会社が厳しくなっていることを、僕はほとんど誰にも相談できませんでした。
「もう無理かもしれない」
そう思うことはありました。
でも、それを人に言うことができませんでした。
経営者だから、格好悪いところを見せたくなかった。
そんな気持ちも、少しはあったのかもしれません。
でも、それだけではありません。
会社が危ないなんて、簡単に人に話せることではなかったんです。
「会社が危ない」という話が広まったらどうなるのか
会社を経営していると、信用というものを嫌でも意識します。
「あの会社、危ないらしいよ」
そんな話が広まったらどうなるのか。
取引先は、それまでと同じように仕事を出してくれるだろうか。
銀行はどう見るだろうか。
周りの会社はどう反応するだろうか。
本当に信用不安が起きたかどうかは分かりません。
でも、当時の僕はそれが怖かった。
だから、会社の外の人には簡単に話せませんでした。
では、家族なら話せるのか。
それも簡単ではありませんでした。
家族には、心配をかけたくなかったからです。
言えない。
でも、一人で考えても答えが出ない。
経営が苦しくなっていくにつれて、僕はそんな状態になっていました。
唯一、状況を知っていたのは母でした
母は会社の経理をやっていました。
だから、会社の状況を知っていました。
売上がどうなっているのか。
お金がどれくらい残っているのか。
会社が厳しくなっていることも分かっていたと思います。
でも、それ以外の人に、
「会社を畳むことになるかもしれない」
「この先、どうなるか分からない」
と話すことは、ほとんどできませんでした。
経営者は、何でも自分で決められる人に見えるかもしれません。
僕も社長でした。
社員に指示を出し、取引先と交渉し、銀行とも話をする。
最後に決断するのは自分です。
でも、会社が本当に苦しくなったとき、
「誰に相談すればいいのか分からない」
という状態になりました。
一度だけ、妻と弁護士事務所へ行った
実は、会社を畳むことを決めるより前に、一度、ある人から弁護士を紹介してもらったことがあります。
妻と一緒に弁護士事務所へ行きました。
そこで、会社を整理する場合にどんな方法が考えられるのか、個人の財産やその後の生活がどうなる可能性があるのか、といった話を聞きました。
「そんな方法もあるんだ」
と思ったことを覚えています。
でも、その場で依頼はしませんでした。
相談しただけで帰りました。
まだ会社にはお金がありました。
一人になれば固定費も減る。
仕事が増えれば立て直せるかもしれない。
コロナが落ち着けば状況も変わるかもしれない。
「もう少し頑張れるんじゃないか」
という気持ちが、まだ僕の中にありました。
相談には行った。
でも、会社を畳む決断まではできなかった。
今振り返ると、そんな状態だったのだと思います。
怖かったのは、会社だけではなかった
会社のことは、もちろん不安でした。
でも、僕が怖かったのは、会社がなくなることだけではありません。
頭にあったのは、
「家族の生活をどうするんだ」
ということでした。
当時、長女は私立高校に通っていました。
当然、学費がかかります。
毎日の生活費も必要です。
会社を畳んだら、自分の収入はどうなるのか。
自宅はどうなるのか。
家族はこれからどうやって暮らしていくのか。
会社のお金の問題。
銀行からの借入の問題。
自分の生活。
家族の将来。
いろいろな問題が、全部一緒になって頭の中にありました。
考えても、考えても、整理できません。
それでも、
「会社が危ないかもしれない」
「家まで失うかもしれない」
なんて、家族には簡単に言えませんでした。
心配をかけたくない。
でも、自分一人では答えが出ない。
そんな状態でした。
追い詰められるほど、相談先を探す余裕もなくなる
今なら、
「もっと早く相談すればよかった」
と言うことはできます。
でも、当時の自分を思い出すと、そんなに簡単な話ではありません。
会社のこと。
お金のこと。
銀行への返済。
仕事のこと。
家族の生活。
自宅のこと。
これから自分はどうやって生きていくのか。
頭の中が、それだけでいっぱいでした。
そんなときに、
「自分に合った相談先を探してみよう」
と冷静に考える余裕はありませんでした。
会社を畳んだ経験者を探して話を聞いてみよう、なんて発想もありませんでした。
そんなことを考える余裕さえなかったんです。
今になって思います。
人は追い詰められるほど、助けを求める力までなくなっていくことがある。
僕自身が、そうでした。
銀行からの電話は、僕にとって奇跡だった
そんな僕に、あるときメインバンクから連絡がありました。
借入金について相談したいという話でした。
銀行へ行くと、
間もなく借入金の返済が始まる。
返していくのは大変ではないか。
そう言われました。
そして、中小企業活性化協議会を紹介してもらいました。
そこで相談し、弁護士の先生を紹介していただきました。
その先生との出会いによって、僕は会社を畳むことを決断することになります。
今振り返ると、
銀行から声をかけてもらったことは、僕にとって奇跡だったと思っています。
僕から、
「もう限界です。助けてください」
と銀行へ駆け込んだわけではありません。
むしろ、自分から動けなくなっていたところに、向こうから声をかけてもらった。
僕には、そんな感覚があります。
もし、あの電話がなかったら。
「まだ大丈夫」
「もう少し頑張れる」
と、さらに会社を続けていたかもしれません。
そう考えると、今でも少し怖くなります。
「相談すればいい」と簡単には言えない
だから僕は今、
「一人で抱え込まないで、誰かに相談すればいい」
と簡単には言えません。
相談できない理由があることを、自分自身が知っているからです。
会社の信用が怖い。
取引先には言えない。
家族には心配をかけたくない。
誰に何を相談すればいいのかも分からない。
そして、追い詰められてしまうと、相談相手を探す気力さえなくなる。
僕もそうでした。
でも、だからこそ今は、
まだ少しでも動けるうちに、誰かと話してみることには意味がある
と思っています。
相談することと、会社を畳むことは同じではありません。
僕自身、最初に妻と弁護士事務所へ行ったときは、会社を畳みませんでした。
話を聞いて、そのまま会社に戻りました。
それでも、
「こういう道もあるんだ」
と知ることはできました。
今度は、僕が話を聞く側になりました
会社を畳んだあと、僕は経営者ではなくなりました。
今は会社員として働いています。
そして、自分の経験を生かして、経営危機や廃業、倒産などで悩んでいる経営者の方のお話を聞く仕事も始めました。
僕は弁護士でも税理士でもありません。
法律や税金について専門的な答えを出すことはできません。
「会社を畳んだほうがいい」
「まだ続けるべきだ」
と決めることもできません。
僕にできるのは、自分が経験したことを率直に話すこと。
そして、相手の話を聞くことです。
以前、この相談を利用してくださった方から、5つ星の評価とともに、
「とっても心が救われました」
という言葉をいただいたことがあります。
僕にとって、忘れられない言葉です。
僕がその方の会社の問題を解決したわけではありません。
借金をなくしたわけでもありません。
会社の将来を決めたわけでもありません。
ただ、話を聞きました。
僕自身の経験も話しました。
それでも、
「心が救われました」
と言っていただけた。
そのとき、
話すこと自体にも意味があるのかもしれない
と思いました。
何から話せばいいか分からなくてもいい
もし今、
「もう無理かもしれない」
と思っている経営者の方がいたとしても、
僕には、
「会社を畳んだほうがいい」
とは言えません。
続けられる会社かもしれません。
立て直せる方法があるかもしれません。
専門家に相談すれば、僕が知らない方法が見つかるかもしれません。
だから、結論を出すためでなくてもいいと思うんです。
「怖い」
でもいい。
「誰にも言えない」
でもいい。
「会社を畳んだら、どうなるのか知りたい」
でもいい。
何から話せばいいのか分からなければ、
「何から話せばいいか分からない」
から始めてもいい。
会社名を言いたくなければ、言わなくてもいい。
まだ廃業すると決めていなくても構いません。
「実際に会社を畳んだ人間に、一度話を聞いてみたい」
それだけでもいいと思っています。
法律のことは弁護士に。
税金のことは税理士に。
そして、
「怖い」
「誰にも言えない」
「この先どうなるんだろう」
そんな気持ちを話す相手として、会社を畳んだ経験者がいてもいい。
僕自身が、誰にも相談できなかったからこそ、そう思います。
答えを出すためではなく、まず話すためだけの場所があってもいい。
会社を一人で背負っている経営者にとって、そんな場所が一つくらいあってもいいんじゃないか。
今度は僕が、その話を聞く側になれればと思っています。