朝。
目覚ましが鳴る少し前に、凪は目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、
部屋をやわらかく照らしている。
昨夜はなかなか寝つけなかった。
何度もスマートフォンを手に取り、
陽菜とのやり取りを見返してしまったから。
「……おはよう。」
誰もいない部屋で、小さくつぶやく。
制服に袖を通し、鏡を見る。
いつもの自分。
……のはずなのに、どこか落ち着かない。
理由は分かっている。
今日、陽菜に会える。
そのことを考えただけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「変なの。」
小さく笑って、家を出た。
教室にはまだ半分くらいしか人が来ていなかった。
窓際の席に座り、鞄を机の横に掛ける。
教室には朝独特の静かな空気が流れている。
友達同士の小さな話し声。
プリントを配る音。
誰かが窓を開ける音。
凪は何気なく教室の入口へ目を向けた。
まだ、いない。
時計を見る。
まだいつもの時間より少し早い。
「おはよう。」
突然、聞き慣れた声がした。
振り向くと、悠真が立っていた。
「昨日の数学のプリントさ、提出今日だったっけ?」
「あ……うん。」
凪は鞄からプリントを取り出す。
「ありがとう。助かった。」
悠真は笑って、自分の席へ戻っていった。
以前なら、
その笑顔を見るだけで、一日が少し特別になった。
話しかけられたことを帰ってから何度も思い出していた。
でも今日は、悠真が席へ戻ると同時に、
凪の視線はまた教室の入口へ向いていた。
まだ来ない。
そのことだけが気になる。
「おはよう!」
元気な声が廊下から聞こえた。
ガラリ、と教室の扉が開く。
陽菜だった。
少し寝ぐせの残った髪。
肩からずり落ちそうなスクールバッグ。
「ふぁ〜……眠い。」
そう言いながら笑う陽菜を見た瞬間。
凪の胸の奥で、張っていた糸がふっとほどけた。
来た。
その一言だけが、心いっぱいに広がる。
陽菜は凪に気づくと、にこっと笑って手を振った。
「おはよう、凪。」
「……お、おはよう。」
たったそれだけ。
それだけなのに、
さっきまで感じていた落ち着かなさが、嘘みたいに消えていく。
陽菜は自分の席に荷物を置きながら、振り返って言った。
「昨日、ちゃんと眠れた?」
凪は一瞬、言葉に詰まる。
本当は、何度もLINEを読み返していた。
陽菜の「また明日ね」の一言が嬉しくて、
なかなか眠れなかった。
でも、それを言うのは恥ずかしい。
「うん……まあ。」
「そっか。」
陽菜はそれ以上聞かなかった。
その「聞きすぎない優しさ」が、凪には心地よかった。
チャイムまであと五分。
二人は何を話すでもなく、それぞれ教科書を机に並べる。
沈黙なのに、気まずくない。
むしろ、この時間がずっと続けばいいのに、と凪は思った。
その瞬間だった。
「あれ……?」
胸の奥で、小さな違和感が生まれる。
昨日から何度も感じていた、この安心感。
それは偶然じゃない。
陽菜がいるから。
そう思った瞬間、凪は慌てて首を横に振った。
「違う……。」
何が違うのか、自分でも分からない。
ただ、その先だけは、まだ考えたくなかった。