その優しさ、好きだよ。

その優しさ、好きだよ。

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コラム
「違う……。」
何が違うのか、自分でも分からない。

ただ、その先だけは、まだ考えたくなかった。

キーンコーンカーンコーン――。

始業のチャイムが教室に響く。
みんなが慌ただしく席へ戻っていく。

陽菜も「またあとでね」と笑って、自分の席へ向かった。

その笑顔を見送ってから、凪はようやく教科書を開いた。

けれど、文字が頭に入ってこない。

「起立。」
学級委員の声で、一斉に椅子が引かれる。

「礼。」

「お願いします。」

いつもの朝。
いつもの教室。
それなのに、今日は少しだけ世界が違って見えた。

一時間目の先生が教室へ入ってくる。

「おはようございます。」
その声を聞いた瞬間、凪は小さく眉を寄せた。

(……先生、疲れてる。)

いつもより少しだけ声に元気がない。
目の下にも、うっすらと影が見える。
昨日、遅くまで仕事だったのかな。

何かあったのかな。
そんなことを考えているうちに、授業は始まっていた。

「じゃあ、この問題を……」
先生が黒板に向かう。
ふとチョークを持つ手が止まる。

ほんの一瞬だけ。
その小さな間にさえ、凪は気づいてしまう。

(やっぱり、何か考え事をしてる。)

気になってしまう。
でも、それを誰かに聞けるわけじゃない。

授業が終わる頃には、凪は少しだけ疲れていた。

休み時間。

「凪。」
聞き慣れた声がした。

陽菜が牛乳パックを持って立っている。

「お疲れ。」

その一言だけで、張っていた心が少し緩む。

「ありがとう。」

「どうしたの?」

「今日は朝から、ぼーっとしてる。」

また気づかれた。

凪は苦笑する。

「そんなに分かる?」

「うん。」
陽菜はあっさりとうなずいた。

「凪って、分かりやすいもん。」

「えぇ……。」

思わず笑ってしまう。

「実はさ。」
凪は少しだけ声を小さくした。

「先生、疲れてる気がして。」

陽菜は教壇のほうをちらりと見る。

「そう?」

「うん。」

「今日はちょっと元気ないような……。」

陽菜は少し考えてから首をかしげた。

「私は気づかなかったな。」

その言葉に、凪は少し驚いた。

「私ね。」
気づけば、自分から話し始めていた。

「昔から、人の顔ばっかり見ちゃうんだ。」

「怒ってるのかな、とか。」
「私、何かしたかな、とか。」
「空気が変わると、すぐ気になっちゃう。」

言葉が止まらない。
こんな話を誰かにしたのは、初めてかもしれない。

陽菜は何も言わず、静かに聞いている。

急かさない。
否定もしない。
その時間が、不思議と心地よかった。

「だから……。」

凪は少し笑う。

「自分でも疲れるんだ。」

少しだけ沈黙が流れる。

窓から入る初夏の風が、カーテンをふわりと揺らした。

陽菜はその風を見つめるようにして、小さくつぶやく。
「凪って。」
「人のことを、すごく大事にしてるんだね。」

その言葉に、凪は目を瞬かせた。

「え?」

「だから、そんなに見えるんだと思う。」

「私はね。」

陽菜は凪の目をまっすぐ見た。
「その優しさ、好きだよ。」

凪の胸が、小さく震えた。

今まで何度も、
「考えすぎ。」
「気にしすぎ。」
そう言われたことはあった。

でも、優しさだと言われたのは、初めてだった。

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