地獄への道…18

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引っ越しの件があまりにも「スムーズ」に行きすぎて、怖くなっていた。

絶対、これで済むハズがない…
何かあるのかもしれない。

土壇場でダメと言われるかもしれない

全てが「不安」と疑いでしかなかった。

元旦那の時もそうだ

スムーズに行くと必ず失敗する

かといって、拒否ができる立場ではない

私はどうなればいい
どうすればいい

息子も支援学校に馴れてきた頃だった

朝夕の送迎は大変だが、毎日帰りの車の中では
「○○先生がね!僕と野球したいって言うから一緒にした」
など一般学校では味わえなかった
「学校での出来事」を話してくれるようになった。

自分の思いが伝わらないと癇癪を起すことも、ほぼなくなっていた

もっと早く…支援学校に入っていれば…
あんなツライ思いをすることはなかったんだと思うと本当に悔しかった。

私の周りの友達?交友関係と言えば

かつては私の家に友達が遊びにきてワイワイ話をしたりしていた友達?だった人たちは保護を受給する辺りで全く連絡が来なくなった。

それはそうだよな…
人間失格な人と一緒に話したくもないよな…
けど、それを勧めてきたのは、その人たちなのにな…
あぁ…そうか、そういうことか

「人間失格」になって欲しかったのか。

その友達と呼んでいた人たちは、2人。
それぞれに「パートナーも子ども」もいない。

その人たちのように自由に生活している人にしてみたら私なんて「地獄へ落ちろ」って思われても仕方ないよな。

世の中で言う
「自分で勝手に結婚して勝手に産んだのに責任のない最低な母親」
だもんな

友達か…

今までいたことなかったからな
少しだけ嬉しかったのにな

携帯電話を見ても
元会社の同僚などしかいない
もう消してしまおう…
全部。

LINEのトークもほぼ誰もいない。

ボーっとLINEのリストを見ていたら
ポン!
とLINEが鳴った。

どうせどこかの公式LINEか…
と思い携帯を見た。

そこには覚えのない名前が…
誰だろう?と開いてみたら
「久しぶり~!元気してる~?」
という内容だった。

友達リストには入っているから知っている人なのか
と思い、返信した。

「はい、元気です。すみませんお名前がわかりません」
と返すとすぐに返信がきた。

元同僚の別の支社の女の子だった。

うっすらとしか覚えていないが、すごくかわいい女の子だった記憶。
そんなに特別に仲がいいというわけでもなかったが、支社に通っていた間に多分LINE交換したのだろう。
が、在籍中には一度もLINEが来たことはなかった。

どうやら私が退職したことを誰かから聞いて連絡してきたようだった。

嫌だな…。
またオモチャにされるのか…
どうせ話のネタか何かにしたいのだろう。

でなければ今更連絡なんかしてこないだろう。

会話(LINE)の中で、その人も退職していたことを知った。
私はなるべく自分のことは話さないようにした。
その人を「Hさん」と呼ぶことにする。

Hさんは会社を辞めてからパニック障害になったことを話し始めた。

…これも誰から聞いて話を合わせてるのか…

私はそれでもそのHさんに自分のことを話す気にはなれなかった。

それでもLINEは続いて、業を煮やしたのかHさんは「通話していいか」と聞いてきた。

私は少し考えた。

何を話すことがあるんだろう
退職した、ということは同じかもしれないけど…
今まで仲がよかったということはない。
そしてなぜ今になって自分に連絡してきたんだろう。
Hさんは私の住んでいる地域から、多分所属支社を考えると
3時間は離れた距離にある。
簡単に会える距離でもないのだ。

私が返信に戸惑っているとHさんから返信がドンドン来ていた

急かすわけでもないLINEがドンドン…

私は我に返ったように返信した…
「通話大丈夫です…」
と…。

すぐに通話がきた。

私は中々返信しないことは「家事をしていた」ことにした。

悩んでいたなんて言えなかった。

そのHさんは私より3つ年上だった。
それでもスタイルもよくサラサラな髪の毛で何を着ても似合っていたような気がする。
だからこそ、私は「仲良くなれない人」だと思っていたんだと思う。

色々マシンガントークに相槌を打っていた。

がそれも限界だった。
Hさんは少しづつ私の様子を伺ってくる
会社にいた時がどうのだとか、私生活がどうだったとか…
他愛のない話から色々探ってくるように感じた。

そんな会話を数分続けていると、Hさんが「うつ病」の話をし始めた。

パニック発作が起きることの不安、恐怖、薬のことや、これからのこと。

私はハッとさせられた。

うつ病ってこんなにフランクに話していいんだ!
分かって欲しいって思っていいんだ!

私は少しづつ自分のことを話した。

Hさんは私もパニック障害を持っていることを知るとすごく嬉しそう?に
「苦しいよね~本当に死ぬかと思うよね~」と話してくれた。

今度は私の方が嬉しくなった。

パニックの時は誰でもそう思うんだ!
看護師さんのいうことは「専門家」だから体のいいことを言っているんだと思ってどうせわかりやしないだろうと思っていた。

だから体験した人の話を聞くのは新鮮だった。

パニックになったらどうするか、予防はあるのか、外出先で起きたらどうするのか

色んな話をした。

起き上がれないことや、子どもがいること、もう社会復帰はできないのではないかという焦り。

色んなことを話した。
久しぶりだった。
こんなにもプライベートなことを思いっきり話すのは…。

Hさんは凄く気持ちや状況をわかってくれて…。

気付けば2時間は軽く話していたと思う。

Hさんは「もっと早くに仲良くなっていればよかった」と言っていた。
私もそう思っていたが、その理由は素直に話した。
Hさんはケラケラ笑って
「それは偏見~!!」なんて言ってくれた。

確かに偏見だったのかもしれない。

私には縁のない?ジャンルの人だと思っていた。

私はそれからというものHさんと話す時間が多くなった。
会えない「距離感」はとても私にとってもHさんにとっても、いい意味で「安心」だった。

そこから少し、うつ病に関して自分への理解が変わってきたような気がする。

けれど久しぶりに話すと、とても体力が奪われることが多くあった。

人とそもそもそんなに話すことが減ってきた上に、話したくもないという気持ちでいたから、「会話」ということも半ば忘れかけていた。

子どもたちと話すとはまた違う「会話」。

一人の「人間」として話してくれる相手が今になって現れたのは、なんだか悔しいけれど、それでも嬉しかったことには違いない。

また少し…頑張れる気がした

朝までスムーズに進んでいることへの恐怖が、少し和らいだ。

全くなくなったわけではない

このHさんとの関係もいつまで続くのか、という不安も出てきた
今までの人達のように
いつの間にか、いなくなったとしても
距離があるから、で済ませられる。
それも良かったとも思える。

人と話すと、なんだかわからないけれど身体が動いてくれる
話した直後は本当に疲れるけど

Hさんは人の話を聞くのが上手かったんだと思う。

人のプライベートな話を聞くときには自分の話をしてから人に聞くことが多かった。

そんな新しい友達?ができたとしても、子供たちに話すことはしなかった。
子どもたちはいつでも「話したい」というのを自分がよく知っているからだ。
そして、また「いなくなる」という経験をさせたくなかったから…。

それでもそんな楽しい時間ばかりではなく…
引っ越しの物件のことなども考えなければならなかった

贅沢は言われないしな、大家さんも「生活保護」のことを理解してくれている。
家賃のことも考慮してくれるようだし…

決めるしかないよな…

保護課に電話しよう…
一応、候補がある、ということだけでも

保護課に電話するだけでも動悸がする…。

早まるなという気持ちと、今しかないという気持ちが
せめぎあっていた

市役所が閉まるまで、そんな悠長な時間はなかったと思う。

どうしよう…
明日にしようか…

迷っている暇はない!
私は電話を掛けていた…




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