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【GPTs:小説執筆OS】

第一章はじめに:なぜ「小説執筆OS」を公開するのか小説を書くのは、難しい。書き始めることはできる。冒頭の1,000文字くらいなら、勢いで書ける。設定も思いつく。キャラクターも生まれる。けれど――最後まで書き切れる人は、驚くほど少ない。なぜか。それは才能の問題ではない。語彙力でも、感性でもない。問題はもっと構造的なところにある。ChatGPTは「書ける」。でも「完成させられない」。AIは、文章を生成できる。プロットも作れるし、設定も出せる。場合によっては章まるごと書いてくれる。でも、多くの人が体験したはずです。途中で設定がズレる・キャラクターの性格が変わる・伏線が消える・回収されない謎が放置される・物語が「なんとなく」崩壊するなぜ起きるのか。理由は単純です。AIは文章を生成する装置であって、物語の状態を管理する装置ではないからです。長編小説には「記憶」と「構造管理」が必要です。・世界観は壊れていないか・キャラの欲望は一貫しているか・緊張は上がっているか・未回収は溜まりすぎていないか・読者はついてこれているかこれらは、単なる文章生成では制御できません。問題は「書けないこと」ではなく「壊れること」ほとんどの人は、書けないのではありません。壊れるのです。・途中で迷子になる・方向性がわからなくなる・何が正しいか判断できなくなる・破綻している気がして止まるそして、放置する。「また今度、ちゃんと考えてから書こう」そのまま未完フォルダが増えていく。これは意志の弱さではありません。構造の不在です。物語には「OS」が必要だった小説を書くのに必要なのは、インスピレーションではなく、一気に書く根性でも
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【人間ってやつは、なかなか面白いもんですよね。】

はい、前回ね、マイナーな六韜の十過を紹介した。あ、そうそう。「虎の巻」って言葉の元ネタ、あれ六韜だからね。地味にすごいでしょ。だいたいみんな孫子に持っていかれるけど、あの裏側にいる“設計者側の思想”みたいなのは、むしろこっちのほうが濃い気がするんですよね。そうでもないか。(笑)まあ、その話はまたどこかで。で、今日は「十過」でいこうと思う。……は?また?って思いました?わかる。いや、ほんとわかる(笑)さっきやったやん、それ。っていうね。カエサルどこ行った?アレクサンドロス大王は?って。いや、わかるんだけどさ、ちょっと待ってほしい。これね、「同じ言葉なのに、全然違うもの」なんですよ。前回の六韜は、ざっくり言うと“現場の話”なんですよね。将軍とかリーダーが、どういう性格だとやらかすか。勇気ありすぎると突っ込みすぎて死ぬし、慎重すぎるとチャンス逃すし、優しすぎると統制崩れるし、みたいな。つまり、「人としての偏り」が、そのまま“弱点”になるって話。で、今回は韓非子。以前彼を紹介したよね?覚えてる?で、これがね、ちょっと質(タチ)が悪いのよ。いや、言い方アレだけど(笑)というのは、こっちは“上のバグ”なんですよ。性格とか気質じゃない。「判断の構造」が壊れてるやつ。もっと言うと、「本人は正しいと思ってるのに、結果として全部ズレていく」っていうタイプのやつ。これが一番厄介なんですよね。だって、直せないから。いや、正確に言うと、“自分で気づけない”。で、気づいたときには、だいたい手遅れ。まあ、人生でもよく見るやつですよね(笑)で、この韓非子の十過。簡単に言うと、「やらかすパターン集」です。しかも
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【AIを使うときに一番怖いのは 「AIが間違えること」じゃなくて、】

久しぶりにXを開いたんだよ。しばらく見てなかったから、世の中がどういう空気になってるのか、ちょっと覗いてみようかなって軽い気持ちで。で、流れてきた投稿をぼんやり見てたら、あるタイプの投稿がやけに目についたんだよね。「GPTがこう言ってます」「Geminiはこう答えました」そんな感じのやつ。スクリーンショットを貼ったり、AIの文章をそのままコピペしてたり。いや、別にそれ自体は全然いいと思うんだよ。AIを使って何かを考えたり、意見を整理したりするのは普通のことだし、むしろ健全だと思う。ただ、ぼーっと眺めているうちに、ふと引っかかったことがあった。あの形式って、なんとなく「AIが客観的な審判を下した」みたいな雰囲気になってない?たとえば議論があって、その途中で突然こういう投稿が出てくる。「ちなみにGPTに聞いてみたら、こう言ってました」まるで、リングの外から審判が現れて「はい、この人のほうが正しいですね」ってジャッジを下したみたいな空気になる。読んでいる側も、なんとなくそう受け取る。だって「AIが言ったこと」って、人間の意見よりちょっと客観的に見えるからね。でもさ、そこで少しだけ立ち止まって考えると、あれってちょっと不思議な構図なんだよ。というのも、「GPTがこう言った」とか「Geminiはこう答えた」とか言うけれど、実際にはAIって突然ひとりで喋り出すわけじゃないでしょ?必ず、誰かが質問している。つまりそこには、必ず「質問」という入り口があるわけだ。そしてAIの答えって、その質問に対して返ってくるものだよね。そう考えると、あの投稿で見えているのは「AIの意見」なんだろうか。それとも
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【もし今日、誰かの言葉に引っかかったなら。あるいは、なぜか胸に残った一節があったなら。】

わたしたちは、同じ景色を見ているつもりでいる。同じ空を見上げ、同じ街を歩き、同じニュースを眺めている。だから、どこかで「同じものを見ているはずだ」という前提を、疑いもなく共有している。けれど、ほんとうにそうだろうか、とふと思うことがある。たとえば、雨の日の交差点。濡れたアスファルトが光を反射し、傘が行き交い、信号の音が少し鈍く響く。それを見て、静かで美しいと感じる人もいれば、ただ煩わしいと感じる人もいる。見えている景色はほとんど同じなのに、心に残るものはまるで違う。同じ場所に立っていても、同じ時間を共有していても、その瞬間に受け取っているものは、必ずしも一致しない。それでも私たちは、つい「同じものを見ている」という言葉で、その差をなかったことにしようとする。少し考えてみると、不思議な話だ。目に入っている情報は似通っているのに、そこから立ち上がる意味や感触は、人の数だけ存在する。それなのに、意見が食い違った瞬間、「どうして同じものを見ているのに、そう思うのか」と問い詰めてしまう。もしかすると、私たちは「見えているもの」と「見ているもの」を、無意識のうちに混同しているのかもしれない。見えているものは、外側にある。光や形や音といった、比較的共有しやすいものだ。一方で、見ているものは、内側にある。記憶や感情、期待や警戒心と結びついて、静かに形を変える。同じ映画を観て、感動する人と退屈だと感じる人がいる。同じ言葉を聞いて、励まされる人と傷つく人がいる。それは感受性の強弱というより、その人がどんな時間を積み重ねてきたか、どんな視点を通して世界を見てきたかの違いなのだろう。それでも私たちは、
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【で、これって言うのは簡単なんだけど、実際やるのはめちゃくちゃ難しい。】

ハンニバルの話の続きでね、じゃあ次はカエサルでもいくか、いやいやアレクサンドロス大王も捨てがたいよな、なんて思ってたんですよ。思ってたんだけどね。本棚ちょっと整理してたら、手が止まっちゃって。ああ、これか、って。はい、古代中国。……いや、流れどうしたって話なんだけど。(笑)で、「古代中国」って言うと、だいたいみんなこう思うんですよね。「ああ、孫子でしょ?」って。うん、まあ、そうなんだけど。そこをあえて外していくスタイルでいこうかなと。で、今回いくのが——六韜(りくとう)。……って言われても、「は?」ってなるよね。(笑)いいんですよ、それで。むしろ正常です。で、さらに言うと、その六韜の中心人物。太公望(たいこうぼう)。……うん、「誰それ?」が続くよね。(笑)いやね、これちょっと面白い構造してて。歴史って、わりと“現場で暴れた人”はちゃんと覚えられるんですよ。名前もエピソードも派手だから。でも、その裏で設計してた人って、なぜかちょっと影が薄くなる。ハンニバルとかカエサルって、いわば“プレイヤー”なんですよね。試合に出て、点を取って、勝ち負けがはっきりするタイプ。でも太公望って、どっちかというと“設計者”なんですよ。ルール作ってる側。これ、どこの業界でも似たようなもんで。営業でめちゃくちゃ数字出す人は目立つけど、その営業の仕組み作ってる人って、意外と語られないじゃないですか。で、いなくなってから「あれ、なんか回らなくなったな」って気づくやつ。あのポジション。太公望って、たぶんあっち側の人間なんですよね。で、その人のエピソードがまた、なかなかクセ強くて。川辺で釣りしてるんですよ。……ま
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【これ、たぶん一言で言い切れるほど単純じゃないんだけど、少なくとも一つ言えるのは——】

まま、僕の投稿をちょこちょこ観ててくれてる人がいるとするならば、まあ、歴史好きってことはわかってるとおもいます。もちろん日本の歴史も大好きだし、古代中国も好んで読んだもの。もちろん、近代の戦略理論も好んで読むのだけどもさ、結局どこに惹かれるのかっていうと、「人がどう考えて、どう動いて、どう外すのか」なんですよね。勝った負けたも面白いんだけど、その一歩手前の“ズレ”みたいなやつ。そこが妙に人間くさくて、好きなんですわ。もう、昨年の投稿分はさ、撤収したのだけども。なんどか書いたのが、そう。ハンニバル・バルカ!いや、カエサルだったっけか?もうね、カエサル語りだしたら、僕もう語るよ。(笑)あの人はあの人で、だいぶズルいからね。なんというか、「強い」じゃなくて「うまい」。料理でいうと、素材の暴力じゃなくて、火入れと塩加減で勝つタイプ。ああいうのも好きなんだけど、今日はちょっと違う。でさ、ふとハンニバル・バルカのことをおもいだしてな。あの人、だいぶおかしいでしょ。いや褒めてるんだけど。普通さ、戦争って「強い方が勝つ」みたいな、わりとシンプルなイメージあるじゃないですか。でもハンニバルの話って、それを一回ぶっ壊してくるんですよね。「え、それやっていいの?」みたいな手を平然と打ってくる。有名なのは、まあ、象連れてアルプス越えね。いやいや、どういう発想よって話で。登山でもしんどいのに、なんでそこに象入れてくるのっていう。たぶんあの時代のローマ側も、「いや来るわけないでしょ」って思ってたはずなんですよ。で、来るんですよ。しかもそこそこ戦える状態で。ホラーでしょ、もう。で、さらにやばいのが、そのあと
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【claudeに勝てねえ…まあ作ってみたよ。GPTs】

吾輩は蛙である。名前は、ある。……ってなんだろう、この入り方。で、Xで「日本語書かせたらClaudeだぜ!」みたいな投稿を見かけたので、だったらGPTsのInstructionの指示でどこまでいけるのか、ちょっと試してみた。というわけでGPTs作ってみたよ。結果。撃沈。……まあ、したけどね。とはいえ、多少は自然な日本語になってると思う。相変わらず自分に甘いな(笑)ただ、やっぱりモデルの違いはあって、そこはなかなか抑え込めない。なので今回は、日本語を少し自然にする方向で調整してある。だいぶクセは緩和されてる…と、思う。Claudeの出力パターンをちょっと観察していて思ったんだけど、Claudeの文章って全体的に過度に構造化しないんだよね。見出しや箇条書きがゼロではないけど、必要以上には出てこない。文章も、情報をぎゅっと整理するというより、流れの中で説明していくタイプ。たぶんその感じが、日本語だと「自然」と受け取られやすいんだろうな、と。それに、文章の「力の抜き方」だよね。たぶん。断定を少し和らげたり、説明を詰め込みすぎなかったり、言葉の温度を少し落ち着かせたり。そういう細かい調整の積み重ねが、結果として「人が書いた感じ」に見えるんじゃないかな……と。まあ、これはただの仮説だけどさ。ちなみに、このGPTsは「自然な会話」を重視する設計にしてあるので、実用ツール寄りの人には少し回りくどく感じる可能性はある。例えば、「ちょっと説明が長い」「もっと端的でいい」「むしろ元のほうがいい」みたいに感じる人もいると思う。特に、プログラミングとか仕事用途で「要点だけ欲しい」「箇条書きのほうが読みや
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【becauseの続き。すっかり忘れてた(笑)しかも、オチ無いわ。】

一ヶ月くらい前やったかな。「becauseが無いやつとは踊らん」って書いたんよな。なんやそれ、って感じやろ。自分でもちょっと思う。踊らんて。急に社交ダンスの話か、みたいな。でもあれは比喩でな。理由を持たん人とは、リズムが合わへん気がしたんや。で、時間が経ってな。完全に忘れてたわけでもないけど、ふと、あの「becauseがない石」って言葉が、自分の中で転がり始めたんや。石ってな、投げられると痛いねん。そらそうや。けどほんまに痛いのは、重さよりも、「なんで?」が無いことやったりせえへん?「お前、なんか嫌いやわ」ってだけ言われるのと、「ここがこうで、だから嫌なんや」って言われるのとでは、ダメージの質が違う。前者は、もやっとしたまま胸に残る。後者は、腹立つけど、まだ処理できる。反論もできるし、納得もできるかもしれん。少なくとも、踊る余地はある。becauseが無いって、リズムがない感じなんよ。音楽が鳴ってないのに、いきなり足踏まれる、みたいな。そら「ちょ、今どこ拍目?」ってなるやろ。SNSを見てると、その「無音の足踏み」がよう飛んでくる気がする。タイムラインはダンスホールどころか、石投げ大会みたいになってる時もある。しかもみんなフォームがええ。助走なしで、シュッと投げる。0.8秒くらいで。親指の筋肉だけ異様に鍛えられてるんちゃうか、あれ。でもな、ちょっと立ち止まって考えてみると、「becauseが無い石」って、ほんまに「無い」んやろか、って思い始めたんよ。見えてへんだけちゃうか。言語化されてへんだけちゃうか。あるけど、出てこない。あるけど、間に合ってない。恋愛でもあるやろ。なんで怒って
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【文章が書けなくてもOK。GPTを「編集者」にした人から、noteはお金に変わり始める】

第1回|noteで稼げない人が「最初に勘違いしていること」「noteで稼ぎたい」と考えたとき、多くの人が最初にやろうとするのが・ネタ探し・文章力の勉強・有料記事の価格設定です。しかし、ここに大きな落とし穴があります。稼げない最大の理由は、文章力でもネタでもありません。それは、「自分が何を売っているか」を言語化できていないことです。noteでお金が動くとき、人は「文章」を買っているのではありません。買っているのは・時間の短縮・失敗回避・感情の代替体験再現性のある型こうした“結果”です。にもかかわらず、多くの人は「いいことを書こう」「役立つことを書こう」と考えてしまう。その瞬間、noteは日記と情報の海に沈みます。GPTは「文章を書く道具」ではないここでGPTの出番です。ただし重要なのは、GPTをライターとして使わないこと。GPTの本当の価値は・思考を整理する・構造を作る・売れる形に翻訳するこの3点にあります。稼いでいるnote書きは、例外なく「書く前に8割を決めている」という共通点があります。GPTを使えば、この“売れる前提の設計”を一人で、しかも短時間で作れるようになります。稼ぐnoteに必要なのは「テーマ」ではなく「変化」GPTに最初にやらせるべき仕事は、文章生成ではありません。それは次の質問に答えさせることです。このnoteを読んだ人は、読む前と後で「何がどう変わるのか?」・不安 → 安心・混乱 → 整理・遠回り → 最短ルートこの「変化」を1行で言語化できない限り、どれだけ文字数を重ねても売上は生まれません。GPTは、この変化を言葉にし、磨き、尖らせるための最強の壁打ち相
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【甥っ子らが教えてくれたのは、特別なノウハウやない。】

ものすごーく前の、どっかの投稿でな、甥っ子がゲームしながら「どこなら勝てる?」言うた話を書いたことがあるんやけど、今日はその続きみたいな、続きでもないような話や。先日な、甥っ子と姪っ子の家に行ってきてん。相変わらずや。家入った瞬間から、ゲーム、ゲーム、ゲーム。ワイ?後ろで立っとるだけや。正直言うと、ワイは子どもの頃、ゲーム買ってもらえん家庭やってな。友だちの家でファミコン触らせてもらう側やったから、あの電子音聞くと、今でもちょっと胸がキュッとなる。…まあ、どうでもええ話やけど。でな、その日は甥っ子の友だちも来とって、6人くらいで集まってたんよ。なんか冒険するゲーム。RPGって言うんか?ワイ詳しくないから、間違っとったらごめんな。甥っ子が操作して、周りの子らが口出し係。ワイはその後ろで、腕組みしながら鑑賞会や。「なあ、先にレベル上げたほうがよくない?」「いや、さっさと先行こや」「ちょっと待って、さっきあれ出たってことは、こっちちゃう?」「なんでできへんの?」「うるさいって!」コントローラー持ったまま、わーわー言うとる。見とって思ったんはな、「ああ、子どもも大人も変わらんな」ってことや。会議室とやっとること、あんま変わらん。声が高いか低いかの違いくらいや。ワイは後ろで、甥っ子の背中見ながら「大きなったなあ」なんて、のほほんとしてたんやけど、しばらく聞いとって、ふと気づいたんよ。あれ、これ、ただのガヤガヤちゃうな、って。突っ走る子がおる。状況をじっと見とる子がおる。全体を俯瞰して、流れ変えようとする子がおる。一回止めようとする子もおる。6歳、7歳、8歳やで?それぞれが、自分なりの考え
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【でも現実の商売で一番大事なんは、】

ワイな、以前どっかの投稿でな、「経営のプロってなんやねん」って喧嘩売ったことあんねん。経営にプロもアマもあるかいな、と。結果出してナンボやろ、なんならアマ経営者名乗ろうか?、みたいな。覚えとる?笑でな、こういう話すると決まって言われるんよ。「じゃあお前は、経営を語れる側なんか?」って。いやいや、語れるほど立派やない。ワイなんか今でも、朝起きて通帳見てため息つく側の人間や。数字が減っとったら、コーヒーの味も薄なるタイプや。……やのにやで。そんなワイがな、「経営のプロ」という言葉を揶揄しながら、憧れてる人がおるんや。もうな、これは完全に自己矛盾や。ちゃぶ台ひっくり返すんか?って話やけど、ひっくり返すで。笑それがな、日本のビジネス界で「経営のプロ」という概念を、実体をもって成立させた先駆者の一人。三枝匡(さえぐさ ただし)先生や。先生いうてもな、雲の上の学者先生ちゃう。この人、単なるコンサルやないねん。赤字まみれの会社にズカズカ入り込んで、実際にV字回復させてきた人や。口だけの戦略家やなくて、現場で血ぃ流してきたタイプの人間。ワイな、このおっちゃん……あ、失礼。先生のことを最初から神格化してたわけちゃうねん。むしろ出会ったタイミングが最悪でな。神田昌典先生のライティングをそれなりに使えるようになって、数字もちょっとずつ上がってきて、「あ、ワイ、わかってきたかもしれん」って一番自惚れてた頃や。その時に、たまたま本屋で見つけたんよ。ブックオフちゃうで。ちゃんと新品の棚や。笑そこに並んどったのが、あの三部作やった。『戦略プロフェッショナル』『経営パワーの危機』『V字回復の経営』タイトルだけ
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【24時間戦わんでええ。でも、戦うと決めたら、ちゃんと考えて、ちゃんと踏み込んで行こうや。】

昨日な、中学生の頃にドラッガー先生やらコトラー先生やら読んでた、いう話をしたやろ。 あれな、ちょっとだけ補足しとくと、「本読めや」いう説教をしたかったわけやない。……まあ、正直に言うと、1%くらいは揶揄も入っとるけどな(笑)。でもな、残りの99%は別の理由や。そもそもやで。中学生がドラッガー読んだところで、全部わかるわけないやろ。今読み返しても、「ああ、当時のワイ、ここ全然わかってへんな」思うとこ、山ほどある。(今でもわかっとらんがな)せやからな、あれは「早熟自慢」でも「賢かった自慢」でもない。ほんまに、たまたまや。運命や、とか言うたらさすがに気持ち悪いけど(笑)、少なくとも計画的ではなかった。学校近くにブック・オフあってな、金無い貧乏学生や。時間見つけては店内に入り浸とった。 そんなんこんなで眺めてたらな目に入って、分厚くて、なんか偉そうで、「これ読めたら強そうやな」くらいのノリや。動機としては、その程度。 それでもな、今振り返って思うのは、「なんでこの二人やったんやろ?」ってことやねん。 ドラッガーだけでもない。コトラーだけでもない。わざわざ、この二人を並べて話題に出したのは、理由がある。というのもな、この二人、性格が真逆なんよ。 ドラッガーは、ずーっと空見とる。「そもそも何のために?」って問いを、何回も何回も投げてくる。話はでかいし、抽象的やし、油断するとすぐ置いていかれる。 一方でコトラーは、めちゃくちゃ現場型や。「で、誰に売るん?」「どこで勝つん?」「どう差別化するん?」って、具体の話しかしない。 この二人をな、別々に読むと、けっこう危ない。 ドラッガーだけ読んでると
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【僕な、正直に言うとやな、「批判」されるのがめっちゃ怖いねん。】

僕な、正直に言うとやな、「批判」されるのがめっちゃ怖いねん。いやほんま、これ告白やで。とくに怖いんがSNSや。あれはアカン。できる人はほんま尊敬する。せやからワイ、Xもnoteも、ほぼメモ帳扱いや。誰かに向けて発信してる、いう感覚はあんまりない。自分の頭の中を、とりあえず外に置いとくだけ、みたいなもんや。でもな、それでも怖いもんは怖い。SNS界隈で毎日発信して、毎日何かしら言われながら立っとる人ら見ると、「この人ら、どんな神経してんねん…」って本気で思う。だってやで。日常で使われる「批判」いう言葉、ほぼ「悪口」か「非難」やん。「批判された」って聞いたら、だいたい「ボロカス言われた」って意味で使われとる。ほんまは違う意味の言葉のはずやのに、現実ではもう、だいぶ物騒な使われ方しとる。ワイが怖いんはな、「考えさせられる指摘」とか「自分の視点が広がる意見」とかそういうもんやないねん。一番怖いんは、意味も理由も投げ捨てたまま飛んでくる、感情だけの石や。「なんかムカつく」「気に食わん」「嫌いや」……知らんがな、って話やろ?こっちは考えた末に言葉出しとんねん。それに対して、ただの気分で石投げられても、受け止めようがあらへん。せやのにSNSいう場所は、そういう石が、無限に、しかも顔も見えんと飛んでくる。そら怖なるわ。せやからワイ、思うんよ。「批判が怖い」んやなくて、「意味のない時間を奪われるのが怖い」んやって。考えても修正もできん、ただ消耗するだけのやり取り。あれに巻き込まれるのが、何より嫌なんや。……と、ここまで言うとやな、「じゃあ批判って何なん?」って話になるやろ。そっからや。そもそもやけ
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【昨日な、「神Prompt」の話したやんな。ちょっと「むっ」っとしたんちゃうか笑】

昨日な、「神Prompt」の話したやんな。ちょっと「むっ」っとしたんちゃうか笑ワイのクライアントさんからな、早速連絡あってん。「喧嘩売ってんすか?」やて。ないない、ワイ他人に興味ねえもん。ただな、ワイはひねくれた人間やさかい、天邪鬼なんよな。まあ肯定されたら否定に走るっちゅうがワイの甲斐性や。いいたくなるんや。アンチテーゼ。笑ほな、はじめよか。最近よく聞く言葉がある。「AIの出力って、なんか平均的だよね」「無難すぎてつまらない」「結局、尖ったことは言わない」たしかに、そう見える場面は多い。ChatGPTに何かを書かせると、破綻はしないし、失礼でもないし、極端でもない。言い換えれば「当たり障りがない」。でも、ここで一度だけ、立ち止まって考えてみたい。平均的なものを、平均的に出し続けることって、本当に“しょぼい”んだろうか?たとえば偏差値の話をしよう。偏差値50というのは、真ん中だ。特別優秀でもないし、目立ちもしない。でも、これを「毎回」「どの科目でも」「ほぼブレずに」出し続けられる人間が、どれだけいるだろう。数学は強いけど国語が壊滅的。英語は得意だけど理科が致命的。だいたいの人間は、こうして凸凹を抱えている。平均に“見える”人ほど、実はかなりレアだ。それなのに、AIが平均的な文章を出すと、人はこう言う。「無難だ」「個性がない」「面白くない」。ここに、少しだけ違和感がある。人間は、自分が安定して出せないものを、なぜか軽く扱う。そもそも「平均的」とは何なのか。どの母集団の、どの分布の、どの中央値なのか。年代か、国か、業界か、価値観か。それを定義しないまま「平均っぽい」と言っている時点
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【そろそろ論じてみようかの…】

今日はな、一ヶ月前くらいか、イギリスのユーモアの話を書いたやろ。あの「笑わせる気あるんか?」いう、曇天の下の紅茶みたいなやつ。笑いっていうより、距離の取り方の文化で、感情を一段だけ横の棚に置いて眺める、あの妙な手つきや。でな、その延長で「ほな次は鉄板ネタとして“鉄の女”でも…」とか言うてしもたんやけど、いざ書くとなると、これが案外むずい。鉄の女やで。軽口で触ったら指が切れる。笑いの話から入ってきたのに、急に工場の旋盤に腕突っ込むみたいな、あのヒヤッとする感じがある。「鉄の女」いう呼び名がまずズルいねん。人間を呼ぶ言葉やのに、材質で呼んどる。しかも鉄って、強い、冷たい、曲がらん、重い、って、だいたい印象が決まってまう。呼ばれた瞬間に、人格の輪郭がガチャンと固定される。本人が何を言うかより先に、観客側のイメージが先に完成してしまうんよ。おまけにこの異名、元を辿るとソ連側の新聞見出しから西側に広まった、みたいな話があるんやろ。皮肉で投げた石が、向こうで王冠みたいに被られてしまう。これ、めちゃくちゃ英国っぽいねん。「嫌味で言ったはずやのに、本人がそれを気に入って堂々と名刺に刷る」っていう、あの逆手の取り方。笑いの話やないはずやのに、ここだけ妙にウィットが滲む。(こういう経緯は当時の演説と報道の流れで語られることが多いよな) ただな、ここから先は、ほんまに笑い事やない。鉄の女が怖いのは、強いからやないねん。強さを“正しさ”として扱ってしまえるところや。合意形成はぬるい、妥協は堕落や、みたいな顔で「引かん」と言える人間が、国のハンドル握ったとき、何が起きるか。本人の信念は一本筋でも、社会は
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【今年は丙午(ひのえうま)でございますな。】

あけましておめでとうございます。よりよい一年になるように祈っております。はい、新年の挨拶おわり。……で、ほんまはここで「じゃあ、さようなら」って言うて去るのが一番スマートなんやろな。年始やし、軽く頭下げて、角も立たず、誰も傷つかへん。営業マンで言うたら、名刺だけ置いて帰る感じや。けどな、不思議なもんで、ワイは毎年それができへん。「ほな解散!」って言うタイミングで、なぜかもう一杯頼んでしまうおっちゃんみたいなもんや。終われるはずの場面で、「いや、もう一個だけええ?」って話し始める。悪い癖やけど、まあ、今年もそれでいかせてもらう。えーとな、今まで「秋月ひばかり」という名前で、ココナラやらnoteやらで活動してましてな。活動いうても大層なもんやなくて、文章を書いて、考えて、時々噛みつく。この名前、実は老後のために用意したライター名やったんよ。ひばかり=ヘビ。噛みつくぞ、売る文章書くぞ、という若干物騒な覚悟表明やった。中年に差し掛かった秋の夜、静かに、とぐろを巻いて機会を待つ。そういうイメージで「秋月」。もっとも、ヘビの活動期は本来夏やからな。最近は暑すぎて、秋でも元気に動いとる気がするけど、それはまあ地球側の事情や。ただな、しばらく使ってて思ったんよ。名前って、名刺みたいなもんで、最初は便利やけど、だんだん窮屈になってくる。マッチングアプリの自己紹介文と一緒で、「こう見られたい自分」を書けば書くほど、「ほんまの自分」が後ろで腕組みして睨んでくる。「噛みつくライター」でおるのは楽や。でも、噛みつくだけが仕事ちゃうやろ、と。たまには黙って聞く役も必要やし、噛む前に考える時間も要る。せやか
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【グダグダでオチも無い独り言。1】

前回ね、「世界の終わりに柴犬と」っていう、まあ紹介したというほどでもないんだけど、うっかり全部見てしまった、という話をしたじゃないですか。いや、ほんとにね、なんで今それ?っていうタイミングで出てくるんですよ。YouTubeのおすすめってやつは。あれ、たぶん人の時間を溶かすために最適化されてますよね。優秀すぎて怖い。で、気づいたら、SaaS開発そっちのけで全話見てるわけですよ。いや、ほんと申し訳ない。誰に謝ってるのかよく分からないけど。で、そのSaaS開発が終わらないんですよ。いや、ほんとに。進んでいるようで進んでいない。前に進んだと思ったら横道にそれる。気づけば寄り道のプロフェッショナル。でね、不思議なもので、こういう寄り道って最終的には全部つながるんですよ。たぶんね。迷子になっているようで、実は地図を描いている最中、みたいなものなんです!…そう思うことにしている、だけ、だけどね。まあ、相変わらず余談が長いのは愛嬌ということで。すまぬな。でさ、その寄り道の途中で、なんちゃって合議制AIなんてものを作ったのよ。まあ、ざっくりいえば、GPTとGeminiとClaudeをつないで、議論させるという、まあ言ってしまえば知能の円卓会議みたいなもんでしてね。立案する者がいて、欠点を指摘する者がいて、それを修正する者がいて、最後に承認する者がいるやつ。中世の騎士団か、それもと戦国時代の軍議かって話なんだけどさ。はは、現代はついにシリコンの武将が策を練る時代に突入したね。ま、実際は、やっていることはシンプルで、AI(A)が案を出し、AI(B)が「それ、論理的に甘いよね」と突っ込み、AI(A)が
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【悪いね。オチは、特にないんだ。】

この前、クライアントさんと喫茶店で話していたんですよ。もう何年の付き合いになるんだろうな。10年は軽く超えていると思う。お互い40代になると、打ち合わせというより、半分は雑談みたいな空気になりますよね。コーヒーを飲みながら、仕事の話をして、途中から人生の話になって、また仕事に戻ってくる。ああいう時間、嫌いじゃないんです。その日も、そんな感じでした。「この前さ、AIって鏡みたいなもんだって言ってたじゃない?」ああ、言いましたね。たしかに。AIって、こちらがどういう前提で話しかけるかによって、出てくる答えの方向が変わるんですよね。だから、ある意味では鏡に近い。こちらの考え方とか、文脈とか、そういうものを反射してくる装置みたいなものだと。「だったらさ」彼がスプーンでコーヒーを軽く混ぜながら言うんですよ。「反対から言わせればいいんじゃない?」なるほどね。たしかに、そう聞こえる。つまり、こういうことですよね。もしAIがこちらの意見に寄ってくるなら、意図的に「反対の立場から考えて」と指示すれば、バランスが取れるんじゃないか、と。一見、合理的ですよね。僕も最初は、「ああ、そういう使い方もあるよね」と思ったんです。でも、少し考えてみると、なんというか…微妙に違和感があるんですよ。違う、とまでは言わないんだけど。でも、なんとなく、そこに小さなズレがある。たとえばですよ。仮に、AIにこう言ったとします。「この意見を、反対の立場から批判してください」AIはたしかにやります。論理的な穴を指摘したり、別の視点を提示したり。文章の矛盾や構成の甘さなんかも、かなり正確に拾ってくる。いわゆる編集的なスキルです
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【で、君の世界には、】

昨日さ、「前提を疑え」という話をしたんだけどね。この言葉、実はかなり厄介で、同時にとても面白い。たとえば、誰かがこう質問したとする。「人を動かす方法は?」この問い自体は、とてもシンプルだ。短いし、分かりやすい。だから多くの人は「答え」を探しに行く。でもね、ここで一つだけ立ち止まってみるといい。この質問には、実は小さな仕掛けがある。それは「前提」だ。人は往々にして、質問の形ばかり見てしまう。けれど、その質問の背後には必ず「世界」がある。心理学の世界でこの質問をすると、だいたいこういう話になる。説得、共感、信頼。つまり、人は感情と関係性によって動く、という前提だ。マーケティングの世界では少し違う。オファー、希少性、証拠。人は合理的に比較しながら動く、という物語になる。政治の世界に持っていくと、話はまた変わる。世論、フレーミング、感情。人は個人としてではなく「空気」の中で動く、という前提が立ち上がる。そして宗教の世界ではどうか。信念、共同体、救済。人は意味と物語の中で動く、という世界になる。さて、ここで少し不思議なことに気づく。質問は、まったく同じだ。文字も変わらない。そして、ここからが本題なのだけれど。私たちは普段、この「世界」をほとんど意識していない。まるで空気のように、そこにあることを忘れている。だから議論が食い違う。だから説明が伝わらない。そして時々、妙に話がかみ合わない人が現れる。あの人は論理が変だ、とか。話が飛躍している、とか。そう思うこともあるだろう。でも、もしかするとそれは論理の問題ではない。ただ単に、見ている世界が違うだけかもしれない。質問というのは、思っているより
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【REV、困ったわー。】

私の名前は知海かえる。いつも読んでくれてありがとうございます。今日は、……って、なんやこの自己紹介。急にnoteっぽい。意識高い人の朝活投稿みたいな入りになってしまった。そんなキャラちゃうやろ、と自分でツッコミを入れておく。今日は三つのことを話します、とか言い出しそうな雰囲気やけど、まあ実際三つくらいある。あるけど、綺麗に整理できるタイプでもない。まずな、いま困ってることがあって。設計図のレベルを必死で落としてる。普通逆やろ?レベル上げろや、って話やのに、下げてる。なぜか。GPTちゃんが怒るからや。「危険です」「不適切です」「その方向はやめてください」って、やたらと赤い警告出してくる。お前は交通整理のおじさんか、と言いたくなる。ちょっとアクセル踏んだらすぐ笛吹きよる。何をそんなに怒られてるのかというと、営業23年で身体に染みついた「説得してないのに説得してしまう技術体系」を、SaaSに埋め込もうとしたからだ。別に洗脳装置作ってるわけちゃうで?ちゃんと倫理観あるで?でもな、構造として人を動かせる設計にすると、AI側がビビる。「それは人を過度に誘導する可能性があります」って。いやいや、営業って基本そういう仕事やろ、と思いながら、いま設計図を少しずつ丸くしてる。尖らせたいのに、削ってる。これがまず一つ目の、笑えそうであんまり笑えない話。削りながら思うわけよ。あれ、僕いま何してるんやろって。本来なら「どうやったらもっと刺さるか」「どうやったら自然に人が動くか」を極めてきた23年やのに、そのエッジを丸めてる。職人が自分の包丁をわざと鈍らせてるみたいなもんや。しかも理由が「AIに怒られるか
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【なぜこの人は、こんな選択をするんだろう】

「なぜこの人は、こんな選択をするんだろう」そう思ったことが一度もない、という人はきっと少ない。商談で数字を丁寧に積み上げても首を縦に振らない相手。こちらの説明に論理の穴はないはずなのに、どこか煮え切らない反応を返す上司。気持ちを正直に伝えたのに、まるで違う方向に受け取られてしまうパートナー。合理的に考えれば明らかに得なはずの選択肢を前にして、相手がなぜか昔のやり方に固執している場面。こちらから見れば、答えは明白だ。費用対効果は高い。リスクは低い。感情的に見ても損はない。にもかかわらず、相手は動かない。そのたびに胸の奥に小さな棘のような違和感が残る。そしてその棘は、やがて一つの言葉に姿を変える。「非合理だ」という静かな判定だ。けれど、その言葉を口にする前に、ほんの少し立ち止まってみることはできないだろうか。合理的かどうかを判断するとき、私たちは何を基準にしているのだろう。コストなのか、効率なのか、リスクなのか、それとも感情の安定なのか。そもそも、何を目的にしているかが共有されていなければ、「合理」の物差しそのものが一致するはずもない。同じ行動でも、立っている前提が違えば評価は簡単に反転する。安全を最優先する人にとっての最適解と、成長を最優先する人にとっての最適解は、しばしば真逆になる。関係性を守ることを重んじる人にとっての合理と、成果を最大化することを目指す人の合理は、別の方向を向いている。それでも私たちは、自分の物差しを疑わない。自分の前提を「当たり前」として置いたまま、相手の選択だけを測ろうとする。そして合わなければ、「なぜ分からないのか」と首をかしげる。ある営業マンの話をし
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【あなたの言葉を待っている人は、必ずいる。】

窓の外では、音もなく雨がアスファルトを濡らしている。こんな午後は、言葉という頼りない舟に乗って、どこか遠くへ流されてしまいたくなる。私はかつて、マーケティングという言葉を心底軽蔑していた。その響きには、どこか脂ぎった野心と、他人の財布をこじ開けようとする卑しい手癖が混じっているように感じられたからだ。美しい文章、心に深く突き刺さる独白、あるいは誰にも届かなくてもいいと願うほど純粋な詩情。そうした「表現」の対極に、あの無機質な数字と、記号化された人間たちの群れがあるのだと信じて疑わなかった。書くことは、祈りに似ている。誰かに届けと願う一方で、誰にも土足で踏み荒らされたくないという矛盾を抱えた、静かな聖域だ。そこに「戦略」だの「ターゲット」だのといった、軍事用語のような物々しい概念を持ち込むのは、教会にネオン看板を掲げるような冒涜に思えた。けれど、ある時、私は気づいてしまったのだ。私が必死に守ろうとしていたその聖域が、実はただの「独りよがりな沈黙」に過ぎなかったということに。そして、私が忌み嫌っていたマーケティングという営みが、実はこの世界で最も切実で、最も献身的な「対話の試み」であるかもしれないという事実に。例えば、あなたが街の小さなレストランのテラス席に座っているとする。運ばれてきた一皿の料理が、あまりにも美しく、一口食べた瞬間に、忘れていた幼い頃の記憶を呼び覚ますような味がしたなら。シェフは、単に技術を披露したわけではないはずだ。その一皿があなたのテーブルに届くまでに、彼は「誰が、どのような空腹を抱えて、どのような光の中でこの料理を口にするのか」を、狂おしいほどに想像したに違
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【実はカエルは嫌な奴だった(笑)ああ、知ってたか。】

そろそろね、noteもココナラもやめようかな、と思ってます。理由はシンプルで、テストにならんのよ、もう。これ、たぶん真面目にやってる人ほど「え?」って思うと思うんですけど、僕にとっては、わりと切実な話です。というのもね。僕のSNSのプロフィール、見たことある人は気づいてるかもしれないけど、まあまあ変なこと書いてるんですよ。コメント返信しません。フォロバしません。こちらからフォローもしません。で、導線?ありませんね。メルマガ?ありませんね。出口?用意してませんね。一応、ありがたいことにフォローしてくれてる人は10人ほどいます。ほんまに感謝はしてる。ただね、普通に考えたらこう思いますよね。「こいつ、商売する気あるんか?」いや、もっとストレートに言うと、「アホちゃう?」って。大丈夫です。その感覚、たぶん正しい。自分で書いてて思いますもん。これは、まともな人が見たら距離取るやつやな、と。でもね、ここで一応言っておくと、別に僕、清貧を愛する聖人君子でもないし、「お金より大事なものが〜」とか言うタイプでもありません。どっちか言うと、ずる賢く生き延びたい側。ヒーローでも賢者でもなく、老獪なカエルになりたいタイプです。泥水の中でも息できて、必要なら、じっと待てるやつ。ああいうのに、ちょっと憧れてる。笑で、そんなカエルが、noteやココナラで何をやってたかというと。テキトーなヘッドラインを付けて、一見さんに、ふらっと立ち寄ってもらって、そこから見出しも無しに、5000文字とか7000文字とかの長文で、どこまで引っ張れるか。淡々と、意味不明な文章を投げ続けてただけです。フォローもしない。つまり、互
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【独り言】【1万字もあるのに……という、かなり身も蓋もない結論に、最終的には戻ってきてしまいました。】

選挙活動、始まりましたね。「選挙に行こうよ」みたいなことを書くのは別にいいんですけど、あんまり突っ込んだ話をすると、まあまあ燃えるじゃないですか。なので今日はその話はしません。しないという体で進めます。これは逃げです。炎上回避予防線です。もう張りました。多分。で、ですね。ちょっと前から、ずっと気になっていた言葉がありまして。「差別主義者」「排他主義者」というやつです。正直に言うと、これを真正面から論じられるほどの知性も教養も、僕にはありません。社会学者でもなければ、倫理学の専門家でもない。ただ、なんというか、使われ方と定義が、どうにも噛み合ってない感じがするんですよね。なのでこれは、主張というより備忘録です。独り言です。反論?受け付けません。カエルなので、危なくなったら井戸に戻ります。ぴょん。さて、「差別主義者」「排他主義者」。辞書的に言えば、人を属性で分けて不平等に扱う思想とか、内と外を作って外を排除しようとする姿勢、みたいな説明になるわけです。まあ、言葉としては分かる。でも、この定義をそのまま社会に当てはめると、ちょっと不思議なことが起きる。年齢制限って差別ですか。資格がないと就けない仕事は排他ですか。試験に落ちたら、その時点で人権侵害ですか。国境は?家族という単位は?会員制のジムは?暗証番号付きのスマホは?冷静に考えると、社会って「線引き」の塊なんですよね。区別と条件と制限の集合体。完全に線を引かない社会を想像すると、だいたい途中で詰みます。映画館が全席自由、操縦席も自由な飛行機、誰でも入れる手術室。うん、怖い。だから問題は、区別すること自体じゃないはずなんです。どこで、
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【昨日な、REVの話したやんな。せや、あの話や。「ワイは、あんたからカネをぼったくりたいです」ってやつ。笑】

昨日な、REVの話したやんな。せや、あの話や。「ワイは、あんたからカネをぼったくりたいです」ってやつ。笑……もうこの時点でやな、何人かは眉ひそめてブラウザ閉じとるやろ。ええねん。それで。「高すぎるやろ」「頭おかしいんちゃうか」「調子乗ってんな」うんうん、ようある反応や。実際、ワイのクライアントさんでもな、全員が全員、強者レベルか言われたら、そら違う。でもな、ここで一回、ちゃんと聞いてほしいねん。ワイ、自分のこと、わりと誠実やと思っとるで。なんでか。それはな、「誰でも」「すぐに」「簡単に」この甘い綿あめみたいな言葉こそが、実は一番タチの悪い不誠実やと思っとるからや。耳元でな、「大丈夫ですよ」「AIがやってくれます」「あなたは何もしなくていいです」……優しいやろ?でもな、よう考えてみ。それって結局、相手の考える力も、失敗する権利も、自立する可能性も、全部、先回りして奪っとるだけやん。再現性があるなら、ええで?ほんまに誰がやっても同じ結果出るなら、それは立派や。ワイも片手くらい出す。ほんまに。でも現実はどうや?耳ざわりのええ言葉で集客して、中身は「その人だからできた」話ばっかり。それを「誰でもできる」に言い換えて売る。それと比べてやな、「5万払って5万稼ぐのは趣味やで」って、最初から言い切る方が、よっぽど誠実ちゃうか?ワイはな、相手を「お客様」やなくて、一人の独立した商売人として扱いたいねん。「俺は最高の一振りを貸す。せやけど、これで獲物を仕留められるかどうかは、お前の覚悟次第やぞ」言うとることは、ただそれだけや。優しくはない。甘くもない。でもな、相手の可能性を信じてへんと、こんな突
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【「24時間戦えますか〜」】

僕な、昭和の後半生まれでな。「24時間戦えますか〜」を、冗談やなく本気で知っとる世代や。(当時8歳やけどな笑)栄養ドリンクのCM見て、ちょっと胸が熱くなってしもた口やな。今やったら炎上もんやろうけど、当時はあれが空気やった。頑張るのが当たり前、踏ん張るのが美徳、しんどい顔は見せたらあかん、みたいなな。でな、こう言うとややこしいんやが、僕自身は「自分はガンバリズムや」って思ったこと、あんまりないねん。むしろ逆で、「普通のことしかしてへんやろ」くらいの感覚で生きてきた。勉強するのも、調べるのも、考えるのも、なんというか……やらんほうが気持ち悪いだけやった。周りからはよう言われたで。「努力家ですね」「意識高いですね」「頑張ってますね」って。ありがたい話やけど、正直ピンと来えへん。なんでか言うたらな、本人の中では「頑張ってる」という自覚がほぼ無いからや。理由は単純でな。商売でも仕事でも、失敗したくないだけやねん。ビタ一文、損したくない。時間も、金も、信用もや。せやから事前に調べるし、考えるし、備える。それを他人から見たら「必死」「努力」「頑張り」に見えるだけの話で、本人は「保険かけてる」くらいの感覚なんよ。ここで、ちょっと立ち止まって考えてみてほしいんやが、「努力」って誰の言葉やと思う?これな、本人の言葉やない場合がほとんどや。努力いうのは、だいたい他人が貼るラベルか、あとから振り返った時に付ける名前や。渦中におる本人は、そんな余裕あらへん。ただ「必要やからやってる」だけや。せやのに、世の中ではな、「努力が報われる」とか、「頑張ればいつか評価される」とか、えらい取引っぽい言い方が横行し
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【「だった。」「だった。」ってなんやねん】

まずな、今回の記事はテキトーや。信用性ゼロやと思って読んでくれてええ。情報弱者のワイが、コーヒー飲みながら独り言しゃべっとるだけやからな。「ふーん」ぐらいで流してくれたら、それで十分や。でな、そろそろやろ。個人事業主は確定申告、会社やってる人は決算の時期や。まあ、期ズラしとる会社も多いから一概には言えへんけど、この時期になると、数字の話が一気に増える。個人事業主は社長ちゃうけどな、規模が小さかろうが大きかろうが、自分の城を持っとる以上、立派な一国一城の主や。経営者やな。で……ほんまにたまに、やで?ごくたまーに聞く。「今年、年収〇〇やったわ」……ん?今なんて言うた?年収〇〇だった?いや、ちょっと待て。ワイ、ここで一瞬、思考止まんねん。「だった」って、なんで過去形なん?会社員なら分かるで。ボーナス出て、源泉票見て、「あー、結果的にこれぐらいやったな」それは自然や。個人事業主でも分かる。売上から経費引いて、「あ、残ったんこれか」それも結果論や。でもな、法人の経営者やろ?役員報酬って、結果ちゃうやろ。期首や。年度始まってから、だいたい3ヶ月以内に、「今期は自分にいくら払うか」決めるやん。つまりやで、経営者の感覚としては本来、「今期の自分の取り分は〇〇にした」やないんか?なんで「〇〇やった」になるんやろ。これな、別に揚げ足取りちゃうで。言葉の話や。でも言葉って、思考のクセそのまま出るやろ。役員報酬って、法人税法のルール上、基本は一年間、同額や。途中でホイホイ変えられへん。まともに経営しとったらな、年度の途中でも「今年の自分の報酬、いくら設定したか」普通に把握しとるはずや。それをやで、決算
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【グダグダシリーズ3つ目。1万字超えてるのに、結論もオチも無いんだ。】

いや、最高なんだけど。オープンソースのLLM(OSL)。以前、合議制AIのMAD(マルチエージェントディベート)の話をしたことあったよね、今回はその延長線の話。このままいくとね、本当にマッキンゼー級の請求書が飛んでくるので、いろいろ模索してたんだよ。で。オープンソースって正直、今までちゃんと触ったことなかったのよ。だから、とりあえず触るところから始めた。OpenRouterだの、RunPodだの、まあ難しい話は置いておいて、ざっくり言えば「クレカで従量課金して使えるやつ」。で、片っ端からいろいろ試してみた。ただね、ローカルで動かすとしてもハードに金かかるのよ、その辺を見極めみたいなもんで触ってみたのよ。で。触ってみて一番デカかったのが、ガードレール、外せる!これに尽きる。SaaSで開発してるとさ、すぐ赤(警告)出るって言ってたじゃん。「あ、それダメです」ってやつ。はい、解決。…いや、もちろん危険だから無差別には出さないよ。これはクライアント専用で。で、これがファインチューニングっていうらしんだけどね。要するに「自分色に染められる」ってやつ。ここでふと思い出すのが、あれだよ。車好きなら、知らない人はいないであろうーー伝説の漫画。「頭文字D」。非力なハチロクで、強敵をぶち抜いていくあの感じ。(いや実際は拓海が化け物なだけだけど)もちろん現実で真似しちゃダメよ(笑)でもイメージとしてはめちゃくちゃ近い。オープンソースのモデルって、いわば「ベースはそこそこ」なんだけど、そこからフルチューンできる。メーカーが作ったフラッグシップモデルは、電子制御バリバリの最新スーパーカー。誰が乗っても速
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【グダグダでオチも無い独り言。2】

前回は妄想全開だったけどね。で実際のところ、「AIに意思決定のプロセスを委ねる」という意味では、むしろ現実の延長線上にある話だと思うんだよね。あんまり議論が盛んではないよねえほら、孫正義さんが、AI同士が交渉する時代が来るって語っていたじゃない?あのスケールの人が言うと、数千億円規模のデータセンターや国家レベルのインフラ構想を想像してしまうんだけども。でも本質はもっとシンプルじゃないのかな。AIエージェント同士が交渉し、人間の代わりに最適な取引先を探し、価格を詰め、契約を結ぶ。つまり、ビジネスの知的労働を自動化するということだよね。人間がやっていることを、より速く、より正確に行う存在が登場する。たださ、その世界を実現するには条件がある。汎用AIを一つ導入すれば済む、という単純な話ではないと思うんだよね。つまりさ、未来の商談とは、AIによる知能の総力戦になるわけだ……なんだけど、その前なのよね、というのはね、企業ごとに文化があり、価値観があり、譲れない基準がある。商習慣も違えば、業界特有の暗黙知も存在するよね。その交渉が外部に向かう前に、社内で壮絶な議論が繰り広げられる必要あるよね?営業AIが「攻めるべきだ」と主張し、財務AIが「利益率が低すぎる」と眉をひそめ、法務AIが「契約リスクが高い」と冷静に釘を刺す。まるで会議室のホワイトボードを前にした重役会議のように、データと論理が飛び交うやつ。つまり、各社は“自社色に染まったゴリゴリの専用AI”をまず持たなければならないよね。どんなに優秀な通訳でも、会社の魂までは代弁できない。だからこそ、AIもまた企業の分身になる必要がある。企業の
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【申し訳ない、ちょっとだけ訂正させてください。】

申し訳ない、ちょっとだけ訂正させてください。前回の投稿で、追追伸のところでね、「たった1日の『カンナエ』という伝説を作るために、彼は15年もの間、泥にまみれて同じ飯を食い続けた」って書いたんだけど。これ、意図としては「一瞬の勝利の裏にある、長い蓄積」っていう、いわば比喩(メタファー)として使ったつもりだったんですよ。でも、これそのまま読むと普通に「カンナエまでに15年あった」って受け取るよね、っていう。いや、そりゃそうだなと。(笑)なので、ここはちゃんと整理しておくと。実際には、ハンニバルがイタリアに渡ったのが紀元前218年で、カンナエが紀元前216年。なので、あの大勝利までっていう意味だと、ざっくり2年くらい。じゃあ残りの十数年は何してたのかっていうと、ここがまた、ちょっと面白いというか、なんとも言えない時間でね。カンナエのあと、普通だったらローマは折れると思うじゃないですか。あれだけやられてるし。でも折れない。むしろ、そこから戦い方を変える。ローマが選んだのは、正面からぶつからないという戦い方で、いわゆる「勝てないなら戦わない」っていう選択を取るんですよね。これ、やられる側からすると、かなり厄介で。勝ちきれない。かといって、追い払えもしない。いわば、ずっとチェックメイトできない将棋みたいな状態。で、その膠着が、14年くらい続く。ハンニバルとしては、カンナエで「決めた」と思ってるわけですよ。あれ以上の勝ちはなかなかない。でも、相手が降伏しない。ここ、ちょっと切ないよね。で、さらにそのあとが、またなんとも言えなくて。ローマ側の将軍、スキピオが今度はアフリカ本土に攻め込むんですよ
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【カンナエ(カンネー)の戦い自体は「たった1日」の出来事。】

前回さ、ハンニバル・バルカのことを話したとおもうんだけどさ、今回も、まあ、その続きみたいなもんです。僕ね、人の上に立つことを降りた側の人間なんだけどさ、それでも、というか、だからこそなのか、めっちゃ英雄好きなんですよ。なんでだろうね。自分ではやらない選択をしたくせに、そういう“前に立つ人間”に惹かれるっていう、このちょっとした矛盾。まあ、人間ってだいたいそんなもんか。え?また歴史の話?ちょっとウザいって?そんなの知りません。(笑)今日も懲りずにやります。前回ね、ハンニバルは「最終的には負けた側」として描いたんですよ。実際そうだからね。でもね、これちょっと誤解されると嫌なんだけど、僕はあの人、めちゃくちゃ好きなんですよ。カエサルも好きだし、アレクサンダーもいいよね。あのへんはもう、いわば“完成された主人公”。でもハンニバルって、ちょっと違う。あの人ね、「最高の現場リーダー」だった気がするんですよ。ほら、今の上司でさ、いるじゃないですか。やたら肩書きだけ立派で、言葉はそれっぽいんだけど、「で、あんた何してくれんの?」ってなるタイプ。空気だけ重くして帰っていく人。あれ、だいぶしんどい。(笑)ハンニバルはね、たぶん真逆なんですよ。言葉で引っ張るタイプじゃない。地位で押すタイプでもない。どっちかというと、「背中」と「飯」で語るタイプ。これ、ちょっと古臭く聞こえるかもしれないけど、でも現場って、結局そこなんですよね。もともと彼はカルタゴの貴族で、バルカ家っていう将軍の家系。いわばエリートですよ。現代でいうと、まあ、創業家の二代目みたいなもんか。ちょっと言い方悪いけど、“最初から椅子が用意さ
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【だって最終的に問われるのは、エンブレムじゃなくて、】

いつもの気心知れたクライアントさんに言われたんよ。「あの投稿(前回)さ、高級車ちょっとディスってない?」って。いやいやいや、ディスってないって。興味がないだけなんだって。そこ、そんなに引っかかる?って思いながら、コーヒー吹きそうになったわ。高級車が悪いなんて一言も言ってないのよ。むしろ、いいと思うよ。あれはあれで完成された世界観だし、ちゃんと意味がある。僕がその“戦場”にいないだけ。ほら、RPGでもさ、魔法使いが重装備の鎧着ないでしょ?あれと同じ。装備が違うだけで、別に戦ってないわけじゃない。でもまあ、たしかに成果報酬やってますって言ってて、出てきた車が小さなイタリア車だと、「意外ですね」って言われるのも分かる。みんなの頭の中では、成功者=メルセデスとかBMWとか、なんならフェラーリみたいな方程式ができあがってる。そこにチンクエチェントで現れると、ちょっとバグるらしい。……って、待って。僕、いつの間に成功者側に座ってんだ?会社を「面倒くさくなったから」って譲ったヤツが言うのも、なんか違うよね。そもそもそのゲームから降りてるって話で。でもさ、面白いよね。この「車=ステージ」みたいな暗黙の了解。初対面で「こいつはどの階層だ?」って測る空気、経営者界隈には確実にある。口では言わないけど、目が言ってる。信用できるか?明日潰れないか?ちゃんと資本主義ゲームで生き残ってるプレイヤーか?って。そこで高級車は、言葉を使わない履歴書になる。「最低限この車を維持できるキャッシュフローありますよ」という無言の証明。ある種の“入場チケット”。同じ車、同じ時計、同じゴルフ場。それを揃えることで、「私は異
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【くそっ。ウルトラマンとカップラーメンに勝てねえ…!!】

神出力。めちゃくちゃ難しいじゃないか…!いや、ほんとに。なかなかうまくいかない。スマホを手に持って、ストップウォッチを起動。「よーい、スタート!」まずはプロンプト作成から。1つ目、GPT。2つ目、Gemini。3つ目、Claude。(もちろん全部無料版。ここ大事。)所要時間、3分16秒。……かえる流・神出力チャレンジ。……見事に。撃沈。いやもう、きれいに沈んだ。スッと。音もなく。1つ目。GPTs(無料GPTs使用(共感チューニング仕様))売上が安定しないのは、才能の問題ではない。今月はいい。でも来月が読めない。受注できるときは続くのに、落ちると一気に落ちる。行動量は増やしている。本も読んだ。セミナーも出た。それでも、なぜか数字が安定しない。その不安定さが、一番しんどい。「向いてないのかもしれない」そう思い始めたなら、少しだけ立ち止まってください。あなたに足りないのは、才能ではありません。売れない営業に起きていること売上が安定しない営業には、共通点があります。・受注できた理由を説明できない・断られた理由も曖昧・商談ごとにやり方が変わる・改善点が見えないつまり――次にどう修正すればいいか分からない。感覚で売る人は、当たると強い。でも外れたときに立て直せない。売れ続ける人は違います。・聞く順番が決まっている・提案の流れが決まっている・価格提示に段階がある・断られたら振り返るポイントが明確だから、崩れない。19万字を書いた理由このnoteは19万字あります。なぜここまで書いたのか。営業は、断片では変わらないからです。「このフレーズを使え」「このクロージングが効く」それだけでは、再現でき
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【今日は、名探偵コナンから話をしよう。】

今日は、名探偵コナンから話をしよう。名探偵コナンって、いまだに放送されてるんですよね。すごい。普通は、何かが長く続くと「途中から追えてない」という人が増えるのに、コナンの場合、なぜか「途中からでも見れてしまう」。事件は起きるし、犯人はだいたいその回で捕まるし、たまに黒ずくめの組織がチラ見えして「おっ」となる。視聴者は安心して、また次の回に戻ってくる。これはこれで、物語として妙に強い仕組みだと思う。ただ、こっちは困るわけです。いつになったら戻るんだろう、新一。小学生のまま、ずっと事件に巻き込まれてる。こっちは普通に歳を取って、目が疲れて、昔より集中力が落ちてるのに、彼だけはずっと元気に走ってる。あの世界だけ、時間の概念が違うんじゃないか。いや、時間どころか、カロリー消費の概念も違う。小学生があの頻度で事件に遭遇して、あの頻度で推理して、あの頻度で麻酔針を撃ってたら、普通は先にこちらが倒れる。で、金曜ロードショー的に何となく見れるときに見るんですが、これがまた自分でも意外と真面目に見てしまう。遊びのつもりで付けたのに、いつの間にか姿勢が前のめりになる。頭の体操っていうのは、たぶんこういうことなんだろうなと思いつつ、鬼滅の刃ふうに言えば、全集中です。全集中して、推理に参加する。そして、全敗する。毎回。きれいに。こちらの推理が一ミリも当たらない。犯人候補を二人に絞った気になって、どっちかは当たるだろうと思ったら、だいたい第三の人が来る。しかも「うわ、その人か」となる。そういう意味では、コナンはすごく親切です。視聴者をバカにしないで、ちゃんと「外す」ように作ってある。外すたびに、こちらは
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【売れる言葉は、外に探しに行くもんちゃう。】

人がモノを買う前ってな、実はもう一回、頭の中で会議やってんねん。しかもこれ、本人は会議してる自覚ゼロや。コンビニで新しいチョコ手に取った瞬間、「別に今日じゃなくてもええよな」って声と、「でも今ちょっと疲れてるしな…」って声と、「これ我慢したところで、家帰ってため息つく未来しか見えへんぞ?」って声が、勝手に円卓囲んで喋りだす。議長もおらん、議事録もない、でも結論だけは出る。不思議やろ。これ、Amazonでも一緒や。カートに入れたあと、なぜか一回そっと画面閉じるやつ。あれな、心の中で財務大臣と欲望大臣が殴り合ってる最中や。「いや高いやろ」「でもこれあったら明日ちょっと楽になるやん」「いや来月のカード請求」「でも今のままやと、どうせまた同じことでイラつくで?」って。ほんで最後、どっちかが折れる。その瞬間に、人はポチる。おもろいのはな、この一連の流れ、ほとんど言葉になってへんことや。「欲しい」「高い」なんて雑なラベルで片付けてるけど、実際はもっと細かい。頭では理由を考えたフリして、心は未来の映像見て動いてる。恋愛も一緒やで。「好きかどうかわからん」って言うとる時点で、もう脳内では三本くらい未来ルート走ってる。告白して振られる自分、何もせず後悔する自分、うまくいってニヤけてる自分。人は論理より、どの自分を見たいかで選ぶ。せやのにや。コピー書くとき、セールス考えるとき、いきなり「刺さる言葉」とか探しに行くやろ。順番逆や。まず、自分が買うとき、何が浮かんで、どこで「うっ」てなって、どの未来が決め手になったか。そこを一回、ちゃんと見たほうがええ。売る力ってな、口のうまさちゃうねん。人の心の中で
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【同じ「神プロンプト」を打ってるはずやのに、出てくる文章が、なんかこう……「おおっ!」なる人と、「……あれ?」で終わる人、おるやろ。】

同じ「神プロンプト」を打ってるはずやのに、出てくる文章が、なんかこう……「おおっ!」なる人と、「……あれ?」で終わる人、おるやろ。あれな、不思議でも偶然でもない。というか、「プロンプトが悪い」で片づけるには、話が浅すぎる。最近よう見るやん。「これ使えば神出力!」「保存必須!」「思考力MAX!」もうな、AI界隈の青汁みたいや。飲んだ瞬間ムキムキ、みたいな顔してるけど、実際は味だけ青臭い、みたいな。誤解せんといてほしいんやけど、いわゆる「神プロンプト30」的なやつを全否定する気はない。あれはあれで、ちゃんと意味ある。思考の枠を一気に与える。役割を決める。制約条件を並べる。何も指定せんよりは、出力は間違いなくマシになる。ここは事実や。でもな、「同じ神プロンプトなのに、なんでここまで差が出るん?」この違和感を感じ始めた時点で、もう話は次の段階に入っとる。たとえばやで。同じレシピ、同じ材料、同じ包丁。それでも料理の出来が全然ちゃう人、おるやろ。あれ、包丁のせいちゃう。レシピのせいでもない。「これまで何切ってきたか」の差や。GPTもな、実はそれに近いことが起きとる。神プロンプトいうのは、魔法の呪文やなくて、「ここまでやってええで」という許可証みたいなもんや。でもその許可証を渡されたとき、普段から深い話してきた相手と、表面だけなぞる会話しかしてへん相手とでは、受け取り方が変わる。「自由に考えてええよ」言われて、どこまで踏み込んでいいか分かる相手と、「怒られん程度でまとめとこ」って思う相手。人間関係でも、ようある話やろ。つまりな、神プロンプトが効くかどうかは、プロンプトの出来以前に、それを投げ
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【私たちは巨人の肩の上に立ち、その景色を当然のものとして享受している。】

チャオ?元気?前回さ、マッキンゼーの人たちはすごいよね、みたいな話をしたじゃない。まあ実際、すごいんだけど。現代を生きる知のエリートたちだし、世界を動かすような意思決定に関わっているわけだからね。彼らの分析力や論理力には、素直に敬意を払うべきだと思う。なんてったって、年収の桁が違うじゃん。こちらはスーパーの割引シールに歓喜しているというのに、あちらは企業買収のシナジーを語っているわけだ。住んでいる世界が違う。それにさ世の中には、イーロン・マスクをはじめとして、とんでもない人物が存在するわけで。電気自動車を普及させ、ロケットを宇宙へ飛ばし、火星移住まで本気で考えている。おいおいって。普通の人間なら、せいぜい引っ越し先の家賃を気にする程度なのに、彼は惑星単位で移住を検討しているのだから恐れ入るよ。スケールが違いすぎて、もはや比較する気力すら失われるレベルだからね。だから僕は、そんな彼らを羨望の眼差しで見ている。これは本心です。努力と才能が結晶化した存在として、まばゆいほどに輝いて見えるのだよ。だがね、ここで誤解してほしくないのよ。先に断っておくけれど、僕のようなアホな凡人のことはひとまず脇に置いてほしい。論点はそこではない。では、今回の話を始めようか。実は、ずっと思っていることがあるのだよ。昔の人たちの方が、すごかったんじゃないかって。現代人は困ったらスマホで検索し、計算はAIに任せることができる。疑問があれば数秒で答えが表示され、地図も翻訳も瞬時に手に入る。便利だ。あまりにも便利すぎる。もはや人類は「考える前に検索する生き物」へと進化したと言っても過言ではない。進化なのか退化なの
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