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【第十三話】名前がない。だから、前に進めると分かった日

帰宅すると、郵便受けに一通の封筒が入っていました。少し前に、郵送で請求していた旧土地台帳の写しです。玄関で靴も脱がず、その場で封を切りました。中の紙は薄く、並んでいるのは地番と数字、所有者名。不動登記簿の前身ですね。現在の登記簿とは見た目も大きく違います。すぐに、目的の名前を探しました。けれど――そこに、探していた先祖の名前はありませんでした。見落としたのかと思って、もう一度、最初から追います。それでも、ありません。「あれ?」声に出すほどでもないけれど、胸の奥に、小さく引っかかる感じがありました。戸籍では、確かにこの土地に住んでいた。本籍地も一致している。なのに、旧土地台帳には名前がない。この瞬間、自分が無意識に置いていた前提に気づきました。――住んでいた=土地を持っていたそう決めつけていたのです。でも、よく考えれば当たり前の話です。借家だったのかもしれない。名義は別の親族だったのかもしれない。あるいは、雇われて住み込みだった可能性もある。名前が出てこなかったこと自体は、正直、少し拍子抜けでした。けれど同時に、「調べ方を変えないと、ここから先には進めない」ということだけは、はっきりしました。土地そのものを追っても、これ以上は広がらない。見るべきなのは、この土地で、先祖がどういう立場で生きていたのか。所有者か、借り手か、働く側だったのか。紙を机に置いて、考えました。次は、資料ではなく、現地に行こう。この土地に、人はどう住み、どう働いていたのか。その空気を、直接見に行こう。名前がなかった。だからこそ、次に進む道が見えた。この空白は、失敗ではなく、調査の向きを変える合図だったのだと、
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資料が教えてくれること

家系図とご先祖調査のふることやです。数あるブログの中からお訪ねくださりありがとうございます。ふること(旧事)、つまりは古い資料・伝承からご依頼者様のご先祖に関する情報を探すことを主な仕事としております。依頼者様がお知りになりたいことにダイレクトに繋がる情報を見つけるのはなかなかたやすいことではなく日々悪戦苦闘しておりますが、関連する周辺情報を得ることはよくあります。今回は最近の調査で見つけた興味深い資料を、ご依頼者様にお差支えのない範囲でご紹介したいと思います。ご依頼者様は、江戸期のかなり早い時期から代々、京都・二条城の「御殿番(御殿預り)」である旗本の配下で役人を勤めてこられたお家柄で、幕末から維新にかけての動乱期には鳥羽伏見の戦いに参戦され、京都に戻られてからは武士としての身分は失われ、時代の激動期に大変なご苦労を乗り越えてこられた様子がしのばれました。ご依頼内容としては、二条城御殿内の役人を勤める以前のこと(徳川家の元々の家臣であったか、それとも京都にいた武士団出身かなど)についてお知りになりたいということでした。江戸の初期(1600年代前半)までの累代先祖のお名前まで確認できるだけでも稀有なことだと思いますが、さらにそれ以前のご由緒を調べるとなるとかなり難しいことが予想されましたので、まずは二条城の御殿番について知識ゼロの状態から調査することにいたしました。「二条在番」と呼ばれる、将軍直轄の軍団の一つである「大番」から1年交代で京都に派遣される役職があることは知っていましたが、「御殿番」とその配下の武士については現時点では伝わる資料が乏しく、研究も必ずしも十分には進んで
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見知らぬ同姓さんからのお手紙

———「突然のお手紙、たいへん失礼いたします。この人のことをご存知でしょうか?」2年ほど前のことになります。父の他界後、空き家となっていた実家に、ときどき風を通しに通ってくれていた弟から、「ポストにこんな手紙が届いてたけど、心当たりある?」とLINEがきました。見知らぬ差出人からの封書には、我が家と同じ苗字を名乗る男性の消息を尋ねる内容とともに、その男性とおぼしき、少し色褪せた写真のコピーが添えられていました。手紙の主によると、家系調査をしているうちに、母方と同じ苗字を名乗っていたその男性に行き着いたとのこと。ある時期までは、確かに親とその男性との間に行き来があったように記憶しているが、具体的にどういう関係なのか聞いていない。阪神大震災後、心当たりを探してみたけれど消息は知り得ず……などと記されていました。先祖調査の手法の一つとして、同姓へのアンケート調査がありますが、どうやらその対象として我が家が選ばれたようでした。手紙の差出人は、おそらく古い電話帳などを見て、母方と同姓の我が家を探し当てたと思われます。全国的にもかなり珍しい苗字なので、子供の頃からこのような「見知らぬ同姓さん」からの突然のお電話やお便りが偶にあったようです。そのたびに父はどう答えていたのか……逆に先方から苗字の来歴などの知識(正しいかどうかは別として)を得たのかもしれず、ひょっとして、父が生前語っていた眉唾ものの(ちょっとぶっ飛んだ)話は、先祖からの伝聞というより、むしろこちらからの情報では?と最近睨んでいたりします。件の手紙の男性についてですが、私たち兄妹とも、そのお名前にもお顔にも心当たりがなく、親から
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皇室とは何か? ~ルーツ調べの現場から~

 いろんな意味で「皇室」が話題になっている昨今ですが、皇族にあたる女性の結婚のあり方によっては、「皇室という概念が破壊されたり、支持されなくなるのではないか?」なんて懸念も出ているほどです。 憲法の上では、現在の皇室は「国民の象徴」とされています。もっと丁寧に読み解くと、日本国憲法の第一条では”天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。”とされていますから、◆ 国民の総意が、天皇制をやめよう!ということになると存続できないの?◆ 天皇、と書いてあるけれど、皇族・皇室についてはどこまで適用されるの?といった、付随するさまざまな疑問が生じても、当然かもしれません。 さて、この記事では、皇室の女性がどのように結婚するのが望ましいかについては、これ以上言及しませんが、「皇室とは何か」ということをざっくりとでも意識したり、理解しておくことは大切だと思います。 ものすごく平たく考えると、「天皇や皇室というのは、ずーっとずーっと昔からの、この国の王様の一族なのだろうなあ」ということになります。 その考え方は間違っていないのですが、そうなると「昔からの王様の一族を尊重するのは、まあよいとして、けれど今では、国民に主権があるのだから、その尊重の方法はもっと検討してもよいのでは?」ということになります。 ただ単純に「昔から王様は偉かったんだ」では、説明がつかない、ということですね。 そこで、現在の日本国憲法では、「偉かった」ということは、取りあえず横に置いておいて、「国民統合の象徴」という言葉を使って説明しています。 これは、また平たく言う
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【第十五話】地番のズレ

ご先祖が本籍をおいていた地で感じたあの違和感は、偶然ではないと思っていました。最古の本籍地から現在まで戸籍を追っても、転籍はない。名字もこの地域に多い。 土着していた可能性は高い。 それなのに、 請求した地番と現地の感覚が、どこか噛み合わない。 もしかすると、 請求している地番そのものが、正しく今の地図に反映されていないのではないか。そう考えるようになりました。相続の仕事を通じて、 公的書類であっても間違っている可能性がゼロではないことは知っていました。 固定資産評価証明書も、登記簿も、 前提がずれていれば結果もずれる。 実際に法務局へ行くことにしました。 証明書を出してもらうためではなく、 事情を確かめるために。 登記官に尋ねると、 この地域では土地の更正が入っていることが分かりました。 しかも二度。 区画整理によって地番が組み替えられていたのです。 そこで、頭の中の点がつながりました。 私は二度目の更正後の地図を基準に、 更正前の地番を照合していた。 だから、ずれていた。 まず更正前の地図を請求し、 新旧の地図を重ねる。 そのうえで、改めて旧土地台帳を取り直す。 やるべきことがはっきりしました。 再取得した旧土地台帳。 そこに、戸籍に記載されていた先祖の名前が載っていました。 その瞬間、胸の奥で小さく「ヨシ」と思いました。大きな感動ではありません。 けれど、ほっとした。 間違っていなかった。 見落としていたわけでもなかった。仮説を立て、確かめる。 一つの資料で判断しない。 別の記録と照らし合わせる。100年以上前の出来事なわけですから一筋縄ではいきません。先祖調査は、その小
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『先祖』とは

私は古いタイプの人間ですし 先祖供養が習慣化された地域で育った生い立ちから 『先祖』について、伝いたいことがありますので 今回は、先祖の考え方を書かせていただきたいと思います。 私の祖父は、祖母が34歳で亡くなってから、手一つで3人の子供を育て上げました。 小林麻央さんが34歳でお亡くなりになりましたが 祖母は、そのような若さで亡くなったのだなぁと 麻央ちゃんと祖母を重ねていたりします。 祖父はその後、大変苦労したのだと思います。 私の覚えている祖父は、とても慈悲深い人で、瞳を見るだけでその慈悲深さが伝わる人でした。 祖父からは生きる姿勢で、「どう生きればいいのか」を教わった気がします。 この様に先祖と言うのは、子孫にとっては絶大な影響を及ぼす存在で そして、同じ血が流れているという、逃れようのない存在なのです。 私の地域では先祖を大事にする習わしがあるため、ある時、こういう出来事を伺いました。 それは母の友達の息子さんのお話です。 その息子さんは田舎を離れて、都会で板前をしていました。 付き合っていた彼女が居たのですが、その彼女が妊娠してしまったそうです。 ですが、その息子さんは籍を入れるとか、 家族に紹介するということをせずに放置していたため その彼女は実家に身を寄せたそうです。 それを知った母の友人は、旦那さんと共に、その彼女の実家に伺い 「大変申し訳ないことをした。うちの嫁に来ていただけないでしょうか。」 と頭を下げて、息子の嫁に迎え入れたのだそうです。 これを聞いて、皆さんはどう思いますか。 母の友人が何故、その様にしたのか、理由が分かりますか? 私の地域では、先祖=
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先祖代々、平凡な農家のほうが名家名族である理由

 苗字調べや先祖調査というと、「うちはふつうの農家なので」とあまり関心を持たない方も多いかもしれません。「そんなたいした家柄じゃないよ、ふつうの田舎の農民だし」と思っておられる方も、たくさんいると思います。 ところが、ルーツ調べをしていて、いちばん名家名族、あるいは、古い家柄に繋がることがわかるのは「ど田舎村の、農民の家柄」の人たちばかりです。 逆に、「うちは○○藩の武士だった」というおうちのほうが、ある時期から先が、まったくわからなくなることが多いのです。 一般的に考えると「武士は偉い、農民は従属的存在だった」というイメージがついていると思いますが、それこそが「徳川家康」の狙いです(笑) 私たちは、まんまと「家康の策略」にハマってしまっていて、令和の現代になっても、家康の呪いをかけられたままなのです。 なぜ、そういうことが起きるのか、簡単にお話しますね。====== 先祖代々、田舎の農家の家柄、というと、ずっと農民として汗水足らして働いてきたイメージがあると思います。 それは一部ではまさにその通りで、ご先祖さまは、先祖代々伝わっている「たんぼ」を大事に守ってきたわけですが、ここでちょっと考えてみてください。 その先祖代々の「たんぼ」はどうやって入手したのでしょうか? はるか昔に、当時の不動産屋さんで「売ってた」のでしょうか?あるいは、原野のようなところに入植して、木を切り倒しながら田んぼに作り替えたのでしょうか? あるいは、誰かが持っていた田んぼを作物や布とか銭の束で交換したのでしょうか? もちろん、いろんなパターンがありますが、「たんぼ」と考えるからピンときませんが「領地」
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#3 子どもに育てられている

昨日知った絵本作家ののぶみさんの投稿を一気見してて、感動して泣いていた。というよりも、勝手に涙が出ていた♡子どもが生まれるのは、抱きしめられるためじゃなくて、ママを抱きしめるため♡子どもって毎日ママが大好きに一生懸命!♡子どもって、ママがホントはこうしたかったってことを見せてるだけ中でも、わたしがグッときたのは♡甘えることができなかったママのもとには甘えん坊な子がくるうちの下の子は本当に甘えん坊で、ひょうきんで、毎日笑わせてくる。そっか、この子がしていることは全部わたしが本当はしたかったけどできなかったことなんだ〜ってわたし、もっと甘えたかったんだなって教えてくれてありがとう❤️そして、もっと子どもを甘やかして、わたし自身、もっともっと甘えて生きていこうって(^^)自分が子どもの頃を振り返ってお母さんを笑わせるために生まれてきたんだなーってお母さんが大好きでお母さんのもとにきたんだなーって誰にでも必ずお父さんとお母さんがいて、そのお父さんお母さんにもお父さんとお母さんがいて先祖代々命を繋いでくれているおかげで、今ここに自分がいる。うちの子たちにも、旦那の親、先祖がいるおかげで命が繋がれたこれは何にも変えられない事実いろんな時代を超えて今ここに私たちの命が紡がれている生きているだけで素晴らしいよねたくさんの命の延長に私たちがいるんだからもう、それだけで素晴らしいよただ、いるだけで愛されている先祖様が見守ってくれてる1人じゃないね、100万馬力だねご先祖様の存在を感じたら、もうすごいエネルギーだよねありがとう命を繋いでくれて
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【第十八話】長男家を訪ねる

菩提寺のご住職から、長男家の連絡先を教えていただきました。突然電話をするのも失礼かと思い、まずは手紙を書くことにしました。事情を簡単に説明し、先祖のことを少し教えていただけないか、そんな内容でした。しばらくすると、一本の電話が留守電に入っていました。慌てて折り返すと、受話器の向こうから聞こえてきたのはとても穏やかな声の男性でした。隣町とのことだったので、日を決めて車で伺うことになりました。はじめて会う方です。正直、断られたらどうしよう、、、という気持ちもありました。けれど、実際に訪ねてみると、とても温かく迎えてくださいました。お店に入った瞬間、ふわっと木の香りが広がります。そこは、家具屋さんでした。電話で聞いた声の印象もあってか、根拠はないのですが、「きっといい話が聞ける」そんな気がしました。考えてみると、こうして初めて会う親戚の方と向き合って話をする。こういう出会いは、先祖調査をしていなければ生まれなかったものです。ただ、ひとつ気になったことがありました。家具屋。なんですよね。これまで調べてきた話では、あの地域は漁師が多い場所です。菩提寺でも、漁に出て帰ってこない人の話や、漁師の暮らしぶりについて聞いていました。ところが、目の前にあるのは家具の店です。聞けば、この家は家具屋の三代目とのことでした。ご主人のお祖父さんが修行をして店を始めたのだそうです。そして、もう一つ興味深い話も聞きました。なぜ隣町に店を出したのか。それは、同じ町に出すと商売が重なってしまうから。商圏が重ならないように、あえて隣町で店を始めたのだそうです。家の歴史というのは、一本の道ではなく、思いがけない方向へ
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【第十四話】小さな道標

戸籍に記されていた本籍地。そして、郵送で取り寄せた旧土地台帳の地番。その数字を手がかりに、私は実際にその場所へ行ってみることにしました。地図を見ながら歩いて辿り着いたのは、静かな住宅街でした。海岸までは二、三本の通りを挟んでいる。港町といえば、船着き場や作業場の気配を想像していましたが、目に入るのは普通の家並みです。ところどころに店はありますが、どちらかと言えば落ち着いた住宅地です。本当に、ここなのだろうか。地番を確認しながら立ち止まります。目の前には一軒の家。もちろん、百年以上前の建物ではありません。それでも、「ここで暮らしていたのかもしれない」そう思った瞬間、少しだけ胸が熱くなりました。戸籍の文字でしか知らなかった場所に、自分の足で立っている。それだけで、遠い存在だった先祖が、少しだけ近づいた気がしました。けれど同時に、違和感もありました。港町という印象とは違う。船着き場も見えない。漁師町の匂いもしない。通りに出ると、小さな道標が立っていました。「鍋町」その文字を見て、ここが確かに鍋町であったことを知ります。さらに調べると、この通りは、かつて鋳物師たちが暮らしていた地域だと分かりました。鋳物師。(いもじ)これまで、私は漁師の可能性ばかりを考えていました。海が近い。司書の方から「この辺りの人は8割、9割方漁師ですよ」という言葉。だから漁に関わっていたのではないか、と。けれど、住んでいたのが鋳物師が活躍していた通りだったのなら。もしかすると、ご先祖は金属を扱う仕事をしていたのだろうか。漁師ではなく、鋳物師。新しい仮説が、ひとつ生まれました。しかし同時に、確かなことは何一つ分から
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【第十一話】やりすぎたのに、何も近づかなかった

国会図書館に行きました。ここまで来れば、何か一つくらいは掴めると思っていました。はじめての場所です。正直なところ、「一度は使い方を知っておきたい」という気持ちが大きかったと思います。検索の仕方。本の請求。コピーの申請。デジタルでは見られない本があること。本は棚に並んでいなくて、番号で管理されていること。一つひとつ、確かに勉強になりました。机の上に運ばれてきた本を開き、ページをめくります。知らなかった制度。聞いたことのない言葉。どこかで見た地名。情報は、確実に増えていきました。別の日には、都立図書館にも足を運びました。こちらは、棚に本が並んでいます。歩きながら、背表紙を眺めていく。気になる一冊があれば、手に取る。予定していなかった本との出会いもありました。書庫から出してもらった本を机の上で追っていても、棚に並んだ本の前で立ち止まっていても。やっていることは違うのに、残る感覚は、どこか似ていました。調べている。ちゃんと動いている。それなのに、近づいている感じがしない。名前は、どこにも出てきません。探し方が悪いのか。まだ、量が足りないのか。それとも、そもそも、向かう方向が違うのか。どちらの図書館でも、「これは役に立つ」という断片はいくつも見つかりました。でも、探しているものには、触れていない。そんな感覚だけが、静かに残りました。調べれば分かる。動けば近づく。そう思っていた段階は、もう、過ぎていたのかもしれません。やり方は、間違っていないはずでした。むしろ、やれることは、かなりやった方だと思います。それでも、核心だけが、遠ざかっている。この時、はっきり分かったことがあります。「足りない
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【ご感想のご紹介】ご先祖供養

【ご感想のご紹介】― 今世8世代先祖供養・水子供養をお任せくださったお客様より ―こんにちは。朝日奈 鈴です。先日、「今世8世代先祖供養・水子供養」をご依頼くださったお客様から、胸があたたかくなるご感想を頂戴いたしました。そのお言葉を読みながら、私自身も胸の奥がふわりとほどけていくような…そんな静かな感動が広がりましたので、ご紹介させていただきたいと思うと存じます。お客様からのご評価には、・丁寧であたたかい対応・期待を良い意味で超える体験・霊視レポートや供養証明書の分かりやすさ・読み終えた後に心が軽くなったという体感・長い相談にも一つ一つ向き合う姿勢・最後まで安心して任せられるという信頼こうしたお言葉が綴られていました。特に、「読み終えたあと気持ちがかなり楽になりました」という一文は、私の胸にも深く届きました。供養とは、目に見える世界だけで完結するものではなく、何世代もさかのぼる“心の系譜”が静かに整っていく行いです。その変化はとても繊細で、けれど確かな光をもたらしてくれます。だからこそ、このように素直な変化を感じていただけたことが、私にとっても何よりの喜びとなりました。そして、「次にお願いするときは必ず朝日奈様に」と綴ってくださった、そのお心に深く頭が下がる思いです。ご縁というのは、偶然のようでいて、どこか必然の導きに包まれています。今回お預かりした供養も、まるで長い時を経てようやく扉が開いたような、静かな必然の流れがあったのだろうと感じています。また、「迷われている方がいらしたら自信を持っておすすめできる」という言葉は、活動を続けるうえで何よりの励みとなりました。この道は、
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今やるべきとっても大事なこと・・・

それは先祖供養(*^-^*)みなさんは先祖供養はおこなっていますか??お墓が遠くてなかなかいけない💦 日々の忙しさにかまけてすっかり(;^ω^)私と同じような方もいらっしゃるかと思います(笑)東京は今まさにお盆期間に入っております。東京は毎年7月にお盆があるんですね。地方の方はご存じではないかもしれませんが^^もちろん東京の方じゃなくても全然大丈夫です!今、みなさんのご先祖様への祈りの力が必要なんです。「お墓参りにいく」という形にこだわらなくていいので是非、ご先祖様への「感謝の祈り」「鎮魂の祈り」少しの時間でもいいので捧げてみませんか?そして私たちの体内に宿る血は遥か昔から続く数えきれないほどのご先祖様の血を受け継いで今ここに存在しております。記憶にない、名前すら知らないご先祖様にも意識を合わせていただき 鎮魂の祈りをささげていただけると多くのご先祖様は喜んでくださいますのでチャレンジしてみてください。あなたのご先祖様への祈りが この虹の橋を渡って ご先祖様へと届けられることでしょう☆
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ご先祖さまの探し方 姓氏・家系・苗字の調べ方 姓氏家系辞書・辞典の一覧

 <辞典類 姓氏・苗字>■ 『姓氏家系辞書』 太田亮 磯部甲陽堂1920■ 『姓氏家系大辞典』3巻 太田亮 角川書店1963 ■ 『新編姓氏家系辞書』 太田亮・丹羽基二 秋田書店1979■ 『山口県姓氏家系大辞典』 角川書店1991■ 『富山県姓氏家系大辞典』 角川書店1992■ 『姓氏苗字事典』 丸山浩一 金園社1992■ 『沖縄県姓氏家系大辞典』 角川書店1992■ 『宮城県姓氏家系大辞典』 角川書店1994■ 『鹿児島県姓氏家系大辞典』 角川書店1994■ 『群馬県姓氏家系大辞典』 角川書店1995■ 『静岡県姓氏家系大辞典』 角川書店1995■ 『全国名字辞典』 森岡浩 東京堂出版1997■ 『新編日本姓氏辞典』 千葉琢穂編 展望社1997■ 『日本の姓氏 大総鑑』 日正出版1997■ 『神奈川県姓氏家系大辞典』 角川書店1998■ 『日本名字家系大事典』 森岡浩 東京堂出版2002■ 『姓氏家系大事典』 丹羽基二 新人物往来社2002■ 『日本家系系図大事典』 奥富敬之 東京堂出版2008■ 『全国名字大辞典』 森岡浩 東京堂出版2011■ 『苗字辞典』 新藤正則 湘南社2011<辞典類 家紋>■ 『家紋大図鑑』 丹羽基二 秋田書店1971■ 『上州の苗字と家紋』 萩原進編 上毛新聞社1979■ 『日本家紋総覧』 能坂利雄 新人物往来社1990■ 『姓氏・地名・家紋総合辞典』 丹羽基二 新人物往来社1990■ 『家紋でたどるあなたの家系』 千鹿野茂 八木書店1995■ 『続家紋でたどるあなたの家系』 千鹿野茂 八木書店1998■ 『日本家紋総鑑』 千鹿野茂 角川書店1
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亡くなった方の想い 占い師なつたまのブログ

基本的にはお断りしつつ、声が伝わってきたらお伝えしているご依頼が「亡くなった方からのメッセージ」です。個人的には、あまりお客様にはおすすめしていません。それが「亡くなる」ということだからです。そして、その能力がある方には是非、依頼して頂きたいのですが、基本的には、生きていた時の遺品ひとつでも見たことがあれば、死者の声は聴けるのです。スピリチュアル能力に自信が無い方でも大丈夫です。特に、その方の写真と書き文字があれば良いです。そこから感じられる人としてのぬくもりが、亡くなった人の人柄。そこから紡がれる言葉を想像するのは容易で、想像の範囲のものが正解です。また、人によっては故人の遺品に触れることでサイコメトリー能力を発揮して故人からのメッセージを受け取ることが出来ます。自分の感情以外の何かを感じたら、それがサインです。スピリチュアリストに頼るのもの良いですが、基本的には故人様は生きて会っていたあなたにメッセージを伝えたいものです。他者から亡き人の言葉を一言一句聞くより、わずかでも直接メッセージを感じるのが大事です。また、先祖供養についてもご質問を受けますが、ご先祖様は多少の不義理(お墓参りに行けていない等)は全くお怒りになりません。かつて「私のお墓の前で泣かないでください、そこに私はいません」という歌がありましたが、その通りです。天界で悠々自適にお過ごしです。同時に、子の不幸を願う親がいないように、子孫の不幸を願う先祖はいません。よって、占い師に「先祖が怒っている」と言われたら、無視しましょう。ご質問あればDM他でお待ちしております。
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科学技術「水猫」

【猫の祖先】猫の水嫌いな理由が今回の研究により明らかになりました。猫の水嫌いの理由は祖先から受け継がれる体の特徴のせいで嫌いなようです。猫の祖先は「リビアヤマネコ」という紀元前2000年前からいたスラっとした背の高い猫です。この猫が生息してた場所は中東にある川沿いの「肥沃な三日月地帯」この場所にはティグリス・ユーフラテス川がすぐそばに流れていて川沿いの各所に村がありました。ここの地帯は農業が盛んに行われててここで育つ作物がねずみによく荒らされました。しかしここに生息してた猫はねずみを捕食する為に村に入りそれをありがたく感じた人々が猫と共存し始めました。〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓【水嫌い】この頃の村の人々は気候の変化に伴い農作物が育たなくなると新たな土地を目指し移動します。この時村に一緒にいた猫を連れて行き新天地で一緒に生活を始め猫の生息地が拡大しました。このリビアヤマネコがいた中東やエジプトは非常に雨が少なく乾燥して水に触れる機会がありません。そんな場所にいた動物なので雨など降ると驚いてしまい水が怖くてたまらないのです。他にも苦手な理由があり猫の体温が平均38度台と言われ水にぬれて体温が下がると運動能力が低下してしまいます。捕食動物の猫はひえると代謝が下がってしまい素早い動きが出来なくなり獲物を捕らえられません。その為猫は暖かい場所を選び1日中日光浴をしてるのです。〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓【猫の毛】犬が水にぬれると体をフリフリして水を弾きますが猫がこんな事をする姿を見ません。それは犬が揮発性がある毛に対し猫の毛が水を吸い込むウール製の毛だからで
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【第二十話】見逃していた一冊

家紋のことを確かめたあとも、調査はまだ続いていました。 戸籍やお寺の話だけでは、 先祖がどんな暮らしをしていたのかまでは なかなか見えてきません。 「何か、見落としていることはないだろうか」 そう思いながら、 もう一度いくつかの資料を探してみることにしました。 すると、 ある郷土資料の名前が目に止まりました。 以前、 地元の図書館で 司書の方が紹介してくれた本です。 そのときは 郷土史の本があまりにも多く、 一冊一冊をゆっくり読む余裕がありませんでした。 ページを少しめくっただけで、 棚に戻してしまった一冊でした。 漁師町の歴史をまとめた 地元の郷土史でした。 気になって、 改めて図書館へ行き、 その本を借りてきました。 今度は、 最初からゆっくり読み始めました。 すると、 あるページで 思わず手が止まりました。 見覚えのある名字が 目に入ったのです。 曾祖父の名前でした。 思わず、 もう一度目をこすりました。 確かに書かれています。 戸籍の中で見てきた名前が、 別の資料の中に はっきりと載っていたのです。 これまで戸籍の中では、 ただの「名前」でした。 けれど、 こうして別の資料の中で見ると、 同じ名前なのに 少し違って見えました。 その人が この土地で生きていたことが、 急に現実味を帯びてきたように感じたのです。 さらに読み進めていくと、 その近くに もう一つの名前が出てきました。 銀蔵これは誰だろう。 これまで見たことのない名前です。そして、 その説明を読んだとき、 私は思わず手を止めました。 そこには、 曾祖父よりも さらに前の世代の人物として 紹介されていたのです。
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お墓参りに行けなくても

仕事の都合でお彼岸の今、行きたいのにお墓参りに行けないという方も最近は多いですね。もしかしたら、遠方で普段からなかなか行けないという人もいらっしゃると思います。お墓の手入れの話は別にして、行けないからダメという訳ではありません。行く行かないことよりも、毎日ご先祖様に感謝しているのかが大切です。今日はお彼岸。お墓参りに行けなくても、ちょっとした時にご先祖様ありがとうございますと唱えるだけでも、あなたには見えることも、聞こえることもないかもしれませんが、あなたの後ろにはたくさんのご先祖がいて喜んでいるのです。そして、その感謝が今日だけではなく毎日できるとさらに喜んでくれると思います。
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【第十六話】生家の前で

新しく取り直した旧土地台帳を見ながら、もう一度その場所へ向かいました。前回とは違います。今度は、地番のズレを整理した上で辿り着いた場所でした。通りを曲がると、一軒の家が見えてきました。ここだ。旧土地台帳に載っていた先祖の名前。その土地が、今の地図のどこに当たるのか。法務局で地図を重ねて確認した場所です。生家は、今も残っていました。そしてそこには、親戚の方が住んでいると母から聞いていました。母を通じて声をかけてみましたが、返ってきたのは、少し困ったような言葉でした。「もう高齢でね。昔のことはよく分からないんだ」結局、話を聞くことはできませんでした。少し拍子抜けした気持ちもありました。自分の中では、ここまで調べてきた流れがある。戸籍を取り寄せ、郷土史を読み、法務局で地番のズレを確かめて、ようやく辿り着いた生家です。けれど、それは私の物語であって、相手にとってはそうではないのかもしれません。考えてみれば、母と父でも反応は違いました。私が先祖調査に熱中していても、「そうなんだ」という反応の人もいる。親戚であっても、距離があればなおさらです。家の話というのは、必ずしも誰もが語りたいものではないのかもしれません。遠い昔の出来事。自分の生活とは直接関係のない話。あるいは、触れたくない事情がある家もあるでしょう。調査をしていると、資料は客観的です。けれど、人の記憶や感情はそうではありません。戸籍や土地台帳には残っていても、語られない家の話もある。そんな当たり前のことに、このとき初めて気づきました。もしあなたが突然、遠い親戚から連絡を受けて、「先祖のことを教えてください」と言われたら、どう感じる
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戸籍の、その先へ――「ルーツの旅の案内人」について

戸籍をたどり、家系図を一通り作り終えたあと。多くの人が、同じ場所で立ち止まります。「ここから、どうすればいいのだろう」調査を続けるべきなのか。特定の先祖について、もう少し深く知ることができるのか。それとも、ここで一区切りなのか。家系図が完成した瞬間よりも、その“先”で生まれる迷いのほうが、ずっと大きいように感じることがあります。戸籍で分かること、分からないこと現在、一般に取得できる戸籍は、明治19年式戸籍までが基本です。そこには、家族関係や生没の記録、一定の形式に沿った事実が残されています。一方で、それ以前の明治5年式戸籍は、記載内容も統一されておらず、現在は原則として閲覧や取得ができません。「戸籍の先」を考え始めると、多くの人の視線は、自然と菩提寺やお墓へと向かいます。過去帳には、戒名や没年月日が記されています。けれど、それは檀家全体の記録であり、誰でも自由に見られるものではありません。信頼関係を前提に、該当箇所だけを写してもらう。それが現実的な形です。お墓に刻まれた文字から、拓本を取ることで、かろうじて読み取れる情報もあります。それ以上さかのぼれば、時代は戦国期へと入っていきます。武士であれば分限帳。一般の家であれば宗門人別帳。調べる対象も、進め方も、ここから先は大きく変わっていきます。正解のない分岐点に立つということこうした話をすると、よく、こんな質問を受けます。「結局、どれが正解なんですか?」けれど、先祖調査やお墓の問題に、ひとつの正解はありません。どの選択肢も、その人にとっては、同時に存在しています。・もっと調べる・ここで区切る・墓を守る・墓を整理する・今は決めないど
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【第九話】分かった気になっただけだった

市町村史を閉じたあとも、私はしばらく、図書館の席を立てずにいました。 分からなかった、というより、 「どこまで分かったのかが分からない」 そんな感覚が残っていました。 そのまま帰るのも、 少し中途半端な気がして、 カウンターの近くを、 なんとなくうろうろしていたときです。 司書の方が、 何気ない調子で言いました。 「このあたりは、 昔は漁師が多かったんですよ。 だいたい8割くらい、という話です。」 8割。 その数字が、 妙に、頭の中に残りました。 漁師。 海。 港。 市町村史に書いてあったことと、 今の言葉が、 頭の中で、自然につながります。 「じゃあ、 祖母の父も、 漁師だったのかもしれない。」 そんな考えが、 すっと浮かびました。 不思議なことに、少しだけ、気持ちが楽になりました。 漁師だったとしたら。 海の近くで暮らしていて、 毎日の生活には、 ある程度のリズムがあって。 そう想像すると、 それまでぼんやりしていた人物像が、 少しだけ、輪郭を持った気がしたのです。 でも、同時に、 別の感覚もありました。 「それは、 ただ当てはめているだけじゃないか?」 8割が漁師。 だから、うちも漁師。 根拠は、 それだけです。 名前が出てきたわけでもない。 記録が見つかったわけでもない。 さっきまで、 「情報は増えたのに、人に近づいていない」 と感じていたのに、 今は、 分かった“気”になっている。 それが、 少しだけ、気になりました。 前に進んだ、というより、 「納得できる説明をひとつ見つけた」 そんな感覚に近かったと思います。 確かめようがない。 否定もできない。 だから、 心地い
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【第五話】あの人を戸籍で追えばいいと、わかっていたのに

戸籍を見ていて、どこかで、分かっていました。 「全員を見なくていい」 「一人をたどればいい」 頭では、理解していたのです。 それでも、 戸籍を開くと、 つい、全体を見てしまいます。 兄弟。 その配偶者。 子どもたち。 さらに、その先へ。 名前が並んでいるのを見ると、 「この人も何かあるかもしれない」 「こっちも、見落としたくない」 そんな気持ちが、次々に湧いてきました。 一人に絞る、という判断が、 なぜかできませんでした。兄弟が多い戸籍を前にして、一度、手書きで家系図を書いて整理してみたことがあります。関係は、少し見えやすくなりました。 誰が親で、誰が兄弟で、 どこに子どもがつながっているのか。 けれど、 整理したからといって、 進めるようになったわけではありません。 むしろ、 「こんなに人がいる」 という事実が、 よりはっきりしてしまったようにも感じました。 戸籍を見ていると、視線が散っていきます。 一人を追えばいいと、 分かっているつもりなのに。 あの人だけを見ればいいと、 分かっているのに。 それでも、 ほかの名前が目に入るたび、 気持ちが引き戻されます。 「この人は、どういう人だったんだろう」 「この家系にも、何かあるかもしれない」 そんな可能性が、 判断を鈍らせていました。あとになって気づいたのですが、私は「迷っていた」というより、 「決めきれずにいた」のだと思います。 一人を選ぶ、ということは、 ほかを、いったん見ないと決めることでもあります。 それが、 思っていた以上に、難しかった。 戸籍には、 すべての人の名前が載っています。 けれど、 その全員を、同時に追うこ
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【第二話】祖母の父を、戸籍で初めて見た

戸籍を何通か取り終えたあと次に考えたのは、「誰から見ていこうか」ということでした。一番古く遡れた先祖でもいい。まったく知らない名前の人でもいい。けれど、最初にちゃんと見ようと思ったのは、祖母の父でした。理由は、とても単純です。先祖の中で、わずかでも話を聞いたことがある人だったから。祖母の父。私からすれば、ひいおじいちゃんにあたる人です。母から聞いていた話は、決して多くありません。ただ、「遊び人だったらしい」そんな一言だけが、なぜか記憶に残っていました。仕事のことも、どんな暮らしをしていたのかも、詳しく聞いたことはありません。正直に言えば、強い興味があったわけでもなかったと思います。「もしかしたら、母から何か一つくらい、新しい話が聞けるかもしれない」その程度の気持ちでした。戸籍を開いて、祖母の父の欄を見ました。年齢。本籍地。そこまでは、特別な感情は湧きませんでした。けれど、一か所だけ、目が止まったところがありました。「二男」それだけです。たった一言。でも、なぜか引っかかりました。兄弟が何人いたのかも知らない。何番目の子として育ったのかも、これまで考えたことがなかった。「二男、そうなんだ」なぜか、「長男だったら、もう少し話が残っていたのかな」そんなことを考えてしまいました。感想としては、本当にそれくらいでした。大きな発見があったわけではありません。人物像が浮かび上がったわけでもない。むしろ、分かったことより、分からないことの方が増えた気がしました。「遊び人だった」という話。それは事実なのか。それとも、誰かがそう呼んでいただけなのか。兄とは、どんな関係だったのか。どんな立場で生きてい
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【第一話】40代後半になって、ふと立ち止まった日

40代も後半に差しかかった頃、ふと、こんな気持ちがよぎるようになりました。「このままでいいのかな。」仕事も生活も、生きていくために必要なことは、ひと通り身につけてきた。大きな不満があるわけでもない。けれど一方で、新しい世界を知りたい気持ちや、これまでの人生を、少し振り返ってみたい気持ちもどこかにありました。そんな時、たまたま手元に残っていたのが、母方の祖母の相続の際に使った戸籍でした。特別なきっかけがあったわけではありません。むしろ、「じゃあ、ちょっとやってみようか」それくらいの軽い気持ちだったと思います。・・・正直に言えば、自分の家系を調べて、何も見つからなかったらどうしよう、という気持ちも、少しありました。私は行政書士として、普段から家系図の仕事に関わっています。けれど、不思議なことに、自分自身の先祖をきちんと調べようと思ったことは、それまで一度もありませんでした。周りにも、自分の家系を掘り下げている行政書士はほとんどいません。だからこそ、余計に、「誰かの家系図は作っているのに、自分のことは何も知らないままだな」そんな違和感も、少しあったのかもしれません。調べるなら、母方の祖母の系統から。相続で使った戸籍が残っていて、しかも地元の土地だったので、手をつけやすかった。正直、この時点では、何か大きな発見を期待していたわけでもありません。ただ、知らない先祖の名前を知ること。その人たちが生きていた時間や場所を、少しだけ想像してみること。それが、どんな「旅」になるのか。こまで自分を揺さぶるものになるのか。この時の私は、まだ何も分かっていませんでした。
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🔮《10月1日──新たなサイクルの扉が開く日》

今日は【10月1日】──スピリチュアルな世界では「新しいサイクルの始まり」とされる、とても意味のある日です☺️1|「10/1」という数字の叡智【10月1日】には、始まりを告げる数秘術のコードが秘められています。 •「1」=スタート・創造・意志の力 •エンジェルナンバー【1001】【101】=「天との共同創造」「思考が現実化する予兆」それは単なる「月初め」ではなく、**“霊的なスイッチ”**が静かに入る日でもあるのです。⸻2|秋の入り口としてのエネルギー転換季節は夏から秋へ🍁自然界では「実りと手放し」が同時に訪れるとき。 •外へ向かうエネルギー → 内側へと収束する流れ  •感謝、内省、静けさ  •自然が衣を変えるように、私たちの魂の“皮膚”も入れ替わる日本ではこの日が「衣替え」のタイミングであることも象徴的。(※夏の装い(陽の衣)→ 秋冬の装い(陰の衣)へ)これはスピリチュアル的にいうと、**「霊的な衣(オーラや波動衣)を一枚脱ぎ替える日」**ともいえます。⸻3|霊界のゲートが開きはじめる時期10月は、多くの文化で**「祖霊の月」**とされる特別な期間。 🌿日本:神無月(=全国の神々が出雲に集い、各地は“内なる神性”と向き合う月) •日本の暦で10月は「神無月」=“神様がいない月”と言われている。 → 出雲大社に神々が集まり、“縁結び会議”をするとされる月→ 逆に言えば、各地では“神様が不在”=自分の内なる神性にフォーカスする月→ 10月1日はその入口。「神さまが席を外している間に、自分と深くつながるチャンス」 🌿ヨーロッパのケルト文化:**サウィン(10月31日)**へと続く
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見えないところから、人生は整っていく。 魂の深層を癒す、八世代供養のすすめ

皆さま、こんにちは。魔術師・神職のMariaです。「Maria」は北欧での魔術師としての名であり、日本名は万梨亜(まりあ)と申します。これまで、先祖供養は一部の特別オプションとして承ってまいりましたが、ご要望を多数いただいたことを受け、このたび【独立商品】としてご案内を始めることにいたしました。今回は、その供養の背景にある意味や、“なぜ八世代なのか”というお話を、わたし自身の実体験もふまえて綴ってまいります。◇ 見えない「家系のエネルギー」の影響「最近なんとなく気持ちが重い」「頑張っているのに、なぜか物事が滞る」「家族に、似たような問題が代々続いている気がする」そんなふうに感じたことはありませんか?私たちは日々、目に見える世界を生きていますが、その背後には、“霊脈(れいみゃく)”と呼ばれる見えない家系のエネルギーが流れています。この霊脈が澄んでいるとき、人生の流れは自然と整い、努力が報われ、心が安定し、未来へと前向きに進めるのです。けれど、もしこの霊脈に“未浄化の想いや因縁”がとどまっていたとしたら──知らぬ間に、今のあなたの現実に影響を与えてしまっているかもしれません。 ◇ ご先祖様はあなたを応援し、力になってくれる存在「供養」という言葉に、重たさや怖さを感じてしまう方もいらっしゃるかもしれません。でも、私がこれまでに数千件にのぼる施術を行ってきた中ではっきりとわかったことがあります。それは、ご先祖様は決してあなたを責めたり裁いたりする存在ではないということ。むしろ、あなたのことを心から応援し、見えないところで力になろうとしてくださっている「味方」だということです。ご先祖様の
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待ってたよ

家系図とご先祖調査のふることやです。数あるブログの中から見つけて下さり、まことにありがとうございます。 ご依頼者様からお聞きした言い伝えなどをもとに、とりあえず思い付く限りの資料に当たり尽くしたのに、一向にご先祖さまについての情報が出てこないということがあります。(むしろ、たいていの案件は、調査に取り掛かかってすぐの局面ではそれが普通です。) それが、あることがきっかけで調査の糸口が見つかって、その後はするするといろんな情報が出てくるという、私なりの小さなブレイクスルーが起こる瞬間があります。きっかけは、ご依頼者様からの「そういえば、.......とか聞いたことがあったような」という些細な一言だったり、「これには載ってないでしょ」と期待せずにたまたま開いた資料だったり、全く別の案件で目を通していた資料の中にあったりするのです。 こういう瞬間は、「きた!」と声が出そうになるほど嬉しく、これがあるからやめられないと言ってもいいでしょう。“そんなに探してくれるんやったら出てきてやるわ”とまるで向こうの方からひょっこりと現れたみたいに...(情報が擬人化されるほど行き詰まっている証拠ですね)。白状しますと、もしあの時あの情報に出会えてなかったら...と後から冷や汗が出ることもしばしばです。   もちろん先祖調査にもある程度の定石というか、基本的手法がありますが、それを踏んでいるのに行き詰まった時には、「これはどう考えても、見当違いの道を突き進んでるな」と気づいて、いかに早く本来の糸口を見つけるかが肝だとつくづく感じます。定石はあるけれど実際の調査過程は様々というのが、先祖調査の一筋縄で
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家を継ぐとは? ~法律上、家を継ぐ事は存在しない~

 苗字や家系について調べていると、どうしても「家」というものに着目せざるを得ないことが多々あるのですが、ちょっと面白いことを思いついたのでせっかくの機会なのでお話しておこうと思います。「家を継ぐ」という言葉を、みなさんは耳にしたり使ったりしているはずですが、実は「家を継ぐ」ということは現在の日本には存在しないのを知ってますか?! これを聞いて「はあ?」と思う方も少なくないかもしれません。「え?だってうちの兄貴は家を継いでおやじの家に住んでいるよ」とか「あたしは女子1人なので、親が『家を継ぐのに養子をもらえ』みたいなことを言ってるよ」とか、そんな事例は山ほどあるので、「家を継ぐということが存在しない」ということについてはピンとこないかもしれません。 しかし、はっきり言っておくと「家を継ぐ」ということは、みなさんの意識の中の慣習としては残っているのですが、実際には法的には全く存在しない出来事なのです。 というわけで、今日はそのへんをズバリ解説してみましょう。 戦前までの家父長制度では、「家」というものが存在しており、それを継ぐという行為もきっちり決まっていました。 ところが、戦後民法が改正され、私たちは法律上「家を継ぐ」ということを失っています。 ここまでが「語句と規定」上のお話。 実際問題として、私たちのこころには「家を継ぐ」という行為がイメージとして残っていますよね? それは、具体的には、①父親の家屋敷を、長男が相続してそのまま代が代わっても住み続ける。②女の子ばかりのこどもの時、父親の姓を残すために、娘の夫の苗字を変えてもらう。③長男が都会に出てしまったので、次男のほうが実家
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ご先祖様に日頃の感謝を

私たちは神様に守られているわけですが、ご先祖様にも守られています。なので、日頃神様に手を合わす際は、ご先祖様にも日頃の御礼を念じましょう。また、ふと気がついた時、心の中で願うだけでもいいので、毎日のルーティンとして取り入れてみてください。
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なぜだかわからないけれど、ご先祖様のことが気になって

こちらのブログを訪れてくださり、ありがとうございます。見つけて下さったあなたは、きっと歴史やご自身のルーツ・家系のいわれにご興味がおありの方ではないかと推察いたします。若い頃は自分の目の前のこと、将来のことで精一杯、ご先祖様と言われても遠い昔のことで、お墓参りや法要の折、手を合わせることがあってもあまり我が事として受け止められなかった私「ふることや」が、どうしてこのようなサービスを始めるに至ったか、そのいきさつについて、少しお話ししたいと思います。「戸籍集めをしてみて、親父のルーツがわかりました」数年前、父を見送った後、相続の手続き一切を任せていた弟から、一通り終わったとLINEがありました。その最後の一文を見て、「ああ、いい加減やらなきゃ」という焦りにも似た気持ちを掻き立てられたのを今でもはっきりと覚えています。子供の頃、うちの父はどういうわけか、時々、自分が生まれ育った家のことやら先祖の言い伝えらしきことやらを問わず語りする癖がありました。いつも上の空で聞き流していたので、私たちきょうだいともども断片的な内容しか憶えていないのが今でも悔やまれます。時が経ち、先祖に少し興味が湧き始めて、一度訊いておこうと思うようになった時には、父は肺炎を拗らせて人工呼吸器とともに病床にありました。かろうじて筆談は出来たので、ホワイトボードでやり取りし記憶の穴埋めを試みたものの、弱々しい筆跡から得られる情報は限られていました。結果、父に直接訊ける機会はこれが最後となってしまいましたが、今思うに、父自身がその上の世代から伝え聞いていた内容も同じように断片的なものだったのかもしれません。弟がどの程
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名字調べ、ルーツ調べの依頼が多いのはどんな時?

 もうずいぶんと長い間、みなさんの「ルーツ調べ」「氏族調べ」のサービスを提供していますが、「依頼したくなる理由」「依頼してみよう!と思う時」には、いくつかの傾向があります。 もし、みなさんの中で「一度調べてみようかな」と思っておられる方があれば、参考になさってください。■ こどもが生まれた時 お子さんが生まれたタイミングで、「自分の家や一族は、どういう流れや歴史があるのかな」と思うのは自然なことと思います。 若いご夫婦などが「それぞれの実家の苗字やルーツについて調べてください」という依頼をお寄せになることが多いです。 最終的にはお子さんが大きくなった時の宝物、という感じになるようです。「家宝として大事にします!」と言う声をいただくことが多く、励みになっています。■ 結婚する時 ・・・女性のほうが多い 女性が結婚したタイミングで、「自分の実家について調べてほしい」という依頼をいただくこともよくあります。 女性にとっては、自分の苗字が変わるという大きな出来事でもあるので、自分のルーツを再確認したい、という気持ちが強くなるのかもしれません。 その場合は、完成した資料などをご両親に渡したい、とおっしゃられることが多いように感じます。 逆に、男性が結婚した時に依頼を受けたことはゼロです(笑)男性の場合は、やはりお子さんが生まれたタイミングが多いと思います。■ 定年退職とともに 仕事を引退して、ある程度自由になったので、自分のルーツについて調べてみたい!と思われる方もおられます。 その場合は、当方に任せきりではなくて、実地調査などをご本人さんがなされながら、二人三脚で調査を進めて行く形が多
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自分のルーツを知り、発言全てに説得力・人間力が増す神秘の力を借りる日本特有の方法

あなたは、このように感じた事はありませんか?同じ発言なのに説得力のある人と無い人がいるのはなぜだろう私のルーツは五条代官であった鈴木源内です。「自分のルーツを識(し)る」これって結構大事な事なのです私は自らの講座でもそうなのですが、短く端的に濃い内容をまとめるのが好きなので今回も、その方針でまとめていきますでは、どうやってしるのか?  ・自分に関係のある氏神様を識る    神社庁に電話し、自分の出生地と現在住んでいる場所、    人生の分岐点があった時に住んでいた場所の管轄の神社を    教えていただき、感謝の報告を数年に一度でもよいので    その地域の守り神である神社の氏神様にお伝えする。    ※因みに氏神様の総本山的な神社が伊勢神宮です。    地域の氏神様を飛び越えてお参りするより、    段階を踏んでお参りするほうが、さらに見守ってくださいます。    (外国に類似するような文化はみあたりません。「教会」で一括りでした)   ・自分の家系の家紋を調べる    こちらは、墓を参れば墓石に刻まれております。    もしくは父母の出生地地域や、戸籍で辿れる    古い情報の地域などで同姓の墓石を調べれば、    かなりの確率で、その家紋であることが多い。    どうしても見つからない場合は自分で決めてもよい。    ※外国で家紋という定義の文化は無いらしいですが    ロスチャイルドなどの大富豪は紋の重みを理解しているので、    一族に紋章があったりするのです。    (中国・韓国には家紋文化はありません)    (当たり前ですが中国・韓国には日本にない良い文化もありま
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新千夜一夜物語第3話:除霊と救霊

その日、青年は陰陽師を前にうつむいたまま黙っていた。というのも、青年は過去に霊能力を持っている人物の世話になったことがあり、その時にお祓いは済んでいたはずだからである。それなのに、陰陽師は霊障があると断言するのだ。陰陽師は青年の想いを察してか、彼が切り出すのを黙って待っていた。『じつはですね。先生にはとても申し上げにくいことなんですが…』青年が切り出した。「どうしたんじゃ? 何でも言ってくれて構わんぞ」『実は僕、過去に霊能力者に弟子入りしていたことがありまして、その時にお祓いを受けているんですよ。だから、昨日先生が僕に霊障があるというのは違うのではないかって』「なるほどのお。そなたは世話になった霊能力者とやらの言葉を今でも信じておるわけじゃな」『先生を疑っているつもりはないんです。ただ、僕にまだ霊障があるとするなら、過去に受けたお祓いは何だったのだろうと思って。よくわからなくなってしまったんです』いつもと変わらず、穏やかな表情のまま紙を差し出す陰陽師。何を言われても動じない不動の心を持っているかのようだ。『この紙は何ですか? 数字がいくつも書いてあって難しそうですが』「そなたの鑑定結果じゃ。昨日、名前(ふりがな)と職業を書いてくれたじゃろう」『ああ、そうでしたね』「それでな、“現世属性”の個所を見てみるがいい」“現世属性:7(5)―7(5)(−2)”『この、7(5)―7(5)(―2)の部分ですか? これはどういう意味ですか?』「7(5)―7(5)はまた別の機会に説明するとして、今日は最後の(―2)のところについて説明しよう」青年は眉をひそめながら紙をじっと見つめている。どうやら
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【第六話】それでも、紙の外に出る決心がつかなかった

戸籍を閉じて、しばらく、そのままにしていました。何をするでもなく、 次に進むわけでもなく。ただ、「今日は、ここまでかな」そんな気持ちでした。本籍地は分かっています。どこに行けばいいのかも、頭では理解しています。市町村史を調べる。土地の来歴を見る。現地に足を運ぶ。やるべきことは、決して曖昧ではありません。それなのに、紙の外に出る決心は、つきませんでした。理由を考えてみても、はっきりした答えは見つかりません。忙しかったわけでもない。面倒だったわけでもない。怖かった、というほどでもない。やる気がなかったわけでもない。ただ、どこかで、立ち止まっていました。戸籍の中には、もう、これ以上の情報はありません。それも、分かっています。それでも、もう一度だけ、また、もう一度だけと、ページをめくってしまう。すでに見たはずの名前を、もう一度、目で追ってしまう。不思議なことに、何度見ても、同じところで視線が止まりました。特別な理由があるわけではありません。その人だけ、何かが分かったわけでもない。ただ、ほかの名前より、少しだけ、気になってしまう。だからこそ不思議だった。なぜなのかは、自分でも説明できませんでした。セオリーなら、別の選び方がある。戸主をたどる。長男を追う。一番古い世代から見る。そうした方が、合理的なのは分かっています。でも、頭で選ぶ前に、視線が、そちらに向いてしまう。この時の私は、「誰を追うか」をまだ決めていませんでした。けれど、「どこを見てしまうか」は、もう、決まっていたのかもしれません。紙の上で、これ以上、できることはない。そう感じながらも、紙の外に出るには、もう少しだけ、時間が必要で
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【第四話】兄弟は分かった。でも、人はまだ見えなかった

戸籍を見ていて、だんだん分からなくなってきました。 兄弟が多い、ということは分かっています。 祖母の父には、九人の兄弟がいました。 でも、 戸籍の中では、 その兄弟は横一列に並んでいるだけです。 さらに、 その上下には、 親や祖父母の名前があり、 横には、甥や姪の名前も続いています。 一枚の紙の中に、 関係の違う人たちが、 同じように並んでいる。 眺めているうちに、 誰が、誰と、どうつながっているのか。 頭の中で、ほどけなくなってきました。 そこで、紙に書いてみることにしました。 特別なことではありません。 ノートを開いて、 思いつくままに、 手書きで家系図を書いただけです。 縦に親。 横に兄弟。 その下に、子どもたち。 そうやって書き出してみると、 戸籍で見ていたときより、 関係は少し分かりやすくなりました。 「ああ、こういう並びだったのか」 そんな納得は、ありました。 けれど。書いたからといって、 人が見えてきたわけではありません。 祖母の父の兄弟たち。 当然ですが、 顔は一人も思い浮かびません。 その子どもたち―― つまり、私にとっては かなり遠い親戚になる人たちも、 名前だけが並んでいます。 ふと、 頭をよぎったことがありました。 もしかしたら、近所に住んでいる、あの人も。実は、遠い親戚だったのかもしれない。そんな考えが浮かびました。実際、母に聞いてみると、「たしか、あの家は親戚だったはず」と言われました。ただ、どこまでが事実で、どこからが記憶なのかは、母自身も、はっきりとは分からない様子でした。戸籍をいくら見てもそこから先には進めません。 紙の上では、 関係は整理でき
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「記憶のない祖父に、私は今も導かれている」 〜無意識の中で生き続ける家族の記憶〜

「記憶のない祖父に、私は今も導かれている」〜無意識の中で生き続ける家族の記憶〜●思い出せない祖父11月3日は、母方の祖父の命日です。私が5歳の時に亡くなったため、どんな人で、どんな声だったのかも覚えていません。母や叔母から話を聞いても、祖父という存在はどこか遠く、現実の人物としてのイメージが湧かないままでした。●偶然の出会いがくれた手がかりそんな私が20代の頃、松本で祖父を知る人と出会いました。その方から祖父の話を聞くことができたのは、まるで祖父が「自分の存在を伝えに来た」かのような不思議な出来事でした。その瞬間、私の中でぼんやりしていた祖父の存在が、少しだけ輪郭を持ち始めたのです。●無意識の中に生きている祖父母精神分析を学ぶようになってから、自分の性格形成を考える中で、祖父母の存在の大きさに気づきました。両親だけでなく、祖父母に対して何を求めてきたのか。祖父に感じられなかった分、祖母に求めたものが今の私の土台をつくっているのではないか。そう考えると、たとえ記憶にはなくても、祖父母の生き方や価値観は無意識のうちに私の中に息づいているのだと感じます。●死を怖れず、再会を楽しみに祖父がそうしたように、私も自分の道を切り開き、商いをして生きています。きっとその背中を、どこかで見てきたのでしょう。いつか私がこの世を去るとき、祖父と祖母はニコニコと迎えに来てくれる気がします。そのときこそ、心ゆくまで祖父母に甘えられるのかもしれません。そう思うと、「死ぬこと」さえも少し楽しみに思えるのです。🌸あとがき今日は、大好きな祖父のことを思いながら、静かに感謝の時間を過ごしたいと思います。記憶にはな
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鑑定の感想

先日、友人の鑑定をしました。友人と言っても。。仕事つながりで仲良くなった人です。今は関東へと旅立っているのでごくたまにお仕事で関西に来られた時にお話しするくらいですね。四柱推命鑑定に興味があったようで、命式より本質や持っている使命のお話をさせていただきました。そして、後日、鑑定書を送ってみました。その感想が以下の通りでした。(本人の許可をいただいていますので本文そのまま載せちゃいます。)自身を俯瞰的に見つつ、良く当たっている事が多く納得しつつ、気づいていない事も多くとても勉強になりました。 特に「辛卯、印綬」は心の中を見られているように感じました😅 長所を生かしつつ、四柱推命鑑定書を意識しながらコツコツ成長していこうと思います。 年運については、新たなチャレンジを考えていた事もあり、社会貢献や人の役に立つことを意識して取り組もうと思います。 最後の「自由奔放…」はよく当たっています😅 人と違う事を率先してやる事が苦手ではないので、自己肯定感を高めながら、協力者と楽しみながらポジティブに考えてやるようにしています。 【「親や先祖に誇れる筋の通った美しい人生を歩む」と決めることで、最大限の恩恵を受け取れます。】については今年8月に長く行けてなかった御先祖のお墓参りと両親実家までご挨拶に行ってきました。 常日頃から心の中では祈っていたのですが、何かに呼ばれているようで両親を連れて行くことが出来ました。 核家族化が進む傾向が強い今の日本において、今回の帰省がきっかけとなり、血縁の繋がりに感謝しつつ、これまでの伝統を守ろう思いました。 これからの人生における指針になったようで良かったです
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過去世とハイヤーセルフ

私の前世は、何をしてたのか?これを知りたい方は、結構たくさんいます。前世や過去世を知ったことで、何かが変わるのか?過去の歴史を変えることはできないので、正直言うとあまり意味がないかもしれません。前世や過去世に言い訳をして、目の前のことをおろそかにするよりも、現実をしっかり生きることって大切。そんな、過去世への意識を全部とっぱらって、毎日なすべきことを一生懸命して・・・学びの段階が進んだら、ある日、過去世のことが、勝手に浮かび上がってくるんです。例えば、私の旅行の計画は、大まかな目的地と移動時間だけ。途中のメッセージで、ここに寄れと、目的地が増えたり、一つの場所に長く引き留められたり。。。そんな中で『私は、過去にここにいた!』みたいな場所が、あちこちに出てくるんです。時代や背景は、バラバラで、僧侶であったり、巫女であったり・・命を落としたり。だからといって、そこで何かに深く思いを寄せたり、考えることはありませんし、深追いすることもありません。段階を経て、必要な時に、必要な過去世の情報が自ずと与えられてくる。これは、次の段階に進むために必要だから、そんな情報が自然と与えられてくる、それだけなんです。あまり関心できないのは、誰かから聞いた言葉を鵜呑みにして、過去世や前世に〇〇があるから、自分は今こんな状態になってるんだ。だから、過去世の問題(カルマ)をクリアしないと、自分は前に進めない・・・と思い込んでしまっている人。確かに過去世の問題(カルマ)をクリアしないと、進めないステップはあるんです。でも、そのクリアすべき段階は、一つずつ目の前のことを自分自身でクリアした次の段階にやってきま
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皆々に 伝えるべきこと

人はいかにして 作られいかにして 生かされおるか知らぬであろう魂の磨きと 言うたれど己れの気持ちひとつでいかにも 輝き いかにも 沈む己れの 気持ちひとつと 言いたれどここに 多くの学びがなければこれ でこぼこの石の如く光りたる 磨きが足らぬ自らが 学びの中に苦しみや 課題がありてこれを 越える先の気づきに 平ぐ要素あり自らの内側にある 気づきと働きこそがまことの内在神と つながりて 本当の魂磨きとなるひとり静かに 己れを見つめ今 在らんとするところに しかと座して人と 己れの 境神と 己れの 境輪の中の 己れの調和ように ように 静かに見つめこの先 どこに至らんとするかようよう 思ひ 感じてみよ人を 内在する神神を 内在する日本・宇宙ひとりひとりが 宇宙を造る 細胞のように自らも その一員としてこの世を造る 調和の礎と なりたるか己れ自身が 調和の素と なりたるかここに 学びがあると 思ひたれまこと 本物しか 残れないそのような時が 近づくぞ早うせねば なるまいて2025/3/31 朝【追記】3月の後半から、頂くメッセージの内容がとても厳しいものになってきました。このままでは、日本は滅びるぞ。本物しか残らんぞと。ふわふわのスピリチュアルの時代は終わったぞ・・・と1999年、ノストラダムスの大予言が話題になったころ、『偽キリストに気をつけろ』といったお話がたくさんありました。末法の世には、偽キリストが現れるので、充分に気をつけなさいと言われたものでした。『結局、何も起こらなかったじゃないか』と思った人たちがほとんどでしょうが、実際、これを回避するために、多くの宗教家の祈りが捧げ
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御先祖様へ 日々の祈り

こちらにおいで下さいました お釈迦様 左右においでの仏様方おかげさまで 日々 恵みと御加護を頂き 生かさせ頂き ありがとうございます〇〇家の御先祖様を 護り導き下さりありがとうございます本日も どうぞよろしくお願いいたします--〇〇家の御先祖様(お位牌の)お父さん お兄さん 過去帳の御先祖様御先祖様方が 積み上げてこられた 尊い御徳と今もなお 日々 恵みと御加護を頂き生かさせて頂き ありがとうございます御先祖様方も さらにさらに 良きところへと 上がって参られますよう御先祖様の天命が 全うされますようにありがとうございます。---------------------------------------------------これは、お仏壇で毎朝させて頂く、ご挨拶のような祈りです。もともとは、朝晩の読経の最後に お伝えしていた言葉です。いつの頃からか、お経を上げるのをやめました。お経を上げるのは、瞑想と同じようにだんだん無になっていけるので気持ちいいのですが目的はなに? 誰のために? 何のために?お経本の流れに沿って上げると、最後にはお願いの言葉が必ずあるが、御供養の要素は少ない。施餓鬼や御供養のための読経や作法は、本山に行って必要な修行を授けていただかなければ、できないものもたくさんある。何かマニュアルどおりの一遍通りの読経をすることは、とても中途半端で、行者になりたい自分の自己満足?得度をさせて頂いたこともあるので、お声明や陀羅尼を読むことも好きですが、還俗してからは ハイヤーセルフが読経されるとき以外やめました。お仏壇におられる亡き義父(夫の父)は、夫が13歳の頃に心筋梗塞
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熊本益城 古い先祖を訪ねて

ここにおいて 穢れのもと とどまりし者思いがけず 天の導きありて思兼様により 助けられた御霊天界にありて 真(まこと)の働き申す者この迎えによりて 我れは働きを 始めんとす友がなすべてが 明かされる詔(みことのり) 申さく神が まことの 仕事始めるに力の 大小ありて己れ自身にて 働きはじめることの できぬお方がある神の名を隠し 人として生きたお方の御霊である神は まこと 人を社(やしろ)として 宿したまへばこれを 鎮めたまひし御霊呼び起こしたること必要この役目 そなたに与えられしものたればこれを成し遂げよ今から 参る先はこの者の先祖と とても深き縁(えにし)ある者これを 致さねばなるまい【追記】2025年2月16日。いつものことながら、隣で運転をしてくれる主人がおおよその目的地をナビに入れてくれてるが、『その信号を右』『この先を左』と神様ナビが指示してくれながら、子どもの頃の里帰りで訪れた地名を辿っていた。『え・・・そこは、さっき通ったよね・・・』と言いながら、40年前まで祖父が住んでいたであろう付近を巡る。その道案内は『昔と、全然変わってしまってる』という亡父の口調で、思わず笑ってしまった。5分前にいったはずなのに、たまらずトイレに行きたくなった。コーヒーの飲みすぎ?たまらず駆け込んだコンビニで、今度は水を2つ買うように指示された。お供えの『おむすび』と水筒に『お茶』を持ってきてるのに・・・昔、祖父が父だけに伝えた先祖の話。かつて武家であった先祖が戦(いくさ)に負けてしまったものの、一族の血を絶やさぬ為に、名字を変えて潜んで生きていたと。その御先祖から受け継がれてきた鎧兜や多
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一見悪しきことさえも

 今年の7月にこちらに出店してから、ご先祖さまのことを知りたいという方々から少しずつですがお声掛けいただくようになり、お陰様で充実した一年となりましたことを感謝いたします。 戸籍を丹念に読み込むと、そのお家のそれまでの歩みが朧げに見えてくることがあります。中にはお伝えすべきか躊躇するような生々しい事実を知ることも、ままあります。例えば、血が繋がっていると思っていた親族が実はそうではなかったなど、戸籍を見なければ知らずに済んだのに…とショックを受けることもあるかもしれません。(なお、戸籍はあくまでも届出ですから、必ずしも事実が記載内容通りとは限らないのですが、ここではそれは脇に置いておきます。) 私も父方先祖が故郷を捨てて夜逃げしてきたらしいと初めて知った時は、正直複雑な気分になりました。それでもその後懸命に家を支えてくれたお陰で今があると思うと、先祖が乗り越えてきた苦労を愛おしくさえ思えるようになりました。 今年はほとんど手付かずだった母方の先祖調査も始め、偶然にも、大戦末期に獄中で最期を終えた元新聞記者の大叔父の存在について知ることとなりました。当時幼かった母や叔母らに、今に至るまでこの経緯が伝わっていなかったことを思うに、遺された身内にとっては、これが左右どちらからも批判の対象となりうる、触れて欲しくない過去であったからでしょうか。資料をいろいろ読み漁るうちに、大叔父には彼なりの義があり、それを全うする道を選んだ結果だったと思えるようになりました。 「戦時下、憲兵に捕えられ獄死」という家族の負の歴史を乗り越えて得られたのは、意外にも懸命に生きた先祖を誇りに思う気持ちでした。
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土地の記憶を呼び覚ます

家系図とご先祖調査のふることやです。数あるブログの中から、こちらにお立ち寄りいただきありがとうございます。自己紹介を兼ねて、出店するまでのいきさつをぽつぽつと投稿しております。ご先祖様について調べてみようと思い立ったら、まずはご先祖の元々の本籍地を知ることが大前提となります。今でこそ、実際の居住地に関係なく、自由に本籍地を決められますが、近代戸籍制度が導入された明治の初めの頃は、大多数のお家にとって、本籍地イコール実際の居住地と考えるのが普通だからです。 なぜなら特殊な例を除いて、多くのお家は、相当な昔から、遅くとも江戸時代には先祖代々その地に住みついてきたからです。住処を自由に移せるようになったのは明治以降のことで、それまで庶民の移動は制限され、生まれた土地で先祖が耕し、手を入れ、守り抜いてきた田畑や山林、漁場を受け継ぎ、その地で産したものを食し、一生を終えることが当たり前だったのです。当然、今とは比べものにならないほど、土地と家との繋がりが深かったわけで、土地の成り立ちや土地柄抜きにはご先祖様のことは知り得ないと考えます。特に、ご先祖様の生業(なりわい)の多くは、その土地土地に根差したものであって、例えば田畑なら、お祖父さん・お祖母さん、そのまたお祖父さん・お祖母さんが一生懸命耕し、苦労して年貢を納めてきた土地を基盤として、日々の暮らしがあったのです。そのような土地に暮らす限りは、ことさら先祖のことを知ろうとせずとも、自然と伝わるものが日々の生活の中にあちこち散りばめられていたはずです。明治以降の近代化の流れで、都市部に居住地を移すケースが増えたことが、先祖について知る機会
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ルーツや先祖はどこまで辿ることができますか?

 先祖調べや、ルーツ探しを希望なさる人にとっては「どこまで辿ることができるのか」ということは、興味深い質問だと思います。 これは、その家によってまったく違うので、「調べてみないとわからない」という身もフタもない答えになってしまうのですが(苦笑) けれど、どんな風に過去へ調べが進んでゆくのか、そのあたりをお話しましょう。<第一段階 明治から江戸末期まで> みなさんが一般的に「うちの先祖」とか「家系図が」といったイメージをお持ちになるのは、この段階です。 実は戸籍をたどれば明治29年前後に存命だった人の先祖は誰でも辿ることができるので、自分で戸籍をとって家系図を作る人もたくさんおられます。 行政書士資格を持っている人は「他人の戸籍を代理でとる」ことができるので、「家系図つくります」という業者さんは、その資格を利用して家系図にまとめて仕上げるサービスをしておられます。 ですが、自分でもできるので、ご予算に応じてお好きなやり方で取り組んでみてください。 とまあ、ここまでは一般的な話で、誰でもできるので当方では「家系図の作成」はやっていません。 それよりももっと専門的なことに取り組んでいる、と考えていただければと思います。(全体的な氏族の歴史に着目して、進めます) わずかながら「明治の段階で発生した苗字・名字」があるので、その場合はそこでストップです。確率的には数%しかありません。9割方はもっと先へ行けます。<第二段階 信長の時代くらい> 確率でいえば7割〜8割くらいの「田舎の農家です〜」というおうちに多いのがこのパターンです。いまの田舎の地域に先祖がやってきたのが「戦国時代」というおう
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なぜ名家はかならず没落するのか?

  ご先祖さま探しをしていると、よく、こんな話を聞きます。「うちは昔名家だったらしいが、没落した」「昔は土地をたくさんもっていたが、今は全部手放している」「うちは庄屋だった。現在はただの庶民だが」 こういう話を、一般的には「ああ、少しでも自分の家をよく思いたい、よく感じたい気持ちの名残なんだな」と解釈することが多く、家系図業者さんのサイトやブログ、苗字研究家さんの記述なども、そういう見立てをしている場合が見受けられます。 なので、私を含めて「ご先祖様探し系」の活動をしている人は、「その家に伝わっている伝承や、言い伝え、昔話は脚色されていることが多いから、注意しようね」というスタンスで物事に当っておられると思います。========== ところが、最近、いろいろ調査しているうちに、私個人は少し違う見立てをするようになりました。一般論として「家系は装飾しがちである」「伝承は、ちょっと良く見せたがるものである」ということまで否定するつもりはないのですが、名家とは、没落するものである!という公式のようなものを発見したわけです。 私のところに情報を寄せてくださる大塚さんの中に、同じような話を寄せてくださる沢山おられます。「うちは昔は名家だったらしく、土地もたくさんもっていたらしいが没落した」とか、今日の記事の冒頭に書いたような伝承は、やたら溢れているのです。========== 実は、うちの母方の先祖について、調査に入っているのですが、その家については、江戸中期に書かれた書物に「○○家は、旧家であり、この地方の庄屋を代々務めていた」という記録が残っています。 さて、この記録。別に自画自賛
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無事到着して隔離完了~お墓の儀式依頼開始まで

成田から出発してマレーシアに到着までとてもスムーズでした。数か月前と比べると人が少なく、PCR検査や書類確認もより簡単に。隔離が必要でしたが、特に問題なく完了。最初の1件のご依頼はお墓儀式依頼です。今回はお客様の許可を得て撮影できるように交渉しました。そうすると弟子達は将来参考できるように。特にレアな儀式が含まれてると、よっぽどタイミングよく参加しないと実際の目で見て習うことができませんので、全員を呼ぶわけには行けませんし(お客様がビックリします(笑))、このように録画することで、残せるのは時代の流れかもしれません。(供養品の準備中)簡単に説明しますと、土葬が完了した状態で、最後の儀式で難しい名前ですが「旺山儀式」と言います。これはお墓が正式に完成したことを示し、土葬完了後100日以内に吉日を選んで、行うこの儀式の目的は:(1)子孫と他界された方との因縁浄化(2)死者送り(最後のお別れ)(3)最初の祖先供養(4)子孫・後世に幸運と幸福の願いを実際今回のご依頼に一人の家族が他界された方との関係が良くなかったようで、そこで生前の因縁絶つことにより、お互いに憎しみや負の感情から解放され、他界の方は安らかに黄泉の道へ、現生の家族は通常の生活へそれぞれ分かれ道をハッキリさせることが大事です。先祖への供養の大切さ死の別れは恐らく人生最後で最大のイベントと言っても過言ではありません。それぞれの未練、後悔、憎しみや怨念等を残すのは何十年も生きてきた人間として当たり前です。残された家族との関係をきれいにする因縁浄化はとても大事です。これは別に悪いことではなく、最後に”仲良く”お互いに祝福試合、お
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【感じたくない感情を拒否しない】

日常的スピリチュアル、安田です。 感じたくない感情は 反射的に避けたくなるのですが 必要な感情なので 感じているのです。 必要な感情というのは 心霊的な成長に必要なのです。 感じていることを 感じ切ることで 心霊基準を上げることが できるようになります。 使命が大きい人は 試練も大きいのですが 試練の中でも 内的な葛藤の試練が 最も過酷なのです。 なぜなら 逃れようがないからです。 誰でも感じたくない感情は 避けたいのです。 感じたくない感情を 無理にポジティブに しようとすると より苦しくなるのです。 感じたくない感情が 出てきたときは 何もしないで 放っておけばいいのです。 客観的に観察することができれば 感情に振り回されないで済むのですが 客観的に観察することが できないのであれば 何もしないでください。 感情というのは 放っておくことで 小さくなり やがて消えるのです。 次々に色々なことが 思い浮かんできても 放置しておけば 勝手に消えていきます。 真面目な人は 「こんなことを思ってはいけない」と 感じていることを消そうとするのですが 消そうとすると かえって長引いてしまうのです。 感情の放置というのは 感覚的でいいのです。 放置している感覚で 感じ切ることで 感情の整理ができるのです。 瞑想の時間というのは 感じていることを 整理する時間でもあるのです。 瞑想中に感じる 雑念というのは ありのままの自分なのです。 雑念に耐えられなくて 瞑想を続けることが できない人が多いのですが 瞑想を続けていくことで 雑念は小さくなっていきます。 私たちが感じていることは 先祖数十
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令和の時代でも? 戸籍に「士族」などの旧身分が載っていた!

 ココナラでは、もうずいぶんと一般のみなさまの「家系調査、ルーツ探し」をさせていただいておりますが、今回はかなり驚いた!事案がありましたのでご紹介。 士農工商とざっくり言われるような、旧身分は、現代の世の中については差別などの温床になるため、戸籍等の記載からは除外されているのがよく知られていますが、なんと「令和になって取得した戸籍(除籍)に士族などの旧身分が載っていた!」実例がありました。 私は行政書士ではないので、戸籍等の代行取得はしておりませんが、その代わりに歴史と家系・苗字の研究を積み重ねていますので、実際の戸籍の取得は依頼者ご本人さんにお願いすることになっています。 そこで、依頼者さんが取得なさった「除籍簿」に、今回はなんと「士族」とバッチリ書かれていて、なおかつ行政サイドの消し忘れで黒塗りも白抜きもされていないことが発見された次第。 こうしたその家に関わる重要な事項が残っている場合もあるので、ぜひみなさんも思い立ったら先祖の戸籍を取得なさることをおすすめします。 戸籍の保存期間は150年ですから、これからどんどん廃棄されるものも出てくると思われます。 というわけで、今回はたいへん珍しい実例でした。 
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【第十二話】前に進めない違和感だけが、残った。

図書館から戻ったあと、しばらく、何も手につきませんでした。疲れていた、というより、頭の中が、うまく片づかない感じでした。机の上には、コピーした資料や、書き写したメモが、前よりも増えています。調べた量は、たしかに、これまでで一番多かったと思います。土地の歴史。産業の移り変わり。名字の分布。時代ごとの暮らしの様子。どれも、間違っていない情報です。「やるべきことはやった」そう言ってもよかったはずなのに、なぜか、そういう気持ちにはなれませんでした。ノートを開いて、あらためて、目を通してみます。どのページにも、それなりの情報が書いてあります。けれど、読み返しても、何かが増えた感じがしません。むしろ、少し遠くなったような感覚がありました。前より、分からなくなったわけではありません。分かったことは、確実に増えています。それなのに、「近づいた」という実感だけが、どうしても持てなかったのです。土地の輪郭は、だいぶはっきりしてきました。どんな場所で、どんな産業があって、どんな人たちが多かったのか。けれど、その中に、探している人の姿は、ありません。資料を重ねるほど、共通点や傾向は見えてきます。「この地域では、こうだった」「この時代は、こういう暮らしだった」説明は、いくらでもできそうでした。それでも、説明が増えるほど、本人からは離れていくような、不思議な感覚が残ります。調べ方が間違っているのか。まだ、量が足りないのか。どちらなのか、この時点では、判断がつきません。ただ、一つだけ、はっきりしていたことがあります。これ以上、同じ姿勢で集め続けても、増えるのは、同じ種類の情報だけだろう、ということ。ノートを
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【第十話】暮らしの輪郭は、たしかに見えてきたのに

棚から引き抜いた本は、市町村史とは違って、見慣れない漢字が並んでいました。難しそうではあるけれど、少なくとも「読めない文字」ではない。今回は、少し進めるかもしれない。そんな予感が、ありました。『姓氏家系大辞典』名字を調べる人なら、一度は名前を聞いたことのある本です。ページを開くと、確かに文字は読めます。旧字体ではあるけれど、意味不明な記号が並んでいるわけでもない。ところが――読み進めるほど、妙な感覚が強くなっていきました。情報は、驚くほど多い。由来も、分岐も、異説も、びっしり書かれている。なのに、自分の先祖には、まったく近づいていない。「うちの家は、どれなんだろう」その問いだけが、どのページにも見当たりません。ここで、はっきりしたことがあります。この本が教えてくれるのは、“名字の歴史”であって、“自分の家の歴史”ではない、ということ。なんとなく読める。なんとなく理解もできる。知識は、確実に増えている。それでも、調査が前に進んでいる実感はありませんでした。ただし、この作業が無駄だったとは思っていません。一つの名字に、いくつもの系譜と物語が重なっていること。単純な「答え」を探す姿勢では、辿り着けない世界があること。それは、確かに見えてきました。暮らしの輪郭も、土地との関係も、少しずつ、立体になってきています。それなのに――先祖の名前だけが、依然として、どこにも現れない。情報は増えているのに、距離は縮まっていない。その理由が、少しだけ、分かった気がしました。足りないものがあるのではなく、同じ姿勢で調べ続けていること自体が、何かを見えなくしているのかもしれない。では、次に探すべきものは
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【第八話】市町村史を前に、ただ、立ち尽くした

図書館に行きました。特別な決意があったわけではありません。 「そろそろ、かな」 そんな感覚に近かったと思います。 本籍地は分かっている。 土地から見ていく、という方向も、 頭の中では整理がついていました。 市町村史。 郷土資料。 土地の来歴。 やるべきことは、 もう、はっきりしています。 カウンターで聞いて、 該当する市町村史を出してもらいました。 想像していたより、 ずっと分厚い本でした。 机に置くと、 どん、と音がしました。 ページをめくると、 年表が続きます。 制度の変遷。 地名の由来。 港の整備。 産業の移り変わり。 情報は、たくさんあります。 でも、 人の名前は、ほとんど出てきません。 出てきても、 名主であったり、 歴史に名を残した人ばかりです。 祖母の父の名前は、 当然のように、ありませんでした。少しだけ、 司書の方と話をしました。 「このあたりは、 昔は漁師が多かったんですよ」 そんな話でした。土地としての特徴。 地域全体の傾向。 なるほど、とは思いました。 けれど、 それで祖母の父が見えてきたかと言えば、 そうではありません。 その土地で、祖母の父が どんな一日を過ごしていたのか。 そこには、 まだ届いていませんでした。 ページをめくりながら、 不思議な感覚がありました。 調べている。 確かに、前に進んでいる。 それなのに、 距離が縮まっていない。 情報は増えているのに、 核心からは、離れているような感じ。 市町村史は、 土地の本です。 人の本ではありません。 もちろん、 どこかに記録はあるのかもしれない。 私が、まだ見つけられていないだけかもしれない。 けれ
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【第七話】なぜ、本籍地から考えようとしたのか

戸籍を閉じてから、すぐに何かを始めたわけではありません。 外に出よう、と 決めたわけでもなかった。 ただ、 同じ名前を何度も見返すことに、 少しだけ、意味を感じなくなってきたのです。 人を追うには、 ここは、もう行き止まりなのかもしれない。 そんな感覚が、 はっきりと言葉になる前のところで、 残っていました。本籍地は、分かっています。 最も古い戸籍に書かれている場所。 地名も、町名も、番地もある。 市町村史を調べる。土地の来歴を見る。 図書館に行けば、 何かしらの資料は見つかるはずです。 それも、 頭では、ずっと分かっていました。先祖調査というと、 どうしても 「どこまで遡れるか」に 意識が向きがちです。 何代前まで分かったか。 江戸まで行けたか。 それより前に名前があるか。 けれど、 戸籍で分かるのは、 血縁関係と、年代と、 形式的な移動までです。 その人が、 どんな場所で、 どんな暮らしをしていたのか。 そこまでは、 戸籍だけでは見えてきません。 昔は、今のように気軽に 引っ越しができる時代ではありませんでした。 だから、 最古の本籍地というのは、 その人が、 長い時間を過ごした場所である 可能性が高い。 人を追えないなら、 せめて、 人が立っていた場所を見てみよう。 そんな考えが、 いつの間にか、 浮かんでいました。図書館に行き、 郷土史の棚を眺めました。 地名の由来。 村の成り立ち。 昔の産業。 暮らしの様子。 人の名前は、 ほとんど出てきません。 けれど、 土地の記憶は、 思っていたよりも たくさん残っていました。 司書の方が、何気なく教えてくれました。 「この辺りは
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【第三話】名前は分かった。でも、人は何も分からなかった

祖母の父の戸籍を、一通り見終えたあと。私は、しばらく手を止めていました。 名前は分かる。 生まれた年も、亡くなった年も分かる。 誰の子で、誰の親かも、戸籍にはきちんと書いてあります。 けれど、 その人がどんな人だったのかは、 どこにも書いてありませんでした。 「遊び人だったらしい」 という、母から聞いた一言。 それが事実なのか、 それとも誰かの印象だったのか。 戸籍をいくら見ても、判断はつきません。 このあたりで、 少しずつ、気持ちが重くなってきました。 方法が分からないわけではありません。 先祖調査の本も、何冊か買ってみました。戸籍の先に、何を調べていくのか。 図書館、市町村史、郷土資料―― やり方自体は、本に書いてあります。 けれど、 実際に一人で進めてみると、 何かが違いました。 これで合っているのか。 今、自分はちゃんと前に進んでいるのか。 誰かに聞くほどのことでもない。 でも、 一人で判断するには、少し心細い。 仕事で戸籍を見るときは、 目的がはっきりしています。 必要な範囲を確認して、 次の手続きに進む。でも、先祖を知る、という視点で戸籍を見ると、見るべき情報が多すぎて、どこから手をつけていいのか分からなくなりました。情報はあるのに、 手応えがない。 進め方は書いてあるのに、 自分がどこにいるのかが分からない。そんな感覚でした。 この時、 「これ以上、見ても意味があるのかな」 そう思ったわけではありません。 ただ、 一人で続けるのは、 思っていたより、しんどいかもしれない。 そんな気持ちが、 はっきり言葉になる前のところで、 立ち止まっていました。 名前は分かった。
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運気を安定させるには

運気の安定というものを、ただ偶然の幸運が続く状態として捉えているうちは、その本質に到達することはできません。真に「運が安定する」とは、外的な状況が一時的に整うことではなく、魂の基盤そのものが宇宙的秩序に同調し、生命エネルギーの流れが穏やかに循環する状態を指します。そこには、個人の意識と先祖の霊脈、そして両者を貫く霊的構造の理解が欠かせません。運とは単独で存在するものではなく、過去・現在・未来を貫く霊的ネットワークの中で発生し、循環するエネルギーの調和的表現なのです。この観点から見て、先祖供養――とりわけお墓参り――は、単なる儀礼的行為ではなく、運気を安定させるための「霊的インフラ整備」であると言えます。私たちは肉体を持って生きていますが、その肉体の基盤には血統的、霊脈的な連鎖が存在しています。つまり、私たちの身体や精神は、先祖たちの生の延長線上にあり、その集合的意識が私たちの無意識層――すなわちロウワーセルフ――に深く刻み込まれています。このロウワーセルフは、先祖霊と繋がる自己の根幹部分であり、いわば「肉体の設計図」を司る霊的基層でもあるのです。しかし、このロウワーセルフが曇り、先祖霊が迷いの中に留まっていると、肉体的にも霊的にも流れが滞ってしまいます。運の停滞や心身の不調、現実生活における停滞感などは、単なる外的環境の問題ではなく、霊的系統におけるエネルギーの歪みの現れなのです。もし先祖が成仏できず、未昇化のエネルギーを保持している場合、それは子孫の生命場に影響を及ぼし、エネルギー循環を阻害します。その結果、「何をしてもうまくいかない」「努力が報われない」「不安定な出来事が続
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魂を誘う運勢向上口伝秘儀「鎮感微詞」教えます ☆限定!正直お教えするのをためらう力の秘儀です・・☆

毎年お盆の季節になるとあの世の人々がこの世へ里帰りする時期でもあります。皆が皆あの世で幸せになっていればいいのですが昨今、世の中はそういうわけにもいかないのが実情です。日本は元々稲作を行ってきた長い歴史があり荒れた地を開墾してきた先祖が土地神となり子孫が安心して住めるように守ってきました。今では主に氏神として祀られています。しかしこの信仰を日本人は捨て始めているんですね。お墓にお参りすることも滅多になく、自身は無宗教だと主張し死んだら無になると考え、山でも海でも散骨してもどうでもいいと。宗教観は自由だという世の中ですし否定するつもりはないのですがそう考える魂は死んだ後、一体どこへ向かうのでしょうね。死後の世界は生きている時に自身で考えておかないと死んだら貴方が考えた通りの世界になると言われています。スピリチュアルな人々はあの世は想念の世界だからと仰いますが肉体の制限を受けない怒りや憎しみはあの世で鬼に変わると言われますし死んだら無になると思っていれば素粒子に分解されて自分はいなくなってしまいます。オーラ視・幻視の訓練法もまた改めて出品する予定ですが色々なものが分かるようになるとここ100年ほど日本人は顕著に亡くなった後、皆が皆幸せであるとは限らないことに気づきます。先祖や土地神というのは貴方の運勢や現世のご利益にダイレクトに響くと言われていて今回の秘儀はその魂をまとめて銀河のその向こう側へ誘い貴方の運勢と金運、仕事運といった現実に直結することを変えていける口伝の秘儀です。この技は祝詞を唱えるだけでいいという便利なものですがただ・・あまり他人にお教えできるような技ではないのですね
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【紙一重】先祖霊と守護霊、あなたが信じるべきは?

〝ご先祖さまの言葉〟って、やっぱり特別ですよね。でも、もしそれが〝守護霊の見解〟と正反対だったとしたら…? 本記事では、ご先祖さまを敬えばこそ、時に生まれてしまう「歪み」を見つめ直す《霊的ヒント》をご紹介します。「守護霊=ご先祖さま」日本人は特に、こういった認識をお持ちの方が多いですよね。たしかに、相談者さまの背後に「ご先祖さま」が視える場合もありますが、〝だからといって、その方が必ずしも守護霊(補助霊)とは限らない〟というのが、実は注意せねばならないポイントでもあるのです。というのも、単に血縁関係があるというだけで、守護霊ではなく随伴霊(因縁のある未浄化霊)であるケースも少なくないからでして、仮にも「ご先祖さま」に当たる方に対して『低級霊』呼ばわりするのも気が引けるのですが、未浄化霊であることには変わりない。なので、随伴霊が憑いてらっしゃる場合、まずは事情をうかがって、ご納得いただいた上で成仏していただくところから始める必要があるんですね。中には「血のつながりもない守護霊よりも、血縁のあるご先祖さまの言うことの方が大事なんじゃ?」と、思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、浄化向上がまだまだ足りない先祖霊の場合、あくまでも先祖霊 自身の価値観/主義主張に基づいて、先祖霊 自身の目的を達成することを最優先としますから、守護霊の見解と照らし合わせてみると、時には真逆のことを言っていることもあるので、この見極めをせず、ポッと視えた先祖霊の言葉を信用しすぎてしまうと、かえって路頭に迷いかねないわけです。たとえば、とある相談者さまの先祖霊とすれば「自分の末裔がこんな自堕落な人生
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私のルーツ旅・第6話|漁師じゃなかった!?それに家紋まで…─迷宮へいざなう“本家の記憶”と一筋の光明

「えっ、うちの家紋って “下り藤” なんですか?」 それはまさに予想外のひと言だった。 ご住職から教えてもらった〇〇家の家紋は「丸に立ち沢瀉(おもだか)」だったはずだ。 私はそれを信じ、家系図にもきちんと反映させた。 ところが──本家のご主人の口から出てきた家紋は、 それとはまったく別の「下り藤」。 戸惑いとともに、胸の奥にぽっかりと 穴が空いたような気がした。 そもそも、私は間違った系統をたどっていたのか? それとも、この“食い違い”こそが、 まだ明かされていないルーツの鍵なのか。 導火線になった一通の手紙 物語は、数週間前に遡る。 菩提寺のご住職から 「本家にあたる方が、近くにいらっしゃいますよ」と 紹介された私は、手紙を書くことにした。 丁寧に綴った文章には、 自分がなぜ先祖を辿ろうとしているのか、 その想いを込めた。 今までの調査概要、家系図と質問事項を添え、 投函した数日後。 一本の留守番電話が、すべてを動かした。 本家)◯◯です。お手紙、拝見しました。 よろしければ、一度お話しませんか? 三代続く家具屋──“本家”という場所の重み 指定された日、 私は緊張しながらその家の玄関をくぐった。 ふわりと漂う木の香り── 本家は、三代続く家具屋だった。 「よくいらっしゃいました」 迎えてくださったのは、 ご主人とその奥様。 緊張していた私の気持ちをほぐすように、 奥様が温かいコーヒーを差し出してくださった。 用意していた手土産を渡すと、 机の上には古びた戸籍の束が 置かれているのが目に入った。 見るからに貴重そうな資料。 しかも、あらかじめ準備してくださっていたという。 自
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自分で自分を占うと(タロット)

 ご無沙汰しております。Raulaです。 いつもご依頼ありがとうございます。お陰様でご予約がパンク状態であることが増え、長い場合は一週間待ちなどになってしまっておりますが、今は比較的空いているので、私のサービスをご覧になって、これいいなぁとご興味を持たれたら、是非ご予約下さいませ🧙 最近追加したばかりのメニューで圧倒的にオススメなのが こちらです! 先日、とあるお客様にこのサービスをご依頼いただいて実際に鑑定させていただいたのですが、私から見ても僭越ながら「これは参考になるし背中押されるなぁ!」と感じました! 誰しも湧いて出てきたわけではないので、ご先祖様というのは必ずいらっしゃると思うのですが、このサービスでは「ご先祖様の選択」も出来ます。 祖母で! とか、曽祖父で! といったことが可能です。 私がもしこのサービスを受けるならば絶対に曾祖母がいいので、今度セルフリーディングしてみようと思っています。 タロットカードというのは神秘の世界だと思うので、結果が「どこの誰が言っているのか」が不明瞭な部分があって、そこがまた神秘的で不可思議で良いところでもあるのですが、こういったサービスですと、明確に「おばあちゃんがそう言ってるのかー! おばあちゃん久しぶりー!」というふうに、お客様としてもイメージがしやすいので、出てきた結果がすんなり心に入っていく、ということがあるようです。 鑑定項目は1.ご先祖様が天からあなたに伝えたいメッセージ 2.ご先祖様が示す、あなたの強みや資質、性質 3.ご先祖様があなたに気をつけてほしいこと 4.ご先祖様が導くあなたの未来 となっているのですが、ご希望に
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先祖探しやルーツ調べに「人工知能」は使えるか? 

 ChatGPTという自然言語処理人工知能(AI)が登場してから、あっという間に世界は「人工知能一色」になってしまいました。 コンピュータに関わる各社から競い合うように新しい、あるいは強力なAIが登場しており、私達のふだんの生活や仕事の中にも、取り入れられるようになってきています。 さらに、今年になって文章の処理だけでなく「画像や動画の生成」においても人工知能は目覚ましい発展をしていて、もはや現実と区別がつかないような映像が出てきたり、ほぼ自動で映画のようなシーンが生成されたりしているのは、驚くばかりです。 さて、そんな中で、「自分の先祖のことや、ルーツについて、人工知能に尋ねてみたり、調査を依頼するのは、可能なのか?」という点について、検証してみたいと思います。 たしかに、人工知能は「何かを尋ねると、それなりに正しい内容をすぐに、細かく答えてくれる」という特徴があります。なので、「もしかすると、先祖調査をAIに依頼することが可能なのではないか?」と思いつくのは、まったく自然なことだと思います。 ところが、これは「大きな罠」で、ほぼ100%の割合で、「間違った答えしか返ってこない」と言えます。それはもう苦笑せざるを得ないレベルでの「誤り」ばかりなので、ほんとうに注意が必要なのです。 たとえば、グーグルのAIであるGeminiに、私の苗字である「大塚」について尋ねてみたとします。 少弐氏から分かれた大塚氏は、肥前の三根郡大塚由来であることは、まあ合っているのですが、いきなりロシア文字が出てきたり、「靠目結」という通常の家紋表記ではあまり用いられない漢字が用いられたり、何も知らずに
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前世とご先祖様

私たちが「自分とは何者か?」という問いに向き合うとき、その答えの手がかりとして浮かんでくるのが、「ご先祖様」と「前世(過去世)」の存在です。どちらも私たちのルーツであり、人生に深く関わっている存在ですが、この二つはまったく異なるレイヤーにあります。しかしスピリチュアルな分野では、両者を混同してしまうことも少なくありません。この記事では、「ご先祖様」と「前世」の違いを明確にしながら、それぞれが私たちに与える影響、そしてそこに関係する“カルマ(業)”についても掘り下げていきたいと思います。ご先祖様は「血のつながり」のルーツまず、ご先祖様とは、今の自分の肉体的・血縁的なルーツにあたる存在です。両親、そのまた両親……と続く命のリレーの中で、私たちはこの世に生まれました。ご先祖様からは、身体的特徴や体質、性格の傾向、家系のカルマまでも引き継いでいるとされます。例えば、「代々短命の家系」「なぜか男性が酒に弱い」などといったパターンも、ご先祖様から受け継がれる情報の一部だと考えられています。仏教や神道においても、ご先祖様は“家系の守り手”とされ、お盆や彼岸には供養を通じて感謝の意を示す風習があります。また、ご先祖様は私たちを見守る「支援者」としての役割を果たしているとも言われます。困難なときに守ってくれたり、夢や直感を通じてメッセージをくれたりする存在です。前世は「魂の旅路」の記憶一方で、前世とは、今の肉体に生まれる以前に、自分の魂が体験した“過去の人生”のことです。前世は血縁とは無関係で、魂そのものの歴史に属します。前世からの影響は、今の人生のさまざまな側面に現れることがあります。たとえば
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