絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

19 件中 1 - 19 件表示
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑱」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(6)「メメント・モリ」と「カルペ・ディエム」の人生論 ③人は何のために生きるのか 「不思議なものだ、ここ地球上における我々の立場は。我々各々は短い訪問のためにやって来ており、それがなぜだか知らないが、時にある目的を見抜いているように思われたりもする。しかしながら、日常生活の観点からすれば、我々がまさに知っていることが1つある。すなわち、人は他の人のためにここに存在しているということであり、それはとりわけその笑顔と幸福に我々の幸せがかかっているような人々のためであり、そしてまた、その運命に我々が共感の絆でつながっているような無数の見知らぬ人々のためにである。」(アインシュタイン「私の信条」) 【猫が教えてくれたもの】(東京大学文科前期2015年度出題)  私はここ十数年南房総と東京の間を行ったり来たりしているのだが、南房総の山中の家には毎年天井裏で子猫を産む多産猫がいる。人間の年齢に換算すればすでに六十歳くらいになるのだがいまだに産み続けているのである。さすがに一回に産む数は少なくなっているが、私の知る限りかれこれ総計四、五十匹は産んでいるのではなかろうか。猫の子というよりまるでメンタイコのようである。  そういった子猫たちは生まれてからどうなったかというと、このあたりの猫はまだ野生の掟(おきて)や本能のようなものが残っていて、ある一定の時期が来ると、とつぜん親が子供が甘えるのを拒否しはじめる。それでもまだ猫なで声で体をすりよせてきたりすると、威嚇してときには手でひっぱたく。そのような過程を経て徐々に子は親のもとを離れなければならないのだという自覚が生まれる。  親から拒絶され
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑭」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(5)「臨死(ニア・デス)体験」の物語るもの ②「臨死体験」「近似死体験」の「共通性」は「普遍性」を意味する 臨死体験の研究史~欧米では地質学者のアルベルト・ハイムが登山時の事故で自身が臨死体験(Near Death Experience)をしたことをきっかけに研究を行い、1892年に発表したことに始まります。1975年に医師のエリザベス・キューブラー・ロスと、医師で心理学者のレイモンド・ムーディが相次いで著書を出版したことで再び注目されるようになりました。 キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』は約200人の臨死患者に聞き取りし、まとめたもので、事例に関する統計や科学的アプローチが行われるようになりました。1977年にはジョン・オーデットを会長に臨死現象研究会が発足し、これは後に国際臨死体験研究会(IANDS)に発展し、国際会議が開かれています。1982年に行われたギャラップ調査では、当時のアメリカの臨死体験者の総数は数百万人に及んでいたと推測されています。 臨死体験のパターン~臨死体験には個人差がありますが、そこに以下のような共通パターンがあることが指摘されています。特に、比較的に文化圏の影響が少ないと考えられる子どもの臨死体験では、「体外離脱」「トンネル」「光」の3つの要素が見られ、大人よりもシンプルなものであると報告した研究もあります。 1、死の宣告が聞こえる  心臓の停止を医師が宣告したことが聞こえる。この段階では既に、病室を正確に描写できるなど意識が覚醒していることが多い。 2、心の安らぎと静けさ  言いようのない心の安堵感がする。 3、耳障りな音  ブーンというような音
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑥」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(2)「生命倫理」の柱となった「自己決定権」の意義 ③「生命倫理」はどこまで確立されたのか 「生殖医療」(reproductive health care)~不妊治療の急速な発展は「生殖革命」と呼ばれるほどの成果を生み出してきました。根津八紘(やひろ)・諏訪マタニティークリニック院長(長野県下諏訪町)は、2001年に国内初の代理母出産を明らかにしました。「代理出産」(surrogate mother)は米国などで行なわれており、渡米して治療を受ける女性もいますが、倫理面の批判がある上、妊娠・出産によるリスクも大きいのです。このため、日本産婦人科学会が認めておらず、海外でもフランス、ドイツなどでは法律で禁止されています。一方、米国では国レベルの法規制が無く、州によってはビジネスとして行われており、日本から渡米して受ける夫婦もいます。イギリスでは高額の謝礼をしないなどを条件に容認しています。  根津院長は、1986年に4つ子や5つ子などを妊娠した場合に母体内で胎児を死亡させる「減数手術」(reduction surgery)を日本で初めて実施しています。当時、日本母性保護産婦人科医会が公式に認めていない手術でしたが、根津院長は「困っている患者を救う方法は他に無い」とし、後にこれは認められていきます。さらに1998年6月、根津院長は卵子提供による国内初の非配偶者間の体外受精を行なったことを公表し、日本産婦人科学会から除名されました。しかし、これを機に旧厚生省厚生科学審議会の専門委員会が生殖医療の指針作りに乗り出し、卵子・精子提供を認める報告書をまとめています。しかしながら、代理出産に
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑤」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(2)「生命倫理」の柱となった「自己決定権」の意義 ②「人格権」としての「自己決定権」の尊重 「生命倫理」(bioethics)~1960年代後半から形成されてきた新しい統合的学問分野で、一人一人を「生命の主権者」として、各自の価値判断やライフスタイルを大切にするという自己決定(autonomy)権の尊重という価値観・発想が根底にあります。その基本原則として、『生命医学倫理の諸原則』でトム・L・ビーチャムとジェイムズ・F・チルドレスが提唱した「医療倫理の四原則」が挙げられます。①自律性・自己決定の尊重(respect for autonomy):患者の意思を尊重しましょう。 ②無危害(non-maleficence):患者に害を加えないようにしましょう。 ③善行(beneficence):患者に善いことを行いましょう。 ④正義・公正(justice):限りある医療資源を公正に配分しましょう。  これは、医療において倫理的な問題に直面したとき医療従事者はどのように対処すべきか、その指針となるものです。 「インフォームド・コンセント」(informed consent)~「説明と同意」「知らされた上での同意」「十分な説明に基づく同意」。基本的にインフォームド・コンセントとは、患者個人の権利(自己の真実を知る権利)と医師の義務(守秘義務と説明義務)という見地から見た法的概念です。ここには医師と患者との関係が、日本の医療現場でありがちな上下・主従・一方通行的なものではなく、同意に基づいた対等・平等な関係であるという考えが前提として存在しています。これは、「患者の生命・身体についての価値
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在②」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(1)「生殖革命」でゆらぐ「生命の尊厳」という原点 ②「QOL」(生命の質)の尊重と「生殖革命」の進展「QOL」(Quality of Life、クオリティ・オブ・ライフ)~広義のQOLは「人生の質」とも訳され、この場合のQOLの向上とは患者のみならず、市民の健康増進を図る事を意味ます。狭義のQOLは「生活の質」とも訳され、この場合のQOLの向上とは患者の日常生活をどれだけ苦痛の少ないものにするかという意味で用いられます。 QOLに対する取り組みは医療の歴史と共に発展してきました。「医療は人を見るものであり、医学は病気を見るものだ」とする考え方がありましたが、医療も科学的側面が強くなり、「病気は治ったが、患者は死んだ」という状態が問題となり、そのアンチテーゼとして医療の質を高めることを目的として、QOLという考え方が提唱されてきたのです。例えば、がんをはじめとした疾患の治療において、従来は治療効果を測る基準が生存期間(5年生存率など)のみでしたが、生存期間の長さに加えて、質も重要な治療効果であると考えるのが近年の流れです。  QOLが考慮される場面は様々であり、治療法の選択(乳がん治療で乳房を切除するか否かなど)、症状への対応(鎮痛など)といった状況でのQOLを定量的に評価する方法(感性制御技術など)や、治療法ごとのQOLへの影響の度合いが研究されています。特に治癒が期待できない終末期医療では、生存期間を伸ばすことに大きな意義はなく、QOLの維持向上こそが治療の目的となります。こうした痛みなどの症状軽減を目的とした医療は「緩和医療」と呼ばれます。 「人工授精」~「配偶者間人工授
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑰」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(6)「メメント・モリ」と「カルペ・ディエム」の人生論 ②「カルペ・ディエム」(今を生きる)の人生観 「(養護学校で、言葉も十分に話せず、手足も不自由な子どもたちに言語教育をしていた向野幾代先生が、脳性マヒの「やっちゃん」と一緒に作った詩) ごめんなさいね おかあさん  ごめんなさいね おかあさん  ぼくが生まれて ごめんなさい  ぼくを背負う かあさんの  細いうなじに ぼくはいう  ぼくさえ 生まれなかったら  かあさんの しらがもなかったろうね  大きくなった このぼくを  背負って歩く 悲しさも  「かたわな子だね」とふりかえる  つめたい視線に 泣くことも  ぼくさえ 生まれなかったら  ありがとう おかあさん  ありがとう おかあさん  おかあさんが いるかぎり  ぼくは生きていくのです  脳性マヒを 生きていく  やさしさこそが 大切で  悲しさこそが 美しい  そんな 人の生き方を  教えてくれた おかあさん  おかあさん  あなたがそこに いるかぎり」 (向野幾代『お母さん、ぼくが生まれてごめんさない』) 「人間が幸福に生きていくうえで、もっとも大切なもの――それは安定した愛着である。愛着とは、人と人との絆を結ぶ能力であり、人格のもっとも土台の部分を形造っている。人はそれぞれ特有の愛着スタイルをもっていて、どういう愛着スタイルをもつかにより、対人関係や愛情生活だけでなく、仕事の仕方や人生に対する姿勢まで大きく左右されるのである。  安定した愛着スタイルをもつことができた人は、対人関係においても、仕事においても、高い適応力を示す。人とうまくやっていくだけでなく、
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑯」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(6)「メメント・モリ」と「カルペ・ディエム」の人生論 ①「メメント・モリ」(死を想え)の人生観 「みっちゃんは中学に入って間もなく白血病を発症し、入院と退院を繰り返しながら、厳しい放射線治療に耐えていました。家族で励まし合って治療を続けていましたが、間もなくみっちゃんの頭髪は薬の副作用ですべて抜け落ちてしまうのです。  それでもみっちゃんは少し体調がよくなると、「学校に行きたい」と言いました。不憫(ふびん)に思った医師は家族にカツラの購入を勧め、みっちゃんはそれを着用して通学するようになりました。  ところが、こういうことにすぐに敏感に気づく子供たちがいます。皆の面前で後ろからカツラを引っ張ったり、取り囲んで「カツラ、カツラ」「つるつる頭」と囃(はや)し立てたり、ばい菌がうつると靴を隠したり、悲しいいじめが始まりました。担任の先生が注意すればするほど、いじめはますますエスカレートしていきました。見かねた両親は「辛かったら、行かなくてもいいんだよ」と言うのですが、みっちゃんは挫(くじ)けることなく毎日学校に足を運びました。  死後の世界がいかに素晴らしいかを聞いていたみっちゃんにとっては、死は少しも怖くありませんでした。反対に亡くなったお祖父さんと再会できるのが楽しみだとさえ思っていました。しかし、何より辛いことがありました。それは、かけがえのない友だちを失うことだったのです。辛いいじめの中でも頑張って学校に通ったのは「友だちを失いたくない」という一心からでした。  二学期になると、クラスに一人の男の子が転校してきました。その男の子は義足で、歩こうとすると体が不自然に曲がってし
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑮」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(5)「臨死(ニア・デス)体験」の物語るもの ③「死」が決定的意味を持つのは人間だけ 「たましいの現象は不思議なことや不可解なことに満ちていた。ユングはそれらを真剣に観察し記録していったが、多くのことに関しては発表してもおそらく理解して貰えないだろうと思い、公表を長くためらったものもある。公表した後も、彼は死の時まで自分の真に述べたいことは世の中に理解されなかった、ということを嘆いていたという。もちろん、このことは彼自身も自分の考えを不確かなままで発言しているので、表現が解りにくかったり、彼が自分の行っていることに対する方法論についてあいまいであったり、直観に頼って理論的な詰めをおろそかにしたりするという欠点のためもあったが、何しろ彼の考えが時代の流れをあまりにも先取りし過ぎていたためと言えるであろう。  彼がたましいの現象について見出した、もっとも大切なこととして、共時性(synchronicity)ということがあるであろう。これは端的に言えば、たましいの現象のなかには因果律によって把握できぬものがあること、それは「意味のある偶然の一致」と今まで呼ばれてきたように、継時的にではなく共時的に把握することのできるものであること、の指摘である。ユングはこの考えについて、まだ考えのまとまらないまま、その考えの一端をアインシュタインに話したら、アインシュタインは、それは極めて重要なことだから必ずその考えの発展を怠らないようにせよ、と言ったという。  人間のたましいに関する研究を通じて、心理療法の在り方が根本的に変わってきた。フロイトの考えによれば、治療者は明確な理論と技法によって、患者
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑬」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(5)「臨死(ニア・デス)体験」の物語るもの ①科学的研究の対象となった「死後の世界」 エマニュエル・スウェーデンボルグ~スウェーデン王国出身の科学者、神学者、思想家(1688 〜1772年)。前半生は鉱山技師、科学者で、化学、地質学、天文学、解剖学など、様々な分野で先駆的な業績を残しており、特に大脳皮質論の先駆性は高く評価されています。50代から幻視体験をするようになり、霊との会話や霊界探訪の記録を残していて、その多くが大英博物館に保管されています。代表的著作は『霊魂の王国』『天界の秘儀』『天界と地獄』『夢日記』などです。同時代人のカントをはじめ、後代に与えた影響は大きく、ヘレン・ケラーなどもスウェーデンボルグの教説によって霊的世界の実在を確信し、三重苦を超越する希望を見出したとされます。 「その夜、その同じ人(イエス・キリスト)が再び私に現われたのです。私は今度は恐れませんでした。彼は「私は主なる神、世界の創造主にして贖罪主である。人々に聖書の霊的内容を啓示するために汝を選んだ。この主題に関して何を書くべきかを汝に示そう」と語りました。そしてその夜、霊たちの世界や地獄および天界が、はっきりと私に開かれたのです。私はそこで、生涯のあらゆる場面で出会った多くの知人たちと再会しました。そしてその日以来、私は一切の世俗的な著述活動を放棄し、私の研究を霊的な事柄に捧げたのです。」(1745年4月にロンドンのホテルで起きた自らの召命について、スウェーデンボルグが友人の銀行家カール・ロブサームに語った言葉) 「古来、洋の東西を問わず、いわゆる霊界書と呼ばれる書物はいくつかあった。『エジプ
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑪」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(4)「終末期医療」から発達した「死生学」の奥深さ ②「死」を直視せざるを得なくなった「終末期医療」 「終末期医療」(terminal care)~がんの末期など死期が近づいた人に苦痛や死の恐怖をやわらげる医療です。「死の受容」と「生の充実」が重要な要素となり、「する」治療(cure)の手段は尽きても患者を孤独にせず、最後までそばに「いる」看護(care)を心がけ、全人的アプローチを積極的に行う必要があるとされます。これに関連して死生学(タナトロジ-、thanatology)も1970年代から飛躍的に進歩を遂げ、「死」に対する多角的考察もなされるようになりました。これはギリシア語のthanatos(タナトス、死)とlogos(ロゴス、学問)の合成語で、今日では一般的に「死」と「死への過程」の諸問題を学問的に扱う研究を指します。具体的には、人間が如何によりよく生き、自己の生命の終わりを全うするかについて、医学・看護学・心理学・法律学・社会学・神学・哲学などから多角的に考察しようとするもので、エリザベス・キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』などの著作を契機に、1970年代から飛躍的な進歩を遂げました。この中で自立した死生観の確立を目指した死への準備教育(death education)、末期患者の家族と遺族に対する悲嘆教育(grief education)といった観点は注目されます。 「ホスピス」(hospice)~末期患者のケア・システム、緩和ケア(palliative care)。その中心概念は「死にゆく患者と共に歩む」です。WHO(世界保健機構)方式で痛みのコントロールを行うと、
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑩」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(4)「終末期医療」から発達した「死生学」の奥深さ ①「死」が「生」を規定すると見る「死生観」 「脳死」(brain death)~頭部外傷や脳卒中などで脳幹・大脳・小脳など脳全体の機能が失われ、二度と回復しない状態を指します。脳死は植物状態と混同されることがありますが、全く異なります。呼吸をつかさどる脳幹の機能消失は直ちに心臓の停止(心臓死、cardiac death)をもたらしますすが、人工呼吸器の出現で、脳以外の血液循環を保つことが可能になりました。すなわち、「脳死」は人工呼吸器の開発によってもたらされた新しい死の概念なのです。脳死移植では、この脳死状態で臓器を摘出して移植しますが、心臓停止後の摘出より臓器としての活性度が高く、脳死の状態から心臓死に至るまで、普通は数日から1週間程度とされます。日本では、脳死になるのは全死者の約1%になると見られており、1年に8,000人ほどいるとされます。日本では脳死かどうかの判定には、旧厚生省研究班が1985年に作成した脳死判定基準(竹内基準)が使われており、①深い昏睡、②自発呼吸停止、③瞳孔の開き(散大)、④脳幹反射の消失、⑤平坦脳波、の6項目を必要な知識と経験を持つ、移植に無関係な2人以上の医師が行います。また、生後12週未満の小児については、法的脳死判定の対象から除外されています。  一方、植物状態(vegetative state)とは大脳の機能の一部または全部が損なわれ、意識がないなどの状態ですが、脳幹は生きています。このため、自発呼吸ができ、人工呼吸器はほとんど使いません。治療次第では意識が戻ったり、回復したりすることもあ
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑨」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(3)「遺伝子医療」と「人格的アイデンティティー」の相克 ③現代医学の最先端「遺伝子医療」の光と闇を知る 「遺伝子治療」~遺伝子工学の進歩を背景に遺伝性疾患に対する根本的治療法として生まれてきたもので、元々は病気の細胞が持つ遺伝子の傷そのものを治すというもの、つまり、「遺伝子を治す」治療でした。現在では、細胞に何らかの遺伝子操作を施して治療を行うもの全般、つまり、「遺伝子で治す」治療を広く指しています。そのため、遺伝子治療の対象となる疾患は、遺伝性疾患に限らず、がんなどの難治性疾患も含まれています。  例えば、がんの遺伝子治療では、がん抑制遺伝子をがん細胞内に注入することで、がん細胞の異常増殖を止め、細胞死(アポトーシス)へと導きます。標準治療では副作用を伴うこともありますが、がん遺伝子医療で使用する抑制遺伝子は正常細胞に悪影響を及ぼすことが無いため、副作用は少ないとされています。そのため、体力の少ない小児や高齢者の癌にも適応可能です。一方で、現時点では次のような問題点が指摘されています。 1、未承認治療ゆえのリスク  ノーベル賞を受賞した本庶佑(ほんじょたすく)医師が開拓した「免疫チェックポイント阻害剤」は考案してから許認可を受けるまで約20年かかっているように、遺伝子治療も許認可を受けるまでには相応の時間を要するでしょう。 2、医療連携が難しい  未承認治療である遺伝子治療は公的に承認されている標準治療を補完する立場で成り立つものなので、原病を管理している医師が反対している場合には遺伝子治療を提供することはできなくなります。 3、治療費(薬剤費)が高額  遺伝子治療は先端医
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑧」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(3)「遺伝子医療」と「人格的アイデンティティー」の相克 ②そもそも「私」とは一体何なのか 「クローン」(clone)~羊の成獣の乳腺から取り出した細胞を使い、遺伝子が親と全く同じ「クローン羊」ドリ-が1996年7月に世界で初めて誕生しました。これは従来の受精卵クローンに対する体細胞クローンと呼ばれる技術であり、受精卵クローンがどんな大人になるか分からないといった不安定さを抱えていたのに対して、成体の体細胞クローンでは遺伝形質の99%以上を受け継ぐと考えられています。また、牛の受精卵クローンの場合、1個の受精卵が16~32細胞に細胞分裂した割球からクローン牛を作るので、自ずと数に限りがありますが、体細胞クロ-ンでは事実上制限は無くなると言ってよいのです。こうしたクロ-ン技術によって、オスなしで産乳能力の高い家畜の大量コピ-が可能となり、さらに医薬品原料の生産能力の高い動物を大量にコピーできるだけでなく、動物の個体差がなくなり、医薬品の安定生産が可能となります。また絶滅の危機にある動物の複製も可能になるのですが、ドリ-の生みの親であるウィルムット博士は、クローン技術は諸刃の剣だと強調しています。人間への応用は技術的に可能であり、クロ-ン人間阻止への国際的な規制が必要であるというのです。  かくして1998年11月には国連教育科学文化機関(ユネスコ)総会で、人間の遺伝子研究に関する初の政府レベルの国際倫理方針「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」が全会一致で採択されました。宣言は全25条で、第1条において人間の遺伝情報の総体であるヒトゲノムを「象徴的な意味で人類の遺産」であるとして、
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑦」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(3)「遺伝子医療」と「人格的アイデンティティー」の相克 ①究極の個人情報たる「遺伝情報」の持つ意味 「ヒトゲノム計画」(Human Genome Project)~人間の全遺伝情報(ヒトゲノム)には23対の染色体に記されており、約2万2000個の遺伝子があるとされます。2000年6月に国際チームと米国セレラ・ジェノミクス社がそれぞれ概要を解読したと発表しましたが、国際チームはさらに解読を続け、生命活動に欠かせない約28億3000万個の塩基配列の解読を終え、2003年4月に「完成版」にこぎ着けました。開始から13年がかりの大事業で、貢献度は米国59%、英国31%、日本6%、フランス3%、ドイツ・中国1%です。全塩基配列の0.1%に当たる約300万個の配列は個々人で違い、この違いは一塩基多型(SNP、スニップ)と呼ばれていて、病気のなりやすさに関係することが分かっています。ここから患者1人1人の遺伝子のタイプを調べ、その患者に効き目があり、副作用が無い薬を処方するといった「オーダーメイド医療」(Made-to-order medicine)の可能性が出てきます。こうしたゲノム関連技術は医療、健康、農業、工業など様々な分野で活用され、こうした動きを経済協力開発機構(OECD)ではバイオエコノミー(Bioeconomy)と呼び、は2030年には1.6兆ドルの市場に成長するとの試算されています。  しかし、遺伝子の3分の1は働きの推測すらできておらず、実際にたんぱく質を作り出す遺伝子の部分は約2%とされていますが、これも確定されていません。1つの遺伝子の変異で起きる病気(単一遺伝子疾患
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在③」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(1)「生殖革命」でゆらぐ「生命の尊厳」という原点 ③「SOL」(生命の尊厳)とは何か 「SOL」(Sanctity of Life、生命の尊厳)~「人は受精した瞬間から人である」という概念を持ち、「生きるに値しない命はない」ことを主題としています。これに対して、QOL(Quality of Life、人生・生活の質)は極論すれば「生命活動を行うに値する命」を重要とし、それ以外の命を否定する側面を持ちます。そのため、例えば人工中絶においては、SOLでは人工中絶を否定しますが、QOLでは許容します。 また、例えば植物状態に陥った人間に対しては、SOLでは生存させることを許容しますが、QOLでは生存を否定します。SOLとQOLのこの種の対立はしばしば人権問題や生命倫理とも絡みながら議論されることがあり、医療関係者や専門家においても意見は分かれています。 歴史的にはSOLの概念がより古いのです。 「SOL」の基本原則~生命(特に人の命)は無条件に尊いとし、以下の3原則が打ち出されています。 ①人為的に人の死を導いてはならない(正当防衛を除き、殺人は許されない)。 ②第三者がある人の命の値うちを問うことはできない。 ③全ての人命は平等に扱われなければならない(人の命の価値を比較してはならない)。  この倫理に基づけば、医療現場で医師は最後まで(可能な限り)患者の延命を続けなくてはならないという主張になります(脳死状態は死とみなさない)。SOL倫理は仏教やローマカトリックと同じ生命観になります。この立場に立つと、以下の倫理観を持つことになります。 ①殺人してはいけない。(積極的)安楽
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在①」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(1)「生殖革命」でゆらぐ「生命の尊厳」という原点 ①「生命」は授かるものなのか、作り出すものなのか 「生命科学」(life science)~生命を取り巻く関連諸科学の総称であり、物理学や化学など物質科学に分類される自然科学との融合領域である生化学・生物物理学・生物物理化学や、応用的な学問である農学・薬学・栄養学・医学・生命工学なども含みます。 「バイオテクノロジー」(生物工学)~生物学の知見を元にし、実社会に有用な利用法をもたらす技術の総称で、特に遺伝子操作をする場合には、「遺伝子工学」と呼ばれる場合もあます。 醸造、発酵の分野から、再生医学や創薬、農作物の品種改良など様々な技術を包括する言葉で、農学、薬学、医学、歯学、理学、獣医学、工学と密接に関連します。分子生物学や生物化学などの基礎生物学の発展とともに、応用生物学としてのバイオテクノロジーも近年目覚しい発展を遂げており、クローン生物など従来SFに登場した様々な空想が現実のものとなりつつあります。  また、クローン技術や遺伝子組み換え作物などで、倫理的な側面や自然環境との関係において、多くの議論が必要とされている分野でもあります。遺伝子操作および細胞融合は、生物多様性に悪影響を及ぼす恐れがあるとの観点から「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(遺伝子組換え生物等規制法、遺伝子組換え規制法)によって規制されています。 「生殖革命」~生殖に関わる技術(生殖技術、reproductive technology)の急速な進展とそれが社会にもたらす変化を言います。これは生殖を巡る人為の領域の拡大で
0
カバー画像

【統合医療】死生学ってどんなもの?

肌寒くなってきましたね。衣替えに忙しくされているママさん、お疲れ様です!はじめに私は4月から神奈川歯科大学の統合医療教育センターで、統合医療学講座をオンライン受講中です。宮崎にいても、アーカイブで受けられるので、小2息子くん子育て中の私には大変ありがたいシステムです。前期は7月末までで、10月からまた後期が始まりました。後期が始まり、最初に参加した講義は、少し重いテーマに聞こえるかもしれませんが、実はとっても大切な「死生学」。「死んだら人はどこへ行くの?」 誰もが一度は考えるこの問いを、宗教ではなく、医学的データから研究する学問です。死を考えることは、「今の人生をどう生きるか」に繋がっていますよね。🌸 臨死体験から戻った人が語る「生きる理由」深い臨死状態から戻られた方々の証言で、共通していた言葉があります。それは 「自分には、まだやるべきことがある」 という、『魂の使命』。そして、その使命に共通するキーワードは、たったの3つ!愛:自分自身への優しさ、そして家族や周りへの無償の愛感謝:当たり前の日常、今日の太陽、健康な体、見えないものへの感謝楽しむ:子育てや家事の「大変さ」の中に、小さなおもしろさを見つけること「え、そんなシンプルなこと?」 そうなんです。でも、忙しい毎日の中で、この3つを意識できているでしょうか。💖 40代ママの皆さまへ先日終わった朝ドラの主人公のように、私たちは戦中ではなくても、子育てや仕事、更年期など、日々「自分の戦い」を頑張っていますよね。自己肯定感が低くなりがちな時代だからこそ、この「愛・感謝・楽しむ」の3つを胸に、まずは自分自身が満たされること。それが
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在⑫」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(4)「終末期医療」から発達した「死生学」の奥深さ ③「人生論」「人間学」は「死生学」を必要とする 『パイドン』~プラトンの著書で、副題は「魂の不死について」。ソクラテス亡き後、弟子のパイドンが哲学者エケクラテスにソクラテスの最期の様子を語るという形式で書かれています。イデア論と霊魂論(プシュコロギア)が初めて登場する重要な哲学書です。 『国家』~プラトンの主著。イデア論を中心に、魂の三分説と国家の三階級を連動させ、四元徳で連結しました。これにより、個人の教育と哲人政治の実現が連結され、後世のユートピア文学や共産主義にも多大な影響を与えました。また、末尾にある「エルの物語」は、エルが死後12日間に渡って体験した臨死体験という体裁で語られる霊界探訪物語としても知られます。 諸法無我~ガウタマ=シッダールタの主要な悟りである「四法印」の一つで、変わらない自己の本質というものはないということを指します。それ自体で存在するような恒常不変の実体は何も無く、存在するものを固定的に捉えてはならないとすることです。 常見~絶対的な我が生まれ変わり、死に変わりして輪廻転生するという考えです。元々バラモン教の思想であり、ガウタマはこれを否定しましたが、仏教説話が量産される中で、いつの間にか仏教思想の中に取り込まれていきました。 断見~死ねば肉身は土に帰って、存在は無に帰すという考えです。ガウタマ当時の自由思想家(六師外道)の中にも見られる唯物論的な思想でありますが、ガウタマはこれを否定しました。 『往生要集』~恵心僧都源信(えしんそうずげんしん)が様々な経典を参照して、極楽浄土や地獄について述べた
0
カバー画像

「生命倫理と死生学の現在④」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(2)「生命倫理」の柱となった「自己決定権」の意義 ①ドストエフスキーに見る「生」と「死」の「自己決定権」 ドストエフスキーの「死刑」体験~「生」と「死」の「自己決定権」を考えるとき、「自己を超えた世界」でこれが左右されているのではないかと思わされるのが、ドストエフスキーの事例です。  1849年春、27歳の新進作家ドストエフスキーは教会と国家を誹謗したとの理由で逮捕され、8ヵ月後の12月末早朝、彼は同罪の学生、教師、士官ら20名と共に判決を言いわたされることになり、留置所から出されました。「単に集会で話しをしていただけなのだから」と皆楽観していましたが、外には護送馬車が待ち、囚人達は行く先も知らず、真っ暗な道を運ばれ、着いた先には死刑台が組み立てられていたのです。一人一人、「銃殺刑に処す」と告げられ、司祭に懺悔を求められ、服を脱がされて、死に装束を着せられました。まず3人が杭に縛られ、ドストエフスキーは6番目と決められます。銃を構えた兵士達が並び、5分後には自分は死ぬだろうと思った彼は、零下10度の戸外に半時間も立たされていたにもかかわらず、「寒いと感じたかどうか記憶がない」と言います。あまりの早さで迫りくる死に、感覚が麻痺してしまったのです。 「もし死ななかったらどうするだろう?もしまた生きることができたら!それはなんという無限だろう!それは全部、自分のものなんだ!もしそうなったら、一瞬一瞬をまるで百年のごとく大切にして、なにひとつ失わず、どの瞬間だって、けっして浪費しないように使うようにしよう!」(『白痴』)  そこへ早馬が到着し、「皇帝の温情により、減刑」と告げられ、「
0
19 件中 1 - 19