私は、この笑顔をもっと見ていたい。

私は、この笑顔をもっと見ていたい。

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コラム
今日という日は、
まだ始まったばかりだった。

駅を出ると、空気が少し変わった。

街の匂いではない。
土と草が混ざった、どこか懐かしい匂い。

「気持ちいい……。」

凪は思わず深く息を吸った。

陽菜がうれしそうに笑う。

「この匂い、好きなんだ。」

「私も。」

凪は自分でも驚くくらい自然に答えていた。

歩き始めると、舗装された道は少しずつ細くなり、
小さな用水路が見えてきた。

水がさらさらと流れる音。

遠くで鳴くセミ。

風に揺れる稲の葉。

耳を澄ますと、本当にいろいろな音が聞こえてくる。

「……静かだね。」

凪がつぶやく。

陽菜は小さく首を振った。

「ううん。」

「にぎやかだよ。」

「え?」

「ほら。」

陽菜は立ち止まり、目を閉じた。

「風。」

「鳥。」

「セミ。」

「水。」

「みんな話してる。」

凪もつられて目を閉じる。

最初は何も分からなかった。

でも、少しだけ意識を向けると。

さらさら。

みーん。

さわさわ。

いろいろな音が重なっている。

「……ほんとだ。」

思わず笑ってしまう。

「でしょ?」

陽菜もうれしそうに笑う。

「だから私、ここへ来ると落ち着くの。」

二人はまた歩き始める。

歩く速さは、自然と同じになる。

誰も急がない。

誰も無理に話さない。

沈黙が流れる。

でも、それは教室で感じていた沈黙とも少し違った。

風が話している。

鳥が歌っている。

葉っぱが笑っている。

だから、言葉がなくても寂しくない。

凪はそんなことを思った。

少し歩くと、小さな畑が見えてきた。

真っ赤なトマト。

背の高いとうもろこし。

つるを伸ばすきゅうり。

夏の色が、そこには広がっていた。

「着いたよ。」

陽菜が振り返る。

その笑顔は、学校で見る陽菜とも、駅で会った陽菜とも少し違う。
どこか、故郷へ帰ってきた人のような、やわらかい笑顔だった。

その笑顔を見た瞬間。
凪は胸の奥で、小さく思う。

(私は、この笑顔をもっと見ていたい。)

その気持ちは、まだ恋という名前では呼べなかった。

でも、風がそっと吹き抜けた夏の日。

凪の心には、小さな種が、静かに芽を出し始めていた。

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