カウンセリングでうまくいかなかった場面には、共通点がありました。
目の前の相手よりも、自分が知っている理論や正しい答えを優先していた時です。
相手の話を聞きながら、「これは○○理論で説明できる」「こうすれば解決するはずだ」と、自分の知識を当てはめようとしていた。相手を理解しようとする前に、理論に収めようとしていた。
人は理論通りには生きていません。
それを頭では知っていながら、現場で忘れていました。
例えば、アドラー心理学の目的論は優れた視点です。
過去の原因探しから人を解放し、これからどう生きるかに意識を向けさせる力がある。
ただ現場では、過去の傷や記憶が現在の生きづらさに深く関わっているケースも少なくありません。
そういう場合には、過去を丁寧に扱うアプローチの方が届くことがある。
どの理論にも強みがあり、限界もあります。
問題は理論の優劣ではなく、その人に何が必要かです。
「自分はこの流派だからこれしか使わない」という発想には、違和感があります。
流派を守ることが目的になった瞬間、目の前の人より理論が先に立つ。
それはかつての自分がやっていたことと、構造として同じです。
必要なら過去を扱う。
現在の思考や行動も扱う。
未来の可能性も扱う。
その人に役立つなら、使える知見は柔軟に使う。
それだけのことです。
理論は地図になります。でも地図は、現実そのものではありません。
地図を正確に読もうとするより、目の前の景色を見た方が、その人がどこにいるかが分かることがある。
支援に必要なのは、特定の理論への忠誠ではなく、現実を見つめる柔軟さだと思っています。
どの理論を信じるかではなく、その人の人生とどう向き合うか。
そこに支援の本質があります。