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残高0

今日、父の銀行口座を空っぽにしてきた。給料振込み・住宅ローンの引落し・学費の支払い・年金受給60年以上に渡り、常にお金が流れていた口座。生真面目な父は、決して残高0になどしなかっただろう。そのフローはまさに父の人生の軌跡。驚くほど世間に疎い母に、全てを「当たり前」と思わせるほど父は一人で家の経済を握り、家計を回し続けてきた。それは世帯主として当然の様に思われるけど、人が生きる上で、本当に大切で地味な戦い。父は孤独だったと思う。そして一抹の達成感に溢れていたと思う。今、私自身がそうであるように。もっと、父とお金の話しをすればよかった。各々の小さな責任を、精一杯果たす同志として。本当に見送るみたいで、最期まで言えなかったよ。お疲れさま。 ありがとう。父のもとで育ち、今、自力で戦える私があることに感謝。
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光になった義父との会話

ハイ、05です。 ご機嫌いかがですか? 今の自分は清々しいですか?先日の皆既月食、ご覧になりましたでしょうか。宇宙の存在たちにとって、誰もが空を見上げる大チャンス!きっと何か起こしてくれるだろうと思ってましたが、やはり、あちこちでUFOの目撃シェアがあってましたね!私もUFOとなんじゃこらという画像が撮れましたが、そういえば、初めてコンタクトを意識する直前にこういう写真が撮れていたな~と懐かしく思いました^^さて、先日義父が、地球での魂の旅を終えて帰還しました。しばらく夫と息子のメンタルフォローをしなくてはと思いながら、作業をもくもくとしていた、昨日の夕方。パッ と遺影と祭壇が脳裏にビジョンとして視えました。あ、おとうさん、きてるかな?と思うと同時に、ふわ~~っと、優しくてあたたかい波動が私を包み込みました。あぁ、おとうさん、もうちゃんと愛そのものの光になってるな~と、安心し、しばし、波動でメッセージを受け取りながら会話しました。会話している最中は、体の芯が熱くて、頭はほわ~っとなっているんですね。目の前がうっすら霧がかり、視野がキラキラして、とても心地よくて、これが高次元の居心地なんだろうなって感じでした。息子にそのことを話しながら、波動を高く保つことの大事さをしっかり伝える事ができて良かった!じいじのおかげですね。その話の流れで、私の亡き父の夢の話になり、あるときの夢で、私と妹が幼い頃よく言っていた近所のスーパーにいたら、父が幼い女の子と目の前に現れて、無言で暫くいたんだよね~その後からもうあれほど何かある時は夢に出てきてたのに、それから一切夢に出なくなったんだよ~と話した
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恐怖で支配する〈しつけ〉

こんにちは~^^ココナラでは、 ちょっと羽を休める場所を 提供できたらいいな との思いで活動している 心理セラピストのさくらです❀今日は心理療法の勉強会でした^^誰もが知っているところで連載をもってる人や、超有名なビジネス誌から取材されるような人もチラホラいるんですよ♡そんな学びの場はいい人ばかりで、みんな仲良し♪みんなに会えるのが嬉しいんですよね(*´▽`*)そして何よりその場は《安心・安全》が約束された場所。そんな場所だから、みんな安心して自己開示ができるんです。さて、今日はワークを受ける機会が得られまして。今日のわたしのワークのテーマは。。。『たま~に、ものすごく息子にキレてしまう』というもの。実は昨日、ものすごく些細なことで息子にキレてしまいまして。キレながら、〈こんな怒り方しなくてもいいのに〉と自分自身で思いながらも、その怒りを収めることができませんでした。ワークはその場面からスタート。背中全体から怒りがこみ上げる感覚。目にも力が入ります。みぞおち辺りがキューッとする感覚。そして、なぜか同じキレ方をしている父とわたしのキレている姿が重なり。。。そのことを伝えると、場面はわたしが幼少期の頃に父から怒られている場面に移動。そしてしばらくやり取りがあり、わたしが父に発した言葉が〈そんな怒り方しなくていいのに〉〈そんな言い方しなくても伝わるよ!〉というもの。ん!?あーーーー!!!同じだ。。。わたしが自分自身に対して思っていたことは、幼少期に父に対して思っていたことと同じでした。やり取りの中で感じた父の姿は、・恐怖で支配しようとしていた・怒りで我を忘れていることに気づいていない
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ガラス一枚のもどかしさ

こんにちは!さち桜です(*^^*)ここ数ヶ月気力も体力も弱ってしまい一歩も家から出られなかった母ですが毎日の寄り添いの成果が少しだけ出てくれて今日はやっと施設でお世話になっている父のところに母を連れて行くことができました!玄関と中での窓越しの面会ですが久しぶりに出会えた父と母はとても嬉しそうでまた会うことができて本当に良かったなと思う反面窓越しでタブレットでの声を聞きながらの会話なので脳梗塞で言語障害が残る父のボソボソと話す言葉は聞き取れず(コロナ前は口元まで耳を近づけて聞いていました)こちらの話す言葉も分かりにくいみたいでとにかくニコニコ見つめあうことしかできずの30分でした。コロナ前のように手をつないで顔も近づけて話したいなと、もどかしさを感じました。ガラス越しに、すぐそこに父がいるのに触ることができない、手も繋げないのは辛いですが一番近くなのに遠く感じたのは気が付いても動けないこと。時々泣き出してしまう父なので鼻水がたくさん出てしまうのですが父は自分でふくことができないのでティッシュでふいてあげたいのに手を伸ばせばふいてあげられる距離なのにふけなくて。そのたびに職員の方が気づいてきてくださってふいてくださるのを見ているだけなのがとてももどかしくて、悲しいなと感じることでした。早くコロナの心配がなくなってまた手をつないで、会いに来たよ~とくっついたり、ちょっと車いすを押して散歩したりそんな平穏な日常が戻ってきてほしいと強く思う日でした。そしてずっとコロナ禍で家族が施設に入れない時期ずっと家族の代わりに寄り添ってくださる職員の方や関係者の方には感謝の気持ちしかありません。施設
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理想の自分と原動力 16回

1. 理想の自分こんにちは昨日は子供の運動会に参加しました。子供を持つ親として子供の運動会は毎年楽しみにしています。ところで、小学生の頃は足の早い子がなぜか人気がありました。実際に社会人になると足の速いことで得することはほぼありません。ただ、限られた条件の中で目に見えて成果を出すことで、人にインパクトを与えることがあります。小学校の1年生の1学期などの限定された時期においてはまさに勉強もそこそこに目に見えるインパクトが徒競走になりがちなのかもれません。さて、私は親として徒競走に参加しました。コロナ前の3年前には参加して見事に1番でゴールを駆け抜けることができ、親の威厳を保ちました。そして、その栄光を再び手に入れるためにまた昨日に参加してみました。そして、なんと。。。おおごけし、両膝に大きな擦り傷を作り大恥をかくことになりました。ところでなぜ自分がその徒競走に参加したのかを振り返ると、それは走れる父さんでいたいという理想の自分像です。走る前から40代前半の年齢に加え、練習もろくにせず走った私が、20代、30代の他のお父さんに勝つことは無謀に近いことです。それでもこけるリスクを背負って走ることを決めたのは、理想の自分、なりたい自分、思い描いた自分でいたいからです。2. 現実の数字の前に私は今月100万円の売上げを上げます。このような目標設定を人はします。しかし、それ以前になぜ100万が欲しいのか。このビジョンを持つことでその目標達成に向けて安定的なパフォーマンスが実現できることに加えて挫折しそうな時の再び立ち上がるきっかけに繋がります。では、皆さんが営業をして売り上げを上げる目的は
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父の幻想と愛

自分が見ている現実は自分の心が映し出した世界、というしくみをポジティブだろうとネガティブだろうとありありと体験する毎日を送っていると、父が知りたかったことを娘の私がようやく知り得たという言葉がふとおりてきた。父は、宗教が真理であるなら戦争は起きないだから、特定の宗教を信仰しないという人だった。娘の私に限らず子どもが好きでどんな子も等しく可愛がっていた愛情深い父は一方で、自分の親から十分に愛情を受けとれなかった経験があるからこそ自己否定や疑う心がとても強く、同じエッセンスを持つ私の母と再婚したのだけれど、愛ではなく『否定』が共鳴しあったことで父はどんどん苦しい方へ奇跡のコースで言う『幻想』を深めることになった。人間は重力のある地球で肉体を持つからこそ、神経を通して知覚したことしか納得しない傾向がある存在であるとか、そういう多次元の角度の見方を知り得ることができれば父はどんなだったのだろう。ガラリと変わったかもしれないしそれでも自我の声が止まず幻想に居続けたのかもしれない。私がそんな父を選んで生まれてきたのは私が真実を生きることを経験したいからなのだと思うしそれを応援されてるようにも感じられる。12日までライオンズゲートが開いている今、日常生活はバタバタしているけれどそれでもたくさんのことを受け取りたい思いが強くて。何かの募金活動で立っていた小さな男の子に自分の手持ちが少ない中嬉しそうに500円玉を渡す父のワンシーンも思い出されて、それが、父の奥にある本来の魂の姿なのだと思う。人間の記憶はホログラフィックなので、不確かなものであるし書き換えることができる。こうやって、一つ一つ丁寧に
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育ちと素地を使う

私の父は文学と音楽が好きな人だった。私に本を読ませようとしていたし(でもからきしで漫画ばかりだった)ピアノもなんだかんだ10年以上は続けた。高卒で実家の北海道を出てから原付で南下して行き着いたのが広島だったらしく、私の母と再婚してからも職を転々として経済的に不安定で家庭的な人では全くなかったけれど、教育に関してはとても熱心だったので今、長男が小学生になって当時の自分を思い出されるたびにこうやって自分の子どもにひととおりアドバイスができるのは父のおかげだったのだとつくづく思う。消費者金融からの電話が鳴る中黙々と勉強をするような私自身の育った環境もだし、家庭や発育に事情のある子どもが一定数通う小・中学校に通っていたので高校以降に関わってきた人はいわゆる一般的な家庭かお育ちのいい人がほとんどで夫の家族や親戚もそうであるけれど、息子の通う学校にはワケありの家庭の子どもがいるようなのでそんなことを見聞きする度に敬遠したり批判する人たちに同意する気にはならない。ワケありの家庭は代々の連鎖も往々にしてあるのでそういう人に対して正論をぶつけることはむしろ野蛮じゃないだろうか。なんて思わされることもあったりしてそんなことを感じられるのも自分の生い立ちならではだと思うと私は見方を広げてくれる経験をたくさんさせてもらっていたのだ。悲しかった、つらかった、そんな記憶の多かった幼少期のことが目の前の世界を見るときに奥深さを持たせてくれている。
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お父さんへ

妻を大切にする人は必ず出世します。人生の勝利者になることができます。夫婦仲の良い家庭から非行少年少女、心身症の大人や子供は生まれません。子供にとって、他人から受けた心の傷より、夫婦仲の悪い両親から受けた心の傷の方が、なかなか癒されないんです。世の中がどんなに悪くなり、教育現場が荒廃しても家庭の中に「許し」と「安らぎ」「温かさ」があれば大丈夫です。子供たちは、家族と言う最強の味方を背中に感じて世の中の荒波を勇敢に乗りきって前進します。それは職場環境が激変しているお父さんも同じことです。極言すれば会社より家庭の方が頼りになるのです。家庭と言う最強の味方を持っていれば、お父さんも安心して仕事に打ち込むことができます。家庭は、砂漠のオアシスと言えるところで、その家庭は、二人三脚で支えられています。お父さんとお母さんが堅く結ばれている紐は、優しさと言う材料でできています。お母さんは、金銭的な貧しさには十分耐えられますがお父さんの冷たい態度や言葉には耐えられません。なぜなら、人間は孤独や不安に陥ると、気が変になってしまうからです。夫婦はお互いの態度を映す鏡です。「うちの女房は、近頃、きつくなった」と思っているお父さん。それはお父さんの思いやり不足です。奥さんの悪口を冗談でも話す人とは、一緒に仕事をしたくありません。優しくなってください。その優しくなった気持ちを、言葉と態度で必ずお母さんに伝えてください。黙っている人が多い。黙っていては相手に解りません。私は若いころから、転職などで、たびたび苦しい経験をしました。どちらの方向に進んだら良いか迷いましたが、妻に助けられて今日を迎えています。夫と
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世代を超えて続く【生きづらさ】

今日も午後から夕方まで 勉強会に参加していた、まりさんです^^ その勉強会の中で ワークを受けてきました。 ワークは ≪自己理解≫を深めるために行うものです。 今日は 「ルールを守らない人を見るとモヤモヤする。」 について、やってもらいました。 このテーマね、 実は以前もやってもらったことがあるんです(^^; 同じようなことで モヤモヤ・イライラしちゃってる自分に気づきます。 やってもらうと・・・。 はいっ! やっぱり出てきました~! 私の≪父≫( ̄▽ ̄)!! 「どんだけ根深いんだよ、この問題。」 って感じです(^^; 私の父はとっても厳しく、 正義感の強い人。 自分のルールから外れた行動は許せない人でした。 ですから、 ことあるごとに厳しく躾られ、 怒られていました。 ーー そして、現在の私 ーー そんなふうに厳しく躾られてきたので、 ルール・規則を守らない人を見ると 必要以上にモヤモヤ・イライラ。 今の私の ≪ちょっとした生きづらさ≫に繋がっています。 そしてこの ≪ルールは守るべき≫思考は、 息子に対しても向けられていて、 約束を守れなかったりすると 年齢に関係なく厳しく叱ってしまう 自分がいました。 そして、その影響は既に出始めていて・・・。 息子もやはり、 周囲に対して厳しいんです。 彼は自分が言われていることでもあり、 自分にも言い分がありながらも 我慢して守ってきているからです。 私が父から受けてきた【厳し過ぎる躾】は 嫌だったはずなのに、 息子に対しても、 同じようにしてしまっている自分に 気づきました。 そして、父に対しては 「父も人なんだなぁ~」という
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今の私。幼少期の父との関係が影響してた!

毎朝煮干しで出汁を取り、お味噌汁を作っている、まりさんです^^今日は袋の煮干しが最後でした。袋の最後の方って、煮干しの頭ばっかりになってくるんですよね~(^^;その袋の中の、なんともシュールなこと…( ̄▽ ̄)朝から「うわぁぁ~…。」って思っちゃいました(笑)今日の午前は友人が家に来て対面セッション、午後からは5時半まで心理の勉強会でした。(本業はお休みだけど、全然休みじゃなかった!)その勉強会の中でワークを受けさせてもらったんです^^最近、私が気づいたこと。それは子供の寝る時間が近づき、「そろそろおもちゃ片付けようね~」と言ったときのこと。「あれ?私、後から自分が片付けるの嫌だからそう言ってる?」ということに気付いて…。ちゃんと片付けができる大人になって欲しくて、その≪癖付け≫で片付けを促してはいるのですが、なんだか自分の都合のいいように言ってる気もして。あとは、年長さんの息子が知ったかぶりをして話しをすることに、ちょっと「イラッ!」とすること(^^;そんなことをワークで深めてもらいました^^すると、幼少期の父との関係が浮き彫りに…。私の父は≪絶対自分が正しい≫という考えのもと、怒るときは子供の私が弁明したくても聞いてくれる人ではありませんでした。そして、現在の私…。息子の知ったかぶりに「イラッ!」とするのは、≪私の方が正しいことを知ってる≫という思いからそんなふうに感じてしまっていたんです。息子はただ、最近見聞きした情報の中から、彼なりに考えたことを「オレ、こんなこと知ってるよ!」と無邪気に伝えたかっただけなのに、私は「それ、間違ってるよ。」と否定したくなっていました(^^;
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父の背中

小さい頃は全てのものが大きく見えた。 お父さんの背中 お母さんの笑顔 庭に植えてある木々 ポストの位置も電気のスイッチの位置も・・ 外に遊びに行くと そこは全てが私のおもちゃ 大きな木によじ登って 秘密基地を作ったり 廃墟に勝手に入り込み 隠れ家を作ったり 川でメダカをすくったり するめを糸にぶら下げてザリガニを取ったり そう、体が弱くていつも家の中だった 学校にも殆ど行ってない それでも元気な時は友達が誘いに来て あちこち走り回った。 家の中で出来る女の子みたいな遊びは いつでもできるから 外に出たら、野山を駆け回った 野球チームも作った 遊び疲れたら、いつもお父さんが迎えに来た 「また、無理をして・・・」 そうつぶやくのを背中で聞きながら 家路につく でもね、全部私の頭の引き出しにしまってあるんだよ 必要な時いつでも引き出しから出せるように・・ 長い間閉まったままの引き出しもあるけど それは時が来たら開けるんだ。
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背後霊

みなさま♡こんばんは♪ココナラで活動していますさとみの部屋❤️のSATOMINです!電話相談サービスがメインで、得意分野は恋愛、夫婦関係です。さて、お彼岸も終わり今年も残すところ3ヶ月ほどとなりました。コロナ禍とはいえ、月日が経つのは早いなあと感じます。今日は私についている背後霊のお話です。私には もうずっと前から背後霊がいます。私の 父です。癌で亡くなったのですが若かったので進行も早かったんですね。40代という若さでした。みなさんと同じように私にも、色々辛いこと泣きたくなるようなことどうしたらいいかわからないことが時々 あります。そんな時はそっと一人になって父に 問いかけてみます。空を見上げながら…私には霊感はありません。父の夢を見ることもほぼありません。しかしそれまで自分に無い考えだったり人としての有り様がスーッ と降ってくる ことがあります。父からの メッセージかなと信じています。心の中にいつもいて背後霊のようにいつも見守ってくれている…そう思うとパワーをもらえます。あなたの辛いこと悩んでいること嬉しいことや背中を押してほしいこと一人で抱えきれないことはさとみが共感してあなたの心を軽くします。そっと背中を押します。ー あなたは ひとりではありませんよ ーさとみの部屋❤️SATOMIN
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娘はつらいよ

(フーテンの寅さんの音楽を脳内で流しながら読んでください)今日は父と一緒に補聴器店に行って来ました。もう何十年も前から耳のそばで大声を出さないと聞こえないレベルなのに、面倒がってお金を出し渋って新聞広告でよく見るような集音器を買っては失くし買っては失くし💧ところが最近になって補聴器を買うからついて来て欲しいと言うので補聴器店を探し予約を入れて(⇦私が)待ち合わせをしたわけですが、待ち合わせ場所で顔を合わすなり、やっぱり集音器でいいんじゃないの?補聴器なんか必要ないから行かなくていいんじゃないの?と言い出して(-_-;)ポジティブな私と違ってネガティブなんですよ父は。別にネガティブは個性だと思ってるので全然いいんですけど、自分から言い出しておいて店の前で駄々をこねだすとかはやめんかい!!迷惑なんじゃ!😡買わなくてもいいからとりあえず店に行こうと説得して店内に入ると席に着くなり喋る喋る💦わしはね・・・から始まる補聴器に全く関係のない『わし話』を大声でし始めて。店員さんも困っているのでバッサリ父の話を切り、聴力検査を受けさせてお試しの補聴器を耳に着けさせました。よく聞こえる違和感もないと言いながらも、やっぱり片方だけでいいんじゃないかとか、聞こえなくても生活に困ってないから補聴器なんて要らないんじゃないのかとゴチャゴチャ。あんたが困ってなくても周りが困って迷惑してるんじゃ!いい加減わかってくれ!!あり得ないぐらい大声で、しかも何度も同じ話をしないと聞こえないので話をする方はものすごく疲れるんです。※寅さん繋がりでストーリーに全く関係ないトラ猫の画像を使ってます。笑しかも父は自営なので
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初めての嘘

あれは初冬の日曜日だった。 谷中から上野動物公園へ向かう私は父の右手に、 下の兄は父の左手に、ぶら下がるようにして歩いていた。 下の兄は父親っ子、みんなから、そう、言われていたし、 本人も父に一番可愛がられているのは自分だと思っていたようだった。 でも、私だって、お父さん大好き、 だから父が家にいる時はいつだって父の膝の上を占領していた。 父が新聞を読む時も。リンゴの皮を剥く時にも。 少し太り気味の父の膝の上は、暖かくて、ふわふわしていて 心地よい。 だから何時だって父が家にいる時は父の膝の上に座っていた。 私は4歳。下の兄は7歳。 大好きなお父さんと出かけるのだもの、 嬉しくって仕方がない。 動物園は、谷中に引っ越してきてから、 毎日のように遊びにいっているから、 別に珍しくはないのだけれど、 父の腕にぶら下がるようにして 歩くのは、とても楽しい。 父は、歩きながら、いろいろなお話をしてくれる。 木の名前を教えてくれたり、 建物のいわれを教えてくれたり、 道路を横切る時は、 「右を見てから左を見よ。」だとか。 時々は、軽くスキップのようなことをしたり。 とにかく、4歳の私は楽しくて仕方がない。 突然、下の兄が父に聞いた。 「お父さん、やーちゃんと僕とどっちが好き?」 私は驚いてしまった。 (そんなことを聞くなんて、ひどい。) (父が答えられるはずはないじゃない?) (両方好きに決まっているのに。) すると、父は、 「どっちが好きか、  今から、好きな子の手をぎゅっ!と握るからね。」 その言葉を聞いて、 下の兄は少し緊張したようだった。 私はきっと、父は二人の手を同じように強く
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愛のダンス

こんなにも号泣したことがあったかな・・・深い愛の中にいたことをまた気付かせていただけました世界は優しい。今日はある映画を観ていました。娘と絶縁してる父が 娘の結婚式のために、彼女の望みであるフラッシュモブを 内緒で、参加者を振り付け指導して 大成功させます。 その場に父はいませんが ダンスをする皆、そして娘さんは 喜びに満ちていました。 全てに父の愛が宿っているように見えました。それを見た時、はっとしました。 フラッシュモブが父の愛から生まれたように、 私たち全ては、父である愛の表現の ダンスなんだな… そんな風に深く温かな感覚に包まれました。 あれもこれも… 喜びの愛のダンス こっちを見て。 あなたはわたし。 そんな風にも感じました。 やっぱり、ずっと包まれてたんだな… この温かな感覚に。 目の前に現れたもの、存在全てが愛のダンスを見せてくれてた。そして今も・・・そして、全てがこの温かさに包まれてる。 それに気付いてくれるのを、待っているかのように… 今はまた紐が解けていくように緩みの深みに招かれていくような感じがしています。☆☆今日は虹の写真をシェアしていただきました。その時書こうとしていたものと違っちゃったけど・・・ありがとう*^^*
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人生最初の男にいらないと言われた私。

 毒親育ちエンパス専門ヒーラー、アロハローズです。 これから私の過去の話(毒親育ちの話)をお話していきたいと思います。 母から聞いた話ですが、私は人生最初の男に「いらない」と言われたそうです。  お察しのいい方は分かりますね?  そうです。  人生最初の男とは「父」です(>_<) 母が父と結婚する前、妊娠したことを告げた時。 「堕ろせ」といったらしいです。  それを聞いた時。  私はひどく傷つきました。 ああ、私は生まれる前から「いらない」って言われてたんだと。  だから、今まで出会った男たちにも捨てられてきたんだと。  いつも人から軽んじられるのはそのせいなんだと。 悲しくて悲しくて仕方がなかった。  物心ついたころの父は私をすごく可愛がってくれていたので。  信じられない思いでした。
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いいことをしても否定される気がする

今日スーパーでコンソメ売り場・乾物売り場に、「胸肉」が置いてあった。だれかが返さずにいらないので、置いたもの。腐っちゃう 腐って売り物にならなくなる 売り場が不衛生と思った私はレジで店員さんに伝えた。ひどく感謝された。マスクとレジの周りのガードがあるので、店員さんになかなか声が届かなかったのと、店員さんが別の店員さんにそのことを伝えるのにほんの少し時間がかかった。私のレジの後ろには誰かがならんでる気配がした。その人に責められている気がした。そんな余計なことをするから、レジ待たなきゃいけないんだよ。何しても責められる。いいことしてるのに。いや、その他人はなにも言ってないよ。気にしてないかもしれないし、なにが起こったのかもわかってないかもしれない。またはすごいなあって私のこと思っているかもしれない。だけど私には列を待たせた罪を感じるのだ。せっかちに待つうしろのひと。そのイメージしかない。人を待たせちゃいけない。人は待ってくれない。焦ってる。これは父の影響だろうか私の風呂の着替えさえも待ってくれずに何度も何度も外から声をかけて「まだ?まだ?」と聞いた父。前の車を「たるい」と常にあおっていた父。別に急ぐ理由なんて父にはひとつもない。そのあと、テレビ見て寝てるだけ。そんなあおりと焦りを日常茶飯事にしてきた私は他人もそれくらい焦っていて、それは私にも適用されて、つまり私もあおられている。理由も気持ちも関係なく待ってはくれない。ただあおられ嫌な気分をする。そんな他人の姿しか見えない。ゆっくりしていいんだよ。焦らなくても怒らないんだよ。怖かったね 小さいわたし 他人はみんな同じじゃない私も焦り
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トレンド入りするのか!ついに公開!!︎ヒューマンラジエーターシステム開発のパイオニア(創始者)

いきなりですが、30代の男性だって悩みませんか? 注:冒頭ではまじめに始まりますが、おもしろコラムです。ゆるい感じでご覧ください。職場での地位、父親としての責任、男としての責任、息子としての責任などなど 。でも、男である以上、父である以上、上司である以上、泣き言なんて言えない。そんな状況で悩んでいる人はたくさんいるのに自分だけだって思い込んでしまいがち(>_<) そのような状況で悩みや考え事が多くなると、なんだが頭の前あたりの前頭葉や首の付け根あたりの後頭下筋群あたりが熱くなることがある。 夜、床につき、瞳を閉じて君を思い出していると、無言のまま土足でいつものあいつらがやってくる。 勉強会資料伯爵、委員会議事録夫人、スタッフ教育学級委員長、人間関係改善軍曹、小遣い上がらないかなチャラメガネなどなど、列をなし、代わるがわる頭を小突いてくる。 その方々を変わるがわる相手をしていると、どんどん頭のあたりが熱くなってきます。そう、それは、お人好しに相手をしすぎて頭がオーバーヒートしちゃってるんですよね "(-""-)"木更津キャッツアイのぶっさんみたいに、なんでだよ、ぬぉーって感じでね 私はそれをオーバーヒートシンドロームと名付けました。なんかバーンアウトシンドローム(燃え尽き症候群)みたいですね、違うんですけどwww ネーミングセンスは職業病ですな (*_*) ちなみにオーバーヒートって車で起こるやつ?って感じですよね そこから、掘り下げていますな 車はオーバーヒートしたら冷やさなくちゃいけないんです、そしてオーバーヒートしないように装備してあるのがラジエーターと
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家族との関係【父編】

この数年で、父は私の言うことをよく聞いてくれるようになった。老いを感じて、少し自分に自信がなくなったのかもしれないし、私の「大人」としての実績を認めてくれるようになったのかもしれない。私が言ったこと、伝えたことを、「わかり易かった」とか「助かった」と、やたらと感謝してくれるし、私がプレゼントした物を、ひとつひとつ、よく覚えていて大切に使ってくれている。(私自身が、あげたことすら忘れているのに・・・)それをね、私が、素直に嬉しいと感じるようになった。ということに、ある時、気が付いた(笑)前までは、私がしっかりしなくては!という、気負いがあったので、何を言われてもプレッシャーでしんどかった。(※)家族との関係【わたし編】参照https://coconala.com/blogs/413103/4615でも、その「お前に任せた、任せている」という『期待』な感じから「お前のお蔭で」という『感謝』に変わったように感じる。父はずっと同じで、私の受け止め方が変わっただけなのか?私の心持ちが変わったことで、関係性が変わってきたのか?どちらなのかは、わからない。でも、ひとつ言えるのは、人を変えることはできないけれど、私が変わることで、そこにある関係性は変わる!ということ。思い込みや先入観や自己防衛なしに、そのまんまを素直に受け取ることができたら私が思うよりも、人生には、もっともっと、あったかい想いやさしい愛情があるのかもしれない。私が思うよりも、世の中はもっともっとあったかくて優しいのかもしれない。もっと肩の力を抜いて、楽しんでみよう♪感謝しよう(*^▽^*)
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嫌われ者の父の言動集

みなさん、お疲れ様です。 母から「父がむかつく」と 連絡が。 そんな事はしょっちゅうなので「今度は何?」って聞いてみた。【洗濯機の排水溝が詰まり  水が溢れだした。  それを見つけた父に  母は呼ばれた。    母が床を拭いたり 詰まりを取ってる間 手伝わず後ろで立って ずっと口だけ出してくる。    そして詰まりが取れると  見てるだけだった  父が水を流してちゃんと  流れるか確認した。】 母「最後にアイツ何て  言ったと思う?」 私「何々?」 母「俺がいてよかっただろ」 私「気持ちわるーいーー   マジヤバイ。鳥肌。   気持ち悪すぎる」 どうやら母は私や姉が ありえないくらい父の事を気持ち悪がるのが可笑しくてスッキリするらしい。 そんな母の為に本心80%ご期待に添えて20%で反応するようにしている。毎回、苦手意識を 更新してくる父 底なしだなと思う 美原ほなみです。 今日はそんな父の 悪口を書いていきます。 そういうのが苦手な方は お控えください。 他にも私達が父を苦手な 理由はたくさんある。 まずは自己肯定欲が高すぎる。 父は周りから「先生」と言われる仕事をしていた。約50年近くそんな生活を していたから余計なのかも しれない。 自分がすごく優秀な人間だと勘違いしている。だから母に対してバカにした発言が 本当にムカつく。 何かが見つからないと 「お前がバカだから」 「お前は何でも捨てるから」 「俺はお前に渡した」と 言い張る。 でも90パーセント自分で しまい忘れただけだ。 でも母に謝らず急に どうでもいい話をして ご機嫌取りをする。 もちろん母は無視をするが。 そし
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全く違う行事前の3姉弟妹

みなさん、お疲れ様です。 我が家の犬は全く吠えない。 1日に1回、遊んでて テンション上がって 「ワン」と控えめに 言っちゃうくらい。 吠えない日ももちろんある。 近隣住民に優しい犬である。 この間、実家に行くと 実家で初めて犬が 「ワン」と威嚇した ように吠えた。 驚いて見に行くと 犬の目線には 普段見向きもしないのに 急にウザ絡みした らしい父がいた。 家族どころか 犬にまで嫌われた 父・・・ 逆にすごくないかと 思った美原ほなみです。 今日は3人の子供達の話。 初めての方にざっくり説明。 ラン高3・・・宇宙人 ケイト高1・・掴み所がない ルリ小5・・・しっかり者 先日末っ子ルリの 音楽会があった。 ドラムをやりたくて 家で蓋つきのゴミ箱を ドラム代わりに 菜箸をスティックにして いっぱい練習していた。 残念ながら オーディションで 手が震えて上手くできず 落ちてしまったが リコーダー姿も とっても輝いていた。 ルリはすごい努力家。 だから運動会、音楽会 学芸会の自主練がすごい。 そして、本番も見事に 練習の成果をだし 私と旦那を感動させてくれる。 長男ケイトは 親に努力してる姿を 見せたくないタイプ。 行事前の練習を 見たことがない。 話してもこないから 私も我慢して聞かない ようにしている。 期待せずに行く。 のんびりと行き 一番後ろの席に座る。 いざ、始まると始めの 言葉を言ったり 主役級の役で驚かされる。 だったら一番前で見たかった。 勉強をしている姿も 見たことがない。 でも、良い結果の テストや成績を持ってくる。 「きっと、生まれ持った  才能なのかね」 って言
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嫌われ者の父

皆さん、お疲れ様です。 私の父への思い出は小さい頃、動物園の帰りに おんぶをしてもらった事と高校生の時に彼氏と電話してたらストッキングを頭から被り邪魔しにきたことしかない。THE亭主関白の鏡のような人母の事を完全に家政婦だと思っていていつも偉そう。 口ばっかりで、何もしない人。 今でも、1年でトータル10分くらいしか口を きかない美原ほなみです。 30歳過ぎるまでは父と口喧嘩をよくしていた。 高校生の時は、殴り合い蹴り合い、罵り合い 本当に嫌いだった。 あまりにもむかついた時は父の下着をビリビリに破り父の食器を全部割ってやった。でも、片づけたり買い換えるのは全部母。「お前の育て方が悪い」と言われる始末。これは無意味だったと反省した。その代わり、母には一度も反抗したことがない。母はいつも味方になってくれて感謝しかない。姉や母と父が亡くなった時泣けないよね。でも家族が泣かないのは不自然だからとりあえず ハンカチで目頭押さえておこうと相談している。 そんな父のお話。 12年ほど前姉もまだ結婚生活をしていた。 父と母、私と旦那、姉夫婦とそれぞれの子供達総勢12人でホームセンターに行くことになった。この人数だと、車が2台必要。 我が家と姉の車を出すことに。 どっちの車に父を乗せるかで軽く揉めたが車の大きい姉の車になった。到着すると、早速母から 父と姉が車内で大喧嘩になったと聞いた。 私よりも、姉との相性が最悪なので特に驚きもしなかった。原因は、父の得意の上から目線発言に姉がキレたらしい。なんとか無事に買い物も済ませみんなで実家に帰宅。 買った物を広げたり公衆電話からの間違え電話 しかも留
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明日があると思うから

昨日、お昼ごろから、右半身が痺れて、右足裏なんか、感覚なくって。夕方に、ピシッと、左頭に痛みが走って。やばいな、寝たら、明日言語なかったりしてなと思って、母に、〇〇さんちに電話する。施設に電話して迎えに来てもらう。などなど、倒れてもいいような指示出して、目をつぶった。なかなか寝付けなくて、55歳で急逝した父と、56歳で急逝した祖父と、47歳で急逝した祖父を思った。70歳で急逝した祖母と、80歳で老衰だった祖母は、まあ、いいかと。父も祖父たちも、病の中にあっても、少しは、明日の朝なに食おうかな、くらい、考えてたとは思う。明日が来なかったんだよな。思えば、私も、抗がん剤を飲んでた時は、毎晩「ありがとう」と思って、今日はおしまい。そんな感じで眠っていた。半年先なんか考えられないし、1カ月先も無理で、なんとか、来週の約束くらいしかできなかった。今日を、「おはよう」「いただきます」「ごちそうさま」「おやすみなさい」を、積み重ねないと、明日は来ない。明日の積み重ねで、未来になる。ちょっと油断してたな。いい気になってたなと思ったら、父にすごく会いたくなった。でも、今、会うわけにはいかないんだわ。今朝目が覚めて、痺れも取れて~パソコン打ちすぎ…。歯医者に行って、平常営業だったけど。明日はないことにして、今日だけしっかり生きないと。5分先だって、なにがあるかわからないのだから。
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オガワの名言105

【誕生日、恋人と過ごすのも大切だがお腹を痛めて生んでくれた母に、育ててくれた父にありがとうの気持ちを伝えよう】
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お墓参り

今日は、ソメイヨシノの花びら散る中、東京府中市にある多磨霊園に父方の先祖のお墓参りに行ってきました。霊園はとても広大なので、 10年ぶりくらいに行ったら、すっかり場所が分からなくなっていて、 霊園事務所に行って、データ検索してもらい、地図を見ながら やっとお墓にたどり着きました。お墓を洗って、供花と線香をあげて、 ドクダミ草が蔓延っていたので手で抜いて、写真を撮りました。 なぜ10年ぶりかというと、父とはもう同じくらいの期間会っていなく、 連絡もとりあってません。過去に会社を一緒にやっていて、詐欺に遭ったり、 台風で工場が大ダメージを受けたり、親族間の訴訟で大負けしたりと、 色々ありましたが、今はまったく恨んではいません。こちらのアドバイスを 聞き入れない頑固者なので、まっすぐ自分の道を進んでほしいと 思っております。今年おそらく78になるのかな。長生きしてほしいです。時のご来光堂 (時のご来光堂で検索)
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