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見知らぬ同姓さんからのお手紙

———「突然のお手紙、たいへん失礼いたします。この人のことをご存知でしょうか?」2年ほど前のことになります。父の他界後、空き家となっていた実家に、ときどき風を通しに通ってくれていた弟から、「ポストにこんな手紙が届いてたけど、心当たりある?」とLINEがきました。見知らぬ差出人からの封書には、我が家と同じ苗字を名乗る男性の消息を尋ねる内容とともに、その男性とおぼしき、少し色褪せた写真のコピーが添えられていました。手紙の主によると、家系調査をしているうちに、母方と同じ苗字を名乗っていたその男性に行き着いたとのこと。ある時期までは、確かに親とその男性との間に行き来があったように記憶しているが、具体的にどういう関係なのか聞いていない。阪神大震災後、心当たりを探してみたけれど消息は知り得ず……などと記されていました。先祖調査の手法の一つとして、同姓へのアンケート調査がありますが、どうやらその対象として我が家が選ばれたようでした。手紙の差出人は、おそらく古い電話帳などを見て、母方と同姓の我が家を探し当てたと思われます。全国的にもかなり珍しい苗字なので、子供の頃からこのような「見知らぬ同姓さん」からの突然のお電話やお便りが偶にあったようです。そのたびに父はどう答えていたのか……逆に先方から苗字の来歴などの知識(正しいかどうかは別として)を得たのかもしれず、ひょっとして、父が生前語っていた眉唾ものの(ちょっとぶっ飛んだ)話は、先祖からの伝聞というより、むしろこちらからの情報では?と最近睨んでいたりします。件の手紙の男性についてですが、私たち兄妹とも、そのお名前にもお顔にも心当たりがなく、親から
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サトウキビ VS ススキ⁉️(佐藤 VS 鈴木)

おはこんばんちは。 この度は閲覧、誠にありがとうございます。 人間は何でも比較したい生き物です。なので、色々なモノに『ランキング』をつけたりします。それは、時として、有用な指標になったりもするのですが…。先日、たまたま『名字(苗字)ランキング』を見かけました。そんなわけで、久々にチェックした次第です。個人的には、上位はあまり変動がないと思い込んでいました。しかし、劇的な変化があったわけです。それは、不動の1位だと思っていた『鈴木姓』がいつの間にか2位に陥落していたことです。堂々の1位は『佐藤姓』でした。思い込みとは怖いモノで、随分前から『佐藤姓』が1位だったようです。最後に見たランキング順位が『1位/鈴木、2位/佐藤』だったので、そういうモノだと思っていました。(お察しの通り、かなり前のデータです…)自分の周りも、『鈴木姓』が多かったのも要因としてあるかとは思いますが…。『佐藤姓』は全国的に幅広く分布しているようですが、『鈴木姓』は東日本に多く、西日本に少い。そういう傾向があるようです。『鈴木一族』がもしも王座奪還をするのなら、中国・四国・九州などの西の地域に進出し、その地で子孫を増やす。これが最善かと思うのですが…。(多分、余計なお世話)とはいえ、『鈴木さん』にも希望があります。現段階では、人間の個体数では上回れませんが、生物的な個体数では、圧倒的優位な立場です。なにせ、サカナの『スズキ』がいるのですから…。【追記】両者を植物に置き換えると、『サトウキビ』VS『ススキ』。両者とも、『イネ科』の植物となります。現段階では、『サトウキビ』に軍配といったトコロですが…。こうしてみる
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ご先祖さまの探し方 姓氏・家系・苗字の調べ方 姓氏家系辞書・辞典の一覧

 <辞典類 姓氏・苗字>■ 『姓氏家系辞書』 太田亮 磯部甲陽堂1920■ 『姓氏家系大辞典』3巻 太田亮 角川書店1963 ■ 『新編姓氏家系辞書』 太田亮・丹羽基二 秋田書店1979■ 『山口県姓氏家系大辞典』 角川書店1991■ 『富山県姓氏家系大辞典』 角川書店1992■ 『姓氏苗字事典』 丸山浩一 金園社1992■ 『沖縄県姓氏家系大辞典』 角川書店1992■ 『宮城県姓氏家系大辞典』 角川書店1994■ 『鹿児島県姓氏家系大辞典』 角川書店1994■ 『群馬県姓氏家系大辞典』 角川書店1995■ 『静岡県姓氏家系大辞典』 角川書店1995■ 『全国名字辞典』 森岡浩 東京堂出版1997■ 『新編日本姓氏辞典』 千葉琢穂編 展望社1997■ 『日本の姓氏 大総鑑』 日正出版1997■ 『神奈川県姓氏家系大辞典』 角川書店1998■ 『日本名字家系大事典』 森岡浩 東京堂出版2002■ 『姓氏家系大事典』 丹羽基二 新人物往来社2002■ 『日本家系系図大事典』 奥富敬之 東京堂出版2008■ 『全国名字大辞典』 森岡浩 東京堂出版2011■ 『苗字辞典』 新藤正則 湘南社2011<辞典類 家紋>■ 『家紋大図鑑』 丹羽基二 秋田書店1971■ 『上州の苗字と家紋』 萩原進編 上毛新聞社1979■ 『日本家紋総覧』 能坂利雄 新人物往来社1990■ 『姓氏・地名・家紋総合辞典』 丹羽基二 新人物往来社1990■ 『家紋でたどるあなたの家系』 千鹿野茂 八木書店1995■ 『続家紋でたどるあなたの家系』 千鹿野茂 八木書店1998■ 『日本家紋総鑑』 千鹿野茂 角川書店1
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母親の弟を苗字で呼ぶ親族

母親には弟がひとりいる。奇妙なことに、その弟は親族から苗字で君付けで呼ばれている。母の母、自分からしたらおばあちゃんも同様だ。母親に、叔父をいつからその呼び名で呼んでいるか聞いたところ、わからないとの返答。この呼び名は空気の如く、違和感なく親族たちのあいだで広く受け入れられていた。血が繋がっていないとか、養子ではない。れっきとした、実の姉弟だ。複雑な家庭問題を含んでいるということも一切ない。こどもの頃から、その呼び名に違和感はなかった。90年代の後頭部が盛り上がったスケルトンiMac、外国産クワガタ、熱帯魚、ニューバランス、カメラなどは叔父からの影響を多分に受けた。といっても、詳しく教えてもらということはなく、きっかけをくれた。ネットがないので、知りたいことは書籍を頼って解答を探した。面白いのは、ほんとうにきっかけだけをくれるということ。叔父に電話をして、疑問点など聞けない。そうゆう空気を彼は出している。その存在は、唯一無二でまったく読めない。気難しさとユーモアを兼ね備えている。そして、趣味人。今は、高校生の頃にバイトで入った都内の映像スタジオで代表を勤めている。10代から自分の道が定まっている。ここの部分、ブレない強さとして自分の中で評価が高い。もちろん叔父には言わない。言えない。水商売酒屋で車を運転する際は、ペーパードライバーだった自分を、連れ出して教えてくれた。「車の形をイメージしろ」「タイヤはどこに向いている?」「左折する時は右に膨らむな」「右折する時は、慎重に。まごまごするな」「そこまで車間距離を詰めるな。開けすぎるな」文面で起こすと厳しい印象を受けるが、まったくそう
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名字調べ、ルーツ調べの依頼が多いのはどんな時?

 もうずいぶんと長い間、みなさんの「ルーツ調べ」「氏族調べ」のサービスを提供していますが、「依頼したくなる理由」「依頼してみよう!と思う時」には、いくつかの傾向があります。 もし、みなさんの中で「一度調べてみようかな」と思っておられる方があれば、参考になさってください。■ こどもが生まれた時 お子さんが生まれたタイミングで、「自分の家や一族は、どういう流れや歴史があるのかな」と思うのは自然なことと思います。 若いご夫婦などが「それぞれの実家の苗字やルーツについて調べてください」という依頼をお寄せになることが多いです。 最終的にはお子さんが大きくなった時の宝物、という感じになるようです。「家宝として大事にします!」と言う声をいただくことが多く、励みになっています。■ 結婚する時 ・・・女性のほうが多い 女性が結婚したタイミングで、「自分の実家について調べてほしい」という依頼をいただくこともよくあります。 女性にとっては、自分の苗字が変わるという大きな出来事でもあるので、自分のルーツを再確認したい、という気持ちが強くなるのかもしれません。 その場合は、完成した資料などをご両親に渡したい、とおっしゃられることが多いように感じます。 逆に、男性が結婚した時に依頼を受けたことはゼロです(笑)男性の場合は、やはりお子さんが生まれたタイミングが多いと思います。■ 定年退職とともに 仕事を引退して、ある程度自由になったので、自分のルーツについて調べてみたい!と思われる方もおられます。 その場合は、当方に任せきりではなくて、実地調査などをご本人さんがなされながら、二人三脚で調査を進めて行く形が多
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ルーツや先祖はどこまで辿ることができますか?

 先祖調べや、ルーツ探しを希望なさる人にとっては「どこまで辿ることができるのか」ということは、興味深い質問だと思います。 これは、その家によってまったく違うので、「調べてみないとわからない」という身もフタもない答えになってしまうのですが(苦笑) けれど、どんな風に過去へ調べが進んでゆくのか、そのあたりをお話しましょう。<第一段階 明治から江戸末期まで> みなさんが一般的に「うちの先祖」とか「家系図が」といったイメージをお持ちになるのは、この段階です。 実は戸籍をたどれば明治29年前後に存命だった人の先祖は誰でも辿ることができるので、自分で戸籍をとって家系図を作る人もたくさんおられます。 行政書士資格を持っている人は「他人の戸籍を代理でとる」ことができるので、「家系図つくります」という業者さんは、その資格を利用して家系図にまとめて仕上げるサービスをしておられます。 ですが、自分でもできるので、ご予算に応じてお好きなやり方で取り組んでみてください。 とまあ、ここまでは一般的な話で、誰でもできるので当方では「家系図の作成」はやっていません。 それよりももっと専門的なことに取り組んでいる、と考えていただければと思います。(全体的な氏族の歴史に着目して、進めます) わずかながら「明治の段階で発生した苗字・名字」があるので、その場合はそこでストップです。確率的には数%しかありません。9割方はもっと先へ行けます。<第二段階 信長の時代くらい> 確率でいえば7割〜8割くらいの「田舎の農家です〜」というおうちに多いのがこのパターンです。いまの田舎の地域に先祖がやってきたのが「戦国時代」というおう
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佐藤(さとう)の名字ルーツ|「かな」で眺めてみたら

もし、私たちの名字が漢字ではなく仮名で書かれていたら、どのように見えるでしょうか。もちろん、普通の仮名ではなく、今回は「くずし字風」で書いてみました。試してみたのは、名字ランキング1位の佐藤(さとう)さんです。「さとう」を仮名のくずし字で表すと?佐藤(さとう)という読みは、字母(※平仮名や片仮名のもとになった漢字)をたどると、次のようになります。さ … 佐・左と … 登・止う … 宇これらをもとに、草書風に表現すると、こんな雰囲気になります。実際の戸籍では、名字は漢字・楷書で記載されることがほとんどなので、このような形で書かれることは、まずありません。それでも、音をたどって文字を眺めてみると、いつも見慣れた名字が、少し違って見えてくる気がしませんか。自分の名字をこんなふうに眺めてみるだけでも見え方や距離感が、ほんの少し変わることがあります。それが、小さな「ルーツの旅」の入り口になれば嬉しいです。ほんの一瞬、立ち止まるような感覚で。 自分のルーツに、そっと触れてみる 家系図というと、 「きちんと完成させるもの」 「立派な形に残すもの」 そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。 けれど実際には、 もっと小さなところから始めることもできます。 たとえば—— 自分の名字の音を眺めてみる。 昔の文字のかたちに、少しだけ目を留めてみる。 それだけでも、 これまで当たり前だったものが、 少し違って見えてくることがあります。 私は、そうした 「ちょっと気になる」という感覚を大切にしながら、 体験型の家系図づくりをお手伝いしています。 ルーツの旅とは? もし、自分のルーツがなぜか気になる。
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珍しい苗字や、希少な苗字ほどルーツがわかる!

 日本には数え切れないくらいの苗字・名字があり、その中でも最多の分布を誇るのが「佐藤」さんだというのは、よく知られています。 佐藤・鈴木・田中・山本 などは、分布上最多ランキングを占める「それを名乗っている人たちが多い苗字」であり、一見すると情報量も多いのだろうなあ、という気がするかもしれません。 ところが実際には、名乗っている人たちが多い苗字にも、系統が細かく分かれていたり、由来や語源が実は違う、なんてこともよくあります。 そうすると、名字辞典などの記述を参考にして「ああ、うちの田中はそういう氏族なんだ」と早合点してしまうと、じつはぜんぜん繋がりのない別の系統の話を読んでいるだけ、ということも起こり得るわけです。 実際にルーツ調べをしていると■ あまり周囲に無いような珍しい苗字■ 現存数が少ない希少な苗字■ 自他ともに認める「変わった、レアな苗字」のほうが、そのルーツや氏族が「はっきりとわかる」「しっかり記録に残っている」ということがよくあります。 名字ランキングなどで、ほとんど「下のほう」の苗字をお持ちであれば、思わぬ来歴が、思わぬところに残っていたりするので、ぜひ一度調べてみてほしいものです。 ご依頼なさる方は「うちの苗字は珍しいので、あまり情報がなくわかりにくいかもしれませんが・・・」と謙遜しながらご依頼をくださりますが、結果的にはそういうお家のほうが、「しっかりとしたご先祖様の来歴」が明らかになったりもするので、歴史的にも興味深いものがあります。 希少な苗字シリーズでは、「なんだか普通に、一般的に使う単語じゃないような気がする」「どうも近くにある地名とかではなさそう」
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テクノロジー「佐藤帝国化計画」

【佐藤の天下統一】 西暦2531年とうとう日本人は 佐藤に支配され佐藤王国が誕生すると 東北大学高齢経済社会研究センターの 吉田浩教授により発表されました 現在の日本では家族と言う意識を高め 家族の繋がりを強くする目的や 社会的に責任を背負う絆を高める為 夫婦同姓制度が採用されています これは夫婦が夫か妻の姓に統一して 同じ姓を名乗ることを指しますが これを繰り返えすと割合の多い姓が だんだん増加していく事になります 現在の日本では1番多い名字が佐藤で 夫婦同姓の為年々佐藤の苗字が増加し 増加率から計算すると約500年後の 2531年に日本人全員佐藤になります 日本には約10万種以上の名字があり その中で最も人口の多い姓が佐藤で その由来は平安時代に栃木県の佐野で 武将の藤原秀郷まで遡ります 藤原秀郷は935年に平将門の乱を鎮め 勇名を馳せて子孫達が藤原秀郷の 末裔の証として「佐野の藤原氏」を 略して「佐藤」と名乗り始めました 2023年時点の調査によると佐藤は 日本人全体の1.5%を占め合計で約 183万人いるとされ約70人に1人が 佐藤さんとなってます 〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓 【選択的夫婦別姓】 佐藤性は東北地方に多く 佐藤の次に多いのが鈴木で約177万人 次が高橋の約138万人で次が田中の 約131万人で次が伊藤の約105万人です 結婚して夫か妻の名字に変える時 日本で1番多い佐藤になる確率が高く これを繰り返えすと長い時間を経て 日本が佐藤姓一色になるのです 2022年〜2023年の1年間で佐藤は 約0.8%ずつ増加してる事が判明して 吉田氏は「どんどん佐藤
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江戸時代の飢饉の恐ろしさと、ルーツや先祖

 ルーツ調べをしていると、ほとんどの場合はみなさんの「田舎や実家、本家」と思っていらっしゃるあたりに、何らかの先祖やルーツの痕跡があり、意外に簡単に遡ることができます。 今、都会に住んでいらっしゃる方でも、40代や50代であれば「父の実家」とか「祖父の実家」をある程度把握しておられることが大半なので、まあ、そのあたりをまず調べれば、氏族そのもののルーツを見つけることが容易いと言えるでしょう。 逆に、「おじいちゃんの代から都市部に住んでいます」という方は、いわゆる田舎や本家から脱出している時期が早い(おそらくは江戸時代の間)ため、そこから先をおいかけるのは、多少難しくなる傾向があります。 そのように、すごくベタな言い方ですが「実家や本家」というものと、その地域や氏族のルーツは密接に関わっているもので、「地縁血縁」のような言葉が生まれるのもそのためですね。 ところが、先日ルーツ調べに関わったおうちでは、不思議なことに「先祖の住んでいた土地と、今残っている苗字との繋がりがぷっつりと途切れている」ということが起きていました。 たしかにその苗字とおなじ地名は、少し離れたところにあるのだけれど、その村と今の苗字とは地縁や血縁が繋がっておらず、関連性がよくわからなかったのです。 もっと不思議なことがあって、ある地域に、仮にAという苗字があったとしましょう。その地域は室町時代や戦国時代からちゃんと記録に登場するくらい古い村だということがわかっています。 そこから50キロくらい離れたところにAという同じ言葉の「村名」「字名」「集落名」があるのですが、その村が出来たのは江戸時代前期の新田開発によっ
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名字や氏族はこれから減少してゆく?!

 ものすごく当たり前のことですが、「少子化」が叫ばれて子どもの出生数が減ってゆくと、「名字」「苗字」あるいは「氏族」というものの数は、物理的に減ってゆきます。 考え方としては、子どもがたくさんできると、「その苗字や名字・氏族を継承してゆく人たちが増える」ということなので、名字の数は維持されます。(ここで間違ってはいけないことがひとつあります。明治に苗字を名乗るように法律ができてから、新たに「新しい苗字」ができることはほとんどありません。なので、数はあまり増えません。 たまに新しい苗字が増えるのは「外国人が帰化した場合」などです)  さて、 国土交通省が公開している上の図では、2010年ごろからすでに人口が減少していっており、今は2023年ですから、まさに”名字や氏族が減り始めた”スタート地点にあたります。 なので、名字調べやルーツ調べは、今後「どんどんと辿りにくくなる」「だんだんと消えてゆく」方向にあります。 普通の日本の家庭だと、男子が名字を継承することが多いので、男の子が1人生まれればその名字は残ります。 ところが女の子の場合は、結婚して名字が変わってしまうことが大半と思うので、「名字が今後増えない」ということを前提にすれば、基本的には名字は減少してゆきます。 こどもがどんどん増えて、なおかつ男の子が2人以上ずつ増えるということがない限りは、名字は減少してゆくのが当然ということになるでしょう。 この話は、皇室の皇位継承者がどんどん減ってゆくことにも似ています。天皇になれる継承権は、「男子」にしか与えられていないので、おなじことが起きるんですね。 ほかにも氏族やルーツがたどり
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家紋は氏族やルーツの判定にどう関わるか

 家紋というのは、早くは平安時代ごろから使われた日本独自の紋章・デザインです。 当初から家の識別に用いられたこともあって、氏族や姓、苗字、名字などと密接に関係してきました。 そのため、ネットや市販の「家紋事典」などを見ると「この家紋を使っている家は、この氏族」みたいな書き方がされている場合もあると思います。 たしかに、家紋事典は、それぞれのおうちの実例などを集積したものなので、そうしたデータが「間違い」というわけではな「たしかに、その家紋をその氏族が使っている例があるよ」ということなのですが、みなさんの個人個人のおうちがそれに当てはまるかどうかは実は定かではないので、注意が必要なのです。====== もちろん、ある氏族の本家本流、メインに近い家柄の場合は、歴史的に受け継がれたような、そうした「家紋事典に載っているような家紋」を使うことが多いです。 ところが、みなさんのご実家は、そうした本流から分かれた分家の分家くらいのことが大半なので、たぶん「別の家紋を使うようになっている」ことが生じます。 苗字や名字といったものは、あまり時代が変わっても変化しないのですが、家紋のほうは比較的自由に使うことができたので、分家の中でも違いを識別するために、「異なる紋を用いた」ような事例がたくさん見受けられるのです。 私が実際にルーツ調べを多数行っているなかで、「氏族本来の家紋と、実際の分家が用いている家紋が異なっている例」はたくさんありすぎて、逆に”家紋をたよりに、氏族を識別する方法は、当てにならないのでやめておこう”と思うようになったほどです。 もちろん、これには他の理由があって、そもそも一つ
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苗字のルーツがわかりにくい地方ってあるの?

 これまで、数千件の苗字調べ、ルーツ調べをしてきたのですが、その中で気付いてきたのは「苗字やルーツが調べにくい地方」「氏族の動向がわかりにくい地方」がある!ということです。 もちろん、全国どこであっても、みなさんのご先祖様に対する思いは変わらないので、ルーツを知りたい!という気持ちはどこでも同じなのですが、実際には「ここはちょっと難しいぞ!」というエリアがあるのも事実です。 そこで、今回は、「ルーツがわかりにくい地方」をいくつか紹介してみたいと思います。もし、万一、その地方出身の方がおられたら残念に思うかもしれませんが、それでもあえて調べてみる価値はあるかもしれません。=========◆ 北陸地方 ◆ なんと言っても、ルーツを追いかける上で苦戦するのは「福井県・石川県・富山県・新潟県」です。 これらの地域は「旧・越(こし)地方」「越(こし)の国(くに)」と呼ばれたエリアで、「越前・越中・越後」に相当するのですが、とある理由で江戸時代以前のルーツが、非常にわかりにくいです。 その理由というのは「加賀一向一揆」です! そもそも、地名と苗字はとても強く結びついているのですが、ある氏族が「ここを領地とするぞ!」と主張するために「地名を苗字として名乗る」のが一般的です。 なので、基本的には荒っぽい言い方ですが、「その苗字と同じ武将がそこらへんにいる」というのが普通の地域なのですね。 だから戦国時代などの記録を見て、「その地域に、おなじ苗字の武将が活動していて、なおかつその武将の先祖は鎌倉時代や室町時代の守護地頭などの分れ」なんてことが判明すれば、まあざっくりですが、その人は、その武将ら
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ご先祖さまは屯田兵?北海道の苗字の調べ方。

 苗字調べやルーツについての依頼を受けることが多い私ですが、北海道の方は「もともと北海道が新しく開拓された土地」であることもあって、北海道に入植(あるいは来道)以前のご先祖様の居場所を探ることが必要になってきます。 多くの場合は、北海道の方はやはり地理的に近いこともあって「東北地方」からの移住が多いです。経験的には、苗字を調べた方のざっくり8割くらいは東北由来ということになります。 北海道と東北近辺の苗字のつながりはとても強く、東北地方の分布が多い苗字は、多くの場合北海道でも分布が多い傾向にあります。 さて、北海道にお住まいの方で「先祖が屯田兵だと聞いている」方の場合には、自分でもある程度調べることができるサイトがあるのでご紹介しておきましょう。『北海道屯田倶楽部 屯田資料室』で検索してみてください。 ↑このサイトはとても情報量が多く、また屯田兵を研究している方々が執筆なさっているので、信頼性も抜群です。 『屯田兵名簿データベース』もあり、名前で検索することができますので、とても便利です。 私の親類縁者にも北海道在住の方がいるのですが、その方々は残念ながら屯田兵ではないので記載がありませんが、苗字調べの依頼者の方で「先祖を見つけた!」という方がたくさんおられるため、オススメです。
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日記「地雷を踏んだ激痛」

【地雷爆発】 一昨日五十肩の治療の為病院に行き以前 ヘルニアが緩和する運動を教えてくれた 小林さんと言う女性が担当になったけど 名札見たら名前が古瀬さんに変わってた (。´・ω・)オヤ? 俺は結婚したんだ思い「以前の小林から 苗字変わったという事は結婚して幸せに 幸せになったのですね!おめでとう!」 と古瀬さんの幸せを祝ってあげた しかし古瀬さんは全然喜んだ顔をせずに 「いいえ離婚したんです…」と言うので 俺は地雷を踏んでしまった事に気が付き 「ごめんなさい~」と必死に謝る でも時既に遅しで治療開始と同時に俺の 肩を限界以上に動かしてきたから思わず 「イテテテテ!」と叫びあまりの痛さで 涙が出てきてしまった この痛い治療は止まらず完全にさっきの 離婚の話で「マジギレしたんだ」と感じ その証拠に腕を背中側に曲げられ強烈に 痛い拷問を受けて叫ぶと先生は笑ってた 俺はこの拷問中に「離婚の事知らなくて ごめんなさい~」と謝るとやっと緩めて 拷問から解放され意識がボ~としてると 「腕動かしてみて」と言われる そして腕を動かしてみると凄く軽く動き 痛みもなく俺は先生に「治ったの?!」と 聞いてみたら「今だけなのでまた明日は 運動してください」と言われた ( ゚Д゚)ウヒョー 〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓 【一瞬の緩和】 俺はてっきり先生キレてるかと思ってて その事聞いてみたら「あなたを痛めつけ スッキリしたからもう怒ってないです」 と言われ怒りの治療だった事が解った! ヒィィッ!!∑(;Д;ノ)ノ でも先生から「それは冗談でこの治療は 痛みを即無くす治療です」と言われ俺は 凄く痛
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「家紋は必要なの?(^^;」

「カモ~ン?」って。ちょっと言いたかっただけじゃ。でも「家紋」って、日本人なら誰もが「所有している?」紋章だよね~?!「え?家紋持ってない?!」・・・「う~ん。そうねぇ~。それは・・・アナタは外国人なのかなぁ~?それとも(キリスト教)等の外国宗教なのかしらん??」・・・まあ、別に「家紋」はあっても無くても困らんけどね。ただね~「葬式」とか「墓」には、「必要?」かも知れんね。最近は「外国人」も多くなってきたので、「家紋ナシ?」でもOKかもね。^^最近の「お墓」には「家紋」よりも「言葉」の方が「流行」みたいかな?「ありがとう」、「天国で一緒」とか「しあわせだった」とか~「愛してる」とかね~イイじゃん。まあ、昔ながらの「三段墓」とかは「頭・胴体・足」等を表しているというし。それに昔は「家を継ぐ」というのが「一般的」じゃったよね。そう男がね~「家」を継ぐのじゃ。もし「男」がいなければ「養子」でもとって「家や家紋」を継ぐのが一般的じゃったかもね。でも、最近ではね~「少子化」じゃし、「核家族化」で、そもそも「人数」が足りないもん。昔は「人」がいっぱいおったのじゃから、「家制度?」も成立していたけどね。それで「本家」という「中心」が存在して「分家」が「枝分かれ?」していったのじゃろ~て。そうそう、それで「本家」から「分家」に小分け?されたのを「家紋」にわかるように「〇=マル」を付けたのじゃ。だから「家紋」に「マル」がついていれば「分家」?ということじゃね。確かそうじゃけど、まちがっていたら、ゴミンね。ちなみにボクの家の家紋は「〇=マル」に「木瓜=キウリ」じゃ。「モッコウ」とも呼ばれるけどね。
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現代も残る嵯峨源氏の末裔! 一文字の名前のあなたも?

 近日ルーツ探しをお手伝いした中で、とても興味深い苗字に出会いました。 苗字そのものは、個人情報に関わることでもあるので伏せておきますが、九州の肥前松浦地方にある「松浦党」とおぼしき氏族の苗字でした。 松浦党というのは、九州地方の水軍・海賊として有名ですが、もとをたどれば、「渡辺綱(わたなべのつな)」という平安時代の武将の家系に行き着きます。 この渡辺氏が、摂津国渡辺(現在の淀川の河口付近)あるいは住之江を拠点として瀬戸内海の海域を勢力下におさめ、瀬戸内水軍のリーダーとなっていったとされています。 瀬戸内海の水軍で有名なものは「村上水軍・村上海賊」と呼ばれた村上氏もあります。これも広島から愛媛にかけての沿岸地域を拠点とした水軍・海賊で河内源氏信濃村上氏がルーツとされています。 この村上氏も、九州の松浦党も、水軍として独立したり、海賊として中央勢力の支配権をふりほどいたりもしていたのですが、大きな枠組みでは、いちおう「摂津渡辺氏の支配下にあった」という形になっているのです。つまり瀬戸内海の水軍は大阪湾から九州まで、ネットワークでつながっていたのですね。 さて、渡辺綱は、源氏ですから本来は「源綱」で、父親が「源宛(みなもとのあつる)」といいます。そのまた父は「源仕(みなもとのつこう)といいます。 すでにお気づきと思いますが、この家系、みな「一文字の名前」がつけられており、どんどん遡ると嵯峨天皇の第12皇子である「源融(みなもとのとおる)」へとたどり着きます。 お父さんは嵯峨天皇なので、命名ルールからはすこし外れますが、源融の子孫は、代々「一文字名」を守っているわけです。 さて、この
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源平藤橘 ~日本人のルーツはこの四氏って本当?!~

 みなさんこんにちは。苗字研究です。 先日も苗字調べをしている依頼者の方から、「日本人って、先祖はみな源氏か平氏にいきつくって本当ですか?」という質問がありました。これに関して一般的には「源平藤橘」の4つの氏にいきつく、という話もよく聞きます。 実際にルーツ探しをして、これまで1000件近くのおうちのご先祖さまを探してきたわけですが、そこで出た答えは『かならずしも、源氏・平氏・藤原氏・橘氏に行き着くわけではない』ということがまず、ひとつあります。 しかしながら、それは単一の苗字に注目するからそうなるわけで、お父さん、お母さんで2氏、両親それぞれのおじいちゃん、おばあちゃんまでで4氏もしくは3氏、とカウントしてゆくと、私達の先祖は「無限に近いくらいの氏族が関わりあっている」ことがわかります。 その中には、おおむね「源氏か平氏、藤原氏」がどこかで繋がっているくらいのことは言えると思います。(橘氏は、もともと数がごく少ないので、ちょっと除外しておきます) 源氏というのは、天皇の子供、もしくは孫が臣籍降下して、家臣となったために姓を得たものです。平氏は天皇の孫以降の人たちとされています。 藤原氏は、教科書でもおなじみの「中臣鎌足」が大化の改新の功績で「藤原」姓を得たものです。鎌足のこどもの「藤原不比等」という貴族がいますが、彼がのちに結婚した女性が「橘三千代」という女官です。 橘三千代は、もともと県犬養三千代と言いましたが、天皇から直接「橘」の姓を賜りました。ところが、三千代さんには、最初の結婚で生まれた子供たちと、再婚である藤原不比等との間に生まれた子供たちがいることになります。この
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苗字・名字の歴史から見た「夫婦別姓」

 夫婦別姓を望む人と、これまでどおりの夫婦同姓を望む人との意見が大きく分かれている昨今ですが、歴史の上やルーツ調べの上ではどんなことが言えるのか、紹介してみたいと思います。 いわゆる「苗字・名字」のようなものができたのは、古くは平安時代や鎌倉時代と考えられています。そこから発展して戦国時代には、もっとも苗字が広がり、一般に多くの人が名乗っていたと思われます。 ところが、江戸時代になると、徳川家康は「武士」とそれ以外を分けてコントロールするために「苗字帯刀」を禁じます。つまり、武士という特権階級以外からは、苗字の使用を奪ってしまい、なおかつ武力も奪ってしまって反乱を防いだということになるでしょう。 明治になると、軍人を確保し、明確な人材の名簿を整理するため「誰もが姓名を名乗り、個人を確定する」ことを軍が要求します。そこで明治政府は、「苗字必称令」を出して、誰もが苗字を持つように改革したとされています。 要するに「徴兵」のために個人を特定する必要があったのですね。当時のマイナンバーのような考え方です。 この時、最初は「夫婦別姓」からスタートしました。◆ 明治3年 平民に苗字の使用が許可される。◆ 明治8年 苗字使用が義務化◆ 明治9年 妻の氏は「所生ノ氏」(=実家の氏)を用いることとされる(夫婦別氏制)。◆ 明治31年 夫婦は,家を同じくすることにより,同じ氏を称することとされる(夫婦同氏制)。◆ 昭和22年民法改正 夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称することとされる(夫婦同氏制)。という流れです。 苗字は自分の氏族を表すラベルなので、本来は妻であっても氏族の流
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イメージひとつでまったく違う

指吸さんという、名字をお持ちの方がいらっしゃるらしい。元々は300年ほど前の魚問屋さんに由来する、その名字のいわれは「食や飲み水に困ったときでさえ、指を吸ってでも耐え忍び、不義はなさない」ということにあるそうだ。これをある有名なタレントさんが、「不義をなしてはならない」と言い換えていた。前者と後者の違いが分かるだろうか?前者は「不義はなさない」という誓いであり、覚悟であり、引き受ける生き方である。後者の「~してはいけない」というのは倫理であり、道徳であり、半ば押し付けがましい他者への行動規定である。ではまた。
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