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私は、役員報酬を15万円にした。 ― 社長だけが豊かになる会社にはしたくなかった。―

私は、社長になってから、役員報酬を15万円にしていました。景気が良かった時だけ、一時的に40万円にしたことはあります。でも、それも三年ほどでした。会社の業績が変われば、役員報酬も見直しました。最終的には、13万円になりました。私は、社長だからといって、最初に利益を受け取るべきだとは、思っていませんでした。利益が出たら、まず、スタッフです。会社です。設備投資です。福利厚生です。そして、最後が社長でした。スタッフにも、よく話していました。「社長が給料をもらうのは、一番最後だから。」それが、私の経営の考え方でした。もちろん、役員報酬だけで生活していた訳ではありません。会社へ貸していたお金があり、会社の状況を見ながら、返済を受けることもありました。会社が苦しい時には、メインバンクから、会社へ貸したお金を免除する提案も受けました。でも、それでは、私自身の生活が成り立ちません。相談した結果、貸付金は残し、役員報酬を13万円にすることで、会社を続ける道を選びました。私は、我慢したかった訳ではありません。貧乏でいたかった訳でもありません。必要な時には、欲しい物も買いました。投資もしました。ただ、私には、利益には順番があると思っていました。大切なのは、「いくら受け取るか。」ではありません。「利益を、誰から先に使うか。」でした。私は、会社の利益は、社長一人が受け取るものではないと思っていました。現場で働くスタッフがいて、会社が成長し、利益が生まれる。だから、その利益は、まず会社を支える人へ返したい。そう考えていました。スタッフと会社が成長すれば、その成果は、必ず社長にも返ってくる。私は、そう信じて
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私は、「発注」を見えるようにした。― 人は忘れる。だから、気付ける仕組みを作った。―

私は30年以上、飲食業に携わってきました。これまで、海鮮居酒屋、スペインバル、肉バル、焼肉店、ラーメン専門店、低単価均一居酒屋、カラオケボックス、ダイニング、食堂、創作居酒屋など、さまざまな業態を新規オープンしてきました。業態が変わっても、共通していたことがあります。人は忘れます。忙しくなれば、ミスも起こります。それは能力の問題ではありません。人だからです。だから私は、業態ごとのノウハウではなく、どの店でも通用する「仕組み」を作り続けてきました。前回のブログでは、仕事を確認する頻度によって3種類に分けていたことを書きました。では、営業中に在庫が少なくなった時、その情報をどうやって発注までつなげていたのか。今回は、その仕組みをご紹介します。多店舗経営時代、私が管理していたアイテム数は200種類を超えていました。食材。飲料。調味料。消耗品。さらに、生ビールのジョッキや土鍋など、一部の食器も管理対象です。これだけのアイテムを、「覚えておいてください。」だけで管理することはできません。そこで私は、「発注」を見えるようにしました。例えば、ごまドレッシングです。バックヤードには、ごまドレッシングを保管する定位置があります。棚の一番手前には、「ごまドレ」という商品名のラベルを貼ります。そして、その「ごまドレ」の置かれた場所には、「発注! 在庫2」というラベルを貼っていました。通常は、未開封2本を並べて保管しているため、そのラベルは商品で隠れています。しかし、1本取り出した瞬間、今まで見えなかった「発注! 在庫2」のラベルが現れます。それを見れば、「あっ、発注だ。」と、誰でも分かります。人に聞
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私は、利益をスタッフへ還元した。  ― 利益は、会社だけのものではない。―

私は38年間、飲食業に携わってきました。会社は、利益を残さなければ続きません。だから、利益を追いかけることは、経営者の大切な仕事です。でも私は、利益を、会社だけのものだとは考えていませんでした。利益を生み出したのは、現場で働くスタッフだからです。だから私は、利益が残った時は、できるだけスタッフへ還元する仕組みを作りました。歩合手当です。ただ売上が増えたから、全員へ配る仕組みではありません。私は、前年と比較して改善した結果だけを、還元対象にしました。例えば、水道光熱費。売上。客単価。人件費。仕入れ原価。前年より改善した分の一部を、スタッフへ還元しました。利益を増やすことだけが目的ではありません。会社を良くする行動が、自分たちにも返ってくる。それを知ってほしかったのです。すると、少しずつ、現場が変わり始めました。「昼間の掃除だけなのに、エアコンも照明も全部つける必要ある?」そんな声が、スタッフから自然に出るようになりました。水の使い方も、電気の使い方も、誰かに言われる前に、自分たちで考えるようになりました。私は、節約を教えたかったわけではありません。会社のお金を、自分事として考えてほしかったのです。もちろん、還元はお金だけではありませんでした。私は、スタッフが他の飲食店で食事をした費用も、会社で負担していました。繁盛店へ勉強に行くスタッフもいれば、家族と外食へ行くスタッフもいました。飲食店で働く人は、世間が休んでいる時間に働きます。家族との時間が取りづらい仕事だからこそ、その時間も、会社が応援したいと思いました。学ぶことも、家族との時間も、未来への投資だと思っていたからです。私は、
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私は、「2タッパ理論」で仕込みを管理する。 ― 空のタッパが、次の仕事を教えてくれる ―

飲食店では、営業中によくこんな声が飛び交います。「ネギお願い!」「水菜がなくなった!」「炒め野菜、急いで仕込んで!」忙しい時間ほど、人が人へ仕事を頼みます。でも、私の店では、そんな声はほとんど聞こえません。理由は、人ではなく、仕組みが仕事を教えてくれるからです。私は30年以上、飲食店の現場に立ってきました。その中で気付いたことがあります。人は忘れます。忙しければ、なおさらです。だから私は、「忘れないように。」ではなく、忘れても困らない仕組みを作るようになりました。その一つが、私が勝手に「2タッパ理論」と呼んでいる仕組みです。やることは、とても簡単です。同じ食材は、同じ大きさのタッパを2つ用意します。例えば、・炒め野菜・笹ネギ・水菜それぞれ同じタッパを2つ用意し、ラベルを貼って管理しています。営業中は、片方だけを使います。もう片方は、満タンの状態で冷蔵庫の定位置に置いてあります。こちらが、実際に私の店で使っている冷蔵庫です。同じ食材は、同じタッパを2つ用意し、ラベルを貼って定位置で管理しています。特別な設備ではありません。誰でも取り入れられる、小さな改善です。営業中、使っていたタッパが空になったら、そのまま洗い場へ持っていきます。そして、冷蔵庫から満タンのタッパを取り出す。営業は、そのまま続きます。お客様を待たせることもありません。一見すると、それだけのことです。しかし、この仕組みの本当の価値はここからです。洗い場には、空になったタッパがあります。その空のタッパを見るだけで、「この食材を仕込めばいい。」誰でも分かります。私は、「水菜お願い。」「ネギ切って。」そんな指示を出しません
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私は、存在しない人材を探していた。 ― 努力ではなく、探す方向を間違えていた。―

私は、会社を大きくしたいと思っていました。そのためには、優秀な人材が必要だと信じていました。だから、採用しました。育てました。評価制度も作りました。給与も上げました。社員旅行にも行きました。海外にも連れて行きました。飲食店巡りの費用も、会社で負担しました。成長できる環境は、誰にも負けないくらい、用意したつもりでした。でも、ある日、一番の右腕が、会社を辞めました。義理の弟でした。そして、独立しました。昨日まで、同じ会社で、同じ方向を向いていた人が、突然、ライバルになりました。私は、裏切られたとは思いませんでした。ただ、考え続けました。何が悪かったのだろう。私の育て方か。会社の仕組みか。待遇か。もっと何か、できたのではないか。何年も、答えを探し続けました。そして私は、次の「優秀な人」を探しました。仕事ができる人。向上心がある人。責任感がある人。会社のことを考えられる人。そんな人と出会えれば、会社はもっと成長できる。そう信じていました。でも、なかなか見つかりません。見つからないほど、私は焦りました。もっと採用しなければ。もっと育てなければ。もっと良い会社にしなければ。そう考え、努力を続けました。でも、ある時、ようやく気付きました。私は、存在しない人材を探していたのです。仕事ができる。向上心がある。責任感がある。でも、独立しない。欲がない。ずっと、私の会社にいてくれる。そんな人を、私は探していました。よく考えれば、おかしな話です。本当に優秀な人なら、もっと挑戦したいと思うかもしれません。もっと評価されたいと思うかもしれません。もっと収入を増やしたいと思うかもしれません。自分で会社をやり
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私は、自己破産を選んだ。 ― 逃げたのではない。人生を作り直すためだった。―

私は、自己破産を選びました。「自己破産」この言葉に、良いイメージを持つ人は、少ないと思います。私も、そうでした。だからこそ、最後まで悩みました。一番気がかりだったのは、スタッフのことです。私が決断すれば、働く場所を失う人がいます。生活が変わる人もいます。それを考えると、簡単には決断できませんでした。でも、現実は待ってくれません。私は、コロナは半年ほどで落ち着くだろうと思っていました。しかし、現実は違いました。半年が過ぎても、終わる気配はありません。私は、その時に悟りました。このままでは、会社を延命しているだけだと。民事再生も考えました。いろいろな道を検討しました。でも、私が選んだのは、自己破産でした。理由は、もう一度、人生を作り直したかったからです。中途半端に続けるより、ゼロから、もう一度やり直したい。そう思いました。破産申立開始決定の前日、私は、スタッフへ伝えました。明日から、会社は新しい段階へ進むこと。そして、今まで支えてくれたことへの感謝を。その時、あるスタッフが、私に言ってくれました。「最後までありがとうございました。」その言葉は、今でも忘れられません。自己破産を決断した瞬間、私のストレスは、ゼロになりました。苦しかったのは、自己破産した後ではありません。決断できず、延命していた時間でした。今、あの頃の自分に、一つだけ伝えられることがあります。「あと三〜五年、早く決断しろ。」そう伝えます。理由は、一つです。苦しみは短く。楽しさは長く。決断を先延ばしにした時間は、誰も幸せにしませんでした。もっと早く現実を受け入れていれば、もっと早く、次の人生を歩き始められたと思っています
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私は、失敗を公開した。 ― 失敗は、誰かの役に立った時、経験に変わる。―

私は、昨年12月、自分の失敗を公開することに決めました。自己破産したこと。経営に失敗したこと。すべてを、隠さず伝えることにしました。不思議と、怖さはありませんでした。営業を再開して、四年。おかげさまで、店も落ち着き、平和な日々を送れるようになりました。そして、私の中で、次のステージが見え始めました。婚活。講演。書籍。コンサルティング。私は、過去を隠したまま、未来へ進みたいとは思いませんでした。婚活を始める時も、娘へ相談しました。賛同をもらい、前へ進む決心ができました。もちろん、反対されることもあるかもしれません。でも、私は、自分で決めたことには、覚悟を持って進みます。子どもが二十歳になるまで、再婚しなかったのも、私なりの覚悟でした。誰かに決めてもらう人生ではなく、自分で決めた人生を歩みたい。そう思ってきました。だから、失敗を公開することも、私自身が決めました。私は、失敗を自慢したい訳ではありません。むしろ、恥ずかしいことは、たくさんあります。体重が100kgを超えたことも、私にとっては、恥ずかしい経験でした。でも、今は思います。恥ずかしい経験ほど、誰かの役に立つことがある。私は、もし破産を認めず、延命する道を選んでいたら、今でも地獄のような毎日を送っていたと思います。現実を受け入れたから、再び前を向くことができました。だから、私は、失敗を隠すことをやめました。公開してから、同じような悩みを抱えた方から、相談をいただくようになりました。「あの時、公開してよかった。」そう思えた瞬間でした。私が目指しているのは、「破産した経営者」ではありません。「破産から再起した経営者」でもありませ
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私は、数字を隠さなかった。 ― 数字は、会社の現在地を教えてくれる。―

私は、数字を隠さなかった。― 数字は、会社の現在地を教えてくれる。―私は38年間、飲食業に携わってきました。社員会議では、各店舗の店長が、自分の店舗の数字を発表していました。売上。原価。人件費。水道光熱費。利益。店舗ごとの損益も、そのまま公開していました。「そこまで見せなくてもいい。」そう言われたこともあります。私は、「そうなんだ。」と思うだけでした。私は、数字を隠す理由が、分からなかったのです。数字は、人を責めるためにあるものではありません。会社の現在地を、教えてくれるものです。例えば、昨年と同じ売上だったとします。電気料金も、値上がりしていません。それなのに、水道光熱費だけが増えていたら、私は考えます。昨年のスタッフのレベルが高かったのか。今年のやり方に、改善点があるのか。数字は、答えまでは教えてくれません。でも、「何かが変わった。」という事実は教えてくれます。だから私は、数字から目を背けませんでした。私は、赤字だから悪い、黒字だから良い、そんな見方もしませんでした。赤字でも、前年より改善していれば、会社は成長しています。逆に、利益が出ていても、前年より悪くなっていれば、そこには課題があります。私が見ていたのは、黒字か赤字かではありません。昨日より成長しているか。それだけでした。会社の経営理念は、「共に成長」です。スタッフと。お客様と。取引業者さんと。会社に関わる皆さんと、一緒に成長したい。そんな想いを込めていました。だから、数字も競争のためではありません。誰かを責めるためでもありません。一年前の自分たちより、一歩でも前へ進めたか。それを確認するための、大切な指標でした。私
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私は、入店初日に未来を見せた。 ― 人は、未来が見える会社で働きたくなる。―

私は、新人スタッフに、雇用通知書だけを渡すことはありませんでした。入店説明では、雇用通知書。役職階級表。成長シート。利益還元制度。相談窓口。会社の考え方。一つずつ説明し、最後に体験入店をしてもらいました。そして、初出勤日を決めていました。私は、「これが、うちのやり方です。」そう伝えていました。なぜ、そこまで説明したのか。理由は、私自身が、東京で働いていた頃の経験にあります。当時の私は、分からないことだらけでした。誰に相談すればいいのか。何を頑張れば評価されるのか。店長に聞けばいいのか。本社へ相談すればいいのか。そんな不安を抱えながら、仕事をしていました。だから私は、同じ思いを、自分の会社のスタッフには、させたくありませんでした。入店説明では、仕事を教える前に、会社を知ってもらいました。この会社では、何をすると評価されるのか。どうすれば時給が上がるのか。どこまで成長できるのか。困った時は、誰に相談すればいいのか。店長への相談。本社への相談。給与のこと。人間関係のこと。相談先も、最初に説明しました。そして、店長によって、説明に差が出ないよう、確認書類を作りました。一つ説明するたびに、チェックを入れ、最後は、新人スタッフ本人の署名をもらい、本社へ提出しました。「説明したつもり。」そんな言葉では、済ませたくなかったからです。また、説明が終わっても、すぐに初出勤ではありません。一度、体験入店をしてもらいました。実際に働くスタッフを見て、お店の雰囲気を感じてもらう。「思っていた会社と違った。」そんな理由で、すぐに辞めてしまう人を、減らしたかったのです。会社が、スタッフを選ぶだけではありませ
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私は、仕事を3種類に分けていた。 ― 発注時間も、人件費です。―

飲食店では、発注漏れは、そのまま売り損じにつながります。でも、私が本当に怖かったのは、売り損じだけではありません。通常提供時間を守れなくなることです。多店舗経営時代、私が管理していた食材や飲料、調味料、消耗品は200アイテムを超えていました。肉、野菜、牛乳、ドリンク、ラップ、ゴミ袋、コピー用紙…。これらを、「毎日全部確認してください。」そんなルールを作ることは簡単です。でも、現実には続きません。見ていないのにチェックだけ付ける人も出てきます。それは、人が悪いのではありません。仕組みが悪いのです。当時は社員に発注を任せていました。もちろん、丁寧に管理してくれる社員もいました。その店舗は、売り損じも少なく、営業も安定します。しかし、管理が甘くなると発注漏れが起こります。すると、一番忙しい19時頃に料理長がいません。「料理長は?」そう聞くと、「近くのスーパーへ買い出しに行っています。」そんなことも実際にありました。その瞬間から、調理は止まり、料理の提供は遅れ、お客様を待たせてしまいます。私はこれを、「トリプルパンチ」だと思っています。買い出しに行くことが問題ではありません。買い出しに行かなければならない仕組みだったことが問題なのです。営業終了後には改善点として話し合いました。人を責めるためではなく、同じことを繰り返さないためです。そこで私は、発注そのものを見直しました。全部を毎日確認することをやめたのです。さらに、仕事そのものも見直しました。そして、仕事を3種類に分けました。【毎日確認するもの】葉物野菜、牛乳、業者発注以外の買い物、一部の飲料など。営業に直結するものです。【半月に一度
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私は、自宅と店を買い戻した。 ― 失ったものではなく、未来を取り戻したかった。―

私は、自宅と店を買い戻した。― 失ったものではなく、未来を取り戻したかった。―私は、自己破産をしました。会社も、自宅も、店も失いました。でも、不思議と、そこで人生が終わったとは思いませんでした。むしろ、「ここからだ。」そう思っていました。営業を再開するきっかけは、娘でした。中高一貫校の五年生になった頃、娘が、「本気で薬学部を目指したい。」そう話してくれました。その言葉を聞いた時、私は思いました。まだリタイアするには早い。もう一度、働こう。もう一度、挑戦しよう。そう決めました。店舗を買い戻したのは、昔の店に戻りたかったからではありません。娘の夢を応援するためには、自分で店をやることが、一番現実的だと思ったからです。私は、八月から店の掃除を始めました。営業を再開しようと思えば、途中でも再開できました。でも、私は急ぎませんでした。自分が納得した状態で、再び暖簾を出したかったからです。今まで手が届かなかった場所まで、徹底的に掃除しました。厨房も。内装も。壁紙も。テレビも。エアコンも。そして、油煙でベタベタになったカウンターの椅子も、一脚ずつ磨きました。店を磨いていたのではありません。もう一度、自分の人生を磨いていたのだと思います。店名は変えませんでした。でも、電話番号は変えました。メニューも、一から考え直しました。私は、誰かがいなければ営業できない店には、したくありませんでした。だから、自分一人でも営業できるよう、オペレーションを見直しました。自分一人の結果なら、言い訳はできません。だからこそ、改善も、工夫も、すべて自分の責任になります。二階には、三十畳と十五畳ほどの宴会場があります。
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私は、平等に審査し、不平等に差を付けた。― 平等と公平は、同じではない。―

私は38年間、飲食業に携わってきました。スタッフを評価する時、私が一番気を付けていたことがあります。それは、好き嫌いで評価しないことです。過去には、こんな言葉を聞いたことがあります。「なんで、あの人が正社員なんですか。」「あの人が辞めないなら、私が辞めます。」仕事に対する不満ではありません。評価に対する不満でした。私は、理不尽な会社にはしたくありませんでした。だから、評価基準を見えるようにしました。役職階級も見えるようにしました。何を頑張れば評価されるのか。何ができれば昇格できるのか。誰が見ても分かるようにしました。そうすると、社長に気に入られることよりも、仕事を覚えることに目が向くようになります。私は、人間関係で差が付く会社ではなく、努力で差が付く会社を作りたかったのです。だから、私は、平等に審査しました。しかし、結果まで平等にはしませんでした。努力した人。成長した人。会社へ貢献した人。その人たちは、評価されるべきだと思っていました。逆に、何もしなかった人まで、同じ評価にすることは、頑張っている人に失礼です。私は、全員を同じにしたかった訳ではありません。頑張る人が、報われる会社にしたかったのです。だから、私は、平等に審査し、不平等に差を付けました。学生だから。アルバイトだから。正社員だから。そんな肩書きでは評価しません。学生でも、正社員以上に活躍している人は、時間給が高くても当然だと思っていました。評価するのは、雇用形態ではありません。仕事です。努力です。成長です。だから私は、平等に審査し、不平等に差を付けました。それが、頑張る人を守ることだと、今でも思っています。🐾アオ日記
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私は、感謝を仕組みにすることをやめた。 ― 心が動かなければ、感謝は生まれない。―

私は以前、「ありがとう」を伝え合うアプリを導入しました。同じ店舗のスタッフだけではありません。別の店舗。本社。社長。誰にでも、感謝のメッセージを送ることができる仕組みでした。メッセージを送ると、「ありがとう」が積み重なります。多くの「ありがとう」を集めたスタッフは表彰され、貯まったポイントは、商品券などと交換できました。私は、この仕組みに期待していました。店舗が違えば、普段は会うこともありません。でも、「こんなスタッフも頑張っているんだ。」「自分だけが悩んでいる訳じゃないんだ。」そんなことを知るきっかけになれば、会社全体が、もっと一つになれると思ったのです。私自身も、本社や現場で、どんな仕事をしているのか。スタッフに知ってもらいたい気持ちもありました。最初は、とても良い仕組みでした。「ありがとう。」その言葉が、会社の中を行き交いました。しかし、一年半ほど続けるうちに、少しずつ違和感を覚えるようになりました。感謝を伝えるためではなく、ポイントを集めるために、「ありがとう」を送る人が増えてきたのです。本当に感謝しているからではなく、とりあえず送る。送らないよりは送っておく。そんな空気を感じるようになりました。私は、その時、気付きました。これは、私が伝えたかった「ありがとう」ではありません。コンビニのレジで、「ありがとうございました。」と言われるように、言葉だけが残り、気持ちが置いていかれてしまったように感じたのです。もちろん、その言葉を否定したい訳ではありません。言葉にしなければ、伝わらないこともあります。だから、伝えたい時は、ちゃんと言葉にすればいい。でも、感謝は、言葉だけではあ
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私は、役職階級を見えるようにした。 ― ゴールが見えると、人は成長する。―

私は38年間、飲食業に携わってきました。以前、スタッフを評価するために、「優秀の基準」を作ったことをご紹介しました。しかし、評価基準だけでは、人は成長できません。なぜなら、ゴールが見えないからです。私は、役職階級を見えるようにしました。何を頑張れば、次の役職へ進めるのか。その道筋を、入店したその日から、全員へ渡していました。見せるだけではありません。雇用通知書と一緒に、役職階級一覧を手渡していました。「この会社では、ここまで成長できます。」私は、そんな未来を、最初に伝えたかったのです。研修生には、何を覚えれば試用期間が終わるのか。パート・アルバイトには、次は何を覚えればリーダーになれるのか。正社員には、主任、店長代理、店長へ進むためには、何が必要なのか。一つひとつ、評価項目として明確にしました。私は、学生だから。アルバイトだから。正社員だから。そんな理由で、評価を変えたくありませんでした。学生でも、優秀なら評価される。努力した人が、次のステージへ進める。そんな会社にしたかったのです。だから私は、評価を曖昧にしませんでした。過去には、「なんで、あの人が正社員なんですか。」「あの人が辞めないなら、私が辞めます。」そんな声を聞いたこともあります。仕事への不満ではありません。理不尽な評価への不満でした。評価が曖昧だと、努力ではなく、人間関係を頑張る人が出てきます。社長に気に入られようとする人もいました。私は、それだけは避けたかったのです。だから、誰が見ても分かる基準を作りました。そして、役職階級一覧を渡し、努力する方向を、最初から見えるようにしました。もちろん、手間も増えました。役職が
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私は、「優秀の基準」を見えるようにした。 ― 「当たり前」は、人それぞれ違う。―

私は38年間、飲食業に携わってきました。多店舗展開をしていた頃、「優秀の基準」という仕組みを作りました。これは、スタッフを評価するためだけのものではありません。会社が目指す「優秀の基準」を、見えるようにするためでした。新しく入ったスタッフは、何が正しくて、何を頑張れば評価されるのか分かりません。でも、それは当然です。私は、「当たり前」という言葉を、あまり信用していません。当たり前とは、あなたにとっての当たり前です。育った環境も、年齢も、経験も違えば、当たり前も違います。だから私は、「当たり前」を教えるのではなく、会社の「当たり前」を見えるようにしました。最初は、数えるほどしか項目はありませんでした。でも、現場で気付いたことを、一つずつ追加していきました。根付いたものは削除し、新しい課題が見つかれば追加する。改善を繰り返しながら、内容は増え続けていきました。評価の仕組みも、現場改善と同じです。完成はありません。例えば、「挨拶」「身だしなみ」これらは、文字だけでは伝えきれませんでした。同じ「いらっしゃいませ。」でも、ラーメン店と高級ホテルでは、求められる接客は違います。店のコンセプトによって、正解は変わるからです。「優秀の基準」とは、ルールブックではありません。会社が目指すスタッフ像を、見えるようにしたものでした。会社の価値観を伝えるための地図だったのです。最初に作った項目は、「成長シートを書いている。」でした。仕事を覚えることよりも先に、「何のために働くのか。」それを考えてほしかったからです。面談の時、スタッフが評価シートで、その項目に「5」を付けていたら、私は言います。「成長シ
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私は、自分をブランド化する一年にした。 ― 信用は、一日ではつくれない。―

昨年、私は、これからの人生で、何をしたいのかを考えました。飲食店経営者として、もう一度店を立て直すことはできました。でも、私が本当にやりたいことは、その先にありました。自分が経験してきたことを、誰かへ伝える。そして、その人が、「やってみよう。」そう思えるきっかけを作りたい。私は、そう考えるようになりました。でも、一つ問題があります。私が、どれだけ経験を積んできても、初めて会う人は、私のことを知りません。飲食業に38年間携わってきたことも。多店舗展開をしてきたことも。会社を破産させたことも。そこから、もう一度店を立て直したことも。私が言わなければ、誰にも分かりません。そして、知らない人の話を、いきなり信用することはできません。だから私は、今年を、自分自身をブランド化する一年にしようと決めました。ブランドと聞くと、自分を格好良く見せることだと思う人もいるかもしれません。私は、そうは考えていません。私にとってブランドとは、「この人の話なら、少し聞いてみたい。」そう思っていただくための、信用の積み重ねです。そのために、今年二月、コンサルティング会社を設立しました。書籍も出版しました。約一か月で、八万四千文字を書き上げ、二冊の書籍にしました。ブログも書き始めました。ココナラも始めました。講演のご依頼もいただきました。でも、私は、すぐに仕事を増やそうとはしませんでした。講師を紹介する会社にも、あえて登録しませんでした。焦る必要はない。そう思ったからです。今年は、仕事を取りにいく一年ではありません。信用を積み重ねる一年。そう決めていました。本が売れない時代だと言われています。私も、それは知っ
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私は、会社のお金で経験を買った。 ― 人は、経験で成長する。―

私は、会社のお金で経験を買った。― 人は、経験で成長する。―私は38年間、飲食業に携わってきました。スタッフによく、こんな話をしていました。「繁盛店へ行ってみたら?」すると、決まって返ってくる言葉がありました。「お金がありません。」私は思いました。だったら、会社が払えばいい。そうすれば、行かない理由はなくなります。私は、言い訳を一つずつ、なくしていきました。だから、正社員が他の飲食店を利用した費用は、会社が全額負担しました。アルバイトは、半額負担です。ただし、条件がありました。日時。店舗名。誰と行ったのか。混み具合。自店で取り入れられそうなこと。素晴らしいと思ったこと。簡単なレポートだけは、提出してもらいました。私は、料理の感想を書いてほしかった訳ではありません。「何を感じたのか。」それを知りたかったのです。家族と外食した場合も、会社が負担しました。飲食店で働く人は、世間が休んでいる時間に働きます。家族との時間を、取りにくい仕事です。だから私は、家族との食事も、大切な時間だと思っていました。もちろん、制度を作れば、失敗もあります。入社したばかりの社員が、高級ステーキ店で、五万円以上使ったこともありました。その出来事をきっかけに、利用ルールを追加しました。私は、どんな仕組みも、完成するとは思っていません。現場で起きたことを見ながら、改善を繰り返してきました。制度では利用できない店へ、スタッフを連れて行くこともありました。女性スタッフから、「一度行ってみたい。」そんな声があれば、ホストクラブへ連れて行ったこともあります。もちろん、会社のお金では使えません。その時は、私のポケットマネ
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私は、成長シートを書かせた。 ― 自分の努力を、見失わないために。―

私は38年間、飲食業に携わってきました。以前、スタッフに、「成長シート」を書いてもらっていました。書くか、書かないか。それは、本人の自由です。私は、無理に夢を書かせたい訳ではありませんでした。仕事は、生活のために働く人もいます。夢のために働く人もいます。友達がいるから、アルバイトを始める高校生もいました。働く理由は、人それぞれです。だから私は、目標を持つことを、強制しませんでした。ただ、もし目標があるなら、紙に書いてほしい。そう思っていました。長期的な目標。短期的な目標。そして、その目標に向かって、何ができるようになったのか。一つずつ、自分で記録してもらいました。人は、周りと比べてしまいます。「あの人は仕事ができる。」「自分なんて、まだまだだ。」そう思うことがあります。でも、成長シートを開くと、昨日までできなかったことに、○が付いている。斜線が増えている。半年前には、できなかった仕事が、今では当たり前にできるようになっている。成長シートは、他人と比べるためのものではありません。昨日の自分と比べるためのものでした。私は、この成長シートを、評価にも活用していました。でも、見ていたのは、夢の大きさではありません。口だけか、本気かでもありません。自分で決めた目標に向かって、一歩でも進もうとしているか。その姿勢を見ていました。面談では、「ここまでできるようになったね。」そんな話をすることが増えました。褒める理由は、結果だけではありません。努力した過程も、褒めることができました。私は、成長シートを、一人のスタッフに渡しただけでは終わりませんでした。あるスタッフには、店舗を一店舗、丸ごと任せ
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私は、人の記憶を信用しない。 ― 人ではなく、仕組みを信じる。―

私は38年間、飲食業に携わってきましたこれまで、海鮮居酒屋、スペインバル、肉バル、焼肉店、ラーメン専門店、低単価均一居酒屋、カラオケボックス、ダイニング、食堂、創作居酒屋など、さまざまな業態を新規オープンしてきました。業態が変わっても、会社の規模が変わっても、私の経営で変わらなかったことがあります。それは、人の記憶を信用しないことです。この言葉だけを聞くと、「人を信用していないのですか?」と思われるかもしれません。違います。私が信用しないのは、人ではなく、人の記憶です。人は忘れます。忙しければ忘れます。疲れていても忘れます。それは能力の問題ではありません。人だからです。だから私は、「忘れないように頑張ってください。」とは言いません。忘れても仕事が回る仕組みを作る。それが、私の仕事だと思っていました。前回までご紹介した、「2タッパ理論」「発注ラベル」「ホワイトボード」これらもすべて、人の記憶に頼らないために作った仕組みです。しかし、私が記録を大切にしたのは、現場だけではありません。社員を採用する時も同じです。雇用条件は本人に選んでもらい、雇用通知書や補足事項を説明し、内容を確認したうえで、同じ書類へサインをもらいます。理由は一つ。「説明した。」「聞いていない。」そんな認識の違いをなくすためです。実際に裁判になった時も、私を守ってくれたのは、人の記憶ではありませんでした。記録です。だから私は、「言った、言わない。」ではなく、記録が残る仕組みを作るようになりました。現場でも同じです。ある店舗では、決まった曜日に本社へ送る発注FAXが届かないことがありました。本社では、そのFAXをもと
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私は、来年誰かのお役に立つことを決めた。 ― 希望とは、前を向くための「情報」だ。―

昨年、私は、これからの人生を考えました。この先、どこへ向かいたいのか。何を残したいのか。何日も考えた末に、私は一つの答えを出しました。来年、誰かのお役に立つ人になろう。そう決めました。今年二月、コンサルティング会社を設立しました。講演のご依頼もいただくようになりました。でも、私は、講師を紹介する会社へ登録することは、あえてしませんでした。焦る必要はないと思ったからです。今年は、土台を作る一年。そう決めていました。昨年十二月から、書籍の執筆を始めました。約一か月で、八万四千文字を書き上げ、二冊の書籍を出版しました。ブログも書き始めました。ココナラも始めました。すべて、来年のためです。来年、地方で頑張る個人経営者や、経営に悩む方へ、私の経験を伝えたい。そう考えています。なぜ、地方の個人経営者なのか。それは、私自身が、同じ立場だからです。東京には、大きな会社も、フランチャイズもあります。でも、私は、そういう会社を経営した経験はありません。十店舗までの会社なら、私には経験があります。個人経営だからこそ、リメイクできる。私は、そう信じています。私が伝えたいのは、経営テクニックだけではありません。利益を増やす方法だけでもありません。私が伝えたいのは、希望です。希望とは、根拠のない励ましではありません。私は、希望とは、前を向くための「情報」だと思っています。知らないから、諦めてしまう人がいます。方法を知らないから、苦しみ続ける人がいます。でも、一つの情報が、人生を変えることがあります。「そんな方法があったのか。」「自分にもできるかもしれない。」そう思えた瞬間、人は、前を向くことができます。私
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私は、接客マニュアルをやめた。 ― マニュアルより、大切なものがある。―

私は38年間、飲食業に携わってきました。多店舗展開をしていた頃、接客マニュアルを作っていた時期があります。理由は単純です。同じことを、何度も説明するのが大変だったからです。マニュアルがあれば、誰が教えても、同じ内容を伝えられます。効率も良くなります。最初は、それでいいと思っていました。でも、ある日、違和感を覚えました。コンビニで、「ありがとうございました。」と言われた時です。私は心の中で、「ありがとうって、そういうものだったかな。」と感じました。その時、私は、言葉だけでは、気持ちは伝わらない。そう感じました。もちろん、一生懸命働いている店員さんです。でも、マニュアル通りの言葉は、どこか機械のように聞こえてしまいました。私は、そんな店にはしたくありませんでした。だから、接客マニュアルをやめました。言葉は教えられても、気持ちは教えられないと思ったからです。その代わりに残したのは、ハウスルールです。例えば、身だしなみ。以前は、細かく文章で決めていました。「茶髪はOK。」「金髪はNG。」でも、その間の色はどうするのか。結局、文字だけでは伝えきれません。だから私は、「あなたが飲食店のスタッフとして、良いと思う身だしなみにしてください。」そう伝えるようにしました。細かいルールを増やすより、スタッフを信じることにしたのです。最初は、戸惑うスタッフもいました。でも私は、「失敗してもいいから、やってみろ。」そう伝えました。すると、スタッフの表情が変わりました。マニュアル通りに動く、ロボットのような表情ではありません。自分で考え、自分で行動する、生き生きとした表情になったのです。今までは、「ここま
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私は、「共に成長」という経営理念を掲げた。 ― すべての仕組みは、この言葉から生まれた。―

私は30歳を過ぎた頃、会社の経営理念を考えました。いろいろ悩んだ結果、私が選んだ言葉は、「共に成長」でした。この「共に」には、特別な意味があります。スタッフ。お客様。取引業者さん。地域の皆さん。会社。そして、私自身。会社に関わるすべての人と、一緒に成長していきたい。そんな想いを込めました。私は、会議のたびに、店舗のコンセプトと一緒に、会社の経営理念も伝えていました。理念は、壁に飾るための言葉ではありません。毎日の判断基準になるものです。だから私は、経営理念を、言葉だけで終わらせませんでした。役職階級を作ったのも、成長シートを書いてもらったのも、利益をスタッフへ還元したのも、会社のお金で経験を買ったのも、数字を隠さなかったのも、すべて、「共に成長」という考え方から生まれた仕組みです。もちろん、会社を経営していれば、思い通りにならないこともあります。裏切られることもあります。横領されたこともありました。それでも、私は、経営理念を変えようとは思いませんでした。理念とは、順調な時だけ掲げるものではないからです。苦しい時こそ、自分が何を信じるのか。それが、経営理念だと思っています。私は、人は、何歳になっても成長できると信じています。でも、一人だけが成長すればいいとは、思っていませんでした。スタッフが成長する。会社が成長する。お客様と、取引業者さんと、共に成長する。そして、私自身も成長する。誰か一人ではなく、関わる人たちと、一緒に成長していく。それが、私の理想でした。だから私は、「共に成長」という経営理念を掲げました。今振り返ると、役職階級も、成長シートも、利益還元も、経験への投資も、数字
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私は、金たわしを店からなくした。 ― お客様の安全を守る、小さな改善。―

飲食店では、金たわしを使っているお店も少なくありません。私も昔は当たり前のように使っていました。しかし、今では店内から金たわしをなくしています。理由は、お客様の安全を守るためです。金たわしは使い続けると、細い金属片が切れることがあります。その破片がスポンジに刺さったままになっていたらどうでしょう。そのスポンジで食器を洗えば、お客様が口にする器に金属片が付着する可能性があります。実際に大きな事故が起きたわけではありません。でも、「可能性がある」その時点で、私は改善すべきだと考えました。私は、そういうリスクを一つずつなくしていきたい経営者です。そこで、金たわしの代わりになる物を探し始めました。フライパンや焦げ付きには、「コゲ落ちん」を使っています。そして、ステンレス製の調理器具には、「ミガキクロス」を使っています。実は、このミガキクロスとの出会いは、250万円の圧力寸胴を導入した時でした。寸胴メーカーの方から、「これが一番使いやすいですよ。」と教えていただいたのです。半信半疑で使ってみると、本当に驚きました。ステンレスに傷を付けにくく、それでいてピカピカになります。現在は、・焼肉用のステンレストング・雪平鍋・手鍋・寸胴そして、厨房の調理台やシンクなど、厨房中のステンレスに使っています。厨房は、想像以上にステンレス製品が多い場所です。だからこそ、傷を付けずに磨けることには大きな価値があります。ミガキクロスにも役割があります。新品のうちは、トングや鍋など、お客様の料理に直接関わる調理器具専用です。少しへたってきたら、調理台やシンクなど厨房清掃用に使います。最後まで使い切ってから交換して
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