胸の奥で、小さく何かが音を立てた気がした。
けれど、それが何なのかは、まだ分からない。
分からないままでいい。
今はただ、この朝が少しだけ特別に感じられた。
それだけで十分なんだ。
一時間目が終わる。
「ふぅ。」
凪は小さく息をついた。
教科書を閉じる音が教室に広がる。
「ねえ、凪。」
陽菜がわたしを呼ぶ。
「今日の授業、難しくなかった?」
「うん。」
「途中から先生の話、全然頭に入らなくて。」
「私も。」
二人は顔を見合わせて笑う。
「珍しいね。」
「ね。」
たったそれだけの会話なのに、肩の力が抜けていく。
その様子を見ていた隣の席の美咲が、ふっと笑った。
「凪ってさ。」
突然名前を呼ばれて、凪は顔を上げる。
「え?」
「最近、雰囲気変わったよね。」
「そうかな?」
「うん。」
美咲は迷いなくうなずいた。
「前より笑うようになった。」
「なんか柔らかくなったっていうか。」
凪は思わず陽菜を見る。
陽菜はうれしそうに微笑んでいた。
「ほら。」
「私が言った通り。」
凪は照れくさくなって笑う。
「そんなに変わった?」
「変わった。」
陽菜と美咲が同時に答えて、三人で笑い合う。
その笑い声が教室に溶けていく。
凪はふと気づく。
笑うたびに、
「変じゃないかな。」
「笑いすぎかな。」
以前のわたしなら、
そんなことを考えていた。
でも今は違う。
笑いたいから笑っている。
それだけだった。
そのことが、少しだけうれしい。
窓から風が吹き込み、白いカーテンがゆっくり揺れる。
陽菜はその風を感じるように目を細めた。
「今日は気持ちいいね。」
「うん。」
凪も窓の外を見る。
青い空。
流れる雲。
校庭から聞こえる運動部の声。
いつもと同じ景色。
でも、心が軽い日は、
世界まで少し優しく見えるんだ。
そんなことを、凪は初めて知った。
チャイムが鳴る。
次の授業が始まる。
陽菜は席へ戻る前に、小さく振り返った。
「また休み時間ね。」
「うん。」
その約束があるだけで、
次の授業も頑張れそうな気がした。
凪は自分でも気づかないうちに、小さく微笑んでいた。