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不安の分類

不安の分類 不安:安全が確保されていないということを知らせてくれる感情 不安そのものは否定したり抑えたりコントロールしようとしない 上手に受け入れて、付き合っていく・対処していく 1.解決したほうがいいもの(例)あの人は自分の言ったことを誤解しているんではないか? →直接尋ねる・説明する →自分の思い過ごし・誤解が解消 →安全が確保される(不安解消) 2.対策のしようがないもの (例)明日のプレゼン、失敗したらどうしよう、本当に大丈夫だろうか? →準備も万全・やるべきことは やれる範囲でやった →これ以上対策のしようがない ※不安から不安への悪循環に注意 →未知のことに不安を感じるのは当然のこと 「不安になるのも仕方がないよね」 「今はこれでいい」と受け入れる ×「気にしないようにしよう」と不安を押さえつけない未知から既知にすることで不安が和らぐ
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中学校生活10

思い出したことがあったので、書き留めたいと思います。私がまだ小学生のころ…あれは何年生だったかな、5年生くらいだったと思う。ある女子生徒数人に「話があるから体育館のステージ下にきてよ」と言われた。その小学校はステージの下が倉庫のようになっており、暗い物置のようになっていた。そこに呼び出されたのだ。私はなんだろう、と言われた時間にステージの下に行った。そこには呼び出した女子生徒と他に数人がいて私がくると、サッと私を取り囲んだ。そして「お前さぁ、邪魔だし目障りだから、死んでくれない?屋上から今すぐ」と、唐突に言われた。私は、その辺りには多分「感情」というものを無くしていたのか「わかったよ、今から屋上いくから着いてきてよ」と言った。そしたら、一瞬ビクっとして「……、目の前で死なれたら、こっちが迷惑だからいいよ、ストレス発散にはなるからな」とだけいって、どこかに行ってしまった。私は、悲しいとか辛いとかそういう感情を失ってしまったと思う。話しを前回までのに戻そうと思う。おばさんの家から中学校に通うことになって、今までの自分はもう捨てよう!と思っていた。もう半年だけど、地域も違うし知り合いもいないし、今度こそはイジメられることはない!と…。それと同時進行で、父の財産の話も進んでいた。財産関係でどうしても父の兄と話しをしなければならない。そして、家庭裁判所にもいかなければならなかった。家庭裁判所では、いろいろな話を聞いた。私が「財産を放棄することで家もなにもなくなる」こと「財産を引きつぐと負債も引き継ぐことになる」など…。私は、これだけの人(親戚や兄、母親など)が、財産を欲しいと思っているけ
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不幸だから楽しめる(*^^*)⭐️動画付き

★生きてきて不幸にしかあったことがない(^_^;)今までの人生を客観的に見ると不幸エピソードてんこ盛り(^_^;)生まれてからは叩かれ食べ物も与えられない虐待された記憶仕事では重度のうつ病PTSD統合失調症パニック障害2年半の休職3度自分を終わらせようとしました。無給休職間は食べ物が買えなくて朝昼コーヒー飲み夜はスーパーに値引き総菜を買ってお腹を満たす日々ちなみに職場復帰訓練で毎日職場には通うけど机はかび臭い日の光が入らない本の車庫で毎日本の分類番号を数える毎日ちなみに出勤してますがあくまで無給休職間のため給料は0それを1年間耐え忍びました(*^^*)まだまだ思い出すことは一杯★友人からの「君みたいにはなりたくない」間近で見ていた友人からは「君みたいにはなりたくない(笑)」そんなことを言っていました。もちろん気のおけない仲間でいつも心配して電話をくれた友人なので悪い気はありません(*^^*)でも「本当に不幸だな」とその時は思っていました。★カウンセリングが私を変えたそんな時カウンセリングと出会いました。カウンセリングの中で一つ一つ絡まった糸をほぐすように向き合っていきました。おかげで今までの人生が決して不幸じゃなくなっていました。むしろあの時があって今があるとポジティブになることができました(*^^)v★不幸を笑いに変えた(*^^)v一番怖かったのは休職から復帰した時のみんなの目でした。開口一番みんなの前で言ったのが「ちょっと精神と時の部屋で修行してました(^^)」聞こえたのは爆笑の渦でした。これを話す前何をこの人は言うのかと気を遣って沈んでいた皆が思いがけず笑ってしまったので
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「目標達成に全力を尽くす」と幸福度が高まる 【ポジティブ心理学】

ポジティブ心理学では 幸福を決定する要因の40%が 意図的な行動によるというデータを示しています。 つまり自分で変えられる部分が40%あるということです。 で、心理学者のソニア・リュボミアスキーによると 12の習慣を心掛けることで 幸福度が高まるそうです。 今日はその10個目の 「目標達成に全力を尽くす」と幸福度が高まるという話です。 ソニア・リュボミアスキーはこのことについて 1.目標達成に全力を尽くすと、何よりもまず人生の目的が見つかり、自分の人生をコントロールしている感覚が得られます。 ※コントロール感覚 ※ do よりも be の自分、ありかた 2.回避目標を追い求める傾向がある人は、対象が何であれ あまり成果を上げられません。 ※接近目標 3.幸福とは、目標を追い求めることから生まれるのであって、 必ずしも目標の達成から生まれるものではない。と述べています。参考にしてください。
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精神科の待ち時間長い?

11月19日(金)、おはようございます。先週末、定期(最近はもっぱら不定期ですが)通院に行ってきました。病院の待ち時間、どうやって過ごしますか?※音声ブログです👇お聴きいただきありがとうござました♪それではまた!
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中学校生活8

中学3年ともなると、高校進学の話で学校も盛り上がっていた。私はそもそも勉強はあまり得意な方ではなく、むしろ成績は下の方だった。小学校時代から、わからない所があって先生に聞いても無視されるような状態、父にいうと怒られる、塾でも先生には無視されていた。今のように気軽に調べられるようなものはなく、自分でも勉強は諦めていた。けれど、父は高校は「〇〇高校にいけ」と言われていた。そこの高校は、この辺の高校では結構レベルが高い高校だった。それ以外の高校は認めない、という考えの人だった。父は、仕事を点々としていた。祖母が亡くなってからは仕事はせず、ビジネス専門学校に通っていた。それからは、縫製工場、重機会社など。そんな中、先生が〇〇高校の体験入学に連れて行ってくれた。家からは、すごく離れた高校だった。当時はボロボロの校舎だったが、なんだか楽しそうだった。一緒に体験入学に行った生徒は私に話しかけてもくれた。同じ学校に話かけてくるのは、先生がいたからだと思う。同じ高校から私を含めても3人くらいしかいなかった。体験入学が終わり、母親の家に帰った。その数分後…電話がなった。私「もしもし…」母「あ、今帰ったの、急いであんたの家に来て!お父さん死んだ」????!!!え…死んだ?なぜ…どうして私は急いで自転車に乗った。どうか無事でありますように…もうこれ以上、だれも死なないで。私が家に着いた頃には、警察や近所の人でいっぱいだった。そこに父はいなかった。病院にいったのだと思った…が、誰の声か覚えていないが「縁側で首を吊った」と…。自殺…私は、「一人になっちゃった」とどこか冷静に現実を見ていた気がする。私は、家
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中学校生活7

中学校でも相変わらず、イジメにあっていた。中学ともなれば、いろんな小学校から入学してきて、新しいスタートを切れると思っていたが、入学当初は、そうでもなかったが、そもそも小学校からの持ち上げありの生徒も方が圧倒的に多かったから、イジメが再発するのも簡単だった。中学のころは、母親の家と自分の家を行き来していた。中学二年生くらいには、ほとんど学校に行かないようになっていた。学校に行く日は父の家から登校するときくらいだった。その頃くらいに父に彼女ができたらしい。その彼女にも子供がいて、一個上の年だという、そして同じ学校…私がイジメられていることはバレていた。廊下ですれ違うと、すぐに嫌や顔をした。それは仕方のないことだと思った。その彼女さんの子供はとても頭もよく、スポーツが万能で…私とは天と地の差があった。当然のごとく、比べられた。「〇〇ちゃんは、こんなに頭いいのに、お前はなんだ!恥をかかせるな!」と、口癖のようにいうようになった。彼女さんは、父に「なんでそういうことをいうの!」と叱っていたが、私は、父には私がいないことで幸せになるなら、私はいなくなってもいい、と思っていた。男手1つで、今まで関わったこともない実の子とは言え、私が全部をダメにしている。そう思った。母親は、なぜか優しい言葉をかけるようになってきていたせいもあってか、ほぼ母親の家に住み着くようになった。子供たちも幼いせいか、とても慕ってくれた。私は母親の家にいてもいいのか…と考えるようになった。そんな朝、母親の家から学校に行こうとしたとき、「学校には行くな!」「家から出るな!」と言われた。え?!どういうことだろう。「お前は学