おばさんの家をでてから初めて家に帰った。
その日はおばさんのみんなも優しかった。
私がいなくなって、本当によかったなと感じた。
そして、次の日には帰ることにした。
寮の門限が夜の10時だったので、片道1時間はかかる距離だった。
あまり長居をしない方がいいとも思った。
そうして、私は寮に帰り、また十数人との生活が始まった。
けれど、今までの生活からしたら、全然楽しかった。
先輩に気を使うのは仕方のないことだ。
その月だったか、いつだったか、
私の通帳を管理している先輩に
「お金を引き出してください」
と言った。
おばさんの家に帰ったり、ピザやらで出費が重なったためだ…
そうしたらものすごい剣幕で
「なんのために私が管理しているのよ!!」
とまた、みんなの前で怒鳴られた…。
いかにも、私が人のお金を取っているような雰囲気だった。
「すみません…」
と小声で言うしかなかった…。
私は、先輩から五千円だけを受け取り、部屋に戻った。
それから、仕事は順調のように感じた。
ところが、先生の態度が一変する出来事が起こった。
理容さんや美容さんだと、新人が直接施術できるのは、「シャンプー」だと思う。
今はどうかわからないけど。
私は「中卒」というコンプレックスから、シャンプーを人一倍頑張っていた。
そして、いわゆる「指名」をしてくれるお客さんができたのである。
私を指名してくれるお客さんは日に日に増えていき、他の同期の人達を追い抜いていった。
だからといって、私にはなんの気持ちの変化や態度の変化はなかったと思う。
変化の仕方が分からなかったのだ。
今まで無視はされても「指名」はされたことがなかったからだ。
忙しくシャンプーをする私を見て
先生が、お客さんの見えない、カット台の下で、私の足を蹴ってきたのである…。
???
私は今何をしたのか…
カットが終わって、お客さんが指名してくれたシャンプーをしに向かっただけである。
そのすれ違いざまに蹴られた。
びくっとして先生を見ると、その顔はなにか怒っているように見えたが、お客さんに感づかれないように必死に冷静を保っていた。
それを機に、先生の態度や指導が変わった。
それと連携するかのように同期や先輩との関係も崩れてきた。
一方、私と同じ中卒で入ってきた人は、その理容さんで知り合った男性と、忽然と姿を消したのである。
寮の中でも騒然としていた。
もちろん探すのを手伝った。
私に何か言っていなかったかなども聞かれた。
その店には男性も働いていた。
その男性は、確か18歳だったと記憶している。
店で借りているアパートで独り暮らしをしていたという。
私は恋愛などの話は聞いていなかったので、驚いた。
中卒で新人は私一人となった…。
当然、風当りが強くなった。
「これだから中卒は…」
と、ことあるごとに言われるようになった。
私は、負けまいと、ロットを使うパーマの練習…シャンプー、仕事に打ち込んだ。
ただひたすらに…。
嫌味を言われても、蹴られても…。
そして、月日は流れ…
8月頃から、おばさんが仕事場(店)に来てまで私のお金の無心をするようになった…
私は中学まで通わせてくれたから仕方ないとは思いつつ、店までくるのはやめてほしいと思った。
お金を受け取るとすぐに帰るため、先生や他の人にはバレていない思う。
それでも、給料の中から捻出するのは、大変だった。
10月…
4月にこの店に入社してから、半年が経とうとしていた。
私は、それでも順調に過ごしていると思っていた…。
母親の存在などすっかり忘れ、新しい道を歩んでいると…
思っていた。
その時は突然やってきた
いつも通り、仕事をしているとチャイムがなった。
チャイムは裏のチャイムで、業者の人や先生のプライベート、もしくは、私たちが出入りする入り口のチャイムの音だった。
私は、なにかきたのかな、くらいにしか思っていなかった。
ところが…
裏から出てきた先生は、真っすぐ私のところに来て
「お前は、もうクビだ、帰れ」
と、ボソッと言った。
さすがに、返事とも言えない返事をしたと思う。
状況を把握できないでいると
「迎えがきている、部屋のものをもって今すぐ帰れ」
というのだ。
迎え?
どういうこと?
誰が?
私は、慌てて「裏」にいった…
そこには…
あの「母親」がいた…