陽菜はね。昔は、泣き虫だったんだよ。

陽菜はね。昔は、泣き虫だったんだよ。

記事
コラム
誰かが自分の変化を、そっと喜んでくれている。
その優しさは、夏の風のように、静かに凪を包んでいた。

「少し休もうか。」

おばあちゃんが木陰を指さす。
畑の隅には、大きな柿の木が一本立っていた。

三人はその木陰へ腰を下ろす。

陽菜がお茶の入った水筒を開ける。

「はい。」

「ありがとう。」

凪は冷たい麦茶を一口飲んだ。
汗をかいた体に、ひんやりとした冷たさが染み渡る。

「おいしい。」

その一言に、おばあちゃんが笑った。

「畑で飲む麦茶は、特別だからね。」

風が吹く。
葉っぱが、さわさわと揺れる。

しばらく誰も話さなかった。

でも、不思議と気まずくない。
その静けさを、おばあちゃんがやさしく破った。

「陽菜はね。」

「昔は、泣き虫だったんだよ。」

「え?」

凪は思わず陽菜を見る。

陽菜は照れくさそうに笑った。

「内緒にしてほしかったなあ。」

「そうなの?」

「うん。」

「学校で友達とうまく話せなくて。」

「よく帰ってきて泣いてた。」

凪は驚いていた。
今の陽菜からは、とても想像できない。

「そのころのお前も、頑張り屋だったね。」

おばあちゃんは、懐かしそうに空を見上げる。

「でもね。」

「ある日、陽菜が言ったんだ。」

『どうしたら、みんなに好かれるかな。』

その言葉を聞いた瞬間。

凪の胸が、どきりとした。
それはまるで、少し前までの自分の心を聞いているようだった。

「それで、おばあちゃんは?」

凪が小さく尋ねる。
おばあちゃんは、ゆっくりと笑った。

「好かれようとしなくていいよ。」

「まずは、一人でも安心できる人になりなさい。」

「安心……。」

凪がつぶやく。

「そう。」

「人はね。」

「この人といると安心する。
 そう思った相手には、自分から近づいていくものなんだよ。」

陽菜は少し恥ずかしそうに笑っていた。

「その言葉、今でも覚えてる。」

「だから私は。」

少し照れながら続ける。

「誰かを変えようとするより。
 安心して話せる人になりたいって思ったの。」

凪は何も言えなかった。
胸の奥で、今までの出来事が静かにつながっていく。

教室で。
帰り道で。
雨の日の相合傘で。

LINEで。
沈黙の時間で。

陽菜は、一度も自分を変えようとしなかった。

答えを押しつけなかった。
ただ、隣にいてくれた。

だから、私は、安心できたんだ。
その答えが、今ようやく言葉になった。

風が、三人の間をゆっくりと通り抜ける。

陽菜は少し照れくさそうに笑いながら、
「おばあちゃん、話しすぎ。」と言った。

「ごめん、ごめん。」

おばあちゃんも笑う。

その笑い声につられて、凪も笑った。

青い空の下。
凪は初めて思った。

(こんなふうに年を重ねられたら、素敵だな。)

そして、その願いの先には――
いつも、陽菜がいた。

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