「嫌われる勇気」でアドラーを、少し学びました。人間のストレスの原因は人であるという意見には「目から鱗」で、なるほど、と納得することができました。人間は自分を意識するためには他人との比較が中心で、自分を自分で評価することは難しく、不可能でもある。世界で一人になった自分を想像すると、富も名誉も必要はありません。知恵は生きるために必要だが、自分の知識が優秀なのかは一人では意味を成しません。
そう考えると、ストレスの原因は他人との比較から始まると考えられます。
ただ、生きて行くだけなら学校へ行き学習することが必要だろうか?お金を稼ぐ術を身につければ知識は意味をなさないのか?多くの人は18歳や22歳で学校を卒業するまで社会に出ないのはなぜだろう?
これらは社会構造的な疑問の一部ではないかと思います。その中で人は他人と自分を比べ自分の位置を確認し自己を確認していると言えます。ここで自己報酬追求型の生き方ができれば他者との比較から逃れることができ、自分を自分で評価することで満足感を得ることができると考えられます。
ちなみに、私はスポーツをかなりのレベルで長年経験しましたが、最近の選手のように、自分で自分を褒める感覚は一度も味わったことがありません。自分を褒めた瞬間に成長が止まると思っていたところがありました。いつも自分に対する欲求が止まらず、上に向かうことしか考えられなかったと思います。それを考えると、最近のスポーツ選手は生き方の上手さを感じています。
最後は自分の考え方一つ。人との競争の中で生きてゆくことは避けては通れません。しかし、自分の評価は自分ですることで精神的な安定と自信を手に入れることができれば豊な生活につながるのではないでしょうか?
ものが無かったり、食べるものが無かったり、欲しいものがない世界では通貨を持っていても意味がありません。しかし、お金が欲しい欲求から逃れられない自分は、まだまだ修行が足りません。笑