「生命倫理と死生学の現在⑨」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

記事
学び
(3)「遺伝子医療」と「人格的アイデンティティー」の相克
③現代医学の最先端「遺伝子医療」の光と闇を知る

「遺伝子治療」~遺伝子工学の進歩を背景に遺伝性疾患に対する根本的治療法として生まれてきたもので、元々は病気の細胞が持つ遺伝子の傷そのものを治すというもの、つまり、「遺伝子を治す」治療でした。現在では、細胞に何らかの遺伝子操作を施して治療を行うもの全般、つまり、「遺伝子で治す」治療を広く指しています。そのため、遺伝子治療の対象となる疾患は、遺伝性疾患に限らず、がんなどの難治性疾患も含まれています。
 例えば、がんの遺伝子治療では、がん抑制遺伝子をがん細胞内に注入することで、がん細胞の異常増殖を止め、細胞死(アポトーシス)へと導きます。標準治療では副作用を伴うこともありますが、がん遺伝子医療で使用する抑制遺伝子は正常細胞に悪影響を及ぼすことが無いため、副作用は少ないとされています。そのため、体力の少ない小児や高齢者の癌にも適応可能です。一方で、現時点では次のような問題点が指摘されています。
1、未承認治療ゆえのリスク
 ノーベル賞を受賞した本庶佑(ほんじょたすく)医師が開拓した「免疫チェックポイント阻害剤」は考案してから許認可を受けるまで約20年かかっているように、遺伝子治療も許認可を受けるまでには相応の時間を要するでしょう。
2、医療連携が難しい
 未承認治療である遺伝子治療は公的に承認されている標準治療を補完する立場で成り立つものなので、原病を管理している医師が反対している場合には遺伝子治療を提供することはできなくなります。
3、治療費(薬剤費)が高額
 遺伝子治療は先端医療となるため、自由診療として全額自費負担となります。一般的に1回の治療費は30万円以上で、複数回の治療が必要になり、最低でも200~300万円はかかると考えておく必要があります。
4、治療適応を精密に確認する方法が未確立
 現在の医療では「プレシジョン・メディシン」(precision medicine、精密医療)と言われるような、「各種がんの遺伝子変異を同定して、それに応じた適切な分子標的薬を投与する医療」という考え方が主流となっており、遺伝子治療こそ、各患者ごとに治療ターゲットが最適かどうかの遺伝子変異を確認し、個人レベルで最適な治療を提供すべきであると言えます。しかしながら、これらを精密に確認する方法はまだ確立されていません。
5、不適切な広告の存在
 まだ十分立証されていない医学的情報を断定的な表現で提示することは、治療に対する誤解や過度の期待を招くことになります。

「遺伝子組み換え技術」~ある生物から目的とする遺伝子(DNA)を取り出し、別の生物のゲノムに導入することで、その生物に新しい性質を付与する技術です。ゲノム研究と遺伝子組換え技術は、互いに支え合う関係にあります。生物が持っている遺伝子の数は生物によって異なり、高等動植物は数万個の遺伝子を持っていますが、遺伝子組換えによって導入される遺伝子の数は通常は1個~数個です。遺伝子組換え技術では、あらゆる生物の遺伝子が利用可能で、例えば、農作物に遺伝子を導入しようとする場合、交配不可能な植物の遺伝子はもちろんのこと、微生物や動物の遺伝子も使うことができます。そのため、交配などの従来の育種法では実現困難な形質を付与することも可能で、農作物の育種(品種改良)の可能性を大きく広げることができます。

「ゲノム編集」~ゲノム内のDNA配列を意図的に切断し、切断されたDNAが修復される過程で必要な遺伝子の機能が書き換えられることを狙った技術で、遺伝子の機能を「停止」する、もしくは「強化」することができます。ゲノム編集は2000年頃から、従来の遺伝子組換えに代替する技術として注目が集まり、これまでにさまざまなゲノム編集酵素が開発されています。
 遺伝子組換え技術では、外来遺伝子が生物のゲノムのどこに挿入されるかも、どのような働きをするかも十分にコントロールすることができないため、想定しない機能を持つ生物を生み出す可能性があったり、新たな病気を引き起こす危険性があったりするなど、安全面や倫理面の課題が実用化の妨げとなっていました。
 一方、ゲノム編集はあくまでその生物が持つDNAの狙った場所を切断して編集するため、遺伝子組換えと比較して、安全性が高いことが分かっています。ただ倫理面での課題は残っており、あくまでも治療目的でのゲノム編集だとしても、どこまでゲノム編集技術を施すことが許容されるかは法整備や社会の変遷とともに変わってくると言えます。

「デザイナー・ベビー」~受精卵の段階で遺伝子操作などを行うことによって、親が望む外見や体力・知力等を持たせた子供の総称です。デザイナー・チャイルド(designer child)、ジーン・リッチ(gene rich)、ドナー・ベビー(donor baby)とも呼ばれます。1990年代から受精卵の遺伝子操作は遺伝的疾病を回避することを主目的に論じられてきましたが、「より優れた子供を」や「思い通りの子供を」といったの親の「パーフェクトベビー願望」から、外見的特長や知力・体力に関する遺伝子操作も論じられるようになってきました。しかしながら、子どもが特定の性質を持つように事前に遺伝子を設計することは、技術的にも倫理的にも強く問題視されています。
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