新千夜一夜物語第3話:除霊と救霊

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その日、青年は陰陽師を前にうつむいたまま黙っていた。

というのも、青年は過去に霊能力を持っている人物の世話になったことがあり、その時にお祓いは済んでいたはずだからである。それなのに、陰陽師は霊障があると断言するのだ。
陰陽師は青年の想いを察してか、彼が切り出すのを黙って待っていた。

『じつはですね。先生にはとても申し上げにくいことなんですが…』

青年が切り出した。

「どうしたんじゃ? 何でも言ってくれて構わんぞ」

『実は僕、過去に霊能力者に弟子入りしていたことがありまして、その時にお祓いを受けているんですよ。だから、昨日先生が僕に霊障があるというのは違うのではないかって』

「なるほどのお。そなたは世話になった霊能力者とやらの言葉を今でも信じておるわけじゃな」

『先生を疑っているつもりはないんです。ただ、僕にまだ霊障があるとするなら、過去に受けたお祓いは何だったのだろうと思って。よくわからなくなってしまったんです』

いつもと変わらず、穏やかな表情のまま紙を差し出す陰陽師。何を言われても動じない不動の心を持っているかのようだ。

『この紙は何ですか? 数字がいくつも書いてあって難しそうですが』

「そなたの鑑定結果じゃ。昨日、名前(ふりがな)と職業を書いてくれたじゃろう」

『ああ、そうでしたね』

「それでな、“現世属性”の個所を見てみるがいい」

“現世属性:7(5)―7(5)(−2)”

『この、7(5)―7(5)(―2)の部分ですか? これはどういう意味ですか?』

「7(5)―7(5)はまた別の機会に説明するとして、今日は最後の(―2)のところについて説明しよう」

青年は眉をひそめながら紙をじっと見つめている。どうやら数字を見ると頭が痛くなるようだ。

「その数字は当人が霊感持ちか霊能力持ちかを表しておると同時に、それらの強さを表しておるんじゃ。簡単に説明すると、(―*)は霊感持ちで、(±*)は霊能力持ちということになる。また、数字は1から9まであり、1が最も強い」

『ということは、僕は(−2)なので霊感持ちで、上から2番目に強いということでしょうか? そんなに霊感が強いとは思わないのですが…』

「しかし、数字を見る限りはそういうことになる。また、霊感は視覚的に見えるか見えないかで考えられがちじゃが、通常の視覚では見えない存在を何らかの形で感じる度合いを指していると理解するとわかりやすい」

『言われてみれば、霊能者のお世話になった時に霊体は見えなかったけれど、あの辺に何かいそうというのは何となくわかった気がします』

「そう言うことじゃ。それに対して、霊能力者とは霊の存在を感知できると同時に、霊に対して何らかの解決策を取れる存在を指す」

*この文章では、あの世に帰り損ねた人物・生き物を輪廻転生のメカニズムに戻すこと、あるいは有害な霊障を無効化することを主に指します。

『でも、両者の違いはどうしたらわかるのでしょうか?』

「例えば、霊能力者を名乗る人物にお祓いを依頼したとして、根本的な問題を解決できないとすれば、その人物は霊能力持ちではなく、単なる霊感持ちということになる」

視点が固定したまま黙る青年。イマイチ言われたことがわかっていないようだ。

「簡単に言うと、霊感持ちは感じることはできても祓うことはできない。わかりやすく言うなら除霊しているだけじゃ。霊を移動しているだけで霊自体はこの世に留まったままなんじゃ」

『そういえば、霊能力者の元で修行の際、除霊をしまくっていました。当時は浄霊と呼んでいて、先生がいう救霊と同じことをしていると思っていました』

「なるほど。しかし、それはまずかったのお…」

『え?! 何かまずかったのですか?』

「霊能力がないそなたの役目ではないことを修行するとは…。基本的に本物の救霊、ここでは“カミゴト”と呼ぼう。それに携われる人間は鑑定結果にもはっきりとその能力が表れているんじゃ。霊能力を持っている人間は()の数値が(±*)となっている。ただし、“17.天啓/憑依”の霊障があるといった、まず自分のことを自分で祓えていない人間は基本的にアウトじゃ。他人のみならず自分のことを祓える人間は(±1~3)であるため、神事を受けずにカミゴトに携われる人間は非常に少ない。また、例外的に魂3の人間もいるにはいるが、基本的にカミゴトに携わる人間は基本属性の魂の階級が“1:先導者”ということになる」

『何だか新たな言葉と数字が出てきて頭がこんがらがりそうです』

「すまん、すまん。魂の属性と階級はまた別の日に解説するとしよう」

『わかりました。で、続きをお願いします』

「そして何より、除霊という行為は霊的にみると根本的な解決にはなっていない。そこにいた霊をそなたの都合でどかしただけで、霊たちは救われているわけではないのじゃよ。それどころか、そなたが余計な影響を及ぼしたことで、霊たちはそなたに救ってもらえるかもと期待を持ってしまうわけじゃが、実際に霊能力を持たないそなたは、残念ながら霊たちの要求に応えることはできなかったわけじゃな」

『それにしても、僕がどかした霊たちはどうなったのでしょう?』

「おそらく、一時的のどこかへ行っていたとしても、時間が経てば元の場所に戻るじゃろうな。あるいは…」

『あるいは…?』

「そなたが何とかしてくれるかもしれないと、すがる思いでそなたに未だに憑いているかもしれん」

『げ…』

青年は慌てて周りを見渡し始めた。そんな青年を面白そうに眺めながら、陰陽師が口を開いた。

「ところで、そういった地縛霊を連れていると、どうなると思う?」

『昨日の話を聞く限り、少なくともいいことではないと思います…』

またあたりを見回しながら、青年は答えた。

「そういうことじゃ。じゃから、霊感持ちの人間はむやみに心霊スポットと呼ばれる場所などには近寄らず、ホラー系の映像や怪談にも接触しない方がいいというわけじゃな」

『しかし、ご先祖様以外の地縛霊を連れて来てしまうと、具体的にどうなるのですか?』

「それらに取り憑かれると、そなたの心身の弱っている部分、あるいは体の“弱い部分”の痛みが増幅してみたりする。そして一番やっかいなのが、そなたが気づかないようにそなたの運気そのものが下がってしまうということじゃな」

『げ! 良かれと思ってやったことが、むしろ僕自身にダメージを与えていたということですか?』

「そなただけじゃなくてそなたが連れて来た魂にもじゃし、そなたの周りの人々にもじゃ」

『成仏できない魂たちはわかりますが、どうして周りの人々にも悪影響が及んでしまうのでしょう?』

「それはじゃな、簡単に言うと雑霊には人を介して移動していく性質もあるからじゃ。そなたが誰かとすれ違ったりするだけで、相手に移ることもあるし、お前が拾うこともある。そして、成仏できない時間が長くなるにつれ、雑霊の影響力は増えていく」

『じゃあ、どうしたらいいんですか?』

「結局のところはお祓いをする人間に”霊能力”があるかどうか、が重要となる。お祓いの作法うんぬんよりも、お祓いをする神主や坊主に”霊能力”があれば効果はあるし、なければいうまでもなく効果はまったくない」

『ということは霊能力持ちの神主や坊主にやってもらえるかどうかはわからないので、一種のギャンブルみたいなものなのですね…』

「まあ、そういうことじゃな。それにじゃ、”霊能力”があればいいというわけでもない。さきほど言った通り、魂3という少数の例外を除けば、救霊できる人間は基本的に“1.先導者”階級で(±1~3)に限られておる」

『なるほどです。ちなみに、僕の当時の師匠は違うのでしょうか?』

陰陽師は目をつぶって黙った。何かに集中しているようである。

「今鑑定してみたところ、そなたの元師匠は“4.ブルーカラー”階級で(―1)の霊感持ちじゃな」

『もうわかったんですか?! 名前も伝えていないのに』

「そうじゃな。厳密に言うと、たとえば友人の友人の奥さん御母親といった具合に、名前がわからなくとも依頼者から連なる一連の人間関係がわかればそれでも問題はないといえばないのじゃがな」

『霊感持ちだったということは、当時の師匠が僕にしてくれたお祓いは根本的な解決ではなかったと…。そして、先生がおっしゃる通り、僕には地縛霊化しているご先祖様の霊障があるということなのですね…。疑ってすみませんでした…』

「いいんじゃよ。さて、霊障があることをわかってもらえたところで、そなたにどんな霊障があるか解説するかの」

『よろしくお願いします』

「そなたの場合、特に2、12、13、14、17じゃな」

『その数字だと、仕事の問題、読心・暴力衝動、予知・口撃衝動、偶発的人的トラブル、天啓ですか』

「どうじゃな、思い当たる節はあるかの?」

『まさに、いろいろと仕事をしましたがどれもうまくいかず、人間関係もよくありませんでしたし…。都合のいいように思い込んだり勘違いをして、望んでいない方向に人生が進んでいたと思います』

「そうか。それは大変じゃったな…」

『先生のお祓いを受ければ、地縛霊化して苦しんでいるご先祖様が無事にあの世に帰還できて、僕の問題も解消されるのですよね?』

「まあ、そういうことになる。また、霊障がなくなった暁には、そなたの身に起きる出来事はそなたの責任となる。いっそう励んで生きるのじゃぞ」

『はい! ご先祖様のこと、よろしくお願いいたします!』

まるで憑き物が取れたかのように、帰路につく青年の足取りは軽かった。




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