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この子、本当に大事な人しか連れてこないからね。

風がそっと吹き抜けた夏の日。凪の心には、小さな種が、静かに芽を出し始めていた。「こっちだよ。」陽菜が畑の小道を歩いていく。畑には、朝の光を浴びた野菜たちが生き生きと並んでいた。真っ赤なトマト。大きく葉を広げたなす。支柱につるを巻きつけるきゅうり。どれも太陽に向かって、まっすぐ伸びている。「わあ……。」凪は思わず立ち止まった。「すごい。」「学校とは全然違うね。」「でしょ?」陽菜はうれしそうに笑う。そのときだった。「陽菜かい?」畑の奥から、やさしい声が聞こえた。麦わら帽子をかぶった、小柄なおばあさんが手を振っている。「おばあちゃん!」陽菜は小走りで駆け寄った。「今日はお友達を連れてきたの。」「こんにちは。」凪は少し緊張しながら頭を下げる。「初めまして。」おばあさんは目を細め、にっこり笑った。「よう来たねぇ。」「陽菜がお友達を連れてくるなんて、珍しいこと。」その言葉に、陽菜が少し照れたように笑う。「そう?」「そうだよ。」「この子、本当に大事な人しか連れてこないからね。」その一言に、凪は思わず陽菜を見る。陽菜は恥ずかしそうに、「もう、おばあちゃん。」と小さく笑った。凪の胸が、少しだけ熱くなる。(大事な人……。)その言葉が、心の中で静かに響いていた。「さあさあ。」おばあさんが手を叩く。「まずは枝豆を採ろうか。」「はい!」陽菜は子どものように笑う。学校では見たことのない笑顔だった。凪はその姿を見つめながら、小さく微笑む。「凪ちゃん。」おばあさんが優しく声をかける。「野菜も人もね。」「急いで育てようとすると、うまくいかないんだよ。」凪は静かに耳を傾ける。「毎日ちゃんと見て。」「水をあげて。」
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こんなふうに、何かを待ち遠しいと思うのは久しぶりだった。

その日の帰り道。凪の足取りは、いつもより少しだけ軽かった。家に着いて鞄を置いても、頭の中には陽菜の言葉が残っている。「もし来てくれたら、一番最初に枝豆を食べてもらうね。」思い出すたびに、小さく笑ってしまう。「何笑ってるの?」夕食の準備をしていた母が、不思議そうに声をかけた。「え?」「なんでもない。」凪は慌てて首を振る。本当に、なんでもない。……はずなのに。自分でも気づかないうちに、頬がゆるんでいた。夕食を終え、自分の部屋へ戻る。机の上には、宿題と来週の時間割。いつもなら先に終わらせる。でも今日は、窓の外をぼんやり眺めてしまう。(畑って、どんなところなんだろう。)土の匂い。夏野菜。風の音。そして、その景色の中で笑う陽菜。想像するだけで、胸の奥があたたかくなる。「……楽しみ。」ぽつりとつぶやいた自分の声に、凪は少し驚いた。こんなふうに、何かを待ち遠しいと思うのは久しぶりだった。宿題を始めようとノートを開いた、そのとき、スマートフォンが小さく震えた。画面を見る。陽菜からだった。『日曜日、朝九時に駅で待ち合わせしよう😊』続けてもう一通届く。『動きやすい服がおすすめだよ。』凪は思わず笑う。『了解。』短く返信してから、少し迷う。もう一言送りたい。でも、何を書けばいいんだろう。「楽しみにしてる。」その言葉を打っては消し、打っては消す。少し考えてから、凪はゆっくり文字を打った。『誘ってくれて、ありがとう。』送信ボタンを押す。数秒後。『こちらこそ、一緒に行けてうれしい🌱』その一文を読んだ瞬間、胸の奥が、ふわっとあたたかくなった。凪はスマートフォンを胸に抱きしめ、小さく目を閉じる。言葉は少ない。で
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凪ってさ、最近、雰囲気変わったよね。

胸の奥で、小さく何かが音を立てた気がした。けれど、それが何なのかは、まだ分からない。分からないままでいい。今はただ、この朝が少しだけ特別に感じられた。それだけで十分なんだ。一時間目が終わる。「ふぅ。」凪は小さく息をついた。教科書を閉じる音が教室に広がる。「ねえ、凪。」陽菜がわたしを呼ぶ。「今日の授業、難しくなかった?」「うん。」「途中から先生の話、全然頭に入らなくて。」「私も。」二人は顔を見合わせて笑う。「珍しいね。」「ね。」たったそれだけの会話なのに、肩の力が抜けていく。その様子を見ていた隣の席の美咲が、ふっと笑った。「凪ってさ。」突然名前を呼ばれて、凪は顔を上げる。「え?」「最近、雰囲気変わったよね。」「そうかな?」「うん。」美咲は迷いなくうなずいた。「前より笑うようになった。」「なんか柔らかくなったっていうか。」凪は思わず陽菜を見る。陽菜はうれしそうに微笑んでいた。「ほら。」「私が言った通り。」凪は照れくさくなって笑う。「そんなに変わった?」「変わった。」陽菜と美咲が同時に答えて、三人で笑い合う。その笑い声が教室に溶けていく。凪はふと気づく。笑うたびに、「変じゃないかな。」「笑いすぎかな。」以前のわたしなら、そんなことを考えていた。でも今は違う。笑いたいから笑っている。それだけだった。そのことが、少しだけうれしい。窓から風が吹き込み、白いカーテンがゆっくり揺れる。陽菜はその風を感じるように目を細めた。「今日は気持ちいいね。」「うん。」凪も窓の外を見る。青い空。流れる雲。校庭から聞こえる運動部の声。いつもと同じ景色。でも、心が軽い日は、世界まで少し優しく見えるんだ。そんなこ
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その優しさ、好きだよ。

「違う……。」何が違うのか、自分でも分からない。ただ、その先だけは、まだ考えたくなかった。キーンコーンカーンコーン――。始業のチャイムが教室に響く。みんなが慌ただしく席へ戻っていく。陽菜も「またあとでね」と笑って、自分の席へ向かった。その笑顔を見送ってから、凪はようやく教科書を開いた。けれど、文字が頭に入ってこない。「起立。」学級委員の声で、一斉に椅子が引かれる。「礼。」「お願いします。」いつもの朝。いつもの教室。それなのに、今日は少しだけ世界が違って見えた。一時間目の先生が教室へ入ってくる。「おはようございます。」その声を聞いた瞬間、凪は小さく眉を寄せた。(……先生、疲れてる。)いつもより少しだけ声に元気がない。目の下にも、うっすらと影が見える。昨日、遅くまで仕事だったのかな。何かあったのかな。そんなことを考えているうちに、授業は始まっていた。「じゃあ、この問題を……」先生が黒板に向かう。ふとチョークを持つ手が止まる。ほんの一瞬だけ。その小さな間にさえ、凪は気づいてしまう。(やっぱり、何か考え事をしてる。)気になってしまう。でも、それを誰かに聞けるわけじゃない。授業が終わる頃には、凪は少しだけ疲れていた。休み時間。「凪。」聞き慣れた声がした。陽菜が牛乳パックを持って立っている。「お疲れ。」その一言だけで、張っていた心が少し緩む。「ありがとう。」「どうしたの?」「今日は朝から、ぼーっとしてる。」また気づかれた。凪は苦笑する。「そんなに分かる?」「うん。」陽菜はあっさりとうなずいた。「凪って、分かりやすいもん。」「えぇ……。」思わず笑ってしまう。「実はさ。」凪は少しだけ声を小さく
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聞きすぎない優しさが、凪には心地よかった。

朝。目覚ましが鳴る少し前に、凪は目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋をやわらかく照らしている。昨夜はなかなか寝つけなかった。何度もスマートフォンを手に取り、陽菜とのやり取りを見返してしまったから。「……おはよう。」誰もいない部屋で、小さくつぶやく。制服に袖を通し、鏡を見る。いつもの自分。……のはずなのに、どこか落ち着かない。理由は分かっている。今日、陽菜に会える。そのことを考えただけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。「変なの。」小さく笑って、家を出た。教室にはまだ半分くらいしか人が来ていなかった。窓際の席に座り、鞄を机の横に掛ける。教室には朝独特の静かな空気が流れている。友達同士の小さな話し声。プリントを配る音。誰かが窓を開ける音。凪は何気なく教室の入口へ目を向けた。まだ、いない。時計を見る。まだいつもの時間より少し早い。「おはよう。」突然、聞き慣れた声がした。振り向くと、悠真が立っていた。「昨日の数学のプリントさ、提出今日だったっけ?」「あ……うん。」凪は鞄からプリントを取り出す。「ありがとう。助かった。」悠真は笑って、自分の席へ戻っていった。以前なら、その笑顔を見るだけで、一日が少し特別になった。話しかけられたことを帰ってから何度も思い出していた。でも今日は、悠真が席へ戻ると同時に、凪の視線はまた教室の入口へ向いていた。まだ来ない。そのことだけが気になる。「おはよう!」元気な声が廊下から聞こえた。ガラリ、と教室の扉が開く。陽菜だった。少し寝ぐせの残った髪。肩からずり落ちそうなスクールバッグ。「ふぁ〜……眠い。」そう言いながら笑う陽菜を見た瞬間。凪の胸の奥で、
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一番最初に枝豆を食べてもらうね。

陽菜はいつものように、穏やかに笑っていた。「もちろん、無理だったら気にしないでね。」「おばあちゃんも、人が来るの好きだから。」凪は少しだけ戸惑う。誰かの家へ遊びに行くことなんて、いつ以来だろう。「私で……いいの?」思わず口をついて出た言葉に、陽菜は首をかしげた。「凪だから誘ったんだよ。」その一言が、胸の奥へ静かに落ちていく。「ありがとう。」凪は小さくうなずいた。「行ってみたい。」陽菜の表情がぱっと明るくなる。「ほんと?」「うん。」「じゃあ、おばあちゃん喜ぶなあ。」その笑顔を見ているだけで、凪までうれしくなる。「でもね。」陽菜は少し照れくさそうに笑う。「畑だから、おしゃれな場所じゃないよ。」「土だらけになるし。」「虫もいるし。」「それでもいい?」凪は思わず笑った。「陽菜は?」「え?」「陽菜は好きなんでしょ?」「うん。」迷いのない返事だった。「土の匂いとか。」「風の音とか。」「野菜が少しずつ大きくなるのを見るのも好き。」話している陽菜は、本当に楽しそうだった。その表情を見ていると、凪は思う。(私、この顔を知らなかった。)学校で見る笑顔とは少し違う。もっと柔らかくて、もっと自然な笑顔。そんな表情を見られたことが、なぜだか特別に感じた。「凪。」「ん?」「もし来てくれたら、一番最初に枝豆を食べてもらうね。」「ふふっ。」凪は笑う。「そんなにおすすめなんだ。」「うん。」「世界で一番おいしいから。」その言い方がおかしくて、二人はまた笑い合った。チャイムが鳴る。昼休みの終わりを知らせる音だった。「続きはまた今度ね。」陽菜は立ち上がる。「うん。」凪も席を立つ。授業が始まるというのに、不思議と心は軽
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凪って、ちゃんと休むのも上手じゃなさそう。

凪は自分でも気づかないうちに、小さく微笑んでいた。二時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。先生が教室を出ると、あちこちで椅子を引く音が響き始めた。「ふぅ。」凪は大きく伸びをする。「お疲れさま。」いつの間にか陽菜が隣に立っていた。「お疲れさま。」自然と笑顔になる。そのことが、もう特別ではなくなってきている。「ねえ。」陽菜が窓の外を見ながら言った。「今度の日曜日、晴れるといいね。」「何かあるの?」凪は何気なく聞いた。すると陽菜は少し照れたように笑う。「おばあちゃんの家に行くの。」「畑のお手伝い。」「へぇ。」凪は少し驚いた。今まで陽菜のことをたくさん知っているような気がしていた。でも、知らないことがまだこんなにある。「何を育ててるの?」「夏野菜かな。」「トマトとか、きゅうりとか。」「あと、おばあちゃんが作る枝豆がすごく美味しいんだ。」話している陽菜は、とても楽しそうだった。その表情を見ているだけで、凪までうれしくなる。「凪は?」突然聞き返される。「休みの日、何してるの?」「え……。」凪は少し考えた。休みの日。何をしているだろう。宿題をして。家の手伝いをして。来週の準備をして。「……あんまり遊んでないかも。」苦笑しながら答えると、陽菜は驚いた顔をした。「ほんと?」「うん。」「なんか、もったいない。」「もったいない?」「うん。」陽菜は笑う。「凪って、ちゃんと休むのも上手じゃなさそう。」その言葉に、凪は思わず笑ってしまった。「それ、この前も言われた。」「ふふ。」「だって本当だもん。」陽菜は悪びれもせず笑う。その笑顔を見ていると、不思議と反論する気になれなかった。むしろ。(もっと知りたい。)
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最近、笑うこと増えたよね。

その日、凪は少しだけ早く目が覚めた。目覚ましが鳴る前。窓から差し込む朝の光が、部屋をやさしく照らしている。布団の中で天井を見つめながら、ぼんやり昨日の帰り道を思い出した。「また明日。」それだけの言葉だった。なのに、不思議なくらい心に残っている。「……変なの。」小さく笑って起き上がる。制服に袖を通し、鏡の前に立つ。髪を整えながら、ふと思う。(今日は、どんな話をしよう。)その考えが浮かんだ瞬間、少しだけ照れくさくなった。以前なら、学校へ行く前に考えるのは、提出物を忘れていないか。先生に注意されないか。誰かを嫌な気持ちにさせていないか。そんなことばかりだった。でも今日は違う。陽菜に会える。そのことを考えている自分がいた。家を出ると、朝の空気はまだ少しひんやりしていた。通学路には、小学生の列や犬の散歩をする人の姿がある。凪はゆっくり歩きながら、小さく息を吸った。空気が気持ちいい。学校へ着くと、まだ教室は静かだった。席に座り、窓の外を眺める。校庭では運動部が朝練をしている。ボールを打つ音。笛の音。風に揺れる木々。そんな音を聞いていると、教室の扉が開いた。「おはよう。」振り向く。陽菜だった。「おはよう。」自然と笑顔になる。その笑顔を見て、陽菜も笑った。「今日、早いね。」「うん。」「なんとなく。」陽菜は自分の席に鞄を置くと、そのまま凪の前まで歩いてきた。「昨日の卵焼き、美味しかった?」「うん。」「すごく。」「ほんと?」「また食べたいくらい。」陽菜は声を立てて笑った。「じゃあ、お母さんに伝えとく。」「喜ぶと思う。」凪もつられて笑う。教室にはまだ数人しかいない。静かな朝。二人の笑い声だけが、小さ
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明日って、お弁当ある?

その願いが、恋という名前を持つのは、もう少しだけ先のことだった。坂道を下りきると、住宅街へ続く小さな交差点が見えてきた。ここから先は、二人の帰り道が少しだけ分かれる。いつもなら、何気なく「じゃあね」と手を振るだけだった。でも今日は。「凪。」陽菜が立ち止まる。「ん?」「明日って、お弁当ある?」凪は少し考えてから笑った。「あるよ。」「よかった。」陽菜はほっとしたように笑う。「じゃあ、また交換しよう。」その何気ない約束に、凪の胸がふわっと温かくなる。「うん。」それだけの約束。なのに、明日が少し楽しみになった。二人は交差点まで歩く。信号は赤。並んで立ちながら、夕暮れの街を眺める。子どもたちの笑い声。自転車が通り過ぎる音。遠くで犬が鳴いている。どれも昨日と同じ景色なのに、今日は違って見えた。「ねえ、陽菜。」「ん?」「……ありがとう。」陽菜は少し首をかしげる。「何が?」「今日も。」凪は少し照れくさそうに笑う。「一緒にいてくれて。」陽菜は目を丸くしたあと、小さく笑った。「こちらこそ。」その返事は、とても自然だった。「凪といるとね。」少しだけ間があく。「落ち着く。」その一言に、凪の心臓が小さく跳ねた。不思議と苦しくはない。驚いたはずなのに、どこか安心している自分がいた。青信号に変わる。「じゃあ、また明日。」「また明日。」二人はそれぞれ反対の道へ歩き出す。数歩進いたところで、凪は振り返った。陽菜も同じタイミングで振り返っていた。目が合う。どちらからともなく笑う。手は振らない。声もかけない。それでも、その一瞬だけで十分だった。凪は前を向いて歩き出す。(また明日。)その言葉が、今日一番うれしい約束だ
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自分で言った言葉なのに、自分が一番驚いている。

安心感が、今日も凪の心をそっと包んでいた午前中の授業は、あっという間に過ぎていった。黒板に書かれる文字をノートへ写しながらも、凪の頭の片隅には、さっき陽菜に言われた言葉が残っていた。誰かのことを考える前に、自分のことも大事にして。そんなことを言われたのは、初めてだった。昼休み。凪は自然と教室の入口へ目を向けた。(……あ。)陽菜を探してる。そう気づいた瞬間、思わず苦笑した。昨日から、何度目だろう。自分でも理由は分からない。でも、探してしまう。「凪。」聞き慣れた声がして顔を上げる。「待った?」陽菜がお弁当を抱えて立っていた。「ううん。」その一言だけで、また胸が軽くなる。二人はいつものように机を向かい合わせた。「今日は卵焼きあるよ。」陽菜がお弁当箱を開けながら笑う。「昨日、母が作りすぎちゃって。」「美味しそう。」「一個食べる?」「え、いいの?」「もちろん。」陽菜は何のためらいもなく卵焼きを箸でつまみ、凪のお弁当箱へそっと置いた。「ありがとう。」凪も自然に、自分のおかずを一つ差し出す。「じゃあ、これ。」「わあ、唐揚げ。」「交換ね。」二人は顔を見合わせて笑った。ほんの小さなやり取り。胸の奥がじんわりと温かくなる。「凪。」「ん?」「今日、朝より笑ってる。」「え?」「ほんと。」陽菜はいたずらっぽく笑う。「朝はちょっと固かったもん。」凪は思わず自分の頬に触れた。笑ってる……?そんなこと、自分では気づかなかった。「陽菜といるからかな。」言ってしまってから、凪ははっとした。(え……。)自分で言った言葉なのに、自分が一番驚いている。陽菜も少しだけ目を丸くした。でも、すぐにふわりと笑う。「じゃあ、今日
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誰かのことを考える前に、自分のことも大事にして。

凪の胸が、小さく震えた。今まで何度も、「考えすぎ。」「気にしすぎ。」そう言われたことはあった。でも、「優しさだよ。」そう言われたのは、初めてだった。「……優しい、のかな。」思わず漏れたその言葉に、陽菜は迷いなくうなずいた。「うん。」「私はそう思う。」凪は視線を机へ落とした。胸の奥が、じんわりと温かい。誰かに認められたからじゃない。ずっと欠点だと思っていたものを、否定されなかったことが嬉しかった。「でもさ。」陽菜が牛乳パックを机の上でころんと転がす。「優しい人って、自分には厳しいよね。」凪は苦笑した。「そうかも。」「自分のことは、あと回し。」「それも、当たってる?」「……うん。」返事をした瞬間、自分でも少し驚いた。こんなに素直に話せる相手がいるなんて。「凪。」陽菜は静かに名前を呼んだ。「疲れた日は、ちゃんと休んでね。」「誰かのことを考える前に、自分のことも大事にして。」その言葉は、不思議なくらい自然に心へ入ってきた。「……ありがとう。」その一言を言うだけで、胸がいっぱいになる。チャイムが鳴る。休み時間が終わる合図だった。「またあとで。」陽菜はいつもの笑顔で自分の席へ戻っていく。凪はその後ろ姿を目で追った。そして、ふと気づく。さっきまで先生の表情ばかり気になっていたのに。今、見ているのは陽菜だけだった。(また……。)小さく息をつく。理由はまだ分からない。でも、一つだけ分かることがある。陽菜と話したあとは、心が軽くなる。その安心感が、今日も凪の心をそっと包んでいた。
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その言葉は、なぜだか自分に向けられたような気がした。

夏は、まだ始まったばかりだった。「さあ、枝豆を採ってみようか。」おばあちゃんは畑の中へ入っていく。凪と陽菜も後に続いた。枝には、ふっくらとした莢がいくつも揺れている。「いっぱいある……。」凪が目を丸くすると、おばあちゃんは笑った。「でもね。」一本の枝を指さす。「どれでもいいわけじゃないんだよ。」「そうなの?」陽菜がうなずく。「ほら、この莢。」指でそっと触れる。「まだ少し細いでしょ?」凪も恐る恐る触れてみた。確かに、少し柔らかい。「じゃあ、これは?」隣の莢を指さす。「うん。」おばあちゃんはにっこり笑う。「これは食べ頃。」「見分けるの、難しい……。」凪がつぶやくと、おばあちゃんは優しく言った。「慣れれば分かるよ。」「毎日見てるとね。」その言葉を聞いて、凪は枝豆をじっと見つめた。毎日見る。少しずつ変わる。だから分かる。陽菜がそっと莢を外していく。手つきがとても自然だった。「陽菜、上手だね。」「小さい頃からやってるから。」陽菜は照れくさそうに笑う。その笑顔を見ていると、おばあちゃんが楽しそうに言った。「この子ね。」「昔は待てない子だったんだよ。」「えっ?」凪は思わず陽菜を見る。「うそ。」陽菜は恥ずかしそうに頬をかく。「まだ青いトマトを採ろうとして、よく怒られてた。」「だって早く食べたかったんだもん。」三人で笑う。おばあちゃんは枝豆をひとつ摘みながら言った。「そのとき教えたんだよ。」『まだ早いよ。』「無理に採ったら、おいしくならない。」「ちゃんと待ったら、一番いいときが来る。」風が吹く。枝豆の葉が、さわさわと揺れた。凪は、その言葉を静かに聞いていた。"まだ早い。"その言葉は、なぜだか自分
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言葉にしたら、何かが変わってしまいそうで。

小さな変化に、凪はまだ気づいていなかった。昼休みが終わり、午後の授業が始まる。いつもなら長く感じる時間が、不思議と今日は早く過ぎていく。窓の外では、初夏の風が校庭の木々を揺らしていた。放課後。「終わったぁ。」誰かの声と同時に、教室が一気に賑やかになる。凪は教科書を鞄へしまいながら、ふと見た。陽菜も帰る支度をしている。その姿を見ただけで、胸の奥にほっとしたものが広がる。「あ。」二人の視線が重なる。陽菜が小さく笑った。「一緒に帰る?」その一言に、凪の心がふわりと軽くなる。「……うん。」たった二文字なのに、思ったより声が弾んでしまった。教室を出ると、廊下には夕日が長く差し込んでいた。部活動へ向かう生徒たちが、楽しそうに話しながら通り過ぎていく。二人は並んで歩く。急ぐわけでもなく、立ち止まるわけでもなく。歩幅が、自然と揃っていた。「今日は疲れた?」陽菜が尋ねる。「うん。でも……。」凪は少し考える。「今日は朝より元気かも。」「ほんと?」「うん。」理由は言えなかった。言葉にしたら、何かが変わってしまいそうで。「それならよかった。」陽菜はそれだけ言って笑う。その笑顔を見るたびに、胸の奥が少し温かくなる。沈黙が訪れる。少し前までの凪なら、焦って何か話題を探していただろう。天気のこと。宿題のこと。テレビで見たこと。とにかく、この静かな時間を埋めようとしていた。でも今日は違った。風が木の葉を揺らす音。遠くから聞こえる運動部の掛け声。夕日に照らされた二人の影。その全部を感じながら、ただ歩いている。不思議と、何も話さなくても落ち着く。その静けさを破ったのは、陽菜だった。「ねえ、凪。」「ん?」「今、何考
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悠真は、ずっと好きだった人。 そのはずだった。

「じゃあ、また明日。」陽菜が手を振る。「うん。また明日。」笑って返したはずなのに、胸の奥はまだざわついていた。家までの道を、一人で歩く。さっきまで隣にいたのに。もう声は聞こえない。それだけなのに、急に静かになった気がした。信号待ちで立ち止まる。赤信号の向こうを、小学生が笑いながら走っていく。その笑い声を聞きながら、凪はさっきの会話を何度も思い返していた。「だから今は、まだ分かんないかな」その言葉を聞いた瞬間。胸がふっと軽くなった。あの感覚は何だったんだろう。「……変なの。」小さくつぶやく。陽菜が悠真を好きじゃなくて安心した。その事実だけは、どう考えても否定できなかった。でも、どうして安心したのかは分からない。悠真は、ずっと好きだった人。そのはずだった。もし陽菜が悠真を好きでも、おかしくない。むしろ二人なら、お似合いだとさえ思える。なのに。想像しただけで苦しかった。「なんで……。」答えは出ない。家に帰って制服を着替え、夕食を食べても。お風呂に入っても。歯を磨いても。気づけば同じことばかり考えている。ベッドに寝転び、スマートフォンを手に取る。画面には陽菜とのトーク。最後のやり取りは、さっき別れたあとに届いた一通だった。『今日は話してくれてありがとう😊』たったそれだけ。なのに、自然と頬がゆるむ。すぐに返信を打つ。『こちらこそ。また明日。』送信。既読はつかない。それでも不思議と待つ時間は嫌じゃなかった。スマホを胸の上に置いて、天井を見つめる。恋って、もっと分かりやすいものだと思っていた。会いたくて。ドキドキして。手をつなぎたくなって。そんなものだと。でも陽菜といると違う。ドキドキより先
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好きってさ、意外と自分でも分からないことあるじゃん。

「陽菜って……悠真のこと好きなんだよね?」言ってしまった。聞くつもりなんてなかったのに。でも気づいたら、口からこぼれていた。夕暮れの帰り道。雨上がりのアスファルトがまだ少しだけ濡れている。陽菜は歩く足を止めなかった。ただ少しだけ目を丸くした。「え?」凪は慌てて視線を逸らした。「いや、その……今日みんなが聞いてたから」苦しい言い訳だった。自分でも分かる。本当は気になったからだ。どうしてこんなに気になるのかは分からないけれど。陽菜はしばらく黙っていた。二人の足音だけが続く。その沈黙がやけに長く感じた。やがて陽菜が小さく笑った。「どうだろうね」昼休みと同じ答えだった。凪の胸がざわつく。「またそれ」「だって難しいもん」陽菜は空を見上げた。薄い茜色が広がっている。「好きってさ」そこで言葉を切る。「意外と自分でも分からないことあるじゃん」凪は何も言えなかった。その言葉が妙に胸に刺さった。自分自身のことを言われた気がしたからだ。陽菜は続ける。「前は好きだと思ってたのに違ったとか」「逆に、全然気づいてなかったとか」風が吹く。陽菜の髪がふわりと揺れた。凪の心も一緒に揺れた気がした。「だから今は、まだ分かんないかな」そう言って陽菜は笑う。優しい笑顔だった。なのに。なぜか安心できなかった。むしろ胸の奥が少しだけ苦しい。陽菜が誰を見ているのか。まだ分からない。だけど、知らなくてもいいと思っていたはずなのに・・・。今は知りたかった。
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学校では見たことのない姿だった。

日曜日の朝。窓を開けると、やわらかな風が部屋の中へ流れ込んできた。青い空。雲はゆっくりと流れている。「晴れた。」思わず笑みがこぼれる。時計を見る。まだ待ち合わせまで一時間以上ある。それなのに、凪はもう淡い水色のブラウスに袖を通していた。鏡の前に立つ。髪を整えてみる。少しだけ前髪を直す。「……変じゃないかな。」言ってみてから、小さく笑う。出かけるだけなのに。こんなに何度も鏡を見るなんて、いつ以来だろう。母がリビングから声をかける。「今日はお友達と?」「うん。」「楽しんでおいで。」その一言に照れくさくなって、「行ってきます。」とだけ返した。駅へ向かう道は、いつもより少しだけ明るく見えた。約束の時間より十分早く着いた。改札の近くで待ちながら、人の流れをぼんやり眺める。休日の駅は、平日とは違う空気が流れている。買い物へ向かう家族。部活へ行く学生。旅行らしい大きな荷物を持った人。その中に、見慣れた姿を見つけた。「凪!」陽菜だった。白いブラウスに、淡いベージュのカーディガン。デニム生地のロングスカート。肩から小さなトートバッグを下げている。学校では見たことのない姿だった。凪は一瞬だけ言葉を失う。「おはよう。」陽菜が少し照れたように笑う。「待った?」「う、ううん。」凪は慌てて首を振る。「今来たところ。」ありきたりな言葉だった。本当は十五分も前に着いていたのに。陽菜はそんなことには気づかず、「よかった。」と笑う。その笑顔は学校と同じなのに、服が違うだけで、どこか少し大人びて見えた。「どうしたの?」陽菜が不思議そうに首をかしげる。「え?」「さっきから、私のこと見てる。」凪の頬がふっと熱くなる。「
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その笑顔を見ていると、不思議と安心する。

誰にも気づかれないくらいゆっくりと、一人の少女の心も育ち始めていた。「じゃあ今度は、凪ちゃんもやってみようか。」おばあちゃんは、枝豆の株をそっと指さした。「えっ、私がですか?」「うん。」「難しく考えなくていいよ。」凪は少し緊張しながら畑にしゃがみ込む。陽菜も隣にしゃがみ、にこっと笑った。「大丈夫。」「最初は私も失敗したから。」その一言に、凪の肩の力が少し抜ける。枝をそっと持つ。どの莢なら採っていいんだろう。さっき教わったことを思い出しながら、一つ選ぶ。「これ……かな。」恐る恐る摘み取る。「あ。」勢いがつきすぎて、枝が少し揺れた。「ご、ごめんなさい。」思わず謝る凪。その瞬間、おばあちゃんと陽菜が顔を見合わせて笑った。「謝らなくていいよ。」おばあちゃんは優しく首を振る。「野菜は、そのくらいじゃ怒らないから。」凪はきょとんとする。「それにね。」おばあちゃんは、摘み取った枝豆を手に取った。「ちゃんと採れてる。」「最初から百点じゃなくていいんだよ。」その言葉に、凪は何も言えなくなった。最初から百点じゃなくていい。その言葉は、今まで誰かに言ってもらいたかった言葉だったのかもしれない。学校では、間違えないように。迷惑をかけないように。失敗しないように。そんなことばかり考えてきた。だから、何かをする前から怖くなることもあった。でも今、失敗しても笑ってくれる人がいる。「ほら。」陽菜が、自分の手のひらを見せる。「私も形がバラバラ。」そこには、大きな枝豆も、小さな枝豆も混ざっていた。「本当だ。」凪が笑う。「完璧じゃないでしょ?」「うん。」「でも、おいしく食べられるよ。」陽菜はそう言って笑った。その笑
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“整えられた物語”に飲み込まれる?

職員室のドアは、軽い音を立てて閉まった。それだけで、教室とは別の世界に入った気がする。「どうぞ、座って」担任の声は、穏やかだった。凪は、椅子に腰を下ろす。背筋が、自然と伸びる。悠真は、少し後ろに立つ。坂本は、ドアの近くで様子を見ていた。——守られている。でも、代わりに話されるわけじゃない。その距離感が、今はありがたかった。「最近、クラスで」「いろいろあったと聞いています」担任は、凪を見る。「凪自身から、話してもらえる?」凪は、一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。「……はい」心臓の音が、うるさい。でも。ここで曖昧にしたら、“整えられた物語”に飲み込まれる。「告白されたことは、事実です」「でも、誰かを泣かせる      つもりはありませんでした」言葉を選ぶ。責めない。煽らない。「私が返事を迷っていたことが」「噂になったのだと思います」担任は、静かにうなずく。「誰かに、説明を任せた覚えは?」「ありません」凪は、はっきり言った。「代わりに話されることも」「守られる形で広められることも」「望んでいません」悠真の視線を、背中に感じる。——大丈夫。「私は」「自分の言葉で、必要な人に話します」短い沈黙。担任は、ペンを置いた。「……わかりました」その一言で、空気が、少し緩む。「学校としては」「誰かを一方的に    責めるつもりはありません」「ただ」「これ以上、憶測が広がらないよう」「クラスには、事実だけを伝えます」“事実だけ”。凪は、その言葉を胸の中で反芻する。——それで、十分だ。職員室を出ると、夕方の光が、廊下に長く伸びていた。坂本が、小さく息を吐く。「……思ってたより」「ちゃんとしてたな」悠
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試すみたいなやり方は、もう、通じない

教室の空気は、張りつめたままだった。三條と坂本のあいだに落ちた沈黙は、誰かが咳をするまで、解けなかった。坂本は、何事もなかったようにノートを開く。でも、ペン先が、わずかに震えている。——怖い。それでも、引かない。凪は、その横顔を見て、胸が痛くなる。(……私のせいだ)そう思った瞬間だった。「ちょっといい?」低い声。悠真が、立ち上がっていた。教室中の視線が、一斉にそちらへ集まる。悠真は、三條を見る。真正面から。「さっきのやり方さ」声は荒れていない。怒鳴ってもいない。でも、逃げ道もない。「坂本に言う必要、あった?」三條は、驚いたように目を瞬かせる。「必要、って?」「“目立つと疲れる”ってやつ」悠真は、一歩だけ前に出る。「それ、忠告じゃない」「圧だよ」教室が、静まり返る。——ついに、言葉にした。三條は、すぐに反論しなかった。しばらくして、口元に薄い笑みを浮かべる。「守ってるつもり?」その問いは、悠真に向けられているようで、実は凪に突き刺さる。悠真は、視線を逸らさない。「うん」「守ってる」即答だった。「坂本も」「凪も」一瞬、空気が止まる。「でも」悠真は、続ける。「前に立つのは、凪だ」「俺は、横にいるだけ」その言葉で、凪の胸が、熱くなる。——奪わない。——代わらない。「空気を回したいなら」「ちゃんと話そう」悠真は、三條を見る。「試すみたいなやり方は」「もう、通じない」三條は、数秒、黙ったままだった。やがて、肩をすくめる。「……強くなったね」それは、褒め言葉にも、皮肉にも聞こえた。「いいよ」「今回は、引く」三條は、席に戻る。引いたように見える。でも、凪にはわかる。——これは、撤退じゃない。た
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凪が立つ場所を、俺が奪うなら、それは、守ってるって言わない

放課後の廊下は、妙に長く感じた。悠真は、先生の後ろを歩きながら、自分の足音だけが響いている気がしていた。——やりすぎたのか?教室で立ち上がった瞬間のことを、頭の中で何度もなぞる。凪を守った。ただ、それだけのつもりだった。でも。「正義」も「正論」も、学校という場所では、必ずしも歓迎されるものじゃない。職員室の前で、立ち止まる。「三條くんからも話は聞いた」先生の声は、淡々としている。「君が強く出たことで、 クラスの空気が一気に固まった」「結果的に、 凪さんを孤立させる形になった可能性もある」悠真は、言葉を失う。——そんなつもりは、なかった。「守ることと、前に出ることは違う」「それを、覚えておいてほしい」説教ではない。注意でもない。ただ、責任を置いていく言い方。「今日は、これでいい」「戻りなさい」廊下に出た瞬間、悠真は大きく息を吐いた。胸の奥が、重い。(俺は……)凪を見たとき、考える前に体が動いた。でも。その行動が、凪の立つ場所を、さらに狭くしたのだとしたら。——守ったつもりで、奪っていた?教室に戻ると、すでに人影はまばらだった。窓際の席に、凪がいる。悠真は、少し迷ってから近づく。「……大丈夫か」凪は、顔を上げる。昨日より、ほんの少しだけ、目が違った。「うん」即答じゃない。でも、逃げていない。「今日、話してたね」凪は、小さく笑う。「怖かった」「でも……黙るよりは、よかった」悠真は、胸が詰まる。「俺さ」言葉を選ぶ。「守ったつもりだった」「でも……それで、 余計なことになったかもしれない」凪は、少し驚いたように目を瞬かせる。「悠真が、悪いわけじゃない」「でも」悠真は続ける。「凪が立つ場所
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