会社を畳むことを決めた翌月、僕は会社員になりました。
それまで、よその会社に就職した経験は一度もありません。
父親がつくった会社を手伝い、そのまま入社して、二代目社長になったからです。
それが50代になって、初めて人の会社で働くことになりました。
当然ですが、入社したら僕は新人です。
少し前まで社長だったとか、そんなことは関係ありません。
その会社では、僕が一番の新人でした。
50代で新人研修を受けた
入社して少し経った頃、新人研修がありました。
ほかの新人と一緒です。
50代で新人研修。
以前の僕だったら、どう感じたんでしょうね。
「俺は少し前まで社長だったんだけどな」
なんて思ったのかもしれません。
でも、そのときはそんなことを考える余裕がありませんでした。
前の会社の清算が気になって仕方がなかったんです。
会社を畳むことは決めた。
弁護士の先生にもお願いした。
でも、まだ終わったわけじゃない。
銀行はどうなるんだろう。
特別清算は本当にうまくいくのか。
自宅は残せるのか。
頭の中は、ずっとそんなことばかり。
正直、何もしたくありませんでした。
それでも新人研修を受ける。
新しい会社のことを覚える。
人の話を聞く。
これからここで働くんだから、やるしかない。
無理して頑張っていました。
会社には隠していた
心の状態がかなり悪かったことは、新しい会社には隠していました。
メンタルクリニックに通っていることも、うつの診断を受けていたことも言っていません。
死にたいと思うことがあったなんて、もちろん言えませんでした。
だから自分としては、普通に働いているつもりです。
でも今振り返ると、
普通には見えないくらい、具合が悪そうだったんじゃないかなぁ。
そんな気もします。
朝起きる。
着替える。
仕事へ行く準備をする。
それから、もう一度布団に入って5分くらい目を閉じる。
何も考えたくない。
ずっと横になっていたい。
そんな状態だったんですから。
それでも時間になれば会社へ行きました。
社長だった自分と、新人の自分
社長をやっていた頃は、自分で決める側でした。
今度は違います。
会社のルールがある。
教えてもらうこともある。
新人研修も受ける。
自分が一番の新人なんだから、当たり前ですよね。
最初から何でも知っているわけじゃない。
「前は社長だった」
なんて言ったところで、今の仕事には関係ありません。
でも、不思議なものです。
僕の場合、社長から新人になったことそのものより、前の会社がまだ自分の中で終わっていないことのほうがつらかった。
体は新しい会社にいる。
でも、頭の中は前の会社にいる。
そんな感じでした。
「再就職できた。よかった」だけじゃなかった
会社を畳んだあと、空白期間をつくらずに雇ってもらえたことには、本当に感謝しています。
仕事がなくなると思っていましたから。
社会から孤立するんじゃないか、とまで考えていました。
だから就職できたことは、間違いなく救いでした。
でも、
「就職できました。これで人生再スタートです」
そんなにきれいには切り替わらなかった。
会社員になった翌日から、前の会社のことを忘れられるわけじゃないんです。
新しい仕事を覚えながら、前の会社の清算も気になる。
弁護士とのやり取りもある。
お金のこともある。
家のこともある。
そして自分の心も壊れている。
いろんなものを抱えたまま、僕は新人になりました。
会社を畳んだ後のことも怖いですよね
会社を畳むか悩んでいる人は、会社そのもののことだけを心配しているわけではないと思います。
その後、自分はどうするのか。
仕事は見つかるのか。
今まで社長だった人間が、会社員としてやっていけるのか。
収入はどうなる。
人に使われる立場になれるのか。
僕も怖かったです。
そして実際にやってみたら、簡単ではありませんでした。
50代で一番の新人になって、新人研修まで受けました。
心の中では前の会社のことでいっぱいなのに、それを隠して働いていました。
でも、あれから会社員を続けています。
今なら、社長から会社員になって初めて分かったことも、いろいろあります。
だから相談されたら、会社をどう畳んだかだけじゃなく、
「畳んだあと、実際どうでした?」
という話もできます。
格好いい再出発の話ではありません。
何もしたくないのに、無理して会社へ行った。
50代で新人研修を受けた。
僕の再出発は、そんなところから始まりました。