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もっと、自分のことを知ってほしかったのかな。

雨音が、少しだけ強くなる。傘を叩く音。紫陽花の葉を滑る雫。そして、陽菜の言葉。「まだ悠真のこと好きなの?」凪はすぐに答えられなかった。昔なら、迷わなかったと思う。「うん」たぶん、そう答えていた。でも今は違う。言葉が出てこない。雨の向こうで、信号が青に変わる。二人は歩き続ける。陽菜は急かさない。返事を待っている。その優しさが、今は少し苦しかった。「……わかんない」ようやく出た言葉。自分でも驚く。わかんない。そんな答え方をするなんて。陽菜が少しだけ目を丸くする。「そっか」でも、それ以上は何も聞かなかった。凪はほっとする。同時に、少しだけ寂しくなる。どうしてだろう。もっと聞いてほしかったのかな。もっと、自分のことを知ってほしかったのかな。その考えに、凪はまた戸惑う。雨はまだ降っている。歩道の水たまりが、街灯の光を映していた。「私さ」陽菜がぽつりと言う。「凪って、ずっと頑張ってるイメージあった」凪は顔を上げる。「え?」「なんていうか」陽菜は少し笑う。「人に嫌われないようにしてる感じ」心臓が止まりそうになる。図星だった。誰にも言ったことがない。でも、陽菜は気づいていた。「優しいんだと思う」陽菜は続ける。「でも、ちょっと無理してる時もあるよね」雨音が静かに響く。凪は何も言えない。言い返せない。本当だから。嫌われたくなかった。期待を裏切りたくなかった。誰かが困っていたら、助けなきゃと思っていた。だから、気づけばいつも。自分より、誰かを優先していた。「……かも」小さな声。陽菜は笑わなかった。ただ、静かに頷いた。「今の凪の方が好きだけどね」また。その言葉。"今の方が好き"胸の奥が熱くなる。どうし
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私は陽菜の隣にいたいのかな?

チャイムが鳴る。午後の授業が終わった。教室の空気が、一気にほどける。椅子を引く音。友達を呼ぶ声。部活動の話。いつもの放課後。でも、凪の心だけは少し落ち着かなかった。"安心と恋は何が違うんだろう"授業中から考えていた問いが、まだ胸の中に残っている。帰り支度をしながら、ぼんやり考える。その時だった。前の席で、誰かが陽菜に話しかける。「陽菜、これどう思う?」クラスの女子だった。どうやら悩み相談らしい。陽菜は手を止める。そして少し考えてから言った。「うーん」すぐには答えない。まず相手の話を聞いている。途中で遮らない。否定もしない。ただ聞いている。凪はその様子を見ていた。女子生徒は話し続ける。しばらくして、陽菜が笑う。「それ、私だったらこうするかも」アドバイスというより、自分の考えを伝えている感じだった。押しつけじゃない。答えを決めるのも相手。その空気が自然だった。女子生徒は少し笑う。「そっか」それだけだった。でも、さっきまで曇っていた表情が少し柔らかくなっていた。凪は思う。陽菜は不思議だ。人を変えようとしない。正そうとしない。それなのに、話した人が楽になっている。凪は昔のことを思い出す。誰かが悩んでいると、なんとかしてあげたくなる。励ましたくなる。助けたくなる。でも、うまくいかないこともあった。良かれと思って言った言葉が、相手を苦しめてしまったこともあった。その度に、自分を責めた。"もっと上手く言えたら""私の伝え方が悪かったのかな"そんなことばかり考えていた。でも陽菜は違う。答えを渡すんじゃなくて,相手が自分で見つけるのを、隣で待っているみたいだった。その姿を見て、凪はふと思う。もし
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いつもと同じ。 でも、どこか落ち着かない。

朝、目が覚める。凪はしばらく天井を見ていた。昨夜、なかなか眠れなかった。何度も考えてしまったから。陽菜のことを。スマホを見る。六時二十四分。いつもと同じ時間。なのに、胸の中だけが少し違う。学校へ行く準備をする。朝ごはんを食べる。制服を着る。家を出る。いつもと同じ。でも、どこか落ち着かない。駅までの道。信号待ち。ホーム。電車。気づけば、同じことばかり考えている。これから、陽菜に会える。その考えが浮かぶたび、胸が少し温かくなる。学校に着く。昇降口。廊下。教室の前まで来る。まだ半分くらいしか人がいない。凪は教室の扉を開けた。そして、無意識に探してしまう。陽菜を。いなかった。陽菜のいない席。その瞬間、少しだけ、がっかりした。凪は立ち止まる。あれ?今、私は何を思った?陽菜はまだ来ていない。それだけのこと。なのに、どうして残念なんだろう。自分の席に座る。窓の外を見る。昨日の雨が嘘みたいに晴れていた。青空。夏に近づく匂い。でも、凪の視線は何度も教室の入口へ向かう。誰かが入ってくるたび、反応してしまう。違う。また違う。そして、ガラッ。教室の扉が開く。陽菜だった。肩に鞄をかけている。少し眠そうな顔。いつもの陽菜。その姿を見た瞬間。凪は気づいてしまう。安心した。心の底から。ほっとした。それは、昨日の夜からずっと探していた感覚だった。陽菜がこちらに気づく。目が合う。そして、小さく笑った。「おはよう」ただそれだけ。たったそれだけなのに。凪の胸は、昨日より少しだけ大きく揺れた。そして初めて、凪は考える。もし。もし陽菜が今日休みだったら。私は、どんなに寂しかったんだろうか。その問いに、まだ答えは出ない。で
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陽菜は、人を変えようとしない。

放課後の教室には、夕暮れの光がゆっくり流れていた。凪は席に座ったまま、陽菜たちの方を見ている。陽菜はまだ、クラスメイトの話を聞いていた。時々笑う。時々うなずく。でも、不思議なくらい自分の話をしない。相手の言葉を、大事そうに受け取っている。凪はその姿を見ながら思う。私だったら、どうするだろう。きっと、もっと何か言ってしまう。大丈夫だよ。気にしなくていいよ。こうした方がいいよ。そんな言葉を、次々に並べてしまうかもしれない。でも陽菜は違う。聞いている。ただ、聞いている。それなのに、相手は少しずつ元気になっていく。その様子が、凪には不思議だった。しばらくして、相談していた女子生徒が立ち上がる。「ありがとう」少し照れたように笑う。陽菜も笑った。「うん」それだけ。それだけなのに、女子生徒の表情は来た時より柔らかい。凪は思う。陽菜は、人を変えようとしない。だからなのかな。みんな安心して、話せるのは。その時だった。陽菜がこちらを見る。目が合う。凪は慌てて視線を逸らそうとする。でも、間に合わなかった。陽菜が笑う。「凪」呼ばれる。胸が少しだけ跳ねる。「帰る?」ただそれだけの言葉。なのに、なぜか嬉しい。凪は小さく頷く。「うん」陽菜は鞄を持つ。夕陽が髪を照らす。その光景を見ながら、凪はまた考えていた。私は、陽菜みたいになりたいのかな。それとも、陽菜の隣にいたいのかな。まだ分からない。でも、ひとつだけ分かることがある。陽菜と一緒に帰ると聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。その気持ちは、もうごまかせなくなり始めていた。二人は教室を出る。廊下には、長く伸びる夕陽の影。凪は、その影を見ながら思う。今日も
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私は、陽菜みたいになりたいのかな。 それとも、陽菜の隣にいたいのかな。

放課後の教室は、昼間とは少し違う顔をしていた。窓から差し込む光が、少しだけオレンジ色になっている。凪は席に座ったまま、陽菜の方を見ていた。陽菜は、まだクラスメイトの話を聞いている。時々うなずく。時々笑う。でも、自分の意見を押しつけたりはしない。ただ、相手の話を受け止めている。凪は不思議に思う。どうして陽菜の周りには、人が集まるんだろう。どうしてみんな、あんなに安心した顔になるんだろう。私なら、きっと、何か言わなきゃと思う。元気づけなきゃ。助けなきゃ。正しいことを伝えなきゃ。そんなふうに考えてしまう。でも陽菜は違う。まるで、雨の日の紫陽花みたいだった。凪はふと、通学路で見た紫陽花を思い出す。青。紫。少しだけ桃色。どれが正しい色なのか、説明できない。でも、綺麗だった。見ているだけで、心が落ち着いた。陽菜も少し似ている。無理に答えを出さない。無理に誰かを変えようとしない。ただ、そこにいる。それだけなのに、なぜか安心する。その時、相談していた女子生徒が笑った。「ありがとう」陽菜も笑う。「うん」それだけだった。その短いやり取りを見ているだけで、胸が少し温かくなる。私は、陽菜みたいになりたいのかな。それとも、陽菜の隣にいたいのかな。どちらなのか、まだ分からない。でも、一つだけ分かることがあった。陽菜を見ていると、頑張らなきゃという気持ちが、少しだけ静かになる。肩の力が抜ける。呼吸が深くなる。まるで、雨上がりの紫陽花を見ている時みたいに。その感覚が、凪には心地よかった。そしてまた、新しい問いが生まれる。「私は、陽菜といる時の自分が好きなのかな」窓の外では、夕暮れの光が校庭を照らしていた。その
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安心と恋は、何が違うんだろう。

午後の授業が始まった。教室には、チョークの音だけが響いている。先生が何かを説明している。でも、凪の頭にはほとんど入ってこなかった。窓から差し込む午後の日差し。机の上に落ちる光。教室の静けさ。凪はふと、数列前の席を見る。陽菜がいる。普通にノートを取っている。さっきまで一緒にいたのに。ほんの数分前まで、隣で話していたのに。それなのに、なぜか少し遠く感じる。その感覚に、凪は戸惑った。離れたくない。その言葉が、まだ胸の奥に残っている。どうしてなんだろう。悠真といる時には、感じたことがなかった。悠真を見ていると、胸が高鳴ることはあった。でも、陽菜を見ている時は違う。胸が落ち着く。安心する。まるで、ずっと力を入れていた肩が、少しだけ軽くなるみたいに。その時、先生の声が聞こえた。「休むことも大事だぞ」授業とは関係ない雑談だった。教室に小さな笑いが起こる。でも、その言葉だけが凪の耳に残った。休むことも大事。凪はふと思う。私は、いつからこんなに頑張っていたんだろう。嫌われないように。迷惑をかけないように。期待に応えられるように。ちゃんとして見えるように。気づけば、ずっと緊張していた。でも、陽菜といる時だけは違う。無理に笑わなくてもいい。頑張らなくてもいい。ちゃんとしていなくても、そこにいていい気がする。凪は窓の外を見る。白い雲が、ゆっくり流れている。ふと、思う。もしかしたら、私が陽菜に惹かれているのは、優しいからでも、可愛いからでも、話しやすいからでもなくて、陽菜といる時の私は、安心できるからなのかもしれない。その考えが浮かんだ瞬間、胸が少し熱くなる。でも同時に、新しい問いも生まれる。安心と恋は
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なのに、凪だけが妙に落ち着かない。

風が、ふたりのあいだを通り抜ける。「今のほうが好きかも」陽菜の言葉は、もうとっくに終わったはずなのに、凪の胸の中ではまだ続いていた。今のほうが好き。それは、どういう意味なんだろう。陽菜は特別な顔をしていない。卵焼きを食べて、いつもみたいに笑っている。なのに、凪だけが妙に落ち着かない。"私は、陽菜に好きだと思われたいのかな"さっき浮かんだ問いが、まだ胸の奥に残っている。その時だった。「おーい」遠くから声がした。振り向く。悠真だった。中庭を横切りながら、誰かに手を振っている。クラスの男子たちも笑っている。いつもの光景。少し前までなら、凪は自然に目で追っていた。でも今日は違った。悠真を見たあと、凪は無意識に陽菜を見る。陽菜は気づいていない。普通にお茶を飲んでいる。その横顔を見た瞬間、胸の奥がまた揺れる。凪は思う。悠真を見た時と、陽菜を見た時。何が違うんだろう。悠真を見ていると、"素敵だな"と思う。でも、陽菜を見ていると。"離れたくないな"と思う。その違いに気づいた瞬間、心臓が大きく鳴った。離れたくない。その言葉は、凪自身が思っていたより重かった。慌てて否定する。違う。ただ、一緒にいて楽だから。話しやすいから。安心するから。それだけ。でも、心のどこかでわかっていた。それだけじゃないことを。陽菜がふとこちらを見る。「どうしたの?」凪は慌てて首を振る。「なんでもない」陽菜は少し笑う。「最近、なんか変だよね」その言葉に、凪の心臓が止まりそうになる。まさか。気づかれた。そう思った瞬間、陽菜は続けた。「なんか考えごとしてる」凪は小さく息を吐く。違った。でも、少し残念な気もした。その感情に気づいて
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私は、陽菜に好きだと思われたいのかな

陽菜の言葉が、凪の胸の奥に残っていた。「最近、前より笑うよね」その一言。たぶん、何気なく言っただけ。でも、凪にとっては違った。今まで、いろんな人に言われてきた。優しいね。真面目だね。しっかりしてるね。でも、"笑うようになった"と言われたことは、あまりなかった。それはつまり、陽菜が見ていたのは、"頑張っている私"じゃなくて、もっと別の私だったのかもしれない。風が吹く。木々が揺れる。陽菜は、お弁当箱を閉じながら言った。「ねえ」凪が顔を上げる。「凪ってさ」また心臓が少し跳ねる。陽菜は少し考える。「昔からそうだったの?」「え?」「なんか」陽菜が笑う。「人のことばっかり気にするの」凪は言葉に詰まる。図星だった。気づけば、いつもそうだった。誰かが怒っていないか。誰かが傷ついていないか。誰かが困っていないか。そればかり見ていた。そして、自分のことは後回しだった。「……たぶん」小さく答える。陽菜は頷く。否定しない。笑わない。ただ聞いている。昔なら、ここで何か説明していたかもしれない。大丈夫だよ。そんなことないよ。そう言われるのを待っていたかもしれない。陽菜は、凪を変えようとしない。ただ、見ている。その静けさが、なぜか心地いい。しばらく沈黙。でも、もう苦しくない。陽菜が空を見上げる。「私ね」ぽつりと言う。「凪が無理してる時、なんとなくわかる」凪の胸が揺れる。「だから」少しだけ笑う。「今のほうが好きかも」風が止まる。世界の音が、少し遠くなる。凪は返事ができなかった。"今のほうが好き"その言葉が、胸の奥で何度も繰り返される。嬉しい。なぜだろう。陽菜にそう言われることが、こんなに嬉しい理由をまだ説明で
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気づくと、隣にいてほしいと思っている。

陽菜が卵焼きを口に運ぶ。「おいしい」小さく笑う。凪は少し肩の力が抜ける。「ほんと?」「うん」陽菜はもう一口食べる。それだけなのに、凪は少し嬉しくなる。なんでだろう。自分でもわからない。ただ、胸の奥が少し温かい。陽菜は気づいていない。普通にお弁当を食べている。それなのに、凪の視線は何度も陽菜へ向いてしまう。横顔。髪が風で揺れる。時々笑う。本当に、ただそれだけ。なのに。凪は思う。悠真の時は、こんな感じじゃなかった。好きだった。それは確か。でも、もっとわかりやすかった。会えると嬉しい。話せると嬉しい。そんな感じだった。でも今は違う。気づくと見ている。気づくと考えている。気づくと、隣にいてほしいと思っている。陽菜がふと顔を上げる。目が合う。凪は慌てて視線を逸らした。「なに?」陽菜が少し笑う。「えっ」凪の顔が熱くなる。「な、なんでもない」陽菜は不思議そうに首を傾げる。それから少し考えて、ぽつりと言った。「凪ってさ」凪の心臓が跳ねる。「最近、前より笑うよね」風が吹く。木々が揺れる。凪は返事ができなかった。陽菜は続ける。「前はもっと」少し考える。「頑張ってる感じだった」胸が揺れる。図星だった。でも、その言葉が嫌じゃない。むしろ、見つけてもらえた気がした。凪は陽菜を見る。陽菜は普通に笑っている。その笑顔を見ながら、凪はまた思う。私は、陽菜の何に惹かれているんだろう。そして初めて、別の問いが浮かんだ。私は、陽菜にどう見られたいんだろう。その問いに、自分自身が少し驚いていた。
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私は、陽菜といる時の自分が好きなのかもしれない

昼休みのチャイムが鳴った。教室の空気が、一気にほどける。椅子の音。笑い声。購買へ向かう足音。いつもの昼休み。凪は、ぼんやり窓の外を見ていた。"私は、陽菜といる時の自分が好きなのかもしれない"さっき浮かんだ言葉が、まだ胸の奥に残っている。その時だった。「凪」聞き慣れた声。顔を上げる。陽菜だった。「お昼、一緒に食べない?」ただそれだけ。ただそれだけなのに、胸が少しだけ跳ねる。凪は慌てて立ち上がる。「う、うん」陽菜が笑う。その笑顔を見ると、なぜだか少し安心する。二人は中庭へ向かった。春の風。柔らかな日差し。木陰のベンチに並んで座る。しばらく、特別な話はしなかった。授業のこと。先生のこと。クラスメイトのこと。どこにでもある会話。なのに、凪は不思議だった。こんな普通の時間なのに、どうしてこんなに心地いいんだろう。陽菜が、お弁当の卵焼きを見ながら言う。「それ美味しそう」「交換する?」「する」小さな笑い声。その瞬間、凪は思い出す。人生の意味は、遠くにあるものじゃない。そんな言葉を、どこかで聞いたことがある。大きな夢。大きな成功。特別な何か。そういうものじゃなくて、誰かがかけてくれた言葉。誰かがくれた安心。誰かが隣で笑ってくれた時間。そういうものの中に、静かにあるのかもしれない。凪は陽菜を見る。陽菜は気づかない。普通に卵焼きを食べている。でも、凪の胸の奥では、何かが少しずつ形になり始めていた。昨日、陽菜が言った言葉。"凪が楽なほうが、見てて安心する"あの言葉は、ただ優しかっただけじゃない。あの言葉があったから、凪は昨日、少しだけ自分を許せた。"今日はこれで十分"そう思えた。そのことに気づいた瞬
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私は陽菜の何に惹かれているんだろう

朝のホームルームが始まる。先生の声が教室に響く。でも、凪の頭にはほとんど入ってこなかった。"私は陽菜の何に惹かれているんだろう"その問いが、ずっと胸の奥に残っている。窓の外では、春の風が木の葉を揺らしていた。陽菜は数列前の席で、普通にノートを開いている。本当に普通だった。昨日の夜、あんな話をした人とは思えないくらい。それなのに私は・・・。凪は気づく。気づくと、陽菜を探している自分に。視線が勝手に向いてしまう。笑っているかな。今、何を考えているんだろう。そんなことばかり。「……おかしい」小さくつぶやく。悠真の時は違った。悠真を好きだった時、こんなふうに一日中考えていたわけじゃない。会えたら嬉しい。話せたら嬉しい。それはあった。でも今は違う。陽菜のことを考えるたび、胸の奥のどこかが揺れる。そして、少し安心する。それが余計にわからない。恋って、こんな感じだっただろうか。先生が黒板に問題を書く。「じゃあ、この問題」教室が少しざわつく。凪は慌てて教科書を開いた。でも、ページをめくった瞬間、ふと昨日の夜を思い出す。"今日はもう十分なんじゃない?"陽菜の声。胸が少しだけ温かくなる。その時、凪はあることに気づく。陽菜を思い出すと、安心する。でもそれだけじゃない。頑張らなくていい気がする。ちゃんとしていなくても、大丈夫な気がする。それは今まで、誰かに感じたことのない感覚だった。悠真といる時は、もっと素敵な自分でいたかった。でも陽菜といる時は、逆だった。頑張らない自分でも、そこにいていい気がする。凪は、その違いに気づいた瞬間、胸が静かに鳴る。"私は……"言葉にならない。まだ早い気がする。でも、何か
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さっきまで、頭の中で考えていた相手が、目の前にいる。

教室のざわめきが、少し遠く聞こえる。「何その顔」陽菜が笑う。朝の光が、窓から差し込んでいる。凪は、何も言えなかった。言えるわけがなかった。さっきまで、頭の中で考えていた相手が、目の前にいる。しかも、昨日までとは違う。昨日の夜、公園で話した。並んで歩いた。本音を言った。そして今、陽菜を見るだけで、胸の奥が少し落ち着かなくなる。「寝不足?」陽菜が聞く。凪は慌てて首を振る。「ち、違う」陽菜が少し笑う。その笑顔を見た瞬間、また胸が鳴る。凪は視線を逸らす。なんなんだろう。昨日から、ずっと同じことを考えている。悠真のことを考える時とは違う。悠真は、好きだと思えた。優しい。かっこいい。一緒にいると嬉しい。ちゃんと説明できる。でも陽菜は違う。説明しようとすると、わからなくなる。安心する。それは確か。でも、安心だけなら、こんなに何度も思い出さない気がする。"凪が楽なほうが、見てて安心する"また思い出す。凪は小さくため息をつく。その様子を見て、陽菜が首をかしげる。「なんか悩んでる?」ドキッとする。図星だった。でも、まさか言えない。"あなたのことです"なんて。凪は机の上の教科書を見る。その時、教室の後ろから声がした。「おはよう」悠真だった。クラスメイトたちが反応する。いつもの朝。凪も反射的に顔を上げる。悠真が笑う。今までなら、それだけで少し嬉しかった。でも今日、凪は気づいてしまう。その直後、自分が何をしたか。凪の視線は、無意識に陽菜へ向いていた。陽菜は、何も気づいていない。窓際で、普通に笑っている。その横顔を見た瞬間、胸がまた揺れる。凪は慌てて前を向く。おかしい。本当におかしい。"私は陽菜に恋してる
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前より、ちゃんと話してくれた

夜道は、思っていたより静かだった。公園を出ても、二人の歩幅は自然と揃ったまま。街灯が、一定の間隔で道を照らしている。その光の中を、凪と陽菜は、ゆっくり歩いていた。言葉は少ない。でも、沈黙が重くない。凪は、それがまだ少し不思議だった。誰かといる時は、いつも頭のどこかで考えていた。何を話そう。変な空気になってないかな。ちゃんと笑えてるかな。でも今日は、その“考える音”が、少し静かだった。「……凪」陽菜が、前を向いたまま名前を呼ぶ。凪が、少しだけ顔を上げる。「今日さ」陽菜が、小さく笑う。「前より、ちゃんと話してくれた」夜風が吹く。髪が、少し揺れる。凪は、少しだけ視線を落とす。「……そうかな」「うん」陽菜は、迷わず頷く。「前の凪って」少し考えるみたいに空を見る。「なんか、“正解の返事”探してる感じだった」その言葉に、凪の胸が、静かに揺れる。正解。たしかに、ずっと探していた気がする。どう返せば嫌われないか。どう返せば安心されるか。間違えないように。ちゃんとして見えるように。でも、陽菜と話していると、時々、“正解”より先に言葉が出る。「……変なの」凪が、小さく笑う。「陽菜といると、ちゃんとしようとするの忘れる」言ったあとで、少しだけ恥ずかしくなる。でも、陽菜は笑わなかった。「いいじゃん」やわらかい声。「そのほうが凪っぽい」凪の足が、少しだけ止まりそうになる。“凪っぽい”。その言葉が、思っていたより深く落ちてくる。今まで、“ちゃんとしてる”とは言われてきた。“優しい”とも。でも、“凪っぽい”と言われたことは、あまりなかった気がする。凪は、少しだけ前を向く。夜の道。静かな街。隣を歩く陽菜。胸の
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今日を終わらせたくない。

雨は、家の近くまで来る頃には、ほとんど止んでいた。ぽたん。傘の先から、最後の雫が落ちる。「じゃあね」陽菜が笑う。いつも通りの笑顔。でも、凪にはいつも通りじゃなかった。「まだ悠真のこと好きなの?」「わかんない」「今の凪の方が好きだけどね」何度も頭の中で繰り返される。陽菜はもう歩き出している。なのに、凪だけがそこに残されているみたいだった。家に帰る。玄関を開ける。「ただいま」返事はない。静かな家。自分の部屋へ入る。鞄を置く。ベッドに座る。そして、気づく。今日一日、何度も陽菜のことを考えていた。朝も。昼も。放課後も。帰り道も。でも、悠真のことは。ほとんど考えていない。凪は天井を見る。胸の奥が少しざわつく。これは何なんだろう。その時、スマホが震えた。メッセージだった。送り主を見て、心臓が跳ねる。陽菜。『ちゃんと家着いた?』たったそれだけ。たったそれだけなのに。凪は気づいてしまう。嬉しい。すごく嬉しい。返信を打とうとして、手が止まる。なんて返そう。大丈夫。着いたよ。それだけでいいはずなのに。なぜか、もっと話したいと思ってしまう。もっと。もう少しだけ。今日を終わらせたくない。凪はスマホを見つめる。その時だった。不意に、悠真の顔が浮かぶ。もし。今、このメッセージが悠真からだったら。私は同じように嬉しかっただろうか。答えは、すぐには出なかった。でも、その問いを考えた瞬間、胸の奥で何かが静かに動いた。初めてだった。悠真と陽菜を、比べてしまったのは。そして凪は、まだ知らない。その答えが、思っているより近くまで来ていることを。
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今、何を期待した?

昨日の夜のことが、夢だったみたいに思えた。朝の教室。窓から差し込む光が、机の上を白く照らしている。誰かの笑い声。椅子を引く音。教科書を開く音。いつもと同じ朝。いつもと同じ教室。なのに、凪の中だけが少し違った。机に頬杖をつきながら、窓の外を見る。青空。風に揺れる木々。ふと、昨日の夜を思い出す。"今日はもう十分なんじゃない?"陽菜の声。夜道。街灯。並んで歩いた時間。凪は、慌てて顔を上げる。まただ。今日だけで、何回思い出しているんだろう。「……変なの」小さくつぶやく。その時、教室のドアが開いた。凪の心臓が、一瞬だけ跳ねる。でも入ってきたのは、別のクラスメイトだった。凪は、自分でも驚く。今、何を期待した?視線を落とす。胸の奥が、少しだけざわつく。"違う"凪は心の中で言う。ただ、昨日たくさん話したから。ただ、少し安心したから。ただ、それだけ。なのに、否定しようとするほど、陽菜の笑顔が浮かぶ。"凪が楽なほうが、見てて安心する"また。、凪は額を机につける。おかしい。こんなの、今までなかった。悠真のことを考える時は、もっと違った。会えると嬉しい。優しいと嬉しい。話せると嬉しい。でも、今みたいに、気づくと頭の中にいる感じじゃなかった。もっと静かだった。もっと、わかりやすかった。じゃあ、これは何なんだろう。凪は、机の木目を見つめる。"私は陽菜のことが気になっているの?"その問いが浮かんだ瞬間、胸が大きく鳴る。違う。そう思う。でも、何が違うのかは、うまく説明できない。"私は普通だし"その言葉を考えた瞬間、凪は自分で違和感を覚えた。普通って、何だろう。昨日までなら、考えなかった問い。でも、陽菜と出会っ
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