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鑑定力とは何か

鑑定力とは何か。 色々な視点での色々な答えがあると思いますが、 私が、鑑定力とは何かと聞かれれば、 迷わずこう答えます。 鑑定力とは国語力。 国語力があればある程、 良い鑑定が出来ます。 国語力がなければ、 いくら占いの知識があっても、 良い鑑定になり得ません。 それは何故か。 国語力がなければ心の琴線に響かないし、 ひいては、心の奥底にある御魂まで届きません。 御魂まで届かなければ、 御魂を発動さす事が出来ず、 運勢が変わる、人生が変わる事はありません。 勉強した占いの知識を、 ただ単に、鑑定中に披露しても、 本当の占い鑑定になり得ないのです。 私の占いの師匠のそのまた師匠の師匠が、 ある時、〇〇神社の祭神について語りました。 その神様が如何に荘厳にして麗しく、 素晴らしいかを臨場感豊かに語りました。 その話を聞いている皆は一様に神様をイメージし、 そのイメージの中にどっぷり浸り、 幸福感に包まれました。 そして、誰彼ともなく 「今度、〇〇神社に行こう!」 と言い、皆が、 「そうだ、行こう!行こう!」 となりました。 ここで注目すべき点は、 皆、誰もその神様の姿を 見ていないという事です。 皆、師匠の語りに 勝手にイメージして、 勝手にイメージに浸り、 勝手に幸福感を味わい、 その神様に会いたいという衝動に駆られ、 行動を起こしたのです。 実際、その後、その神社に皆で参拝し、 「やっぱりその神様は素晴らしかった」 「やっぱり師匠の言う通りだった」 と皆で言い合ったのでした。 さらにここで注目すべき点は、 実際、その神社の神様を 見られた人はいないわけです。 神様は肉眼では見ら
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最高の占い師とは

占い師に霊力があれば、 鑑定客を開運へと導けます。 前回は、この霊力の話をしました。 今回はさらにステージを上げます。 霊力の上をいきましょう。 霊力の上の力とは何か。 それは神力。 霊力の上は神力。 霊力は、自信、確信で現われ出てきます。 では、神力はどうすれば現われ出るのか。 神力は己を無くした分、 現われ出てきます。 例えば、コップの中に 水がいっぱいに入っていたとしましょう。 誰かが、美味しいお酒を持ってきました。 そのコップを空にしなければ、 当然、お酒を注ぐ事が出来ませんね。 要は、空にしないと 入れられないという事です。 理屈は、これと同じです。 自分の霊体を空にしないと 神は入れません。 では、次に自分の霊体を空にするのは、 どうすれば良いか。 それは無私の心。 無私の心で自分の霊体を空に出来ます。 私心を無くす事が無私になりますが、 これが難しいと思える場合、 もう一つの方法でも、 自分の霊体は空になります。 それは感謝の気持ち。 占い鑑定の場合なら、 占いの神のお取り次ぎをするのではなく 占いの神のお取り次ぎをさせて頂く という感謝の気持ち。 この感謝の気持ちが、 占いの神が自分の霊体に入る秘訣となります。 占い鑑定においてその場合、 自分が占っているのではありません。 自分を通して、 占いの神が占いを行っています。 占いの神が自分を通して、 鑑定客を開運へと導いています。 だから、自分を卑下して 自分みたいなものが、 人様を開運へと導けるのかなどと 微塵も不安に思う必要はありません。 占いを行っているのは、 占いの神だからです。 自分を通して、 占いの神が
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成功する為には型が必要

どんな分野でも共通だと思いますが、 勝負に勝つ為には型が必要です。 常に成果を出す為には型が必要です。 これはスポーツの世界などで考えれば 顕著によくわかると思います。 例えば、柔道、相撲や諸々の格闘技など、 トップクラスの選手は皆、 こういう体勢になったら 絶対に負けないという型を持っています。 私の好きな野球でも、 勝利の方程式と言われる型があり、 よく言われるのが、先発、中継ぎ、抑えの投手リレーでの型。 最後の抑えに絶対的な投手を起用して、 中盤までの勝ちゲームを確実にモノにする展開。 相手チームが負けていて 終盤にこの絶対的投手が出てくれば、 もう気分的に負けを認めるような試合運び。 このような勝ちパターンを持っているチームは本当に強い。 勿論、この型に関しては、 スポーツの世界だけではありません。 一般職でもその仕事で上手くいく型があると思います。 どんな仕事でも型が無ければ”かたなし” さて、本題に入ります。 占い鑑定にも型が必要です。 占い鑑定で型が出来ると どんな鑑定客相手でも一定レベルの鑑定が出来ます。 どんな占的でも一定レベルの回答を出せます。 出たとこ勝負、行き当たりばったりの鑑定では、 たまたま相性の合う鑑定客と たまたま得意な質問をされ、 たまたま鑑定が上手くいくような感じです。 これではアマチュアレベルと言わざるをいえません。 アマチュアの占い師とプロの占い師との違いは、 アマチュアの占い師でも鑑定が成功し、 鑑定客に凄く喜んでくれるケースはあります。 アマチュアも上手くいく時は、上手くいくのです。 アマチュアとプロの差は、 プロは失敗の率が低いので
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真の占い鑑定

占い活動を行う為には、 命、相、卜、それぞれの占いが必要であり、 必然的に複数の占いを持つ必要があります。 そして、もう一つの観点からも、 複数の占いを持つ必要があると言えます。 鑑定客は、わざわざ時間と費用と労力をかけて 占い鑑定に臨みます。 多かれ少なかれ程度の差こそあれ 鑑定客は皆、占いに興味があるという事です。 興味の無い事にそれだけの犠牲を払わないでしょう。 さらに言えば、鑑定客の占いの興味が 何処に向かっているのか、 それを把握する事が極めて大事になります。 以前、こんな鑑定客がいました。 占いは、タロット占いしか信じないという人です。 その理由は何故なのかはわかりませんが、 兎にも角にも、タロット占いだけなのです。 私は、通常、占い鑑定においては、 先ずは命占いを行い、一生上のスパンを捉えてもらい、 その後、細かい目前の問題を卜占いで考えてもらいます。 相占いは、必要に応じてその都度行います。 しかし、タロット占い(卜占い)しか信じない人に、 命占いや相占いを行っても意味がありません。 占いの凄さ、魅力を伝えるのが本義ではなく、 鑑定客の開運を導くのが本義だからです。 はなから聞く気がない、 命占い、相占いを行う理由がありません。 この場合は、最初から最後まで タロット占い一辺倒です。 本人もそれを望み、そうすることにより満足して頂きました。 以前、こんな鑑定客もいました。 会社経営者という男性鑑定客。 占いを正式に観てもらうのは初めてだと言っていました。 先ずは、命占いである気学鑑定を行ったら、 気学占いの精度の高さに感激した様子でした。 次に、卜占いであるタロ
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命・相・卜(占い3種類)

占いは大きく3種類に分けられます。 <命>(めい) 主に生年月日を基に長期的な運勢を占う。 四柱推命、算命学、紫微斗数、星座占い等が該当します。 <相>(そう) 対象の形を読み、吉凶を占う。 手相、人相、家相、墓相、名刺相等が該当します。 <卜>(ぼく) 道具等を使い、シンクロニシティにより短期的な運勢を占う。 タロット、ジプシー、ダイス、ルーン、断易等が該当します。 プロの占い師として活動していく場合、 命、相、卜、それぞれの占いを持つ必要があります。 一つしか占いを持たないのでは、 多くの人の多くの相談にはとても対応出来ません。 それぞれの占いには得手不得手があるのです。 例えば、タロット占いが好きで、 タロット占いを前面に売り出すのは大いに結構です。 しかし、タロット占いしか出来ないのではプロとしていただけません。 タロット占いは、卜占いで短期の占いです。(三ヶ月後ぐらい) 鑑定客から、将来的なビジョンの相談をされたらどうするのか。 事前に、「タロット占いに適する相談のみ受付します」 と、断わりを入れるのか。 その場合は、鑑定客がタロット占い関して、 どういう占いなのか知識を必要とします。 客に知識を求めるようなら、ビジネスとして成り立つのか。 そもそも、そんな限定してビジネスとして成り立つのか。 このような場合は、占い師が命占いを出来れば良いだけの話です。 これから占い師を目指す人で、 どの占いを勉強したら良いかに関してですが、 先ず、最初は普通に考えて頂ければ良いです。 一番好きな占い、一番興味がある占いです。 兎にも角にも、先ず一つ占いをマスターして頂かなければ、
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鑑定力は国語力(文を書く)

鑑定力は国語力。 その国語力をつけるには、 次の2つが主でしょう。 本を読む 文を書く という事で、 前回は、本を読む事をお話しました。 今回は、文を書くについてです。 文を気軽に日々書くのは 日記が良いと思います。 特に占い師は、日記を書く事で、 自分を題材に運勢の傾向を見る資料にもなります。 しかし、日記はあくまで自分の為、 他人の目はありません。 何でもそうですが、 他人に公表するようにした方が、 必然的に力量は上がります。 インターネットの利用、 例えば、SNSの活用は、 情報配信になり 価値観が共有出来る縁も結ばれ、 一石二鳥にも三鳥にもなります。 そうした背景もあり、 私もこのように文を書き、 日々、情報を配信しております。 ある一流作家が文を書く事について、 このような事を言っていました。 「ストーリーを考え、登場人物を描いていくと 登場人物がどのようなドラマを演じてくれるかが楽しみ」 この作家は、文を書くたびに、 登場人物が奇想天外なキャラクターを演じてくれるのが、 毎回毎回、面白くてワクワクするそうです。 この作家が描く登場人物には、 魂が宿っているようです。 流石!一流作家!! 私は文を書く時、 主だったコンセプトは漠然と持ちますが、 細かくは考えていません。 書きながら考えている。 いや、正確な言い方をすれば、 書きながら読んでいる。 どういう事かと言うと 私は、文を書く時、 当然、著者は本人である私ですが、 同時に、その文を読む読者であります。 私は、文を書きながら、 その文を読んで勉強し、 納得し、知識を深めています。 兎に角、私の文はわかりやすい。
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占いの神の導き方法

占い講座を修了した人に、 占い師デビューを促すとためらう人がいます。 そういう人は決まってこう言います。 「もっと勉強してから」 「もっと練習してから」 そういう人に翌年再び占い師デビューを促すと 同じ返答がきます。 さらに翌々年に再々度占い師デビューを促すと さらに同じ返答がきます。 そういう人は、一体いつになったら、 デビューするのだろうかと思ってしまいます。 確かに、占い師デビューは緊張するし、 プレッシャーがかるかもしれません。 しかし、それは何も占い師デビューに限りません。 全てのスタートは、多かれ少なかれ 思い切って飛び込む度胸が必要です。 そもそも、その度胸がなければ、 開運の扉は開きません。 勿論、何事も基礎が出来る事が大前提ですが、 結局のところ、最後は捨て身の勇猛心に神は微笑みます。 皆さんの中には、既に占い師として 活動している人もいるでしょう。 そこで、質問です。 最初に占った人は誰ですか? すぐに出てきませんか? 憶えていませんか? それなら、私が当てましょう。 最初に占った人は、”自分”です。 やはり一番関心あるのは自分です。 もっとも、一番手軽に占えるのも自分と言えます。 次に、プロとしての占い師デビュー(占い店でのデビュー等)で、 最初に占った人は誰だか憶えていますか? 私は、憶えています。 明るい若い女性でした。 何を言っても反応し、喜んでくれて 実に鑑定しやすい人でした。 私も、最初は人並みに緊張します。(恐らく) 失敗したらどうしよう等、 不安に思ったりします。(多分) しかし、思い切って飛び込むと道が開けます。 さすがに、最初に難しい人を
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究極の和光同塵鑑定法

実際、占い師活動を始め、 占い鑑定を行っていくと 次のような問題にぶち当たるでしょう。 鑑定客の聞きたい事と 占い師の言いたい事が違う。 鑑定客は、得てして目前の問題に固執して、 極端に視野が狭くなっているケースがあります。 鑑定客の視点が偏狭している場合、 視点を変えたり、視点を広げるのが 占い師の役割の一つでもあります。 これもまた占い鑑定を受ける意義でもあります。 往往にして、 自分の事を客観的には見れません。 例えば、トップアスリートは 専属のコーチが付いています。 トップアスリート以上にその種目で上手い人はいません。 何せトップなのですから。 トップアスリートは自分以上に上手い人はいないのに、 専属コーチを付けるわけです。 その理由は、自分を客観的に見れないからです。 トップであるからこそ、 客観的な意見が欲しいわけです。 鑑定客は、願いに(欲に)埋没すると、 それが成就する事以外受け入れたくないわけです。 いくら占い師が必要性を感じ視点を変え、 客観的にアドバイスをしても、 聞き入れてもらいません。 この場合は、鑑定客は占い師に対して、 「聞きたい事に答えてくれない」 「明確な回答がない」 という印象を抱きます。 では、この場合、占い師はどうすれば良いか。 鑑定客の懐に飛び込みます。 鑑定客の相談を共有します。 鑑定客の人生観、価値観に共感、同感します。 要は、鑑定客のワールドに入り込みます。 ここで、前回の話と矛盾を感じる人もいるでしょう。 なにせ前回は、自分のワールドに鑑定客を 引き込む事がテーマでしたので。 しかし、矛盾していません。 話を最後まで聞いてくださ
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心を掴むトークとは

昔の話ですが、 占いの知識が圧倒的と言われているZ占い師がいました。 そんなに占いの知識が凄いのなら、 一度私もZさんから占いの話を聞きたいと思っておりました。 そして、ある時、 機会があり、私も鑑定客として、 Zさんの占い鑑定を受ける事となりました。 折角の機会ですので、 私の期待は高まります。 しかし、Zさんの話は自分の話ばかり。 「自分は東洋占術の正当な継承者」 「この正当な継承者は日本では自分だけだ」 「TVに良く出る○○さんや、ビジネス業界で有名な●●さんも自分の弟子」 鑑定時間の半分は、 結局、自慢話でした。 私への鑑定はというと Zさんが私の才能について、 海外に関する事に向いていると言いました。 Zさんと会うのはこれが初めてではありません。 以前、Zさんと会う機会があり、 Zさんが私に海外旅行が趣味だと言いました。 私は、父親の仕事の関係で海外育ちであり、 祖父も仕事の関係で世界を股にかけ、 遠藤家はグローバルな血が流れているかもしれない、 とその時言いました。 それを今回、Zさんから”海外に関する事”と言われても、 それ、私が自己紹介で言った事だろ! と思わず、つっこみたくなります。 取り敢えず、私がZさんに言った事は、 「海外に関する事という占術的根拠は?」 そしたら、Zさん 「それは直感」 なんだそれ? 正当な東洋占術の継承者としての知識ではないの? 兎にも角にも、 この人とは縁がないな、 と思いました。 数年前、新しいパソコンを買う為、 ある電器店に行きました。 アナログ人間の私は、パソコンは苦手。 パソコンコーナーで見ていると 係員が近づいて、色々と相
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心を掴む鑑定とは

昔いた占い店では、 占い講座を実施していました。 その占い講座を断トツの成績で修了した 若い男性であるAさん。 占い店としては、講座の成績優秀者を 占い師としてデビューさす事が、 講座の実績となり価値となり、 しいては人材確保にもなると考え、 Aさんの占い師デビューを全面的に後押しする事になりました。 早速、Aさんは系列のある占い店でデビュー。 しかし、実際、Aさんが鑑定を始めると 鑑定客からクレームがちらほら。 その都度、他の占い師に代わると 鑑定客も納得するという事が何回か続きました。 クレームを言う鑑定客に対して、 他の占い師に代わると納得するわけですから、 その鑑定客が特別にクレーマーというわけではありません。 その後、Aさんへのクレームは収まらず、 Aさんは、系列の別の占い店に移動する事になりました。 心機一転、Aさんの再デビューとなったのですが、 ここでも事態は変わりません。 前の店と同じようなクレームが起きました。 さすがに、占い店もAさんを対処しきれなくなり、 もう一度、勉強し直すよう促し、 店からお引き取り願ったのでした。 一方、おばさん占い師であるBさんは、 ある占い店で人気ナンバー1。 多くのリピーターに圧倒的に支持されています。 このBさん、タロット占いと気学占いを行いますが、 タロット占いは大アルカナカードの22枚のみ。 小アルカナカードは使えないようです。 気学占いにいたっては、いいとこ気学中級レベル。 要は、Bさんの占いの知識自体は全然大したことありません。 では、知識自体はその程度なのに、 なんでそんなに人気があるのか。 それは、Bさんの圧倒的な
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長所を引き出す吉名

長所と短所は表裏一体です。そのことは性格をみればわかります。 【長所】明るい 【短所】能天気、煩い 【長所】穏やか 【短所】覇気がない 【長所】元気 【短所】落ち着きがない 【長所】行動が早い 【短所】考えが浅い 【長所】熟考 【短所】優柔不断 【長所】優しい 【短所】頼りない 【長所】信念が強い 【短所】頑固 【長所】臨機応変 【短所】計画性がない 【長所】相手を尊重できる 【短所】自分の意見がない 性格は、まさに長所と短所が表裏一体。 そう考えれば、 元来、性格の良い人がいなければ、 性格の悪い人もいません。 性格の良い人は、性格の長所が出ている人。 性格の悪い人は、性格の短所が出ている人。 しかし、これはとても重要な問題です。 性格が運勢を作ります。 性格の長所が出れば、 良き運勢となり、 ご多幸な人生が歩めるでしょう。 性格の短所が出れば、 悪しき運勢となり、 厳しい人生となってしまいます。 Aは、優しい。 Bは、頼りない。 AとBは、言わば同じ性格。 ただ、長所が出ているか、 短所が出ているかの違い。 しかし、この差は果てしなく大きく、 人生を全く違うものにしてしまいます。 優しいと評価されたAは、 皆から愛され、 逆に、優しくされるでしょう。 一方、頼りないと評価されたBは、 皆から、何も任されないでしょう。 Cは、信念が強い。 Dは、頑固。 信念が強いと評価されたCは、 やり遂げる強い意志を感じられ、 重責を担いそうです。 一方、頑固と評価されたDは、 皆から、何を言っても無駄と思われ、 敬遠されるかもしれません。 性格を変えることはできません。 そして、性格を変
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世界観の確立

前回、”型”の必要性についてお話ししました。 今回は、その”型”について さらに切り込んでいきましょう。 “型”を別の表現で言うのなら、 “世界”、”ワールド” 自分の型を持つという事は、 自分の世界を持つ、ワールドを持つ事と言えます。 戦略としては、 自分のワールドを持ち、 相手を自分のワールドに引きずり込む。 この流れです。 その為に、自分のワールドには 絶対に満足いくような空間になるまで、絶えず研究し、 自信が持てるようになっていなければなりません。 このワールドをテーマパークで例えるのなら、 自分のディズニーランドを持つという事。 相手を自分のディズニーランドに引き込んで、 そこで楽しんでもらう この流れです。 だから、考えるべき事は、 相手を如何に自分のディズニーランドに引き込むかが焦点。 ディズニーランドに一度引き込んでしまえば、 勝ちなわけですから。 もっとも、自分のディズニーランドが魅力なく、 つまらないモノなら、 そもそも”型”になっていません。 この場合“型”として成立する為には、 例えば、アトラクションの工夫を凝らし 常に最新なモノに更新するとか、 常日頃からコンテンツを上げていけるように、 心掛けるべきです。 失敗パターンは、 相手によって、ディズニーシーや ユニバーサルスタジオジャパンになったり、 はたまた富士急ハイランドや 梅田ジョイポリスになろうとしたり・・・ このパターンはドツボにはまります。 必ず、占い師側が主導権を取っていなければならないのに、 これでは、相手に振り回され消耗戦になり敗れ去ります。 占い師を英訳するとFortune-telle
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薬師如来・十二の誓願

薬師如来は、仏教が日本に伝えられた最初期から 信仰されている仏様。 病気を平癒し、身心の健康を守ってくださる 現世利益の仏様として、 日本中にその信仰は広まりました。 薬師如来は、修業時代に「十二の誓願」を神に発願致しました。 *発願(ほつがん)・・・神仏に願をかけること その十二の誓願とは、 将来、自分が悟りを得た時には、 全ての人々を迷いや苦しみから救い、 真の悟りに導きたいという誓いを立てた事です。 <十二の誓願> (1)光明普照 … 自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導きたい。 (2)随意成弁 … 仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせたい。 (3)施無尽仏 … 仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、 あらゆる物品を施したい。 (4)安心大乗 … 世の外道を正し、衆生を仏道へと導きたい。 (5)具戒清浄 … 戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援けたい。 (6)諸根具足 … 生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やしたい。 (7)除病安楽 … 困窮や苦悩を除き払えるよう援けたい。 (8)転女得仏 … 立場の弱い女性が成仏するように援けたい。 (9)安心正見 … 一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援けたい。 (10)苦悩解脱 … 重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援けたい。 (11)飲食安楽 … 著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除きたい。 (12)美衣満足 … 困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施したい。 薬師如来は、神に発願して如来になりました。 神は発願を受けて初めてお働きになります。 もし、薬師如来が
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易占霊界

占いには占いの霊界があります。 この占い霊界を易占霊界(えきせんれいかい)と言います。 この易占霊界ですが残念ながら地獄界です。 元来、占いは北極星から降ろされた御神託でした。 それが人の悪念、邪念により 易占霊界が形成されてしまったのです。 これでお分かりの通り、 易占霊界は神が作ったのではなく、 人が作った人造想念界。 人が作った想念界が易占霊界ですが、 では何故、地獄界なのか。 何故なら、易占霊界には、 愛や真心がないからです。 欲念しかない易占霊界に感応するのは 地獄界だけです。 占いには霊界があり、 その霊界は、易占霊界で地獄界。 占いを行うと地獄界が感応するのなら、 占いに触れない方が良いのでは、 と思う人もいるでしょう。 もともと、占いは御神託による神霊界でしたが、 人の欲念で地獄界に成り下がったのです。 昨今、地獄界に成り下がった占いなら、 関わらないと考えるのも自由です。 占いは、易占霊界で地獄界。 極論の例えですが、 占いは毒と言えます。 毒と例えるのなら、 尚更、関わらない方が良いと言う意見も 出てきそうですが、 毒は使い方次第で薬になります。 運勢学においての根治療法は 徳によるものです。 しかし、徳による根治対応は 多大な時間を要します。 その為、対処療法としての占いの意義があります。 運勢学による考え方は、 徳の考えをベースに、 手段として占いを活用する事をお勧めします。 運勢学の根本原理となる徳の考え方だけでは、 生来、徳のある人なら良いのですが、 劫の重い人なら、来世に望みを託すしかありません。 結論として、占い師は徳の考えをベースに、 対処療法
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占い師活動と徳行

占い鑑定を行えば、 多かれ少なかれ相手からの邪気を受けます。 その対処法こそ占いの神のお取り次ぎという概念だったのです。 邪気を受ける事自体に 抵抗を感じる人もいるでしょう。 確かに、邪気を受ける事に良い影響はありません。 好んで邪気を受けたいと思う人などいないでしょう。 徳を積む方法はまさに千差万別、多岐に亘ります。 徳とは人に益する事、人を喜ばす事ですから、 その行為は難しく考える必要はなく、 どんな些細な事でも人が困った事を助ければ 徳を積む行為となるのです。 日常レベルの徳積みは、誰もが出来る事です。 人に笑顔で接する。 人に親切に応対する。 人に優しい言葉をかける。 人に励ましの言葉をかける。 これらの事を積み重ねる事により、 少しずつでも徳は積まれていきます。 一つ一つは小さくとも、 日常における行為なので、 積み重なると巨大な徳と化します。 まさに”塵も積もれば山となる”です。 日常レベルの徳積みは、 特に技術、専門知識を要しないので、 当人の心掛け如何になるでしょう。 基本的な事こそ疎かになりがちですので、 私も肝に銘じて心掛けたいものです。 徳積みは日常レベルから、 人を救済するレベルまであります。 人を救済するレベルになると それだけ働き、役割が大きく、 それだけ技術、専門知識を必要とします。 例えば、川で人が溺れていたとしましょう。 自分が泳げなければ自分で助ける事は出来ません。 仮に、泳げるにしても人を助けるだけの泳力があるのか? 下手すれば助けに行って二次災害になりかねません。 助けるだけの泳力がなければ、 速やかに警察、救急に連絡すべきです。 人を本
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占い鑑定が上手くいかないケース

私が占い店で、 占い師として活動していた時、 占い鑑定が上手くいかないケースは 三つのケースがあると感じておりました。 1、 鑑定客との相性 2、 鑑定にならない 3、鑑定力不足 一つ一つみていきましょう。 先ずは、1の鑑定客との相性。 プロである以上どんな鑑定客にも合わせるべきです。 しかし、同時に人間でもあります。 人間である以上、 占い師と鑑定客との関係は、 人間と人間とのやり取り。 それ故、どうしても相性は存在します。 鑑定内容により、 他の占い師の方が向いていた。 鑑定客のキャラにより、 他の占い師の方が向いていた。 そう思ったのも一度や二度ではありません。 確かに、仕事なので、 相応に対応し、相応のコンテンツを 提供しなければなりません。 そう言った意味では、 3の鑑定力不足にもかぶります。 しかし、人間対人間なので 噛み合わないケースも考えられると 知っといた方が良いです。 次に、2の鑑定にならない。 以前、占い師仲間で話をしていた時、 一番困る鑑定客について話題が飛びました。 一様に皆の口から出た言葉は、 「話をしてくれない」 「沈黙をしたまま」 こういうケースです。 これでは鑑定を進められません。 あと、私が鑑定にならないと思うケースは、 質問が占いに適していない場合です。 例えば、 「夜な夜な悪魔が襲ってくる」 占い師として、このような質問をされても困ります。 確かに、このような人をも 大きく包み込んで、 占い鑑定を進めていくのも また、占い師の技量の内かもしれません。 そう言った意味で、 これもまた3の鑑定力不足にも 関係するのかもしれません。 しかし、基
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占いの神様について

占い鑑定とは、占いの神のお取り次ぎ。 では、その占いの神とは一体誰なのか? その答えは・・・ 決まっていません。 と言うより、占いの神は自分で設定してください。 占いの神は占いの神であると 決めてもいいですし、 細かく具体的な神に分けても良いです。 細かく具体的な神に分ける例を挙げてみましょう。 「天照大御神」 相手に明るさ元気を与えるよう祈る 「住吉大神」 鑑定の為の言霊を授かるよう祈る 「九頭龍大神」 鑑定内容の具体的な問題解決の為に祈る 「蔵王権現」 鑑定の為の知恵を授かるよう祈る 「不動明王」 相手の邪気に負けないよう祈る 「毘沙門天」 相手の邪気に負けないよう祈る 「猿田彦の神」 道開きの神。鑑定の神として祈る 一応の例を挙げました。 あくまで例です。皆さんも工夫を凝らして占いの神を設定してください。 では、私の場合は、占いの神をどう設定しているのか。 上記の例は、私の占いの神の設定によるものですが、 私には、これとは別にメインの占いの神がいます。 あらゆる易占のルーツは、 河図洛書(かとらくしょ)などの古代の易法によるものです。 河図洛書とは、中国古代伝説上の図や文字の河図と洛書。 河図は伏羲(ふっき)の世に、 黄河から現われた竜馬の背の渦巻いた毛の形を写した図。 易の八卦の基になった。 洛書は夏の禹王(うおう)が洪水を治めた時、 洛水という川から現われた神亀の背の文字を写したとされる図。 この河図洛書は、北極星から天啓としておろされたものです。 この北極星の主宰神が至聖先天老祖。 私は、占いの神=北極星の神=至聖先天老祖 と考えています。 勿論、皆さんも占いの神を
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占い鑑定の注意点

占い鑑定とは、占いの神様のお取り次ぎ。 そして、占いの神様のお取り次ぎを行う為には 愛がなければ、占いの神様のお取り次ぎは出来ません。 この原則がわかれば、 どんな内容でも占えるわけではない事がわかるでしょう。 ギャンブルに関する事など、 一攫千金を狙っての占い。 そのような事に神は動いてくれるでしょうか。 動かないと思います。 恨みを晴らすなど、 復讐するための占い。 神は動きません。 犯罪に絡むような占い。 神は動かないか、止めるか。 このような相談をされても神は動きません。 神が動かなければ、占い鑑定の原則となる 占いの神様のお取り次ぎが出来ません。 従って、占い鑑定は出来ません。 このような相談で動くのは邪霊です。 邪霊が動けば、結末は必ず不幸です。 占いに適する相談か適さない相談かは、 相談内容で神が動くか動かないかで判断してください。 あと、気をつけなければならない占い相談は、 病気に関する事です。 占い師は病気治療に関する事を言ってはいけません。 病気治療に関する事は医療行為に抵触します。 医療行為が出来るのは医師だけです。 昔、ある霊能者が相談者に、 「こうすれば病気が治る」ような事を言いましたが、 実際、病気は治らず、 裁判で訴えられた例がありました。 占い師が病気に関する相談は、 健康運に関する事に留めた方が良いです。 方位学による吉方位取りは、 方位に意味する健康運が上がりますが、 病気が治るか否かでは無く、 あくまで健康運が上がるという視点です。 大吉の名前にすれば、 健康運が上がりますが、 これも同じ事。 病気が治るか否かでは無く、 あくまで健康運が上
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神懸かり

出口王仁三郎は、神懸りを下記の三種類に区別しました。 ・「帰神」(きしん) 主神(宇宙の絶対神)と和合する状態。 ・「神懸」(しんけん) 正神界の神憑りで、エンゼルが人間の精霊に降りる状態。 ・「神憑」(しんぴょう) 邪神界の邪神、邪霊が人間の肉体に侵入して罪悪と虚偽を行う。 一口に神懸りと言っても、 正神界と邪神界があります。 この場合、正神界なら神懸りになりますが、 邪神界なら神憑となり、 神懸りになりません。 邪神、邪霊に憑依されているという事です。そして、一口に正神界と言っても、 高級なものもあれば、 低級なものもあります。 どこの世界でもピンキリなのです。 これらを見分ける事を審神(さにわ)と言い、 見分ける人の事を審神者と言います。 例えば、ある人が神を呼べると言いました。 ここで考えなければならないのは、 本当に神を呼べるのか。 神を呼べるのなら、 その神は正神界か邪神界か。 正神界の神を呼べるのなら、 その神は何という神なのか。 これら見分けるのが審神です。 正神界の神を呼ぶ事は簡単ではありません。 そして、呼んだ神の正邪の見極め(審神)も また簡単ではありません。 万能の天才・出口王仁三郎の秀でた才能は沢山ありますが、 取り分けこの審神の能力は特出していました。 出口王仁三郎たらしめていたのは、 この審神の能力であると私は思っています。 <鎮魂帰神術>(ちんこんきしんじゅつ) 神を修行者の肉体に懸らせて、 神と問答をして正邪を判定(審神)します。 この修行法は、神の実在を体感する方法として、 出口王仁三郎が主に行いました。 しかし、邪霊に憑依される危険があり、
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言向け和す精神

出口王仁三郎の記した霊界物語は、 素戔嗚の言向け和す精神が根幹となっています。 霊界物語のある章にこのようなシーンがあります。 三十五教(あなないきょう)の宣伝使が、 (主の神の教えを広める霊界物語の主役たち) 手には短刀を持って邪神と対峙し、 こう言った。 「すみやかに前非を悔いて三十五教に従え」 「返答はいかに」 と改心を迫る。 追い詰められた邪神は、 大蛇となり、雲を起こし、 雨を呼び、風に乗って、 東の空に姿を隠した。 このシーンですが、 三十五教の宣伝使は、 素戔嗚の使いで、 主の神、真の神の使い。 その使いが短刀で改心を迫るとは・・・ これは脅迫。 どこが一体言向け和すなのか。 この宣伝使は、まだ駆け出し、未熟。 霊界物語には、邪神がこのように 三十五教の宣伝使に追い詰められて、 逃げて行くシーンがたびたびあります。 このようなケースは、 宣伝使のやり方に問題がある場合が多い。 やり方が良い場合には、 相手は改心している。 やり方が良い場合とは、 言向け和す精神が行われているという事です。 言向け和すは「向け」なので、 もともと相手は向うを向いているのです。 敵対している関係です。 それを言霊により和すのが、 言向け和す事です。 そして、相手を言向け和そうとして、 言向け和しているのではありません。 第三者がその状況を見て、 言向け和していると 客観的に捉えているだけで、 当人は誠を持って 相手と対峙しているだけなのです。 素戔嗚は多くを語りません。 未来を達観しており、 わかっていても何も語らず試します。 こうして試されながら、 宣伝使は成長していくのです。 改心
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言霊と言向け和す

「言霊」(ことだま) 言葉に宿っている不思議な霊威。 古代、その力が働いて 言葉通りの事象がもたらされると信じられた。 古来日本は、”言霊の幸わう国”と言われ、 言霊の不思議な力の働きによって、 幸福をもたらす国であった。 言葉と言霊の違いについて、 私流に平たく解説すると 言葉に魂や霊が宿ると言霊になる。 言葉が言霊になると その言葉通りの現象が起きる。 例えば、 世の中が間違った方向に進み、 義憤に駆られて国民に主張する。 この時の主張は、言葉が言霊になった分だけ、 世の中に感化出来る。 自分の将来の人生について語る。 その言葉が言霊になった分だけ実現する。 「言向け和す」(ことむけやわす) 古事記に出てくる古い大和言葉。 紛争解決、問題解決の手段として、 武力、暴力ではなく、 言葉の力で相手を和していく。 天孫降臨の時より、 日本はこの言向け和す精神で国が治まってきた。 *言葉の力とは言霊です。 霊界物語は、預言者・出口王仁三郎により、 大正、昭和にかけて口述筆記した物語。預言書。 日本神話には有名な八岐大蛇退治の話があります。 皆さんも知っているでしょう。 素戔嗚が八岐大蛇を斬り殺して退治する話です。 しかし、霊界物語の素戔嗚は八岐大蛇を斬り殺しません。 以前の八岐大蛇との勝負では 斬り殺してしまい、 八岐大蛇の怨念が地上で蠢いてしまった。 その反省を踏まえ、 今度は、素戔嗚は八岐大蛇を言向け和します。 悪を暴力でねじ伏せるのではなく、 言霊で相手の心を和らげ、 改心へと導いたのでした。 言向け和すは、 霊界物語のメインテーマであり、 素戔嗚(国常立大神)のポリシーとな
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秋山真之の夢の秘密

秋山真之(あきやまさねゆき)日本の海軍軍人。 日露戦争の日本海海戦でのT字戦法を編み出した参謀。 日本が生んだ天才戦略家。 1905年5月 ロシアとの戦争である日本海海戦が いよいよ迫ってまいりました。 ロシアの当時世界最強と言われる バルチック艦隊が日本に向かってきます。 日本としては、 この圧倒的な戦力を誇るバルチック艦隊を どう迎撃するかです。 バルチック艦隊の航路の可能性は、 対馬海峡、津軽海峡、宗谷海峡のこの三つ。 三か所のいずれでも良いように 分散して迎撃態勢を取れば いずれのケースにおいても もともと戦力の劣る日本に勝ち目はありません。 日本は全戦力を一ヶ所に集中して勝負せざるをえません。 この戦いに敗れたら日本の負けが決定的です。 この戦いに敗れたら日本の滅亡を意味します まさに博打、賭けに挑むようなものです。 この時、日本海軍連合艦隊の作戦参謀が秋山真之。 日本の命運はまさに秋山真之に託された と言っても過言ではありません。 秋山真之は国の存亡が左右するという重過ぎる責任に、 押し潰されそうになりながらも、 昼夜、寝食を忘れて考え続けました。 ある時、疲労がピークに達したのでしょうか。 知らぬまに眠りに入りました。 その時、見えた。 海の青いうねり、波の白さがくっきり。 その光景の場所は・・・ 対馬だ!そこは対馬海峡だ! 対馬海峡からバルチック艦隊がやってくる。 その陣容、艦数まで全て見えた。 目が覚めました。 敵の出方がわかればこっちのもの、 勝つための作戦は容易に立てる事が出来る。 秋山真之は、対馬での迎撃態勢を完璧にし、 バルチック艦隊を待ちます。 そし
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私の死後の予定

私の死後の予定をお話ししましょう。 死後は金星に行きます。 金星に行くと言うより、 金星に戻ります。 金星には、もともと気の合う仲間たちが沢山います。 皆、私が死んで戻ると大歓迎してくれるでしょう。(予定です) 皆、私の生前の地球での生活が 興味津々でしょうから、 金星に戻って暫くは、 地球の話を日々伝えます。 そんな毎日も段々飽きてくるでしょうが、 要望があれば、金星を走り回って、 差し詰め、地球セミナーを開催します。 その後、次第に死後の生活も落ち着いてきて、 あとは、ごく身近な親友たちと語り合い、 自分自身を見つめ直します。 一段落着いたら、 より高い角度で、より大きな働きをする為に、 次なる地、北極星を目指します。 以上、私の死後の予定ですが、 皆さんのなかで、死後の予定を考えている人は、 ほとんどいないでしょう。 これを機に、一度死後の予定を考えてみるのもよいでしょう。 死後、木星に行くのも良いですし、太陽でも良いです。 いっその事、外宇宙のカシオペア座やアンドロメダ座を目指すのは、 夢とロマンが広がります。 しかし、死後はカシオペア座だ!アンドロメダ座だ! と夢を膨らましていても、 残念ながら、強制的に地獄に堕ちる場合もあります。 仕方ありません。天地の法に反したわけですから。 占い師で道を間違えたら、 死後、海王星の地獄界です。 そこは、恐ろしくおぞましい世界です。 一刻も早く、その地獄界から抜け出さなければなりません。 しかし、何故自分が地獄に堕ちたのか。 そして、どうすれば地獄から抜け出せるのか。 これがわからなければなりません。 海王星の主宰神はポセイドン(
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終わり良ければすべて良し

『終わり良ければすべて良し』 物事は発端や過程よりも 最後の締めくくりが大切であること。 物事は結末が良ければ その過程がどうであっても問題にならないこと。 結局、最後はどうなのか、 ということです。 私は、映画が好きなので、 たくさん映画を観ます。 その中には、 ストーリーに入り込めず、 退屈してしまうものもあります。 そして、ストーリー自体が陳腐と感じ、 飽き飽きしてしまうものもあります。 しかし、取り合えず、 最後まで観ようとします。 結局のところ、 どういう結末なのか。 結末によっては、 評価を上げるケースもあります。 勿論、結末によっては、 ただの駄作とするものもあります。 だいぶ昔のことですが、 TVで放映されたある映画が とても印象深く残っています。 ストーリーを今でも鮮明に憶えています。 主人公の妻が五人組に殺害されました。 その五人組は、ある山に逃げます。 主人公は復讐の為、その山に行き、 五人組を見つけます。 復讐なので、 1人ずついたぶって殺します。 最後の1人を殺し、復讐を遂げました。 その時、車のラジオから、 五人組の殺人犯が捕まった というニュースが流れました。 なんと主人公は、 勘違いをしていたのです。 全然関係のない、 ただキャンプを楽しむ五人組を 犯人グループだと思い、 殺害したのです。 最後のシーンは、 主人公の呆然とする姿で終わりました。 私は、途中まで、 典型的なB級映画だと思いました。 暇だったので、 そのまま見続けただけです。 それがそんな終わり方をするとは。 B級映画でありますが、 ただのB級映画ではないと思いました。 今も尚、強烈
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