会社は毎月赤字でした。
それでも僕は、「まだ大丈夫」と思っていました。
銀行から借りたお金が、口座にまだ残っていたからです。
当時はコロナ禍の影響もあって、仕事そのものが少なくなっていました。
売上が足りないから、毎月赤字になる。
でも、明日の支払いに困っているわけではない。
社員の給料が払えないわけでもない。
通帳を見れば、まだお金がある。
だから、会社が厳しい状態にあることは分かっていても、
「コロナが落ち着けば、仕事も戻ってくるかもしれない」
「もう少し頑張れる」
「まだ立て直せる」
と思っていました。
今振り返ると、会社を畳む直前まで僕を支えていたのは、希望だったのかもしれません。
でも、その希望が、決断を先送りさせてもいました。
「まだ大丈夫」と思えることが、いちばん怖い。
会社を畳んだ今だから、そう思います。
仕事は少ない。でも、資金繰りには困っていなかった
コロナ禍で、看板の仕事は大きな影響を受けました。
仕事そのものが少なくなり、当然、売上も落ちました。
会社の毎月の収支だけを見れば赤字です。
ところが、不思議なことに、僕にはそれほど切迫した資金繰りの感覚がありませんでした。
銀行から借りたお金が、まだ口座に残っていたからです。
さらにコロナ禍ということで、借入金の返済も据え置かれていました。
仕事は少ない。
売上も少ない。
毎月の収支は赤字。
でも、目の前の支払いには困っていない。
通帳を見れば、お金はある。
この状態が続くと、
「会社が赤字であること」と「会社のお金がなくなること」の間に、時間差が生まれます。
僕は、その時間の中にいました。
しかも、仕事が少ない理由の一つはコロナです。
だから、
「今が異常なだけかもしれない」
「コロナが終われば、また仕事が戻ってくるかもしれない」
とも考えていました。
今なら分かります。
口座にお金があることと、本業でお金を生み出せていることは、まったく別の話です。
でも、当事者になると、この二つを簡単には切り離せません。
「一人になれば、なんとかなる」
ただ、何の根拠もなく楽観していたわけではありません。
僕なりの再建シナリオがありました。
当時、社員は定年や独立などによって少しずつ減っていました。
最後の社員がいなくなって、自分一人になれば、人件費は大幅に減る。
事務所として使っていた建物も、2棟から1棟にする。
固定費をできるだけ小さくする。
そして、一人ではできない駅看板の仕事から撤退する。
その代わり、自分が得意としていたユニークな看板づくりの仕事をもっと受注する。
大きな売上を追わなくてもいい。
一人で食べていけるだけの仕事を取れれば、会社は続けられる。
そこに、
「コロナが落ち着けば仕事も少しずつ戻ってくるだろう」
という期待もありました。
だから、
「一人になれば、なんとかなる」
僕は本気でそう考えていました。
今振り返っても、まったく筋の通らない話だったとは思いません。
人を減らす。
固定費を減らす。
得意な仕事に集中する。
そして、コロナ後の仕事の回復を待つ。
経営改善策として考えれば、それなりに理屈は通っています。
だからこそ、難しかったのだと思います。
「絶対に無理だ」と分かっていたなら、決断はもっと簡単だったかもしれません。
「もしかしたら、まだいける」
その可能性が残っているから、経営者は迷います。
一度、妻と弁護士事務所へ行きました
実際に特別清算へ動き出す半年以上前だったと思います。
僕は妻と一緒に、ある人から紹介してもらった弁護士事務所へ相談に行ったことがあります。
そのときは話を聞いただけで、正式には依頼しませんでした。
そこで言われたことが、今でも記憶に残っています。
まだ会社にお金がある。
だからこそ、個人の財産もある程度残せる可能性がある。
余裕があるうちに今後のことを考えるのは、悪いことではない。
そんな趣旨の話でした。
確かにそうかもしれない。
僕もそう思いました。
でも、まだ決断はできませんでした。
同じ口座残高を見て、二つの答えがあった
当時、銀行の支店長をしていた義弟にも会社の状況を見てもらいました。
すると、こんなことを言われました。
「お兄さん、まだこれだけお金が残っているなら、頑張れるんじゃないですか」
この言葉にも納得しました。
ここが、経営判断の難しいところだと思います。
同じ会社を見ている。
同じ口座残高を見ている。
それでも、
「まだ余裕があるうちに、会社をどうするか考えたほうがいい」
という見方もあれば、
「まだこれだけお金があるのだから、もう少し頑張れる」
という見方もある。
どちらも、その時点では間違いとは言い切れません。
そして僕自身は、
「まだ頑張れる」
を選びました。
もともと僕自身が、会社を続けたいと思っていたからです。
「まだ大丈夫」には二つの意味がある
今になって考えると、
「まだ大丈夫」
という言葉には、二つの意味があったように思います。
一つは、
まだ打てる手がある。
もう一つは、
まだ決めなくてもいい。
この二つは、似ているようで違います。
まだ打てる手があるなら、その手を打って、結果を確認する必要があります。
でも、
「まだ決めなくてもいい」
になってしまうと、時間だけが過ぎていきます。
僕の場合も、
一人になれば。
固定費を減らせば。
ユニークな看板の仕事がもっと取れれば。
コロナが落ち着けば。
いくつもの「〜れば」がありました。
未来への期待が、会社を続ける理由になっていました。
希望を持つことが悪いわけではありません。
希望がなければ、経営なんてできないと思います。
ただ、
希望と、現在の会社の数字は別々に見たほうがいい。
これは会社を畳んだ今だから言えることです。
最後は、銀行からの一本の電話でした
その後、メインバンクだった東日本銀行から電話がありました。
「借入金のことで相談したい」
という話でした。
銀行を訪ねると、
「間もなく返済が始まります。返していくのは大変ではないですか」
と言われました。
そして、中小企業活性化協議会を紹介してもらいました。
そこで、ある弁護士の先生を紹介されました。
「こんな優秀な弁護士の先生には、なかなか出会えない。きっと力になってくれるはずです」
そう言われたことを覚えています。
その先生との出会いが、大きな転機になりました。
僕はようやく、会社を畳むことを決めました。
お金がなくなる前だからこそ、考えられることがある
僕は、自分の経験から、
「会社が赤字になったら、すぐに畳むべきだ」
とは思いません。
そんな単純な話ではないからです。
僕の場合だって、コロナ禍という特殊な状況がありました。
一時的に仕事が減っているだけなら、景気や社会が正常に戻ることで売上が回復する可能性もあります。
事業を変えれば立て直せるかもしれない。
固定費を減らせば続けられるかもしれない。
だから、会社を続けることも一つの選択です。
でも、もう一つ知っておいてほしいことがあります。
会社を畳むかどうかを考えるのは、お金が完全になくなってからでなくてもいい。
まだ余力があるときだからこそ、
続ける。
小さくする。
事業を変える。
専門家に相談する。
終わらせることも選択肢として調べてみる。
いろいろな道を考えることができます。
「廃業について考える」ことと、
「廃業すると決める」ことは、
同じではありません。
僕も、もっと早くそこを分けて考えられていたら、少し違ったかもしれません。
あなたの「まだ大丈夫」は、どちらですか
もし今、
「うちの会社は、まだ大丈夫」
と思っている経営者の方がいたら、一度だけ考えてみてください。
その「大丈夫」は、
今の売上や利益、資金繰りなど、現在の数字から出した「大丈夫」でしょうか。
それとも、
「コロナが終われば」
「これから仕事が増えれば」
「この案件が決まれば」
「もう少し固定費を減らせば」
という、未来への期待から出した「大丈夫」でしょうか。
もちろん、未来への期待が悪いわけではありません。
僕だって、その期待があったから会社を続けました。
でも、一度だけ、
「期待が実現しなかった場合はどうなるのか」
も一緒に考えてみてほしいのです。
そして、まだお金にも時間にも余裕があるなら、専門家や信頼できる人に話を聞いてみる。
相談したからといって、会社を畳まなければならないわけではありません。
僕も最初に弁護士へ相談したときは、会社を畳みませんでした。
ただ、選択肢を知ることはできます。
僕は当時、口座に残っているお金を見て、
「まだ大丈夫」
と思っていました。
今振り返ると、あのお金は単に会社を延命するためのお金ではなかったのだと思います。
まだいくつかの道の中から、自分で選ぶことのできる時間でもあったのです。