり勉強というのは、どのような手段であったとしても、自身の知識や知見を広げてくれるものであり、そして教養を身に付ける事にも繋がるため、物事に対する理解力や判断力、思考力や創造力などの向上にも貢献し、自分自身の可能性も広がって、結果として充実した人生を送る事にも繋がる事が期待できますので、大人になってからでも勉強をするというのは非常に大切な事だと考えられます。 そしてもう一つ、勉強をする事の重要な意義として、勉強をして教養を身に付ける事は、自分自身の可能性を広げるだけではなく、自分自身を守る事にも繋がっていくのではないでしょうか。 どういう事かと言いますと、日頃から勉強をする習慣が身
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(259日目)昨日のインターンシップ。

ワイ「学生は就活。」助手「アナタは終活。」ワイ「まだまだ先ですよ。」助手「意外と近いかもよ。」ワイ「生き延びてみせる。」助手「憎まれっ子は世に憚るからね。」ワイ「しかし昨日のインターンシップは盛り上がりました。」助手「就活生向けの?」ワイ「現在3回生が中心に参加してくれました。」助手「盛り上がってたのは自分だけってことはないよね?」ワイ「そんな寂しい話するわけないじゃないですか。」助手「それもそうか。」ワイ「学生たちのチャレンジする気持ちに心打たれました。」助手「アナタに心があったのね。」ワイ「成長途上の相手には優しいのです。」助手「1番盛り上がったのは何?」ワイ「ペアインタビューですね。アンケートで<最も楽しかったプログラム>得票ナンバーワン。」助手「どんなことするの?」ワイ「2人1組になってお互いをインタビュー。相手の魅力を引き出して発表し合うのです。」助手「初めて会った相手を深掘りするのね。」ワイ「相手の魅力を引き出すのはインタビュアーの腕の見せ所ですから。」助手「相手を売り込むセールストークをするような感じなのかな?」ワイ「そうですね。キャッチコピーを付けたりして聴衆に印象付けることが次重要です。」助手「なかなか面白そう。」ワイ「それを90秒で発表してもらうんですけどね。」助手「厳しいわね。」ワイ「条件をつけた方が燃えるでしょ?学生のチャレンジ精神に火をつけるのが私の役目。」助手「アナタにはチャレンジ精神皆無なのに。」ワイ「自分がするのと他人にやらすのは違いますからね。」助手「有限不実行野郎。」ワイ「アンケートを見ていると『新鮮なプログラムだった』『簡潔にまとめる難しさ
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適性について考える

40年も50年も生きてくれば、誰にでも目に見えない小さな積み重ねがたくさんあるものです。まして60年や70年にもなれば、当然、その積み重ねたものは膨大であるはずです。もちろん個人差があるので誰もがそうだとは言いませんが、そもそも適性とは何でしょうか。私は準備だと思います。ある仕事に出会ったときにどれだけのパフォーマンスを発揮できるかが全てだし、趣味や人間関係でも何でも同じです。あなたがこれまで地道に積み重ねてきたものと絶妙にフィットすれば、ものすごい仕事がいとも簡単にできてしまうのです。とは言っても現実は厳しいもので、実際にはそううまくいかないのが現状でしょう。私は間もなく53歳になりますが、今は書くことに専念しています。これまでいろいろなことに挑戦してきましたが、これまでは挫折や失敗ばかりでした。1月の終わりからここでコラムを書き始め、2月4日からはノベルピアで小説投稿を始めました。つい最近までは物販をやっていたのですが、これも1年で撤退しました。私に才能やセンスや適性があるから書いているのではありません。むしろ私に文才などあろうはずがないと確信しきっているほどです。書いて読んで書き直すという作業自体が楽しいから書いているのです。実際に書いてみるとわかります。今も隣りの部屋から聞こえてくるJ-POPがあまりにもうるさすぎて発狂しそうなのですが、書くことだけが全てなんです。今すぐにでも引っ越したいのですが、もちろんそんな持ち合わせはありません。作詞投稿もしていますが、全くできていないのが現状です。イカレタ騒音野郎を呪い殺したくなる衝動に駆られながらもぶち殺したくなる衝動に駆られ
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ENOMARUAL 第11回:なぜ、「DV」が最強の関係なのか?〜オストラコンとサーチコスト〜前編

 夕方のオフィス。上司の理不尽な指示に内心では疑問を抱きながらも、まわりの同僚たちが一斉にうなずく空気を感じ取り、反射的に笑顔で「承知いたしました」と返事をしてしまう。 私たちは「自分の意志でこの会社を選び、自分の頭で考えてこの場にいる」と思い込みながら、その実、その場の空気や同調圧力に逆らえずに流されていきます。しかし、この構図も2500年前の古代アテネから一ミリも進化していません。1. 日常のなかに潜む「見えない恐怖」 私たちが職場で「空気を読んでしまう」のは、性格が弱いからではありません。人間は誰しも、「この群れから外れたら生きていけないかもしれない」という本能的な恐怖を抱えています。 少しでもまわりの人と違う意見を言えば、村八分にされるのではないか、嫌われるのではないかという不安が、私たちの頭を真っ白にし、自分の本音を押し殺させます。 この「見えない空気におびえる構造」は、実は古代の国家でもまったく同じように起きていました。2. ペロポネソス戦争とデマゴーグの暴走 紀元前5世紀後半、世界初の直接民主制(市民全員で話し合って政治を決める仕組み)を作り上げた古代アテネは、ライバルである※スパルタとの「ペロポネソス戦争」という泥沼の総力戦に突入していました。 「いつ負けるか分からない」「敵が攻めてくるかもしれない」という極限の恐怖と不安が市民たちを包み込む中、前回の記事でも触れたデマゴーグ(大衆扇動者:耳当たりの良いウソや過激な言葉で人々の感情をあおり、人気取りをする政治家)たちが表舞台に現れます。彼らは「我々が負けているのはあいつらのせいだ」「こうすれば絶対に勝てる!」と叫
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稲田豊史さん『本を読めなくなった人たち』感想

2026年2月に発売してからだいぶ話題だった本なのに「そうは言っても私たくさん本読む方だしな〜」とスルーしておりました。実態は「今時“読書”なんてしてる奴の方がやべえ」って内容で、鈍器で殴られた気分です。では現代の読書家の立ち位置は?現代における本、書店、出版業界のポジションは? ここ10年の変容は??今の子達って読書しなくなったから頭も悪くなってる??みんなが気になってるけどググり方もわからないようなことを体系的にまとめてくれてる素晴らしい本です!おすすめです。私は漫画制作サービスも出品しております。広告やPRだけでなく、あなたのエッセイやコラムなどのコミカライズのお手伝いもさせていただきたいです。ぜひお気軽にご相談ください!
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動画編集セミナーの洗礼と氷河

先日、動画編集のセミナーに行きました。新幹線に乗るのは実に10年ぶりです。乗り方を駅員さんに尋ねてホームに向かうもいきなりの7分遅れ。遅れの原因はよくわかりません。幸先が悪いですね。3分遅れで東京に着くも、東京駅は狭く感じました。名古屋駅の方が広く感じます。山の手線で代々木駅に着きましたが、今度は会場がわかりません。駅から歩いて1分とあったので、すぐに見つかると思ったらなかなかセミナー会場が見つからないのです。それでもやっと見つけてファミリーマートでおにぎりとお茶を買って昼食をとりました。ふだんは自炊なのでコンビニのおにぎりは久々に食べました。セミナーの参加者は私を含めて30人。スタッフの方は4人くらいでしたね。はじめに左隣の方と自己紹介をしました。左隣の方は私鉄の駅員さんですが、今は休職中で、すでに動画編集歴2ヶ月。しかも50万円近くするマックのノートパソコンを持ってきていて私は圧倒されましたね。画面が美しくて処理速度が速く、マックってこんなにすごいんだとよくわかりました。この方はすでにクラウドワークスで仕事を受けてこなしているベテランといっていいでしょう。右隣の方は私と同じく動画編集歴こそ未経験ながらネットのリテラシーがものすごく高いのです。この方にはセミナー中にずいぶんと助けていただきました。セミナーははじめは楽しかったのですが、いざ動画編集となるとこれが全然できないのです。私はふだん使っているノートパソコンではなく古いノートパソコンを持ってきたため、それがWiFiがつながらないタイプだったのです。右隣の方も低スペックのノートパソコンを持参したせいでずいぶんと苦戦を強いら
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たそがれのペキン

私は名古屋市在住ですが警察のメルマガというか防犯情報を必ずチェックします。パトネットあいちというのですが不審者情報を見るのが実に面白いのです。一番驚いたのが80代くらいのおじいさんが晴れてストーキングデビューを果たしたというものでした。メールにそう書いてあったわけではなく私が勝手にアレンジしたのですが趣旨としては同じです。もうちょっと何とかならなかったのでしょうか?ノベルピアで小説投稿したらきっと萌えるものが書けるでしょう。どこで歯車が狂ったのでしょうか?軌道修正は難しそうです。いきなり男が現れて何かを取り出そうとしたというのもありました。男は何を取り出すつもりだったのでしょうか?痛い奴だったのか?酒に酔っていたのか?迫真の演技だったのか?人違いだったのか?忘れ物をしたのか?余韻があっていいですね。朝8時20分の出来事であることから8時20分の男と呼ぶことにしました。続報が楽しみです。たそがれのペキンから郵便物が届きかけたことがありました。たそがれのペキンとは昔、借り逃げしたパチンカス野郎です。絵に描いたようなバカ面で横顔がペキン原人そのものであることからたそがれのペキンと呼ばれています。ペキンは自称奈良の出身ですが噓八百に決まっています。奈良にシカはたくさんいてもペキン原人が生息しているわけがない。ペキンはペキン生まれに決まっています。そしてペキンは旧石器時代から現代にタイムスリップしてきたのです。時をかけるペキン。想像するだけで気分が悪くなるし悪寒が止まりません。尾道でこんな映画は絶対に撮りたくないですね。原田知世がけがれます。原人だから手紙を書いたことがないのでしょう。4
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著作権について考える

大分前に人間失格というドラマがテレビで放映されました。私は全く見ていないのですが、このドラマが太宰治の遺族から訴えられて、タイトルが変更されたということがありました。これはおかしな話です。そもそもタイトルに著作権はありません。権利が付与されるのは作品の内容であってタイトルには付与されないのです。音楽のタイトルが映画や小説と同じでも、曲自体が全くそれらの作品とは無関係だったりするのはそのためです。最近、怪談師たちの間で問題になっているのが怪談の著作権です。実は私も心霊をテーマにした小説を書こうと思ったのですが、このせいで断念しました。それにしても怪談に著作権を付与していったい誰が喜ぶのでしょうか。たとえば、廃屋が長い間ずっと取り壊されないことがよくあります。確かに霊障があって取り壊されないケースもあるにはあるのですが、実際には不動産の権利関係が複雑だったり、夜逃げしたか何かの理由で物件の所有者と連絡がつかないなどの事例の方が圧倒的に多いのが実状でしょう。たとえば100人がUFOを目撃しても何の権利も発生しませんが、100人が心霊現象を目撃すれば著作権が付与されるのでしょうか。もうちょっと具体的に考えてみましょう。4人の若者が心霊スポットに行きました。誰もが特に何も感じることなく帰宅しましたが、実はたまたまそこに居合わせた3人グループが4人の心霊体験を目撃していました。しかも全員が見ていても実際にそれが心霊現象だと確信したのが霊感が強い1人だけだとすれば、いったい誰に著作権が付与されるのでしょうか。それとも全員でしょうか。更に別の2人のグループが3人の心霊体験を目撃して、それをはっ
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同性婚について考える2

確かに同性婚では人口は増えませんが、移民は増える可能性があります。これからは同調圧力を排してマイノリティーを大切にしないといけません。国を捨てる人がどんどん出てくる時代です。実際、この制度ができたからといってこの国を出る人がいるとは思わないし、いたとしても他に理由があるはずです。私は政治家の言葉遊びが嫌いです。働き方改革なんて中身スカスカでしょう。何ら具体性も方向性も見えず、何をしたいのかがさっぱり見えてこない。あえてマイノリティーといったのはこうした人たちは良くも悪くも普通ではない独自の世界観の持ち主だからです。今の日本は日本人だけで固まっていても何ら打開策は見出せません。色々な価値観の持ち主が集まってこそいい意味での化学変化が生まれるのです。同調圧力からは永遠に何も生まれないのです。オワコン大国だからこそ、人権後進国だからこそこうした制度を作るべきです。このままいってもどうせこの国は良くなりません。ダメもとでやったらどうか。この国はあまりにも同調圧力が強すぎて独自の世界観が育ちにくいのです。だからこそ、あえて空気に流されず、空気を壊す有能な人材が不可欠なのです。パチンコも廃止してほしいですが、これも実現は難しいでしょうね。カジノをつくるくらいなら、同性婚を進めた方が良いと思います。ギャンブルは犯罪者を輩出し、犯罪を助長し、誘発し、治安が悪くなり有能な人材が育ちません。ずれた人しか生まないですし、そんな奴らは腐ったミカンと同じです。弊害がないとは言いませんが、私はマイナスばかりだとは思いません。金持ちよりも独自の世界観の持ち主を優遇した方がコストもあまりかからないでしょう。日
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幼稚になった日本人

日本は安全だとか治安が良いという言葉を聞かなくなってどれくらいたつのでしょうか。今、日本の治安が急速に悪化しているのは間違いないと思います。今年の冬はいつも以上に寒いですし、物価も光熱費も上がっています。ネットのニュースを見ていないのになぜか凶悪犯罪が多いのがわかるのです。私の部屋に先日、詐欺師が来ましたが、1月に来るのは珍しく、2月に悪質なプロバイダーが来るので、それを警戒していたら間抜けにも網にかかったということです。うちのマンションは貧困世帯しか住んでおらず、世捨て人ばかりです。しかも私の部屋はエレベーターがない5階建ての最上階。まともな人はまず来ません。犯罪者かごろつきしか来ないのです。かつて司馬遼太郎が日本は滅びると言っていましたが、今の日本人はモラルがない。戦後ずっとモラルがないまま来てしまっている。おそらく、司馬さんは日本人のモラルのなさを憂慮していたのだと思います。しかし私が憂慮しているのはモラルのなさではなく、もちろんそれはあるのですが、それ以上に致命的なのは日本人が幼稚になったことです。読書しなくなったことで、ものを考えることがなく、薄っぺらな人が多いし、目先の欲に負ける人も多いです。盗撮や不倫はその典型です。羞恥心やモラルがない。しかも人口は増えません。ただ私は幼稚な人が家庭を持ってもうまくいくはずがないので、悲惨な末路よりはこのまま人口が減る方がましだと思います。幼稚な人は成人しても50代になってもずっとそのままです。成長も成熟もしません。今の日本と同じです。今の日本が成長も成熟もしないのは幼稚な人が増えたからです。人口減少もありますが、社会が成長も成熟
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「良い人」でも成功できない理由

「どんなに気が良くて、どんなに一生懸命でも、ものを知らないというのは自分がどこにいるか知らないことですから。」これは宮崎駿さんの言葉です。「学生時代に本を読まないのは勝手だけど、結局、無知なものはやっぱり無知ですからね。」この言葉からの続きになります。「教養はなぜ大事か?」という質問に対しての回答で、Quoraで見つけました。これは、どんなに人間性に優れた良い人、また熱意ある人であっても、知識がなければ人を人たらしめる「自覚」がないとも言えるんですよね。自覚とは、自分がどこにいるのか?立場、役割、また自分の価値を知っている、言わば自分が何者かを知っているということです。この自覚がないと、自分がなにかを成し遂げようとしても、自分の持つ価値、強みを発揮することが出来ません。これは理想を実現する、成功するに当たって致命的です。そしてこの自覚が今回のテーマとなっている「ものを知っている」ことで確かにできるものです。本を読むでも、人との対話でも、何らかの体験でも何でも良い。知識を得て自分が何者かを自覚することで、その人間性、良い人であり、周囲、社会、世の中に影響力を及ぼす成功者になれるんです。これは意識高い、とかってもんじゃなくて、社会人のたしなみじゃないかと思います。
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営業の学び

「営業」と言われる職種の内容は、会社によって様々です。一般的には、得意先と接して売上責任を持つ仕事を営業と呼びます。利益=売上-費用、この売上を担当する重要な仕事です。大企業は、営業とマーケティングが分離して役割分担していますが、中小企業ではプッシュもプルも営業担当者が担います。会社の業績に直結する「売る」機能です。 「売る能力」とはどんな力でしょう? 商品知識、トーク力、説明力、交渉力、関係構築力・・・いろいろあります。私も営業を担当していた時期がありますが、絞り込むことはできません。全部です。しかしあえて構造化すると、「お客様×提供価値」を実践できる人は、売る能力が高いと思います。顧客を深く理解し、自分たちの強みを、効果的にぶつける能力。原則は「お客様ファースト」。まずお客様との接点を切り開きます。お客様のニーズ、困り事、解決したい課題は千差万別。一方的な押しの強さが営業力ではありません。懐の深さ、広い知識、高い専門性、豊富な経験、社会的良識が必要です。顧客の話に柔軟に適応して、キャッチボールできなければならない。優れたセールスやマーケッターは例外なく「物知り」です。営業はその場が勝負。気づく力、感度、適応力がものを言う。 営業の学びには順番があります。まず業界知識を徹底的にインプットする。「保険を知らなければ、保険は売れない」というわけです。必要な資格があれば早々に取得しましょう。そしてお金の知識が必要です。基本的な財務会計リテラシー。営業は金額目標が必須なので、自社の利益構造を理解した上で、売上と費用を管理します。計数感覚を鍛えます。顧客に事業利益を相談されて、「え?
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情報収集力

「情報収集力」は、ビジネス(仕事)の基礎です。新社会人はまずこの力を鍛える必要があります。実務への即効性は一番。まずはそのエッセンスをまとめてみます。①インプットあってのアウトプットである。②情報収集で最も大切なのは「目的の明確化」である。③情報収集計画を立てると立てないとでは効果・効率に大きな差が出る。④情報には4つの要件(十分・信頼・関連・有用)が必要である。⑤情報収集の5つの方法(観察・聴取・閲覧・調査・実験)を最適に使わなければならない。以上が要諦で、これをベースに、情報の分類、入手ルート、インタビュー技術、調査・実験方法などを学んでいきます。 「インプット(含教養)や情報収集(有目的)は、WEBで簡単に調べられるので、必要な時に(あるいは後で)ググれば十分」という考え方があります。しかしこれ、インプットの中の、情報収集の中の、情報入手ルートの中の「WEBという1媒体」のことを言っているだけなんです。すごく表面的で小さな話です。実際のビジネスの現場では、WEBで調べている時間はありません。一瞬の組み合わせで付加価値が生まれている。机上で一人うんうん唸りながら、PCでWEB検索して企画をひねり出しているケースは稀です。複数の仲間や関係者と知恵を出し合い、喧々諤々ディスカッションして、提案に値する「策」を創り上げることが王道だと思います。 ここで大事なのが「すでに教養が頭に入っていること」(日常的インプット)と「新たな情報を発見すること」(情報収集)。これと、「目の前の事象」や「誰かの発言」を瞬時に組み合わせます。インプットや情報がないと、会話の意味すらわからない。議論につ
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第16回 装飾には意味がある「古代エジプトの文様」

第16回 装飾には意味がある「古代エジプトの文様」これまで見てきたデザイン史では、時代や社会の変化とともに、デザインがどのように生まれてきたのかをたどってきました。ここから少し視点を変えて、世界各地に残されている「装飾」や「文様」に目を向けてみましょう。私たちは模様を見ると、つい「きれいだから描かれている」と考えてしまいます。しかし、古代の装飾には、美しさだけではない意味が込められていました。その代表的な例が、古代エジプトです。3000年以上続いた古代エジプト文明古代エジプト文明は、紀元前3000年頃から約3000年にわたって栄えました。ピラミッドや神殿、墓、彫刻などには、現在でも多くの文字や文様を見ることができます。それらは単なる飾りではなく、神々への信仰や死後の世界、王の権威など、当時の人々の世界観と深く結びついていました。つまり古代エジプトの装飾を見ることは、当時の人々が世界をどのように考えていたのかを読み解くことでもあるのです。絵のように見える「ヒエログリフ」古代エジプトを象徴するものの一つが、「ヒエログリフ」です。人間、鳥、動物、植物、道具などが描かれているため、一見すると小さなイラストが並んでいるように見えます。しかし、これは古代エジプトで使用されていた文字体系です。神殿や墓、石碑、像など、さまざまな場所に刻まれました。古代エジプトでは、文字は単に情報を記録するものではありませんでした。文字として刻まれた言葉には、その内容を現実のものにする力があるとも考えられていたのです。文字そのものが、神聖な力を持つ存在だったわけです。王の名前を囲む「カルトゥーシュ」ヒエログリフ
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第8回 モダニズムへの架け橋「グラスゴー派とマッキントッシュ」

第8回 モダニズムへの架け橋「グラスゴー派とマッキントッシュ」19世紀末、ヨーロッパではアール・ヌーヴォーが大きな広がりを見せていました。しかし、その流れとは少し異なる、新しいデザインがスコットランドの港町グラスゴーで生まれます。それが「グラスゴー派」です。アール・ヌーヴォーが植物を思わせる優雅な曲線を特徴としていたのに対し、グラスゴー派は、より幾何学的で落ち着いた美しさを追求しました。その独特の表現は、後のモダンデザインへとつながる重要な一歩となります。チャールズ・レニー・マッキントッシュという才能グラスゴー派を代表する人物が、建築家でありデザイナーでもあったチャールズ・レニー・マッキントッシュです。彼の作品は、細く伸びる垂直線や水平線、正方形や長方形を組み合わせた端正な構成が特徴です。一方で、そこへ繊細な植物モチーフを取り入れることで、幾何学的でありながら温かみのあるデザインを生み出しました。華やかな装飾が主流だった時代に、ここまで整理されたデザインはとても新鮮で、多くの人に驚きを与えました。シンプルだからこそ美しいマッキントッシュの家具や建築を見ると、「余計なものがない」という印象を受けます。装飾を増やして豪華さを演出するのではなく、線や形そのものの美しさを大切にしたのです。この考え方は、現在のインテリアデザインやプロダクトデザインにも通じています。私たちが「シンプルで美しい」と感じるデザインの原点の一つは、マッキントッシュの作品にあるのかもしれません。ウィーンで高く評価されたデザイン興味深いことに、マッキントッシュの才能は母国イギリスよりも、オーストリア・ウィーンで高く
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「なぜ、あの人はいつも余裕があるのか?」教養という名の最強の自己投資術を紐解く

人生は、時として残酷で、理不尽で、思い通りにいかないことばかりです。仕事でのプレッシャー、人間関係の複雑な軋轢、ふと襲ってくる将来への漠然とした不安。そんな荒波の中で、「なぜ、あの人はいつも落ち着いていて、どこか余裕があるのだろう?」と感じたことはありませんか?実は、余裕がある人とない人の違いは、才能や環境の差ではありません。「自分という物語をどう解釈し、どうコントロールするか」という、人生の地図を持っているかどうか。その地図こそが、今回紐解く「ギリシャ神話」です。2500年以上も前に生まれたこの物語は、単なる古い伝説ではありません。人間の欲望、嫉妬、権力、そして絶望と希望……。私たちが現代で抱える悩みのすべてが、神々というキャラクターに仮託されて描かれた「人類最初のシミュレーション・レポート」なのです。この教養という名の最強の自己投資術を、5つの章で深掘りしていきます。1. 混沌(カオス)から学ぶ、現状打破のエネルギーギリシャ神話の幕開けは、美しい神殿が建ち並ぶ風景ではありません。そこにあるのは「カオス(混沌)」という、名前の通り何物も形を成さない、底なしの暗闇とエネルギーの塊です。現代に生きる私たちは、物事が論理的で秩序立っていることを「正しい」と考えがちです。しかし、実は創造の源泉は、常にこの混沌の中にこそ存在しています。物語の初期、天空神ウラヌスは自らの子供たちを恐怖し、大地ガイアの奥深くに閉じ込めました。しかし、抑圧は必ず爆発を生みます。ガイアは末子のクロノスに鎌を渡し、父を排除させました。これは単なる血生臭い神話ではなく、現代における「破壊的イノベーション」の原点で
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2月が28日しかない理由について

2月が28日しかない理由は、天文学ではなく、古代ローマの暦の歴史・政治・迷信が複雑に絡み合って生まれた結果です。🌙 起源:ロムルス時代の「10か月カレンダー」最初期のローマ暦(ロムルス暦)は 3月から始まる10か月制 で、1年は304日。冬の約60日間は「農業にも軍事にも意味がない」として そもそも月として数えられていなかった。🌓 ヌマ王の改革:11月・12月の後ろに1月と2月を追加ローマ王 ヌマ・ポンピリウス が、季節と暦を合わせるために 1月(Ianuarius)と2月(Februarius) を追加し、12か月制にした。しかしローマでは 偶数は不吉 とされ、月の日数はできるだけ奇数にしたかった。その結果、調整のために 2月だけが偶数の28日 になったとされる。🌞 ユリウス・カエサルの改革:太陽暦へ紀元前46年、カエサルがエジプトの天文学者ソシゲネスの助言で 太陽暦(ユリウス暦) を導入。1年365日+4年に1度の閏日という仕組みができたが、2月は依然として最も短い月のまま 残された。🔢 なぜ2月だけが短いまま残ったのか2月はローマで 死者の儀式や浄化の月 とされ、縁起が悪いと考えられていた。そのため「不吉な月=日数が少なくてもよい」という迷信的な扱いを受けた。政治的にも、他の月は皇帝の名前(7月=Julius、8月=Augustus)などで日数が増減したが、2月は調整用の月として固定され続けた。🗓 現代のグレゴリオ暦でも継承現在の暦(グレゴリオ暦)はユリウス暦の改良版で、2月=28日(閏年は29日) という構造をそのまま引き継いでいる。✨ まとめ2月が28日なのは、天文学
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【中学受験】ゆるい中学受験を成功させる秘訣 合格させる方法

2025年組の首都圏の中学受験も 佳境に入ってきました。 今年度は 『ゆるい中学受験』の子が2人いました。 2人とも2/1に1回で第一志望に 見事合格してくれました。 (合格校については内緒にして欲しいそうです。) 本当におめでとうございます! 皆さん、 この結果を聞いてどう思いますか? 『ゆるい中学受験』だから簡単だろ? と思われたと思います。 それは違います。 かなり大変なことなんです。 どういったところが大変なのか、 具体的に書いてみます。 ①とにかく読解力がない。 ②読解力がないので、他の科目も当然できない。 ③学校の勉強も怪しいので、計算力など受験に欠かせない能力が足りない。 ④わからないことが多すぎて、1人で勉強できない。解説を読んでも読解力がないので理解できない。 ⑤30分も勉強できない。 ⑥プリントなどを整理できないので、どこまでやったかわからなくなる。 ⑦予想外のところに穴がある。日常生活の中で自然と覚えてしまうだろと思うものまで、知らないことが多い。 ⑧アナログ時計が読めない。長針と短針の動きが理解できない。 ⑨親の言うことはほぼ聞かないので、宿題も捗らず、授業で何とかするしかない。 すぐに思い出せることでも、 こんなにたくさんあります。 合格するためにはこれらのことを、 コツコツ訓練するしかありません。 まずは読解力から身につけます。 すぐには身につかないので、 『読む』ということがどういうことなのか そこから教えていきます。 読解力がないといことが、 どれだけ恐ろしいことか 皆さん実感できないと思います。 言葉の通じない外国人と 話しているような感覚なん
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自分の強みを伸ばし、活かすことに力を入れる!【アラフィフ心理カウンセラー「うさぴょん」のココナラ電話相談】

日々の生活や仕事において、自分の強みを理解し、それを最大限に活かすことは、成功への近道です。強みを見つけ、それを伸ばし、活かすことで、仕事や人間関係において大きな成果を上げることができます。ここでは、強みを発見し、それを生かすためのアプローチについて考えてみましょう。 まず、自分の強みを知ることが重要です。どんな仕事や状況で自分が輝いているか、どのようなスキルや特徴が自分を際立たせているかを見つけることがスタート地点です。これには自己分析やフィードバックの受け入れが必要です。同僚や友人に質問し、自分の強みを客観的に知る手段を見つけましょう。 強みを見つけたら、それを伸ばすための努力が必要です。スキルや特徴は日々の練習や経験を通じて向上します。自分の強みに焦点を当て、その分野でのスキルや知識を深め、専門性を高めることで、他の人との差別化が図れます。 さらに、強みを活かすためには柔軟性も大切です。状況に応じて自分の強みを生かす方法を変える柔軟性があれば、さまざまな場面で活躍できるでしょう。新しい環境や課題に適応し、強みを最大限に発揮することができれば、仕事やプロジェクトにおいて信頼性を築くことができます。最後に、自分の強みを活かすことは他者との協力も欠かせません。チームや仲間との連携を通じて、お互いの強みを生かし合いながら目標に向かって進むことで、より大きな成果を上げることができます。協力と共感を大切にし、他者の強みも尊重する姿勢が重要です。 強みを見つけ、伸ばし、活かす。これが成功への近道です。自分を知り、自分を高め、他者と協力することで、より良い未来に向けて歩みを進めましょう。
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何の根拠もないデマゴーグに惑わされるな

私がスマホで作業しておったところ、とんでもないことを広告で言い出す輩が現れたので驚きました。聞くところによると「空前の日本ブームが来る」そうです。最近、日本のサッカーやバレーは強いですよね。でも、まあないです。こんなことが起これば私たちが日常の中でとっくに気づいているかマスコミが報じているはず。なのに私たちが全くと言っていいほど何にも感じないのは、どのマスコミも報じないのはそんな動きがないからとしか考えられません。せいぜい数十人か数百人であろう動きを空前とは誇張もいいところです。この輩は日本株の先生らしいのですが日本株を買うなとは言いません。私は魅力を感じませんがね。この輩は歴史を学んだことがないんでしょうね。戦記を読めばだいたいわかるものです。例えば2.26事件ってありましたよね。あれは東北の農民の貧しさに端を発しておるわけです。「どうして僕たちはこんなにも貧乏なんですか?」残念ながら日本はあの頃と全然変わっておらんのですよ。80年も90年も変われない。いや変わろうとさえしてこなかった。そんな国をなぜかみんなすごいすごいと言うわけです。一体すごいって何ですか?本当にすごい人なんてごくごくわずかでしょうが。サッカーとバレーと文化の担い手なんてごくごくわずかでしょうが。要するに本当にすごい人はごくごくわずかなんですよ。彼ら以外が全員だめとは言いませんが全体がすごいわけじゃない。すごいのはごくごく一部だけで全体は大したことないです。これから日本ブームが来ないとは言いませんが、この輩が言うような空前の日本ブームは来ません。万が一来たとしても線香花火です。これからはきっとこういう輩が増
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占星術は「霊感開発ツール」?!

占星術は、もとは【暦(こよみ)】として、カレンダーの代わりに「収穫や種を撒く時期を知るために」作られた学問がベースですが、もはや「暦」を越えています。このような壮大な基本大系を誰が作ったのでしょう。占星術を学ぶと、 特にお客様と向き合うと(そうだ、これはこうだ)とハッと何かに気が付く、思い出す瞬間があります。 自分でも暫く開けていなかった引き出しを開ける瞬間です。 人によっては、 霊性が開く人もいるでしょう。 現に、占星術師の中で ≪その人を見ただけで、何の星を持っているか見当が付く≫ という方もいらっしゃいます。 …このようにして考えると、 占星術然り、 タロットも然り、これらは 【人が持っている直感力や霊感を引き出すツール】 なのだな、と感じます。 世界には占星術を大学で学ぶことが出来る国もあるのだとか。 素晴らしいですね。 我が国・日本でも多くの人が占星術に興味を持って、占いを越えて「教養」として学ぶ時代がやって来たら…面白いだろうなぁ、と考えています。
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実話に似せた創作

怪談や不思議な話には実話なのか創作なのかよくわからない話があるものです。都内のある駅から乗った人がいて列車の走行中に次の駅のアナウンスがその駅だった。だから乗客たちはみんな笑っていたけれども実際に着いたのがまさにその駅だったという話があります。つまりA駅からA駅に着いたということですね。後日談としてこの投稿者はそれが2ちゃんねるが開設された頃だったので同じ体験をした人がいないか探してみたところ、1件だけ土曜日にその人と同じ体験をしたという書き込みがあったそうです。一見実話のようにもとれるのですが、私は創作だと思います。というのも実際にこんなことが起きれば下車して必ず駅員さんに確認するはずです。この人が定期券を持っていればいいのですが、切符を買っておれば料金はかからないはずです。払い戻しが受けられるはずなのにそのあたりの説明が全くないのが気になります。この人はホームを降りてそれからいったいどうしたのでしょうか?これが実話だという根拠が薄いし、そもそも投稿者がそれからどうしたのかが一切語られていないのが引っ掛かります。都内かどうかは忘れましたが、朝の通勤電車で前に座っているサラリーマンが現実世界と全くかけ離れた新聞を読んでいて元号が今とは違い、徳という字が使われていて投稿者のいぶかしげな視線を感じたその男が次の駅でそそくさと降りていったという話がありました。これも確かに面白いのですが、やはり創作でしょうね。というのもこれが実話だとするとこの人は異世界からこちらの世界にわざわざ新聞を持って通勤客を装ったことになります。普通に考えたらこの人はユーチューバーか何かでしょう。そして自撮りか
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読むよりも書いた方が絶対に面白い

私はノベルピアで小説投稿に挑戦しました。テーマは同性婚です。15歳の女の子が異世界に行って婚活をする話を書いてみたのですが、もちろん小説なんか一度も書いたことがありません。ノベルピアへの投稿も初めてです。しかも2月末が〆切だし、2000字以上で20話以上書かないといけないのです。初投稿が2月4日。更には23日に東京のセミナーの予定が入っており、プロットを立てる暇もないまま、10日間で20話ほど書き上げることができました。何とかコンテストの対象にはなりましたが、プロットを立てずに書くとこうなるという悪い見本でもあります。これは作業手順を無視して数を上げる現場の作業に似ています。私はほぼ現場で生産に従事していたので、よく似ていると思いました。何でセオリーを破ったかというと〆切に間に合わないからです。いつもは必ず作業手順を守る自分がセオリーを破るということ自体が異例でもありました。書いてみると案外書けてしまうものです。創作投稿自体は断続的に30年くらいやってきたし、読書歴は45年以上あるので、実際に書いてみるととにかく面白い。この10日間は自分にとってものすごく楽しかったです。人生に楽しさを全くと言っていいほど感じることがなかったのですが、ありえないほど充実していました。底抜けに面白いと思える時間を久々に味わうことができました。書いて読んで書き直すという作業自体が楽しいのです。元々心霊ものを書くつもりが怪談の著作権のせいで吹っ飛んでしまう誤算もありました。しかしプロットがないということは結末が未定だということです。一応、結末は考えていたのですが、サブキャラの女の子が成長して全然違う方
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三島由紀夫と川端康成の運命を決めたもの

三島は不運でした。彼が市ヶ谷で決起する約1年前は学生運動のピークです。それから数か月後に大阪万博がありました。大阪万博で国民の関心は一気に生活の豊かさへとシフトしていったのです。三島は決して時流に疎い人ではなく、むしろ時流の最先端にいた人です。彼が市ヶ谷で決起したあの日は第一線の人たちが軍事演習で留守でした。なので三島の演説を聞いていたのは予備役の人たちでした。彼が早めに演説を切り上げたのは上空を飛ぶマスコミのヘリコプターの音に声がかき消されたからではありません。私はテレビで見ましたが、三島の声はかき消されるどころか、はっきり聞こえていたのです。ということは彼はこんな人たちに話しても無駄と判断したとしか考えられないのです。三島ほどの人でさえ、国民の意識の急激な変化には全く対応できなかったのです。三島の死後、約1年半後に師匠の川端康成が自殺しました。女中さんとの恋に破れたとかいう話があるようですが、まずそれはないでしょう。ありえないとまでは言いませんが、川端は幼少の頃から身内との縁が薄く、身内をたくさん見送ってきた人です。自らを葬式の名人と自嘲したほどです。72歳にもなって今さら失恋くらいで亡くなるような、そんなやわな人ではありませんよ。これまでずっと政治と距離を置いてきた川端が三島の死後から政治に関わるようになり、都知事選の応援演説をしたことはよく知られています。これはもう権力への執着とかではないでしょう。三島の影響に決まっています。弟子を死なせてしまったという川端の自責の念から生じた行動としか考えられないのです。実際、三島の霊が川端に会いに来て川端が彼を喜んで出迎えたという証
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