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和牛とジャルジャルは化け物?

和牛もジャルジャルも「化け物」と言われることがありますが,この二組を見ていると,こうなるために必要なものは単なる実力を超えた部分にあるのではないかという気持ちになりますある程度の実力が必要なのは当然のことですが,それ以上に漫才やコントが好きというか,もう好きというより人生そのものというか,空気くらい普通にあるけどないと死んでしまうくらい大切なものというか,この二組にとっての漫才やコントはそういうものなのかもしれませんネタをたくさん作るのも普通のことで,たくさんやればやれるほど当然実力は上がり,だからといって「もうこれくらいでいいや」という感覚は一切ないからいつまでもやり続ける。「もう空気吸うの飽きたから吸わなくていいや」なんて思うことはないのと同じように,ある意味あたりまえのように漫才やコントを続け,結果いつまでも実力が上がり続けるみたいな・・・自分にとって漫才やコントがそこまでのものではない芸人からすると「化け物」のような二組ですが,こういう同じ価値観を持った相方に出会えたことが,何よりもすごいことだ思います
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「感動する漫才」とは?

「漫才に感動など必要ない。爆笑こそ正義」という考え方もよく分かりますが,私は感動する漫才が大好きです(感動と言っても,泣けるとかそういうことではなく,完成度が高いネタという意味です)和牛の漫才はまさにそんなかんじで,最初から最後まで爆笑というよりも,じっくり聴かせる部分もあったりします。ただおもしろければいいという感覚ではなく,矛盾が生じないようにフリなども丁寧に作ってあって,その部分は笑いは少ないものの,話芸でしっかり聴かせることによって成立させているというかんじですこういうネタは,「よくできてるなぁ」という感動を生じさせ,何回もみたくなります。爆笑ネタも好きですが,私はこういうネタのほうがもっと好きです
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和牛といとこい漫才の共通点

「和牛の漫才はいとこい漫才に似ている」という声をよく聞きます。若い方はあまり知らないかもしれませんが,「いとこい漫才」というのは夢路いとし・喜味こいし‬という伝説の兄弟漫才師の漫才のことです和牛といとこい漫才の共通点としてよく挙げられるのが,「テンポ」と「品の良さ」です特に晩年のいとこいさんは,「ゆったりとした漫才をしている」と感じている方も結構いらっしゃるようですが,話し方がゆっくりなだけで,テンポはかなり速いです。和牛の漫才もこの点でよく似ていますいとこいさんは「上品」ということで有名でした。和牛のお二人も「品がある」とよく言われます。それは人柄から滲み出るものだと思いますが,テンションも関係あると思います。勢いとか,奇をてらった方法で笑いをとろうとするのではなく,落ち着いた雰囲気で,ネタそのもののおもしろさと話芸で勝負する。そんなところもよく似ていると思います
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お客さんの"笑い方問題"

一際目立った笑い方をするお客さんがいると,漫才や劇場の雰囲気がおかしくなってしまったり,まわりのお客さんが嫌な思いをすることがあります。こういう場合に,漫才師の腕が発揮されることがあります和牛のお二人はそんな状況で,「今日はヤマキジがおる」というふうに「キジ」と表現し,ネタの途中で何回かキジに触れることによって対応したことがあったようです和牛のお二人にどこまで「お客さんを教育する」という意識があったのかは分かりませんが,これも一種の「教育」だと思いますし,劇場での楽しみ方についての教育も,ある程度必要だと思いますそれにしても,劇場に来たすべてのお客さんに楽しんでもらえるように,誰も嫌な思いをしないようにもっていくというのは,漫才師の鑑だと思います(一際目立った笑い方をする人は「なぜそういう笑い方をするのか」がずっと気になっています。何か情報がありましたら教えてください)
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笑いに「点数をつける覚悟」と「点数をつけられる覚悟」

和牛は,M-1グランプリ 2016 2017 2018 と3年連続2位でしたが,どの年も「和牛が優勝だったのでは?」と思った方も結構いるのではないかと思います。和牛のファンではない方の中にももし審査方法が違っていたら,例えば,「最終決戦も点数制だったら和牛が優勝していたかもしれない」と思ってしまうほど僅差だったという印象を受けましたここまでくるともう好みです。というより,そもそも笑いは好みです。「好きじゃない」と思うものを見て,「おもしろい」と感じることはあまりありません和牛のネタはどれも完成度の高いものでしたが,そのいわゆる"完璧な漫才"があまり好きではないという方も当然います。そういう好みが審査に反映されたとしても,それは別に不公平なことはではないと思いますそもそも,こんなにも好みの違いが出る「笑い」というものに公平に点数をつけることなどおそらく不可能です。演者も審査員もそれを受け入れたうえで,あえて競技漫才に挑んでいるという感覚を,視聴者である私たちも共有してもいいような気がします
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「人を傷つけない笑い」は, 追求することに意味がある

文春オンラインの「好きな芸人2020」で2位にランクインした和牛。和牛に投票した理由は,大きく二つに分けることができると思います一つの目は「人柄」です「前に出すぎない感じが見ていて心地いい」「芸人はガツガツ前に出るイメージがあるが,謙虚な姿が逆にいい」「穏やかで優しい雰囲気でいつも癒される。地に足がついたしっかりした意思を持っていて好感が持てる」「うるさくない。あまり出しゃばらないけどやる時はやる仕事人。さんま・ダウンタウン路線ではなく,タモリ・ウンナン路線を継承できる芸人は今では貴重な存在」「他人を押し退けることも絶対せず,所作や言葉のチョイスの端々に品がある」1位のサンドウィッチマンに関しても,「誰も傷つけない。嫌みがない。人へのやさしさが芸にも滲み出ている」「嫌味なく真摯に生きている。その生き様が格好いいと感じる」など,今は人柄が評価される時代になってきましたもう一つは,和牛の「漫才そのもの」と「漫才に対する姿勢」です「漫才を愛し,笑いを深く追求している」「漫才に対する愛や,細部まで手の込んだネタが大好き」「演技力とネタの構成力はピカイチ」「何十年先まで漫才の伝統を守っていくのは彼らだと思う」「漫才そのもの」と「人柄」が評価されるというのはいい傾向だと思いますそんな「人を傷つけない笑い」や「誰も傷つけない笑い」などつまらないし,そもそも「そんな笑いは存在しない」と思う方もいるかもしれません確かに,どんなに気をつけていても,知らず知らずのうちに人を傷つけてしまうことはあります。「私は今まで誰のことも傷つけたことなどありません」と言える人など,たぶん一人もいないと思います。で
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テレビが主流の時代が完全に終わったあとの"芸人"

和牛は「漫才はおもしろいけどバラエティではつまらない。芸人なのに」という意見を聞くことがありますが,「バラエティ番組で力を発揮するのが芸人」という考え方に,どうも違和感があります。「それが本当に"芸人"としての一番の仕事なのだろうか?」という違和感です漫才よりもテレビで活躍する芸人のほうが人気があり稼ぎもいいというテレビが主流の時代がこれまで長く続いてきたために,「バラエティで活躍するのが芸人」というイメージが定着してしまったのだと思いますバラエティで活躍する芸人になりたいのであればそれを目指せばいいと思いますし,そのような芸人は,漫才が下手でも別にいいと思います。人には向き不向きがありますから逆に,バラエティはそれほど得意ではなく,漫才が向いてる芸人もいて,そのようなコンビに対して,「芸人なのにバラエティではつまらない。だからおもしろくない コンビ」という見方をするのは違うと思いますテレビが主流の時代が完全に終わる頃には,「本物の芸」を極めようとする人たちだけが"芸人"と呼ばれるようになるかもしれません。そのとき"芸人"として残っているのは・・・
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「ネタの邪魔にならず,むしろ漫才を引き立ててくれる衣装」といえば?

私は,漫才は絶対にスーツ でやってほしい派で,そのほうが1.2倍くらいはおもしろく感じるのではないかと勝手に思っています。ある程度派手だけど派手すぎず,オシャレだけどカッコつけすぎないラインの衣装が大好きです和牛の川西さんであれば,白いシャツよりもチェックか紺,靴は黒が好きです。水田さんは,派手な衣装よりシックなスーツのほうが好きですね。なんとなく好きな方少なそうなイメージありますが, 情熱大陸の漫才をしている時の茶色のスーツとか(最終的には好みですが・・・)最初はラフな格好で漫才をしていたコンビでも,最終的にはスーツに辿り着くことが多いですが,やっぱり漫才はスーツが一番見やすいと思います。ネタの邪魔にならず,むしろ漫才を引き立ててくれるのがスーツではないかと。変な格好をしている人がおもしろいことを言うよりも,気持ちオシャレできちっとしていて心地いい印象の人がおもしろいことを言ったほうが,よりおもしろく感じような気がします
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占い師の戯言・和牛さんを占ってみた(和牛ロス)

私は和牛さんも含む色んなお笑い芸人さんの浅いファンです。過去にモーモーラジオを聞いていました。またM1は和牛が一位でおかしくない時もあったように思いました。川西さんのことも水田さんのことも好きでした。ただ、その程度の浅いファンなのでそんなに情報は知りません。川西さんのホロスコープチャート見て思ったのは、まず不動宮で出来ている太陽、火星、土星、冥王星のスクエアです。漫才に対してストイックで自分を追い詰めてまでも頑張ってしまう方に感じます。火星だけならまだしも、土星や冥王星まで背負っていますから大変重たいですね。月はどうでしょうか。月は射手座ではありますが、山羊座の金星、木星、海王星とゆるく合になっています。(出生時間が分かりませんので、仮に12時としていますが、もしも22時以降にお生まれの場合には月も山羊座になり、山羊座の傾向は強まります)太陽は表の、お仕事等をする時、他人に見せる顔だとすると月は心ですから、親しい人や家族の前では、その張り詰めたストイックさが少し緩和しているように思います。そうは言っても、水星も金星も木星も海王星も山羊座にあります。真面目なんだと思います。また古典的な芸の在り方の方が好きなんじゃないかと思います。水田さんも見ましたが、水田さんはそういう形ではないので、方向性の違いも今回の解散にはあるのだと感じます。特に女性からの人気が良くも悪くも途切れることは無さそうなので、芸人さんの運勢としては人気運の心配がありません。川西さんは天体が山羊座に集中しています。また太陽と土星もしっかりスクエアになっているので、漫才中心でのご活躍になっていくのかなと思います。川西
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コントをわざわざ「漫才」としてやる意味

和牛の「お会計でどっちが払うか」という漫才コントは,「ただのコントじゃん」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが,あれは漫才でやるからこそおもしろいネタだと思います「どっちが払うかでもめる」というのは実際にもよくある話で,ネタでも「本当にありそうだな」と思うようなセリフがたくさん出てきます。このようなネタをコントでやるとかなり平凡なネタになってしまいますが,漫才コントであれば,漫才独特のテンポのいい掛け合いでみせることができるので,ネタとしてものすごくみやすくなり,おもしろくなります和牛の漫才コントはこのネタに限らず「掛け合い」に注目しながらみると,コントではなく漫才としてやる意味がよく分かると思います
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漫才を中心にしている漫才師のほうが強い?

和牛のお二人のように,漫才を中心にすることによってテレビでの露出が減るのはファンにとっては残念という気持ちもあると思いますが,私の感覚では安心感が半端ないですガンガンテレビに出ているのを見ると,健康面とか精神面とか,いろいろと心配になってしまいます(大きなお世話かもしれませんが・・・)テレビと比べると,漫才のほうがはるかに自分たちのペースで,自分たちの思うようにできる場合が多いので,体調を維持しながら末長く続けられる可能性が高いと思いますテレビでの人気が落ちてから再び漫才に力を入れる方もいますが,それだと,ずっと漫才を中心に続けている漫才師にかなり差をつけられることになります結局,漫才を中心にしている漫才師が"強い"と思います
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和牛の"超早口漫才"の真相をご存じの方がいらっしゃたら教えてください!

和牛はかなりの早口で漫才をすることができて,それでいて二人ともちゃんと聴き取れるしゃべりができるのはすごいことだと思いますただ,結果的に最後の出場となった2019年のM-1予選3回戦では,驚くほどの早口でしゃべっていて,それをみたときは心配になってしまいました普通はここまではやらないというか,ここまでの早口でちゃんと聴き取れる漫才ができるコンビはそもそも少ないと思うので,普通はこれはできない場合が多いと思うのですが,和牛はできちゃうんですよねこの年は敗者復活から決勝に上がった和牛ですが,3回戦のような早口ではなかったので安心しました。3回戦は3分なので相当ギチギチで,苦肉の策的なかんじで超早口漫才をやったのかもしれません(真相をご存じの方がいらっしゃったら教えてください)
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漫才があるから通じ合える関係

昔は,仲が悪いコンビも多かったですが,最近は仲がいいコンビが増えてきました仲がいいといってもいろんな仲のよさがあって,友達のように仲がいいコンビもいますが,和牛のお二人の場合は,「漫才あっての仲のよさ」というかんじがします私事ですが,私が一番最初にコンビを組んだ相方とはそんなかんじでした。「漫才がなかったらたぶん仲よくなっていなかっただろうな」と今でも思います。自分がよく仲よくなるタイプとは違うかんじの人だったからです。それでも,「二人の間に『漫才』があるから通じ合える」,そんな感覚でした和牛のお二人には友達のような仲のよさもあるのかもしれませんが,「漫才があるから通じ合える」という雰囲気をものすごく感じます。完全に私の主観ですが・・・
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「二人で死ぬまで漫才を続けること」こそが和牛の目標

漫才というのはそもそも,できるだけ余計な言葉を省いてネタを作っていくものです。漫才台本を書いたことがあって,それを何度も推敲したことがある方ならお気づきだと思いますが,「これは必要だ」と思っていたセリフも,工夫することでかなりの量省くことができますただ,和牛のM-1用のネタの作り方はちょっと特殊で,最初から4分のネタを作るのではなく,10分くらいで演じるとちょうどいい長尺漫才を縮めているので,相当な量のセリフを省く必要があります。10分がベストだと感じているネタであれば,6分も省かなければいけないので,これはかなりきつい作業だと思います。それもあって,お二人も「漫才が楽しくない」と感じた時期もあったようですし・・・ラストイヤーの今年も「M-1は出ません」とかまいたちの番組で断言しておられましたし,昨日でM-1のエントリー受付も終わってしまいました。和牛のM-1が,本当に終わりましたね昨日のチーキーズでのお二人の反応を見ても,まだまだ続く長い漫才人生の中での決定の一つとして「ラストイヤーもM-1に出ない」と二人で決めただけの話で,大事なのは「二人で死ぬまで漫才を続ける」こと,そこに焦点が合っているからこその清々しさのようなものを感じました
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漫才のネタがやり尽くされてしまったら・・・

「泣いてる我が子を見捨てる母親どこにおる。あの子は私が絶対守る。お腹を痛めた親ですから」これは,和牛の「オレオレ詐欺」というネタで,水田さんの母親役を演じた川西さんのセリフです。いいセリフですよね和牛はこれをちゃんと「笑い」という形で提供していましたが,私は笑うと同時に,グッとくる,ちょっと泣ける,そんな感覚にもなりました落語の場合は「人情噺」というものがあって,本格的に泣かせる話もあったりしますが,このネタをみて,「漫才にも人情噺的要素を取り入れたらいいのに」という気持ちがさらに強くなりましたただ,これを「笑い」として成立させるためには,かなりの技術や話芸が必要になると思います。和牛のこのネタも,お二人の演技力がなかったらここまでウケないというか,笑いをとるのが非常に難しいネタだと思います漫才のネタもかなりやり尽くされた感があったりしますから,未来の漫才は,「人情噺的要素も取り入れ,話芸で聴かせる漫才師が生き残る」なんてこともあるかもしれません
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話芸で聴かせる漫才

和牛の漫才は,落語的な聴き方ができるような気がします落語の場合,必ずしも声に出して笑うわけではなく,笑うどころか泣かせる話「人情噺」というものさえあります。落語が好きな人にとっては,そうした演目も含めて「おもしろい」と感じます。なぜなら,噺のストーリーそのものや,演者の話芸によって,声に出して笑うところがなかったとしても楽しいと感じるからです和牛の漫才にも,しっかりとしたストーリーと話芸があるので,声に出して笑うわけではない部分も「おもしろい」と感じます。あのテンポ のいい掛け合い をみているだけでもかなり楽しめるからです長尺漫才の場合は特にそうですが,ずっと笑いっぱなしというより,話芸で聴かせる部分があったほうが,深みや味わいが出ていいような気がします(この辺は好みもありますが・・・)「いとこい漫才はまさにそんな漫才だったなぁ」と,ふといこといさんのことを思い出しました
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競技漫才の苦しみ

和牛のお二人のように,「M-1のために長尺漫才を4分にする苦しみ」を味わっている漫才師はそんなに多くはないと思いますが,これは,「4分のネタを予選1回戦のために2分にする」という苦しみに似ていると思いますまともな漫才をしようと思うと,ネタ時間2分というのは本当にギチギチでかなり苦しいです。それでも,「1回戦だから仕方ない」と割り切ってやっているコンビも結構いるのではないかと思いますが,和牛のお二人がそれに近い感覚で4分ネタをやっていたとすれば,それは本当に苦しいことだと思います。1回戦だけなら割り切れますが,その感覚で最後までやらないといけないわけですからM-1を完全に卒業したお二人が,なんとなく晴々としたかんじで漫才をしているようにも見えるのは,気のせいではないのかもしれません
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和牛は相方と本音で言い合える理想的な関係?

居眠りの件で川西さんに公開説教[?]されたことがある水田さんですが,その後の健康状態などは良好なのかどうか気になりますナインティナインの場合は,ずっと相方に注意できない状況が続き,岡村さんの失言によってようやく矢部さんが本音を言える機会が訪れたというかんじでしたが,売れれば売れるほど,ちゃんと注意してくれる相方がいるというのは本当に大切なことだと思います和牛の場合は,ネタ作りや普段の漫才に関しても本音で言い合える関係性を築いてきて,漫才のこと以外でも本音で言い合えるとすれば,それは理想的な関係だと思います。相方がいないと漫才はできませんし,結局すべてが漫才につながっているので,言うべきことが言えない関係だと,それが原因で漫才ができなくなってしまうことにもなりかねませんから
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漫才を続けるための壁「健康問題」

「おじいちゃんになっても」というより「死ぬまで漫才を続ける」と本気で思っている和牛のお二人。それを実現するためのモチベーションは十分すぎるほどあるような気がしますが,一番の問題はやはり健康ですよね漫才師ではなくても,誰だって「健康でいたい」と思っていますし,結構気をつけてはいても,何があるか分からないのが健康問題。自分の健康だって維持できるか分からないのに,漫才の場合は二人ともそれなりに健康じゃなきゃいけませんし,声もそれなりに出る状態でなきゃいけません。これはかなり大変なことだと思いますそういうことも考えて,テレビの仕事はそこまで入れないようにしているというのもあるのかもしれませんね。無理すると本当に漫才ができなくなってしまう可能性ありますから
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二人で話しながら漫才を作るメリット

M-1グランプリ2018で披露された和牛の「ゾンビ」というネタは,「もしも俺がゾンビに噛まれたらどうする?」「いや『どうする?』って言われても」みたいな二人の会話から誕生したネタなのかどうかは定かではありませんが,和牛のお二人ならではのネタの作り方ゆえに生まれたネタのような印象を受けます和牛のお二人は,二人で話しながらネタを作っているようです。それは,「会話を漫才にしている」とも言えるかもしれませんし,その場で即漫才を始めてみるという即興漫才的な作り方とも言えるかもしれません会話というのは相手の反応によって思いも寄らない方向に転がることがよくあるので,片方が台本を書くスタイルではなかなか思いつかない,二人だけのオリジナリティ溢れるネタができたりします和牛のネタは全体的にそんなかんじがします。それぞれの地がもろに漫才に出ているのも,そうやってネタを作っているからなのだと思います
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何回もみたくなる"うまくておもしろい漫才"

「和牛の漫才は,何回もみたことがあるネタでも飽きない」というコメントをよく耳にします。もちろん「ファンだからそう感じる」というのもあると思いますし,和牛のお二人が,「同じネタでも毎回アドリブを入れてくれる」ということも大いに関係していますが,それだけではないと思いますもう一つ関係しているのが,「漫才のうまさ」「掛け合いのうまさ」です。M-1の影響で,「とにかくおもしろい漫才」が求められるようになってからというもの,漫才のうまさはあまり重要視されなくなってしまいましたが,うまい漫才というのは,二人のテンポのいい掛け合いをみているだけでもかなり楽しいです。そのような漫才は,笑う部分以外をみていても「楽しい」と感じるので,最初から最後まで「楽しい」と感じます。この心地よさがあるので,何度みても飽きないのだと思います「とにかくおもしろいだけの漫才」は,初見が一番おもしろく,何回かみると飽きてしまうことも多いですが,「うまくておもしろい漫才」は,何回もみたくなります
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漫才の「新しいシステム」を模索し, 迷走していませんか?

ナイツの塙さんは,「和牛には型がない。いろんなことをやるのが和牛の魅力」と言っていましたが, 二人の関係性そのものが和牛の型なのだと思います塙さんが言っている「型」というのは,「関係性」というより「システム」のことです。ミルクボーイや笑い飯などをイメージすると分かりやすいかもしれません。ナイツの場合は「ヤホー漫才」という型があります一方,和牛の場合は,どんな題材,どんなシチュエーションでも,「水田さんならこう言う。川西さんならこう言う。それに対してお互いこんな反応をする」という二人の関係性に落とし込むことが,和牛にとっての「型」のような印象を受けますM-1の影響で,漫才の「新しいシステム」を模索しているコンビも多いと思いますが,新しいシステムを探すより,和牛のようにいろんな題材を二人の関係性に落とし込んでいくほうが,二人にとって自然な漫才ができますし,結果的にそれは二人だけの「独特な漫才」になり,見る人はそれを「新しい」と感じるのではないかと思います
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もしも和牛が「お笑い実力刃」の4つのお題ワードを使って漫才を作ったら

7月28日に放送された「お笑い実力刃」では,アンタッチャブルとサンドウィッチマンが考えた4つのワードを使って30分でネタを作り,即興漫才を披露するという企画に,なすなかにし,ラニーノーズ,プラスマイナス,Aマッソ,オズワルドの5組が挑戦。ネタの作り方が5組5様で非常におもしろかったです。お題はこちらです【4つのお題ワード】・冬じゃないんだから・美味しいかき氷が食べたい・忘れ物・うなぎパイもしもこの企画に和牛が挑戦したらどんな漫才になるのか,勝手に想像して書いてみました(完成まで2時間もかかってしまいました・・・)水田:いきなりこんなこと言うたらダメなのかもしれないですけどね川西:なんですか?水:美味しいかき氷が食べたい川:あかんやろそれは〜水:ダメですか?川:お題のワードをいきなり言うのは反則や水:反則?川:今の「美味しいかき氷が食べたい」はノーカウント水:ノーカウント!?川:そう。ちゃんと話の流れの中で使わんと水:「流れ」言われても,最近物忘れがひどくてね川:物忘れ?それは逆に言うたほうがええんちゃう?水:最初に4つのワード全部言うとかんと忘れるんちゃうかな思って川:だから「逆に言うたほうがええ」言うてんねん水:逆って何?川:「物忘れ」の逆や水:「物忘れ」の逆?川:そう水:物覚え?川:そういうことちゃう水:ほんでえ〜と・・・,お題あと3つなんでしたっけ?川:もう忘れてるやん水:ちょっと言うてみて川:言えるか。こんな卑怯なやり方でお題消化したらあかんねん水:「美味しいかき氷が食べたい」だけは覚えてるんやけど川:なんでそれだけ覚えてんねん水:ほんまに今美味しいかき氷が食べたいんで
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お客さんに話しかけるのがうまい漫才師とヘタな漫才師の違い

劇場のお客さんの反応が全体的に重かったときに,和牛の川西さんが「いつもより客席に話しかけていた」というツイートをみました。「川西さんさすが!」と思いましたし,「そこに注目してツイートしたお客さんもさすが!」と思いました漫才師の中には,お客さんに話しかけるのがかなり苦手な人もいます。そのような人が(誰かにアドバイスされたのか)意識してお客さんに話しかけようとすると,結構わざとらしく話しかける形になってしまう場合があります川西さんは,これがものすごくうまい漫才師です。「お客さんの反応が重かったからいつもより客席に話しかける」という対応からも分かるように,お客さんの反応を見ながら,本気で話しかけているので「うまい」と感じます。これが苦手な人は,「台本のこの部分でお客さんに話しかける」と前もって決め,意識してそれをやるので,わざとらしくなってしまいます
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和牛川西さんの変化

和牛の漫才の昔と今を比べると,水田さんはそこまで大きく変わっていませんが,川西さんは相当変わりましたね昔は今もよりもかなり声を張っていて,「『漫才師とはこうあるべき,ツッコミとはこうあるべき』というイメージでやっていたのかな」という印象を受けます川西さんが大きく変化する「タイミング」や「きっかけ」が何かあったのか,それとも少しずつ少しずつ変わっていったのかは分かりませんが,水田さんのへりくつを漫才でやり出したことも関係があるような気がします。水田さんの「素」が漫才に出れば出るほど,川西さんも「素」が出るようになったのではないかと・・・この予想が当たっているかどうは分かりませんが,漫才に「素」が反映されるようになると,ものすごくおもしろくなります
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へりくつや正論ばかり言う子におすすめの職業

和牛の水田さんのあのかんじは14歳の頃にはもう仕上がっていたそうですが,確かにいますよね,ああいうへりくつとか正論をガンガン言う子「この子どんな大人になるんだろう・・・」とちょっと心配になったりもしますが,漫才師という職業も選択肢の一つに入れておくのもありかなと思ったり・・・へりくつや正論を #笑い にするというのはいいことだと思います。それが笑いになるということは,「自分が言っている"正論"は絶対的に正しいものではない」ということを認識する機会になるのでただ,川西さんのようにそれを受け止めてくれる相方と出会えるのかという問題がありますが・・・
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本当にうまい漫才師ならこれができる

和牛の漫才の凄さの一つは,アドリブを入れてもテンポのいい掛け合いが途切れないこと和牛だけでなく本当にうまい漫才師はこれができますが,最近はこれができる漫才師はそこまで多くないと思います。昭和の漫才師と比べて,そもそもここまでテンポのいい掛け合いができるコンビ自体が減っているので当然のことですが・・・「和牛の漫才は機械的」などと言われることがありますが,アドリブでの掛け合いをみれば,機械的なのではなくめちゃくちゃうまいだけということが分かると思います
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長尺漫才ができないコンビ

「賞レース に縛られている」と感じる漫才師は結構多いと思いますが,和牛のお二人の縛られ方はちょっと特殊だと思います。劇場での長尺漫才が得意だからこその縛られ方,長いネタをどうやって3,4分に収めるのかという苦悩と戦い最近の漫才師は,「長尺漫才をやれ」と言われてもできないコンビも結構います。長尺の一本ネタはできないので,持ちネタを何本か繋げたりします若手は持ち時間が少ないという事情もありますが,最近はYouTubeなどで自由に好きなようにネタを披露する場もありますから,短いネタばかり作るのではなく,長尺漫才もどんどんやったほうがいいと思います。「和牛のような漫才師になりたい」と思っているコンビは特に
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うまい漫才師の何を真似すると漫才がうまくなる?

和牛の漫才に憧れて,本気で漫才師を目指している方もたくさんいらっしゃると思います。漫才にかぎったことではありませんが,なんでも最初は憧れの人の真似をして,少しずつ上達していきます漫才の場合,「真似をする」というと,話し方や言い方を真似する,つまり,モノマネをしたくなるかもしれません。最初はモノマネから入ってもいいんですが,モノマネ芸人ではなく本気で漫才師を目指す場合には,話し方や言い方は自分らしくある必要があります和牛の漫才でぜひ真似をしてほしいと思うのは,「掛け合い」です。特に,和牛のしゃべくり漫才の掛け合いを真似してみると,テンポの良さや間の取り方のうまさから,多くのことを学べると思いますものすごくうまいです
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芸人の「顔ファン」ってダメなの?

「和牛は顔ファンが多い」などと言われたりします。「おもに芸人の容姿が好きなファン」のことを少しバカにしたかんじで「顔ファン」と言ったりしますが,私はこの言い方が嫌いですそもそも人をバカにする言い方というのが嫌ですし,「顔ファン」であること自体は何も問題ないのに,「なんでわざわざそこを批判する必要があるんだろう?」と思います問題があるとすれば,「容姿を重視しすぎてあまりネタを聴いておらず,変なリアクションをしてまわりに迷惑をかける人もいる」ということだと思います。これは,なぜそれが良くないのかを親切丁寧に教えるべきことであって,「顔ファンだから」と批判しても,お互い嫌な気持ちになるだけで,無益だと思います教えられても聞く耳の持たない人はどの世界にもいますが,親切丁寧に教えたら聞いてくれる人もたくさんいます。そんな人と意外と仲よくなれたりすることも,結構あると思います
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漫才は二人の関係が対等でないと・・・

和牛のように,相方と完全に対等な関係で一緒にネタ作りをするコンビはそこまで多くないと思いますが,これは理想的なネタの作り方だと思います漫才は二人の関係が対等でないとみにくいですし,そういうコンビは大抵解散してしまいます。もちろん,一緒にネタを作らなくても,ネタを書く側が相方の良さを120%引き出すようなネタを書ければ対等な漫才ができるので何も問題ありませんが,これがなかなか難しい・・・和牛のように,漫才に関してお互いなんでも言い合えるコンビというのは本当にいいですね。でも,相方とそういう関係になるためには,二人の実力が拮抗していて,笑いの好みや目標や方向性もかなり一致していないといけないので,そんな相方を見つけるのは簡単なことではありませんそう考えると,水田さんと川西さんが出会いこうしてコンビを組んでいるというのは,すごいことだと思います
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漫才はハイテンションではじめるべき?

漫才師といえば,「どーもーーーー‼️」と元気よく登場し,ハイテンションで漫才を始めるというイメージがあるかもしれませんが,和牛のお二人は比較的テンション低めです和牛の場合は,元々のテンションが低めなタイプというのもあると思いますが,意図的にテンションを下げ,気持ち小さめの声で話し始めることがあります。これは,人気が出てくると特にそうなのですが,演者が登場した瞬間ファンのテンションがものすごく上がってしまうことがあり,それをコントロール するというか,抑えるためにそうしているのだと思います漫才というのは本当にお客さんの反応が大切です。漫才は「お客さんと一緒に作り上げるもの」と言っても過言ではありません。もしお客さんが興奮して,笑うところではないところで笑ってしまったり,アイドルのコンサートのように歓声を上げてしまうなら,漫才が台無しになってしまうかもしれません。それをいかにコントロールするのかも,漫才師の腕ですまだ名前が知られていない漫才師の場合,「どーもーーーー‼️」と元気よく登場して場を盛り上げる,これも一種のコントロールなのかもしれませんが・・・
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「コンビとしての幸せ」とは?

「コンビとしての幸せってなんなんだろう?」と考えることがあります漫才師であれば,和牛のように二人とも「死ぬまで漫才がしたい」という思いで一致していること,これはかなり幸せなことだと思います。「売れたい」というのはほとんどの芸人が思っていることなので,この点で一致するのは簡単なことですが,みんながみんな「死ぬまで漫才がしたい」と思っているわけではないからです一人は「死ぬまで漫才がしたい」と思っていても,もう一人は「売れたい」という思いのほうが強かったりすると,売れたあとの漫才がうまくいかなくなってしまいます。その結果,漫才をやらなくなってしまったり,解散してしまう場合もあります。「死ぬまで漫才がしたい」と思っているほうの願いだけが叶わないのが,ものすごくやるせないですでもこれは,一人ではできない漫才の宿命のようなものです。他にもいろいろな理由で一人になってしまい,漫才ができなくなることもよくあります。こういう刹那的なところも,漫才をより魅力的なものにしているのかもしれませんが,本当にせつないです和牛のお二人はこの最も大きな部分で一致していて,文字通り「死ぬ直前まで漫才をしていたい」と思っているので,健康管理なども含め,そこを目指して日々暮らしているような印象を受けます。そこまでしないと,「死ぬまで漫才がしたい」という夢は叶えられないのかもしれません
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自分たちの"おもしろい"を伝える職人になる

漢検のインタビュー で和牛のお二人は,「お互いを漢字一字で表すと?」と聞かれ,「我」と「職」と答えています漫才というのは,「自分」がより強く出る芸です。「自分」を表現するのが得意な人には漫才が向いていて,「自分ではない誰か」を演じるのが得意な人にはコントが向いているのだと思います。漫才コントであっても,完全に別人になりきって演じているわけではなく,自分が透けて見えるのが漫才です。特に川西さんは,女性役を演じるのがうまく,まるで女性のようにも見えますが,それでいてどの役をやっても川西さんが透けて見えます。もちろんいい意味で。「自分」つまり「我」が強く出るのが漫才の醍醐味だからですだからといって,「我」だけでなんとかしようとすると,「自分たちだけがおもしろいと感じる漫才」になってしまいます。独りよがり(二人よがり?)な漫才です。そのようなコンビは,「こんなにおもしろいのに誰も分かってくれない。周りのやつらは笑いのレベルが低い」などと言ったりしますそういうコンビに足りていないのが,「職」だと思います。つまり,自分たちの「我」をどうすれば一人でも多くの方に伝わりやすい形で表現できるかを,まるで職人のように突き詰めていくこと。インタビュー記事を読むとよく分かりますが,和牛のお二人がやっているのがまさにこれです
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今年は「正統派漫才で納得の優勝」というM-1になってほしい!

M-1グランプリが復活したのが2015年。2015年からの和牛の成績を見ると,復活後のM-1の主役は「和牛」と言っても過言ではありません2015 6位2016 2位(敗者復活)2017 2位2018 2位2019 4位(敗者復活)2020 卒業2021 ラストイヤータラレバを言ってはいけないのは知っています。知ってはいるんですが,「去年出てたら優勝してたかもな〜」と,どーーーーーしても思ってしまいます去年のM-1は,「漫才らしい漫才」をするコンビが少ない大会でした。過去においては,和牛の漫才ですら「あれは漫才じゃない 」という声があがったりもしましたが,もし去年和牛が出ていたら,「和牛の漫才こそ漫才だ!」という声さえあがったかもしれませんほんとにタラレバなんて言っても仕方ないんですが,正統派漫才好きな私からすると,去年のM-1は正直「消化不良」と言いますか,なんとなく後味の悪い大会だったので,「今年は『正統派漫才で納得の優勝!』という形になればいいのにな〜」と,強く強く願うばかりです
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「競技漫才」さえも楽しめるコンビが最強

劇場での和牛の漫才をみた人は口々に,「二人とも楽しそうに漫才をしているのが良かった」と言います。これは,「コアなファンだけがそう感じる」というようなものではなく,むしろこれこそが,本来の漫才の楽しみ方だと思いますお客さんは別に,「準備してきたネタを完璧に演じるのをみたい」と思っているわけではありません。ただ笑いたい,ただ楽しみたいだけです。「完璧に演じる」の先にある「楽しんで演じる」という域にまで達していれば,それをみているお客さんも楽しくなってきて,心から笑えます「競技漫才」とも呼ばれるM-1グランプリにおいても,「楽しそうに演じているコンビが優勝するのがあたりまえ」になってほしいです。実際,「競技漫才」さえも楽しめるコンビこそ最強だと思うので。アンタッチャブルのように
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漫才は"人柄"が大事

和牛の場合は,水田さんのボケがへりくつっぽいことが多いので,キツめにつっこまないと,「ただ嫌なやつの話を聞かされている」というかんじになる恐れがあり,実際川西さんは,かなりキツい言葉でつっこんでいることが結構ありますしかし,へりくつを撃退しているとはいえ,ツッコミの言葉がキツすぎると,それはそれで聴いていてつらくなってしまいます(昔の川西さんのツッコミは少し恐いという印象を与えることもあったような気がします)この両方の問題を解消しているのが,人柄の良さ だと思います。特に,川西さんの人柄の良さは,雰囲気や表情や話し方にも表われていますよね。かなりキツいセリフを言っても,人柄の良さによって相当聴きやすくなっていると思います漫才は本当に人柄が大切です。人柄の悪さが出てしまっている漫才は,心からは笑えません
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和牛の漫才を劇場でみたくなる理由

「和牛の漫才を劇場でみたくなる理由」はいろいろありますが,まずは「アドリブ」です。その時その場所に居合わせた人しかみることができないアドリブがたくさん繰り出されるので,これをみられるだけでも,劇場に行きたくなりますまた,「今日はどのネタをやってくれるんだろう?」という楽しみもあります。これは,和牛のお二人が「完成度の高いネタ」をたくさん持っていて,今なおそれらのネタを育てていることが大きいと思います。これはもはや「古典落語」の楽しみ方に近いような気がしますこれだけでも十分に楽しめますが,「今日はどのネタかな〜」と思いながら劇場に行ったら,なんと「新ネタだった」なんて日に当たったら,それはもうたまりません
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「うまい」の中にある「おもしろい」

和牛が「機械的な漫才 をしている」という理由で,「うまいけどおもしろくない」という声を聞くことがありますが,私は「機械的」と「うまい」は両立しないと思っています「和牛は機械的」と言う場合,掛け合いの速さやテンポのよさのことを言っているのだと思いますが,これを本当に機械的にやってみると,まさに「機械的」と感じるだけで,「うまい」と感じることはないと思います。つまり,「和牛は漫才がうまい」と感じている時点で,「機械的以上の何かを感じ取っている」ということになります和牛のお二人は,ただ機械的に決まったセリフをテンポよく発しているというわけではなく,決まっているセリフにその時々の感情を乗せたり,相方やお客さんと駆け引きしながら話しています。だから「うまい」と感じる。そしてその結果,同じセリフでも"その時"しか聴くことができないセリフが毎回たくさん生まれ,それがおもしろい 「うまい」は「おもしろい」の一種だと思います。「うまいけどおもしろくない」と感じている方は,「うまい」の中にある「おもしろさ」に,まだ気づいていないだけなのかもしれません
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和牛にはなぜ「ほかのコンビのネタをカバーする力」があるのか

「漫才作家が書いたネタを自分たちのものにできるようになったら漫才師として一人前」と言われたりもしますが,和牛のお二人にはそれ以上の力があると思いますそれは,ほかのコンビのネタをカバーする力です。以前番組でおぎやはぎのネタをカバーしていましたが,完全に自分たちのものにしていましたカバー漫才は,カバーというより「コピー」や「モノマネ」になってしまう場合がほとんどです。それはそれでおもしろいので受け入れられがちですが,歌だったら「あんなのカバーじゃない」という苦情が殺到すると思いますプロの漫才師でもほかのコンビのネタをカバーするのは難しいことなのですが,和牛にそれができるのは,普段から同じパターンの漫才をするのではなく,お互いの素の関係をベースにしながらも同じパターンにならないネタ作りをしているからかもしれません。同じパターンの漫才が得意なコンビの場合,ほかのコンビのネタを自分たちのパターンで演じるのは難しいので,モノマネやコピーになりがちですが,素の関係がベースなら,「自分だったらあのセリフはこう言う」という感覚で演じることができます二人の関係そのものが「和牛の漫才」だからこそ,どんなネタでも自分たちのものにできるのかもしれません
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漫才論争「和牛は漫才じゃない?」

和牛の川西さんは,役に入ったままつっこむことがよくあり,これが「和牛の漫才コントは漫才じゃない」と言われる一つの要因となっています確かに,役から出て会話をすることが可能というのは漫才コントの強みです。だからといって,「役から出ないから漫才じゃない。あれはコントだ」と決めつけるのも違うと思います。なぜなら,漫才とコントの一番の違いは,役から出るかどうかではなく,「間」や「掛け合い」だからです。漫才の間とコントの間,漫才の掛け合いとコントの掛け合いは基本別物です漫才コントの場合,男性が男性役でつっこむときは,役に入ったままなのか役から出ているのかは曖昧ですが,女性役でつっこむときは大抵役から出てつっこみます。そもそも女性役をやっていること自体に違和感があり,役から出ずにつっこむと余計に変なかんじになる場合が多いからだと思います川西さんは女性役をやってもそこまで違和感がないという特殊な能力と類まれな演技力を持つ漫才師であるため,女性役のままつっこんでも成立します。そして,役に入ったまま「漫才の間」「漫才の掛け合い」で会話を進めていくので,あれは完全に「漫才」だと思います
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和牛とかまいたちの「声」の話

和牛とかまいたちは,ボケの水田さんと山内さんのタイプがなんとなく似ていて,ツッコミの川西さんと濱家さんはめちゃくちゃ漫才がうまいという共通点があるので,この二組がネタを交換してやってみたら,どちらもかなりしっくりくるような気がします。どちらもみてみたいですそれと,さらにどうでもいい妄想ですが,コンビをシャッフルした漫才もみてみたいです。ただその場合,声の問題があるかもしれません。山内川西は結構声にクセがあるコンビで,水田濱家はそこまで声に特徴がないコンビになりそう・・・でもこの4人は全員,声が高すぎず低すぎず,聴き取りやすいしゃべり方をしていて,それでいて,4人のうち誰と誰の声が似ているというかんじでもないので,誰と組んでも聴きやすい漫才になりそうです(本当にどうでもいい妄想で申し訳ありません)
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和牛の漫才コントはめちゃくちゃ正統派

最近はそういう印象も薄れてきたかもしれませんが,和牛は(特にM-1で)漫才コントをすることが多く,しかも,川西さんが役に入ったままツッコむという独特のスタイルゆえに,「正統派ではない」とか,「漫才じゃない」とまで言われたりもしましたその後,もっと漫才じゃないっぽい漫才がどんどん登場したので,今はもう和牛の漫才を「漫才じゃない」と言う人はかなり減ったような印象を受けますが,実際には,「漫才じゃない」どころか,めちゃくちゃ正統派漫才だと思います。なぜなら和牛の漫才コントは,凄まじい漫才の掛け合いだからですしかも,役に入ったままの漫才の掛け合いを,まったく不自然さを感じさせることなくこなすというかなり高度なことをやっています。「あんなのただのコント」と思っている方はぜひ,二人の掛け合いに注目してみてください!
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漫才の"一期一会感"

「ライブ」というのはみな一期一会ですが,漫才の,そして,その中でも和牛のネタの"一期一会感"は半端ないです例えば歌であれば,歌い方が違うとか,アレンジが違うとか,そのライブならではの楽しみ方がありますが,そうは言っても,まるで違う曲にしてしまうということはそこまでありませんし,「原曲通りにやってほしい」と思うお客さんもいたりします漫才の場合は,知ってるネタなのにアドリブで別のネタみたいなっても全然大丈夫ですし,そのほうが喜ばれることもあります。「元ネタの台本通りにやってほしい」と思う人も,そんなにはいません。ものすごく自由です和牛の漫才は元ネタがカッチリしているので,アドリブを入れるとそれが余計に際立ち,"一期一会感"がすごいです
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最終的にはどっちが強い?

ダウンタウンの松本さんが「優勝しなくてもオモロイやつには必ず陽があたる」と言っていましたが,和牛のお二人の場合は,M-1で3年連続準優勝というもしかしたら優勝するよりも難しいかもしれないことを成し遂げているので,陽があたるのは当然だと思いますテレビではそれほどみないので「陽あたってないでしょ」と思っている方もいらっしゃるかもしれませんが,漫才ではめちゃくちゃ陽があたっています「漫才メインで陽があたる」というのも相当難しいことだと思いますが,テレビで陽があたっていないと一般的にはそこまで評価されないという風潮がいまだにあるような気がしますテレビで売れるより,漫才メインで売れたほうが,最終的には強いような気がするのですが・・・
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二人の会話や個性を漫才に"昇華"する

和牛の場合,水田さんがボケで,川西さんがツッコミというのが基本のスタイルですが,M-1 2019で披露された「物件選び」のネタでは,後半は水田さんが小ボケで,川西さんが大ボケという形に変化します(川西さんもボケるネタはほかにもたくさんありますが・・・)和牛のように二人でしゃべりながらネタを作っていると,こうなるのはむしろ自然だと思います。普段の会話でも,片方がボケ続け,もう片方がツッコみ続けるというパターンはあまりなく,ボケに対して乗っかったりすることで盛り上がる場合もよくあります。和牛の漫才も,川西さんが水田さんのボケに乗っかることによって後半ドンっと盛り上がったりしますボケとツッコミを最初から完全に分けてネタを作ると単調になる恐れがありますが,二人の会話や個性を漫才に昇華することができれば,その二人にしかできない漫才に仕上がります
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和牛はわざと「伏線回収漫才」を作っているわけではない

和牛といえば「伏線回収漫才」という印象が強いですが,水田さんからすると「ウェディングプランナー は確かにそうだけど,それ以外はわざわざ『伏線回収』と言うようなネタではない。みんな普通にやっている範疇。ゾンビのネタも後半大きな笑いがくるだけ」という感覚のようです和牛は二人で話しながらネタを作っているので,「今回は伏線回収で作ろう」みたいな形から入る作り方はあまりしないのだと思います。相方と話しながらいろんな方向に転がっていくから おもしろいという感覚なのかもしれませんその結果いろんなタイプのネタができますし,ネタ作りも飽きずにできると思うので,会話しながら作るのは理想的なネタの作り方だと思います。ただこれは,どんなコンビでもできる作り方ではありませんが・・・
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漫才における「説得力」とは?

一年前の記事ですが,プラス・マイナス岩橋さんによるルミネ通信 vol.32 「和牛・水田の魅力とは?」がものすごくいいです!まず,岩橋さんの漫才に対する熱い思いがいいです!そういう岩橋さんだからこそ語れる「水田さんの漫才に対する熱い思い」が溢れています「1日2日でできた漫才やないですよ。場数と実績に裏付けされた説得力が違う」って,ほんとそう思います!和牛のお二人は,M-1のためにネタを作っているわけではなく,日頃から何年もネタを育て続けていますから,それはもう説得力が違いますよね結局,毎日毎日コツコツ,何年何年もひたむきに取り組むコンビが勝利するのが漫才なのだと思います。和牛だけでなく,プラス・マイナスもそういう漫才師ですよきっと
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和牛の漫才は一回目より二回目のほうが"おもしろい"

一般的に漫才は,初見が一番おもしろく,ネタバレするとウケが悪くなるネタ が多いですが,和牛の漫才は,一回目より二回目のほうが「おもしろい」と感じるネタが多いような気がしますこれには,ネタが丁寧に作られていて,フリの部分も丁寧で少し長めで説明が多めであることが関係しているのかもしれません。フリが丁寧で長めだと,その分最初の笑いが起こるまでの時間が長くなり,初見だとハラハラすることさえあります。二回目以降であれば,このあとドンッと大きな笑いがあると分かっているので安心してみれますし,「このあと来るぞ」という期待感を高める時間になるので,まだ笑いが起きていないフリの部分からもう楽しくなってきますM-1では一回目が一番おもしろいネタのほうが有利なのかもしれませんが,一生漫才を続けていくのであれば,何回もみればみるほどおもしろく感じられるネタのほうが,断然有利だと思います
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予定調和的なメタ漫才?

和牛の「たん熊とラグビー」というネタは,かなり独特でおもしろいです「たん熊」と「ラグビー」という話題が同時に出てくるというのがまず独特すぎますが,これは,水田さんと川西さんそれぞれの得意な話題です。二人で話しながらネタを作るというスタイルだからこそできたネタなのだと思いますもう一つ独特なのは,メタ漫才的要素が含まれていることです。お互い自分の得意な「料理」と「ラグビー」のちょっと専門的な話を入れて,それがそれぞれフリにもなっているところが予定調和的なかんじがしますたぶん,この説明ほぼ伝わらないような気がしますが,和牛の「頑張っていきましょう」というネタは本格的なメタ漫才ですが,「たん熊とラグビー」にも少しそういう要素が入っているという話です(この説明でもたぶん分かりにくい。すみません)
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きっちり漫才とアドリブ満載漫才

和牛のライブでの漫才について,「今日はきっちり漫才」というような表現が使われることがあります。M-1での和牛の漫才しか知らない方からすると,「和牛はきっちりとした漫才しかしない」という印象かもしれませんが,実際はそうではありません。劇場では大抵,アドリブ満載でものすごく楽しそうに漫才をしていますそれでも時々,劇場でもアドリブをあまり入れないM-1的な漫才をすることがあって,劇場でのいつもの和牛を知っている方は,「今日はきっちり漫才なんだ」と感じます私はアドリブ満載の漫才が大好きですが,そういうコンビが時々きっちり漫才もやってくれると,違った見応えがあっていいですよね。和牛の漫才は飽きないし,「何度もみたい」と思うのは,こういう変化に富んだみせ方ができる腕があるからだと思います
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しゃべくり漫才が苦手なコンビが「歌ネタ」を作るの?

「歌ネタ」というのは「掛け合いがあまりうまくないコンビが作るネタ」というイメージがありました。「本当はしゃべくり漫才でバンバン掛け合いをやりたいけど,どちらかが,もしくは二人ともそこまでの技量がなくていろいろなネタを試すようになり,歌ネタも作ってみた」みたいな和牛の場合は,今ではもうそれはそれは掛け合いがうまいコンビなのは言うまでもありませんが,昔から「掛け合いがあまりうまくないコンビ」という印象はなかったので,「わざわざ歌ネタやらなくてもいいのに」と思ったこともありましたが,「歌が好きだから自然とそういうネタもできた」というかんじなのでしょうか?(詳しい方いらっしゃったら教えてください)歌ネタばっかりだと「もっと普通の漫才やってよ」と思ってしまいますが,和牛の場合,めちゃくちゃうまい掛け合い漫才もバンバンやって,歌ネタもおもしろいというのはもう「すごい」としか言いようがありません
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「正統派しゃべくり漫才コント」という分類

マヂカルラブリーの漫才で話題になった「あれは漫才なのか」という #漫才論争 ですが,以前は和牛の漫才に対してもそんな論争がありましたM-1での和牛のネタがほとんど「漫才コント」だったことと,川西さんの「役から出ずにツッコむスタイル」ゆえに,論争の的になったのだと思います。「あれは漫才じゃない」と言う人もいれば,「漫才だけど正統派じゃない」と言う人も結構いました私は以前から勝手に,和牛の漫才コントを「正統派しゃべくり漫才コント」と呼んでいます。コントとして役を演じてはいても,役から出なかったとしても,あれは完全に漫才の掛け合いですし,あの凄まじい掛け合いは完全に正統派だと思います「掛け合い」に注目すれば,マヂカルラブリーのネタが漫才なのかどうかはよく分からなくなってなってくるかもしれませんが,和牛のネタは漫才だということはよく分かると思います
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個性を活かせばいろんなタイプの漫才が作れる

和牛は5年連続で,かまいたちは3年連続で,M-1のファイナリストになっていますが,どちらのコンビもパターン化した漫才をやっていないというのも,連続で決勝に進出できたことと関係があると思います。同じパターンだと,「去年と同じようなやつね」と思われて,ネタとしてはおもしろくてもそこまで評価されないことが多いからですこの2組がなぜいろいろなタイプのネタを作れるのかというと,それは,個性を活かした漫才をしているからだと思います。水田さんと山内さんの個性は似ている要素があるような気がしますが,その個性をそのまま漫才で爆発させ,川西さんと濱家さんはそれに翻弄されながらも漫才のうまさでさばいていく。このやり取りが心地いいんだと思いますこの2組が同期というのが,なんなんでしょうねぇ。ただただすごすぎます・・・
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"うまい漫才師"はお客さんにも話しかける

漫才というのは二人の会話だと思っている方も結構いらっしゃいますし,実際,二人だけで会話をする漫才も最近は増えてきていますでも,いわゆる"うまい漫才師"は,二人だけで会話をするのではなく,お客さんにも話しかけます。和牛のお二人もそうですが,特にこれがうまいのが川西さんです。ネタのどのセリフでお客さんに話しかけるかを決めているわけではなく,そのときのネタの流れやお客さんの雰囲気などに合わせて,自然とそうしているのだと思いますこれがうまい漫才師には,ナイツの塙さんがよく言っている「絶対漫才感」があるのだと思います
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和牛が漫才で特に緊張するのはどんなお客さん?

ハイスクールマンザイ2020リモート漫才教室 [動画 48:56~]「和牛はいまだに緊張するの?」という質問の答えがとても良かったので抜粋します川西:「元気すぎるお客さんの場合に,自分らのネタの温度感とフィットするかなぁ。どうやって話聴いてもらえばいいかなぁ。どうしようかな」と思って緊張する水田:「今求めてるテンションのネタじゃないやろうけど,ちゃんとしっかり引き込んで笑いにできるかな」みたいな川西:「くまだまさしさん激ハマり大ウケの直後,出囃子なったら出たくないなぁ」って思う水田:「全然違うやつ今からいきます」みたいなお客さんの反応が重すぎるのも難しいとも言っていましたが,「元気すぎるお客さんのほうが緊張する」というのはいかにも和牛らしい回答だなと思いました
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漫才の「テンポ」と「スピード」の違い

和牛の昔の漫才と今の漫才の大きな違いは,川西さんの変化だと思います。昔の川西さんは結構早口でした和牛のお二人はどうか分かりませんが,若手の頃はテンポのいい漫才をしようとして,早口になってしまうコンビが結構います。しかし,テンポというのは「話す速さ」のことではありません。漫才のテンポは,「一人が話し終えてもう一人が話し始める速さ」によって決まります(漫才ではなく一人でしゃべる場合も,話す速さではなく,「一つの文を話し終えて次の文を話し始める速さ」によって決まります)ですから,ゆっくり話していても,一人が話し終えてもう一人が話し始める速さが速ければ,テンポのいい漫才になります。こういう漫才は「心地いい」と感じます。一方,早口だとスピード感は出るものの,聴きづらくなる恐れがありますし,心地よさはあまり感じられなくなる可能性が高いです川西さんのしゃべりがいつ頃から今のような心地いい感じになったのかまではちょっと分からないんですが,もしご存じの方がいらっしゃれば,ぜひ教えてください!
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本ネタで勝負する漫才師のかっこよさ

和牛のお二人は,あまり余計なことは言わずスッと本ネタに入ることが多く,あの「本ネタで勝負してる感」がものすごく好きですというのも,私が大好きな「夢路いとし・喜味こいし‬」という漫才師がまさにそうだったからです。いとこいさんにいたっては,自己紹介することもなく,出てきていきなり本ネタに入ることがよくありました。あれが本当にかっこいい!(「名前は紹介してもらって出てきているのだから自己紹介は必要ない。時間がもったいない」という考えだったようです)本ネタに入る前に,フリートークとかつかみがあったほうがいいという考え方もあり,それも一理あると思いますが,余計なことは言わず本ネタに入り,本ネタの中にたくさんアドリブを入れることに時間を使ってくれる漫才師が,私は好きです
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漫才の深さは人間の深さ

「和牛の以上、現場からお伝えしました。」という自分たちの番組で,「漫才ばっかりの和牛。狭い世界」といじられる和牛。漫才ファンからするとものすごくうれしい展開。それに対して水田さんは,「漫才はなぁ 狭いかもしれんけど深いんや」と答えています「漫才の深さ」というのは,「人間の深さ」なんだと思います。しかも,一人の人間の深さではなく,二人の人間の深さ。一人では辿り着けない自分の深い部分にも,二人でなら辿り着ける。もっと言えば,お客さんの反応によって引き出される深い部分にも出会えたりしますから,漫才は本当に奥深いものなのだと思います
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コント師が作るしゃべくり漫才は「メタ漫才」になりがち

和牛の漫才は「漫才じゃない」と思っている方もいまだにおられるようですが,和牛の漫才コントも,役に入ったままのツッコミも,完全に「漫才の掛け合い」でやっているので,あれはどうみても「漫才」だと思いますむしろ,和牛の漫才の中で漫才っぽくないのは「頑張っていきましょう」というネタです。漫才の掛け合いというのは普通,間髪入れずに言葉を発しますが,このネタはそうではありません川西さんには「絶対に言わなければいけないセリフ」があり,まずこれが予定調和的です。そしてそれに対して水田さんが,本来なら漫才中には言わないはずの内容をしゃべり続けるため,川西さんはそれに「つっこむ」のではなく「困った反応」をします。このネタはそこがおもしろいんですが,とても漫才っぽくないですこれはいわゆる「メタ漫才」であり,コント師が作る「しゃべくり漫才」は,こういう雰囲気のネタが多いですね
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