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ビジネス英語の限界――自分の世界の中でしか詳しくなれない

英語で仕事をしている、と言うと 「英語が得意なんですね」と言われることがある。 おそらく 「英語ペラペラ」 「何でも英語で話せる人」 そんなイメージを持たれているのだと思う。 正直に言うと、かなり違う。 英語が得意なのではなく、 仕事の範囲の英語に慣れているだけだ。 たとえるなら、 「エンジニアなんですね。 ネットワーク・バックエンド・インフラ・顧客折衝、全部できるんですね」 と言われているような感覚に近い。 できることはある。ただし、それは自分の担当領域に限った話だ。 実務英語は、想像以上に狭い 実務で使う英語は、驚くほど限定されている。 ・仕様確認 ・スケジュール調整 ・課題整理 ・合意形成 話している内容の8〜9割は、毎回ほぼ同じ構造・同じ単語・同じ言い回しだ。 だからこそ、ある日突然 「英語ができるようになった」と錯覚する。 だがそれは、言語能力が広がったわけではない。 単に、使う英語が固定化されただけだ。 ビジネス英会話の経験年数が長い人を見ても、同じことを感じる。 発音はブロークンで、 どちらかというと「記号としての英語」で会話している印象だ。 それでも仕事は成立する。 実務英語が伸びなくなる瞬間 一定期間、英語で仕事をしていると、どこかで成長が止まる。 ・会議は問題なく回せる ・メールも書ける ・トラブル対応もできる ここで大体の人が成長が止まる。 それ以上努力するインセンティブがなくなるからだ。 例えば、 「秋葉原駅は東京駅から2駅離れています」 「そのエリアには近寄らない方がいいです」 こうした一見シンプルな日本語が、英語ではパッと出てこない。 抽象的な話が苦
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異業種から未経験エンジニアへ──銀行→広告→フリーランスになった僕の転職ルート

「なぜエンジニアになろうと思ったのか?」 異業種からエンジニアを目指すには、不安がつきまといます。 というのも、私の周囲では転職といえば「同業界の他社に移る」が多いからです。銀行員なら、保険会社や運用会社、あるいは他の銀行へ。 広告業界の人なら、やはり広告代理店大企業のマーケティング部や制作会社へ。 そんなルートが一般的でした。 IT業界でなければ周囲でエンジニアになる人は少ないかと思います。 そんな中、私がエンジニアを目指した理由はシンプルです。 「自分で事業を作ってみたかった。そのためには、プログラミングの知識が不可欠だ」と思ったから。 近年、事業を立ち上げている人の多くが、ITに関わっていますし、 私は性格的に「すべての工程を薄くても良いので自分で理解しておきたい」タイプです。 特に一番わかっていなかったのが“プログラミング”だったので、「ここを学ばなければ、前に進めない」と感じたのです。 32歳。私はエンジニアの門を叩く決意をしました。 学習に使った教材・やったこと実は私は2015年にも一度、オンラインのプログラミング学習に挑戦しています。……が、見事に挫折しました。 今思えば学習時間が圧倒的に足りていなかったです。 そこで今回は「通学スタイルで自分を追い込もう」と思い、2019年1月、TechCamp(テックキャンプ)に入学しました。 当時はWeb系のフリーランスの仕事をしていたので、平日は10時間ほどプログラミング漬け、週末だけ仕事をするという生活を3か月ほど続けました。 受講クラスには10歳以上若い人が多く、まさに「若者に囲まれての挑戦」。 当時、マコなり社長がY
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フリーランスエンジニア・コンサルタントで年収が伸びない人が触れない真実

SESで働いていると、こんな声をよく耳にします。 「技術力を上げれば、いずれ年収も上がる」 「経験年数を積めば評価されるはず」 「今は我慢の時期だ」 残念ですが、私の経験上、この考え方のままでは年収はほとんど伸びません。なぜなら、SESで年収が決まるロジックと、個人が努力している方向が、異なっているからだです。年収が伸びない最大の理由は「技術力」ではない。まず、最も誤解されている点から話します。年収 ≠ 技術力SESにおいて、年収と技術力はイコールではありません。 実際の構造は、もっとシンプルです。 年収 ≒ 単価 × 商流 × 契約構造 特に規模の大きい案件ほど、この傾向は顕著です。 ここでいう「技術力」は、単価を多少上下させる要素ではあっても、商流や契約構造そのものを覆すほどの力は、ほとんど持ちません。 どれだけコードが書けても、 どれだけ機敏に動けても、 どれだけ資格を持っていても、 商流が深ければ、その時点で年収の上限はほぼ決まります。 この話をすると、不機嫌になる人が少なくありません。 それは「自分の努力が否定された」と感じてしまうからです。 ですが、これは感情論ではなく、構造の話です。 なぜ商流の話を誰もしないのかSESで年収が伸びない人ほど、なぜか商流の話を避けがちです。 理由は主に次の3つです。 ・自分ではコントロールできないと思っている ・同じ会社、同じ商流にいる限り評価は実力だけだと考えている ・そもそも商流について誰も説明してくれない 特に重要なのは、2つ目と3つ目です。 同じ会社、同じ商流(例えば同じ2次請け)に所属していれば、 条件はほぼ同じなので、評
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事務職、自動車整備の年収逆転から見える「報われる努力」の分岐点

最近、労働市場の構造変化を象徴するニュースが相次いでいる。 ・みずほ銀行による事務職5,000人規模の削減 ・自動車整備工と事務職の年収逆転 ・営業職の採用の奪い合い といった現象です。かつて「安定」の代名詞だった職種が揺らぎ、 現場を支える専門職の価値が再評価されている今、私たちはどのようにキャリアを捉えるべきでしょうか。賃金は「需要と供給」の調整弁に過ぎない まず前提として、職業に貴賤はありません。 偉い、偉くないは合法的である限りないです。 どの仕事も社会を支える不可欠な要素です。 しかし、賃金という側面で見れば、それは単純な「需要と供給」のバランスで決まります。 事務職: 仕事数に対して応募者が多い「低倍率」の状態。 自動車整備工: 圧倒的に人手が足りず、応募者が少ない「高倍率」の状態。 市場原理として、足りないもの(職種)の価格(賃金)が上がるのは当然です。 今の年収逆転現象は、労働力の需給バランスが適正に機能し始めた結果といえます。 そして、恐らくこの傾向は続きます。 というのも事務職へ応募する人、自動車整備工へ応募する人の層はあまり一致しないからです。適性があまりにも違いすぎます。 事務職の人を自動車整備工に配置転換する可能性はほぼほぼないでしょう。 「ジョブ型」と「ポータビリティ」の強み 年収が上がりやすい職種には共通点があります。 年収が上がりやすいスキルの持ち運び(ポータビリティ)が容易な職種: エンジニア、大工、自動車整備工など、個人の技術が明確なもの。 これらは「ジョブ」が定義されているため、転職による年収アップの交渉がしやすく、特定の会社に依存しな
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キャリアは与えられたカードで戦い、試行回数で上回る

「人は与えられたカードでプレイするしかない」 これは事実だ。でも、こうも思う。 カードは選べないが、出し方は選べる。そしてカードは、努力次第で何枚でも増やせる。 さらに言えば、どのテーブルで戦うかも選べる。野村克也のポジション戦略若い世代には馴染みが薄いかもしれないが、 元プロ野球選手の 野村克也 という人物がいる。 三冠王まで上り詰めたが、キャリアは決して順風満帆ではなかった。 テスト入団、クビ寸前。決してエリートではない。 クビを宣告された際は 「ここで終われない。クビになるなら南海電鉄に飛び込みます。」 といって引き下がらなかった。 家が貧しく、母や兄を楽にさせたい。その一心でプロを目指したという。 彼は自らを「才能はなかった」と語っている。 だからこそ、人を観察し、研究し、戦略を練った。 肩が弱い。ならば配球を読む。心理戦で勝つ。氏は身体能力だけで勝負しなかった。 そして特に興味を引いたのがプロ入りの際「若い捕手が少ないチーム」を選んだという話だ。 圧倒的な才能がないと自覚していたからこそ、競争環境を読んだ。 この姿勢は、社会人にも通じる。与えられたカードで“良い手”を作る私たちはプロ野球選手ほど過酷ではない。 だが、ポストは有限だ。年齢が上がれば椅子は減る。 年功序列である限り、この構造は逃れられない。ならば、自分の業界、自分の会社、自分の部署でどこが空いているかを観察して損はない。特におすすめなのは外注領域を見ることだ。 コンサル、システム、経理、マーケティング。外部に出している業務はヒントの宝庫だ。 「自分なら代替できないか?」 「せめて要件整理に関われないか?」
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働き方は、もう元に戻らない―ホワイト化する社会

筆者は2010年代前半、全国転勤が前提の銀行に入社し、その後いくつかの職種を転々としてきた。 その経験を通じて、働く環境はこの10〜15年で大きく変わったと感じている。 その象徴の一つが、全国転勤が「当たり前」ではなくなったことだ。 かつては無条件に受け入れるものだった転勤は、 今では選択制となり、選んだ場合は給与が上乗せされる「+α」の扱いになっている。 そして今はそれが「当然」として受け入れられている。 筆者なりの時代の「勤労観」、そして今後の時代の流れを予想したい。1.共働きの増加と、転勤コストの急上昇 2010年代の前半の銀行員時代、周囲を見渡すと配偶者が専業主婦という家庭がほとんどだった。それだけの待遇があり、誰も疑問を持っていなかった。 しかし今、筆者の周囲の30代夫婦を見ると、共働きがほぼ前提になっている。専業主婦世帯も存在はするが、明らかに少数派だ。 少なくとも女性側の知り合いに聞いても働いているのが大半であり、一部子育てのために労働から離れている友人もいるが、いずれは復帰する予定だという。 つまり夫婦ともに働く事が前提となっている。 この状況で転勤が発生すると、 ・配偶者のキャリアが中断される ・世帯収入が下がる ・子どもの生活環境が変わる といった負担が一気にのしかかる。 特に近年は、 ・物価高 ・社会保険料の引き上げ の影響で、年収1,000万円あっても 特に東京で「余裕のある生活」とは言いにくくなっている。 そう考えると一般的な家庭の中では「転勤は割に合わない」と考えるのは至極当然だろう。 今の時代だと「人権的にどうなんや?」と思うが、当時は全くそんな事
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「血縁」と「ムラ社会」への回帰――社会保障の限界が、私たちをどこへ連れていくのか

近年、日本では 「政府が国民の生活を保証すべきだ」という考え方が、 かなり強く共有されているように感じる。 それが政府の役目であることはそうなのだが、限界を迎えている。 それ自体は、戦後日本が積み上げてきた 社会保障制度の成功体験を考えれば、自然な感覚だろう。 ただ、冷静に構造を見たとき、 その前提がこれからも成り立ち続けるのかについては、 一度立ち止まって考える必要があるように思う。 社会保障は、すでに構造的な限界に近づいているまず、日本の現状を整理したい。 ・市場の信認低下に伴う円安 ・国の支出の中で、飛び抜けて大きい社会保障費 特に社会保障費は、日本の国家予算の中でも突出して大きい。 円安については 2026年1月23日現在、1ドル=160円に迫り、物価は大きく上がっている。 社会保障については 筆者は1人法人をほそぼそやっているが、30万円の給料を払うのに会社負担分を含めると35万円が必要で、かつ手取りは25万円ほどになる。圧倒的な痛税感である。 人口構造を見ると、さらに厳しさが際立つ。 団塊世代:1学年 約250万人 2025年生まれの子ども:70万人未満 人生100年時代と言われる中で、 20〜60歳まで働き、 0〜20歳は親が面倒を見るとしても、 60〜100歳を国が支え続けるというモデルは、 人口構造的にかなり無理がある。 制度としては美しいが、持続可能性という観点では、すでに綱渡りに近い。 人口が増えていた昭和モデルを前提にしている。 社会保障が薄い社会で、人はどう生きているか ここで一つ、対照的な例として中国の話をしたい。 筆者の妻は中国人で、私は中国によく
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目的達成のために「サイコパスと呼ばれる事」を選んだ

2025年1月に独立してからというもの正直に言うと、毎日がクソ忙しい。 6時台の東京中心に向かう電車にグリーン車に飛び乗り車内で簡単にご飯を食べ、7:00には会社に着いている。19:00に一度退社して、20:00からは家で海外との会議が始まる。一般的な人より2倍働いていると思う。 土日も、平日に溜まった仕事を返済するために使う。 月曜日を迎える時点で、すでに先手を取っていたいからだ。 家庭内の家事は妻に投げ、月1回家事代行を依頼して私自身は何もしていない。 こんな生活を自慢したいわけじゃない。 むしろ、長く続けたい生き方でもない。 ただ、今はそうせざるを得ない理由がある。 家族の健康問題。 それが、すべての前提になっている。 時間に優先順位をつけざるを得なくなった 会社という看板を使わずにプロジェクトに入っている以上、バリューを出せなければ契約は切られる。 バリューを発揮して、役割が終わったらそれで終わりだ。 バリューを発揮してまた仕事が依頼されるということを望んでいない。 組織を持つ事を前提としていないし、このような働き方を長く続けられないからだ。ある意味で短距離走である。 だから、時間にも、人間関係にも、明確に優先順位をつける必要があった。 結果として、自分は「サイコパスみたいだ」と言われる行動を意識的に選ぶようになった。 ・怒りたい場面でも、プロジェクトの人間関係がこじれるなら飲み込む。 ・自分の仕事を完璧に管理下におくため、分業化し、他部門には一切口を出さない。 ・雑談は必要最低限にする。 ・意味のない会議なら「それは私が出る意味ありますか?」と平気で聞く。 ・上流か下
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客先におけるフリーランスの合理的な人間関係のあり方

フリーランスとしてプロジェクトに参画していると、 「なぜこの人が(この能力で)ここにいるんだろう?」 と感じる場面に出くわすことがある。 正社員でも、業務委託でも、 正直あまりバリューを発揮できていない人がいるケースだ。 数年前、まさにそういうプロジェクトに当たったことがあり、今回はそのときの経験則を書いてみたい。 プロジェクトには、いろんな人がいる。プロジェクトの規模が大きくなると、 メンバーは数十人単位になることも珍しくない。 当然ながら、 ①明らかに優秀な人 ②普通に仕事ができる人 ③どうしても噛み合わない人 ④バリューが発揮できない人 が混在する。 今回は④のケースをメインに話す。数十人もいれば、これはもう仕方がない。 ・たまたま他にポジションがなかったのか、 ・組織上の事情なのか、 ・単なるバグなのかは分からない。 ③④の人は正社員に多い印象はあるが、 「業務委託なのに、なぜ続いているんだ?」と思う人がいることもある。 (本来なら、契約切られるはずなのに) まずは「3ヶ月」向き合ってみる 私が一つの基準にしているのが、3ヶ月だ。「3ヶ月」という期間は、その人が・学習する気があるか ・周囲に適応しようとするか ・伸びる余地があるか ・助言をしたら響く人なのか を見るための、いわばリトマス紙のようなものだと思っている。 ここでほとんど変化がない場合、残念だが、今後も大きく変わる可能性は低い。 個人的な感覚だが30~35歳Overになると変わらないケースが圧倒的に多い。 以前、別の会社の業務委託の人が半年以上をかけて④バリューが発揮できない人にアドバイスをし、改善を促したが
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海外チームと仕事して初めて分かった「日本人の異常さ」

海外チームと一緒に仕事をするようになって、最初に感じたのは、「優秀かどうか」以前に、仕事に対する前提がまったく違うということだった。正直に言うと、最初はかなり戸惑った。同時に、日本で当たり前だと思っていた働き方が、世界的に見るとかなり“特殊”であることにも気づかされた。この記事では、海外チームと実際に仕事をして分かった日本人の「異常さ」について、体験ベースで書いていく。これは日本批判ではない。むしろ、日本人の強みと弱みが、極端な形で浮き彫りになった話だ。海外の人は本当によく休むし、返信が来ないことも多い海外チーム(特に欧州)と仕事をして、まず驚くのは「休みの多さ」だ。日本と比べて祝日は少ない国も多いが、それでも彼らは本当によく休む。(日本の祝日は世界一多い)・長期休暇は当たり前(夏・年末にそれぞれ2〜3週間)・有給は使い切る前提・「休む理由」を細かく説明しない日本では、「周囲に迷惑がかかるから」「忙しい時期だから」といった理由で休暇を遠慮しがちだが、彼らにその発想はほとんどない。休むと決めたら休む。それがリリース前であっても休む。仕事は、その前後で調整する。自分なりに考えた結果、「業務分業が非常に明確であること」があると感じた。日本では、他チームから依頼が来れば、業務範囲が曖昧でも仕事を引き受けてしまうことがある。一方、海外ではそれがない。担当外の仕事は、基本的にやらない。中国チームがそうだったが、隣のチームが困ってるから助けるという発想がない。過干渉と思うのだろうか。結果として、業務範囲が明確なため、個人が休んでも影響が出にくい。反対に日本では、業務範囲が曖昧な分、誰かが休む
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頑張りすぎると、むしろ仕事がなくなる~ペース配分の大事さ~

フリーランスになってから、私は一度も休みを取らずに働いてきました。自分で言うのもなんですが、かなり真面目なタイプです。 (週1日くれば本当はOKなのに)平日は平均4日くらい出社し、夜は海外チームとの会議や対応もあって、22時~23時にログインして作業することも珍しくありません。別に18時を過ぎたら仕事はしなくて良いのに。理由はシンプル。 自分がタスクを抱えたままだと、どうしても気持ちが重くなるからです。 「期日に遅れるなんてもってのほか」。 そんな気持ちで、自分を追い込むように働いてきました。 その結果、仕事はどんどん片付き、タスクがほとんど消滅。 そんなとき、1次請けの方からふと声をかけられました。 1次請け「阿部さん、来月何やるんですか?」 阿部「hogehogeというタスクですね」 1次請け「それ…1人月あります?」 阿部「まぁ…ないですけど、いろいろ細かい作業あるんで1人月は埋まると思います」 1次請け「現状で見えてないと、ちょっと危ないかもですねぇ」 この会話で、私はハッとしました。 頑張りすぎた結果、逆に「仕事がなくなりそう」と思われている、と。フリーランスの仕事は、やりすぎてもNG プロジェクト加入当初、炎上案件なら別ですが、プロジェクトが安定期に入った今、昼夜問わず働きすぎるのは逆効果になる場合もあります。 フリーランスは3ヶ月ごとの契約が一般的。 仮に「来月以降のタスクが見えていない」と判断されれば、契約を切られる可能性もゼロではありません。 もちろん、パフォーマンスが高ければ他のプロジェクトを紹介してもらえるかもしれません。 でもそれも、あくまで1次請け次第
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5冊目が完成しました。

何とか、5冊目をアマゾンに出版することができました。只今、レビュー中ーなので今日中にはOKがもらえる予定です。「投信太郎」で検索できますので良かったら読んでみてください。フリーランスがエージェントを選ぶ方法が載っています。
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そのフルリモートの仕事、会社の一言で終わります

ここ数年で「働き方」は大きく変わった。 その象徴が、フルリモートワークだ。 コロナ禍で一気に増え、最近は縮小傾向にある。 日本ならずアメリカのテック企業でも出社回帰の波は来ている。私はというと、半リモート・半常駐を好んでいる。完全に出社でもなく、完全に在宅でもない。 この“中間”が、今の自分にはちょうどいい。 それでもなお、フルリモートの可否は今も議論の的であり続けている。 フルリモートのワークの雇う側、雇われる側の言い分を整理しつつ、可能な限り柔軟なキャリアを築き方を私なりに述べていきたい。リモートワークのメリット、デメリット「今日は体調が悪いのでリモートにします」 よく聞く話だ。 この一文をどう受け取るかで、立場の違いが浮き彫りになる。 ・労働者:稼働時間を前提に働く ・経営者:成果を前提に評価する 労働者からすれば、「体調が悪いが、家なら何とか働ける。」は合理的だ。 しかし経営側からすると、「成果が落ちる可能性があるなら休むんで早く復帰してほしい。」となる。 リモートで伸びる人、沈む人がいる。 まずリモートワークには適性がある。 ・自走できる人 ・文章で論点を整理できる人 ・チームではなく、単独で動ける人 一方で、 ・その場で気軽に質問できないと詰まる人 ・対面の空気感で理解するタイプ ・チームで動いている人 特に若手や経験の浅い層ほど、「雑談の中で得る学習」が消える影響は大きい。 まず「何がわからないかわからない」人の存在は大きい。 こうしたものは、まだオンラインでは完全に代替できない。 ここには、時間ベース思考と成果ベース思考の断絶がある。 男女のデートで「奢るor奢
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「会議時間を半分にする」と決めた私の生存戦略。

「また今日も会議だけで一日が終わってしまった」 そう嘆くビジネスパーソンは多いですが、現実はもっと残酷です。 会議に出ている間、多くの場合、私たちは「自分の仕事」を一歩も進めていないからです。 私は今、参加する会議時間を半分にすることを目指しています。 空いた時間で圧倒的なアウトプットを出し、周りを黙らせる。そのための具体的な戦術をまとめました。「資料」も「ゴール」も準備がすべて ・綺麗な資料は不要。理解できるシンプルさを心がける資料は「ありもの」で十分です。 ゼロから綺麗なパワポを作る必要はありません。 過去の資料の使い回しで事足ります。 オーダーメイドで綺麗に見えるものは無価値くらいで良いでしょう。 そんなのは顧客や広報だけで十分です。 デザインが優れていることよりも、内容がシンプルで即座に理解できることの方がビジネスのスピード感においては圧倒的に価値があります。 ・議題(アジェンダ)とゴールがない会議は「無意味」 予定表にこれが記載されていない会議に、人を集めてはいけません。 自分が招待された際も、議題とゴールが不明確なら主催者に説明を求めましょう。 「とりあえず相談」というケースであっても、最低限の着地点を定義するのが、参加者の時間を奪う側の礼儀です。 あとたまに資料なしに口頭で全部済まそうとする人がいるのですが、 要点が定まっておらず、聞く側も整理して耳に入らないので、絶対止めさせるようにしましょう。 会議がやたら肥大化するためです。 自分が「主催(スピーカー)」の場合の鉄則 ・招待者が10人を超えたら、それは「儀式」 10人以上が出席する会議で、濃密な議論は不可能で
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変化できないキャリアは、静かに詰む

キャリアを考えるうえで、 一番重要なのは「今うまくいっているか」ではない。 ・この先も、その仕事は存在し続けるか。 ・そして、自分は変化できる立場にいるか。 この2点だと思っている。 ダーウィンの進化論の「変化に対応できる者が生き残る」に強く共感している。 最も強い者や賢い者ではなく、環境変化に即座に適応する者こそが次代に生き残るという意味だ。時代は、想像以上のスピードで変わる 筆者は昭和末期生まれだ。 小学生の頃:インターネットが家庭に入り始め 中学生:ガラケーを持つ人がちらほら現れる 高校生:ガラケーを持つのが当たり前になる 大学生:スマートフォン普及 社会人:本や新聞を読む人が激減し、情報源はスマホ一択 40歳前後:AIが一気に現実の道具になる 振り返ると、 ほぼ10年ごとに情報環境が大きく変わっている。 2000年代までは新聞・雑誌とテレビ。 2010年代はテレビ・ネット。 2020年代はYouTubeやTikTok、ネット配信(NETFLIXなど)。 これは単なる流行ではなく、 生活そのものの前提が変わるパラダイムシフトだ。 キャリアも、当然その影響を受ける 筆者はこれまで、 ・大手銀行 ・インターネット広告 ・エンジニア ・コンサル(英語案件メイン) と、異業種を渡ってきた。 どの業界も、「その時代なりの正解」があり、そして必ず変わってきた。 直近5年は円安・人口減に目をつけてAIを使いつつ英語を使う案件に入っているが、 皮肉な事にAIの進展で「会議で英語話すくらいだといつかキャリア詰むなぁ」と強く感じている。 だからキャリアは「5年ごと」に見直す どの業界も、一時
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即レスの重要性―スタンプ一つでも、仕事は前に進む

以前所属していた会社には、ほぼ社訓のような価値観として 「即レス」の文化が根付いていた。 会議中でも、司会以外は基本的にすぐ返信する。「後で返す」よりも「今返す」が"正しい"とされていた。 今でもこの社訓は私のコアバリューの1つとして生き続けている。 当時はそれが普通だと思っていたが、 会社を離れて独立し、海外メンバーとも仕事をするようになって、 改めてこの文化について考えるようになった。 よく聞く言説に、 「アメリカでは相手の時間を尊重するため、即レスは求めない」 というものがある。 果たして本当にそうなのか。そして、即レスは本当に正解なのか。 今回は、即レスについての私見を書いてみたい。即レスは、双方にとってメリットがある 1.人はすぐ忘れる まず大前提として、人間の記憶は「すぐ忘れる」ようにできている。いわゆる忘却曲線では、人は20分で40%以上を忘れると言われている。 また「マジックナンバー5」という言葉があるように、人が一度に保持できる情報は、せいぜい5個程度だ。 つまり、メッセージを送った側も、受け取った側も、時間が経つほど文脈を失っていく。即レスは、この記憶の劣化を最小限に抑える。 2.問題は、時間とともに変質する 時間が経つと、「これ、何の話だっけ?」という状態が起きる。 思い出そうとしたり、誰かに確認したりするうちに、最初の問題とは違う形にすり替わっていることも多い。 即レスには、 ・記憶が新しいうちに処理できる ・問題の原型を保てる という大きなメリットがある。 3.脳のキャパシティを圧迫しない 返信が返ってこない場合、送り手は無意識にこう思う。 「この件、
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優秀な人と競争してはいけない――キャリアは能力ではなく「競技選択」で決まる

なぜ「優秀なのに消耗している人」がこれほど多いのだろうか。 周囲に優秀な人が多い環境で、自分自身も努力している。 それなのに、なかなか差がつかない。 走っているのは自分だけではなく、周囲も全員走っているからだ。 頑張ることが当たり前の世界では、努力は差別化にならない。 1.キャリアはスポーツと同じ「競技構造」を持っている キャリアは、スポーツとほぼ同じ構造を持っていると考えると分かりやすい。 例えば野球。 ・競技人口が多い ・ルールが明確 ・勝敗が可視化される 膨大な競技人口の中で、プロ野球選手になれるのは500人〜1,000人に1人とも言われている。 その中で、さらに高額な報酬を得られる人は、ほんの一部しかいない。 仕事のキャリアも本質的には同じである。 ・評価軸が比較的明確 ・キャリアパスが見えやすい ・ポジション(役職)の数が決まっている 結果として、勝者は少数になり、 多くの人は「優秀だが報われない側」に回る。 もちろん、尊敬はされる。 ただしその代償として、時間・体力・精神力を大量に消費することになる。 2.地位財(尊敬されたい)という「報酬の罠」 ・周囲からの尊敬 ・ポジション ・有名企業 これらはすべて地位財と呼ばれるものだ。地位財の特徴は次の通り。・相対評価で決まる ・椅子の数が増えない ・競争が激化しやすい 地位財を追い続ける限り、 優秀な人との競争から逃れることはできない。 そこで私は、「地位財を捨てる」という選択を勧めたい。 ・尊敬を捨てる ・比較を捨てる ・勝ち負けの軸を捨てる 3.「成長」もまた地位財の一つ 人間であれば、特に若いうちは「成長したい」と
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英語をどこまで勉強すべきか?

英語ネイティブ日本人は、凄かった 英語を実務で使い始めた2024年1月、プロジェクトにコンサルとして入ってきた人が凄かった。幼少期はアメリカで過ごし、日本語よりは英語の方が母国語に近いとのこと。 海外との会議では圧倒的な語学力、ロジック力でガンガン業務を前に進めていた。「やっぱ英語できるんと良いもんだなぁ。」 と英語の業務が右も左もわからない話は思っていた。 この頃は「綺麗な英語を話すこと=凄い」と思っていた。 しかし、2年以上が経ち、英語で複数の現場を回るようになって段々と考え方が変わってきた。 英語はスキル増幅器 英語がネイティブレベルで話せる日本人を見ると、 「やっぱり英語ができると強いな」と感じる人は多いだろう。実際、それは事実だと思う。 ただし、少し補足が必要だ。 彼らは英語ができるから優秀なのではない。 多くの場合、 「日本語でも既に優秀で、その上に英語が乗っている。」 日本語での思考力、構造理解、意思決定力があり、 そこに英語が加わることで、まさに「鬼に金棒」になっている。 この順番を取り違えると、英語学習は一気に遠回りになる。 ・日本語で説明できない業務 ・日本語でも論点が曖昧な問題 ・日本語でも整理できていない思考 これらは、英語にしても曖昧な英語になるだけだ。 思考の解像度以上のものを、突然生み出してはくれない。 英語力とは、理解力や思考力を「増幅」する装置であって、 理解そのものを代替するものではない。 とはいえ、日本人の中で英会話が出来る人はいまだ希少価値が大きいので、 多少業務理解が浅くても英語ができるだけで重宝されることは重要な点として付記しておきた
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時間給労働から抜け出すために

エンジニアやコンサルタントとして働いていると、 時間=お金という感覚が、かなり強くなる。 時間給の仕事はとても分かりやすい。 月契約なので、月160時間±20時間の範囲内で働いていれば収入が入ってkるう。 また私は開発の案件もあるので、土日に開発して収入を得ている。 その結果、いつの間にか 「お金にならないこと=非生産的」 と感じるようになっていた。 あらゆる事を時間換算するようになった。 友達を会って満足度が低ければ、その時間は 「単価5,000円*数時間を無駄にしたな。」 とかそんな感覚だ。 ※5,000円はあくまで例である。会社員と時間の感覚の違い 会社員時代も当然、成果ではあるものの雇われの身である。 おまけに給料はフリーランスほどダイナミックではなかったので、土日に働いて稼いでも収入へ直結しなかった。 結果的に土日は比較的にゆったり過ごす事が多かった。 最低限、勉強はしてたが、今と違い、余暇に対してそれなりの意味を感じていたと思う。 また6年前まで、まったく別の形態でフリーランスをしていた。 当時は顧客数が限られていて、収入は「稼働時間」ではなく「顧客数」に依存していた。 だから、顧客対応以外の時間は ・ブログを書いたり ・YouTubeを編集していたり そんなことに時間を使っていた。 ブログもYouTubeも完全歩合制。もちろん継続は必要だが、「長時間やれば成果が出る」ものではない。むしろ、考える時間や、何もしない時間の方が大事だった。 今は完全に「時間給の世界」 睡眠時間は削らない前提としても、余暇時間が少ないほど収入は増える。 感覚的には、月240時間くらいは働
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面談が人生を変える?フリーランスが語る“月2〜3件応募”の破壊力

現在も継続中の案件がありますが、私は新規開拓を目的として引き続き案件への応募を続けています。 その理由は以下の通りです: ・季節による求人数の変動 ・面談への慣れ ・自分の市場価値の確認 季節による求人数の変動 まだフリーランス歴は1年ほどですが、2025年4月は案件が決まりにくい印象がありました。 新年度ということもあり、新卒が入社する時期、あるいは人事異動の影響で業務委託のニーズが一時的に低下するのかもしれません。 一方で、4月下旬に募集が出た5月案件は非常にスムーズに決まりました。 4月に入った人が現場に合わず早期に離脱したか、プロジェクトが本格稼働して工数不足や炎上状態になって、急ぎで人員を補充する必要があったことが背景にあると考えています。 5月1日になって、5月募集案件で面談がある事もありました。 いずれにしても、タイミング次第で案件の獲得しやすさは大きく変わった事を痛感しました。 面談への慣れ フリーランスの場合、1つの案件に6ヶ月から長ければ2年以上関わることもあります。 つまり、自然と面談の頻度が"日常"ではなくなります。 面談では、実際の業務について話すこともありますが、相手が人材派遣会社の担当者で技術的な知識に乏しいケースも多くあります。 そうした相手に自分の価値を伝え、評価されるには慣れと対策が重要です。 面談のウケで単価にも関わるため、月2〜3件は模擬面談のつもりで受けておくと良いです。 受け答えの勘が鈍りませんし、受け答えの際に「履歴書のこの部分をもっと記載しておくべきだった」という気付きが得られます。 ChatGPTで「それなりの履歴書」は作れます
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極限まで効率化して次は何をするのか?―1:1をハックした先にある、次なる目標

2025年1月に再独立を果たして以来、私は文字通り「仕事」に没頭してきました。 1日は誰にとっても24時間。 その制約の中で、私は自分のリソースを極限まで効率化することに執念を燃やしてきました。 AIによる議事録作成、スケジュールへの徹底的なタスク分解。 同じ質問には動画資料を秒で返し、マウスを捨ててショートカットを指に叩き込む。 移動時間はグリーン車で朝食を済ませ、家事は代行と最新家電にアウトソース。髪さえも妻に切ってもらい、移動時間をゼロにしました。 YoutubeはGeminiに依頼して要約してもらっていたので、余暇時間を極力圧縮しました。 自他共に認める「効率厨」として、思いつく限りのハックをやり尽くした自負があります。 しかし、その「手段」を突き詰めた先に待っていたのは、得体の知れない「生みの苦しみ」でした。 対クライアントワークの「カンスト」 ゲームの世界では、それ以上レベルが上がらない状態を「カンスト(カウンターストップ)」と呼びます。今の私は、まさにその状態にあります。 もちろん、世の中には私よりスキルの高いエンジニア・コンサルタントは無数にいます。 しかし、「今の自分」がこれ以上の努力を投資して得られる効用(報酬や満足度)は、もはや頭打ちになりました。恐れ多いながら報酬面だけなら上位5-10%に入っているでしょう。 ただし、稼働時間を切り詰めても、1:1の労働である限り、その上限は見えています。 「上限が見える」ーこれが私の人生の中のキーワードになります。 かつて新卒で入った大手銀行の丸の内ある本社で、 高学歴エリートたちが黙々と作業する姿を見た時、「自分の2
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AIでエンジニアの前に「普通の正社員」がいなくなる。―専門性と構造化能力の残酷な境界線

「AIによってエンジニアは不要になる」 そんな言説が飛び交い始めて数年。最近はその熱も少し落ち着いた感がありますが、依然としてエンジニア不要論はくすぶり続けています。 私はこれまでエンジニアとして現場でコードを書く一方で、コンサルタントとして上流工程からエンジニアへ依頼を出す立場も経験してきました。 両サイドの景色を見てきた実務家として、この「不要論」に対する冷徹な考察を述べたいと思います。 結論から言えば、エンジニアが消える前に、武器を持たない「普通のホワイトカラー」が戦場から姿を消すことになります。 1.AIは「完全情報」の短距離走に強く、「文脈」の長距離走に弱い AIを実務で使っていて感じるのは、AIは「下流(定型的な出力)」には極めて強いが、「上流(構造の定義)」には致命的に弱いということです。 いわゆる「コーダー」と呼ばれる、プログラミング作業のみに特化した層の必要性は、AI誕生後に大きく落ちました。 条件が可視化された下流工程は、AIが最も力を発揮する領域だからです。 これはAIが東大入試レベルのパフォーマンスを発揮できることからも納得がいきます。 入試問題は「完全情報」であり、かつ「大問ごとに独立している」構造を持っているため、数年以内にAIは全受験生を凌駕するでしょう。 しかし、実際のビジネス現場は違います。 情報は不完全で、刻一刻とアップデートされる。 同じ社内でもプロジェクトごとに異なる論理や「社内方言」が入り乱れる。 複数の文脈を同時に考慮しながら最適解を出す必要がある。 こうした「上流工程」特有の複雑性において、AI単体では依然として効果的な解を出せない
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「とりあえず有名大」の終涯――ジョブ型雇用とAIが暴く、文系学歴の「空虚」な正体

20年前、私は慶應義塾大学の文系学部に通っていました。当時はまだ「とりあえず有名大学に入っておけば、新卒一括採用という名のプラットフォームに乗れる」という空気が当たり前でした。「良い大学へ行って、良い会社へ行く」というモデルはすでに死語になりつつありますが、ではその手前の「良い大学へ行く」という行為だけで、これからの時代を生き抜けるのでしょうか?2026年現在の労働市場を俯瞰すると、かつての最強資産であった「学歴」の価値が、劇的に変化していることに気づかされます。特にAIの台頭は、スキルを持たない「新卒」という存在の価値を根底から揺さぶっています。これからのキャリアを、学歴と職能の観点から切り取ってみます。AIは「0→1」が苦手で「1→10」が得意である現在、新卒採用が抑制され、中途採用が活発化している背景にはAIの影響が色濃く反映されています。AIは、無から有を生む「0→1」は発展途上ですが、既存の型を拡張する「1→10」の作業においては人間を遥かに凌駕します。この特性が、教育コストのかかる「0の状態の新卒」を雇うメリットを奪いつつあります。私は現在「英語×システム」を強みとしていますが、実務でAIを使う際、AIが文脈的におかしな回答をすることは多々あります。ここに**「1」の力(基礎知見)があれば、違和感に気づき、少し改変してプロの成果物に昇華できます。しかし、知識が「0」**の状態だと、AIの言うことを鵜呑みにするしかありません。文脈からズレた「使い物にならないゴミ」を量産し、現場を混乱させるだけです。企業が求めているのは、教育が必要な「ポテンシャル」ではなく、初日からA
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仕事で人を安易に助けてはいけない-「20分の壁」の利用

「阿部さん、PCの画面分割のやり方わかりますか?」 職場でそう聞かれたとき、私の回答はこうでした。 「調べたら1分で答えが出てくるので、まずは自分で調べてもらってもいいですか?」 後輩でもなく、上司に対してです。 冷たい、と感じる人もいるかもしれません。しかし、これは突き放しているのではなく、私自身の、そして何より「質問者自身」のためを思っての決断です。 なぜ、職場で安易に人を助けてはいけないのか。 その弊害と、私たちが向き合うべき「時間の正体」について語ります。仕事は終わりのない「アート」である大前提として、仕事は無限にあります。 クオリティをどこまでも追求することもできれば 他人の業務範囲にまで首を突っ込むこともできる。やる気になれば、いくらでも「忙しく」なれるのです。 しかし、現実に私たちが使える時間は有限であり、会社から見れば人件費というコストが常に発生しています。 仕事の本質は、限られたリソースの中でいかに最大の評価(成果)を獲得するかという「リソース配分ゲーム」です。 他人の「1分で調べられること」を肩代わりしている時間は、あなたが本来出すべき成果を削っている時間そのものです。 タチが悪いことに、こうした「1分」の積み重ねは、職場の人数分だけあなたの余暇を無限に侵食していきます。 最終的には定時をこのような「調べればすぐわかる事」の肩代わりをして終わってしまいます。 「質問はタダ」という勘違いが組織を腐らせる 日本には、時間は「無料(タダ)」であるという空気が蔓延しています。 予定時刻には厳しいのに、終了時刻はエンドレスに伸びる会議。そして、「とりあえず聞けばいい」
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人生のトリアージ。―短期的な「満点」を捨て、長期的な「勝利」を設計する

「仕事にベストを尽くす」 これはプロとして当然の姿勢です。しかし、人生という限られた資源を管理する経営者として見た時、この言葉には罠があります。 人生には優先順位、すなわち「トリアージ」が必要です。 家庭を持ち、健康を維持し、次なる武器を仕込む。これらをすべて並行しながら、目の前の仕事に100%のエネルギーを注ぎ続けることは物理的に不可能です。 時間は1日「168時間」という絶対的な有限資産です。 何かを1時間増やせば、他の何かは1時間減る。今日は、私が実践してきた「意図的に短期的な減点を引き受け、長期的な加点を取りに行く」戦略について語ります。 「短期的な100点」という戦士たちの消耗 私はもうすぐ40歳ですが、優秀かどうかを問わず、多くの人が眼の前のキャリアを淡々と邁進していくのを見てきました。 これまで多くのプロジェクトで、大企業の社員、大手コンサル、SIerの方々と働いてきました。 皆、プロ意識が高く、非常に優秀です。しかし、同時に共通する「歪み」も感じてきました。 ・朝早くから深夜まで働き、仕事時間のほとんどを「他人のタスク」に捧げている。 ・1%でも成果を上げるため、スケジュールは会議で埋め尽くされている。 ・目の前の仕事に忙殺され、長期的なキャリアを楽しむ余裕を失っている。 受験勉強を勝ち抜き、名門を卒業して待っていたのが「出口のない激務」という現実。その姿は気高い戦士のようですが、どこか「力を抜く場所」をトリアージできていないようにも映ります。 意図的に選んだ「短期的な減点」の履歴 私は、未来の勝利のために、意図的に目先のスコアを落とす決断を繰り返してきました。
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あなたのその会社でのレベルは、もう「カンスト」している。――停滞という名の最大のリスク

「カンスト」という言葉をご存知でしょうか。ゲーム用語で「カウンターストップ」、つまりレベルやステータスが上限に達し、それ以上敵を倒しても経験値が入らなくなった状態を指します。あとは惰性でプレイを続けるか、新しいステージ(強くてニューゲーム)に進むかの二択。実はビジネスの世界においても、これと全く同じ現象が起きています。もしあなたが以下の状態にあるなら、その環境で得られる経験値はもう残っていません。「想定外」が起きない:トラブルが起きても「あ、またあれね」と解決策が瞬時に浮かぶ。伸びしろが「社内事情」に詳しくなるのみ:技術的な本質は把握しており、あとは「◯◯部署の△△さんに聞けば通る」といった社内プロトコルに精通するくらいしか上達の余地がない。片手間で80点の成果が出る:全力を出さなくても周囲から評価され、シングルタスクどころか「ながら作業」で業務が回ってしまう。といった感じです。これらは一見、有能で安定した状態に見えますが、実は非常に危険な兆候です。今日は、会社員が陥る「慣れ(カンスト)」という名の罠について語ります。「社内価値」と「市場価値」の残酷な解離同じ場所でレベルがカンストしたまま過ごす時間は、単なる現状維持ではありません。それは「機会損失」という名の負債を積み上げているのと同じです。年功序列の大企業であれば、どの部署にいても給与水準は大きく変わりません。営業部門にインセンティブがある程度で、管理部門+αといったところが相場でしょう。私が大きい銀行で本社部門で異動した時に社内レポートなどあまりにもピンポイントすぎる仕事をやっていて嫌気がさして3か月で辞めました。このまま
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AIにすら質問できない人に欠けていることー凡人を秀才に変える

日々、業務委託として大企業のオフィスに潜り込み、現場の最前線で仕事をしています。大企業には膨大な人間がおり、当然ながらそこには多様な「適性」が存在します。 正直に言いましょう。中には、残念ながら「活躍している」とは言い難い人々もいます。 彼らの共通点は様々ですが、昨今の現場において決定的な差となっているのが、「AIを絶望的に使いこなせていない」という点です。 ある程度業務を理解していれば、AIに問いかけるだけで「それなりの回答」が得られる時代です。しかし、彼らはAIに質問することすら放棄し、独りよがりの回答を出して現場を混乱させる。あるいは、回答すら出せずに期限だけを溶かしていく。 こうした人々をどう救い、組織の底上げを図るべきか。 今日は、AI時代に取り残される人の「共通点」とその処方箋について語ってみます。 AIが使えない人の「2つの欠落」 AIを使いこなせない理由は、操作スキルの問題ではありません。 大別すると、以下の2点が根底から欠落しています。 ① そもそも「何ができるか」の想像力が足りない AIを単なる「おしゃべり相手(チャットボット)」と考えている人には、具体的な使用方法を隣で教える必要があります。 仕事の粒度は非常に細かいため、プロジェクトの基本情報や用語をインプットしない限り、AIはまともな回答を返せません。 そこで、「プロジェクト基本情報 + 専門用語集 + 具体的な問い」をセットにしたテンプレートを用意し、彼らに渡します。 大事なのは、**「対面で一緒に入力する」**ことです。 普段使っていない人にテンプレだけ渡しても、彼らは一生使いません。「こう使えば自
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TOEIC高得点の虚像。実務を「制圧」する英語の正体

英語を実務で使うようになって2年以上が経過しました。 現場では、インド人の独特な発音や、容赦ないスピードでまくしたてるアメリカ人の会話に揉まれる毎日です。 本格的に英語に取り組み始めて3年半。 振り返って思うのは、 「人生の貴重な時間を、TOEICのスコアアップに捧げるのは本当に正解なのか?」 という強い違和感です。 今日は、「資格のスコア」と「現場で戦う英語」の決定的な差、そして私た ちが本当に磨くべきスキルについて書きます。 英語の「読み・書き」はAIに制圧された 一般的にTOEIC(L&R)はインプット能力を測るものですが、実務の入り口に立つには圧倒的にアウトプットが足りません。 さらに、現代はAIの進化が凄まじい。 読み書きに関しては、すでにAIが「制圧」しています。 私自身、AIに添削させて学習していますが、多忙な同僚たちはAIが書いた文章を微修正して送るだけ。 それでも仕事は完璧に回ります。 これは「AI時代のコーディング不要論」と同じ現象です。 AIが瞬時にこなせる領域を、人間が必死に鍛えることの付加価値はもうありません。 リスニングも同様です。 リアルタイムの文字起こしや翻訳機能の精度は上がり続けています。 そんな時代に、わざわざテストスコアのために心血を注ぐ意味を、一度再考すべきです。 「汎用的なテスト」と「尖った実務」の乖離 TOEICは全方位をカバーしますが、業界特有のマニアックな単語は出てきません。 しかし、実務とは常に「極めて狭い領域」のフォーカスです。 システム開発の現場にいる私にとって重要なのは、以下の単語とその文脈です。 ・transmi
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仕事時間を半分にする「シングルタスク化」の極意

筆者は、月の稼働時間が300時間を超えるような作業依頼でも、概してその半分くらいの時間で仕事を終えることができます。 これは自慢ではなく、徹底して「工夫」をした結果です。 試行錯誤の末に行き着いたのは、仕事の完全シングルタスク化でした。 複数のプロジェクトを抱えながら、なぜ仕事時間を半分にできるのか。その体験談を共有します。 他にも細かいテクニックについて記載したので参考にしてもらえたら幸いです。 脳は「マルチタスク」に耐えられない まず、手元のノートやスマホで試してみてほしいことがあります。 A:「1, 2, 3, 4, 5...」と書く B:「あ, い, う, え, お...」と書く C:「1, あ, 2, い, 3, う...」と交互に書く 「C」を書き始めた瞬間、急に脳が疲れませんか? 数字だけなら無意識に書けるのに、ノイズが混じった瞬間に脳のリソースを食いつぶします。 私たちの脳内では、常にこれと同じことが起こっています。 脳は根源的にはマルチタスクに向いていないのです。 多くの人はCで仕事をこなしています。 そう考えると複数の仕事を常時持っている社会人にとってはいかにA,Bだけのタスクを固めるかが鍵担ってきます。 朝と昼の10分で「今日の予定表」を設計する 私はExcelを使っていますが、10〜15分単位の予定表を毎日作ります。 予定表は、迷いを消すための「羅針盤」です。 いかにA,Bだけの時間を確保するための重要なものです。 これがないと、作業中にふと別のことが気になり、 気づけば「今日絶対にやるべきタスク」に手がついていない……なんてことになりかねません。 【予
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履歴書には「正解」が2つーゴールからの逆算

自社開発とSES、それぞれのストライクゾーン。 私は現在、ココナラで履歴書や職務経歴書の添削を行っています。 普通の会社員であれば、自分の履歴書を数年に一度書くことはあっても 他人の書類を「客観的に」何枚も添削する機会は稀でしょう。私は今、幸運にも多くの書類を比較・分析できる立場にあります。 相談に来られる方は、大きく分けて以下の2パターンです。 「自社事業」への転職を希望する方 「SES・受託開発」の案件を狙うフリーランスの方 この両者、実は「評価されるポイント」が全く異なります。 今日はその違いを言語化してみます。 自社事業の場合:尖った「貢献」を提示 事業会社に応募する場合、最も避けるべきは「色々やってきましたが、結局何ができる人なの?」と思われてしまう汎用的な書き方です。 専門分野以外は「凄さが伝わらない」 基本情報や応用情報の取得は客観的な指標になりますが、実務の詳細は注意が必要です。 理系の大学で、自分の専攻は分かっても他学部の研究内容がさっぱり分からないのと同様に、エンジニアであっても「自分が触れたことのないSaaSの凄さ」はピンとこないものです。 ピンポイントで指定があればこの範疇でありません。 Salseforceエンジニア、SAPエンジニアといった募集のケースです。 ただ、そのポジションは自社事業のPMなどであれば話は変わります。 細かな専門性を並べるよりも、「その会社が今抱えている課題」にフォーカスし、そこに刺さる自分の強みを尖らせる必要があります。 「成長」ではなく「スケール」を語る よく書いてしまいがちな「御社で成長したい」という言葉。実はこれ、自社開
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単価交渉の流儀。実力さえ上げれば「単価が上がる」という思い違い。

「スキルを磨けば、勝手に単価は上がるはず」 もしそう思っているなら、それは大きな間違いです。 恋愛に例えるなら、自分を磨いて待っていれば相手から寄ってくるのは、選ばれる側の特権。女性側だけです。 フリーランスの単価交渉は、いわば「自分から動かなければ何も始まらない側」の戦略が必要です。 私はこれまで、参画した案件で確実に単価を上げてきました。 中には、参画後に月単価を40万円アップさせたケースもあります。 実力だけでは決まらない、「単価の上げ方」を共有します。 まずは「天井」と「商流」を理解せよ いくらあなたの実力が抜きん出ていても、その案件の「構造」によって単価の限界値は決まります。 企業で言えば売上です。売上以上の利益は出ません。 自分の「エンドチャージ」を知る 私の例で言えば、エンドクライアント(大企業)が支払っている金額は、 多くの場合、月150万〜180万円程度です。ここが絶対的な「天井」になります。 大企業はリスクヘッジのため、個人事業主や1人企業に直接発注することは稀です。 必ず間に「それなりの規模の会社」が入ります。この商流が1社増えるごとに、中抜き(手数料)として20万〜30万円が引かれます。 2次請けなら: 100万〜120万円前後 3次請けなら: 80万〜100万円前後 新規参画時は、様子見や需給バランスから60万〜80万円程度でスタートすることが多いですが まずは自分がどの商流にいて、その位置での限界値(天井)がいくらなのかを把握することが、交渉のスタートラインです。 交渉のタイミング:契約更新の「2ヶ月前」が原則 交渉には最適な「季節」があります。 多
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なぜ、あなたの仕事は忙しいのか?

私は正社員として10年働いた後、 これまでフリーランス(業務委託)として、過去5年間で7〜8社の大手企業のプロジェクトにアサインされてきました。 立場は正社員ではなくなりましたが、 (業務委託が携わらない)予算関連や研修を除けば、中身は正社員の方々とほぼ同じ熱量で働いてきました。 そこで目にしてきたのは、優秀な正社員の方々が、常に36協定ギリギリまで忙殺されている姿です。 なぜ、仕事はこれほどまでに終わらないのか? どうすれば、私たちはもっと楽に、高いパフォーマンスを出せるのか? 現場で戦いながら導き出した、私なりの考察をまとめます。 「仕事は無限である」という残酷な前提 どんなに効率を上げ、集中してタスクをこなしても、組織には無数の「もっと良くできる点」が転がっています。 この前提がある限り、仕事に「終わり」は来ません。ここで必要なのは効率化ハックではなく、「見切りをつける勇気」です。 返信のテンプレート集を用意しようがプログラミングで仕組み作りをしようが根本は一緒です。 時間が有限である限り、終わる事はありません。 そして「無限に仕事があるという事」は「頑張るほど生産性は落ちる」という法則も働きます。 生産性は「成果 ÷ 投入時間」で決まります。 仕事は本来、インパクトの大きい順(重要な順)に手をつけるものです。営業なら、成約率の高い顧客からアタックしますよね。 つまり、頑張って長時間働くほど、後に残った「重要度の低い仕事」や「成約率の低い顧客」に時間を投じることになります。 「頑張れば頑張るほど、1時間あたりの生産性は落ちていく」。 この構造を理解し、どこかで線を引かなけ
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