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すべてのブログから「#破産」タグの検索結果

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破産した

本当のはなし朝、出勤したら会社がつぶれていた。これ、珍しい話ではないそうです。実際、青森県のランドマーク的存在として愛されてきた老舗の百貨店が、突然と閉店する話がありました。出勤した従業員は、朝礼で破産と解雇を告げられたそうです。その後、同日中に私物を撤去するよう伝えられ、午前中に百貨店を後にして涙を流しました。従業員だけではなく、商品を納入していた取引先業者も、商品を引き揚げに来て支払いはないまま泣き寝入り。もちろん、経営者も存続の努力はしていたはずですが、どうすることできななくなった最終判断だったのでしょう。人ごとじゃないこの話を聞いた僕は人ごとではないと感じました。大企業ならともかく、中小企業や個人事業主にとって、仕事がなくなるなんていつ起きてもおかしくありません。・取引している人から仕事の依頼がなくなる。・いつも買ってくれていたお客さんが買わなくなる。・新しいお客さんが増えなくなる一つや二つ、すでに経験したこある方もいると思います。こんなネガティブな話は想像もしたくありませんが、僕たち経営者は最悪の事態にも備えなければなりません。ビジネスにおいて1は最悪の数字マーケティング界の権威、ダン・S・ケネディはいいます。ビジネスにおいて1は最悪の数字その1が無くなったら0になるからです。これは「ビジネスは不測の事態はつき物で、それに対するリスクヘッジは怠るなよ」といった警告です。・集客する媒体が一つ・頼れる取引先が一つ・売上を上げる商品が一つこれ、めちゃヤバい状態です。毎日、本業をこなすことが精一杯で、忘れがちかもしれませんが、経営を存続させてこそ商売。家族を守るため、従業員を
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はじめまして、莉那のえる(りな・のえる)です。

私の人生は、波乱万丈の連続でした。他人に流されやすく、自分の意見を言えない臆病な性格で、子供の頃だけでなく、大人になってからもいじめに遭うことが多かった私。いつも前に出る人の影に隠れて、ただ苦笑いするしかありませんでした。そんな私が、思いがけず結婚し、当時の夫のアドバイスを受けて会社を立ち上げることになりました。売上が順調に伸び、成功を手にしたかに思えたのですが…人生は突然暗転しました。夫の浮気と横領が発覚しました。さらに信頼していた仲間たちにも裏切られ、私はすべての責任を一人で背負うことになりました。会社は倒産し、借金を抱えたまま離婚。すべてを失った私は、孤独と絶望の中に立ち尽くしました。 信じていた人々は次々と離れていき、警察や弁護士に相談しても解決の糸口は見えませんでした。お金がなければ何も進まないという現実。心が毎日打ちのめされる日々が続きました。 そんな中、唯一の心の支えとなったのが「推し活」でした。動画の中、推しの笑顔や頑張る姿に励まされるうちに、自然と私自身も笑顔を取り戻していきました。そのうちに「私も人を笑顔にするような活動がしたい」と強く思うようになりました。 そこで、何とか自分を変えたいと決意。以前より登録していたココナラで占いやヒーリングを受けてみることにしました。そのとき出会った占い師は、単なるアドバイスを超えて私が前を向いて歩けるよう、心の持ち方や注意すべき点を丁寧に教えてくれました。その言葉に支えられ、少しずつ自分と向き合い、前に進む力を取り戻すことができました。 今では私は一人で事業を再スタートさせ、前向きに新たな道を歩んでいます。この経験から、同
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絶対評価で自分で磨く

競争社会、階層社会、受験戦争・・・ これは比較が元になっている言葉だ。 受験戦争って、ほかの受験生よりも1点でもいい点数を取ることを目標に勉強をして、試験を受けないといけない。競争社会で言えば仕事での同僚との出世争いもそうだ。結局、他人と比較して自分を評価しようと思っても、他人がいなければ評価の基準がないということだ。あの人と比べて自分は・・・ では自分自身はどうなのか・・・ っていう、絶対評価はそこには生まれてこない。目指すべきは、 「あの人はこういう人だ!」 という評価だ。 誰かを目標にするのも、誰かをライバルにするのも、自分を磨く原動力になるならどちらでもいいこと。何で日本は他人と比較した偏差値教育や、 全てまんべんなくこなすことを重視する教育になっちまったんだろうか?会社を倒産させる前の自分がそうだった・・・ あそこの会社がやってるから、うちはそれ以上のことをやるぞ! 他社と比較することばかりだった。 破産倒産して他人と自分を比較させないことが、こんなに気楽で自分らしさが出せるとは思いも寄らなかった。自分への絶対評価があがれば、目指すべきものがはっきり見えてくる。やるべきことも必ず見えてくる。絶対評価同士で他の人が勝手に比べてくれるのはかまわない。自分自身の中で常に「自分を磨く」ことを心がけ、絶対評価をあげていくことに努力をしていく。比べるものは去年の自分と今の自分、そして来年の自分 。それだけだ。そうすれば、たとえ自己破産しようが会社を倒産させようが、絶対評価はついてくる。「あの人は、また何かやってくるよ」 「ただじゃ終わらない人だよ」 ってね(^o^)それが、自ずと
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人格以上にお金は入ってこない

あなたは自分に対するお金のキャパをご存知ですか? お金にはキャパがあり、この考えがないとお金を受け取ってもなくなってしまします。その証拠に、 宝くじを当てた人の多くは、当てる前より現状が悪化するというのは有名な話ですが。これは、その人に大金を受け取るキャパがなかったからにすぎません。では、このお金のキャパとはなんでしょうか? それは、「使い方」です。 キャパというと、入ることをイメージしてしまいがちですが、事実は逆です。お金など使わずタンスに入れておけば減ることも借金することもありません。しかし、現実は減るだけならまだマシで、借金に苦しんいるのです。それは、お金の使い方に問題があるからです。 今まで手にしたことのないお金が手に入ると、金額の価値が分からなくなるのです。紙幣自体には価値はなく、紙幣はあくまで欲しいものと交換する道具でしかありません。しかし破産する人は、その道具が持つ価値に麻痺を覚え、自分に力があると幻想を描き、自分のキャパ以上に使ってしまうのです。これは、クレジットカードも同じです。 あなたのお金でもないクレジットの限度額が、あたかもあなたの預金のように感じてしまいます。これは、あなたのキャパを広げない限り、他人のお金に対し、自分の力と錯覚するようになります。では、なぜ普通に考えれば分かることに対し幻想を描き麻痺するのか?その答えは、お金に対するメンタルが影響しています。 宝くじのように、努力とは無縁に入るものは別として、自分の努力で稼ぐビジネスにおいては、自分のお金のキャパを広げなければ、目標金額を達成すると潜在意識があなたの意思とは別にサボるよう指示するように
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僕が会社を畳むときに考えたこと

僕が会社を畳むときに考えたことを本の目次の見出しのように書き出してみました。会社を特別清算した経験から、私的整理、破産等の相談に乗らせていただきます。【会社エピソード】・就職経験なしで家業に入社・創業50年の二代目・最盛期は売上2億越え・元々は駅看板の広告の下請け作業会社・度重なるポジションチェンジへ挑戦・看板を作る設備を手放しファブレス化・何度もあった倒産の危機・昼夜現場があるブラックな環境から働き方改革へのチャレンジ・元請けの横暴さに我慢の限界・先代の基盤を手放したら急降下・会社の歯車はいつから壊れていたのだろう・マツコの知らない世界などのテレビに出たことの功罪・講演、出版、看板業界のトップランナーだと思われることの重圧・コロナで売上激減大ピンチ・自分もコロナで死にかけた・社員さんの独立×独立・社員さんの定年×定年・規模を縮小して一人になることを選択・一人になったらうまくいつのではないかと妄想と過信・僕は病んでいるのか?正常な判断ができていないのか?・発達障害で人とのコミュニケーションが得意でななかった・月収はずっと100万円。いつかお金はなくなるのに、問題を先延ばし・銀行が貸してくれたお金は2億円強・まだ大丈夫なんじゃないか、まだ逆転できるかもしれないという虚無な期待・ゾンビ企業はまるで糖尿病・「日本で一番大切にしたい会社」の著者で恩師の坂本光司氏の教え・すごい仕事ができても不安定では持続できない・いい時と悪い時の波が激しくなる・オーダーメイド受注型ビジネスの失敗・すべての取引会社にお金のことで迷惑をかけないソフトランディング・会社にも寿命はある。どうやって、会社をたたむ
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国をまたいだ保証契約の有効性

ある国(仮に甲国とします)で1000万円をその甲人から借りた人(日本人)がいます。その時甲国でこの契約を締結しました。この甲国では保証契約は口頭でも成立するというルールだったとします。 そこでそのある人は日本人の友人に電話で、保証人になってくれと頼みます。了承を得て、甲人と電話で保証契約をすることにしました。 その後、そのある人が1000万円を返済せず、甲人は保証人に返済を迫ります。このとき保証人は日本の法律では、保証契約は書面でしなければならない(民法446条2項)ので保証契約は無効だと主張できるかという問題があります。 国をまたいでの法律行為の場合には、まず物権的な行為(所有権の移転など、売買による物の移動)か財産権的な行為かで分けて考えます。 保証契約は財産権的な行為ですので、通則法10条の話になります。 保証契約は、保証人は日本で承諾し、甲人が甲国から電話しています。 つまり承諾は日本,申し込みは甲国ということですね。これは10条4項の適用となり、申込地または承諾地のいずれかの法律に適用していればよいということになります。 本件では日本の法律上は保証契約は書面が必要ですが甲国では不要です。そして甲国では申し込みをし、日本からですが承諾もされています。よって甲国の法律の適用として保証契約は日本の法律上の公序良俗違反でもない限り有効となります。 よって保証人は返済義務があります。 行政書士 西本
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「まだ大丈夫」と、自分に言い聞かせていた

会社の経営が苦しくなっても、僕はすぐに「会社を畳もう」とは思いませんでした。むしろ逆です。なんとかするしかない。そう思っていました。まだ会社には1,000万円以上のお金がありました。もちろん、売上は厳しい。このままではまずいことも分かっている。でも、今日明日のお金がないわけではない。だから僕は、「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせていたんだと思います。広告費を増やした売上を増やすために、リスティング広告の費用を増やしました。問い合わせが増えれば、仕事につながる。仕事が取れれば、売上が上がる。特に期待していたのが、トリックアートの仕事でした。僕の会社が得意としていた仕事です。これがもっと取れれば、まだ何とかなる。そう思っていました。一方で、会社のお金はできるだけ減らしたくない。そこで広告運用のコストを下げようと、それまでお願いしていた代理店から、個人の運用担当者に変えました。ところが、思ったような成果が出ませんでした。僕から見ると、運用を任せるには経験や力量が足りなかったのかもしれません。コストを下げたくて変えたのに、肝心の成果が出ない。頭を抱えました。「やばいな」という焦りは、もちろんありました。問い合わせを待っていたそれでも僕は、問い合わせが来ることを期待していました。問い合わせが来れば、見積もりを出す。そして案件が決まるのを待つ。普通に経営できていた頃なら、「決まるといいな」くらいだったのかもしれません。でも、あの頃は違いました。祈るような気持ちでした。頼むから決まってくれ。トリックアートの仕事がもっと取れれば。問い合わせがもっと増えれば。まだ何とかなるんじゃないか。一方では「
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50代で、僕は「一番の新人」になった

会社を畳むことを決めた翌月、僕は会社員になりました。それまで、よその会社に就職した経験は一度もありません。父親がつくった会社を手伝い、そのまま入社して、二代目社長になったからです。それが50代になって、初めて人の会社で働くことになりました。当然ですが、入社したら僕は新人です。少し前まで社長だったとか、そんなことは関係ありません。その会社では、僕が一番の新人でした。50代で新人研修を受けた入社して少し経った頃、新人研修がありました。ほかの新人と一緒です。50代で新人研修。以前の僕だったら、どう感じたんでしょうね。「俺は少し前まで社長だったんだけどな」なんて思ったのかもしれません。でも、そのときはそんなことを考える余裕がありませんでした。前の会社の清算が気になって仕方がなかったんです。会社を畳むことは決めた。弁護士の先生にもお願いした。でも、まだ終わったわけじゃない。銀行はどうなるんだろう。特別清算は本当にうまくいくのか。自宅は残せるのか。頭の中は、ずっとそんなことばかり。正直、何もしたくありませんでした。それでも新人研修を受ける。新しい会社のことを覚える。人の話を聞く。これからここで働くんだから、やるしかない。無理して頑張っていました。会社には隠していた心の状態がかなり悪かったことは、新しい会社には隠していました。メンタルクリニックに通っていることも、うつの診断を受けていたことも言っていません。死にたいと思うことがあったなんて、もちろん言えませんでした。だから自分としては、普通に働いているつもりです。でも今振り返ると、普通には見えないくらい、具合が悪そうだったんじゃないかなぁ。そ
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守れたものもあれば、失ったものもある

最終的に、僕は特別清算で会社を終えることになりましたそして、個人破産はしませんでした。自宅も残すことができました。取引先にも、お金のことで迷惑をかけずに会社を終えることができました。でも、ここだけを読むと、「うまく会社を畳めたんですね」と思われるかもしれません。そんなにきれいな話ではありません。僕の場合は、経営者保証に関するガイドラインを利用しました。その結果、個人破産は避けることができましたが、財産をそのまま持っていられたわけではありません。車も手放しました。そして、僕の手元に残った財産は99万円でした。それ以外の財産は手放すことになりました。だから、「会社を畳んだけれど、財産も自宅も全部守れました」という話ではありません。失ったものは、たくさんあります。お金も失いました。車も失いました。社長という立場もなくなりました。収入も大きく減りました。それでも、僕にとって大きかったのは、個人破産をせず、自宅を残し、家族が生活を続けられたことでした。何を「守れた」と考えるかは、人によって違うと思います。僕の場合は、すべてを守ることではなく、失うものがあっても、本当に守りたかったものを守ることだったのだと思います。もちろん、これは僕のケースです。経営者保証に関するガイドラインを利用すれば、誰でも同じ結果になるという意味ではありません。会社の資産、借入、個人保証などによって状況は違います。具体的に何を残せるのか、何を手放すことになるのかは、弁護士などの専門家に確認する必要があります。でも、僕自身は会社を畳む経験をして、「全部を守る」という発想から、「何を一番守りたいのか」という発想に変わり
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会社を畳んだ後、心も壊れました

会社を畳めば、すべてが終わる。僕はどこかで、そう思っていました。借金の心配も、資金繰りの心配も、売上の心配もなくなる。もう経営者として悩まなくていい。でも、実際は違いました。会社を畳むと決めたあと、今度は「自分自身をどうするのか」という問題が待っていました。本当に特別清算できるのだろうか僕は、先代が創業した会社を二代目として引き継ぎました。創業から50年。最盛期には、年間2億円ほどの売上がありました。ところが、さまざまな経営判断の失敗や環境の変化が重なり、会社を続けることが難しくなっていきました。最後は社員もいなくなり、一人社長になりました。それでも僕は、「まだ何とかなるんじゃないか」と思っていました。結局、会社を畳むことを決断し、特別清算を目指すことになりました。でも、決めたからといって安心できたわけではありません。本当に特別清算で終わらせることができるのか。もし、うまくいかなかったらどうなるのか。破産になるのではないか。自宅まで手放すことになるのではないか。先のことを考えると、不安で仕方がありませんでした。最終的に、財産は99万円を残して失うことになりました。会社を畳むというのは、会社だけの問題ではありません。自分の生活にも、家族の生活にもつながっています。家族にも、本当に申し訳ないと思っていました。死ねたら、楽になれると思っていましたその頃、僕は心も大きく崩しました。生きていることが、こんなにつらいものだとは思いませんでした。「死ねたら、楽になれるんじゃないか」本気でそう思っていました。メンタルクリニックに通い、薬も増やしてもらいました。うつ病とも診断されました。でも、そ
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行政書士試験勉強方法2-1(民法編~総則、物権~)

行政法の勉強法はすでにたくさんアップさせていただきましたのでそちらをご覧ください。今回からは民法です。行政法に次ぐボリュームとなりますので避けて合格は不可能です、そうはいっても難しいのである程度のところまでやったらあとは行政法を勉強すべきでしょう。さて、まず何をするか。こちらは過去問+予想問題(6回分程度)になります。民法は行政法と異なり、理解をしなければならないのでやみくもに過去問を解いても点数には直結しません。お手持ちの教科書をまず、総則、物権までざっと読みます。ここで重要なのは、「具体例」です。具体例と適用条文はワンセットとなりますので、抽象的にテキストなり条文なりを読むと頭に入りません。そこでテキストに載っている具体例ごと覚えてしまいましょう。できれば、図式化するのがよいかと思います。そのとき図式の仕方は、総則の意思表示のところ(民法93条から96条)と代理のところ(99条~)は、どういう図にするか決めておいてください。普段から練習しておくということです。図がコロコロ変わると時間がかかりミスを誘発します。そして、定義はしっかり覚えていくことです。定義から「なぜか?」定義はそれ自体に当てはめてもいいようにわかりやすく書かれています。これを覚えておくということは本番でも最悪、わからないものでも、定義から推測することができるようになるからです。物権と総則はわかるのではなく、ある程度時間が取れるときに一気にやってください。南本町行政書士事務所 特定行政書士 西本
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「スマイルアップは”相続税”逃れか?!」

う~ん。なんとも「スマップ?」、いや~「スマイルアップ」というのが、ジャニーズ事務所の新社名じゃね。う~ん。なんか、短縮して言えば~「スマ・ップ?」になるね。たしかに一番売れっ子?だったのが「SMAP」だし、ひそかに名前を残そうとしたのかな?他にも「キスマイフット2」もちょいと、ありゃ?なんか「スマイ」とか雰囲気似てる感じするねぇ~。どうじゃろか?ま、いっか。JRA(日本中央競馬会)の「CMや広告で勝馬を教える?!」とかっていう「日本の伝統芸能?」ともいえる「隠れサイン?」も前のブログで書いたので、知っているヒトは知ってる「日本のお約束?」じゃね。ホホホ(^^;あ、そうそう。「脱税?」いや「節税?」いや「相続税逃れ?」いや~、何かちょいと言い方間違えると「訴えられかねない」ので、慎重に言わないとねぇ~^^そう。「相続税のかしこい払い方?」で、ど???なんか新社長の東山ちゃんによると、「彼が社長になり、性被害の皆さんへのケアと保障を行う会社」が、「スマイルアップ」であり、その役目を終えると、「スマイルアップ」は解散となり、最終的に「新社名を公募して、新たな一歩を歩む!」また「各タレントとも個人契約?のような形態」で以後はお仕事を遂行するということじゃね。う~ん。まあね。ただ、一番の「ドル箱?」である「ファン・クラブ」は「そのまま継続?」だよね~^^;ちょい名前が変わっても、おそらく「自動引き落とし?」とかで銀行口座やクレジット、デビットなんかで「毎年4000円?」とかで、最初に入会金1000円なので、つまり初年度「5000円/年?」だね。^^会員数がなんと「1300万人以上?」と
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「藤井8冠誕生か?!」

藤井くんってすごいねぇ~♪羽生ちゃんもすごかったけど、「7冠王者」ってもう出ないと言われていたが、「出た」じゃん!ま、当時は「7冠」以上が無かったし~、あとは「NHK杯?」くらいかしらん?ま、それを入れれば、羽生ちゃんも「8冠?」となる。でも、NHK杯入れたら、藤井君も「9冠?」になっちゃうぞ~!^^だけどボクも小学生くらいから、将棋って大好きじゃ!(^^なんたって「学校休んで、近くの小さなダム?で将棋の本読んでた」くらいじゃ。(^^;せんせぇ~?それに中学生時代?には「将棋盤」も自分で作ったぜよ。もちろん「蝋(ロウ)」も表面処理したよ。^^近所のオッサンたちには、最初負けていたけど、その後は「勝った」と思うね。あれ?そうだっけ??だけど将棋って、歌でいえば「王将」だよね~♪そう!「村田英雄」じゃ!「え?知らない??ま、古い歌手だし若い人は知らないよね。^^」でも、「北野たけし」はよく彼をいじっていたよ。(あるバーで・・・)「オレの’ボルト’をだしてくれ!」(あるコーヒー専門店で・・・)「オレは’ネスカフェ’だ!」(朝のホテルのラウンジで・・・)「和食と洋食どちらにしますか?」「バカヤロー!’朝食’だ!」(ある喫茶店で?・・・)コーヒーに砂糖をドバドバ入れて、「コーヒーはブラックに限る!」(あるレストランで肉の焼き具合を聞かれて・・・)「オレは、’カルビ’!」(ミルクとドレッシングを間違え)「おい、このコーヒー酸っぺ~ぞ!腐ってるんじゃ~ないのか!?」(アルファベットのEを書いたら)「なぜか’ヨ’になっていた」まだまだいっぱいアル「村田伝説」じゃ!あ、今は「村田」じゃない。「将
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会社を畳んでも、命まではとられないですよ

「今日は、相談に乗らせていただきますね。よろしくお願い致します。もし僕のところに相談に来てくれたら、たぶん、こんな感じで始めます。僕は弁護士ではありません。税理士でもありません。だから、「あなたの会社はこうしたほうがいい」と判断することはできません。会社を畳んだほうがいいとも、続けたほうがいいとも言えません。でも、話は聞けます。なぜなら僕も、会社を畳んだからです。僕も、誰にも言えませんでした僕は創業約50年の会社の二代目でした。一番多いときには18人くらいの人が働いていて、売上が2億円を超えたこともあります。本も出しました。テレビにも出ました。人前で仕事や経営の話もしていました。そんな僕の会社が、厳しくなりました。銀行からの借入は約2億円。会社のお金は少しずつ減っていく。それでも僕は、「まだ大丈夫」「仕事が取れれば何とかなる」と思っていました。というより、そう思いたかったんでしょうね。人に会えば普通にしていました。会社が危ないことは隠していました。経営者仲間にも言えない。取引先にも言えない。本当の数字なんて、もっと言えない。頭の中では、「このままだと、やばいかも」と思っているのに。怖かったのは、会社がなくなることだけじゃなかった僕が知りたかったのは、銀行の借金はどうなるのか。個人破産するのか。自宅はどうなるのか。家族はどうなるのか。弁護士費用はいくらかかるのか。会社を畳んだあと、自分はどうやって生きていくのか。ネットで何度も検索しました。「会社 倒産」「経営者保証ガイドライン」「銀行の借金はどうなる?」「特別清算と破産は何が違う?」情報は出てきます。でも、「じゃあ、僕の場合はど
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「このままだと、やばいかも」と思っていた。でも、誰にも言えなかった

会社が厳しくなっていた頃。僕は、そのことをほとんど人に話していませんでした。経営者仲間にも、知り合いにも、取引先にも。隠していました。人と会えば、普通に話す。仕事の話もする。でも、頭の中では、「このままだと、やばいかも」と思っていました。会社が危ないなんて、言えなかったなぜ相談しなかったのか。今振り返っても、理由は一つではありません。まず、恥ずかしかった。会社を経営しているのに、「会社が危ないんだ」なんて言いたくなかった。経営者なんだから、自分で何とかしなきゃいけない。そんな気持ちもありました。誰かに相談したところで、その人を困らせるだけじゃないかとも思った。取引先や経営者仲間に知られたら、「この会社、大丈夫なのか?」と思われるかもしれない。それも怖かった。だから、言えない。本当の数字なんて、もっと言えない「最近、仕事どう?」そんな話ならできます。「コロナで厳しいよ」それくらいなら言える。でも、本当の会社の数字は別です。会社にいくらお金が残っているのか。銀行からいくら借りているのか。毎月どれくらいお金が減っているのか。返済はどうするのか。そんな話をできる相手なんて、ほとんどいませんでした。会社には約2億円の銀行借入がありました。それを友人や経営者仲間に、「実はさ……」と話せるか。僕には無理でした。外から見える僕と、本当の僕余計に言いづらかった理由もあったと思います。僕は、それまで本を出したり、テレビに出たり、講演をしたりしていました。看板のことや仕事のことを、人前で話すこともありました。外から見れば、「うまくやっている人」に見えていたかもしれません。でも実際の会社は厳しかった。
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社長を辞めて、考えなくてよくなったこと

前回、大好きだった社長室を人に譲った話を書きました惨めでした。屈辱でした。社長じゃなくなるというのは、僕にとって簡単なことではありませんでした。でも、今回は反対の話を書こうと思います。社長を辞めて、楽になったこともあります。これは本当です。会社全体の売上を考えなくていい社長だった頃は、会社全体の売上をいつも気にしていました。今月はいくら売れているのか。来月の仕事はどれくらいあるのか。このままで大丈夫なのか。売上が足りなければ、どうするのか。当たり前ですよね。社長なんだから。誰かが代わりに考えてくれるわけではありません。特に会社が苦しくなってからは、売上のことが頭から離れませんでした。問い合わせが来れば期待する。見積もりを出せば、決まってくれと祈る。会社のお金が減れば焦る。ずっとそんな状態でした。今は会社員です。もちろん、僕にも個人の売上目標はあります。営業なので、数字を考えなくていいわけではありません。でも、会社全体の売上まで僕が背負う必要はない。これは大きいです。資金繰りを考えなくていいもう一つは、資金繰りです。社長をやっていると、「今月、いくら入ってくるのか」だけでは済みません。いくら出ていくのか。支払いはどうするのか。銀行への返済はどうするのか。会社にあといくら残っているのか。僕は会社のお金が1,000万円を切ったとき、「やばいな」と思いました。会社員になった今、会社の資金繰りを僕が考えることはありません。給料日に、僕の給料が振り込まれる。それを受け取る側になりました。社長だった頃とは、まったく逆です。人のことも、全部背負わなくなった社長の仕事は、売上とお金だけではありま
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大好きだった社長室を、人に譲った

会社を畳むことが決まったとき、僕の頭にあったのはとにかく無事に会社を畳みたい。まず、それでした。銀行のこと。弁護士とのやり取り。会社のお金。家族のこと。自分が社長ではなくなる寂しさなんて、ゆっくり考えている余裕はなかったと思います。でも、会社を畳むということは、借金や登記だけの話ではありませんでした。僕にとっては、「社長だった自分」を手放していくことでもありました。それを強く感じた場所があります。社長室です。2階に、自分の社長室をつくった僕は会社のオフィスの2階を、自分の社長室にしていました。けっこうこだわっていました。床には杉板を張りました。机も手作りです。おしゃれな空間にしたくて、自分でつくった部屋でした。僕は、その社長室が大好きでした。考えてみれば、僕はずっと「社長」でいることが仕事だったんですよね。父親から会社を引き継いで、二代目の社長になった。会社をどうするかを考える。仕事を取る。社員のことを考える。お金のことを考える。何かあれば、最後に決めるのは自分。良くも悪くも、それが僕の仕事でした。その僕が仕事をしていた場所が、2階の社長室でした。その部屋を、人に譲った会社を畳み、僕は会社員になりました。そして、それまで自分が使っていた2階の部屋を、別の人に譲ることになりました。僕は1階で仕事をすることになりました。そこは昔、社員さんたちが働いていた場所です。2階には、僕が大好きだった社長室がある。杉板を張った床もある。手作りした机もある。でも、もう僕の場所ではない。これがね。惨めでした。そして、屈辱でした。「社長じゃなくなる」って、こういうことなんだ社長という肩書がなくなるこ
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母から「500万円貸そうか」と言われた

会社のお金が、どんどん減っていきました通帳の残高が1,000万円を切ったとき、「やばいな」と思いました。1,000万円。普通に考えれば大きなお金です。でも会社を経営していると、家賃も出ていく。リース代もある。外注費やその他の支払いもある。売上より出ていくお金のほうが多ければ、1,000万円あっても減っていきます。だから僕は、ここでなんとかしないと。そう思っていました。母が「500万円貸そうか」と言ってくれたそんな頃、母親が言ってくれました。「500万円、貸そうか」ありがたい話です。でも僕は、借りませんでした。たしか、「すぐなくなっちゃうから、無駄になっちゃうよ」そんなことを言ったと思います。500万円を会社に入れれば、しばらくはもつかもしれない。でも、その間に売上が戻らなければ、また減っていく。当時の僕には、運転資金として500万円を入れても、焼け石に水になるように思えました。母親のお金まで会社に入れて、それがなくなる。それはできませんでした。それでも「まだ何とかしないと」と思っていた不思議なんですけどね。母親から500万円を借りて会社に入れるのは、もう違うと思っている。その一方で、会社をすぐ畳もうとも思っていない。広告費を増やして問い合わせを増やそうとしていました。トリックアートの仕事がもっと取れれば、まだ何とかなるとも思っていた。案件が決まることを、祈るような気持ちで待っていました。「やばい」と思っている。でも、「まだ何とかするしかない」とも思っている。今なら矛盾しているように見えるかもしれません。でも、当時は本当にそんな状態でした。結局、母からお金を借りたそして結局、僕は
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会社を畳むとき、専門家だけでは足りなかった

会社を畳むことを考え始めた頃、僕が一番怖かったのは、個人破産することでした会社には大きな借入がある。経営者である僕は、その借入を保証している。会社を畳んだら、自分はどうなるんだろう。家はどうなる。個人の財産はどうなる。ネットで調べているうちに、「経営者保証に関するガイドライン」というものがあることを知りました。でも、読んだからといって安心できるわけではありません。僕が知りたかったのは、「それで、僕は個人破産しないで済むのか?」ということでした。私的整理を経験した知人がいたそんなとき、遠方に住んでいる知人に、私的整理を経験した人がいました。Zoomで話を聞かせてもらいました。1時間くらいだったと思います。僕が聞きたかったのは、やはり経営者保証に関するガイドラインのこと。そして、個人破産しないで済む可能性があるのか。経験した人の話を直接聞きたかったんです。その知人から、弁護士の先生を紹介してもらいました。「相談に行ってみよう」そう思って、妻と一緒に弁護士事務所へ行きました。結果的に、そのときは相談だけで、正式には依頼しませんでした。でも今振り返ると、あのZoomでの1時間がなければ、妻と弁護士事務所へ行くという次の行動にもつながらなかったかもしれません。弁護士にも「死にたい」と話したその後、中小企業活性化協議会を通じて別の弁護士を紹介してもらい、その先生に会社の整理をお願いすることになります。僕にとって、本当に重要な存在でした。だからこそ、精神的に追い詰められていた僕は、その先生にも自分の状態を話しました。「死にたい気持ちもある」そんなことも言いました。すると、「特別清算には時間が
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会社を畳んだことを、人に言うのが恥ずかしかった

会社を畳むことになったとき、誰にでも話したわけではありません。むしろ、できれば言いたくなかった。取引先でも、伝える必要がある人だけ。必要最小限です。理由は単純です。恥ずかしかったんです。会社を畳むことになりました。その一言を、人に言うのが嫌でした。「破産ではありません」と説明していた僕の場合は、私的整理を進め、最終的に特別清算という方法で会社を整理しました。人に説明するときには、「私的整理です」「特別清算です」そして、「破産とは違います」ということも話していました。もちろん、手続きとして違うものだから説明していたわけです。でも今思えば、それだけだったのかな、とも思います。「破産したと思われたくない」そんな気持ちも、どこかにあったんでしょうね。会社を畳むだけでも恥ずかしい。経営に失敗したと思われるのも嫌だ。破産したと思われるのも嫌だ。いろんな気持ちが混ざっていました。父親から引き継いだ会社を、自分の代で終わらせた僕の会社は、父親が創業しました。50年ほど続いた会社です。僕はその二代目。売上が年間2億円を超えた時期もありました。テレビにも何度も出ました。本も出しました。外から見れば、うまくいっているように見えた時期もあったと思います。その会社を、自分の代で畳む。これはきつかったですね。二代目なのに。テレビにも出ていたのに。本まで出していたのに。経営者として、それなりにやってきたつもりだったのに。「何が一番恥ずかしかったんですか?」と聞かれても、一つには決められません。全部です。複雑な気持ちでした。でも、みんなそんなに他人には興味がない実際に会社を畳むことを伝えると、相手は驚きました
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元社長の僕が、深夜のコンビニで働いて思うこと

会社員になって、考えなくてよくなったことがあります。会社全体の売上です。今月はいくら売った。粗利はいくらある。黒字なのか。赤字なのか。来月の売上はどうなる。社長だった頃は、こういう数字がずっと頭にありました。特に会社の経営が厳しくなってからは、数字を見ても楽しくありません。「今月も赤字か」「またお金が減るな」そんなことばかり考えていました。会社員になった今は、会社全体の黒字、赤字まで自分が背負う必要はありません。これは、正直かなり違います。でも、一つの数字から解放されたら、今度は別の数字が気になるようになりました。自分の給料です。「給料、少ないなぁ」会社員になって最初に思ったのは、「給料、少ないなぁ」でした。もちろん、雇ってもらえたことには感謝しています。僕は50代まで、よその会社に就職した経験がありませんでした。しかも会社を畳んでいる最中で、心の状態もかなり悪かった。そんな僕を雇ってもらい、仕事に空白期間ができなかった。これは本当にありがたかったです。ただ、ありがたいものはありがたい。少ないものは少ない。給料だけでは生活できませんでした。そこで会社から特別に副業の許可をもらい、コンビニでアルバイトを始めました。金曜日と土曜日。夜10時から朝6時まで。平日は会社員。週末の夜は、コンビニ店員です。元社長が、深夜のコンビニで働く少し前まで、僕は会社の社長でした。年間売上が2億円を超えた時期もあります。テレビにも出ました。本も出しました。それが今、深夜にコンビニのレジに立っている。正直に言います。惨めだな、と思うことがあります。「俺、何やってるんだろう」と思うこともある。できれば早く
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会社を畳むと決めても、お金は出ていった

会社を畳むと決めたら、お金の心配も少しは減る。僕は、どこかでそんなふうに思っていたのかもしれません。でも、実際は逆でした。僕が会社を畳むことを決めたのは3月。その翌月の4月には、別の会社に就職しました。会社員として働き始めた。でも、まだ自分の会社の社長でもある。今考えても、なんとも変な時期です。昼間は会社員として働きながら、一方では50年続いた会社を畳む作業を進めている。そして、廃業すると決めたからといって、会社から出ていくお金がその日から止まるわけではありません。むしろ僕は、それまで以上に会社の口座が気になるようになりました。「あ、これもまだ引き落としがあるのか」会社を畳むことになってから、リースについては支払いを止めるための交渉もしました。カードも、もう使いません。これで出ていくお金も減っていくだろう。そう思いますよね。ところが、カードは使ったその日に引き落とされるわけではありません。使うのをやめたあとにも、以前使った分の請求がやってくる。口座を見て、「あ、これもまだ引き落としがあるのか」となるわけです。一つ終わったと思ったら、また別の支払いが出てくる。経営していた頃なら、毎月当たり前のように払っていたものです。ところが、会社を畳むと決めた途端、その一つひとつがものすごく気になる。もう、これから売上を伸ばして会社のお金を増やそうとしているわけではないからです。入ってくるお金より、出ていくお金のほうが気になる。通帳の数字が減るたびに、「大丈夫かな」と思っていました。弁護士費用が、まだ分からない特に心配だったのが、弁護士費用です。会社を畳むと決めた時点で、すぐに費用の見積もりが
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もし、会社を畳む直前の僕が相談に来たら

もし今、会社を畳む直前の僕が、僕のところへ相談に来たら何を話すだろう。「大丈夫ですよ」たぶん、そんな言葉からは始めません。「頑張れば何とかなりますよ」これも言わない。僕なら最初に、こう聞くと思います。「今、会社にお金はいくら残っていますか?」夢も希望もない質問ですよね。でも、自分が会社を畳んだからこそ、まずそこを聞きたいんです。会社を畳むにも、お金が必要だった僕が会社を畳もうと考え始めた頃、会社にはまだお金が残っていました。最初に妻と弁護士事務所へ相談に行った頃で、確か1500万円くらい。そのとき弁護士から言われたのが、「お金が残っているうちに考えたほうがいい」ということでした。でも僕は、会社を続けました。銀行の支店長をしていた妹の旦那に決算書を見てもらい、「お兄さん、まだ頑張れるじゃないですか」と言われたからです。僕自身も、そう思いたかった。社員がいなくなれば固定費は減る。事務所も縮小する。一人でできない駅看板の仕事はやめて、自分が得意なユニークな看板の仕事を増やす。そうすれば、まだいけるんじゃないか。そんなふうに考えていました。でも、仕事が少なければ、会社のお金は少しずつ減っていきます。最終的に会社を整理することになったとき、僕は知りました。会社って、畳むにもお金がかかるんです。僕の場合は弁護士にもお願いしました。会社を整理するために必要なお金もありました。だから、あの頃の自分が目の前に座っていたら、まず会社にいくら残っているのかを聞きます。ただし、「だったら、すぐ会社を畳んでください」とは言いません。それを僕が決めることではないからです。僕が一番怖かったのは「分からない」
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「会社を畳んだら、僕も破産するのか?」検索ばかりしていた

会社を畳むことが頭に浮かぶようになってから、ネットでいろいろ調べました。一番知りたかったのは、会社のことより、自分と家族がどうなるのか。個人破産をしなくて済むのか。自宅を残せるのか。財産は、どれくらい残せるのか。この3つです。銀行からの借入は2億円ほどありました。会社を畳んだら、この借金はどうなるんだろう。会社だけの問題で終わるのか。自分まで破産することになるのか。家までなくなるのか。怖いですよね。僕も怖かった。だから、ネットで調べました。「経営者保証に関するガイドライン」を見つけた検索しているうちに、「経営者保証に関するガイドライン」というものがあることを知りました。会社を整理することになっても、一定の条件のもとで経営者個人の保証債務を整理するための枠組みがある。調べていくと、個人破産をしない方法があるらしい。自宅を残せる可能性もあるらしい。財産についても、一定の考え方があるらしい。「もしかしたら、全部を失わなくても済むのか」当然、そう思います。でも、すぐ次の疑問が出てくるんです。「で、僕はこれを使えるの?」ここが分からない。ネットをいくら読んでも、僕の会社の決算書を見てくれるわけではありません。借入の内容も、保証の状況も、僕の財産も、家の住宅ローンも知らない。当然ですよね。ネットに書いてあるのは制度の説明であって、「あなたの場合はこうなります」とは書いていないんです。調べても、最後のところが分からない会社の経営をしていると、分からないことがあれば自分で調べます。僕もそうでした。検索する。読む。また分からない言葉が出てくる。その言葉を、また検索する。そうすると、別の記事が出て
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「借金2億円」を妻に話した日

会社には、2億円ほどの借金がありました。そのことを、妻に話しました。会社が厳しいことも。これから会社を畳むことになるかもしれないことも。隠さず、全部話しました。妻は呆れていました。泣かれました。怒られました。責められました。そして、「いつか、こうなるんじゃないかと思っていた」と言われました。さらに、「もう関わりたくない」「家族を巻き込まないで」「離婚したい」とも。そりゃそうだよな。今なら、そう思います。「ごめん」としか言えなかった僕は妻に、「ごめん」と謝りました。そして、「私的整理や特別清算という方法で会社を整理して、家は残せるように頑張るから」と話しました。それくらいしか言えなかったんです。でも、妻にしてみれば、「またかよ」だったと思います。実は僕は若い頃にも、個人的な借金で妻に迷惑をかけたことがあります。そのときは、妻が返済してくれました。一度、助けてもらっているんです。それなのに、今度は会社の借金が2億円。もちろん、個人の借金と会社の借入は同じものではありません。でも、妻から見れば、「またお金の問題なの?」ですよね。「もう助けたくない」そう言われました。僕には、何も言い返せませんでした。家族には、家族の人生がある経営者は、会社が苦しくなると会社のことで頭がいっぱいになります。僕もそうでした。銀行への返済。会社に残っているお金。弁護士費用。特別清算ができるのか。自宅を残せるのか。取引先に迷惑をかけずに済むのか。毎日、そんなことばかり考えていました。でも、妻からすれば違います。自分が経営している会社ではありません。それなのに、その会社の問題によって、自分の生活までどうなるか分
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会社を失ったら、社会からも消えてしまう気がした

会社を畳んだら、自分はどうなるんだろう当時の僕は、かなり悪いところまで考えていました。仕事がなくなる。収入がなくなる。社会との接点もなくなる。そして最後は、「生活保護になるんじゃないか」と、本気で思っていたんです。今こうして書くと、「そこまで考えなくても」と思う人もいるかもしれません。でも、あの頃の僕には、それが現実に起こりそうな未来に見えていました。「社長じゃなくなったら」なんて考える余裕はなかった会社を畳むと、社長という肩書きもなくなります。50年続いた会社の二代目。それなりに長く社長をやってきました。本も出した。講演もした。テレビにも出た。だから、「社長じゃなくなったら、自分は何者なんだろう」と悩んだんじゃないか。そう思われるかもしれません。でも、実際は違います。そんなことを考えている余裕なんてありませんでした。肩書きどころじゃない。これから生活していけるのか。家族はどうする。自宅はどうなる。そして、自分は、この先も働けるのか。そっちのほうが、ずっと怖かったんです。もう働けないんじゃないか当時、僕は心の状態もかなり崩していました。うつの状態がひどく、メンタルクリニックにも通っていました。死にたいという気持ちもありました。朝、仕事へ行く準備をする。着替える。それなのに、もう一度布団へ戻って、ほんの5分でも目を閉じる。何も考えたくない。ずっと横になっていたい。そんな状態です。それでも仕事には行っていました。会社には、自分の状態を隠していました。でも自分の中では、「こんな状態で、これからも働けるんだろうか」という不安があった。会社を畳んだら、今の仕事もなくなる。次の会社が僕を雇
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「会社を畳む」と決めても、不安は終わらなかった

弁護士の先生に会う日を、心待ちにしていました。「早くその日が来ないかな」本当に、そんな気持ちだったんです。弁護士に会う日を待ち遠しく思うなんて、ちょっと変ですよね。でも、その頃にはもう、会社を畳むことは決めていました。迷っていたのは、「会社を続けるか、畳むか」ではありません。本当に、ちゃんと畳めるのか。そっちのほうが怖かった。会社にはまだお金が残っていました。でも仕事は少ない。毎月赤字です。今日もお金が減る。明日も減る。「このまま減っていったら、弁護士費用まで払えなくなるんじゃないか」そんなことばかり考えていました。だから、早く先生に会いたかったんです。「引き受けましょう」の一言会社を畳むきっかけになったのは、メインバンクからの電話でした。借入金について相談したいと言われ、銀行へ行くと、「間もなく返済が始まります。返していくのは大変ではないですか」という話になりました。そこで紹介されたのが、中小企業活性化協議会です。そして協議会を通じて、弁護士の先生につながりました。最初の面会で、先生は会社の決算書を見て、「引き受けましょう」と言ってくれました。あのときは、ホッとしましたね。「ああ、引き受けてもらえるんだ」と。ただ、それで肩の荷が下りたかというと、全然そんなことはありません。だって、この先どうなるのか分からないんです。特別清算で本当に終えられるのか。銀行は了承してくれるのか。自宅は残せるのか。何一つ、結果は出ていません。安心できたのは、本当にその瞬間だけだったような気がします。早くしてくれ。お金が減ってしまう中小企業活性化協議会で面会してから、弁護士の先生と直接、詳しい打ち合わ
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「もう無理かもしれない」を、なぜ誰にも言えなかったのか

会社が厳しくなっていることを、僕はほとんど誰にも相談できませんでした。「もう無理かもしれない」そう思うことはありました。でも、それを人に言うことができませんでした。経営者だから、格好悪いところを見せたくなかった。そんな気持ちも、少しはあったのかもしれません。でも、それだけではありません。会社が危ないなんて、簡単に人に話せることではなかったんです。「会社が危ない」という話が広まったらどうなるのか会社を経営していると、信用というものを嫌でも意識します。「あの会社、危ないらしいよ」そんな話が広まったらどうなるのか。取引先は、それまでと同じように仕事を出してくれるだろうか。銀行はどう見るだろうか。周りの会社はどう反応するだろうか。本当に信用不安が起きたかどうかは分かりません。でも、当時の僕はそれが怖かった。だから、会社の外の人には簡単に話せませんでした。では、家族なら話せるのか。それも簡単ではありませんでした。家族には、心配をかけたくなかったからです。言えない。でも、一人で考えても答えが出ない。経営が苦しくなっていくにつれて、僕はそんな状態になっていました。唯一、状況を知っていたのは母でした母は会社の経理をやっていました。だから、会社の状況を知っていました。売上がどうなっているのか。お金がどれくらい残っているのか。会社が厳しくなっていることも分かっていたと思います。でも、それ以外の人に、「会社を畳むことになるかもしれない」「この先、どうなるか分からない」と話すことは、ほとんどできませんでした。経営者は、何でも自分で決められる人に見えるかもしれません。僕も社長でした。社員に指示を出し、取
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「まだ大丈夫」が、一番怖かった

会社は毎月赤字でした。それでも僕は、「まだ大丈夫」と思っていました。銀行から借りたお金が、口座にまだ残っていたからです。当時はコロナ禍の影響もあって、仕事そのものが少なくなっていました。売上が足りないから、毎月赤字になる。でも、明日の支払いに困っているわけではない。社員の給料が払えないわけでもない。通帳を見れば、まだお金がある。だから、会社が厳しい状態にあることは分かっていても、「コロナが落ち着けば、仕事も戻ってくるかもしれない」「もう少し頑張れる」「まだ立て直せる」と思っていました。今振り返ると、会社を畳む直前まで僕を支えていたのは、希望だったのかもしれません。でも、その希望が、決断を先送りさせてもいました。「まだ大丈夫」と思えることが、いちばん怖い。会社を畳んだ今だから、そう思います。仕事は少ない。でも、資金繰りには困っていなかったコロナ禍で、看板の仕事は大きな影響を受けました。仕事そのものが少なくなり、当然、売上も落ちました。会社の毎月の収支だけを見れば赤字です。ところが、不思議なことに、僕にはそれほど切迫した資金繰りの感覚がありませんでした。銀行から借りたお金が、まだ口座に残っていたからです。さらにコロナ禍ということで、借入金の返済も据え置かれていました。仕事は少ない。売上も少ない。毎月の収支は赤字。でも、目の前の支払いには困っていない。通帳を見れば、お金はある。この状態が続くと、「会社が赤字であること」と「会社のお金がなくなること」の間に、時間差が生まれます。僕は、その時間の中にいました。しかも、仕事が少ない理由の一つはコロナです。だから、「今が異常なだけかもしれない
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テクノロジー「世界初のTV100周年」

【ベアーズの熱意】 2026年1月26日でTVは誕生から100周年になり そのTVが生まれた日は1926年の1月26日です この日イギリスのロンドンのソーホー地区に ある小さなカフェの屋根裏部屋で世界で初の テレビの公開実験が行われました TVを発明したのはジョン・ロジー・ベアード というイギリス人です 元は電気製品発明会社見習いで病弱だった為 戦争には行けませんでした その代わり電気製品発明会社内で電気製品の 修理仕事をして技術を身につけました ベアードは健康の為に気候の温かい町だった ヘイスティングスに引っ越しました そこで彼はなんと帽子の箱やお茶箱や縫い針 自転車のライトのレンズ等の身近な物だけを 組み合わせてテレビを作ったのです その最初のTVに映像の映しが成功した映像は 救急団体のロゴマークでした でも何回も発明に失敗し小火や爆発を起こし 家族に機械をいじるのが危ないと言われたが それでも言う事聞かず発明を続けました その結果家を追い出されてしまったのでした しかしベアードは諦めずイギリスロンドンの フリスストリートにある屋根裏部屋を借りて 研究を続けます 当然そこでも小火や爆発を起こしその評判が 近隣の町まで広まって「彼は何かヤバい物を 作ろうとしてるぞ」と噂が立ちました しかしその発明見たさに有名な百貨店社長の セルフリッジズの創業者でした 〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓 【原始的な仕組み】 そしてセルフはベアードに何を作ってるのか 尋ねるとTVと言う物を制作してると言われて それがどんな物か詳しく聞きました その制作してる物に凄く関心持ったセルフは 「完
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「天地真理特集ぅ~♪(10)」

マリちゃんじゃ。「となりのキレイなお姉さん=真理ちゃん」じゃ。^^;しっかし当時は、すごかったよね~♪そう「人気」がすごかったのじゃ。「隣の白雪姫?」とも言われていたのが、「天地真理」じゃ。「う~ん。そっかな~?」ってボクは思っていたけど、当時の日本人は、ほとんどが「真理ちゃん」ダイスキ人間じゃ。ボクはちょっとね~「付けまつ毛」がニガテなのじゃ。自然の「美人=美形」が好みなのっ!フフフ。でも「歌」は良かったよ。もちろんじゃ。「歌はそんなにウマイ?」わけじゃ~なかったけど、その「雰囲気」や「笑顔」が、やっぱ「日本人好み」じゃろ~て。ねぇ♪i will introduce mari amachi said to bejapanese snow white.it is an showa idol of the very wonderful smile.she was top idol of the showa era in japan.hehehe「ひとりじゃないの」BY 天地真理「想い出のセレナーデ」BY 天地真理「若葉のささやき」BY 天地真理「水色の恋」BY 天地真理「恋と海とTシャツと」BY 天地真理「恋人たちの港」BY 天地真理「愛の渚」BY 天地真理「恋する夏の日」BY 天地真理「乙女の祈り」BY 天地真理「恋の風車」BY 天地真理「白雪姫」が彼女のキャッチフレーズじゃった。だけど当時のとにかくトップアイドルじゃった「天地真理」じゃけど、最近はどうしているのかな?って思っていたら「痴呆症」だの、「破産」だのという記事がいっぱい出ているけど、どうしたの?まあ「人生いろいろ」
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「ヤフオク送料のワナ!?」

最近は、「電化製品」や「ガス器具」、「水道設備」なんかがね~、「寿命?」かな~って思うくらいに、同時にナゼか壊れてしまうのじゃ。今度は「石油ファンヒーター」じゃ。たしか、ちょい前に小型のヒーターが壊れて~、また今度は、大型のヒーターが壊れたのじゃ。もぉ~!イヤ!「なんぼほど、カネかかるネン!」(^^;「年金生活者」はねぇ~、「少ないお金を毎日何度も数えるのじゃ~!」・・・「あ!あれぇ~?60円足りない・・・どこ?ボクの60円は??」というよ~な「涙ぐまし~活動?」を日々送っておるのじゃ。どや?!それがね~「石油ファンヒーター」なんてゆ~「高価なブツ?」を買い替えなんていう大事件はボクの健康に悪影響じゃ。ど~かして修理ができればイイけどね~。最近の「ブツ?」は、高齢者?には難題じゃ。「エラー番号:E05」、「え?ナニ?どこが壊れているの?」・・・・「こりゃ~、無理じゃ。やっぱ最終的には製造会社に連絡しかない!でも、修理代が高額じゃろ~し、やっぱココは’メルカリ’か’ヤフオク’で中古でも買うかな~。」という結論に至ったボク。^^早速、メルカリちゃんを探すも、なかなかイイ~「ブツ」がナイぜよ。じゃ~、「ヤフオク」か、「ヤフーフリマ」じゃということで~、探すもなんか「メルカリ」と「ヤフーフリマ」って同じ出品者が多いせいか~、なかなかイイ「ブツ」が無いぜよ。そこで、やはり登場が「ヤフオク」じゃ。「さて~、一円出品はナイのかい?・・・ほぉ~、アルじゃん!」ということで~ボクは「一円出品で、送料未定の石油ファンヒーター」を2個も「入札」したのじゃ。でも、「あれ~?待てよ~、前にも何かヤフオク
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「WHO=パンデミック条約」悪魔の約束!

なんか、こわ~いタイトルだけど~、あのWHO(世界保健機構)という、「コロナ」を「パンデミック宣言」(=世界中にコロナが広がる)した組織じゃ。その「テドロス事務局長」のカオって、今回のコロナ事件?でみ~んなが知ることとなった。そのWHOがね~、何やら「とんでもない提案?強制?独裁?」を打ち出した!ほぉ~。なんじゃ?あの「世界の製薬会社やビルゲイツ」等が、資金を出して、運営している「WHO」という組織。(世界各国も分担金は負担している)その「世界各国が資金提供、運営等」をしているWHOだが、やはり大口の資金提供は、「ファイザー」はじめ大手製薬会社や、なぜか「ビルゲイツ財団」が多額の資金を提供しているのじゃ。「はて?なんとなく製薬会社とかビルゲイツの”チャリテイー?”」によって、バックアップされているWHOという組織・・・でもな~、ボクも被害?にあった「コロナワクチン後遺症?」という「目に見えない敵?」を作成したのが、その「ファイザー」とかいう「超大手製薬会社」等だ。それにね~、何か最近「ビルゲイツ」もなんか変なこと言ってないかい?(^^;しかも、テレビなんかで堂々と?ご披露しているぞよ。もちろんあの「世界各国の党首や有力経済人」が集結する「世界経済フォーラム=通称”ダボス会議”」では、またまた「グレートリセット?」だの~「昆虫食」だの~、まあ、食べたかったら、お前らが、「食えぇ~!」とボクは思ったぞよ。^^「絶対に、あの金持ちたちが、”虫”なんか食うワケないじゃん!」、「それにカネがいっぱいあるから、それが”パワー?”となって、世界を”操縦?”できる!」なんて思っているのじゃろ~
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「細菌兵器は放たれたのか!?」

信じたくないけど、やっぱりか~っていうのがボクの感想じゃ。もう「手遅れ」なのか???そう「コロナ騒動」を利用しての「細菌兵器」の拡散じゃね(ーー;「まさか、そんなウイルス研究者がそんな無茶な、大量殺りくなんかを計画し、実行するワケないよ!」「もし実行したら(原爆、水爆)所の被害じゃなく、その何倍も犠牲者が出るよ!」「しかも限定的ではなく、もっと広範囲での被害となるし、そんな研究者の倫理を破るヤツなんていないよ!」・・・そう、ボクも同じような感想をもっていたんだ・・・・しかし、そろそろその「時限」がやってきたみたい。ま、たしかに「核兵器」だと余りに「衝撃的で目で見てすぐわかる被害状況」だしね。(^^;もうどれくらいの「死者」がでたんだろうか?そう「コロナ」と「ワクチン」での「合わせ技?」じゃ。もうボクと家族は「ワクチン」なんて二度と打たないけどね。^^でもね~「コロナウイルス」ってもう今では「簡単に合成」できる。つまりすぐに「コロナ・ワクチン」の実験や検証もすぐじゃ。「もし悪意のある研究者がいたら?」「お~、これとこれを合成すると~お、イイネぇ~、効果的なワクチンできたじゃん!さってとぉ~」なんて言ったかどうか知らんけど、もうバイデンなんかの推薦している「ワクチン」なんて誰が打つの?もう前大統領の「トランプ」が各製薬会社に「ワクチン後遺症」等の「被害状況」などを報告せよ!って注意及び督促をしているよ。「カンバレ、トランプ!」トランプってかなり「個性的」で「独断的」いや「独裁的?」に見えるけど、彼って「ヒトを大切にし、ヒトを愛している」いいヤツかもね。彼は何度も、あれ?3~4回かな
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会社を畳んだことを、僕は後悔していない

会社を畳んだことを後悔しているか。もしそう聞かれたら、僕は、「後悔していません」と答えます。会社を失いました。社長ではなくなりました。収入も大きく減りました。今は会社員で、週末には深夜のコンビニでも働いています。家族にも大きな心配をかけました。それでも、あのタイミングで会社を畳む決断ができて、本当によかった。今はそう思っています。ギリギリのタイミングだった会社を畳む少し前まで、僕はまだ、「何とかなるんじゃないか」と思っていました。会社にも、まだお金が残っていました。仕事が取れれば。トリックアートの案件が決まれば。売上が戻れば。まだ続けられるかもしれない。そう思っていました。でも、会社のお金は減っていました。今振り返ると、あのタイミングはかなりギリギリだったと思います。もう少し決断が遅れて、さらにお金が減っていたら。僕の場合、同じ形で会社を終わらせることは難しかったと思っています。約2億円の銀行借入があった会社には、約2億円の銀行借入がありました。最終的に僕は、中小企業活性化協議会や弁護士などの力を借りながら、借入について整理することができました。会社は特別清算という形で終えることができました。取引先への支払いも、すべて済ませることができました。そして僕の場合は、個人破産を避けることができ、当時の自宅も残すことができました。事業に関わる一部のものも引き継いでもらうことができました。さらに、僕自身は会社を畳む途中から会社員として働くことができました。もちろん、これはあくまで僕の場合です。会社の状況が違えば、同じようになるとは限りません。でも僕にとっては、自分が一番避けたかった形にな
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会社を畳むか迷ったら、まずお金の減り方を見てほしい

もし今、「会社を畳んだほうがいいでしょうか?」と僕に聞かれたら、すぐに「畳んだほうがいい」とは言いません。僕には、そんな判断はできません。でも、一つだけ言うと思います。「会社のお金が、どんなペースで減っているかを見てください」僕自身、会社を畳む前は、そこがものすごく重要でした。まだお金が残っていた会社が苦しくなっていた頃、僕の会社にはまだ現金が残っていました。一時期は1,000万円以上ありました。だから僕も、「まだ何とかなるんじゃないか」と思っていました。実際、身近な銀行員に決算書を見てもらったときにも、「まだこれだけお金が残っているなら、頑張れるんじゃないですか」と言われました。僕自身も、そう思いたかった。仕事を取ればいい。売上を上げればいい。トリックアートの仕事がもっと決まれば何とかなる。広告も増やしました。でも、思うようにはいきませんでした。会社のお金は少しずつ減っていきました。僕なら、まず3つを見る今、経営が苦しくて、「続けるべきか、畳むべきか」と悩んでいる人がいたら、まず確認してほしいことがあります。難しいことではありません。今、会社に現預金がいくらあるのか。毎月、いくらくらい減っているのか。この状態が続いたら、あと何か月もつのか。この3つです。僕は弁護士でも税理士でもないので、決算書を見て法的、専門的な判断をすることはできません。でも、自分が会社を畳んだ経験から、「まだお金があるから大丈夫」だけで考えるのは怖いと思っています。1,000万円あっても、毎月200万円ずつ減っているのなら、ずっとはもちません。500万円あっても、ほとんど減っていない会社なら状況は違うでし
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もう一度社長はやりたい。でも、人は雇わない

会社を畳んで、今は会社員をしています。「もう経営なんて、こりごりでしょう?」と思われるかもしれません。でも、そうでもないんです。僕は、もう一度社長をやりたい。ただし、昔と同じ会社はつくりたくありません。今度は、人を雇わない一人社長がいい。そう思っています。昔は18人いた一番多いとき、会社にはアルバイトも含めて18人くらいいました。売上も、一番多いときには年商2億円を超えていました。建物も3棟ありました。社員がいれば、当然、給料を払わなければいけません。仕事を取らなければいけない。売上をつくらなければいけない。会社全体のことを考えなければいけない。当時は、それが社長の仕事だと思ってやっていました。でも、もう一度同じことをやりたいかと言われたら、やりたくありません。人を雇って、その人たちの給料を払えるだけの売上をつくる。今の僕は、そういう経営をもう一度やろうとは思っていません。看板会社をもう一度、でもない僕は看板の仕事が嫌いになったわけではありません。新宿へ行って、自分が手掛けた「I LOVE 歌舞伎町」の看板を見ると、「よく自分がこんな仕事をやったな」と思います。そして、「また、こういう仕事を手掛けたいな」とも思います。でも、看板会社としてもう一度独立するのは、今の僕には難しいかなと思っています。昔と同じように人を雇って、看板を製作して、施工して、売上をつくっていく。そこに戻りたいわけではありません。看板との関わり方も、変わっていいと思っています。たとえば、看板の本を書く。企画を考える。自分だからできる形で、また看板に関わる。それならやってみたい。でも、正直、まだよくわからない本
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会社を畳んだ人に、僕が聞きたかった5つのこと

会社を畳むことを考えていた頃、ネットでいろいろ検索しました。「会社 倒産」「経営者保証ガイドライン」「銀行の借金はどうなる?」「特別清算と破産は何が違う?」調べれば、制度についての説明は出てきます。弁護士にも相談しました。でも、それとは別に僕が知りたかったことがありました。実際に会社を畳んだ人は、どうなったんだろう。これです。もし当時、目の前に会社を畳んだ経験のある元経営者がいたら、僕は聞きたいことがたくさんありました。1 弁護士費用はいくらかかった?まず、お金です。会社を畳むにも、お金がかかります。僕自身、弁護士へ相談することになって、「いったいいくらかかるんだろう」と思っていました。もちろん、会社の状況や手続きによって費用は違うでしょうから、他人の金額を聞いたところで自分も同じになるわけではありません。それでも聞きたかった。「あなたの場合は、いくらかかりました?」専門家に一般的なことを聞くのとは、ちょっと違うんですよね。実際に経験した人が、何にどのくらいお金がかかったのか。それを知りたかったんです。2 終わるまで、どのくらいかかった?これも知りたかったことです。会社を畳むと決めたら、すぐ終わるわけではありません。僕の場合もそうでした。「あと、どのくらいなんだろう」という時間が続きました。先が見えないのは、かなりしんどいです。だから経験者がいたら、「決めてから、本当に終わるまでどのくらいかかりました?」と聞きたかった。半年なのか。1年なのか。もっとなのか。正確な期間を知りたいというより、この状態がいつまで続くのか、何となくでも先を見たかったんだと思います。3 その後、どんな仕
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会社はなくなった。でも、またこんな仕事がしたい

新宿には今でもよく行きます。歌舞伎町へ行くと、自分が手掛けた看板があります。「I LOVE 歌舞伎町」の巨大看板です。今でもそれを見ると、ときどき思います。「よく自分が、こんな仕事をやったな」会社を畳んで、今は会社員になった僕が、昔の自分の仕事を見上げています。なんだか不思議な感じです。当時は、社長だった「I LOVE 歌舞伎町」は、僕にとって代表的な仕事の一つです。大きな看板です。歌舞伎町という場所で、たくさんの人の目に触れる。賞もいただきました。会社を経営していた頃は、こういう仕事をどうやって実現するかを考えていました。面白い看板をつくりたい。人が思わず見てしまうものをつくりたい。そんなことを考えて、実際に形にしていた。今になって看板を見ると、「俺、これをやったんだよな」というより、「よく自分が、こんな仕事をやったな」という感覚のほうが近いです。少し他人事みたいですよね。でも、本当にそんな感じなんです。会社はなくなったその看板をつくった会社は、もうありません。約50年続いた会社を畳み、僕は社長ではなくなりました。今は会社員です。以前の記事にも書きましたが、最後の仕事は目黒にある会社の社名看板でした。あの頃は、会社を無事に畳めるのか、個人破産を避けられるのか、家はどうなるのか。そんなことばかり考えていました。最後の仕事に感慨を持つ余裕さえありませんでした。それから時間が経って、今は新宿で昔の自分の仕事を見ることがあります。看板は、まだそこにある。その前を、会社員になった僕が歩いている。人生って、変わるものですね。でも、最近はもう一つ思う「I LOVE 歌舞伎町」を見ると、昔の
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元社長の僕は、給料日が待ち遠しい

会社を畳んで会社員になって、生活はかなり変わりました。その一つが、お金の使い方です。当たり前ですが、法人カードは使えなくなりました。そうしたら、出かけることが減りました。外食も減った。イベントに行くことも減った。平日の夜の会食も減りました。そして今は、給料日が待ち遠しいです。笑社長の頃は、よく外に出ていた社長をしていた頃は、仕事に必要な会食がありました。セミナーにもよく行きました。平日の夜だけではありません。土日にも経営の勉強をするために、セミナーへ出かけていました。もちろん、何でも会社の経費にして遊んでいた、という話ではありません。仕事のための会食だったり、経営の勉強だったり。会社を経営するために必要だと思うものに、お金を使っていました。振り返ってみると、ずいぶん外に出ていたと思います。会社員になったら、出かけなくなった会社を畳めば、当然、法人カードもなくなります。今度は自分の給料の中からお金を使います。そうなると、以前と同じ感覚では使えません。外食も減りました。イベントに行く回数も減りました。会食もほとんどなくなりました。「行きたいな」と思っても、お金のことを考える。会社を経営していた頃とは、明らかに変わりました。別に、それが悪いと言いたいわけではありません。ただ、生活が変わった。本当にそれだけです。昔は、給料を払う側だった考えてみると、不思議です。僕は長い間、給料を払う側でした。多いときには、アルバイトを含めて18人くらいの人がいました。社員の給料を払う。会社の支払いをする。銀行への返済を考える。毎月、会社から出ていくお金のことを考えていました。今は、自分が給料をもらう側
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18人いた会社で、最後は一人になった

一番多いとき、会社にはアルバイトも含めて18人くらいの人がいま建物も3棟ありました。それが2棟になり、最後は1棟になった。社員も一人、また一人といなくなって、最後は僕一人になりました。一人になった会社にいると、ときどき思いました。「昔は、人がいっぱいいたんだよな」そして、もう一つ。「自分は何を間違えたんだろう」人も減った。建物も減った会社を経営しているときは、毎日のことで精いっぱいです。売上のことを考える。仕事を取ってくる。社員のことを考える。外注さんに仕事をお願いする。目の前のことをずっとやっているから、会社が少しずつ小さくなっていることを、そのたびにしみじみ考えていたわけではありません。でも、振り返ると、ずいぶん変わりました。3棟あった建物が2棟になった。そして1棟になった。18人くらいいた人たちも、最後には僕一人になった。数字にすると簡単です。18人が1人。3棟が1棟。でも、その間には何年もの時間があります。社員はみんないなくなった会社を畳んだときには、もう社員はいませんでした。僕一人です。社員が辞めていった理由は、それぞれ違います。だから「会社が苦しくなったら、みんな僕から離れていった」なんて言うつもりはありません。僕自身、経営者としてもっとできたことがあったのかもしれない。違うやり方があったのかもしれない。今でも答えはわかりません。ただ、一人になった会社にいると、「昔はここに人がいっぱいいたんだよな」と思うことはありました。そして、「自分は何を間違えたんだろう」とも思いました。それでも残った人がいた仕事で付き合っていた人たちとも、会社を畳んだことで関係がなくなりました
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最後の仕事なのに、感慨に浸る余裕はなかった

僕が会社で最後にやった仕事を覚えています。目黒にある会社の、社名看板でした。施工したのは、たしか3月15日頃だったと思います。それが、約50年続いた会社の最後の仕事になりました。こう書くと、「最後の看板をどんな気持ちで見たんですか?」と聞かれそうですよね。でも、正直に言います。そんな感慨に浸っている余裕はありませんでした。少し前まで、仕事が欲しかった会社を畳むと決める少し前まで、僕は仕事が欲しくて仕方ありませんでした。リスティング広告の費用を増やしたこともあります。トリックアートの仕事がもっと取れれば、まだ何とかなる。そう思っていました。問い合わせが来ることを期待して、見積もりを出した案件が決まるのを祈るような気持ちで待っていた。「頼むから決まってくれ」そんな状態でした。ところが、会社を畳む方向が決まると、今度は新しい仕事を取ることを止めました。広告も止めました。新しい問い合わせが来ても、断りました。といっても、その頃には問い合わせ自体、あまり多くありませんでした。2月、3月と状況が変わっていった銀行から連絡が来たのが、1月か2月頃。2月には弁護士へ相談しました。その頃から、自分の役員報酬も下げました。母の給与も下げました。そして3月には、弁護士の指示を受けて、僕の役員報酬はゼロになりました。新規受注も止めました。それまでに受注していた仕事については、最後までやりました。その一つが、目黒にある会社の社名看板です。それが最後でした。「これで最後か」なんて考えていなかった約50年続いた会社です。父親が創業して、僕が二代目として引き継ぎました。いろいろな看板をつくりました。大きな仕事
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「会社 倒産」と、何度も検索していた

会社の経営が厳しくなっていた頃、僕はネットでいろいろなことを調べていました。たとえば、「会社 倒産」何度検索したかは覚えていません。ほかにも、「経営者保証ガイドライン」「銀行の借金はどうなる?」「会社をどうやって終わらせる?」「弁護士費用はいくら?」「特別清算と破産は何が違う?」必死に調べました。知らないことだらけだったんです。知りたかったのは「僕の場合、どうなるの?」検索すれば、情報は出てきます。倒産とは何か。破産とは何か。特別清算とは何か。経営者保証に関するガイドラインとは何か。入り口の説明は読めました。でも、僕が本当に知りたいのはそこじゃないんですよね。「で、僕の場合はどうなるの?」それが知りたかった。会社には銀行からの大きな借入があり、僕は個人保証もしていました。会社を畳んだら、その借金はどうなるのか。個人破産することになるのか。自宅はどうなるのか。自分の財産はいくら残せるのか。弁護士に頼んだら、いくらかかるのか。僕が知りたいのは、一般的な制度の説明ではなく、これから自分と家族に何が起こるのか。そこでした。でも、ネットの記事をいくら読んでも、自分の会社の決算書を見て答えてくれるわけではありません。当然ですよね。それでも僕は検索していました。家では、何もしたくなかった調べていたのは、主に会社です。その頃には社員もいなくなり、一人社長でした。だから誰かの目を気にして検索していたわけではありません。会社のパソコンで調べる。記事を読む。また別の言葉で検索する。そんなことを繰り返していました。家に帰ると、もう何もしたくありませんでした。会社のことを考えるだけで疲れている。だから家
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まだ会社を畳むと決めていないのに、相談していいのか?

会社を畳むかどうか。まだ決めていない段階で、僕は妻と一緒に弁護士事務所へ相談に行ったことがあります。そのとき、聞きたかったことは3つでした。個人破産をしなくて済むのか。自宅を残せるのか。財産はどれくらい残せるのか。会社の将来をどうするかより、まず自分と家族がどうなるのか。そこが怖かったんです。銀行からの借入は2億円ほどありました。もし会社を畳んだら、自分まで破産するのか。家はどうなる。財産は全部なくなるのか。ネットで「経営者保証に関するガイドライン」についても調べていました。でも、いくら調べても、「じゃあ、僕の場合はどうなるの?」が分からない。それで、ある人から紹介してもらった弁護士事務所へ、妻と一緒に行きました。弁護士は「自宅を残せます」とは言わなかったここは大事なので、正確に書いておきます。弁護士の先生から、「大丈夫ですよ。自宅は残せます」「個人破産もしなくて済みます」なんて言われたわけではありません。そんな断定はされませんでした。当時、会社には確か1500万円くらいのお金が残っていたと思います。先生から言われたのは、まだ会社にお金が残っているうちに、会社をどうするか考えたほうがいいということでした。僕はその話を聞いて、「じゃあ、今すぐ会社を畳もう」とはなりませんでした。相談だけして、その日は帰ったんです。「まだ頑張れるじゃないですか」その頃、妹の旦那が銀行の支店長をしていました。銀行員ですから、決算書も読めます。僕は会社の決算書を見てもらいました。すると、「お兄さん、まだ頑張れるじゃないですか」と言われたんです。この一言は大きかったですね。「そうか。まだ頑張れるのか」と思
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人生は、本当に立て直せます。

「毎月の支払いが苦しい」「将来が不安で眠れない」「借金がある自分には価値がない気がする」もし今、そんな思いを抱えているなら、このYoutube動画がお役に立つかもしれません。私はこれまで、多くのお金や人生のご相談を受けてきました。その中で強く感じることがあります。それは、借金は原因ではなく結果であるということです。実は人生を立て直していく方と、同じ問題を繰り返してしまう方には、ある大きな違いがあります。それは収入でも、学歴でも、才能でもありません。「考え方」と「生き方」です。今回の動画では、✔ 借金の本当の原因✔ 人生を苦しくする5つの考え方✔ 人生を立て直す人が最初にやること✔ 制度を利用することは敗北ではない理由✔ 実際に人生を再建された方々の実例についてお話ししています。また動画の後半では、不要な見栄やプライドを手放し、人生とお金の流れを整えるヒーリングもご用意しています。実際に私のもとには、破産や借金のご相談をされていた方が、その後大きな契約を獲得されたり、新たなビジネスチャンスに恵まれたりしたケースもあります。もちろん魔法ではありません。ですが、現実と向き合い、不要なものを手放し、本当に大切なものに集中した時、人生の流れが変わり始める瞬間を私は何度も見てきました。もし今、「もう無理かもしれない」そう感じているなら、一度だけ聞いてください。人生は、いつからでも立て直せます。そしてあなたの価値は、借金の額でも、貯金額でも、現在の状況でも決まりません。少しでも心に響くものがありましたら、ぜひ動画をご覧ください。「変わりたい」と思ったその瞬間から、未来は動き始めます。スピリッ
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自己破産はそれほど地獄ではないという漫画

先日、X(旧Twitter)を眺めていたとき、ある一つのポストに目が釘付けになりました。それは、実際に自己破産を経験された個人事業主の方のポストだったのですが、そこに書かれていた内容は、私がこれまで抱いていた「自己破産=人生の終わり(ジ・エンド)」というイメージを根底から覆すものだったのです。「これは、今苦しんでいる多くのフリーランスや経営者にとって、希望の光になる情報だ」そう強く感じ、そのポストの内容を元に、より分かりやすく伝えるためにマンガを描き下ろしました。「知る」ことで消える恐怖があります。まずは、こちらをご覧ください。元となったポストでも語られていた通り、自己破産には意外と知られていない「セーフティネット」が存在します。マンガで描いたポイントを改めて整理します。「99万円の壁」という救い 「身ぐるみ剥がされる」というのは誤解でした。99万円までの現金などは「自由財産」として手元に残せる制度があります。これは再出発のための重要な資金になります。「価値」の判断基準 大切なコレクションや趣味の道具。これらは「買った時の値段」ではなく「現在の市場価値」で判断されます。そのため、意外にも手放さずに済むケースが多いのです。最強の盾「小規模企業共済」 Xのポストでも「これに助けられた」と強調されていましたが、倒産防止のためのこの共済は、差押えの対象になりにくいという強力なメリットがあります。最後にXのタイムラインに流れてきたその情報は、まさに**「知識という名の武器」**でした。約100万円の費用はかかりますが、それは絶望への入り口ではなく、リスタートを切るための切符代です。 もし
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2025年は画材の使い方を知る年だった

こんにちは 岩野です。2025がもうちょっとで終わりそうですね。2025年はすごくお金を使った年です。日々の交通費やその他諸々を除いて、画材だけで言えば45万以上くらい使ったんじゃないかなぁ…泣その他出費が多くて、アルバイトで稼いだお金はもう1銭もないです。笑来年は金運アップを願います‼服買って外食したい。油画について知る年でもありました。100号という私にとっては大きい作品も描きました。いっぱい油彩絵具を使っては無くなりそして何度も買い出しに、、、でもそのおかげで油彩絵具の扱い方を知ることができました。額縁も必要だったので買いまくりました。「額縁ってこんなに高額なのか、、、」と唖然としました。イーゼルも重くて大きいのしかなく、どこでも移動することができる用の軽くて折りたたみ可能なイーゼルを買いました。油画に使うオイルもどれを使えばいいかわからず、四方八方調べて自分で買って、また別のオイルを買って…。の繰り返し。オイルの扱い方を知りました。ペインティングナイフを一番よく取り扱った年でもありますね。とりわけ要約すると、2025年は今までの人生で一番たくさんのお金を使い、絵と自分がどうありたいかをめちゃくちゃ考えて答えを出した年です。依頼もいただきありがとうございました。来年も依頼を取れるように尽力してまいります。同時に画力向上するようにも尽力します。話は変わりますが、2026年は私にとって厄年だそうで…本厄です泣来年はやることがたくさんあります。実家を出て一人暮らしを始め(貯金がないですが笑)、アルバイトしまくりながら絵の制作、、、今まで体を壊したことなどありませんが、今までより
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金運・仕事運を引き込む古神道秘伝操体法教えます ☆自ら金運を生み出し性質を変えていく古神道の秘術を大公開☆

今まで様々なサービスをご紹介してきましたがようやく私の中でイチオシの商品を案内出来る時が来ました。金運・仕事運の性質に自らを変えていき引き込み生み出していく古神道秘伝の操体法をご説明します。金運や仕事運というと多くのサービスは受身であり自分自身は何もしなくてもいいというものがほとんどではないでしょうか。しかしそれではなぜ金運が上がるのか、どうすれば金運が上昇していくのか分からないままになってしまっていませんか?今回紹介するものは実際にプロのヒーラーや古神道の大家が自ら行い一般の方に流布することがない金運上昇の秘儀であり独特の動きを反復して行うことで現世ご利益を自分で作っていこうというものです。出来るだけ多くの方に知っていただきたく思っております。
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「ドジャース・山本を占ぅ~!」

現在、2024年5月7日(火)じゃ。^^今回は、「大谷」でも「水原」でもナイ!そう、「山本」じゃ。一緒に大谷、水原等と写真撮ってたねぇ~♪でも、「460億契約」って・・・何でじゃ?「大谷」が1000億なのに、何で「投手」だけで「カリスマ性?」もナイ?「一刀流?」の「ピッチャー」が何でやネン?!「100億」くらいでもエエのではないじゃろ~か?!その後実績をあげれば、ま~ねぇ~、「ド~ン」と上げても良いとは思うけどねぇ~。でも「100億契約」だって、かなりスゴイじゃん。日本球団では不可能じゃけどね、「100億契約」だって。だけどあまり「アメリカプロ野球球団」も「異常な契約額?」になってないのかな?だって、あまりアメリカで「ベースボール」って人気ナイじゃん。バスケやアメフトが「一番、二番」で~、「サッカー」にも「負けている?」というウワサじゃ。^^;それと前から気になっていたけど「球場に観客があまりイナイというか、ガラガラ」じゃ。^^;それでも「収入」はアルらし~けど、「ネットの放映権収入」とか「グッズ」とかが多いのかしらん?それとも、まさかの「ファンクラブ収入?」かな~?そう「ジャニーズ事務所形式?」じゃ。まさかねぇ~。どちらにしても「アメリカの国技」では、ナイじゃろ~けど、まさに「アメリカン」な「スポーツ」が「野球」じゃ。消えたら困る?のかな??ホホホ^^「相撲」みたいじゃ。^^;さて、では本題の「山本投手/ドジャース」じゃ。彼の活躍は、ボクは興味ナイので、ほとんど観ないけどね。でも、彼の今後は気にはなるので、タロットで占ってみたのじゃ。一応、前に書いたように「タロット結果は、3
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副業で借金破産!? 50代が陥る「副業破産」の落とし穴と自己破産の影響

老後の収入不安から、50代で副業を始める人が増えています。しかし、副業で借金破産してしまうケースも少なくありません。今回は、副業破産の典型パターンと、自己破産の影響について解説します。 副業破産のリスク 副業は、会社員にはない自由や可能性を秘めていますが、リスクも伴います。 1. 収支計画の見通しが甘い • 市場調査不足で仕入れ値が高くなる • 広告費や人件費などのランニングコストを考慮していない • 利益が出ないのに、在庫を抱え続ける 2. 先行投資をしすぎてしまう • 高額なノウハウ商材を購入する • すぐには回収できないような設備投資をする • 失敗しても辞められず、さらに投資してしまう 3. 詐欺などにだまされる • 高額な加盟金だけ請求し、サポートのないフランチャイズ • 稼げる実績が捏造された情報商材 副業破産を防ぐために 1. 十分な計画と準備 • 市場調査を行い、収支計画を詳細に立てる • 経験や知識のない分野は無理に行わない • 詐欺などの悪徳業者には十分注意する 2. 低単価すぎる副業は避ける • 時間単価が低い仕事は、成果に見合った収入を得られない • 資産運用など、より効率的な方法を検討する 3. 利益が出ない場合は潔く撤退する • 損失を拡大する前に、思い切って止める • 失敗から学び、次の挑戦に活かす 自己破産の影響 自己破産は、借金を帳消しにする最後の手段ですが、生活に大きな影響を与えます。 • 住宅ローンや各種ローンが組めなくなる • クレジットカードが使えなくなる • 金融機関からの借り入れができなくなる • 転職や就職に制限がかかる • 公共
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倒産、破産、経営破綻

1年前のちょうど今日マレーシアのペナン島に行ってきました。もうあれから1年かと思うと時間は残酷だなと思いますが当時、ちょうどコロナが広がったときでした。一瞬迷いましたが今だけだろうということで強行突破しました。たまたま安かったから行っただけで前からペナン島に興味があったわけではありません。というか、旅立つ2週間前に初めて「ペナン島」を知りました。スカイスキャナーを見ててたまたま安くなってて奥さんに「安いから行く?ペナン島ってどこか知らんけど」という感じで決めました。本当にこんな感じです。でも今思うと世界はこんな状況だし娘も産まれたので行っといてよかったなと思います。行き帰りはエアアジアでした。狭くて古くてもう二度と乗るか!と思いましたが昨日、エアアジアが破産手続きに入ったというニュースを見ました。本当に二度と乗る機会がなくなりました(笑)でも、悲しいですね。ふと疑問に思いましたが航空会社が倒産した場合飛行機はどうするのでしょうか?通常なら他の会社が買い取るのでしょうけど今はどこも経営が厳しいので買い取る余裕はないですよね。飛行機の行方気になりますね。で、やっぱり思うことはやりたいことはなるべく早めにやっておくべきだなということ。例えば、ペナン島は32,000円で行ってきました。これはだいぶ安い方なんです。でも、あの時、「3万円か~」「コロナどうしよう」って迷って行くのを辞めていたら絶対後悔していたと思います。たぶんもう二度と32,000円という激安でペナン島に行ける機会はないです。だから、やりたいことはなるべく早めにやっておくこれができるようになると人生は成功だなと思います。ち
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破産者マップなど

以前、色々と問題になりました。そのため、最初の破産者マップは消滅しました。ところが、いつのまにか復活していました。全国の破産者がグーグルマップ上で表示されています。驚きました。いずれ消えるのでしょうが、内容は以前よりも強硬になっていると感じました。削除できるようになっているからです。ただし、有料です。それも仮想通貨でないと無理なようです。削除できるようにしていること、これが厄介になるような気がします。以前の内容は削除できる状態ではなかった、と記憶しています。それで問題になったはずです。今回は、最初から削除できるようにされています。ただし、有料です。無料の官報で得た情報を掲載したのに、削除するのが有料になる正当な理由が、私には見当たりません。いずれ似たような意見がでてくると思います。試しに自分の職務を行う範囲内を見てみました。2019年くらいまでの情報が掲示されているようです。特に関心はありませんでしたが、いくつか何気なく見てみました。すると、知っている人、企業が出てきました。これには驚きました。この人、この企業については、非常に悪い印象と記憶が残っていたからです。悪徳業者、悪人、として私の頭には記憶されています。そのため、破産という言葉は、まさに天罰と感じました。建設関係、特に不動産業者の場合、破産=仕事はできなくなります。宅建業の免許、宅建士の登録ができなくなるからです。強制的に悪徳業者が排除された、ということになります。破産は免責されれば、債務は消えます。しかし、免責されなければ、破産した上に債務が残ります。当時の記憶では、非常に羽振りの良い生活をされていたと記憶しています
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倒産や破産をすると死ななくてはならないのか?

コロナ問題で気になることがありますテレビやSNSで聞かれる、コロナで死ぬか経済で死ぬかのお話ですコロナで死ぬかどうかは、世界中で多くの方々な亡くなっている報道を聞けば治療薬もワクチンもない病気なので、感染すればその危険性があります経済で死ぬ話は、コロナ以前の経済的困窮等の自死の推計からのお話のようです私は思うのですが、いつから経済的困窮=死を選ぶになったのでしょう?破産をしたら死ななくてはならないのでしょうか?人(お金を貸してくれた人 取引先等々)に申し訳ないから死で償うことが選択肢にあるというのはなんだろう?商売で失敗したり、会社をリストラされたり、不慮の事故を起こしたり等々経済的な破綻をする可能性はすべての人にあります失敗したら死ななくてはならないのでしょうか?マスコミや知識人のお話を聞くと、多くは破産=死のようです私は違うと思います破産は確かに多くに人や会社に迷惑をかけますしかしながら、死をもってまで償う話ではないと思います謝罪をし、法的に処理をして、再起をしたほうが世のため人のため、自分のためです日本には、生活保護などセーフティーネットもあります法的な整理や生活保護などの情報はたくさんネットにありますなぜ、テレビでその案内をしないのでしょうか?人に迷惑をかけてはいけない、恥だという思考はもうやめませんか?誰でも、どうすることもできない時はありますでも、それをなんとか耐え忍べば絶対に光は見えてきます人に何を言われようが、どう見られようが、放っておきましょうもっと、人から目線ではなく、自分を自分目線で愛しましょう自分を優しくいたわりましょうあなたは、必死に頑張ってきたではあ
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