もっと、自分のことを知ってほしかったのかな。

もっと、自分のことを知ってほしかったのかな。

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コラム
雨音が、少しだけ強くなる。
傘を叩く音。
紫陽花の葉を滑る雫。

そして、陽菜の言葉。
「まだ悠真のこと好きなの?」

凪はすぐに答えられなかった。
昔なら、迷わなかったと思う。

「うん」
たぶん、そう答えていた。

でも今は違う。
言葉が出てこない。

雨の向こうで、
信号が青に変わる。

二人は歩き続ける。
陽菜は急かさない。
返事を待っている。

その優しさが、
今は少し苦しかった。

「……わかんない」
ようやく出た言葉。

自分でも驚く。
わかんない。
そんな答え方をするなんて。

陽菜が少しだけ目を丸くする。
「そっか」

でも、それ以上は何も聞かなかった。

凪はほっとする。
同時に、少しだけ寂しくなる。

どうしてだろう。
もっと聞いてほしかったのかな。
もっと、自分のことを知ってほしかったのかな。

その考えに、凪はまた戸惑う。

雨はまだ降っている。
歩道の水たまりが、街灯の光を映していた。

「私さ」
陽菜がぽつりと言う。

「凪って、ずっと頑張ってるイメージあった」

凪は顔を上げる。

「え?」

「なんていうか」

陽菜は少し笑う。

「人に嫌われないようにしてる感じ」

心臓が止まりそうになる。
図星だった。
誰にも言ったことがない。

でも、陽菜は気づいていた。

「優しいんだと思う」

陽菜は続ける。

「でも、ちょっと無理してる時もあるよね」

雨音が静かに響く。
凪は何も言えない。
言い返せない。
本当だから。

嫌われたくなかった。
期待を裏切りたくなかった。
誰かが困っていたら、
助けなきゃと思っていた。

だから、気づけばいつも。
自分より、誰かを優先していた。

「……かも」

小さな声。

陽菜は笑わなかった。

ただ、静かに頷いた。

「今の凪の方が好きだけどね」

また。
その言葉。

"今の方が好き"

胸の奥が熱くなる。
どうして、こんなに嬉しいんだろう。

どうして、陽菜にそう言われると、
こんなに安心するんだろう。

雨は少し弱くなり始めていた。

でも凪の胸の中では、
別の雨が降り始めている。

今まで見ないようにしていた感情。
答えを出すのが怖かった気持ち。

その輪郭が、少しずつ見え始めていた。
そして凪は、初めて思う。

もし、悠真じゃなかったとしたら。

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