絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

13 件中 1 - 13 件表示
カバー画像

とうもろこし

去年100均で買ったとうもろこしの種を植えたが 出来が良かった。実が甘くて 生でも食べられた。今年も試してみようと思う。ただそのトウモロコシは背が低いのでキジに狙われた。キジはカラスもそうだが 一本一本綺麗に食べていくのではない。実って美味しくなった部分だけ 次々につついて食べていく。何もしないと 人間にはキジの食べ残しの部分だけしか残らない。土を耕し、石灰と肥料を撒き 種を植えて 雑草をむしるなど労力を尽くした人間が一番良いところを収穫するのは正当だと思う。 キジは何にも協力してくれなかったじゃないか。でもキジも好きだ。特に雄は立派で綺麗だ。春の親子連れも可愛い。春 キジが子育てに入る時 畑で蛇が参っているのを見かけるがあれは キジのお父さんの仕事らしい。子供を守るため ナワバリの中にいる 雛を狙う蛇をやっつけるのだという。コジュケイを見かけることもある。臆病な鳥のくせに大きな声で鳴く。ここは 野鳥や野生動物が多くいる。彼らと良い関係を保ちたい。やはりトウモロコシは一部囲って一部開放するしかないのかな?隣の葡萄園ではハクビシン避けに大きな犬を飼った。数年前スイカを作った時 スイカに見事にまんまるい穴が開けられて中の赤い実が綺麗に食べられていた事があった。もしかしてそれはハクビシンかもしれない。ハクビシンは葡萄を食べる時 一つ一つ ちゃんと皮を剥いて食べるのだそうだ。とても丁寧な動物だ。可愛い。採算優先の農場ではない。家庭菜園なんだ。なんとか 彼らキジやハクビシンや タヌキらとうまく バランスをとってやっていきたい。ここを追われたら 動物も私もどこへ行けというんだ。
0
カバー画像

フクロウ

駅に夜 椋鳥が集まり出した。場所によっては駅前などに椋鳥の大群が電線や街路樹を占拠し夜中大騒ぎしている という。我が駅もそうなるのかと思ったが ある日椋鳥たちはいなくなった。これは噂なんだが あくまで噂ね。 夜フクロウが椋鳥を襲ったという話だ。フクロウはこの辺にはいる。牛久自然の森には巣もあって子育てしていた。フクロウは肉食でネズミや小鳥を食べるが 小鳥もネズミもそう簡単に食べられないように警戒しているに決まっている。それがあんな駅前の広いところで 無用心にも夜、電線にとまって大騒ぎしている小鳥がいたら フクロウにとっては「焼肉 やきにく 食べ放題〜」だろう。ところで 私はフクロウを可愛いと思う。フクロウ喫茶に行ったことがある。そこで小型のひときわ可愛い小型のフクロウがいた。ちょっと欲しいな。と思った。色々考える。「餌の『冷凍マウスやひよこ』はアイスや冷凍食品と一緒ではまずいな。」とか「病気になったらどこの病院へ連れて行けばいいのかな』とか「名前は小さいから『ちーちゃん』にしよう」とか。ちーちゃんを見ているとオーナーさんが「その子はだめなの 目が見えないの」と言いながらやってきた。そして「一生私が面倒みるわ ね ホーリー」と指でよしよしした。ちーちゃん いやホーリーはなんか嬉しそうだ。冷凍マウスは買わずに済みそうだ。「一生面倒みるわ」だって!よかったね。ホーリー。
0
カバー画像

ふるさと

私の同僚は63歳 東京で働いているが 田舎に両親がいるそうだ。年寄りなので 田んぼと畑は人に貸して 慎ましく暮らしていると言う。羨ましい。こんなに羨ましい事ってない。私にだってふるさとはある。しかし もう昔とは全然違う。私のふるさとは東京の港区の神谷町にあった。そこの松平様のお屋敷跡を お父さんの勤めていた会社が買って 社宅を建てた。トイレもお風呂も共同だったけれど 幸せだった。高度経済成長以前の日本で 私たちはまだ生活質素だった。朝の卵は一つを割ってお醤油を多めにして 家族みんなのご飯に少しずつかけて食べたりした。自分の家が貧乏だなんて思わなかった。隣近所だって同じだったから。虎ノ門の方の公園にはまだ防空壕が残っていた。立ち入り禁止のロープが貼ってあった。よく怖々覗き込んでいた。今はもう昔の様子は影も形もない。小学校も無くなった。懐かしいかつての社宅には今は大きなビルディングが建っている。ふるさとの思い出はもう記憶の中にしかない。そのふるさとを現実のものとして 持っている人がいるのだ。なんて羨ましい。しかも他に兄弟はいないのだそうだ。さらに両親ともに高齢とはいえ健在だと言う。「どうして帰らないの?」と聞くと「田舎なんで 帰っても仕事がないんで」でも私だったら帰ると思う。失ってしまって どんなことをしても二度と手に入らないふるさとその価値をお金にすれば お札をこの場所から月まで積み上げてもまだ足りない。いまひとたび そこへ帰れるのなら 全てを振り捨てて帰るだろう。そんな歌があった。「私のいるべき場所  どうして昨日のうちに帰っておかなかったのだろうか?」しかし戻らないもの嘆いて
0
カバー画像

桜咲いたら

日本に一千年を超える樹齢の桜が3本あります。一つめは福島県の三春滝桜。滝桜というようにしだれ桜、ベニシダレザクラという種類だそうです。桜の花が滝のように咲いて、見る者を圧倒するとかちなみに樹齢は1000年を超えるそうです。二つめは山梨県の山高神代桜。これは樹齢2000年 日本最古にして最大の桜です。2000年前というと日本では弥生時代。海外ではローマ帝国初期に当たります。それ以来、どれだけの文明が栄え滅び 何人の人が産まれ夢み、希望と絶望の狭間で去っていったのでしょうか?三つめは岐阜県の根尾谷淡墨桜。花の色が淡いピンクから白へ、散り際に淡墨色へと変化することからこの名前が付けられたそうです。この桜木は樹齢1500年。1500回以上そうして花を咲かせ散らせています。桜の花を見ていると「春だー」と感じます。気がつけばいつしか日も伸びてきた。緑色の草も黄色いたんぽぽも生えてくる。寒くて凍える日も消えていく。心が少し明るくなるようです。それは多分私だけでないと思います。千年前の人もそう感じたのではないかな?そして千年後の人も。もう何千年も前から桜は日本人に春を告げてきたのですね。この後、また何千年も春の初めのほんのひととき花を咲かせ散らせ続けるのでしょ。その永遠を今年も見に行こうと思います。
0
カバー画像

チスイコウモリ

病院で採血する時 肘の内側を出して 血管に注射針を刺すのですが私の血管は 特に右腕のは外側から全然見えません。左はうっすら見えるような気がする程度で 看護婦さんは少し困った顔をして何度も指で確認してから 針を入れます。さすがにベテランの看護婦さんは上手に採血します。苦痛も少ない。けれど新米さんとか不慣れな看護婦さんに失敗されたことは何度かあります。 そういう時、私は「大丈夫ですよー」と笑顔を作るのですが 内心全然大丈夫ではない。だって痛いじゃないですか。だから注射は凄く嫌いなんだ。 しかし南米に住むチスイコウモリは特殊な視力を持っていて 皮膚の上から血管の場所をリアルに感知するそうです。 すごいぞチスイコウモリ。 人類よチスイコウモリにできる事がなぜ出来ぬ。ところでこのチスイコウモリは社会性が非常に豊かで お互いに助け合うことで有名なのだそうです。赤ちゃんのいるお母さんコウモリは 他のコウモリに赤ちゃんを預けて食事に行くとか。竪琴アザラシなどは絶対に他人の子供の面倒は見ません。(それはもちろん生きる環境が厳しいせいで アザラシは悪くないのだけど)他にもチスイコウモリは仲間が飢えていると 自分が吸った血液を仲間に分けてあげます。その仲間が自分の親族でなくてもそうするそうです。すごいぞチスイコウモリ。なんて感心なやつなんだ。しかも自分が飢えた時に 血を分けてくれた相手を覚えていてその相手が飢えると(恩返しに?)今度は自分が積極的に助けてあげるし そして逆に自分が困っている時助けてくれなかった相手には全く助けないか 助けることに消極的であることが観察されたそうです。チスイコウモリにも
0
カバー画像

夜の海

随分長い間 夜の海を見ていない。夜の海は神秘的だ。満月の夜はいい 波が白銀に輝く 高い潮の香り。新月の夜もいい 満点の星がさざめく。夜光虫の光る夜もある。  夜光虫は何か刺激を受けると光るみたいだ。石を投げると 海にあたった所が フワッと緑色に光る。波を掬ってバケツに入れると すごく水が光る。最後に夜の海を見たのはいつだろう?見に行きたいな。波の音に耳を傾けながら ぼんやりしていたりおしゃべりしたりしてみたいな。あまり寒くないといい。南の国でもいいないつになったら海外旅行が以前のように気軽に出来るようになるのかな?もう出来ないのかな?海外でなくてもいい。暖かくて海が綺麗な所なら夜は一人が怖いから友達と一緒がいい朝が来るのも見てみたい。空と海が色がどんどん変わっていく。星が消えていく。やがて 波間から光が溢れる。朝がきたら寝るんだ。シャワー浴びて 窓を開けて波の音を聞きながら ゆっくり寝よう。起きたら 美味しいジュースを飲むのを楽しみに 寝るんだ。そんな超非日常的体験今年はどこかで やってみよう。
0
カバー画像

バナナの木

正確にはバナナは草なのだけど 最近ミニバナナの苗がホームセンターで売られていて 欲しいなーと思う。でもバナナが生育し実をつけるのには15°の温度が必要らしい。冬場電気ストーブでなんとかならないかな?とお花屋さんに相談したら「バナナは日本でも外で育って実をつけますよ。証拠の写真もあります」確かにその写真では 家の前のバナナが房をつけていた。バナナは日本でも戸外で立派に育って実をつけるとその人は譲らない。ここ茨城だし 雪はともあれ霜はすごいよ。犬のフィラリアの予防接種に獣医さんに行ったとき「犬のフィラリアはよく聞くけど 日本で人間ではあまり聞かないのは何故でしょう?」と聞いたら「そんな事ありません。日本でもフィラリアは人間に感染します。報告書もありますよ」と勝ち誇る。もちろんそうだろう。けれどこの日本でインフルエンザやコロナみたいに一年に何万人 何十万人罹患するという事実は聞いたことがない。ただ熱帯 亜熱帯のフィラリア症感染は深刻だ。日本の報告は100例くらいだ。その違いはなんなのか? とは聞けなかった。なんか獣医さん 怒ってる?魚は泳ぐ生き物だ。というと「違います。魚だって空を飛びます。」と主張する人がいて困る。飛び魚は正確には滑空しているんだよ。魚だって空を飛ぶかもしれないけど イワシや鯖がオオワシやトンビのように悠々と上空を待っているのを見たことがない。魚が空を飛ぶのは 魚という種族から見たら一般的ではないように思う。もしかしたら自分が間違っているのかもしれなけど。ピンポイントでは日本でもバナナは育ち実をつけるだろう。でも基本バナナは熱帯性の植物なんだ。武蔵野の雑木林はバナナ
0
カバー画像

春になれば

2月も後半 3月にもなれば やはり春を  そして花の便りをまちわびる。梅や桜の花が咲き 可愛い小鳥が花を行き交う。そんな春。可愛い小鳥が花を行き交う   主にメジロ ヒヨドリ すずめ何をしにくるのだろう?お花見?  まさかそれはないまだ寒いので 彼らの大好物の虫の類は 少ないよく見ると 花を啄んでは 落としている。花を食べているのではない。落としているのが観察される。なぜ?メープルシロップは大変美味しい。カナダのさとう楓の木からは2月から3月にかけて甘い樹液を採取することが出来ることで知られている。なぜ2月から3月限定なのだろうか?樹木が冬の寒さから身を守るため と記載がネットにあったが 自分は春の芽吹きに備えて 澱粉を糖分に変えて 幹から枝先に栄養を行き渡させるのではないかと推測している。そうだとしたら 春一番に咲く花に集まる小鳥の意図もわかる気がする。 小鳥達は枝の先 花の付け根にある栄養分を食べているのではなかろうか?もしかして少し甘いのかな?鳥も冬は餌が少なくて 大変だ。中には冬を越せないものもいるだろう。2月も末になり 庭の梅の木も 花芽が膨らみつつある。春の花を待ち侘びているのは 人間だけではない。
0
カバー画像

金魚

巷では「金魚妻」という話が流行っているらしい。妻が金魚を飼ったら 夫が怒って「出ていけ」と怒鳴る話。いや 金魚飼ってもいいんじゃね?だってキンギョでしょ。普通にキンギョ。どうしていけないの?夫が帰ってきたので どう思うか聞いてみた。「金魚? どうして? だって金魚でしょ?ロトワイヤーとかアラスカンマラミュート レオンベルガーを飼うというならそれなりに熟考しないといけないかもしれないけど」えっ?なになに それ? 犬は飼わないよ。そんなの。ウチ茨城県だし 夏暑いし アラスカンやらレオンやら夏に弱い犬には不向きではないか。夫が犬好きであることは知っていたが まさかそんなことを考えていたとは!多分我が家では 私が金魚を飼っても誰も気にも留めないだろうな。しかし 金魚といってもいろいろ種類があるらしい。何がショックといっても 縁日の金魚すくいの金魚が縁日が終わるとみんな処分されると聞いた時は本当に衝撃だった。そんな闇を知りたくはなかった。金魚でも 商品として高く売れるものは残してそうでないものはハネといって 金魚すくいの金魚にしたりあるいは処分の対象になるという。私が飼うのだったらそのハネで十分なんだけれど。金魚すくいの金魚は飼ったことがある。6〜7年くらい生きていた。もう少し水質管理を徹底して飼えばもっと長生きしたかな?金魚の世話管理はそんなに家庭に負担をかけたりはしない。しかし「金魚妻」ではなくて 妻が犬に興味があり 夫が帰ったらロトワイヤーの子犬を抱いる「大型犬大好き妻」なら やはりちょっと考えた方がいいかもしれない。その際 犬を散歩させる時のスニーカーとして 足に合った良いものを
0
カバー画像

スノーピアサー

「スノーピアサー」という映画とドラマがあるのだけど、その内容は置いておくとして 列車の車窓の景色が美しい。 真っ白な氷の世界が広がる。お話では外は氷点下120度くらいという設定だった。映画では7年間 ドラマでは17年間、列車は走り続けて そこでしか人類は生きられないというお話なので もしかしたら乗客はいい加減 白い世界には飽き飽きてしまっているかもしれない。自分は列車に乗ったら車窓楽しみたい派なので 飽きもせず何年でも毎日外を眺めているだろう。白は他の色を写す。例えば 朝焼けや夕焼けの色。月に輝く雪面。ドラマではオーロラも見えた。 残念ながらこの映画の映像ではあまり風景には こだわっていない。 そこを 見たいのだけれど ストーリーには直接関係はない所なので 仕方ないのかもしれない。氷点下120度にもなれば 大気はどんな色に太陽光を反射するのだろう?すごく美しい世界が見られるに違いない。ダイヤモンドダストなんて普通に見られるのだろうな。幻日のダイヤモンドダスト 七色のダイヤモンドダスト蒼月のダイヤモンドダスト 煌めく霧氷のダイヤモンドダストそしてダイヤモンドダストは太陽の移動に従い色を変えていく。地平線の彼方まで光とダイヤモンドダストの世界だ。どんなだろう。列車の中の人間同士の対立や策謀も興味深い。階級 内乱 密告革命 敵 仲間 裏切り。  人の生と死が交錯する。考えてみればこの地球だって「スノーピアサー」みたいだ。宇宙という生存不可能な極寒の空間を地球号は疾走する。かろうじて大気圏内だけで生きられる生物達が 階級 内乱 密告策謀 裏切り‥とりあえず 自分は車窓を眺めているのが 
0
カバー画像

孤独

どうやら孤独というものは 健康に悪いらしい。人間の体には「コルチゾール」というホルモンがあり、孤独というストレスを受けると このコルチゾールが過剰に分泌される。すると血圧が上がり 脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高まり また免疫機能も低下するという。これは心理学者 Jhon Cacioppo氏の説なのだが孤独であることは 喫煙や肥満よりも健康に悪いのだそうだ。ハーバード大学でも「ハーバード大卒の男性グループとボストン育ちの貧しい男性グループの追跡調査ー人生において何が健康と幸福度の要因となるか」という研究を75年間やって 解答が「良い人間関係」と出たそうだ。確かに幼い娘や息子達といた時 大変だったけれど暖かくて優しい幸福感でいっぱいだった。気心の知れた仲間と集まって 楽しく過ごしている時受け入れられている 安心感でリラックスしている自分を感じた。最好きな親友とお茶を飲みながら他愛もない話をするのも大切な時間だ。しかし一人も好きだ。一人で自然や美しい風景を眺めながら 自分や自分の人生について考えるのは心が満たされる。そういう時はストレスを感じない。では 美しい景色眺めながら暮らし 時折家族や友人と会って 人生を楽しむならストレスなく健康的な人生を送れるのだろうか?それは無理! 全然現実的じゃない。そもそも暮らしを維持するだけで なかなか大変なんだ。家庭や職場で 人間の悪意にさらされ それを避けたり防いだりしながら生き続けるのに必死で ストレスや孤立などもう無二の親友と言っても良いくらいだ。だから長生きはできないだろう。けれど最後の最後まで こんな自分にも良くしてくれた人々への感謝と彼ら
0
カバー画像

ロバ

イソップ童話にはロバがよく出てくる。川で転ぶと背中に積まれた塩が溶けて楽になる事を知ったロバは いつも川に入るとわざと転ぶ。ある日 背中に海綿を積まれているのに また川で転んで今度はあまりの重さに立ち上がれず 流されてしまいました。とか父と息子でロバを連れて市場に出かけたが、途中出会う人々に「ロバに乗ればいい 父を乗せた方がいい 二人で乗ればいいロバを担いだ方がいい 」など色々言われて 全部その通りにしたら市場に着く前にロバが参ってしまった、とか。結構ロバは酷い目にあっている。想像ではその時代 ロバは身近な家畜だったのだろう。そして牛や馬より安価で 便利で 侮られていたのだろう。いつの時代でも 安価で 便利で 身近なものは軽蔑される。それがなくては困るのに。でもロバが転ぶと背中の荷物が軽くなるのを知って川に入ると横になるというのは ありそうな話だと思う。私の知っているハルカという馬は大人しくて 扱いやすい小柄の馬だが飼付の時間になると ちょっと重心をずらして乗っている人を落とす。そしてご飯を食べに厩舎に走っていく。もちろん乗り慣れている人なら そう簡単に落ちないのでハルカちゃんも諦めて乗せているが 初心者のレッスンの時は ご飯が食べたくてやってしまう。でもハルカちゃん可愛い。すごく人馴れしていて すぐすりすり寄ってくる。甘えん坊なんだ。きっと我慢が足りないんだな。川に流されないか心配だ。30年以上前 勤めていた牧場にはロバがいた。ロバはオーナーの趣味で飼われていただけで 特に仕事はない。いつもボーとしていた。牧柵の近いところに立って 朝見ても 昼見ても夕方見ても同じ姿勢でボーと
0
カバー画像

私が高校生だった時 学校の「夏期進学合宿」に参加した。とても厳しかった。けれど ある夜友達とそっと抜け出して 散歩に行った。野尻湖が見えた。 月が輝いていた。本当は友達と「将来の夢」とか「現在の不安」とか話しをしようと思ったのだけれど その光景があまりに美しくて言葉もなく ただただ見入っていた。帰りに友達は「もし私にも恋人ができたら 湖で一緒にボートに乗るんだ」と呟いた。私にはそれが どんな夢よりも 例えば「志望校に合格する」とか「ちゃんとした所へ就職する」とかよりもずっと素敵な夢に思えて「私も」と言った。あれから随分 長く長く月日は流れていった。あの時の友達は今どこにいるか わからない。彼女は夢を叶えただろうか?私はまだだ。
0
13 件中 1 - 13