地獄への道…15

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私は、その頃には薬漬けになっていた。

とにかく子どもたちに悟られないように「テンション」を上げるに必死だったのだ。

そして「働いていない」自分にも苛立ちがあった。

それでも子どもたちは大きな病気せず、すくすく育ってくれている。
それだけでも本当にありがたいことだった。

転校が決まってからは、息子はすっかり元気を取り戻した。

支援学校に行くことも保護課の担当の人に伝え、色々な手続きや買いそろえなければならないものがあって気持ちはだいぶラクにはなったが、体は休んでいる時間はそれほどなかった。

今までもだが、これからもずっと「独り」で、誰にも頼らず生きていかなければならない。

私は「生まれた時から一人」だから。

私だって、幸せになりたかった。

私が望んだのは

「ごくごく普通の家庭」

贅沢をしたいわけじゃない。

高価なブランド品を身に付けたいわけじゃない。

ただ

お父さんお母さんという人がいて
子どもがいて
おじいちゃんおばあちゃんがいて

おじいちゃんおばあちゃんから
子供たちは色んな遊びや、お話を聞いたり話したり
私はお姑さんから料理を教わったり…。

たまには家族でピクニックに行ったり
家の敷地でBBQしたり。

そんな家庭が欲しかっただけ

子どもは「計画的に」なんてみんな言うけど

「計画通り」に行く人生なんて「1つ」もなかった。

再婚した当時は元旦那にもそれなりの年収もあったし、それに甘えないで生きようとも努力した。

私はいつも「必要」とされたかった。

かといって、子どもに対して
「お母さんがいなくなったら悲しい?」
なんてことは言ったことも思ったこともない。

誰にも頼らず、というより「頼れない」が正しい、かな

私は「止まる(休む)」ことは許されない

子供たちには私しかいない。

みんながお正月やお盆になると楽しい話題にも
きっと辛い惨めな思いをしていると思うと
私が弱音を吐いている場合じゃない。

弱音…

どうやって吐けばいいんだっけ
弱音って何?
頼るってどこまで頼っていいの?
誰になんて言えばいい?

パニック発作がでる度に
一人で床に這いつくばり、悶絶しながら紙袋を口に当てて
「早く治まれ!」と自分に喝を入れる

そういう生活と「お隣さん問題」

さすがに何度も文句を言われると、相手の状況もわかるけど、これ以上はここには居られない、と思い始めてきていた。

かといって、生活保護を受給しながら「引っ越し」というのはできるのだろうか。

保証人、収入…引っ越し費用、諸費用。

もちろん、引っ越すと言えども子供たちの「学区内」で引っ越しを考えている

家賃のこともある。

問題は簡単ではない。けど、これ以上文句を言われ続けるのは「苦痛」でしかなかった。

どこに相談すればいいんだろう。

息子の支援学校の件で相当な気力を使ったと思う。それに対して何の迷いも後悔もないけど、「これから」のことを乗り越える気合が足りない。

どうしよう…。

保護課にも絶対報告しなければいけないことだから、まずは保護課に相談してみよう。

そう思った。もしダメならダメで何か別の方法を考えなければならない、

次から次へと「問題」は降ってくる。

前からだが、体中が痛い。
首も肩も背中も…。

血圧も相変わらず、低血圧。

食欲なんてものはない。

前にも書いた通り、「食に興味がない」のだ。

それには原因がある。そう「入れ歯」のこと。

何を食べても美味しくないし、食べ物にも気を遣う。
堅いものは食べられないし、まず何を食べても美味しいと感じることができなくなった。

病院にも通っているのはもちろん、色んなことができなくなっていた。

仕事が休みの日には「草むしり」や「窓ガラス」の掃除

それが今では、外にでるどころか「身体を動かす」ので精いっぱいになっていた。

日々の家事と育児だけでもパニック発作がでる。
買い物は、かなりの勇気と気合が必要だった。

なるべく人目に触れず、ひっそりと…。

それでも、1日は過ぎていく。

次の日、私は「保護課」に電話をした。

担当の人が出てくれてホッとした。

どうしました?という声に、私は、

「何て言おう…引っ越しだなんて勝手すぎないか」
と躊躇してしまった。

少し黙ってしまった後、

「隣人トラブルが続いていて、引っ越ししたいんですが」
とやっとの思いで伝えた。

そうすると担当の人は
「そうですか、それは大変ですね、まずトラブルの内容などをお聞きしたいのでご自宅に伺ってもよろしいですか?」
と優しく言ってくれた。

私は「お願いします」といい、担当の人は「明日伺ってもいいですか?」というので、大丈夫です、と伝え、子供たちがいない間の時間を指定した。

そして、翌日、保護課の担当の人が家にきた。

相変わらず、気さくで話やすい人だった。

お邪魔します、と入ってすぐ
「隣人トラブル?お隣さん?」
と聞いてきた。

私はこれまでの経緯を詳しく話した。

担当の人は「それは子どもがいたら苦痛だね、それ何か月も続いたの?」
などと聞いてくれた。

もちろん大家さんとのやり取りや、大家さんが変わってからの不動産屋さんのことも話した。

そしたら担当の人は
「それは引っ越したほうがいいよ、あなただって大変なんだし、子どもだっているんだし」
と賛成してくれた。

私はホッとした。
わかってくれる人がいる。

それだけで本当に安心した。
友達でもなんでもないけど、嬉しかった。

友達より頼りになるかもしれないが、やっぱり「近しい相手」ではない。

「業務的」に対応してくれているのだろうが、それでも嬉しかった。

担当の人は、理由はわかったし引っ越しもした方がいいとは思う、だけどその引っ越し先を見つけたりするのは自分たちでお願いします。
と言われた、それはそうだと納得をした。

ただ「保証人」に関してのことを質問した。
そしたら、担当の人は「保護を受給している方が有利かもしれない」と教えてくれた。

私はそれを聞いて、驚いた。
世の中では、生活保護を受給している方が「不利」だと言うけど、案外そういうものでもないんだ、ということがわかった。

もちろん、事情や状況によるだろうけど、ちゃんと話せばわかってくれるんだと。
それでも「担当者」との相性?のようなものはあると思う。

私はたまたま珍しく「運」が良かった。

それでも嬉しかったことには間違いない。
また一歩前進したような気がする。

私は「友達や親」には恵まれなかったが、そういう組織には恵まれているほうなんだろうと思う。

女性相談所の人たちもなんだかんだで優しかった。

あれから、女性相談所で知り合ったI子さんとも連絡は薄くなっていて、どこでなにをしているかわからない状態だった。

ほとんど「付き合い」がなくなってしまっていた。

なぜか、私の「友達」と呼んだ人は知らず知らずのうちに「疎遠」になる。

そして気づいた時には「誰もいない」ということが多かった。

離れていくなら、最初から仲良くならないでほしいとも何度も思った。

裏切った、嘘つかれた、騙された

私はそんな「つもり」のレベルではないくらい、人を裏切ったり、騙したりはしてない。
その真逆なのに、なぜか、離れた人は私をそういっている。
それは「妄想」の範疇ではなく、それを見聞きしているのだ、目の前で。

散々、嫌がらせもされてきたし、パートナーの裏切りにもあった。

それなのに広がる話は

「私が全部悪い」

と話されている。

今では何て言われているか怖くてわかりたくもない

どうせ「生活保護もらってるけど働けるだろ」とか「不正受給だ」などと言われているんだろう。

私の住む町はそういう所。

そういう話はすぐ広がる。

父親が自殺したときもそうだった。
よってたかって
「誰が殺した」だの「オバケになってうろついている」だの散々だった。
「財産は誰に相続されたか」などもあった。

息子を支援学校に通わせようとしたときも
「子どもを障がい者にして金ほしいんだろ」とも私に言われたこともある。

私の居場所はどこなんだろう。

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