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別れの苦しみは天命が動き出すサインかも?

【天命の導き】モラハラ、父の死、離婚。すべてを失った先に私が見つけた「本当の自分」とは?「なぜ、私ばかりがこんな目に遭うのだろう」 もし今、あなたが暗闇の中にいるのなら、少しだけこの物語に耳を傾けてください。 かつて文恵は、会社員として出世街道を走り、職場結婚をし、順風満帆な人生を送っているつもりでした。 しかし、その足元は脆くも崩れ去りました。 文恵の中に潜んでいた「負の連鎖(カルマ)」。 親から受けていたモラハラを、無意識に夫や連れ子に向けていたのです。 家族が心の限界を迎えてしまい、その事実に気づいた時、文恵は初めて自分の犯した罪の重さに震えました。 そこから始まったのは、怒濤のような「天命」への強制的な方向転換でした。 ⭐言葉を失った父との、魂の対話 末期癌、そして脳梗塞。 かつてワンマンで支配的だった職人の父が、言葉も文字も失って横たわっている。  そんな父の看病に明け暮れる日々の中で、不思議な出来事が起こりました。 身に覚えのない有給休暇。 会社から「あなたが申請した」と言われたその日、私は父の最期を、誰にも邪魔されず一人で看取ることができたのです。 それは、言葉を失った父が天から手配してくれた、最後で最高のプレゼントだったのかもしれません。 涙は出ませんでした。 ただ、頭の中に「ありがとう」という言葉が、こだまのように響き渡っていたのを覚えています。 ⭐壊れた家庭、そして「個」としての自立 看病に没頭する文恵を支えてくれなかった夫とは、結局離婚することになりました。  かつての自分なら絶望していたでしょう。 しかし、その時の文恵には迷いはありませんでした。 これま
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一番大切にするべき人のことを何故だか大切に出来ない・・・

おはようございます!最近、段々と食欲が戻って参りましてねぇ~♪昨日なんか、カツオのお刺身沢山食べちゃいました!(≧▽≦)うちの場合はねぇ・・・カツオのお刺身を食べる時まず玉ねぎをスライスして、お刺身の上に散らします。そして、すりおろし生姜とすりおろしニンニク、めんつゆ、味ぽんを混ぜたタレを全体にかけて食べるんです。これがもうねぇ・・・最高に美味い!!!是非お試し頂きたいですが、食べた後お口の臭いがファンタスティックになりますのでご注意をwwそんな感じで徐々に元気を取り戻しつつありますクマ美です♪さて、本日は、昨日お電話頂いたお客様とのお話で、改めて気付かされたことが御座いましたので、自分の過去の行いと合わせてお話をして、シェアさせて頂こうかと思います。プロフィールをご覧頂いた方はご存じでしょうが・・・私は不倫の間に生まれた人間です。父の方に家族がおりました。母はそんな状況にも関わらず、しかも当時40歳という年齢で私を産みました。今から40年も昔の話ですからねぇ、当時としてはかなりの高齢出産だったと考えられます。よく産もうとしたもんだ(;^ω^)まぁ、うちの母って何本かネジ抜けている所が御座いますのでねぇw仕方ないかもしれませんが・・・まぁ兎に角、そんなもんですから、父と過ごした時間は一般的なご家庭と比べると圧倒的に少ないんです。逆に、母と一緒の時間はその分多かったのではないかな?と思うわけです。ちなみに、母の事は正直言って、今までの人生を通して、ずっと大好きです。それでも、反抗期って言うんですかねぇ・・・母に対して酷い言葉をぶつけた時期もありましたし、私の場合なんか成人してから
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新しい自分へ…20

初めて3人で買い物に行った。娘はとても喜んでいた。けれど一つ気になったことがあった。3歳くらいの年齢だと「お菓子」や「おもちゃ」をねだるものだろうが、全くねだらなかった。私はふと気になり、わざとお菓子コーナーに向かった。「何か食べたいものある?」と聞くと娘は、黙って「アンパンマンチョコ」を指さした。「チョコかぁ!いいね!カゴに入れていいよ!」というとニッコリしてカゴに入れた。そうか…。施設ではそういうこともできなかったからか…。好きなお菓子がいつでも食べれるわけではない、そして選べるわけでもない。その施設ではある日ご飯に「もずく」がでたそうだ。娘は一口食べて「吐き気」がしたため食べ進めることができなかったそうだが、それを見た施設の人はこっぴどく娘を叱ったらしい。それから「もずく」は家では出さないようにしていた。好きなものの食べられなければ、嫌いなものは怒られる…。子供にとってどんなに苦痛だったろうか…。少し私たちの生活や保育園に慣れるまでは「自分の意見を言える」ように練習させようと思った。そうしてアパートに着き、娘と彼は一緒に居間で遊んでいた。その間私がご飯を作る…。もはや「絵にかいたような家族」だった。もちろん、下の息子のことを忘れているわけではない。確実に前に進んでいる。全員がそろってご飯を食べるまで、もう少し!私はより一層チカラがみなぎった。夜ご飯が出来て3人でゆっくり食べる食事は本当においしかった。テレビを見ながら話しをしたり、娘が「見たい」というアニメを見たり。彼と娘は私のご飯を「美味しいね!」といってペロリと食べてしまった。私が娘に「お風呂入るよ~」というと娘は「お
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大切な人との時間は永遠に続くわけじゃないんだよ

みなさんこんにちは、東城杏奈です。 こちらのブログでは、私の内面を少しでも知ってもらえるように、 様々なジャンルでお話をしていこうと思います。 今回は恋愛教室シリーズ♡ 皆様、いらっしゃいませ、ごきげんよう。今回も私なりに一つのテーマに沿ってお話を進めていこうと思います。 共感できる!って思ったり、いやいや、こういう風にも考えられるじゃん?等々、みなさん考えることが違うと思いますので、ぜひ皆さんの意見も聞かせていただければなぁと思います。 今回話すお話は、本から抜粋した内容ではなく、私自身が経験した、考えた内容になります。なので、賛否両論あると思いますが、一個人の意見として聞いていただければ幸いです。よかったら最後まで聞いてください。 今からちょうど6年前。 私が当時付き合っていた彼氏が亡くなりました。 急性心筋梗塞で、最後に言葉を交わすこともないまま、 急にお別れはやってきました。 最初は信じられなくて、何が何だかわかりませんでした。 でも、その彼の死を受けて思ったことは、 「あぁ、大切な人との時間は永遠に続くわけじゃないんだよな。」 でした。当たり前のことですよねw 当たり前のことなんですけど…当然のようにそこにあったから。 それがずっと続くように思ってしまっていたんです。 喧嘩するとか、別れるとか。 それで終わりが来たとしても、相手が生きてさえすれば、 本気で声を聴きたいと思ったり、本気で会いたいって思ったら まぁなんとかできるじゃないですか。 もちろん法に触れたりするのはダメですよ? これも前提として相手の同意が得られるまでは同じ感じなのかもしれませんが、相手の姿かたち
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新しい自分へ…19

娘を引き取る準備はできている。アパートに帰って足りないものの見直しをして、準備万端!彼は帰ってきてもそんなに家にいる時間は少なかったが細かい気遣いをしてくれてた。引き取りの日も一緒に迎えに行ってくれるという話になった。引き取りまで時間はすぐ過ぎた。引き取りの朝、私は今日は娘の好きなものをたくさん食べさせてあげよう!そして、好きなことをさせてあげよう!彼の車で娘を迎えに行った。娘は面会部屋で施設の人と待っていた。娘は走って私に駆けつけてきた!私は「帰ろうね」といい抱きしめた。彼はほんの少ししかない娘の「荷物」を車に積んでくれていた。私は施設の人に挨拶をし、お礼をいい、施設の外観を少し振り返りながら施設の門を閉めた…。娘と手を繋いで…。彼と娘はもう仲良くなっていたから、なんの抵抗もなかった。そして、娘に「なにが食べたい?」と聞くと「お母さんの料理!」と言った…私はファミレスなどを想像していたからビックリしたけど嬉しくなった。「じゃあ、何が食べたい?お母さん作るから!」というと「ポテトサラダと煮物!」と答えた。家に材料がなかったからみんなで買い物に行くことにした。
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わたしがいる場所

はじめまして!!1か月位前に、ココナラに出品しました↓少しでも興味がありましたら、見てください。よろしくお願いいたします。 2022年がスタートし、さらに新しいことに挑戦してみようと思っています。 まず、1月5日から8日までの一人旅で、島根・鳥取に行って来ました。 1月6日~7日の鳥取の旅行で、念願の47都道府県の旅を制覇できました。 死ぬまでにやり遂げたい一つの目標を達成し、自己満足に浸っています。 そして、昨日、某恋活・婚活マッチングアプリの登録をしました。 先月、私より1歳年上(53歳)の女性の知人から教えていただき、登録に迷っていました。そのアプリは、女性はオプションがなければ無料で、退会も自由に出来るとのことでした。実際、彼女はそのご縁で年下の素敵な男性とお付き合いしているとのことでした。 半信半疑で、登録してみたところ、1日で、足あと(登録の男性が私のプロフィールを見たという履歴)は250人。プロフィールを見て、「いいね」をしてくれた男性が50人もいました。 相手の「いいね」に私も「いいね」を返すと、マッチングが成立し、メッセージのやり取りができるようになるようです。 52歳の私でも、たくさんの男性が想ってくれていることに、大袈裟かもしれませんが、私が生きている価値のようなものをいただいているような気がしました。夫と死別し、20年が経とうとしている今、私はまだこの世に生かされているのです。 女手一つで息子を育ててきて、昨年、一人息子は大学生になって、1人暮らしの今、もっと、自由に、楽しく生きていいと少しずつ前に進んでいます。 私が何か行動を起こす、何か発言をすると、
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色の力を借りる

 最近、気がつきましたが、色の力を借りて、普段の気分をよくするといいです。例えば、普段、黒や紺色などのやや地味な色を好んでいたとします。そこで、赤、黄色、オレンジ、ピンクなど、とにかく明るい色のものを取り入れてみると良いです。例えば、私の場合、腕時計をよく付け替えています。スウォッチという時計を多くの方がご存知だと思います。実は、過去数十年を見ても、かなり多くの種類があります。その中で、とにかく明るい色のものを選んでみます。ド派手なくらいがちょうどいいです。他にも色々ありますが、とにかく、今まで自分が使わないくらいのド派手さが良いです。腕時計なんて、周りの人は見ません。時間がわかるだけ、スマフォで十分と言わずに、一度試しにつけてみてください。お値段も比較的安く、気兼ねなく普段で使えるのがスウォッチの良いところですね。気が沈むことは、誰でも普通にあります。そんな時は、腕時計でも、アクセサリーでも、何でも構いません。外部から、色の刺激を取り入れるのは良いと思います。腕時計一つで、その時の気分が変わる、なんて普通にありますし、私は強く体験しています。明るい色は、それぞれの効能もあるので、好みに応じた明るい色を使うのはとてもいいと思いますよ。想像してみて欲しいのですが、明るい蛍光イエローやピンク、紫の時計をして、暗くなることできますか?服を派手にするときっともっと効果はあるかもしれません。ただ、自分で気にし過ぎてしまうと、逆効果にもなりかねません。腕時計で色の力を借りる、気が沈む時は、一度やってみてください。
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お腹がすいても食欲がない時に簡単で運気を下げないごはん

ハナイノウエです。昨日は東日本大震災から12年目の日。母は阪神淡路大震災で被災した経験があり、仙台にも友人がいるので私達家族によっても特別な日として昨年までででもハワイで黙とうをささげて過ごしてきました。私は学生時代にスピリチュアルパワーについての勉強や修行を始めましたが、国境を超えた心理学やコミュニケーション学を専門として研究発表をしました。この経験を少しでも活用して一人でも多くの方に貢献できればと思い、ハワイでは介護施設や病院、ホスピス等でお話させていただくボランティア活動をしていました。報酬を頂く機会もあったのですが、いつも募金させていただいていました。善意がまた新しい場所で新しい方々につながっていくのは素敵なことと思って、無理に断らずに活用させていただいたとお礼のお手紙を後日お送りしていました。大切な方との別れを冷静に振り返られるまでに必要な時間は個人差があり、早ければ強い、遅ければ弱いというわけではありません。毎年特別な日が近づくと明るく過ごそうと頑張っても、特に当日は何も食べる気になれない方もいらしゃり、それは自然なことです。何も食べたくないなら、無理に食べなくても大丈夫。でも、自然とお腹はすくものです。「こんな気分なのにお腹が減るなんて私は情けない。ごめんなさい。」と思いがちな方もいらっしゃいます。私は「大切な方を想うことに脳と心のパワーを使った結果と思ってみてください」とお話して、さあ食べましょうとお話します。ほとんどの方はほっとした表情をされて、「久しぶりにハンバーガーが食べたくなってきたよ」という方も。心が明るく元気になっていくためには、必ずエネルギーが必要
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死別を体験したあなたへ

こんにちは。今日ははじめてブログを更新します。私は普段死別に関する研究を行っています。死別というとなんでそんな研究を? と思うかもしれませんが、死別は私にとって大きな意味を持ちます。私は高校生のときに親友を自死で亡くしています。そのときに、「人は死別に際し、さまざまな反応をするのだ」ということを学びました。大学では宗教学専修に所属し、死別に関する勉強をするうちに、死別に関して研究を行いたいと考えるようになりました。将来の目標は、カウンセラーになって死別に関するサポートグループを主催するということです。さて、死別に際して、人はほんとうにさまざまな反応をします。悲しんだり、喜んだり、安堵したり、はたまた怒ったり……いろんな感情が沸き上がるのは自然なことで、「なんでお母さんが亡くなったのに、自分は安堵しているんだろう……」と考えてしまうかもしれませんが、例えば、介護が長く続いたとして、死別はその介護からの解放を意味します。同時に、亡くなった故人も介護と苦しみからの解放を意味します。そのため、別に安堵や喜びを感じたからと言って、後ろめたく思う必要はないと言えます。死別に関して、代表的な例はエリザベス・キューブラー=ロスの死の受容の段階でしょう。キューブラー=ロスは、終末期の患者のインタビュー調査から、自身のあるいは他者の死の受容に関する段階説を提唱しました。これは、5つの段階を踏みます。①否認死を否定する。故人が(自らが)死ぬわけない、そんなのは嘘だと思う②怒りなぜ死んだのか(死ぬのか)、怒る。他人に怒りをぶつけることがある。③取引故人の(自らの)死が覆るのならなんでもするという気持ち
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花はおそかった

先日BSの「昭和は輝いていた」を観ていたら美樹克彦の「花はおそかった」が流れてきました。(台詞)こんな悲しい窓の中を雲は知らないんだ    どんなに空が晴れたって それが何になるん    大嫌いだ 白い雲なんて!  かおるちゃん おそくなって ごめんね  かおるちゃん おそくなって ごめんね  花をさがしていたんだよ  君が好きだった クロッカスの花を  僕はさがしていたんだよ  かおるちゃん おそくなって ごめんね  かおるちゃん おそくなって ごめんね  君の好きな 花は 花は 花はおそかった  かおるちゃん 君の白い その手に  かおるちゃん 君の白い その手に  花を抱かせて あげようね  君と夢にみた クロッカスの想い出  花を抱かせて あげようね  かおるちゃん おそくなって ごめんね  かおるちゃん おそくなって ごめんね  君の好きな 花は 花は 花はおそかった  (台詞)信じるもんか! 君がもういないなんて……     僕の命を返してくれ 返してくれよ!   君の好きな 花は 花は 花はおそかった  バカヤロー危篤状態の恋人かおるちゃんのために彼女の大好きなクロッカスの花を探して歩きやっと見つけて駆けつけたらかおるちゃんは亡くなっていた。そういう純愛の歌です。これは昔実話からつくった歌だということを聞いた覚えがありますがホントかどうかはわかりません。美樹克彦はこの曲の前までは「回転禁止の青春さ」など今のジャニーズみたいに踊りながら歌っていたのですよ。イメージチェンジでした。この曲で美樹克彦はその年の紅白歌合戦に初出場しており目に涙を溜めながら歌っていたのを覚え
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復縁は別れ方次第【占い日記】

こんにちは ひかり★です。人は必ず【別れ】を経験します。いろいろな意味合いのある【別れ】最愛のパートナーと【死別】という名の別れを経験する人もいるでしょう。それが病気だったり、不慮の事故だったり、殺人だったり・・・。理由はどうであれ【死別】は私も経験したことがありません。ツラいはずです。【ケンカ別れ】【話し合いの中での別れという結果】【逃】る意味での別れ】【学校を卒業して連絡が途絶える別れ】【親の見送り別れ】まぁまぁ、【別れ】と言っても一言では言い表せないものも確かに多いです。今回は男女の【別れ】にフォーカスしてみましょう。男女ともに人生の中で何度か恋愛を経験すると思います。振ることもあり、振られることもあり・・・。そうやって人生経験を重ねていくんですが・・・。男と女・・・・【別れる】と心に決めたとき、どちらがはっきり別れを伝えると思いますか?女性ですよね。男性は一つ一つの恋愛を個別化して引き出しにしまっておく。女性は次の恋愛次の恋愛と上書き保存する。そういわれることが多いです。だから、女性から本気で【別れましょう】と言われたら駄々をこねても仕方ない。余計にカッコ悪い男になってしまいます。すんなりと別れてあげましょう。そして、その女性とは【もう二度と連絡を取らない】くらいに考えておきましょう。何故なら、女性は恋愛を上書きするので、下手したら付き合っていたことすら忘れてしまう可能性もあります。要は【通りすがりの人】なんです。逆に男性は個々の恋愛をそれぞれ大事に自分の中のタンスにしまい込んでいます。でも、別れる際には男性自身も別れるつもりですので、そこで「別れたくない」だの「私、変
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結婚生活25

携帯電話を自分でもったことによって、私の世界は広がった。ポケベルすら持ったことがないから、見るもの触るもの全てが新鮮だった。同年代の人達や様々な人たちとの繋がりができた。次第に「旦那なというどいなくてもいいや」という気持ちになっていた。けれどそこまで私にとっての携帯電話は大切なものになった。育児が辛いわけではない。ただ、まともに人と関わりあってこなかった私には私を大切にしてくれる人がそこにはいた。スーパーのレジをしながら仕事仲間も増えていった。そうこうしてなんとかやり過ごしていたが、その年に、舅が出稼ぎから帰ってくるということを聞いた。私は車の免許を取らせてくれたのも舅だし、車を買ってくれたのも舅…と思うと舅は私の味方なような気がしていた。これで少しはマシな生活になるんだろうか…と期待していた。そして、その年の4月、舅は「定年退職」という節目を迎えた。しばらくは、普段いない人がいるので、生活リズムが崩れそうになったが、息子の面倒は良く見てくれたが、娘には少し態度がちがったように感じた。4月といってもまだ東北は寒い、その家では「薪ストーブ」だったが、一応ストーブガードのようなものはしてくれていた。が、舅が娘の手を払った瞬間、娘がストーブの煙突に触れてしまった!泣きじゃくる娘…私は早く冷やさないと!と氷などを準備していたが、舅は「なに!大したことない!おれが悪いというのか!」とキレ出した。そういう問題ではない。なぜ「人の心配ができないのだろうか」私には全く理解ができなかった。娘の手はだんだん皮膚が捲れていくようだったので急いで病院に行く準備をした「大げさな!」と舅はまだ切れているよ
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自己紹介

こんにちは。ナースのよもぎです。 一念発起してココナラをはじめてみました。 今日は自己紹介も含めて最近あったことを書きたいと思います。 令和は激動の時代 なんといっても新型コロナウイルスの流行。 だれがこんな時代を予想したでしょうか。 先日YouTubeを見ていると 「この時期にな、みんなそれぞれいろんなことが起こってんねん」 という発言をしている芸人さんがいました。 時代が大きく動いている影響もあるのか、個人の人生においても大小さまざまな変化があるようなのです。あなた自身や、あなたの周りの人たちにもきっと変化があったはずです。 わたしもまた、そのひとり。夫婦問題や親族の死、それらが一気に重なりました。そのなかで今日は祖父の死について語りたいと思います。祖父の死がターニングポイントになったわたしが看護師になった理由のひとつに大好きな祖父の存在がありました。 祖父はむかしバイクの事故で大怪我をして、昏睡状態になったことがありました。 わたしのことも誰だかわからず、幼心にそれはショックな出来事でした。幸い一命をとりとめ、後遺症もなく過ごすことができたのですが、わたしの中で、「生死の境にいる人を助けられる人にならなくては」 という思いがめばえていました。 それがわたしが看護師という進路を選ぶ動機のひとつになりました。それから月日がたち、昨年、祖父が病で亡くなりました。 病気の特性で、顔面麻痺を起こし、亡くなる前の顔は悲痛なものでした。それまでにも身近な人の死には何度も直面していたのに、祖父の死は他の人の死と全く違うものでした。なぜか、祖父の感じていた感情や無念が、わたしの中に手に取る
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好きな漢字

私は、夫と初めて目を合わせた瞬間、「あ、家族だ!!」と思いました。よく初対面で「この人と結婚する」と解ったとは聞いたことありますが、私はなぜか”家族”と思いました♪それはさておき、夫の苗字に、私が元々から好きな漢字が入ってるのですが(もちろん結婚したから私の苗字にも)今朝起き抜けに 急に思い立って、その漢字一文字は、どういう意味なのか調べてみたんです、、すると、びっくり仰天!!←久しぶりに使ったセリフ 笑私が大好きな自然の情景を難しい表現で示していました。私のスマホには、色んな場所のその情景の画像がたくさんあるくらい好きなんです!!25年も気づかなかったなんて、、、、、夫は天に旅立ちましたが、、私は好きな情景を看板に、日々楽しく幸せをかみしめながら生きていきます。愛を込めて、、
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四月一日。世間が「前向きな嘘」をつく今日、私は止まった時間を抱きしめる汀を開きます。

今日は四月一日。世の中は新しい年度の始まりに沸き立ち、誰もが足早に春へと向かっています。 しかし、大切な方を失ったあなたにとって、この新しい春の眩しさは、まるで自分だけが過去に置いていかれるような、残酷な時間の流れに感じられるのではないでしょうか。 周囲の明るさに合わせて、「私はもう大丈夫です」「早く元気にならなきゃ」と、心にもない前向きな嘘をついて、ご自身の悲しみを押し殺していませんか。 はじめまして。北国の鑑定士、朔(さく)と申します。 私が本日、このココナラに「再会の汀(さいかいのみぎわ)」という小さな灯をともしたのは、世界が一番浮き足立つこの日に、「もう、その悲しい嘘をつかなくていい場所」を作りたかったからです。 ここは、自分だけが「あの日」の時の中で、誰にも言えない言葉を抱えて立ち尽くしている。そんな方のための避難所です。  あなたが恐れているのは「忘却」です 「あの一言が、あの方を傷つけたのではないか」 「私がもっと何かできたのではないか」 その罪悪感を、私は「もう忘れましょう」とは決して言いません。あなたが苦しんでいる本当の理由は、後悔の念ではなく、「この痛みを(後悔を)手放してしまえば、あの方との繋がりが完全に消えてしまう」という、忘却への恐怖ではありませんか? その罪悪感は、あの方をこの世界に繋ぎ止めるための、あなたの切なく、そして深すぎる愛情の鎖なのです。 星とカードが教えてくれる、「あの方」の今の本当の姿私は、静かな机の上で石とカードを動かし、お二人の「星の巡り」をそっと紐解きます。もし、あの方がすべてを包み込む「大きな河」のような運命を持って生まれた人だ
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【【故人からのメッセージ】霊視×タロット|死別・突然の別れに寄り添う本格リーディング

もう会えなくなったあの人。それでも、心の中では対話が続いているそんな想いを抱えていませんか?✔ 突然の死別で気持ちの整理がつかない✔ 故人からのメッセージを受け取りたい✔ 霊視で今どうしているのか知りたい✔ 夢に出てくる意味を知りたい✔ サインやスピリチュアルなメッセージが気になる✔ 自分の選択は間違っていなかったのか確認したいこの鑑定は大切な人を亡くされた方専門のリーディングメニューです。故人からのメッセージを霊視リーディングで読み解きます本鑑定では・霊視(スピリチュアルリーディング)・タロットカード・オラクルカードを通して、魂のテーマを丁寧に読み取ります。「本当に届いているの?」「ただの思い込みでは?」そんな不安もあるかもしれません。だからこそ私はグリーフケアカウンセラーの視点を交えながら現実に足のついた、安心できる言葉でお届けします。無理に呼び寄せることはしませんこの鑑定では・強制的な交信・恐怖を煽る表現・依存を生む言い回しは一切行いません。自然なご縁の中で届くメッセージのみを大切にしています。あくまでもあなたの心を整えるための時間です。こんな方におすすめです・突然の事故や病気で別れた・後悔や自責の念が消えない・故人が安らいでいるか知りたい・夢に出てきた意味を知りたい・スピリチュアル鑑定が初めてで不安・優しく寄り添ってほしい死別の悲しみは、簡単には癒えません。しかし言葉を受け取ることで止まっていた心が少し動き出すことがあります。私について私はグリーフケアカウンセラーとして死別を経験された多くの方と向き合ってきました。その中で感じているのは故人との絆は肉体がなくなっても消え
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大切な人を失ったあと、誰にも話せない孤独を感じたら

こんなふうに感じていませんか?誰にもわかってもらえない気がする。何をしても、心にぽっかり穴が開いたまま悲しみを話したいけど、重いと思われるのが怖い。「そろそろ元気にならなきゃ」と自分に無理をしている。──もし、ひとつでも当てはまったらあなたは今、とても静かに、けれど確かに、悲しみに耐えているのかもしれません。「孤独」は自然な感情です。大切な人を失ったあとに感じる孤独は、「強くなれない自分の弱さ」ではありません。それだけ誰かを愛していた誰かと確かに心を通わせていた証拠なのです。だから、孤独を感じる自分を責める必要はありません。周りとのズレに苦しむこともあります。周りは「元気を出して」と声をかけてくる。「もう十分泣いたでしょ」と明るさを求めてくる。でも、自分の心だけが取り残されている気がする。──このギャップに、さらに孤独を感じる人はとても多いです。それは、あなたが間違っているからではありません。「癒える速度」は人それぞれ違うのです。誰にも急かされる必要はありません。【心を守るためにできること】🔹①「話してもいい場所」をひとつだけ持つ無理に多くの人に話さなくても大丈夫です。ただ、あなたの悲しみをジャッジせずに受け止めてくれる場所をひとつだけ見つけてみてください。🔹②「話さなくても、悲しんでいい」と許可する言葉にできなくても、涙にできなくても。あなたの心の中で、ちゃんと悲しむ時間を持っていいんです。🔹③「小さな温かさ」を感じることを許す空の青さふと香ったコーヒーのにおい足元に咲いた花どんなに小さくても世界にはあなたに寄り添う温かさがあることを思い出してあげてください。最後に大切な人を
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虹の橋

こんにちは。ちよです。今回は「虹の橋」という詩についてお話したいと思います。皆さんはこの詩についてご存知でしょうか?この詩は、ペットの死後の世界に関する詩です。全文を載せますね。天国のちょっと手前に虹の橋と呼ばれる場所があります。この世界で誰かと特に親しかった動物は死を迎えると、虹の橋に行くのです。 そこには親しかった彼らのために用意された草地や丘があり、 動物たちは一緒に走ったり遊んだりできるのです。 豊富な食べ物に水、お日様の光があり、動物たちは暖かく心地よく過ごします。病にかかったり年老いた動物たちは皆、健康になって元気になります。 傷ついたり不自由な体になった動物たちも、また元通りになって力強くなります。 まるで、過ぎ去った日々の夢のように。 動物たちは幸せで充実していますが、一つだけ小さな不満があります。 みんな、とても特別な誰かと、残してきた誰かと会えなくて寂しいのです。 彼らは一緒に走ったり遊んだりしています。 しかし、ある日、一匹が突然立ち止まり、遠くを見つめます。その瞳はきらきらと輝き、身体はしきりに震え出します。突然、彼は群れから離れ、緑の草を速く、速く飛び越えて行きます。 彼はあなたを見つけたのです。 そして、ついにあなたとあなたの特別な友だちが出会うと、再会の喜びにあなたは抱き合います。 そして二度と離れることはありません。 幸福のキスがあなたの顔に降り注ぎます。 あなたは両手で再び最愛の友の頭をなで回します。 そして、あなたは信頼にあふれる友の眼をもう一度覗き込みます。 その瞳は、長い間あなたの人生から失われていたものですが、心から決して消え去りはしな
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故人との絆

こんにちは。ちよです。今回は、故人との絆について話そうと思います。皆さんは大切な人が亡くなったとき、このように考えたことはないでしょうか?・早く立ち直らないと……そのためにも、故人のことは忘れて次の生活へ進むべきだ。・いつまでも故人との思い出に浸っているなんて、いけないことだ。・くよくよしている暇はない。早く忘れないと。きっと、たくさんの人がそう感じたことがあると思います。しかし、故人との絆は持ったままでいいのです。持ったままで、新しい生活に適応すればよいのです。そんなことできるの? と思われるかもしれませんが……できます。故人との思い出の中で溺れてそこから抜け出せないから不適応に陥っているのであって、立ち直るのに、故人の存在を消す必要はないのです。例えば、故人の写真を大切に持つ、毎日お仏壇に手を合わせて故人とのつながりを感じる。などなど……ペットであれば、骨や毛を入れたペンダントを持っている人も少なくないでしょう。故人の思い出と一緒なら、どこへでも行けそうな気はしませんか?故人はいつまでもあなたと共にあります。ペットであれば、「虹の橋」という詩もありますね。それについても他の記事で紹介しましょう。もう故人とは話をすることも、会うことも、ぬくもりを感じることもできないかもしれませんが、今は以前よりももっと近い距離にいるのかもしれません。それでも立ち直るのが難しそうであれば、自助グループに参加する他、私のサービスを利用してくだされば、つらいお気持ちを一緒に抱えます。私への相談はこちら:https://coconala.com/services/2428404あなたの心を聞かせてく
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四十九日を前に、気持ちの整理がつかないあなたへ。

大切な存在を亡くして四十九日が近づいてきた。それなのに、気持ちの整理が全然つかない——そういう人に、今日は届けたい内容です。もしかして「そろそろ落ち着かなきゃ」「区切りをつけなきゃ」と、自分を急かしていませんか?急かさなくていい。四十九日は、あなたの悲しみに期限を設ける日じゃない。四十九日という節目の、本当の意味仏教では、亡くなってから四十九日の間、魂がこの世とあの世の間をさまようと言われている。そして四十九日を境に、魂が次の場所へ旅立つとされている。つまりこの日は、「あなたが悲しみを終わらせる日」ではなく、「あの子・あの人が、次の場所へ向かう節目の日」。残された側が気持ちを整理し終える必要は、どこにもない。そんな期日ではないということです。四十九日を迎えても、まだ悲しくていい。まだ泣いていい。それは、ふつうのことだし、当然のこと。「気持ちの整理」は、しなくていい「気持ちの整理をつける」という言葉が、私はあまり好きじゃないのです。だって悲しみは、整理するものじゃないと思っているから。引き出しに片付けて、蓋をして、見えないようにする——それは整理じゃなく、封印というかたちに過ぎない。そして思うに、封印された悲しみは消えない。深いところに沈んで、夜中にふと浮かび上がってくる。それって今は目の前にいないあの子、あの人にどれだけ失礼なのかと感じてしまいます。悲しみは整理するものじゃなく、共に歩むものだと私は何度も言いたいです。四十九日が来ても、悲しみはそこにある。それでいい。この節目に、できることとして気持ちの整理はしなくていい。でも、この節目に向けてできることが、ひとつあります。「あ
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【強い願いを込めて】私が電話相談を始めた理由

こんにちは、まりえです。今日は、私がなぜ電話相談を始めたのかについて、書きたいと思います。強い想いがあって、この出品を始めました。私が電話相談をすることを決めたのは、人生のどん底で暗闇の中にいた「かつての私」がいたからです。30代前半で、最愛の夫との突然の別れがありました。夫は自死。衝撃的でした。残されたのは、まだ小さな子供たちと、深い喪失感。そして、明日からの家賃さえ払えるかどうかという、震えるような現実の不安でした。心は折れ、身体は悲鳴を上げ、鬱と不眠症に苛(さいな)まれる日々。「明日の朝が来なければいいのに」と、子供たちに隠れて毎晩のように泣きました。身近な人であればあるほど、惨めさや絶望は言えないものです。親や友人には気丈に振舞いました。職場では、仕事の合間にこっそりとトイレで泣きました。心配をかけたくない。同情されたくない。「しっかりしなきゃ」という、自分を縛る見えない鎖が、私をさらに孤独にさせていました。そんな限界の夜、私が震える手でダイヤルしたのは、会ったこともない誰かとの電話でした。顔も知らない、生活圏も違う「他人」だからこそ、これまで喉元で押し殺してきた悲鳴を、すべて吐き出すことができました。「夫がいなくなって、不安でしかたがない」「お金がなくて、明日が怖い」「眠れない夜が、死ぬほど苦しい」電話の向こうで、ただ静かに「大変でしたね」「よく今日まで繋いできましたね」と受け止めてもらった瞬間。固まっていた心が緩み、久しぶりに深い息ができたのを覚えています。「生きていていいんだ」あの日、誰かの声に救われた経験が、今の私の活動の原点です。私は、建設業界という厳しい世界
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グリーフケア士の資格を取得しました!

夏休み前から勉強をスタートしたグリーフケアの資格。無事に資格取得の運びとなり、グリーフケア士としてのサービスをスタートいたしました!【グリーフケアとは】 グリーフケアとは、大切な人やペットを失ったことによる悲しみ(グリーフ)を抱えた人々に寄り添い、その悲しみを乗り越え、立ち直り、自立できるようにサポートするケアです。死別のイメージが強いのですが、別離や喪失体験全般におけるすべてのケアが可能です。また「Angel-Note」では、大切な人だけでなく、自分を虐待していた親の死、DVやモラハラ行為をしていたパートナーの死、親を傷つけ続けた子の死など、心にモヤモヤが残る死別ケアにも力を入れています。死別の悲しみ、心に残った思いは、周りの人に言いづらい気持ち、そっと吐き出してみませんか? 【繊細はお悩みは有資格者へご相談ください】グリーフケアのサポートをはじめる以前から、カウンセリング業に携わって参りました。また私自身も、パートナーの喪失体験者です。 現在は、グリーフケア士の資格を取得、池袋のカウンセリング窓口での実務経験、ココナラなどを通じたオンラインカウンセリングサービスを10年以上提供した経験を活かし、あなたの気持ちに寄り添います。 心の傷を間違ったアドバイスで広げてしまわないために、カウンセリングやグリーフケアの専門知識を持つケアラーへ、お声がけください。【所持資格】・グリーフケア士(一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会) ・心理カウンセリングスペシャリスト資・コミュニケーションスキル資格・アンガーバランス・マネジメント資格
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父親の突然の死。 

こんにちは~taka3です。 今日は自分の生い立ちや育った環境についての話を少しだけお話しますね。僕が小学生の低学年の時、父親がある日突然自殺をしました。信じていた兄からの裏切りで、鬱になっていたと思います。父親の兄という人(叔父)は、結婚していて子供が3人いたのですが、飲み屋で知り合った女性と家庭を捨てて駆け落ち。いろいろと職を転々とし、僕の父親の所へやってきました。父は元々、兄弟が二人。 母親とは幼い頃に離別していました。いわゆる父子家庭ですね。 おばぁちゃんに育てられたと聞いてます。優しく、厳しい父親でしたが、心の中では寂しさを抱えていたと思います。 兄(叔父)が自分を頼ってきてくれたことを喜んでいた記憶があります。 住居や仕事の世話まで、いろいろと兄貴のために動いていました。 僕や弟、お袋よりも兄貴の事を考えていました。そんなある日、その叔父が突然何も言わずに失踪・・・。住んでいた家や仕事もほったらかしにして。 その当時、父はかなり怒っていた記憶があります。 そりゃぁ、そうですよね! 住居の費用、仕事も父が紹介し、父と同じ職場で働き始めて間もなかったから。信じていた兄貴に裏切られ、自暴自棄になり休日はギャンブルにのめり込むようになっていました。 父は期間工ではなかったものの、冬季は休みが多く家にいることが多い人でした。 そのうち、仕事に行くふりをしてパチンコ店へ母も仕事をしていて、僕ら兄弟二人の面倒を見てくれていたので、忙しかったと思います。 日中はパチンコ。夜は家でお酒を飲み、酔いつぶれていました。そんな生活で、父と母は喧嘩も増え、僕ら兄弟の前でも言い争いを繰り広げて
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社会人12

おばさんの家をでてから初めて家に帰った。その日はおばさんのみんなも優しかった。私がいなくなって、本当によかったなと感じた。そして、次の日には帰ることにした。寮の門限が夜の10時だったので、片道1時間はかかる距離だった。あまり長居をしない方がいいとも思った。そうして、私は寮に帰り、また十数人との生活が始まった。けれど、今までの生活からしたら、全然楽しかった。先輩に気を使うのは仕方のないことだ。その月だったか、いつだったか、私の通帳を管理している先輩に「お金を引き出してください」と言った。おばさんの家に帰ったり、ピザやらで出費が重なったためだ…そうしたらものすごい剣幕で「なんのために私が管理しているのよ!!」とまた、みんなの前で怒鳴られた…。いかにも、私が人のお金を取っているような雰囲気だった。「すみません…」と小声で言うしかなかった…。私は、先輩から五千円だけを受け取り、部屋に戻った。それから、仕事は順調のように感じた。ところが、先生の態度が一変する出来事が起こった。理容さんや美容さんだと、新人が直接施術できるのは、「シャンプー」だと思う。今はどうかわからないけど。私は「中卒」というコンプレックスから、シャンプーを人一倍頑張っていた。そして、いわゆる「指名」をしてくれるお客さんができたのである。私を指名してくれるお客さんは日に日に増えていき、他の同期の人達を追い抜いていった。だからといって、私にはなんの気持ちの変化や態度の変化はなかったと思う。変化の仕方が分からなかったのだ。今まで無視はされても「指名」はされたことがなかったからだ。忙しくシャンプーをする私を見て先生が、お客さんの
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もう会えない人の想いを知りたいあなたへ

「今、どう思っていますか」心の中で何度も問いかけてしまうことはありませんか?もう会えないと分かっていてもふとした瞬間思い出してしまう。あの時の会話や、最後のやり取り。時間が経っているのに気持ちだけがそこに残ったまま動かない。本当は・あの時どう思っていたのか・伝えたかったことは何だったのかちゃんと知りたかった。そう感じている方は少なくありません。人は大切な人との関係ほど「分からないまま」では終われません。だから心のどこかでずっと答えを探し続けてしまいます。実際にご相談では「やっと受け取れた気がします」「気持ちが少し落ち着きました」そんな言葉をいただくことがあります。無理に忘れなくていいです。忘れることが前に進むことではなくてちゃんと受け取ることで少しずつ整理されていく感情もあります。もし今もどこかに引っかかりがあるならその感覚は大切にしていいものだと思います。必要なタイミングで必要なメッセージは届くものだからです。故人からの想いやメッセージを言葉としてお届けしています。大切な人からのメッセージはテキストで鑑定しています。
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【前編】死と感情とエネルギー

人は、思った以上に早く立ち直るものです。身近な人が亡くなったとしても数ヶ月、あるいは数年もすれば日常の暮らしに戻っていきます。中には、数日で落ち着いてしまうという方もいます。なぜでしょうか。おそらく死そのものが悲しいのではなく、残された側が自分を哀れむ感情に包まれているからなのだと思います。「辛かっただろうな」「寂しかっただろうな」「もっと何かできたのではないか」そうした想いは実際には故人のためのものではなく自分自身の中にある感情や後悔に対して生まれてくるものです。死の間際にどれほどの苦しみや痛みがあったのかは本人にしか分かりません。そして、死後には顕在意識や表層の潜在意識はすべて停止しますので喜びや悲しみといった感情そのものが存在しなくなります。つまり、悲しいのは常に“生きている者”の側だけなのです。数ヶ月から数年かけて悲しみが和らいでいくのは人間の感情がそれほど長く持続できるものではないからです。どれほど大きな喜びや悲しみであっても感情というのはエネルギーでできていますので放出されればやがて静まっていきます。ガスが抜けていくように感情もまた自然に消えていくのです。つまり、残された者の悲しみとは本質的には死者に向けられたものではなく自分自身に向けられたエゴの表れであるとも言えます。お葬式でよく見られる、「なんで置いていったのよ」という言葉も、その実、“取り残された自分”を哀れむ心の声です。もちろん悲しみのエネルギーを外に出すことは大切です。泣くことも誰かに語ることもエネルギーの放出としては良いことです。内側に抱え込まず外に出すことで、感情の循環が始まり自然に気持ちは整っていき
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たぶん…夏は終わったな。

今日、昼に「何食べよっかな?」って思っていつものようにそうめんにするか…って思ったんだけど、いつもみたいにはそんなに食べたい気持ちがしなくなって、それで、結局、熱い炒飯を選んだ。その時、「あゝ…今年の夏は、終わったな。」って感じたんだ。いつもこんな感じを思ったりした直後に、秋の訪れがとても早いから、僕はいちいちビックリするんだった。つまり今年もすでにそういう時期に来てるんだな…。
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50歳からの婚活☆死別再婚

皆様こんにちは。今週は雨模様が続きそうです。少しづつ気温も下がっていきそうですね。50歳からの婚活は、「死別再婚」というケースも多くなってきます。あまり気にしていなかったのですが、実際にお見合いしてみるとけっこうキツかったです。というのも、お見合いの時点では「再婚」としか記載がなかったんです。お会いして初めて知ったので、これはお相手の結婚相談所にも一言いいたかったですね。最初は、その方は76歳だったので、この先のことも心配なんでしょうと思い直して、仮交際がスタートしました。歳の差は20歳くらいでしたが、何度か外でお食事したりして仕事の話とか楽しかったので割と盛り上がりました。その時、亡くなった奥様の話はサラっと聞いただけでしたが、個展や本を出版するようなけっこうな著名人だったようでしたが、軽く流していました。そのうちお家に招かれ、おじゃましてビックリ!先ず、奥様が生前開いていたお教室の表札がそのまま。まるでルームツアーのように案内してくれましたが、家中、奥様の作品が展示してあり、地下室のアトリエもそのまま。使っていた道具も服や着物もそのまま。何も片付いていません。そして、奥様のお墓があるお寺にまで案内されました。その時は、色々驚きながらも「私にすべてを話して、これからのことを考えたいのかな。」と良いほうに解釈をしていたんですが、、、どうも違うらしい。奥様とは生前、喧嘩ばかりしていたという話から、旅行にいった時の話。最後看取る時の話。死別してから、まだ2年しか経っていないこともあり、気持ちを切り替えるには、まだまだ時間がかかるでしょう。娘さんが一人いらっしゃいましたが、私とほぼ同
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一人っ子で独身寂しい夜、どうしてますか

はじめまして。すっかり朝と夜の寒暖差が出てきましたね。寒くなってくると、一人でいるのがとても寂しくなってくるのは私だけじゃないはずと、ブログを書いています。買い物に出て、家族連れやカップルを目にして、どうして皆家族を作れるの?そこまで行き着いてしまう。元々一人好きなので、今まではそんなに感じたことがなかったですが、ずっと一緒だった親が施設に入ったことが私の一番大きな原因です。こんな理由に限らず、離婚された方、死別された方、ずっと一緒だった人と離れ離れにならなくてはいけなくなった方、是非お話ししてみたいです。寄り添うことで、温かくなれる。そんな居場所を作りたい。少しでも心を軽くするお手伝いができたら。
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中学校生活11

私は、おばさんに、今の学校でイジメられているとは、到底言えなかった。自分で決めてココにきたんだ文句もなにも言わないし言えない。おばさんの家には、息子と娘二人が一緒に住んでいたが、よくは思われていないのは、知っていた。もう車を持っていたから18歳にはなっていたと思う。それでも私とはあまり顔を合せなかった。ご飯の時も別々に食べていたと思う。一緒に食べた記憶はない。どこにいっても「自分は嫌われ者」だった。好かれようとして、話しかけたりももちろんした。みんなの持っているものは持てなかったけど話にはついていこうとネットのない時代に必死についていこうともした。身なりは制服だったからさほど変わりはないと思う。髪型だけは、変えられなかったが…。それから高校進学の話がでたが、私はこれ以上迷惑は掛けられないと思った。私が高校に行くという選択肢はなかった。おばさんもあからさまに嫌な顔をしたものある。だから私は「就職」を選んだ。出来れば「寮」のある仕事がよかった。そして県外に行きたかった。学校の先生は、ここぞとばかりに就職の資料を持たせた。おばさんと話し合うように、と私は県外の寮付きの仕事をなんでもいいから探した。そうしたら。おばさんが「県外はだめだ」と言ってきた。あんまり離れるとさすがに心配なのかな、と思って、秋田市内の寮がある美容院に決めた。そして、卒業式を終え、私は当然のごとく空気のような存在で、流れるように式が終わり、感動もなにもないまま、ただ就職したら「別の世界があるはず!」という希望だけが私を支えていた。就職の面接が終わり、美容師になりたいと告げると、その店長さんは「美容師、もう埋まってし
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★彡おかげさまで総販売実績1,000件を達成できました❗️★彡

約1年での1000件達成!!!★彡おかげさまで総販売実績1,000件を達成できました❗️★彡🌸心からのご報告(fromマサル)🌸皆さま、本当にありがとうございます。ご相談くださる方、励ましの言葉を届けてくださる仲間、そして温かく導いてくださる先輩方――その一人ひとりの存在が、私をここまで連れてきてくれました。ココナラを始めて1年2か月。1000件という数字を目にした瞬間、思わず涙がこぼれました。「こんなにも多くの方に支えていただいていたんだ」と、胸がいっぱいになったのです。これは決して私ひとりの成果ではありません。皆さまが寄り添ってくださったからこそ、不安な日も、迷う日も、前を向いて歩むことができました。これからも、いただいたご縁を一つひとつ大切にしながら、皆さまの想いに応えられるよう、精一杯努めてまいります。どうかこれからも温かく見守っていただければ幸いです。2025年12月 マサル
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愛する存在の旅立ちとともに ー ホロスコープで見つける癒しの道

大切な人やペットを失い、胸が張り裂けそうな悲しみの中にいるあなたへ。日常の中でふとした瞬間にこみ上げる涙、言葉にならない苦しみ。私も、そんな悲しみを知っています。大切な存在を失ったとき、周りの人は「時間が解決するよ」「前を向いてね」と言ってくれることが多いですよね。もちろん、その気持ちはありがたい。でも、実際には時間が経っても埋まらない寂しさや、突然襲ってくる悲しみにどう向き合えばいいのか分からなくなることもあると思います。私自身も、大切な人との別れを経験しました。最初は現実を受け入れられず、ただ涙が溢れる日々。周りには平気なふりをしても、心の中はボロボロで。そんな中で支えになったのが、自分自身の心と向き合うことでした。悲しみの受け止め方は、人それぞれ違います。「泣いてもいい」「無理に元気にならなくていい」「自分の気持ちを大切にしていい」そう思えるようになってから、少しずつ前に進めるようになりました。この鑑定は、そんな私の経験と、ホロスコープの知識を組み合わせて作ったものです。ホロスコープには、人それぞれの心の癒し方や乗り越え方のヒントが隠れています。この鑑定では、あなたにとって最適な悲しみとの向き合い方をお伝えします。「今の自分を受け入れるヒントがほしい」「どうやって心を癒せばいいのか知りたい」そんな方に寄り添うために、私はこの鑑定をお届けしたいと思っています。あなたの心がほんの少しでもふっと軽くなる瞬間が訪れますように、心から願っています。▶︎【あなたに合った悲しみの癒し方を星読みで鑑定します】詳細はこちらからご覧ください。https://coconala.com/serv
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後悔から前に進もう 小さな命を救っていく。

ある時、気がつきました。後悔していましたが、このまま後悔を続けても、なんの解決にもならんと。そして、人との別れを経験して分かったこと、それは、人は死ぬ時が来る、時間、人生は限られている、ということです。なんだ、ありふれた当たり前のことじゃねぇか!って言われればそれまでですが、じゃ、どうせ死ぬなら、限られているんだったら、ってふと考えてみてはどうだろうか?悲しい、寂しい、ああ、あの時ああすればよかった、なんで私は。。なんて思うよりも、今、生きているこの瞬間の奇跡を少し考えてみよう。そんなどうしようもない感情に支配されて、一生を終えるのか、スマフォばかり触って、どれだけ無駄な時間を過ごしてるんだ、そんなことよりも、今できること、って何だろう、と思うようにした。世のため、人のため、というが、周りの人を好きになれない。だったら、道路にいる、今にも車に踏み潰されそうなカタツムリや毛虫を救おう、って先月から動き始めたんです。そうすると、道路を無謀にも横断する毛虫は、一日に5−10匹で会いました。彼らを、草の生えているところにさっと投げた。始めは、ちょっと毛虫は気持ち悪かった。でも、なれてきて、家の猫と大して変わらないな、って気がついた。ふさふさした毛で覆われているわけだし。それはさておき、ふと振り返ると、大したことのない、できない、過去をなん度も後悔ばかりしていた私ですが、ちょっと光の兆し、というか、前に進めたと思い始めたんですよ。毛虫を仮に一日5匹救ったとしても、一月でなんと150の命を助けたわけですよ。医者が、一月に150人もの命を救っているか!あの役員が、社長が、大きな事業をしていた
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時間が止まった日

その日は突然にやって来ました。2020年夏に突然旦那さんが亡くなったのです。私たちを残して。その電話がなった日から私は真っ暗な出口のないトンネルに入ってしまいました。。。訳がわからずに子どもたちを家に残したまま病院に駆けつけた時は止まった心臓を無理やり蘇生してせめて最後を家族にという先生の想いがわずかながらに伝わりました。**********************死別を経験された方。眠れていますか?食べていますか?どうぞ吐き出してくださいね。
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初めまして

しゃらら☆です。 こちらのブログでは、大切な人との別れについて 私が体験したことや、書籍、詳しい人の話や 体験談などを綴ります。 死と向き合いあの世のことを明らかにしていくことで 生きている日常を輝かせることができます。 一歩ずつ悲しみを癒しながら 感謝とともに人生を生きていきましょう。 私がそうなれたように あなたもきっとそうなれるはずですから。 あなたが生を受けた目的を果たし、愛する人と あちらで思う存分に語りつくしましょう。 どうぞ末永く宜しくお願いいたします。しゃらら☆
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死別して10年…心に灯がともった日

※今回も、実際にご相談いただいた方のお話をもとに、許可を得て内容を再構成しております。「同じように悩んでいる方の助けになれば」と願うご本人の気持ちを込めて、綴らせていただきます。夫を亡くしてから、もう10年が経ちました。あのとき私は48歳。まだ若いねと周りには言われたけれど、私にとっては突然、時間が止まったような日々の始まりでした。毎日をこなすことで精一杯で、泣くことすら後回しにしていた気がします。そのうち、感情を見せることにどこかでブレーキをかけて、「大丈夫そうに振る舞う自分」が、だんだん“当たり前”になっていきました。子どもたちも巣立ち、仕事も落ち着いて、ようやく自分の時間が戻ってきたと思ったある春の日。私はふと思い立って、ひとりで桜を見に行きました。夫と最後に一緒に歩いた川沿いの道。ずっと避けていたその場所に、なぜか今年は、行ってみようと思ったんです。満開の桜の下を歩いていたら、すれ違った中年の男性が、立ち止まってこう言ったんです。「いい日ですね。風に散る花びらが、今年は特にきれいだ」見知らぬ人のひと言なのに、不思議と涙が出そうになりました。この10年間、桜を見ても、風を感じても、心が動くことがなかったのに。「本当ですね」とだけ返して、その場を離れましたが、そのあとずっと、その人の言葉が耳に残っていたんです。何日かして、たまたま入った図書館の閲覧スペースで、再びその男性を見かけました。本の貸出カウンターの前で、彼もこちらに気づいたようで、軽く会釈してくれました。そのあと偶然隣同士になり、静かに読書をしていたのですが、帰り際に彼がこう言いました。「桜の人、ですよね。覚えてま
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無償シャーマニックヒーリングイベントの御礼

※別ブログで開催した無償シャーマニックヒーリングイベントの御礼の記事です。☆3月17日開催☆17の日の無償シャーマニックヒーリングイベントにご参加くださった皆様、どうもありがとうございました。17日は奇しくも、彼岸の入りの日でしたね。私も天国にいる家族に想いを馳せていました。Nostalghia 〜Kiyomizu〜 by 川上ミネイベントの前に川上ミネさんのピアノミュージックを聴いていました。この曲は京都大原で暮らし、活動されていたイギリス出身のベニシアさんのNHK番組でも使われていたので、聴いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。私はベニシアさんの番組で川上ミネさんの曲とともに美しい大原の風景を見るたびに、優しく、でも少し切なくもあるこの音色、大切なことを思い出してしまいそうな感覚に少しだけ抵抗も感じていました。大切なことを思い出したら、泣いてしまいそう。泣いたら、立ち止まってしまうのかな、私また明日から歩けるのかな、そんなことを感じながら、大切なことを思い出さない方が都合がいいと心を閉じたままにしてしまうことってあるよね、とこの曲を聴きながら感じていました。でも、この曲をイベント前に聴いていた時に、もっとこの曲の美しさを、愛を受け取ればいいだけだったのだな、そこに身を委ねればいいだけだったと感じたのでした。私の中の愛し愛されていた日々の記憶にこの音色が届くことを許して、この音楽とともに旅をすればよかったのだ、と思ったのです。世界に溢れている美しい光、心を見つめることを助けてくれる音楽の力を借りながら、もっとあの時だって思いっきり泣いてもよかったよね、と。忙しく日々を
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「居ない」と「無い」の違い

愛した人大切な人この方々と一緒に過ごした日々があったことが重要であり、その経験があるから、いつでも思い出せるもし自分の人生の時間に存在しなければ、「全くの無」になるこの違いは大変大きなものかと思います。愛を感じた日哀しみを共に乗り越えた友笑顔を与えられた存在そのひとつひとつが「今ここにいないだけで、全てが無くなってしまった」と思ってしまったらそれは誤解なのではないでしょうか。自分が経験したこと、その人に影響を受けた時間それはとても大きな財産であり、自分の人生にとってもとても意味あるものだと思います。全くなければ、思い出すことさえもできない「もういない」は英文のnotのように全てを打ち消すものではないと思います。居たんですね。存在したのです。そこに大きな意味があるのだと思います。出会いに感謝です。
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悲しみから前を向いて生きる

離婚の時は、約一年、死別しても同じく一年間は、虚無感後悔した気持ちでずーっと苦しんでいます。今後も悲しみが消えることはないと思っています。ただ、冷静になって考えてみると、後悔しても、何の解決にもならないことに気がつきました。悲しみのループと言いますか、私は今生きています。人生は限られています。 誰しも最後は死にます。だったら、精一杯、生き切ってやろうじゃないか、と決めました。精一杯生きるとは、自分の力を出し切り、誰かの力になること、何かを助けることだと思います。とても大切な人を亡くしたことで、今でも悲しさや、後悔は消えません。もう、消えなくてもいいのではないか、消えないけど、前を向いて、何か助けていこう、と決めたんです。そうすると、体が軽くなりました。何が出来るか、って自分でもよくわかっていません。ここなら、というサービスを知って、なるほど、これは便利なサービスかもしれない、と思ったわけです。自分は特別に優れた人間ではありません。しかし、悲しいことは体験しました。だから、同じように悲しい思いをした人(同じ状況とまでは言えません、人それぞれ違いますから。)の気持ちは、普通の人よりかわかります。命を失う、大切な間近の人が亡くなる、当初は信じがたく、今でもそばにいると感じます。しかし、一緒に’喋りながら食事もできない、毎日お祈りはしても、以前の生活とは異なりました。出来ること、何でもやって行こう、と決めました。今、毎朝、40分くらいは歩いています。運動も兼ねてですが、道路で殺されている生き物の多さの存在に気がついたからです。全ては救えておりません。 でも、無惨に車で踏まれそうな昆虫や
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恋愛、パートナー関係で一緒にいられなくなった一人の暮らしの日常の中にある源の楽園の世界に気付けない幻覚、幻術が解ける遠隔法術ヒーリング

今回は人の自我意識による、恋愛、パートナー関係で ​ ​ 一緒にいられなくなった一人の暮らしの日常の中にある ​ ​ 源の楽園の世界に気付けない幻覚、幻術が解けることを ​ ​ テーマとした遠隔法術ヒーリングをお届けします☆ ​ ​ ​ ​ 本日はカップルや同棲、夫婦などの人生や思い出を2人で共有する ​ ​ 暮らしが続くと思っていたところに、突如として一人で暮らす ​ ​ 想定外の地球アトラクションに流されてしまった(笑) ​ ​ 方々に向けられた内容ですね。 ​ ​ ​ ​ この動画を見る方は、遠距離恋愛、別離、死別など、自我さんの ​ ​ 心境としては不本意な形で一人の暮らしをすることになってしまい、 ​ ​ 必ずまた2人で思い出を作るんだ、絶対にまた2人で過ごせるようになろう、 ​ ​ 絶対に再会するんだ、といった感じで必死に ​ ​ 今の一人の暮らしに抵抗されている方が多そうです。 ​ ​ ​ ​ 今回の主旨は自我さんにとって不本意ながら始まってしまった ​ ​ 一人の暮らしの日常の中に組み込まれている、 ​ ​ 源の本体部分の意識や世界へと結ばれていくピースに気付くこと、 ​ ​ その大いなる愛に気付くことでしょうか。 ​ ​ ​ ​ いや、そんなの無理、2人の暮らしと思い出に戻して・・・と猛反発が ​ ​ 起きているかもしれませんが、自我さんがこんな現実は絶対に ​ ​ 納得できないと死ぬほど(笑)嫌がっているところであればあるほど、 ​ ​ 源の楽園の世界に還るビッグチャンスが到来していると思って下さい。 ​ ​ ​ ​ 冷静に状況を見てみましょう。 ​ ​ ​
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