申し訳ない、ちょっとだけ訂正させてください。
前回の投稿で、追追伸のところでね、
「たった1日の『カンナエ』という伝説を作るために、彼は15年もの間、泥にまみれて同じ飯を食い続けた」
って書いたんだけど。
これ、意図としては「一瞬の勝利の裏にある、長い蓄積」っていう、いわば比喩(メタファー)として使ったつもりだったんですよ。
でも、これそのまま読むと普通に「カンナエまでに15年あった」って受け取るよね、っていう。いや、そりゃそうだなと。(笑)
なので、ここはちゃんと整理しておくと。
実際には、ハンニバルがイタリアに渡ったのが紀元前218年で、カンナエが紀元前216年。なので、あの大勝利までっていう意味だと、ざっくり2年くらい。
じゃあ残りの十数年は何してたのかっていうと、ここがまた、ちょっと面白いというか、なんとも言えない時間でね。
カンナエのあと、普通だったらローマは折れると思うじゃないですか。あれだけやられてるし。
でも折れない。
むしろ、そこから戦い方を変える。
ローマが選んだのは、正面からぶつからないという戦い方で、いわゆる「勝てないなら戦わない」っていう選択を取るんですよね。
これ、やられる側からすると、かなり厄介で。
勝ちきれない。かといって、追い払えもしない。
いわば、ずっとチェックメイトできない将棋みたいな状態。
で、その膠着が、14年くらい続く。
ハンニバルとしては、カンナエで「決めた」と思ってるわけですよ。あれ以上の勝ちはなかなかない。でも、相手が降伏しない。
ここ、ちょっと切ないよね。
で、さらにそのあとが、またなんとも言えなくて。
ローマ側の将軍、スキピオが今度はアフリカ本土に攻め込むんですよ。つまり戦場がひっくり返る。
そうするとカルタゴ本国が、「いやちょっと待て」となる。
「ハンニバル、帰ってきてくれ」って。
14年、イタリアで戦い続けた人間が、最後は“呼び戻される”形で帰る。
これ、なんかドラマあるでしょ。
で、その帰還の先で、初めてスキピオと真正面からぶつかることになる。
ザマの戦い。
ここで、ついに敗れる。
で、この敗因のひとつが、また皮肉でね。
騎兵なんですよ。
イタリアでのハンニバルの強さって、ヌミディア騎兵の機動力にかなり支えられてた。でもザマでは、そのヌミディア騎兵が、スキピオ側についてる。
つまり、自分の強さの源泉が、そのまま相手側に回ってる。
これ、構造としてはすごくシンプルなんだけど、当事者からしたら、なかなかしんどい話で。
まあ、そんな流れなんですよね。
なので、改めて言い直すと、
カンナエまでに15年あったわけではなくて、むしろあの大勝利のあとに、長い時間が続いていく。
決定的な一撃を入れたはずなのに、終わらない。
で、最後は戦場を変えられて、呼び戻されて、そこで決着がつく。
……こうやって並べてみると、「勝ったあと」の時間の方が、よっぽど重い気がしてくるよね。
追伸。
ひとつ、自戒も込めて書いておくと。
こういう話を人に伝えるとき、「メタファーとして使った」は書いた側の言い訳であって、読んだ側には関係ないんですよね。
こういう話って、読んでて面白いと「人に話したく」なるじゃないですか。それ自体はいいんだけど、歴史って細部がわりとデリケートですよね。
歴史好きな人って、意外と細かいところで「それ違うんですよね」ってなりますよね。僕の話は、あくまで入り口くらいに。
これから、カエサル、アレクサンダー書こうと思ってますけど、自宅の倉庫から昔買った歴史年表引っ張り出してきます。
以後、気をつけます。
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