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フロイト ユング アドラー そして理趣経

アドラーを読む人は男性とかビジネスマンでユングは女性、母子、一部の占い師といった印象を持つ。流石に今の時代にフロイトは古臭いかもしれないが、非理性領域を「構造化」したパイオニアであることは間違いない。日本社会は「母性的」で理屈や権利というよりも「甘え上手」が世渡り上手な印象を受けている。政治家も選挙の時、最後には「お願いします」を連呼している。政策を理解してください、ではない。「どうかお願いします」と常に訴えかけ、頼んでいるわけです。売れる営業さんもプレゼン上手だとか誠実だとかよりも、お客さんに可愛がられ好かれてる人の方が多い。アドラーとかで理論武装するのもいいけど、なんかそういう人は煙たがられやすい感じがする。むしろ、チョットちゃらい感じで親しみやすい人の方がお客さんウケが良かったりする。なんかなぁ。真面目にやってる人が自分のことがバカらしくなったと俯いているのを見ると気が重くなる。頼めばいいんだよ甘えればいいんだよ言うのは簡単。それで仕事が回るのは昭和の世代が身を引くまでであってほしい。iPhoneが28世代になっている頃には全く違う心理学が浸透していてほしい。仏教なら、誰も般若心経とか言わなくなって、「やっぱ理趣経だよね」とかan anで特集組まれる時代だといいな
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キャリアコンサルタント学科試験対策① 精神分析療法、クライエント中心療法、論理療法

1.精神分析療法(1)~ジクムント・フロイト~ 1-1)理論の概要心の葛藤が身体の症状へと転換する疾患「転換ヒステリー(現在は転換性障害と呼ばれる)」に対しての治療を通して、精神分析を創始したジクムント・フロイト。人は自分自身のことを全て知っている訳ではなく「私の知らない私」=「無意識」に動かされている。 この無意識の心を探究する方法が「精神分析」であり、それを精神疾患の治療に用いたものが「精神分析療法」である。 1-2)フロイトの理論~局所論、リビドー論、心理ー性発達理論、構造論、力動論~(1)局所論 心の内容物(知識、記憶、連想等)の場所(=局所)を示すもの。 ・意識:通常意識して行っていること ・前意識:より意識に近いところにあって普段常に意識されている訳ではないが、容易に意識するコトが可能なもの ・無意識:意識していると不快なため、意識から締め出されたもの。「抑圧」されたものからなる領域。 ”無意識”は本人の努力だけではすぐに意識に上らせるのが難しいため、精神分析の方法で意識化させていく。(別名:深層心理学)
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相手を変えることは出来るのか?

家族、友人、上司部下、同僚、ご近所、ママ友、親戚、義実家…。色んな関係性の中で、「この人のこの習慣・癖・性格さえなければ…」と思うことは多々あるでしょう。もちろん私にも覚えがあります。身近であればあるほど、自分が何とかして変えてやろう、と情熱を燃やすパターンもあります。私の考えでは、「出来るか出来ないか」ではなく、その部分に「関わらない」ことをお薦めします。理由①:どんな習慣も「その人の歴史の一部」他人から見たら困った習慣や癖でも、本人が生まれて生きてきた過程の中で、何らかの必要性があって(または代償として)身につけたものです。例えば喫煙。一般的には健康に良くない上に、副流煙による周囲への影響もあり、あまり好ましい習慣ではないと思われています。しかし喫煙をするその数分で、気持ちを切り替えリフレッシュし、疲れた中でも改めて「頑張ろう」と思えるためのコーピング(ストレス対処法)のひとつかもしれません。どんな過程で喫煙という習慣を身につけたのか、そこへ至るまでの葛藤を含めて理解するのでなければ、「止めろ」と言われても本人も納得しないでしょう。そこへ踏み込むのは容易ではありません。理由②:変わるか変わらないかは「本人次第」いわゆるアドラーの「課題の分離」です。その習慣・癖・言動によって起こる事態を、最終的に引き受けるのは誰か。引き受ける人の課題なのです。上記の喫煙でいうと、続けることで健康を害したり、周囲から人が離れていったり、たばこ代でお小遣いが減って趣味を楽しめなくなったりしても、最終的にデメリットを引き受けるのは本人です。家族として喫煙の害を心配するのは当然ですが、「他人の課題」
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#9:対人関係のストレスを軽減する『嫌われる勇気』

たけやんです。  自分の成長のため & 情報のアウトプットを目的に、ブログをはじめました。まったり更新する予定です。 これを読んでくれた方に、少しでもプラスとなる事があれば幸いです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~おすすめ本の紹介です。前回のブログで「アドラー心理学」について少しお話をしましたが、それを学べる名著として、ベストセラーにもなった1冊です。◆嫌われる勇気[著:岸見一郎・古賀史健]既に読まれた方もいるかと思いますが、私がこの本を読んだ最初の感想としては、少し理解に苦しむものでありました。一言で「心理学」と言っても、提唱する学者によって様々な解釈や理論づけがされます。そういう意味でも、アドラーの考える心理学は斬新なものでしたが、その中でも一番感銘を受けたのは ”課題の分離” というものです。ざっくり説明しますと、”課題の分離” とは 『相手が自分のことをどう思うかは、あくまで ”相手の課題” である。  だから、それに関して自分が思い悩む必要は無い』という考え方です。これ・・・私も含め現代社会に生きる人達にとっては、とても心強いような、でも少し不安になるような、そんな不思議な感覚になりませんか?会社や学校など、組織やコミュニティで生きる我々にとって、「人に嫌われたくない」とか、「自分は ”いい人” でいたい」という、生存本能にも近い願望は必ずあると思います。これが極端になると、「他人の目ばかりを気にする」「相手に好かれるよう自分の意志を曲げる」「SNSで”いいね” を貰うためだけに投稿する」といった、『自分にとって不本意な人生』を
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#8:「トラウマ」は、ただの思い込み?~アドラー心理学より~

たけやんです。  自分の成長のため & 情報のアウトプットを目的に、ブログをはじめました。まったり更新する予定です。 これを読んでくれた方に、少しでもプラスとなる事があれば幸いです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~心理学を学ぶうえで、『アドラー心理学』からはとても斬新な考え方を教えられました。日本の著作で有名なのは、岸見一郎さんの「嫌われる勇気」でしょうか。(本の紹介は、また次回・・・)私が特に興味を惹かれたのが、「原因論」と「目的論」という考え方です。それぞれ提唱している人は違うのですが、例えば「人が悲しくて泣く」という行動について、どのような仕組みでそうなるのかを説明しますと、①原因論:ジームクント・フロイト(1856/5/6~1939/9/23)の考え方  まず「悲しい」という感情が生まれ、それが原因で「泣く」というもの。  もっとも一般的な考え方。②目的論:アルフレッド・アドラー(1870/2/7~1937/5/28)の考え方  まず、「他人から同情してもらいたい」という目的があり、それに対して  「悲しい」という感情を使って「泣く」というもの。このような違いがあります。明確に「違い」と言うよりも、アドラーの提唱する「目的論」の方が、感情を引き出すためのプロセスがあって説得力があるように私は感じました。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~そして、この考え方を応用すると、過去のネガティブな記憶などが原因とされる『トラウマ』も、目的論の一種ではないか?という事が言えるのです。例えば、犬に過度な恐怖感(
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Facebook事件からネガティブ脱出のヒント

2012年。Facebookが投稿を操作し、心理実験をしました。その内容はネガティブ・ポジティブな発言により、それを読んだ人の心情の変化を調べるというもの。「倫理的にいかがなものか!」と批判が相次ぎ、facebook側は謝罪をしました。なぜこんな実験をしたのか?その理由に同社のアダム・クレイマー氏は自らのFacebook上で、「友人のポジティブな投稿を見ると、落ち込んだり自分が取り残されていると感じたりするという説が本当かを調べるためだった」と投稿。世の中から罵倒された研究ではありましたが、その結果はと言うと…ネガティブな発言を増やすと、ユーザーもネガティブな投稿が増える。逆にポジティブな発言を増やすと、ユーザーの投稿もポジティブなものが増える。という結論に達していました。これは、人間が落ち込んだ時に、そこから脱出する参考になるのでは?と思います。生きていると色んなことが発生します。も~う、なんで~!!と叫びたいような辛いことも起こります。気持ちはざわつき、痛く、苦しい。なんでこんなことに…と考えるけれど、理由など見つかりそうで見つからない。そのうち、自分がいけないのだ、自分には人並みの生き方が出来ないのだ、などと悲観的になります。ついついネガティブなことに目が行きます。情報・思考・感情・これまでの記憶。すると更にネガティブなことに縛られる。それどころかズルズルと沼にはまり込む。実験結果と同じようにネガティブに引きずられるのです。「仕方ないじゃないの、辛いんだもの」と開き直りたいけれど、ストップ!自分を救い出すのは自分です。意識的に楽しいこと、嬉しいこと、面白いことに目を向けて
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アドラー心理学で性格が変わった!!

すぐに実践できるアドラー心理学アルフレッド・アドラーが人気のようですね。アドラーといえば対人関係においての心理学です。精神科医として患者と接する経験を重ねることで、実践的な個人心理学を生み出した方です。流行りものだと思ってなんとなく避けていたのですが、本屋さんで手に取った一冊が良さそうだったので思わずレジへ。今回購入した本はこちら⇊ 「こころを軽くする言葉ー対人関係の不安を消すー」結論、アドラーすごい。よかった。まだ一冊しか読んでいないので偉そうなことはいえませんが、大きな気づきを得たのでご紹介します。性格は2つの要素のバランスで決まるアドラーが一貫して唱えているのは、性格は変えられるとの考え方です。そして、性格は2つの要素のパワーゲームでできている。その要素は「共同体感覚」と「力や優越の追求」なんだそうです。「共同体感覚」とは、他者とのつながりや組織への調和を指します。「力や優越の追求」とは、他者より優れたい、上に立ちたいと思う心で、「共同体感覚」に敵対的に働きかけます。この二つの要素がお互いに影響しあい、性格が形成されます。「共同体感覚」が強い人は、他者との協調性に優れます。問題は「力や優越の追求」が強い場合です。この気持ちが強いと、他人と比較してイラついたり、嫉妬したりするので、結果、それが神経症となって現れてしまうんですね。自分を振り返ってみます。正直に告白しますと…やや「力や優越の追求」が強いように思います。自分の意見に自信があり推進力がある反面、マイぺースに仕事を進め、一歩間違えば一人よがりになる危険性をはらんでいます。そんな自分にとって「共同体感覚」という言葉がも
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人とのつながりかた

「嫌われる勇気」でアドラーを、少し学びました。人間のストレスの原因は人であるという意見には「目から鱗」で、なるほど、と納得することができました。人間は自分を意識するためには他人との比較が中心で、自分を自分で評価することは難しく、不可能でもある。世界で一人になった自分を想像すると、富も名誉も必要はありません。知恵は生きるために必要だが、自分の知識が優秀なのかは一人では意味を成しません。そう考えると、ストレスの原因は他人との比較から始まると考えられます。ただ、生きて行くだけなら学校へ行き学習することが必要だろうか?お金を稼ぐ術を身につければ知識は意味をなさないのか?多くの人は18歳や22歳で学校を卒業するまで社会に出ないのはなぜだろう?これらは社会構造的な疑問の一部ではないかと思います。その中で人は他人と自分を比べ自分の位置を確認し自己を確認していると言えます。ここで自己報酬追求型の生き方ができれば他者との比較から逃れることができ、自分を自分で評価することで満足感を得ることができると考えられます。ちなみに、私はスポーツをかなりのレベルで長年経験しましたが、最近の選手のように、自分で自分を褒める感覚は一度も味わったことがありません。自分を褒めた瞬間に成長が止まると思っていたところがありました。いつも自分に対する欲求が止まらず、上に向かうことしか考えられなかったと思います。それを考えると、最近のスポーツ選手は生き方の上手さを感じています。最後は自分の考え方一つ。人との競争の中で生きてゆくことは避けては通れません。しかし、自分の評価は自分ですることで精神的な安定と自信を手に入れることがで
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【 ほぼ毎日 #25】心を開いて。

こんばんは、ひかりです |˙꒳​˙)今日は、嬉しいことがありました。だけど、雨の音を聞いてたらちょっとだけ寂しくもなりました。୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧今日は、心を開くについて少し綴らせてください。信用と信頼は似ているようでまったく違います。信用は、条件付きで相手を信じ信頼は、相手そのものを信じること。たくさんの出会いの中でたくさんの関係性が生まれますが、あなたは心から信頼できる人どれだけいますか?無条件の愛で誰かを心から信じるってけっこう勇気が必要ですよね。なぜなら、裏切られたときの悲しみも辛さも空しさもみんな知っているからです。もう、傷つきたくなんてない自分を守るために心にそっと鍵をかけてしまうのです。少なくとも以前の私は、そうでした。***私の心の鍵を開けてくれたHさんはハンパない熱量で今日も果敢に愛を注いでいるのだと思います。あなたのようになりたいと願ったあの日から2年半が経ちました。(σ□_□)σ アドラーΣ(*゚д゚艸)だいぶ、逞しくもなれましたw***無邪気な子どものように見るものすべてを信じることはできないけど感情や思考に惑わされず真実を見抜く目や耳を養えたらと思っています。私自身も心を開いて信頼してもらえるようなそんな人になりたいです。信頼も愛情と同じ。ひとつずつ丁寧に積み重ねていきたいと思います。では、今日はこの辺で!お気に入り登録、フォローしていただけるとモチベーション爆上がりします♪最後まで読んでくださりありがとうございました。じゃあ、またね ( ˙꒳​˙ᐢ )ひかり☆”2021.7.29
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公道ので理不尽を僕らはどう処理できるの?

日本の人口は何人なんだろう?ありとあらゆる職業があり、話したことがない人がたくさんいて、何をしているかも分からない。そんな人が公道を行き来する。 今何をして、過去何をしてきたか、わからない人たちがたくさんいる。そんな人たちも、車を使い、バイクを使い、歩いて公道を行き来する。 僕たちは、何気なく道を使っている。信号で止まり、細い路地を走り、すれ違う。何かの拍子で、関わりを持たなければならない。 そんな公道ではたくさんの事が起こる。 自分では避けれない「事故」がある。 ただ道を歩いていただけ。 数時間前、何をしてきた人なのか? 数分前、何をしたのか? 今何をしているのか分からない人 理不尽な行動。突然襲いかかる。 これをどう処理すればいいんだ。どう気持ちを整理つければ、また明日から生きていけるんだろうか。 僕は日常的に、前向きに生きていると思う。 悲観的にならずに、だったらどうする?を意識して生きている~つもりだ。 今は、まだできている。 だけど、処理しようのない思いで、悶々としてる人は少なくない 不合理なこと。 どう処理すればいいんだろう。 ここで答えを導けない。 誰かに教えてもらうことじゃないのかもしれない。 自分自身で考えろと、いうことなんだろうか? それぞれ自分自身で導き出さないと、いけないのだろうか?
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多様性

『心が休まるアドラー心理学』という本を読みました。猫とアドラー心理学を結びつけたやや無理やり感のある本ですが、私は猫もアドラーも大好きなので読んでみました。内容は「猫の話が主」という印象です。家で二匹の猫(保護猫)と暮らしているので、それなりに興味深く読めました。その中で特に印象に残っている部分を紹介します。 自然界で生物が種を存続させるために最も大切なことはなんでしょう? それは強さでも賢さでもありません。「遺伝的多様性」です。この遺伝的多様性が小さいと絶滅するリスクが高まるんですね。種があまりにも同質だと環境の大きな変化に対応できず、全滅する可能性があるということ。例えば種全体が寒さに極端に弱い場合、異常寒波で全滅する。寒さに強い、暑さに強い個体が適度にばらけている場合は全滅回避できる。つまり多様性が発達していることが、種の永続のために非常に重要だということです。 会社経営で多様性というと「多様な人材の化学反応によって新たな付加価値を創造する」などという目的が多く語られていますね。価値観として多様性(ダイバーシティ)を掲げている企業も多いです。イノベーションと多様性をつなげている。一面的に見ると多様性は「攻め」の要素と思われますが、実は「守り」という面でも非常に重要なんですね。事業、商品(ブランド)、人材などのポートフォリオ(配置・バランス)が偏ると経営リスクにつながります。体力のある大企業ならまだしも、中小企業はリスク分散が死活問題。売上が大得意先1社に偏ると、取引終了で倒産ということも考えられるからです。一枚岩、一致団結は大事ですが、これは瞬発力が必要な短期集中の場合。
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相手を観察する人の心理

心理学を学び出すと、今まで疑問だったことを分析してみたくなります。分析してみると「そうだったのか!」と腑に落ち、気にならなくなることも。そのひとつが、[じーっと特定の人物を見て、その相手と目があった途端に視線をそらす人]の心理。恋愛感情があり見つめてしまう場合は、これは何とも可愛くキュンとなる現象ですね。私にも、目を細めて眺める遠い過去にそのようなことがありました。好きが溢れて、ずっと見ていたくて、ほわ~んとなっている時に思わず視線が合い、ドキン!となってフイってしてしまう。可愛い^^ところがそんな初々しい可憐な少女も、年を重ねると図々しくなります。視線が合っても〝ラッキー♪〟とばかりに、視線を合わせたまま、(わざと)照れた感じでスマイル。いやぁ、女性って怖い怖い(笑)話を戻しましょう。恋愛感情が湧くような関係性でなく、じっと相手を見つめる人。同性異性、関係ありません。おや?見られているな…とその人に視線を動かすと、何か言うでもなく視線を外す。いったい何を考えて見ていたのか。なぜ視線をそらすのか。見られた方はモヤモヤします。この行動に隠されている心理とは?まず、このような行動は「無意識」によると言えます。つまり、自分で意識した行動ではない。ちょっとややこしいのですが、相手のことはしっかり意識しています。興味も有ります。なので視線が行くのですが、無意識なので気付かれるほどの時間つい見てしまいます。視線が合い、ハッとして思わず視線を外してしまう。そして、見るというよりも「観察」をしています。 これは俗にいう「街中で人間観察するのが好き」とは若干違います。知人である相手の動き表情から
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「トラウマ」は存在するのか?

アドラーの心理学を、わかりやすく解説した「きらわれる勇気」という本があります。私も5年前に、熟読して大いに共感しました。そして、精神疾患が重度となり「ひきこもり」を2年間経験して、その中でもこの本をバイブルのごとく、読み返しましたこの本の、本質として「トラウマ」は存在しないと言い切ってます。私はその考え方にとても納得していました。そして、他の心理学者や哲学者、宗教学者の著書を読みました。根本は、精神疾患になりひきこもりになり、自己破産して、いったい自分の人生の何が悪かったのかを、後悔・執着・反省ばかりしていました。。。また、それらの原因となった人物や事象を自分なりに決めつけ恨み・妬み・疎みました。あれから、早いもので3年経ちました。お蔭さまでいろいろと克服できました。では「トラウマ」は存在せず、自分は変われたのか。。。私は、再び「嫌われる勇気」を再読して、アドラーの変われる自分「目的論」について言及してみました。結論からいって私の中ではトラウマは存在しています。だいたいの事は克服して、流せるのですが。。。会社を破綻させて、管財人弁護士に「つべこべ言うな!黙って言うこと聞け!コノヤロー!!」と暴言を吐かれたのは人生最大のショックで今でも思い出すと心の傷が深くなり苦しいです。この対応が原因でひきこもりました。アドラーが唱える「目的論」で、ひきこもりたいことが目的だったかというとそうではないと思います。また、フロイトが唱える「原因論」かといえばそうかもしれませんが、言い切れません。「嫌われる勇気」の本の中でも「ひきこもり」の方を題材にして、アドラーは目的論を明確にしてひきこもる目的を
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両想いになる方法

自分の好きな人や気になる人が、自分のことを好きになってくれたらとても嬉しいですよね。両想いってやつです。どうすれば両想いになれるのか。少しでも両想いに近づける方法はないのか。この問題を心理学的に少し考えてみたいと思います。心理学に考えの中に「バランス理論」というものがあります。バランス理論をざっくり言うと、「自分と相手がある対象に対してどう関係するのかによって決まる」という理論です。この文章だと全然意味が分からないと思うかもしれません。例えば①自分は犬が嫌い。相手は犬が嫌い。自分は相手が好き。②自分は犬が好き。相手は犬が嫌い。自分は相手が好き。①の場合だとバランスが取れていていい関係です。しかし②の場合だとバランスが取れていません。そのため人は行動を起こすと考えられます。この場合だと自分は、「犬を嫌いになるか、相手のことを嫌いになる」の2つの行動のうち1つを選択して行動が変化すると考えられます。みなさんも考えてみるとそういう経験ありませんか?「犬派だったのに好きな相手が猫派だったからいつの間にか猫派になった」とか、「自分の好きなアイドルが自分の嫌いな人と被っていたため、なんかそのアイドルを好きじゃなくなった」なんてこと。人の心って意外に単純だったりするのです。では題名に書いた「好きにする方法」の答えですが、「相手の好きなことを自分も好きになる」ということです。趣味が一緒だと早く仲良くなれるのもこのバランス理論からも頷けますよね。心理学勉強すると面白いものです。
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「ひきこもり」はライフスタイルです!

世界的な心理学者アルフレッド・アドラーは「嫌われる勇気」という本に「ライフスタイル」の重要性や確立を述べています。「ライフスタイル」という解釈は、人それぞれで多種多様なのでどれが一番いいというのはあまりないと思います。少しだけ言うと今の時代「反社会的勢力」的なライフスタイルは世の中の風潮として排除されているぐらいだと思います。あと、SNSで誹謗中傷を「ライフスタイル」にするのは、賛否ありますがこれが現実なんだと強く受け止めています。さて「ひきこもり」は題名の通り「ライフスタイル」なのか?という問に、私は即答で「YES」と言います法律を犯していなければ、問題はありません。しかし、同居する家族や他者に「暴言」や「暴力」、主従関係を迫るのは「NG」です私は50歳で2年間ひきこもりました。人によっては5年、10年、20年といるでしょう。今回のブログでは家族側の立場でなく当事者の立場で申し上げます。昨年、川崎市で無差別殺傷事件がありました。50代のひきこもりの方が事件を起こし最後は自害してます。また、その数日後に練馬区でエリート事務次官がひきこもりの40代の長男を殺傷して大きなニュースになりました。この2つの事件で、いろいろな専門家が勝手なことを言ってます。正直言って「はぁ?」と思いましたまるで、テレビで「ひきこもりは犯罪の予備軍」ぐらいな表現を使ってます。当時、私もひきこもりでしたが「犯罪の良し悪し」は自分でもわかっています。たぶん、当事者の皆様も、倫理的にわかっている方々ばかりだと思います。ではこの2つの事件の共通点は簡単です。専門家も気づいてないから残念です。それは、当事者に「答え
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共同体感覚を持つ

本日は久しぶりにアドラー心理学に触れます。アドラー心理学を学ぶと必ず出会う言葉というものがありますがそのうちの一つが『共同体感覚』というものです。この共同体感覚というものを身に付けることが非常に大切であるとアドラーは言います。共同体感覚とはありのままの自分を受け入れられる。他者に貢献できる。他者を信頼できる。この3つの感覚のことを指します。何かができる自分でなくとも、特別でなくとも優秀でなくとも自分は自分で素晴らしいと思えるということです。そして他者もまたそのままのあなたで素晴らしいと認められることです。そうすることで他者を信頼し、貢献していくことができるのです。つまり他者は敵ではなく仲間であると思えることで、互いに協力関係を結んでいくことができるようになっていきます。詳しくは動画でお伝えしています
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【勇気づけ】自分が自分の人生を生きる

みなさん勇気づけとはご存知ですか?勇気づけとは、その人がその人の人生の課題と向き合っていけるようにサポートしていくことを言います。。。みなさんもこれまでの人生の中で誰かに勇気づけられたり逆に自分が誰かを勇気づけたりした経験があると思うんですね。例えば、みなさんも「がんばってね」とか「応援してるよ」みたいなことを言われたことがあると思うのですが、こういう言葉をかけられた時に、この人から言われたら響くけどこの人から言われても響かないなぁということありませんか?どうして同じ言葉をかけられているのにそれが響く人と響かない人がいるのか?と随分考えてきていたのですが、やっぱりその一つの答えとしては、その人自身が自分の人生を生きているのかどうかということがものすごく関係しているということです。その人自身が自分の人生と真摯に向き合い、自分が取り組むべき課題に取り組んでいるのかどうか?例えば自分が望んでいないようなことをやり続けていたり、不平不満をこぼしながら生きていたりする人のその言葉はあまり響いてこないわけなんですよね。ですが、その人自身も人生の傍観者ではなく、自分の人生に真剣に取り組みいちプレイヤーとして人生を生きているのだとしたら、一つ一つの言葉に重みを感じられてくるわけです。そして何よりも、この勇気づけで大切なのは、自分が自分の人生を生き、その後ろ姿を見せ続けていくことだと思うのです。どんな言葉をかけるのか?ということももちろん大切ですが、それ以上にあなた自身が自分の人生に真摯に向き合っていくその背中を見せていくことほど、強烈な勇気づけはないのです。だから、これまで僕自身もたくさんの理
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自己満だけで人生上手く行く

結構周りの多くの人は多くの人に共感をしてもらいたい、多くの人から称賛を得たいと考え、他人主体の人生を歩み始めてしまいます。こうしたら喜ぶだろうか?こうしたら認めてもらえるだろうか?など色々と苦労されている方多いと思うんです。私もその一人でした!しかし日常生活全て自分で選ばなくて良いのですか?本日は承認欲求はストレスの基という考えのもと、自己満だけで人生うまく行くという考え方を紹介します。<空気を読め>アダルトチルドレンと呼ばれている人たちをご存知でしょうか。これは大人になっても親の顔色を伺う人たちの事を指しています。ちょっとした発達病とも言われていますが、現在これは割と現代人のスタンダードとも言えると私は思います。親に限らず、友人や上司、チームの雰囲気に飲み込まれてしまい自分の判断で行動出来ない人やついつい相手の顔色を伺いながら本意ではない行動を取ってしまう人などこちらの範囲に含まれるであろうと考えています。空気を読めというのは日本語だけにしか存在しない言葉で、その言葉そのものがその意味を示している特殊な日本語です。これを幼い時から擦り込まれているので、割と自分の意見以上に他人の意見を尊重する、自分を犠牲にすることが美とされてきているとも感じています。もちろん空気を読んだ行動は必要なときはあります。しかしそれが癖になり必要でない場面でもそれを使ってしまい、自分の人生を生きれていない大人が近年急増しています。また、それを間違えた伝え方をして若者を潰している大人も少なくありません。今一度自分の人生を生きるとはどういう事なのか考えてみる必要があります。<人生の時系列を再確認する>空気
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人の悩みの99%は人間関係です

私はコミュニケーションを知らない人でした。 「コミュニケーションの改善が私の課題だ」と思うものの、  どうしたら変わるのか?環境を変えたら私が変わるのか?と、長いこと悩み、改善法を考えながらも、行動に移す勇気のないチキンだった私が、あなたにお伝えしたい事は、  コミュニケーションが人にもたらす影響についてです。 少し、お付き合い下さい^^ 私に行動する勇気がなかったのは〈孤独〉になる原因について、知らない事が多かったから。  人は、孤独を避ける本能を、かなり強く持っているらしいのです。 現に、自分が孤独だと自覚する事って、嫌ですよね。 そこで私は、孤独に向き合い、孤独について深掘りしていくうちに 、 『人は、人とコミュニケーションしなくても生きて行ける?人は、1人で生きられるんじゃない?』とシュミレーションをしてみました。  現状、私がたった1人で暮らすのは考えられませんが、 『もし無人島に住み、人との繋がりがなくなったとしたら、私はどう暮らすのだろうと。。。』  あなたも、1人きりで暮らす状態って考えた事がありますか?  『サバイバル楽しいかもとか、何か動物がなつけば大丈夫かも』と考えると、 私は、ちょっぴりワクワクしましたが^^  しかし、よーく考えたら、誰もいない環境というのは、 生活の発展や、精神面へのマイナスの影響は大きく、孤独状態に辛くなるのは早いのではないかと思いました。  《人の悩みの99%は人間関係》 と、心理学者のアドラーは言っています。  人間の悩みのほとんどは人との関係性である。 ということは、1人では生き辛い人生において〈人間関係を円滑にする
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コミュニケーション改善に、自分の軸を持つ。

現代は、ポジティブな事が推奨されがちな世の中ですが、ネガティブな事には、暗い=恐い=嫌いというイメージがあるからでしょうか。  私の体験談ですが、 子供の参観日の絵の授業で、暴れん坊の男の子の絵具の色の組み合わせが、ダークよりの秋色系で統一されていたのです。 私はキレイと思ったのに、先生は「きれいな色を塗りなさい!」と否定していた。。。。  こんな場面に出会うと残念に思います。その個性を伸ばしてあげて欲しいと。 とかいう私も、 過去、会話中に相手の好きなものに対して嫌な顔をしていたことがあり。。。相手の好きを大切にしていなかった、、、  否定していた先生と同類でした^^ と、長い私ごとでしたが、例え、相手がどんな態度をしようと、自分は影響されず、自分を信じていられたら、コミュニケーションは変わります。  否定されても気にしない。 相手がどう思うかに影響されない<自分の軸を持った状態>です。 私は、今後、世の中が相手を問題視するのではなく、その人だけの個性を尊重し人それぞれの個性を表現して、自然体で生きられる人が溢れる世界になるといいなって思います。  個性は、自然体なありのままのあなたを表すもので、いい、悪いではありません。あなたは貴重な存在です。ありのままの自分を知ることで、あなたの可能性は広がります。  もしかしてあなたは、自分の可能性を諦めていませんか?  (〜のせいで私はこうなった)(でも、、、だって、、、〜出来ない)(普通はこうだし、こうするべき) などと、自分の個性に対し、ネガティブな面にフォーカスしてしまったり、  自分を普通の枠に当てはめる。という偏った考え方
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相手を変えようとするのは無理です^^(課題の分離)

家族関係を改善したいなら、自分の考え方を変える事をお勧めします。 私は家族関係改善に、自分の考え方を変えてきました。 以前の私は (私が正しい)と思っていましたが、その考え方ではコミュニケーションはうまくいきませんん。 相手と自分は違う考え方を持っていて、相手には <相手の正しい>という思いがある。ということが理解できないと、 相手と心が通い合わないのです。 多くの方は(相手の言葉や相手のありえない態度を変えるべきでしょ。相手次第で全て上手くいくのに。。。) と、思うのではないかと思います。 私も、そう思う自分を当たり前だと思っていました^^、、、 しかし、自分ではなく相手を変えようとすることは 【非常に難しいことです】 人は自ら変わろうと思わなければ、変わることは難しいのです。 人間関係を変えたいなら、相手を変えようとするのは潔く諦めることをオススメします^^ 〈諦める>というより〈明らかに見極める〉 (相手のここが気に入らないから変わってほしい)と、相手を変えようとしているなら、明らかに見極めて諦めましょう 。この考え方は《課題の分離》 といい、心理学者のアドラーは以下の様に言っています。(私にとって、この考え方はとても役に立ったし、必要でした)「その課題に対して、相手がどう思っているか?その課題に対して、最終的に責任を取るのは誰か? そして、相手の感情や相手の態度に[自分には関係ない]と相手の課題に介入しない。」 つまり、ありのままの相手を理解しようとせず、自分の思うような相手になって欲しいと 相手にアドバイスしたり、相手を操作しコントロールしようと
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アドラー心理学

私はもともと、心療内科で『アダルトチルドレン』と診断されていて、毎週予約をとって心療内科に通っていたが、今考えてみると、全く意味のない行為だった。それについては長くなるので、また別の機会に書こうと思うが、とにかく心療内科と臨床心理士が信用できないことはわかっていた。 けれど、上の娘が不登校になったことがきっかけでカウンセラーさんを必死に探した。 行政のサービスも利用したし、心療内科にも行った。 でもどこもしっくりこなくて、やっぱりどこに行ってもダメなのね。と思っていたが、 ただ一つ娘も私も受け入れることができた場所があった。 そのカウンセラーさんが、ゲシュタルト療法をされていたことから、私はゲシュタルト療法に興味を持った。 そこからゲシュタルト心理学について、色々勉強していたのだが、 そんな私がゲシュタルトよりも心惹かれる理論(?!)を見つけた。 それが、『アドラー心理学』だ。 これから少しづつ、記していきたいと思うのだが、最初にどうしても馴染めないことだけ、伝えたい。 それは、『共同体感覚』だ。 おそらくこの考えは素晴らしく、もし全ての人類がこの考えを持っていたら、世界は平和になるのだろうが、 いや、平和になることしか考えられない理想の考えなのだが、だからこそ私は全くもって納得がいかない。 私もカウンセラーを志すものとして、こころから人の為になりたい、貢献したいと考えているが、 他者への貢献を実感することで自身の人生が充実すると考える『共同体感覚』とやらがどうしてもしっくりこない。 これほど、納得がいかないということは、逆にとても興味があると思うので、もっと深く『アドラー心理
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