大好きだった社長室を、人に譲った

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コラム

会社を畳むことが決まったとき、僕の頭にあったのは

とにかく無事に会社を畳みたい。

まず、それでした。

銀行のこと。

弁護士とのやり取り。

会社のお金。

家族のこと。

自分が社長ではなくなる寂しさなんて、ゆっくり考えている余裕はなかったと思います。

でも、会社を畳むということは、借金や登記だけの話ではありませんでした。

僕にとっては、

「社長だった自分」を手放していくことでもありました。

それを強く感じた場所があります。

社長室です。

2階に、自分の社長室をつくった

僕は会社のオフィスの2階を、自分の社長室にしていました。

けっこうこだわっていました。

床には杉板を張りました。

机も手作りです。

おしゃれな空間にしたくて、自分でつくった部屋でした。

僕は、その社長室が大好きでした。

考えてみれば、僕はずっと「社長」でいることが仕事だったんですよね。

父親から会社を引き継いで、二代目の社長になった。

会社をどうするかを考える。

仕事を取る。

社員のことを考える。

お金のことを考える。

何かあれば、最後に決めるのは自分。

良くも悪くも、それが僕の仕事でした。

その僕が仕事をしていた場所が、2階の社長室でした。

その部屋を、人に譲った

会社を畳み、僕は会社員になりました。

そして、それまで自分が使っていた2階の部屋を、別の人に譲ることになりました。

僕は1階で仕事をすることになりました。

そこは昔、社員さんたちが働いていた場所です。

2階には、僕が大好きだった社長室がある。

杉板を張った床もある。

手作りした机もある。

でも、もう僕の場所ではない。

これがね。

惨めでした。

そして、

屈辱でした。

「社長じゃなくなる」って、こういうことなんだ

社長という肩書がなくなることについて、頭では分かっていました。

会社を畳むんだから、当たり前です。

でも、

「本日をもって社長ではありません」

と言われるより、

大好きだった社長室を人に譲って、自分が1階へ移る。

僕にとっては、そっちのほうがずっと現実的でした。

ああ。

俺はもう、社長じゃないんだな。

そんなことを、場所で思い知らされたような気がします。

昨日まで社長だったからといって、会社員になって特別扱いされるわけではありません。

以前にも書きましたが、僕は50代で「一番の新人」になりました。

それまで社員さんたちが働いていた1階で、今度は自分が働く。

正直、簡単に気持ちを切り替えられるものではありませんでした。

社長室が好きだった

こんなことを書くと、

「社長のプライドなんて捨てればいい」

と思う人もいるかもしれません。

それは、その通りなのかもしれません。

でも僕は、そんなに簡単にはできませんでした。

だって、長い間、社長だったんです。

そして僕は、あの部屋が好きだった。

床に杉板を張って。

机まで手作りして。

自分の好きな空間をつくって、そこで社長として仕事をしていた。

それを、

「今日からあなたは社長ではありません。はい、気持ちを切り替えましょう」

と言われても、そんなに器用にはできないですよ。

少なくとも僕には無理でした。

会社を畳むと、お金以外のものも失う

会社を畳むとき、多くの人が最初に心配するのはお金だと思います。

僕もそうでした。

借金はどうなる。

家は残せるのか。

個人破産しなくて済むのか。

それが最優先でした。

でも実際に会社を畳んでみると、それだけじゃなかった。

社長という肩書。

自分の居場所。

長い間、当たり前だった日常。

そういうものも、一つずつなくなっていきます。

僕の場合、その象徴が社長室でした。

大好きだった場所を人に譲り、自分は1階へ移った。

惨めだったし、屈辱だった。

今なら、そういうことも普通に話せます。

でも、あのときは違いました。

会社を無事に畳むことだけで精いっぱいでした。

もし今、会社を畳むことを考えていて、

「お金のことだけじゃないんだよ」

「社長じゃなくなるのも怖いんだよ」

と思っている人がいたら、その気持ちも僕には分かります。

会社を畳むというのは、数字だけの話ではありません。

僕にとっては、大好きだった自分の居場所を手放すことでもありました。
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