(1)「生殖革命」でゆらぐ「生命の尊厳」という原点
②「QOL」(生命の質)の尊重と「生殖革命」の進展
「QOL」(Quality of Life、クオリティ・オブ・ライフ)~広義のQOLは「人生の質」とも訳され、この場合のQOLの向上とは患者のみならず、市民の健康増進を図る事を意味ます。狭義のQOLは「生活の質」とも訳され、この場合のQOLの向上とは患者の日常生活をどれだけ苦痛の少ないものにするかという意味で用いられます。
QOLに対する取り組みは医療の歴史と共に発展してきました。「医療は人を見るものであり、医学は病気を見るものだ」とする考え方がありましたが、医療も科学的側面が強くなり、「病気は治ったが、患者は死んだ」という状態が問題となり、そのアンチテーゼとして医療の質を高めることを目的として、QOLという考え方が提唱されてきたのです。例えば、がんをはじめとした疾患の治療において、従来は治療効果を測る基準が生存期間(5年生存率など)のみでしたが、生存期間の長さに加えて、質も重要な治療効果であると考えるのが近年の流れです。
QOLが考慮される場面は様々であり、治療法の選択(乳がん治療で乳房を切除するか否かなど)、症状への対応(鎮痛など)といった状況でのQOLを定量的に評価する方法(感性制御技術など)や、治療法ごとのQOLへの影響の度合いが研究されています。特に治癒が期待できない終末期医療では、生存期間を伸ばすことに大きな意義はなく、QOLの維持向上こそが治療の目的となります。こうした痛みなどの症状軽減を目的とした医療は「緩和医療」と呼ばれます。
「人工授精」~「配偶者間人工授精」(Artificial Insemination of Husband, AIH)か「非配偶者間人工授精」(Artificial Insemination of Donor, AID)のいずれかを意味するもので、前者は夫の精液を、後者は精子提供者の精液を直接子宮腔内へ注入する方法で行います。最近では精液を直接注入するのではなく、運動精子のみを選別して子宮腔へ注入する方が妊娠率も高く、副作用も少ないために普及してきています。
「体外受精」~卵巣から取り出した卵子と、精子を体外で受精させる生殖医療の手法です。卵管の機能上の問題や精子の運動性の問題がある時などに使われます。微細な管で卵子に精子を注入する顕微授精も体外受精の一種です。不妊治療において、タイミング法、人工授精の後に位置するステップアップの最終段階とも言え、生殖医療の現場では一般的な技術になっています。
1978年に英国で初めて成功し、ルイーズちゃんという女の子が誕生しました。当初、「試験管ベビー」という言葉が流行りましたが、この言葉は実相を反映せず、差別的な響きを持つため、まもなく使われなくなりました。厚生労働省が公表した「不妊治療の実態に関する調査研究」(2020年度)によると、人工授精の費用は1回平均で約3万円、体外受精は約50万円となっています。日本産科婦人科学会の調査によると、体外受精による妊娠率は2018年には31.9%となっています。日本においても1983年に体外受精による第1子が誕生してからはその数が増え続け、日本産婦人科学会によると、2021年の体外受精による出生数は過去最多の6万9797人でした。
「減数手術」~三つ子以上の多胎妊娠の場合に、胎児を子宮内で死亡させ、数を減らして出産させる方法です。早産や新生児死亡率の上昇など、多胎妊娠によるリスクを回避するために実施されます。
「代理母出産」(だいりははしゅっさん、だいりぼしゅっさん)~「ある女性が別の女性に子供を引き渡す目的で妊娠・出産すること」と定義され、その出産を行う女性を「代理母」と言います。「代理出産」「代理懐胎」と表現される場合もあります。「代理母出産」については、生殖補助医療の進展を受けて日本産科婦人科学会が1983年10月に決定した会告により、自主規制が行われているため、国内では原則として実施されていませんが、「代理母出産」そのものを規制する法制度は未整備となっています。
この制度の不備を突く形で、諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘院長が国内初の代理母出産を実施し、2001年5月にこれを公表しました。このような状況を受け、2003年に厚生労働省及び日本産科婦人科学会は代理母出産を認めないと結論づけましたが、厚生労働省は法制化を実現できず、また、日本産科婦人科学会の会告は同会の単なる見解に過ぎず強制力を持たないため、「代理母出産」の実施に歯止めをかけることはできませんでした。さらに2006年10月に根津八紘医師が、年老いた母親に女性ホルモンを投与し、娘のための「代理母」にした、という特殊な代理母出産を実施したことを公表したことにより、再び社会的な注目を集めることとなり、事態は混迷の様相を深めています。
「代理母出産」の諸ケース~
①Gestational Surrogacy=「代理母」とは遺伝的につながりの無い受精卵を子宮に入れ、出産する。「借り腹」「ホストマザー」。
(1)夫婦の受精卵を「代理母」の子宮に入れ、出産する。
(2)第三者から提供された卵子と夫の精子を体外受精し、その受精卵を「代理母」の子宮に入れ、出産する。
(3)第三者から提供された精子と妻の卵子を体外受精し、その受精卵を「代理母」の子宮に入れ、出産する。
(4)第三者から提供された精子と卵子を体外受精し、その受精卵を「代理母」の子宮に入れ、出産する。
②Traditional Surrogacy=夫の精子(もしくは精子バンク)を使用して「代理母」が人工授精を行い、出産する。「代理母」「サロゲートマザー」。病気による子宮摘出などで妊娠できなくなった娘夫婦の受精卵を娘の母親の子宮に移して母親が出産することもあり、日本でも少数ながら実例もある。
「代理母出産」への批判~
①人間に許される行為ではないという意見
②女性蔑視を助長するのではないかという意見=「代理母出産」を「女性を子供を産む機関として扱っている」として批判する意見もあります。
③母性本能を軽視しているという意見=代理母が子の引き渡しを拒否する事件が起きています(ベビーM事件~オーストラリア・ニューサウスウェールズ州)。
④妊娠・出産に対するリスクを軽視しているという意見=妊娠・出産には、最悪の場合死亡に至るリスクがあり、死亡に至らずとも、母体に大きな障害が発生する場合もあります。このようなリスクを軽視し、それらを代理母に負わせることに対する倫理面からの批判があります。なお、出産時に母体に障害が発生した場合について、「代理母」側に不利な条件での契約がなされていることもあります。
④障害者差別を助長するという意見=妊娠時の羊水染色体検査が義務づけられており、障害が見つかった場合は強制的に中絶させられることが多く、障害児が生まれた場合、依頼者が受け取りを拒否する事件も起きています。さらに、成功率向上の必要もあって、受精卵を子宮に戻す前に、問題のある受精卵を排除するための着床前診断が行われている場合もあります。
⑤人種差別を助長するという意見=米国においては、「代理母」として同一人種・同一民族・同一国籍の女性を求める傾向があるため、(依頼人に多い)白人に需要が集まり、黒人女性が「代理母」を務める場合よりも白人女性が「代理母」を務める場合の方が契約金が高額です。「代理母出産」を批判するグループは、この現象が黒人差別を助長すると主張しています。
⑥民法上の扱い=現在の日本の最高裁判例においては、「母子関係は分娩の事実により発生する」との判断が示されており、遺伝子上は他者の子であっても、「代理母」の子として扱われます。このため、「代理母」と子との間で相続上の問題が発生することが懸念されています。遺伝子上の親を実親として認めさせようという動きもありますが、生まれた子が依頼者・受託者双方と遺伝子上のつながりを持たないケースがあり、単純に遺伝子的なつながりのみで親子関係を確定することはできないのです。