周りを見渡すと、今日のおいしいご飯のことや、週末の楽しみだけを考えて、軽やかに笑っている人たちがいます。
そんな姿を見たとき、あなたは「人生の目的」や「自分が何のために生きているのか」を真剣に追い求めている自分の方が、どこか遠回りをしているように感じてしまうことはありませんか。
そんな自分を、どこか不器用だと責めてしまったり、彼らの生き方が正解なのではないかと疑ってしまうことは、きっと誰にでもあります。
でもね、僕は「目的」を探すことは、決して悪いことではないと思うんです。
むしろ、それはあなたがそれだけ自分の人生に対して誠実で、命の時間を大切にしようとしている証拠なんですよ。
「何者かになりたい」「何かの役に立ちたい」という願いは、人間にとってとても尊いエネルギーです。
ただ、その純粋な思いが、いつの間にか「今の自分はまだ不十分だ」というフィルターをかけてしまっているとしたら、それは少しだけ苦しいことですよね。
心理カウンセラーとして、多くの迷いや悩みに触れてきましたが、何か大きな目標を持つことと、目の前の空気を吸う喜びを味わうことは、決して対立するものではないと感じています。
「今」という時間を楽しんでいるように見える人たちも、実はそれぞれの場所で、見えない悩みを抱えながら、懸命に今日を積み重ねています。
誰かの生き方がキラキラして見えるのは、その人の人生の「一部分」だけを切り取っているからかもしれません。
自分と比較して「生きづらい」と感じてしまうのは、あなたがそれだけ「もっと自分を輝かせたい」と、心の底で願っているからではないでしょうか。
もし今、目的を追い求めることに疲れてしまったら、一度だけ、その大きな「目的」という荷物を地面に置いてみてください。
そして、美味しいコーヒーを飲むこと、空の青さに気づくこと、そんな些細な「その日暮らし」を、あえて意識的に自分に許してあげてほしいのです。
大きな目的地を目指す旅の途中で、一度立ち止まってお茶を飲むのは、決して脱落ではありません。
それは、長い人生という旅を続けるために必要な、大切な休息の時間です。
あなたはあなたのままで、十分すぎるほど頑張って生きています。
人生の目的を探す情熱も、ただ今日を穏やかに過ごしたいという願いも、どちらもあなたの素敵な一部なんです。
焦らなくて大丈夫ですよ。
そんなふうに、自分自身の心と対話しながら進んでいけば、いつかきっと、あなただけの心地よいリズムが見つかるはずです。
今の自分を少しだけ抱きしめて、ゆっくりと歩んでいきましょうね。