その日、凪は少しだけ早く目が覚めた。
目覚ましが鳴る前。
窓から差し込む朝の光が、部屋をやさしく照らしている。
布団の中で天井を見つめながら、ぼんやり昨日の帰り道を思い出した。
「また明日。」
それだけの言葉だった。
なのに、不思議なくらい心に残っている。
「……変なの。」
小さく笑って起き上がる。
制服に袖を通し、鏡の前に立つ。
髪を整えながら、ふと思う。
(今日は、どんな話をしよう。)
その考えが浮かんだ瞬間、少しだけ照れくさくなった。
以前なら、
学校へ行く前に考えるのは、
提出物を忘れていないか。
先生に注意されないか。
誰かを嫌な気持ちにさせていないか。
そんなことばかりだった。
でも今日は違う。
陽菜に会える。
そのことを考えている自分がいた。
家を出ると、朝の空気はまだ少しひんやりしていた。
通学路には、小学生の列や犬の散歩をする人の姿がある。
凪はゆっくり歩きながら、小さく息を吸った。
空気が気持ちいい。
学校へ着くと、まだ教室は静かだった。
席に座り、窓の外を眺める。
校庭では運動部が朝練をしている。
ボールを打つ音。
笛の音。
風に揺れる木々。
そんな音を聞いていると、教室の扉が開いた。
「おはよう。」
振り向く。
陽菜だった。
「おはよう。」
自然と笑顔になる。
その笑顔を見て、陽菜も笑った。
「今日、早いね。」
「うん。」
「なんとなく。」
陽菜は自分の席に鞄を置くと、そのまま凪の前まで歩いてきた。
「昨日の卵焼き、美味しかった?」
「うん。」
「すごく。」
「ほんと?」
「また食べたいくらい。」
陽菜は声を立てて笑った。
「じゃあ、お母さんに伝えとく。」
「喜ぶと思う。」
凪もつられて笑う。
教室にはまだ数人しかいない。
静かな朝。
二人の笑い声だけが、小さく響いた。
「ねえ、凪。」
「ん?」
「最近、笑うこと増えたよね。」
その言葉に、凪は少しだけ考える。
本当だろうか。
自分ではよく分からない。
でも。、
「……そうかも。」
そう答えた瞬間、陽菜がうれしそうに笑った。
「そのほうが、凪らしい。」
凪は少し首をかしげる。
「私らしい?」
「うん。」
「その笑顔、好き。」
その言葉に、凪の時間が一瞬だけ止まる。
胸の奥で、小さく何かが音を立てた気がした。
けれど、それが何なのかは、まだ分からない。
分からないままでいい。
今はただ、この朝が少しだけ特別に感じられた。