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NL恋愛小説

冬晴れの夕方である。寝屋川沿いの土手の上を3人の子供たちが歩いていた。3人とも小学校高学年くらいだろうか。野球のユニフォームを着ていて、地元のジュニア球団に所属している野球少年たちであることがわかる。明らかに試合帰りだとわかる泥まみれのユニフォームで、少年が2人、少女が1人、夕日に照らされて帰り道を進んでいく。穏やかそうな短髪の少年の後ろをてくてくと元気なさげについて行く線の細い少女がおずおずと口を開いた。 「桃吾、謝るから機嫌直してよ」 先頭を歩いていた黒髪の少年は、少女の言葉を聞いて険しい表情で大声を張り上げた。 「謝って済むなら警察はいらんのや!」 焦茶色のショートカットの少女、庵野京香はビクッと肩を震わせる。いかにも気の弱そうな少女にとって、少年の大声は心臓に悪い。 「桃吾、京香ビビらせないでやったってやー」 短髪の少年、巴円は朗らかな笑い声を上げた。周囲でいざこざが起きそうな時、場をなごませるのはいつも彼の役目だった。幾分か、張り詰めた空気が和らいだようだ。 「オレがビビらせとんのやない!京香が勝手にビビり散らしとるだけや!」 気の強そうな吊り目の少年、雛桃吾がムキになったように口角泡を飛ばす。桃吾の激しい怒りに触れて、京香はますます怯えて萎縮してしまうようだ。 「桃吾〜、そんな怒らないでよぉ。ゴメン、ゴメンってぇ・・・」 「京香おまえ、ようけそんなアッサリ謝れんねんな!」 申し訳なさそうにひたすら頭を下げる京香と、怒りを露にする桃吾。京香の謝罪は今の桃吾にとっては火に油を注ぐ行為でしかない。 「おまえがあそこでキッチリボールを取ったったらなアカンかったんや!」 「だ
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この子、本当に大事な人しか連れてこないからね。

風がそっと吹き抜けた夏の日。凪の心には、小さな種が、静かに芽を出し始めていた。「こっちだよ。」陽菜が畑の小道を歩いていく。畑には、朝の光を浴びた野菜たちが生き生きと並んでいた。真っ赤なトマト。大きく葉を広げたなす。支柱につるを巻きつけるきゅうり。どれも太陽に向かって、まっすぐ伸びている。「わあ……。」凪は思わず立ち止まった。「すごい。」「学校とは全然違うね。」「でしょ?」陽菜はうれしそうに笑う。そのときだった。「陽菜かい?」畑の奥から、やさしい声が聞こえた。麦わら帽子をかぶった、小柄なおばあさんが手を振っている。「おばあちゃん!」陽菜は小走りで駆け寄った。「今日はお友達を連れてきたの。」「こんにちは。」凪は少し緊張しながら頭を下げる。「初めまして。」おばあさんは目を細め、にっこり笑った。「よう来たねぇ。」「陽菜がお友達を連れてくるなんて、珍しいこと。」その言葉に、陽菜が少し照れたように笑う。「そう?」「そうだよ。」「この子、本当に大事な人しか連れてこないからね。」その一言に、凪は思わず陽菜を見る。陽菜は恥ずかしそうに、「もう、おばあちゃん。」と小さく笑った。凪の胸が、少しだけ熱くなる。(大事な人……。)その言葉が、心の中で静かに響いていた。「さあさあ。」おばあさんが手を叩く。「まずは枝豆を採ろうか。」「はい!」陽菜は子どものように笑う。学校では見たことのない笑顔だった。凪はその姿を見つめながら、小さく微笑む。「凪ちゃん。」おばあさんが優しく声をかける。「野菜も人もね。」「急いで育てようとすると、うまくいかないんだよ。」凪は静かに耳を傾ける。「毎日ちゃんと見て。」「水をあげて。」
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 誰かと同じ歩幅で歩けること。それだけで、こんなにも心は軽くなる。

見えないものは、本当に大切なものほど、静かに、心へ届くのかもしれない。二人はしばらく、その景色を眺めていた。風が草を揺らす。雲がゆっくりと流れていく。誰も急がない。誰も、何かを話そうとはしなかった。それでも、不思議なくらい満たされていた。「そろそろ戻ろうか。」陽菜が立ち上がる。「うん。」丘を下る道は、来たときより少し急に感じた。草の間を縫うように続く細い道。凪は足元を見ながら慎重に歩く。そのときだった。小さな石につま先が触れ、体がふらりと傾く。「あっ……。」転ぶほどではなかった。でも、一瞬だけ体勢を崩した。「大丈夫?」陽菜がすぐに振り返る。「う、うん。」凪は慌てて笑う。「平気。」陽菜は少しだけ考えるような顔をして、それから歩き出した。さっきより、ほんの少しだけゆっくりと。凪も後ろから歩き始める。不思議だった。歩きやすい。急かされている感じがしない。「陽菜。」「ん?」「歩くの、遅くなった?」陽菜は振り返り、小さく笑った。「ばれた?」「うん。」「凪が歩きやすいかなって思って。」その一言に、凪は胸が熱くなる。「でも。」陽菜は続けた。「合わせてもらうばっかりって、疲れるでしょ?」「だから今日は、私が合わせたかった。」凪は何も言えなかった。今まで、自分は人に合わせることばかり考えてきた。友達にも。先生にも。家族にも。「みんなが歩きやすいように。」それが当たり前だと思っていた。だから、誰かが自分に歩幅を合わせてくれることが、こんなにも温かいものだなんて知らなかった。二人は並んで歩く。どちらが前でもなく。どちらが後ろでもなく。同じ速さで。その歩幅は、不思議なくらい心地よかった。やがて畑が見え
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その言葉に、凪は静かに目を閉じた。

その願いの先には、いつも、陽菜がいた。「ねえ、凪。」麦茶を飲み終えた陽菜が立ち上がる。「もう一か所、見せたい場所があるんだ。」「見せたい場所?」「うん。」その言い方が少しだけうれしそうで、凪も自然と立ち上がった。「行こう。」三人は畑をあとにして、小さなあぜ道を歩き始める。風が吹くたび、稲が波のように揺れる。さらさら。さらさら。その音に合わせるように、二人の歩幅も自然とそろっていた。しばらく歩くと、小さな丘が見えてきた。「ここ。」陽菜が振り返る。「私が落ち込むと、いつも来る場所。」凪はゆっくり辺りを見渡した。見渡す限りの田んぼ。遠くには青い山並み。白い雲がゆっくり流れ、その下を風が渡っていく。派手な景色ではない。観光地でもない。でも。「……きれい。」その一言しか出てこなかった。「でしょ。」陽菜は満足そうに笑う。「ここにいるとね、自分の悩みが、小さく見えてくるの。」二人は草の上に並んで腰を下ろした。風が前髪を揺らす。しばらく、誰も話さない。セミの声。風の音。遠くで動くトラクターのエンジン音。それだけで、十分だった。「凪。」陽菜が空を見上げたまま言う。「前にね。」「私、ここでおばあちゃんに聞いたことがあるの。」「何を?」「どうして風って見えないのに、あるって分かるんだろうって。」凪は少し考える。「……なんで?」陽菜は微笑む。「おばあちゃんね。」『風は見えないけど、葉っぱが教えてくれるんだよ。』そう言ったの。陽菜は一本の草をそっと指先でなでる。「人の気持ちも、少し似てるのかもしれない。」「気持ちは見えない。」「でも。」「笑顔だったり。」「声だったり。」「隣にいてくれることだったり。」「
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私は、この笑顔をもっと見ていたい。

今日という日は、まだ始まったばかりだった。駅を出ると、空気が少し変わった。街の匂いではない。土と草が混ざった、どこか懐かしい匂い。「気持ちいい……。」凪は思わず深く息を吸った。陽菜がうれしそうに笑う。「この匂い、好きなんだ。」「私も。」凪は自分でも驚くくらい自然に答えていた。歩き始めると、舗装された道は少しずつ細くなり、小さな用水路が見えてきた。水がさらさらと流れる音。遠くで鳴くセミ。風に揺れる稲の葉。耳を澄ますと、本当にいろいろな音が聞こえてくる。「……静かだね。」凪がつぶやく。陽菜は小さく首を振った。「ううん。」「にぎやかだよ。」「え?」「ほら。」陽菜は立ち止まり、目を閉じた。「風。」「鳥。」「セミ。」「水。」「みんな話してる。」凪もつられて目を閉じる。最初は何も分からなかった。でも、少しだけ意識を向けると。さらさら。みーん。さわさわ。いろいろな音が重なっている。「……ほんとだ。」思わず笑ってしまう。「でしょ?」陽菜もうれしそうに笑う。「だから私、ここへ来ると落ち着くの。」二人はまた歩き始める。歩く速さは、自然と同じになる。誰も急がない。誰も無理に話さない。沈黙が流れる。でも、それは教室で感じていた沈黙とも少し違った。風が話している。鳥が歌っている。葉っぱが笑っている。だから、言葉がなくても寂しくない。凪はそんなことを思った。少し歩くと、小さな畑が見えてきた。真っ赤なトマト。背の高いとうもろこし。つるを伸ばすきゅうり。夏の色が、そこには広がっていた。「着いたよ。」陽菜が振り返る。その笑顔は、学校で見る陽菜とも、駅で会った陽菜とも少し違う。どこか、故郷へ帰ってきた人のような、
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こんなふうに、何かを待ち遠しいと思うのは久しぶりだった。

その日の帰り道。凪の足取りは、いつもより少しだけ軽かった。家に着いて鞄を置いても、頭の中には陽菜の言葉が残っている。「もし来てくれたら、一番最初に枝豆を食べてもらうね。」思い出すたびに、小さく笑ってしまう。「何笑ってるの?」夕食の準備をしていた母が、不思議そうに声をかけた。「え?」「なんでもない。」凪は慌てて首を振る。本当に、なんでもない。……はずなのに。自分でも気づかないうちに、頬がゆるんでいた。夕食を終え、自分の部屋へ戻る。机の上には、宿題と来週の時間割。いつもなら先に終わらせる。でも今日は、窓の外をぼんやり眺めてしまう。(畑って、どんなところなんだろう。)土の匂い。夏野菜。風の音。そして、その景色の中で笑う陽菜。想像するだけで、胸の奥があたたかくなる。「……楽しみ。」ぽつりとつぶやいた自分の声に、凪は少し驚いた。こんなふうに、何かを待ち遠しいと思うのは久しぶりだった。宿題を始めようとノートを開いた、そのとき、スマートフォンが小さく震えた。画面を見る。陽菜からだった。『日曜日、朝九時に駅で待ち合わせしよう😊』続けてもう一通届く。『動きやすい服がおすすめだよ。』凪は思わず笑う。『了解。』短く返信してから、少し迷う。もう一言送りたい。でも、何を書けばいいんだろう。「楽しみにしてる。」その言葉を打っては消し、打っては消す。少し考えてから、凪はゆっくり文字を打った。『誘ってくれて、ありがとう。』送信ボタンを押す。数秒後。『こちらこそ、一緒に行けてうれしい🌱』その一文を読んだ瞬間、胸の奥が、ふわっとあたたかくなった。凪はスマートフォンを胸に抱きしめ、小さく目を閉じる。言葉は少ない。で
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凪ってさ、最近、雰囲気変わったよね。

胸の奥で、小さく何かが音を立てた気がした。けれど、それが何なのかは、まだ分からない。分からないままでいい。今はただ、この朝が少しだけ特別に感じられた。それだけで十分なんだ。一時間目が終わる。「ふぅ。」凪は小さく息をついた。教科書を閉じる音が教室に広がる。「ねえ、凪。」陽菜がわたしを呼ぶ。「今日の授業、難しくなかった?」「うん。」「途中から先生の話、全然頭に入らなくて。」「私も。」二人は顔を見合わせて笑う。「珍しいね。」「ね。」たったそれだけの会話なのに、肩の力が抜けていく。その様子を見ていた隣の席の美咲が、ふっと笑った。「凪ってさ。」突然名前を呼ばれて、凪は顔を上げる。「え?」「最近、雰囲気変わったよね。」「そうかな?」「うん。」美咲は迷いなくうなずいた。「前より笑うようになった。」「なんか柔らかくなったっていうか。」凪は思わず陽菜を見る。陽菜はうれしそうに微笑んでいた。「ほら。」「私が言った通り。」凪は照れくさくなって笑う。「そんなに変わった?」「変わった。」陽菜と美咲が同時に答えて、三人で笑い合う。その笑い声が教室に溶けていく。凪はふと気づく。笑うたびに、「変じゃないかな。」「笑いすぎかな。」以前のわたしなら、そんなことを考えていた。でも今は違う。笑いたいから笑っている。それだけだった。そのことが、少しだけうれしい。窓から風が吹き込み、白いカーテンがゆっくり揺れる。陽菜はその風を感じるように目を細めた。「今日は気持ちいいね。」「うん。」凪も窓の外を見る。青い空。流れる雲。校庭から聞こえる運動部の声。いつもと同じ景色。でも、心が軽い日は、世界まで少し優しく見えるんだ。そんなこ
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その優しさ、好きだよ。

「違う……。」何が違うのか、自分でも分からない。ただ、その先だけは、まだ考えたくなかった。キーンコーンカーンコーン――。始業のチャイムが教室に響く。みんなが慌ただしく席へ戻っていく。陽菜も「またあとでね」と笑って、自分の席へ向かった。その笑顔を見送ってから、凪はようやく教科書を開いた。けれど、文字が頭に入ってこない。「起立。」学級委員の声で、一斉に椅子が引かれる。「礼。」「お願いします。」いつもの朝。いつもの教室。それなのに、今日は少しだけ世界が違って見えた。一時間目の先生が教室へ入ってくる。「おはようございます。」その声を聞いた瞬間、凪は小さく眉を寄せた。(……先生、疲れてる。)いつもより少しだけ声に元気がない。目の下にも、うっすらと影が見える。昨日、遅くまで仕事だったのかな。何かあったのかな。そんなことを考えているうちに、授業は始まっていた。「じゃあ、この問題を……」先生が黒板に向かう。ふとチョークを持つ手が止まる。ほんの一瞬だけ。その小さな間にさえ、凪は気づいてしまう。(やっぱり、何か考え事をしてる。)気になってしまう。でも、それを誰かに聞けるわけじゃない。授業が終わる頃には、凪は少しだけ疲れていた。休み時間。「凪。」聞き慣れた声がした。陽菜が牛乳パックを持って立っている。「お疲れ。」その一言だけで、張っていた心が少し緩む。「ありがとう。」「どうしたの?」「今日は朝から、ぼーっとしてる。」また気づかれた。凪は苦笑する。「そんなに分かる?」「うん。」陽菜はあっさりとうなずいた。「凪って、分かりやすいもん。」「えぇ……。」思わず笑ってしまう。「実はさ。」凪は少しだけ声を小さく
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聞きすぎない優しさが、凪には心地よかった。

朝。目覚ましが鳴る少し前に、凪は目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋をやわらかく照らしている。昨夜はなかなか寝つけなかった。何度もスマートフォンを手に取り、陽菜とのやり取りを見返してしまったから。「……おはよう。」誰もいない部屋で、小さくつぶやく。制服に袖を通し、鏡を見る。いつもの自分。……のはずなのに、どこか落ち着かない。理由は分かっている。今日、陽菜に会える。そのことを考えただけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。「変なの。」小さく笑って、家を出た。教室にはまだ半分くらいしか人が来ていなかった。窓際の席に座り、鞄を机の横に掛ける。教室には朝独特の静かな空気が流れている。友達同士の小さな話し声。プリントを配る音。誰かが窓を開ける音。凪は何気なく教室の入口へ目を向けた。まだ、いない。時計を見る。まだいつもの時間より少し早い。「おはよう。」突然、聞き慣れた声がした。振り向くと、悠真が立っていた。「昨日の数学のプリントさ、提出今日だったっけ?」「あ……うん。」凪は鞄からプリントを取り出す。「ありがとう。助かった。」悠真は笑って、自分の席へ戻っていった。以前なら、その笑顔を見るだけで、一日が少し特別になった。話しかけられたことを帰ってから何度も思い出していた。でも今日は、悠真が席へ戻ると同時に、凪の視線はまた教室の入口へ向いていた。まだ来ない。そのことだけが気になる。「おはよう!」元気な声が廊下から聞こえた。ガラリ、と教室の扉が開く。陽菜だった。少し寝ぐせの残った髪。肩からずり落ちそうなスクールバッグ。「ふぁ〜……眠い。」そう言いながら笑う陽菜を見た瞬間。凪の胸の奥で、
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一番最初に枝豆を食べてもらうね。

陽菜はいつものように、穏やかに笑っていた。「もちろん、無理だったら気にしないでね。」「おばあちゃんも、人が来るの好きだから。」凪は少しだけ戸惑う。誰かの家へ遊びに行くことなんて、いつ以来だろう。「私で……いいの?」思わず口をついて出た言葉に、陽菜は首をかしげた。「凪だから誘ったんだよ。」その一言が、胸の奥へ静かに落ちていく。「ありがとう。」凪は小さくうなずいた。「行ってみたい。」陽菜の表情がぱっと明るくなる。「ほんと?」「うん。」「じゃあ、おばあちゃん喜ぶなあ。」その笑顔を見ているだけで、凪までうれしくなる。「でもね。」陽菜は少し照れくさそうに笑う。「畑だから、おしゃれな場所じゃないよ。」「土だらけになるし。」「虫もいるし。」「それでもいい?」凪は思わず笑った。「陽菜は?」「え?」「陽菜は好きなんでしょ?」「うん。」迷いのない返事だった。「土の匂いとか。」「風の音とか。」「野菜が少しずつ大きくなるのを見るのも好き。」話している陽菜は、本当に楽しそうだった。その表情を見ていると、凪は思う。(私、この顔を知らなかった。)学校で見る笑顔とは少し違う。もっと柔らかくて、もっと自然な笑顔。そんな表情を見られたことが、なぜだか特別に感じた。「凪。」「ん?」「もし来てくれたら、一番最初に枝豆を食べてもらうね。」「ふふっ。」凪は笑う。「そんなにおすすめなんだ。」「うん。」「世界で一番おいしいから。」その言い方がおかしくて、二人はまた笑い合った。チャイムが鳴る。昼休みの終わりを知らせる音だった。「続きはまた今度ね。」陽菜は立ち上がる。「うん。」凪も席を立つ。授業が始まるというのに、不思議と心は軽
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凪って、ちゃんと休むのも上手じゃなさそう。

凪は自分でも気づかないうちに、小さく微笑んでいた。二時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。先生が教室を出ると、あちこちで椅子を引く音が響き始めた。「ふぅ。」凪は大きく伸びをする。「お疲れさま。」いつの間にか陽菜が隣に立っていた。「お疲れさま。」自然と笑顔になる。そのことが、もう特別ではなくなってきている。「ねえ。」陽菜が窓の外を見ながら言った。「今度の日曜日、晴れるといいね。」「何かあるの?」凪は何気なく聞いた。すると陽菜は少し照れたように笑う。「おばあちゃんの家に行くの。」「畑のお手伝い。」「へぇ。」凪は少し驚いた。今まで陽菜のことをたくさん知っているような気がしていた。でも、知らないことがまだこんなにある。「何を育ててるの?」「夏野菜かな。」「トマトとか、きゅうりとか。」「あと、おばあちゃんが作る枝豆がすごく美味しいんだ。」話している陽菜は、とても楽しそうだった。その表情を見ているだけで、凪までうれしくなる。「凪は?」突然聞き返される。「休みの日、何してるの?」「え……。」凪は少し考えた。休みの日。何をしているだろう。宿題をして。家の手伝いをして。来週の準備をして。「……あんまり遊んでないかも。」苦笑しながら答えると、陽菜は驚いた顔をした。「ほんと?」「うん。」「なんか、もったいない。」「もったいない?」「うん。」陽菜は笑う。「凪って、ちゃんと休むのも上手じゃなさそう。」その言葉に、凪は思わず笑ってしまった。「それ、この前も言われた。」「ふふ。」「だって本当だもん。」陽菜は悪びれもせず笑う。その笑顔を見ていると、不思議と反論する気になれなかった。むしろ。(もっと知りたい。)
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最近、笑うこと増えたよね。

その日、凪は少しだけ早く目が覚めた。目覚ましが鳴る前。窓から差し込む朝の光が、部屋をやさしく照らしている。布団の中で天井を見つめながら、ぼんやり昨日の帰り道を思い出した。「また明日。」それだけの言葉だった。なのに、不思議なくらい心に残っている。「……変なの。」小さく笑って起き上がる。制服に袖を通し、鏡の前に立つ。髪を整えながら、ふと思う。(今日は、どんな話をしよう。)その考えが浮かんだ瞬間、少しだけ照れくさくなった。以前なら、学校へ行く前に考えるのは、提出物を忘れていないか。先生に注意されないか。誰かを嫌な気持ちにさせていないか。そんなことばかりだった。でも今日は違う。陽菜に会える。そのことを考えている自分がいた。家を出ると、朝の空気はまだ少しひんやりしていた。通学路には、小学生の列や犬の散歩をする人の姿がある。凪はゆっくり歩きながら、小さく息を吸った。空気が気持ちいい。学校へ着くと、まだ教室は静かだった。席に座り、窓の外を眺める。校庭では運動部が朝練をしている。ボールを打つ音。笛の音。風に揺れる木々。そんな音を聞いていると、教室の扉が開いた。「おはよう。」振り向く。陽菜だった。「おはよう。」自然と笑顔になる。その笑顔を見て、陽菜も笑った。「今日、早いね。」「うん。」「なんとなく。」陽菜は自分の席に鞄を置くと、そのまま凪の前まで歩いてきた。「昨日の卵焼き、美味しかった?」「うん。」「すごく。」「ほんと?」「また食べたいくらい。」陽菜は声を立てて笑った。「じゃあ、お母さんに伝えとく。」「喜ぶと思う。」凪もつられて笑う。教室にはまだ数人しかいない。静かな朝。二人の笑い声だけが、小さ
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明日って、お弁当ある?

その願いが、恋という名前を持つのは、もう少しだけ先のことだった。坂道を下りきると、住宅街へ続く小さな交差点が見えてきた。ここから先は、二人の帰り道が少しだけ分かれる。いつもなら、何気なく「じゃあね」と手を振るだけだった。でも今日は。「凪。」陽菜が立ち止まる。「ん?」「明日って、お弁当ある?」凪は少し考えてから笑った。「あるよ。」「よかった。」陽菜はほっとしたように笑う。「じゃあ、また交換しよう。」その何気ない約束に、凪の胸がふわっと温かくなる。「うん。」それだけの約束。なのに、明日が少し楽しみになった。二人は交差点まで歩く。信号は赤。並んで立ちながら、夕暮れの街を眺める。子どもたちの笑い声。自転車が通り過ぎる音。遠くで犬が鳴いている。どれも昨日と同じ景色なのに、今日は違って見えた。「ねえ、陽菜。」「ん?」「……ありがとう。」陽菜は少し首をかしげる。「何が?」「今日も。」凪は少し照れくさそうに笑う。「一緒にいてくれて。」陽菜は目を丸くしたあと、小さく笑った。「こちらこそ。」その返事は、とても自然だった。「凪といるとね。」少しだけ間があく。「落ち着く。」その一言に、凪の心臓が小さく跳ねた。不思議と苦しくはない。驚いたはずなのに、どこか安心している自分がいた。青信号に変わる。「じゃあ、また明日。」「また明日。」二人はそれぞれ反対の道へ歩き出す。数歩進いたところで、凪は振り返った。陽菜も同じタイミングで振り返っていた。目が合う。どちらからともなく笑う。手は振らない。声もかけない。それでも、その一瞬だけで十分だった。凪は前を向いて歩き出す。(また明日。)その言葉が、今日一番うれしい約束だ
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自分で言った言葉なのに、自分が一番驚いている。

安心感が、今日も凪の心をそっと包んでいた午前中の授業は、あっという間に過ぎていった。黒板に書かれる文字をノートへ写しながらも、凪の頭の片隅には、さっき陽菜に言われた言葉が残っていた。誰かのことを考える前に、自分のことも大事にして。そんなことを言われたのは、初めてだった。昼休み。凪は自然と教室の入口へ目を向けた。(……あ。)陽菜を探してる。そう気づいた瞬間、思わず苦笑した。昨日から、何度目だろう。自分でも理由は分からない。でも、探してしまう。「凪。」聞き慣れた声がして顔を上げる。「待った?」陽菜がお弁当を抱えて立っていた。「ううん。」その一言だけで、また胸が軽くなる。二人はいつものように机を向かい合わせた。「今日は卵焼きあるよ。」陽菜がお弁当箱を開けながら笑う。「昨日、母が作りすぎちゃって。」「美味しそう。」「一個食べる?」「え、いいの?」「もちろん。」陽菜は何のためらいもなく卵焼きを箸でつまみ、凪のお弁当箱へそっと置いた。「ありがとう。」凪も自然に、自分のおかずを一つ差し出す。「じゃあ、これ。」「わあ、唐揚げ。」「交換ね。」二人は顔を見合わせて笑った。ほんの小さなやり取り。胸の奥がじんわりと温かくなる。「凪。」「ん?」「今日、朝より笑ってる。」「え?」「ほんと。」陽菜はいたずらっぽく笑う。「朝はちょっと固かったもん。」凪は思わず自分の頬に触れた。笑ってる……?そんなこと、自分では気づかなかった。「陽菜といるからかな。」言ってしまってから、凪ははっとした。(え……。)自分で言った言葉なのに、自分が一番驚いている。陽菜も少しだけ目を丸くした。でも、すぐにふわりと笑う。「じゃあ、今日
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誰かのことを考える前に、自分のことも大事にして。

凪の胸が、小さく震えた。今まで何度も、「考えすぎ。」「気にしすぎ。」そう言われたことはあった。でも、「優しさだよ。」そう言われたのは、初めてだった。「……優しい、のかな。」思わず漏れたその言葉に、陽菜は迷いなくうなずいた。「うん。」「私はそう思う。」凪は視線を机へ落とした。胸の奥が、じんわりと温かい。誰かに認められたからじゃない。ずっと欠点だと思っていたものを、否定されなかったことが嬉しかった。「でもさ。」陽菜が牛乳パックを机の上でころんと転がす。「優しい人って、自分には厳しいよね。」凪は苦笑した。「そうかも。」「自分のことは、あと回し。」「それも、当たってる?」「……うん。」返事をした瞬間、自分でも少し驚いた。こんなに素直に話せる相手がいるなんて。「凪。」陽菜は静かに名前を呼んだ。「疲れた日は、ちゃんと休んでね。」「誰かのことを考える前に、自分のことも大事にして。」その言葉は、不思議なくらい自然に心へ入ってきた。「……ありがとう。」その一言を言うだけで、胸がいっぱいになる。チャイムが鳴る。休み時間が終わる合図だった。「またあとで。」陽菜はいつもの笑顔で自分の席へ戻っていく。凪はその後ろ姿を目で追った。そして、ふと気づく。さっきまで先生の表情ばかり気になっていたのに。今、見ているのは陽菜だけだった。(また……。)小さく息をつく。理由はまだ分からない。でも、一つだけ分かることがある。陽菜と話したあとは、心が軽くなる。その安心感が、今日も凪の心をそっと包んでいた。
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部活が導いてくれた

僕は高校生で、野球部のエースピッチャーを務めている。野球は僕にとって生きる喜びであり、全ての想いを注ぎ込む場所だ。だからこそ、部活のことを心から愛している。ある日、放課後の練習が終わり、汗を拭きながら部室に戻ってきた。すると、その中で彼女が待っていた。彼女はバスケットボール部のエースで、学校でも人気のある女子生徒だった。「お疲れ様」と彼女が微笑んで言った。彼女とは部活の合同練習で知り合い、少しずつ距離を縮めていった。彼女はいつも明るく元気で、一緒にいると心地よい気持ちになる。だけど、僕は彼女に対して特別な感情を抱いていた。「あ、お疲れ様」と僕はにっこり笑いながら答えた。彼女は何かを言いたげな表情でこちらを見つめていた。そして、遠慮がちに口を開いた。「実は、君に話があるんだけど…」僕は彼女の言葉に胸が高鳴った。彼女が何を言おうとしているのか、その言葉が僕の心にどんな影響を与えるのか。その瞬間、時間がゆっくりと流れるような感覚に包まれた。「私、君のことが好きなんだ」彼女の告白の言葉が部室に響いた。僕は驚きと喜びで言葉を失った。彼女が僕に好意を抱いているなんて、夢のような話だった。「本当に? 僕も君のことが好きだよ」僕は素直に彼女に告げた。彼女の笑顔が一層輝きを増し、彼女の表情が優しさに満ちた。「それなら、一緒にいたいって思ってたんだ」彼女の言葉に、僕の心は満たされる思いでいっぱいになった。彼女と一緒にいることで、僕はますます部活への情熱を深めることができるだろう。そして、彼女との絆がさらに強くなり、互いに支え合っていける。「これからも、一緒に頑張ろう」僕は彼女に手を差し伸べ、彼女も
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見ているだけで。。。

ある日、学校の体育館で行われる部活動の様子を見ていた私は、心の中で思わず微笑んでしまった。彼はバスケットボール部のエースで、その才能とスポーツマンシップは学校中に知れ渡っていた。彼のプレーを見るたびに、私の心は高揚し、彼の存在が私の生活の一部になっていた。ただ彼を見ているだけで、私はとても幸せだった。しかし、彼は部活に夢中で、恋愛には全く興味を示さなかった。彼の周りには、女子生徒たちからの熱い視線が集まっているにもかかわらず、彼は彼女を作ろうともしなかった。それは、彼がバスケットボールに全力を注ぐ理由かもしれないと私は思っていた。私も彼に思いを伝えるつもりはなかった。彼が私に気づくことなど、ありえないと思っていたからだ。ただ彼を見ているだけで、私は幸せだった。彼の笑顔や汗ばむ姿を見るたびに、私の心は満たされるのだ。ある日、体育館での練習が終わり、彼は汗を拭いながら休憩しているところに私が近づいた。彼が私に気づいて微笑むと、私は緊張しながらも思わず笑顔を返した。「お疲れ様です。いつも素晴らしいプレーを見せてくれて、本当に感動しています」と私は言った。彼は驚いたような表情を浮かべ、軽く頷いた。「ありがとう。君もいつも応援してくれているんだな。嬉しいよ」と彼は言った。その言葉を聞いて、私の心は喜びでいっぱいになった。彼が私の存在に気づいてくれていることが嬉しくてたまらなかった。「私はいつも応援しています。だって、あなたのプレーを見るのがとても楽しみなんです」と私は言った。彼は微笑みながら頷き、そして言った。「ありがとう。君が応援してくれるから、僕は頑張れるんだ。これからも応援しててく
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それだけのことが、凪にはとても新鮮だった。

夏の風が、そっと教えてくれた。家へ戻ると、おばあちゃんが縁側に座っていた。「おかえり。」「ただいま。」陽菜と凪の声が重なる。また二人で顔を見合わせて、笑った。「いいところだった?」おばあちゃんが尋ねる。「はい。」凪は迷わず答えた。「すごく。」その言葉に、陽菜がうれしそうに笑う。それだけで、凪もまた、少しうれしくなった。「じゃあ、そろそろ食べようか。」おばあちゃんが立ち上がる。さっき採った枝豆は、大きなざるいっぱいになっていた。家へ入り、枝豆を洗う。鍋から湯気が立ちのぼる。塩の匂い。開け放した窓から入ってくる風。遠くで鳴いているセミ。学校では味わったことのない時間だった。「できたよ。」おばあちゃんが茹でたての枝豆をテーブルへ置く。「熱いから気をつけてね。」凪は一つ手に取った。「あつっ。」思わず声が出る。陽菜が吹き出した。「言われたばっかりなのに。」「だって、おいしそうだったから。」「凪って、意外とそういうところあるよね。」「どういうところ?」「たまに、すごく素直。」「……なにそれ。」凪は少しむっとしたふりをする。でも、笑っていた。陽菜も笑っている。おばあちゃんも笑っている。その瞬間、凪はふと、不思議な感覚に包まれた。自分が何か面白いことを言わなくても、気を遣わなくても、ちゃんとしていなくても、ここにいていい。そんな気がした。「おいしい。」今度はゆっくり枝豆を口に入れる。「でしょ?」陽菜が得意そうに言う。「陽菜が作ったみたいに言わないの。」おばあちゃんが笑う。「私も手伝ってるもん。」「小さい頃から、つまみ食いばっかりだったけどね。」「もう、おばあちゃん!」また笑い声が広がった。凪も
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陽菜はね。昔は、泣き虫だったんだよ。

誰かが自分の変化を、そっと喜んでくれている。その優しさは、夏の風のように、静かに凪を包んでいた。「少し休もうか。」おばあちゃんが木陰を指さす。畑の隅には、大きな柿の木が一本立っていた。三人はその木陰へ腰を下ろす。陽菜がお茶の入った水筒を開ける。「はい。」「ありがとう。」凪は冷たい麦茶を一口飲んだ。汗をかいた体に、ひんやりとした冷たさが染み渡る。「おいしい。」その一言に、おばあちゃんが笑った。「畑で飲む麦茶は、特別だからね。」風が吹く。葉っぱが、さわさわと揺れる。しばらく誰も話さなかった。でも、不思議と気まずくない。その静けさを、おばあちゃんがやさしく破った。「陽菜はね。」「昔は、泣き虫だったんだよ。」「え?」凪は思わず陽菜を見る。陽菜は照れくさそうに笑った。「内緒にしてほしかったなあ。」「そうなの?」「うん。」「学校で友達とうまく話せなくて。」「よく帰ってきて泣いてた。」凪は驚いていた。今の陽菜からは、とても想像できない。「そのころのお前も、頑張り屋だったね。」おばあちゃんは、懐かしそうに空を見上げる。「でもね。」「ある日、陽菜が言ったんだ。」『どうしたら、みんなに好かれるかな。』その言葉を聞いた瞬間。凪の胸が、どきりとした。それはまるで、少し前までの自分の心を聞いているようだった。「それで、おばあちゃんは?」凪が小さく尋ねる。おばあちゃんは、ゆっくりと笑った。「好かれようとしなくていいよ。」「まずは、一人でも安心できる人になりなさい。」「安心……。」凪がつぶやく。「そう。」「人はね。」「この人といると安心する。 そう思った相手には、自分から近づいていくものなんだよ。」陽菜は少
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その言葉は、なぜだか自分に向けられたような気がした。

夏は、まだ始まったばかりだった。「さあ、枝豆を採ってみようか。」おばあちゃんは畑の中へ入っていく。凪と陽菜も後に続いた。枝には、ふっくらとした莢がいくつも揺れている。「いっぱいある……。」凪が目を丸くすると、おばあちゃんは笑った。「でもね。」一本の枝を指さす。「どれでもいいわけじゃないんだよ。」「そうなの?」陽菜がうなずく。「ほら、この莢。」指でそっと触れる。「まだ少し細いでしょ?」凪も恐る恐る触れてみた。確かに、少し柔らかい。「じゃあ、これは?」隣の莢を指さす。「うん。」おばあちゃんはにっこり笑う。「これは食べ頃。」「見分けるの、難しい……。」凪がつぶやくと、おばあちゃんは優しく言った。「慣れれば分かるよ。」「毎日見てるとね。」その言葉を聞いて、凪は枝豆をじっと見つめた。毎日見る。少しずつ変わる。だから分かる。陽菜がそっと莢を外していく。手つきがとても自然だった。「陽菜、上手だね。」「小さい頃からやってるから。」陽菜は照れくさそうに笑う。その笑顔を見ていると、おばあちゃんが楽しそうに言った。「この子ね。」「昔は待てない子だったんだよ。」「えっ?」凪は思わず陽菜を見る。「うそ。」陽菜は恥ずかしそうに頬をかく。「まだ青いトマトを採ろうとして、よく怒られてた。」「だって早く食べたかったんだもん。」三人で笑う。おばあちゃんは枝豆をひとつ摘みながら言った。「そのとき教えたんだよ。」『まだ早いよ。』「無理に採ったら、おいしくならない。」「ちゃんと待ったら、一番いいときが来る。」風が吹く。枝豆の葉が、さわさわと揺れた。凪は、その言葉を静かに聞いていた。"まだ早い。"その言葉は、なぜだか自分
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言葉にしたら、何かが変わってしまいそうで。

小さな変化に、凪はまだ気づいていなかった。昼休みが終わり、午後の授業が始まる。いつもなら長く感じる時間が、不思議と今日は早く過ぎていく。窓の外では、初夏の風が校庭の木々を揺らしていた。放課後。「終わったぁ。」誰かの声と同時に、教室が一気に賑やかになる。凪は教科書を鞄へしまいながら、ふと見た。陽菜も帰る支度をしている。その姿を見ただけで、胸の奥にほっとしたものが広がる。「あ。」二人の視線が重なる。陽菜が小さく笑った。「一緒に帰る?」その一言に、凪の心がふわりと軽くなる。「……うん。」たった二文字なのに、思ったより声が弾んでしまった。教室を出ると、廊下には夕日が長く差し込んでいた。部活動へ向かう生徒たちが、楽しそうに話しながら通り過ぎていく。二人は並んで歩く。急ぐわけでもなく、立ち止まるわけでもなく。歩幅が、自然と揃っていた。「今日は疲れた?」陽菜が尋ねる。「うん。でも……。」凪は少し考える。「今日は朝より元気かも。」「ほんと?」「うん。」理由は言えなかった。言葉にしたら、何かが変わってしまいそうで。「それならよかった。」陽菜はそれだけ言って笑う。その笑顔を見るたびに、胸の奥が少し温かくなる。沈黙が訪れる。少し前までの凪なら、焦って何か話題を探していただろう。天気のこと。宿題のこと。テレビで見たこと。とにかく、この静かな時間を埋めようとしていた。でも今日は違った。風が木の葉を揺らす音。遠くから聞こえる運動部の掛け声。夕日に照らされた二人の影。その全部を感じながら、ただ歩いている。不思議と、何も話さなくても落ち着く。その静けさを破ったのは、陽菜だった。「ねえ、凪。」「ん?」「今、何考
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悠真は、ずっと好きだった人。 そのはずだった。

「じゃあ、また明日。」陽菜が手を振る。「うん。また明日。」笑って返したはずなのに、胸の奥はまだざわついていた。家までの道を、一人で歩く。さっきまで隣にいたのに。もう声は聞こえない。それだけなのに、急に静かになった気がした。信号待ちで立ち止まる。赤信号の向こうを、小学生が笑いながら走っていく。その笑い声を聞きながら、凪はさっきの会話を何度も思い返していた。「だから今は、まだ分かんないかな」その言葉を聞いた瞬間。胸がふっと軽くなった。あの感覚は何だったんだろう。「……変なの。」小さくつぶやく。陽菜が悠真を好きじゃなくて安心した。その事実だけは、どう考えても否定できなかった。でも、どうして安心したのかは分からない。悠真は、ずっと好きだった人。そのはずだった。もし陽菜が悠真を好きでも、おかしくない。むしろ二人なら、お似合いだとさえ思える。なのに。想像しただけで苦しかった。「なんで……。」答えは出ない。家に帰って制服を着替え、夕食を食べても。お風呂に入っても。歯を磨いても。気づけば同じことばかり考えている。ベッドに寝転び、スマートフォンを手に取る。画面には陽菜とのトーク。最後のやり取りは、さっき別れたあとに届いた一通だった。『今日は話してくれてありがとう😊』たったそれだけ。なのに、自然と頬がゆるむ。すぐに返信を打つ。『こちらこそ。また明日。』送信。既読はつかない。それでも不思議と待つ時間は嫌じゃなかった。スマホを胸の上に置いて、天井を見つめる。恋って、もっと分かりやすいものだと思っていた。会いたくて。ドキドキして。手をつなぎたくなって。そんなものだと。でも陽菜といると違う。ドキドキより先
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学校では見たことのない姿だった。

日曜日の朝。窓を開けると、やわらかな風が部屋の中へ流れ込んできた。青い空。雲はゆっくりと流れている。「晴れた。」思わず笑みがこぼれる。時計を見る。まだ待ち合わせまで一時間以上ある。それなのに、凪はもう淡い水色のブラウスに袖を通していた。鏡の前に立つ。髪を整えてみる。少しだけ前髪を直す。「……変じゃないかな。」言ってみてから、小さく笑う。出かけるだけなのに。こんなに何度も鏡を見るなんて、いつ以来だろう。母がリビングから声をかける。「今日はお友達と?」「うん。」「楽しんでおいで。」その一言に照れくさくなって、「行ってきます。」とだけ返した。駅へ向かう道は、いつもより少しだけ明るく見えた。約束の時間より十分早く着いた。改札の近くで待ちながら、人の流れをぼんやり眺める。休日の駅は、平日とは違う空気が流れている。買い物へ向かう家族。部活へ行く学生。旅行らしい大きな荷物を持った人。その中に、見慣れた姿を見つけた。「凪!」陽菜だった。白いブラウスに、淡いベージュのカーディガン。デニム生地のロングスカート。肩から小さなトートバッグを下げている。学校では見たことのない姿だった。凪は一瞬だけ言葉を失う。「おはよう。」陽菜が少し照れたように笑う。「待った?」「う、ううん。」凪は慌てて首を振る。「今来たところ。」ありきたりな言葉だった。本当は十五分も前に着いていたのに。陽菜はそんなことには気づかず、「よかった。」と笑う。その笑顔は学校と同じなのに、服が違うだけで、どこか少し大人びて見えた。「どうしたの?」陽菜が不思議そうに首をかしげる。「え?」「さっきから、私のこと見てる。」凪の頬がふっと熱くなる。「
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その笑顔を見ていると、不思議と安心する。

誰にも気づかれないくらいゆっくりと、一人の少女の心も育ち始めていた。「じゃあ今度は、凪ちゃんもやってみようか。」おばあちゃんは、枝豆の株をそっと指さした。「えっ、私がですか?」「うん。」「難しく考えなくていいよ。」凪は少し緊張しながら畑にしゃがみ込む。陽菜も隣にしゃがみ、にこっと笑った。「大丈夫。」「最初は私も失敗したから。」その一言に、凪の肩の力が少し抜ける。枝をそっと持つ。どの莢なら採っていいんだろう。さっき教わったことを思い出しながら、一つ選ぶ。「これ……かな。」恐る恐る摘み取る。「あ。」勢いがつきすぎて、枝が少し揺れた。「ご、ごめんなさい。」思わず謝る凪。その瞬間、おばあちゃんと陽菜が顔を見合わせて笑った。「謝らなくていいよ。」おばあちゃんは優しく首を振る。「野菜は、そのくらいじゃ怒らないから。」凪はきょとんとする。「それにね。」おばあちゃんは、摘み取った枝豆を手に取った。「ちゃんと採れてる。」「最初から百点じゃなくていいんだよ。」その言葉に、凪は何も言えなくなった。最初から百点じゃなくていい。その言葉は、今まで誰かに言ってもらいたかった言葉だったのかもしれない。学校では、間違えないように。迷惑をかけないように。失敗しないように。そんなことばかり考えてきた。だから、何かをする前から怖くなることもあった。でも今、失敗しても笑ってくれる人がいる。「ほら。」陽菜が、自分の手のひらを見せる。「私も形がバラバラ。」そこには、大きな枝豆も、小さな枝豆も混ざっていた。「本当だ。」凪が笑う。「完璧じゃないでしょ?」「うん。」「でも、おいしく食べられるよ。」陽菜はそう言って笑った。その笑
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それが、怖くて、でも、嬉しくて

朝のホームルーム前。教室は、いつもより少しだけざわついていた。凪は、席に着きながら、無意識に隣の席を見る。——いる。それだけで、呼吸が、少し楽になる。悠真は、ノートを開いて、いつも通りの顔をしている。でも、視線が合った瞬間、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。それが、合図みたいで。凪も、同じように笑う。「ねえ」小さな声。「昨日さ」「“付き合ってるのかな”って    聞いたでしょ」悠真は、ペンを止める。「うん」「私ね」「答えを聞きたかった   わけじゃないんだと思う」悠真は、何も言わず、待つ。「ただ」「一緒にいることが、    当たり前みたいになってて」「それが、怖くて」「でも、嬉しくて」凪は、言葉を探しながら続ける。「名前をつけたら」「壊れちゃう気がして」悠真は、少し考えてから、言った。「じゃあ」「今は、つけなくていい」凪は、驚いて顔を上げる。「いいの?」「うん」悠真は、肩をすくめる。「名前がなくても」「一緒に帰る理由は、  なくならないし」その言葉が、胸の奥に、静かに染み込む。——ああ。凪は思う。この人は、“関係”を急がない。手に入れるより、続くほうを選ぶ人だ。チャイムが鳴る。二人は、それぞれ前を向く。でも、机の下で、そっと距離が近づく。触れない。でも、離れない。授業中、ふと窓の外を見ると、雲が、ゆっくり流れていた。——急がなくていい。放課後。廊下で、クラスメイトが何気なく言った。「最近さ」「二人、仲いいよね」凪は、一瞬だけ戸惑って、でも、否定しなかった。悠真も、笑って答える。「うん」「一緒にいること、多いから」それ以上は、言わない。説明しない。誇示しない。でも、隠しているわけでも
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悠真がいなくなるのは、嫌

放課後の空は、昼間より少しだけ低く感じた。校門を出てから、凪と悠真は、並んで歩いていた。言葉は、ない。気まずいわけでもない。ただ、お互いに、何かを考えているのがわかる沈黙。——この沈黙、前はなかった。凪は、ふと気づく。噂が広がっていた頃。誰かに見られていた頃。悠真は、いつも一歩前にいた。でも今は、隣にいる。同じ速さで。それが、少しだけ怖かった。(もし……)考えたくない想像が、胸の奥に浮かぶ。もし、これ以上巻き込んだら。もし、悠真が、疲れてしまったら。「……ねえ」凪は、立ち止まる。悠真も、足を止める。夕焼けの光が、二人の影を、同じ長さに伸ばしていた。「私のせいで」「大変なことになってない?」言葉にした瞬間、胸が、ぎゅっと締まる。悠真は、すぐには答えなかった。少しだけ、視線を落としてから、言う。「正直に言うと」凪の心臓が、跳ねる。「……ちょっと、怖かった」その一言で、凪の中の何かが、崩れた。「凪を守りたい気持ちと」「俺が前に出すぎたら、     凪が立てなくなるって気持ちと」「どっちも、本当で」悠真は、苦笑する。「うまくやれてるって、言えない」その表情が、あまりにも人間らしくて。凪は、思った。——この人を、失うかもしれない。初めて、はっきりと。それは、噂よりも、三條よりも、ずっと怖い感情だった。「……私」凪は、拳を握る。「悠真がいなくなるのは、嫌」声が震える。でも、止めない。「守られなくてもいい」「前に出てくれなくてもいい」「それでも」「一緒にいるのは、悠真がいい」言い切った瞬間、胸の奥が、熱くなる。——ああ。これは、不安でも、依存でもない。恋だ。悠真は、目を見開いてから、ゆっくり
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